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第26話 リッシュ村の収穫祭




 収穫祭の日になった。

 といっても、リッシュ村で収穫できる作物はそれほど多くない。

 村人は織物工場や綿花畑の労働により賃金を得るため、この後の冬支度などは食料も含めそのお金で買い込むことになる。

 そのため、収穫祭後に何日もかけて村人全員分の冬支度を、コトンテッセからまとめて仕入れてくるらしい。

 冬の間も一応はコトンテッセとの取引を行うらしいが、雪で道路がぬかるむと馬車の往来が大変になる。

 なので、冬の間は最低限の取引しかなくなるという。


 夕方、村の人たちが中央広場に集まった。

 まだ村長やホレイシオ、ディーゴなど、リッシュ村の主要メンバーは教会で儀式の最中らしい。

 収穫祭の準備はラディが取り仕切り、キフロドはミカとブアットレ・ヒードに興じていた。

 手伝った方がいいのでは?とキフロドに聞くが、ラディに任せておけばいいとのことだった。


 後でラディから聞いた話だが、これはラディのためにそうしているのだとか。

 ラディが”代理司祭”と認められるための、修行のようなものらしい。

 はっきりとは言わなかったが、おそらくキフロドが亡くなった後のために、ラディはその”代理司祭”になる必要があるようだ。

 そのため、今のリッシュ村の教会は基本的にラディ一人で切り盛りしているらしい。

 キフロドに細かな報告や許可をもらいながら、こうした方がいい、といったアドバイスを受けて教会の仕事を憶えていく。

 もう何年も前からそうしているらしく、すでに実務面ではほとんどアドバイスを受けることもなくなったと言う。


(毎日村中を歩いて回って、【癒し】を与えて、相談にも乗って、しかも教会の仕事も全部引き受けてんの? ……超人かよ。)


 あまり無理して倒れたら大変だよ、とミカがいうと「むしろ、この生活を守るために頑張っているんです。」とのこと。

 どうやら、ラディにとっては今の状態が理想にかなり近いらしい。

 楽して面白おかしく暮らしたいミカにとっては、とても信じられないことだが、まあ理想なんてのは人それぞれである。

 ラディがいいなら、それでいいのだろう。


「ああ、やっと見つけた。 ミカ君こっち。 急いで。」


 ミカは突然声をかけられ、手を引っ張られる。

 何事かと思って相手を見ると、ミカの手を引っ張っているのはナンザーロだった。


「ちょっと、ナンザーロさん!? いきなりどうしたの?」

「教会でみんなが待ってるんだ。 急で悪いけど、走るよ。」


 教会の周りには人だかりができていた。

 収穫祭の儀式を少しでも見ようと集まっているようだ。

 その人だかりを掻き分け、ナンザーロがミカの手を引きズンズン進む。

 ミカは訳も分からず教会に連れて来られた。

 教会の中には30人以上の人たちが長椅子に座ったり、後ろの方では立ち見のようにしている。

 6神の像を置いた台は飾られ、お供え物がたくさん供えてあった。


「おお、来たか。 ほれ、こっちじゃ。」


 ミカが教会の中に入ると、キフロドが祭壇の前から手招きする。

 キフロドは普段着の古ぼけた司祭服ではなく、しっかりと折り目のついた清潔な司祭服を着ている。

 説教台にはいつもの修道服ではなく、白を基調とした美しい司祭服を身に纏ったラディもいた。

 同じような司祭服だが、ラディの方が刺繍などに使われている色数が多く、豪華に見える。


「ミカ君、突然ごめんなさいね。 ミカ君に”祝福”を授けて欲しいってお話があって、急遽儀式を行うことになったのよ。」

「……祝福?」


 ラディはにっこりと微笑む。

 なんのことかさっぱり分からないミカは、きょとんとしてしまう。


「まあ、お前さんはここで立ってればええわい。」

「形だけのものになってしまうのだけれど……。 少しだけ動かないでね。」

「あ、はい……。」


 ラディは説教台の前に出て来て、ミカと向かい合う。

 キフロドは一歩下がって、儀式を見守るようだ。

 ミカはラディを見上げ、そこでじっとしている。


(……いつもにも増して、今日は聖母っぷりが半端ないな。)


