第263話 逃避行
【グローノワ帝国 帝都カーチ】
皇帝の居城にある、ヒルディンランデルの居室。
「きぃぃぃいっ、やあぁぁああああーーーーーーーーっ!!!」
ガシャンッとグラスの割れる音と、奇声が上がる。
怒り狂う”土”を、ヒルディンランデルと”火”が眺めていた。
「元気だねー。」
椅子を蹴り飛ばし、壺を壁に叩きつける”土”を見て。”火”が素朴な感想を漏らす。
”火”がテーブルの上に十二個の”黒”を並べると、ヒルディンランデルはそのうちの一つを摘まむ。
「思った以上の成果だな。 まさか、たった一度でこれだけ集まるとは。」
「ねー。 びっくりしちゃったー。」
にこにこと”火”は笑う。
そんな”火”の後ろでは、”土”が壊れた椅子をダンダンッと踏みつけている。
「殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 八つ裂きにしてやるぅぅうっ!!!」
血走った目で、身体を仰け反らせて”土”が吠える。
「あー……んっ!」
後ろで暴れる”土”を気にすることなく、”火”が”黒”を飲み込む。
ゆっくり、大きく息を吸い込むと、しばしうっとりと味わう。
途端に、ほへぇ~……と気の抜けた表情になった。
そんな”火”を見てヒルディンランデルは一つ頷き、”土”に顔を向ける。
「お前もこっちに来い、”土”。」
「がああぁぁぁああああああああひいゃああぁぁあああっ!」
だが、そんな言葉も届かず、”土”は声を裏返しながら暴れ続ける。
ヒルディンランデルは軽く肩を竦めると、自分も一つ”黒”を飲み込んだ。
そんなヒルディンランデルを見て、”火”が尋ねる。
「それでー、これからどうするー? 予定が狂うでしょー?」
ヒルディンランデルは大きく息を吐き出すと、鋭い視線を”火”に向けた。
「少々困った状況ではあるがな。 そこまでではない。」
ヒルディンランデルの言葉に、”火”は首を傾げる。
「姿を消した”水”と”風”には、何かあったと考えるべきだろう。 だが、ここまで来れば、後はどうとでもなる。」
”火”と一緒に王都イストアを襲撃した”風”が、いつまで経っても合流地点に来なかった。
一週間待ってみたが戻って来ないため、仕方なく”火”だけで戻ってきたのだ。
帰り道で七公国連邦の拠点に寄り、重要な物を回収してから、証拠隠滅を図る。
念入りに破壊した後、火を放つことで手掛かりを灰にした。
まあ、「いつもの方法」というやつである。
そうして、拠点から回収した物と、イストアでの戦果である”黒”を届けにやって来た。
”風”との連絡が取れなくなったことで、以前から連絡の途絶えていた”水”も何かあったのではないか、と疑惑が持ち上がったのだ。
「最近アーちゃんも見ないなー、とは思ってたんだけどねー。 忙しいのかなーってー。」
いつものことかと、然程気にしていなかった。
計画も佳境に差し掛かり、ここ数年は割と頻繁に連絡を取り合っていたが、元々そこまで密な連携を取っていた訳ではない。
一年二年顔を出さないのは、普通のことだったのだ。
長い長い時間を生きる”神の子”にとって、五年十年くらいは大した期間ではなかった。
”水”はそれでもよく顔を出す方で、”火”や”土”たちと、ヒルディンランデルの連絡役のようなこともやっていた。
ただ