 ラディを見上げて思うのは、いつも以上に聖母然としたラディの美しさだ。

 衣装の美しさもあるが、ラディの柔らかな微笑みや少しウェーブのかかった金髪と相まって、もはやこの世のものとは思えない美しさがある。

 どっかの大聖堂か美術館にでも飾っておくべき、美術品のような気品がある。


 ラディはゆっくりとした動きで両腕を広げて天を仰ぎ、今度は俯いて祈りの仕草をする。

 それから祭壇の前に行き、葉の付いた木の枝と美しい装飾の施された銀杯を手に取る。

 木の枝の先を銀杯の中に少し入れ、ミカの頭を軽く撫でる。

 同じように木の枝を銀杯に入れて、腹、首元、左肩、胸、右肩と同じ動作を繰り返す。

 木の枝と銀杯を祭壇に戻すと、再びミカと向かい合う。

 ゆっくりとした動きで先程と同じように両腕を広げて天を仰ぐ。


()けまくもかしこき六柱。 天を満たすは闇の神。 万物の元なる土の神。 すべてを包みし火の神。 浩々たる水の神。 世界を象りし風の神。 燦然(さんぜん)たるは光の神。」


 ラディが祈りの言葉を紡ぐ。


「迷い子に導きを賜らんことを。 闇を傍らに、光を掲げ、地を踏み、火を持ち、水浴びて、風纏い、苦難を払う清浄なる加護を、困難に歩みを止めぬ強き心を授け給え。」


 淀みなく紡がれる美しい声は、静かに教会の隅々に響き渡る。

 だが、澄んだ声とは裏腹に、ラディの表情はやや苦しそうだ。

 僅かに眉間が動き、頬に汗が伝う。


(……もしかして、結構魔力使ってる?)


 ラディの表情を見て、ミカはなんとなく察するものがあった。

 ミカも魔力を集中する時は、今のラディのような感じじゃないだろうか。


 その時、教会内で見ていた人たちが僅かにどよめきだした。

 何だろうと視線を向けると、みんなミカを見ている。


(……ん? 俺?)


 下を向いて自分の身体を見ると、いくつもの帯状の淡い光が揺らめきながらミカに纏わりついては消えていく。

 その光は弱々しく、立ち見している人たちには遠くて見えないようだ。

 光の帯は赤青黄緑などの様々な色をしていて、時々薄暗い紫の帯も見える。

 帯は幾重にも重なり、虹色のように見えた。

 だが、光が弱すぎてあまり美しいとは感じなかった。


 ゆっくりとラディが腕を下すと、弱々しかった光は更に弱くなり、ついには消えてしまった。

 ラディは大きく息を吐き出し、少し苦し気ながらミカに微笑む。


「これで儀式は終わりです。 本当は、ちゃんとした”祝福”を授けたかったのですが……。 力不足で申し訳ありません。」

「いえ、貴重な体験ができました。 ありがとうございました。」


 ミカが丁寧に頭を下げると、教会に集まった人たちから割れんばかりの拍手が起こる。

 結果としては失敗らしいが、珍しいものを見せてもらった。

 突然連れて来られて何事かと思ったが、村の人たちの善意と思い素直に受け入れる。


 その後はまだ収穫祭の儀式が続くらしく、外で遊んでいなさいと放り出されてしまった。

 ついでだし見て行こうかと思ったが邪魔をするのも悪い。

 素直に従うことにした。


「ミカ! どこ行ってたの!」


 ミカが教会から広場に戻ると、広場の中央からロレッタが駆け寄る。


「姿が見えないから心配したじゃない。 どこかに行くときはちゃんと言って。」

「あー……ごめんなさい。 急に教会に呼ばれて。」

「教会?」


 ロレッタが怪訝そうな顔をする。


「なんか、僕に祝福をって話になったみたいで。 ラディに儀式をしてもらってた。」

「すごーい! 私も見たかったなあ。 もう、ちゃんと言ってよ!」

「あはは……ごめんなさい。」


 少々理不尽な話だが、甘んじて受けることにした。

 弟を溺愛するロレッタのことだ。

 きっとミカの晴れ舞台を見逃したのが、本当に悔しかったのだろう。

 以前なら、こういう時は手を繋いで離してくれなくなるのだが、今日は手を繋がないらしい。

 一連の騒動により、ロレッタも少しずつ変化しているようだった。

 そのことを嬉しく思う反面、少しだけ寂しく感じた。


 しばらくすると教会から人がぞろぞろ出て来て、広場の中央に村人全員が集まった。

 村長が村人たちの前に出て話をする。

 魔獣の襲撃、工場の火災、今年は多くの苦難があったと語る。

 だが、神々の加護とみんなの尽力のおかげで何とか乗り越えることができた。

 そして、神々からの恵みにも感謝の言葉を述べ、無事に収穫祭を迎えることができたことを喜んだ。


 次に、ラディが前に出て収穫への感謝を神々に捧げる。

 その後、今年生まれた子供たちを、木の枝と銀杯でミカにしたのと同じように撫でる。

 ニネティアナに抱かれたデュールも儀式をしてもらっていた。

 デュールは儀式にびっくりして泣き出すが、それを見てみんながドッと笑い出す。

 他にも泣き出す子供がいたようで、あっという間に大騒ぎになった。

 それが終わると今度は、今年結婚した者にも同じよう儀式に行い、女性には根と実がついたままの稲穂でお腹を撫でていた。


(……豊穣から転じて、子宝祈願ってとこかな。)


 世界が変わっても、こういう発想は面白いくらい変わらないようだ。

 元の世界でも子宝や安産の祈願には稲穂が使われることがあった。

 他にも実をたくさん成らせる木や、種の多い果実、卵をたくさん産む魚を子宝祈願に使うなど、いろいろな例がある。


 こうして、村人たちがわいわい騒ぎながら収穫祭の儀式が進む。

 その時、前に出ている村長から不意にミカが呼ばれた。

 同じく前に出ていたキフロドに手招きされ、戸惑いながら前に出ると、村長とキフロドの間に立たせられる。

 ラディも含め、4人で村人の前に並ぶ。


「すでにみんなも知っていることだろう。 来年の魔法学院に、この村からノイスハイムさんのところのミカ君が行く事になった。」


 村長がそう言うと、みんながワッと声を上げる。


「この村から初めて魔法学院の生徒が出ることになった。 ミカ君がとても賢く、また勇気ある少年であることは村の誰もが知ることだろう。」


 そうして、村長がミカを持ち上げる演説が続く。

 火災の時のミカの行動を褒めたたえ、学院に行くことが村の誉れであるように語る。


(ほんの数日前まで、迷惑がってましたけどね。)


 ミカはにっこりと微笑みながら、村長の演説を聞いていた。

 家族のことを思えば、ここで内心を漏らすような態度はとるべきではない。

 自分に向けられるならともかく、家族がつらい思いをするのはもう嫌だ。

 ミカは黙って、自分が政治家にでもなったつもりで微笑み続けた。


「さて、最後にそんなミカ君に村のみんなから贈り物をしたいと思う。」


 いい加減、顔の筋肉が疲れるなあ、と思っていたところで話が変わり、何やら贈り物があるらしい。


(……あれ? もしかして?)


 人だかりの中にニネティアナを見つけると、彼女はウィンクをしてくる。

 そして、人だかりが左右に割れたと思ったら、その向こうから荷車を引いたホレイシオがのっしのっしと歩いてくる。


(ニネティアナの言ってた『用意できる』ってのは、こういうことだったのか。)


 おそらくミカから話を聞いたニネティアナは村長に働きかけ、木材加工をしていた男たちに言って作らせたのではないだろうか。

 まさか生木で作ってないよな?と不安がよぎるが、さすがにそんなことはしないだろう。

 ホレイシオはミカの前に来ると、荷車を横に向けてベッドをミカに見せる。

 足が付き、ヘッドボードまで付いた立派なベッドだった。


「なかなかいい出来だろう? この後お家まで運んであげるから、早速今日から使ってみるといい。」


 荷車には、ベッドの他にも敷くための草と、おそらく専用サイズのシーツが用意されていた。

 枕は今使っている物があるため、本当に今日から使えるように準備がされている。

 ミカはホレイシオにお礼を言い、その後は村長に、キフロドやラディに、そして村の人に向けてお礼を伝える。


(まさか、こんなに早く手に入れられるとは思わなかった。 これは本当に助かる。)


 着実に一歩ずつ自立への道を進んでいる。

 人に用意してもらっておいて自立も何もない気もするが、年齢を考えれば仕方がない。

 自立がしたくても、周りがそれを許してくれない。

 そういう意味では、今回の魔法学院行きは良い機会だったともいえる。


 収穫祭の儀式が終わったところで、みんなは飲めや歌えやの大騒ぎになる。

 ミカはホレイシオの荷車に乗せてもらい、ベッドと共にノイスハイム家に運ばれた。

 歩いて行こうとしたらホレイシオにひょいっと持ち上げられて、荷車に乗せられた。

 ミカの歩くペースはホレイシオにはつらいようだ。

 ホレイシオは荷車を引きながらでも、のっしのっしと大股でミカよりも速いペースで歩く。

 アマーリアは荷車の横を歩き、ベッドの設置に付き添うことになった。


「みなさんには何とお礼を言っていいか。 こんな立派なベッドまでを頂いて。」


 アマーリアはさっきから恐縮しっ放しだ。


「この程度は安いもんだよ。 ミカ君がいなかったら、今私がこうしていることもなかった。 ありがとうミカ君。」


 荷車を引きながら、ホレイシオが振り向く。


「ホレイシオさんがいなかったら、今の僕もいませんからね。 お互い様です。」


 ミカがそう言うと、ホレイシオは不意を突かれたようにきょとんとする。

 それから大声を出して笑った。


「わっはっはっはっはっ! 確かに! そうとも言えるか! わっはっはっはっ!」


 ホレイシオは本当におかしそうに大声で笑う。


「まさか、あの時ミカ君を助けることで、自分が助かることになるなんて思いもしなかったよ。 不思議なこともあるもんだ。」


 ホレイシオは、一頻り笑った後にしみじみと呟く。

 普通、大人が子供を助けることは当たり前すぎて、それで自分に何かが返ってくるようなことは考えないだろう。

 ホレイシオも、ミカを助けることで、その後に何かが返ってくるなんて思いもしなかった。

 だが、ミカがいなければホレイシオは助からなかったし、ホレイシオがいなければミカも助からなかった。

 人の縁というのは、本当に不思議なものだ。


 家に到着すると、ホレイシオはいとも簡単にベッドを持ち上げる。

 そうして、アマーリアの案内で寝室にベッドを設置する。

 ニネティアナの目測は完璧で、ミカのベッドを隙間に突っ込むと、壁にピッタリくっつけてもロレッタのベッドとの隙間は1センチメートルもなかった。

 むしろギリギリすぎて、あれ?これ本当に入る?と不安になったほどだ。


 掛けるシーツは用意できたが、急な話で日数がなかったため、布団までは間に合わなかったとのことだ。

 夏だしすぐには必要ないので、とりあえず今必要な物だけを大急ぎで用意したようだった。

 布団もすでに手配はしているとのことで、出来上がったら届けてくれるという。


(そういえば布団までは考えてなかったなあ。 今はいいけど、今日から暦の上では秋だし。 すぐ必要になるか。)


 秋というにはまだ暑いが、これから確かに布団は必要になる。

 一式用意してもらえるのは本当に有難い。


 無事にベッドの設置が終わり、ミカとアマーリアは広場に向かって歩いていた。

 途中まではホレイシオも一緒にいたが、荷車を工場に戻してくるということで、途中で別れることになった。

 そうして広場に着くと、ニネティアナがいた。

 デュールは泣き疲れたのか、すっかり眠っている。


「どう、ミカ君。 サイズの方は。 ピッタリだったでしょ。」


 ニネティアナは特に自慢げでもなく、ごく当たり前のように言う。


「ピッタリ過ぎでしたよ。 入らないんじゃないかって、一瞬焦りました。」

「あはは、そんなヘマあたしがするわけないじゃない。 失礼しちゃうわねぇ。」

「はいはい、失礼いたしました。 ……そんなことより、いいんですかこんなとこに居て。 ディーゴさんは?」

「ディーゴなら自警団のみんなと飲んでるわよ。 普段そこまで飲めないからね。 今日は吐くまで飲むって言ってたわ。 ……ん? 吐いても飲むだっけ?」


 ローマ帝国の貴族かよ!と冷めた目で、自警団員たちと酒を浴びるように飲むディーゴを見る。

 バカ騒ぎしているので、どこに居るのかすぐに分かる。


「ま、今日はうるさいこと言いっこなし。 デュールの儀式も無事に済んだしね。 ミカ君も食べて来ちゃいなよ。」


 そう言ってデュールの寝顔を見つめる眼差しは、まさに母親のものだった。

 いつもは大雑把なところのあるニネティアナだが、今日は特別なようだ。

 おそらく、生まれたばかりの子を持つ母は、この収穫祭まで無事に育てるというのが一つの目標になっているのかもしれない。

 もしくは、我が子に収穫祭での儀式を受けさせることに、特別な思い入れがあるのだろう。


「そういえば、ニネティアナさんにはまだお礼を言ってませんでしたね。 ありがとうございます。 ニネティアナさんが言ってくれたんでしょう? 僕がベッドを欲しがってるって。」

「あはは、いいのよそんなの。 あたしはただ伝えただけだもの。 用意したのはみんなよ。」


 ニネティアナは、いつもの余裕顔で軽く受け流す。

 こういうところが実にニネティアナらしい。


 ニネティアナと別れると、たくさんの食べ物が並べられたテーブルに向かう。

 今日はこの中から好きな物を取って、食べたい物を食べるという形式のようだ。

 だが、残念ながらミカの身長ではテーブルの上の料理が全部は見えない。

 さて、どうしたものかと考えていると、ミカに気づいたメヒトルテが傍に来る。


「こんばんはミカ君。 何か食べる?」

「こんばんはメヒトルテさん。 食べたいんですけど、何があるのかよく見えなくて。 どうしようかと。」

「ああ、そうよね。 ちょっと待ってて。」


 メヒトルテは少し離れたところに置いてあった椅子を持ってきてくれる。


「この上に乗って。 何が食べたいか言ってくれれば私が取ってあげるわ。」

「ありがとうございます。」


 ミカは椅子の上に立つと、普段食べることのできない肉を使った料理などを好き勝手に指示していく。

 さすがにお祭りといえどステーキとか丸焼きのような料理ははないが、それでも細切れの肉が沢山使われた料理はミカにとってはご馳走だ。

 2つの皿に次々と料理を盛りながら「こんなに食べられるの?」とメヒトルテは心配そうだった。

 ディーゴを見習い、ミカも普段食べることのできない肉料理たちを吐いても食べる所存だ。

 ……まあ、実際は吐くまでにはならないよう、限界ギリギリを攻めたつもりだが。


 立ったまま食べてもいいのだが、一応食べるためのテーブルも用意されている。

 ロレッタを見かけたので、その隣にミカの皿を置いてもらう。


「ありがとうございました、メヒトルテさん。」

「いいのよ。 何かあればまた言ってね。」


 そう言ってメヒトルテは戻って行く。

 2つの皿に盛られた料理を見て、ロレッタは呆れたような顔をする。


「ミカ……、そんなに食べられるの?」

「たぶん大丈夫。 だめでも詰め込む。」

「もう。 お腹壊すわよ。」


 ロレッタの小言を聞き流し、ミカはぱぱっとお祈りを済ませて料理を貪った。

 ノイスハイム家の食卓では、圧倒的に動物性タンパク質が不足している。

 豆を使った料理が多く出るのでタンパク質が不足しているとは思わないが、やっぱり肉が食べたい。

 魚は自力で取る算段がついたが、肉は買う以外に入手方法がない。

 なので、食べられる時になるべく食べておきたかった。


「ベッドはどうだった? ちゃんと置けた?」

「わいおううわっは!」

「もう! 口の中に詰め込み過ぎよ!」


 そう言われても、詰め込んでいる時に話しかけられたのだからしょうがない。

 ミカは急いで咀嚼して、ごっくんと音がしそうなほどに飲み込む。


「ふぅ……、大丈夫だった。 ちょっとギリギリ過ぎなくらいピッタリだった。」

「そう、良かったね。 一人で寝たいって前から言ってたもんね。」


 そう呟くロレッタは少し寂しそうだった。


「お姉ちゃんはやっぱり反対?」

「そんなことないわよ。 ……でも、ついこの間までは、そんなこと考えもしなかったから。」


 そう言ってミカの頭を撫でる。

 家族にとっては、ミカ少年が久橋律と入れ替わったことで起こった急激な変化は、やはり戸惑うものがあるのだろう。

 そんな風にミカがしんみりとしていると、ロレッタが意地悪そうにニヤリと笑う。


「でも、これでミカにお腹蹴っ飛ばされて、目が覚めないで済むわね。」

「あーっ! お姉ちゃんだって、夜中にいきなり抱きしめてくるのやめてよ! 苦しくって目が覚めるんだから!」

「そんなことしてないわよー?」

「してるよ!」


 一頻り姉弟喧嘩でギャーギャー言い合った後、二人で笑い合った。

 ミカは、またこうして笑えることが本当に嬉しかった。

 工場の火災から、ずっとノイスハイム家には何ともいえない悲壮感が漂っていた。

 ミカはこの時、初めて一連の騒ぎが終わったのだと実感することができた。


 そうして収穫祭は無事に終わり、ミカは村のみんなからプレゼントされたベッドを使って眠った。

 数日後には布団も届き、冬に向けてミカの支度は万全となった。







■■■■■■







 ミカの冬支度は万全だが、村としての冬支度はこれからだ。

 保存の効く食料はもう少し冬が近づいてから買い込むことになるが、薪や蝋燭、ベッドに敷く草のストックなどは少しずつ準備を始めた。


 ミカの魔法が領主の知るところとなり、魔法学院への入学を許されたことで、使用を控える必要がなくなった。

 そこでミカは森林の伐採などの手伝いを申し出た。

 最初はみんな難色を示したが、風の魔法で一瞬で木を切り倒すところを見せると状況は一変。

 木に何度も斧を打ち込んで切り口を入れる手間がなくなり、人手を木を運ぶ役、加工する役に割り振れるようになるため重宝されたのだ。

 いちおうミカの安全のためと、木を倒す方向、どう切り口を入れるかの指示をするために一人が傍につくが、それ以外の人員のすべてが運搬や加工に回されるようになった。

 そして、その運搬と加工がミカのペースに追い付かなくなり、一旦切り倒す作業は休止。

 その間、放置されていた切り株の処理をすることにした。


 土の魔法で切り株の下に大量の土を作成して、地中から切り株を押し上げる。

 勢い良く、一気に押し上げると周りに土砂が飛んで危ないので、少し慎重に作業を進める。

 以前は魔力の消費量が多すぎて使えなかった”土壁(アースウォール)”の応用だが、魔力を吸収することが可能になったおかげでバンバン切り株を抜いていける。

 ミカとしても吸収の魔法や土の魔法を扱う練習になり、またどの程度の魔力量が吸収可能なのかを確認する機会ともなった。

 ミカは、この魔法を”吸収(アブソーブ)”という魔法名で使用することにし、扱い方を急速に習得していった。


 こうして村のために活動することで、自警団員たちとの距離が一気に縮まった。

 調子に乗ったディーゴがミカに酒を飲ませようとし、ニネティアナに頭をどつき回される一幕もあったが、自警団員たちからその家族、友人へとミカの話が広がっていく。

 おかげで僅かに残っていたミカを忌避するような雰囲気も、冬が来る前にはすっかりなくなり、平和に冬を迎えることができた。


 ミカの活動は村への貢献として評価され、自警団員たちと同様に優遇される。

 ただ、期間が短いためそこまで大きな貢献とはされなかったが、それでも評価があるのとないのでは大違いだ。

 こうした村への貢献は、冬支度での食料や薪などの分配に影響する。

 分配される物資など、冬の貯えのほんの一部に過ぎないが、それでも上乗せがあればその分だけ楽になる。

 今年の冬は、いつもより余裕を持って暮らせるとアマーリアが目に涙を浮かべて喜んでいた。


 ミカ少年の記憶を探ると、どうやら毎年冬の終わりには食料や薪などのストックがほとんどなくなり、かなり厳しい冬を過ごしていたようだ。

 冬の間も工場での収入はあるが、それを使ってしまえば次の冬のためのお金が減ってしまう。

 あまりに苦しく、ひもじい冬の記憶に、記憶を探っただけのミカでさえ涙が出そうになった。


 そうしていつもよりも少しだけ過ごしやすい冬が終わり、春を迎えようとしていた。

 冬の終わりを惜しむように降った雪がすっかり解けた頃、ミカが魔法学院に旅立つ日がやってくるのだった。





ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

第1章 リッシュ村編はこれにて完結です。

次回から第2章 魔法学院幼年部編となります。



拙文な上、遅筆なものでストックがガリガリ削られてますが、できるだけ毎日投稿できるように頑張ります。

それでは、第2章も引き続きよろしくお願いいたします。

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[一言] 律さんホークがないなら、箸を布教すればいいのに?
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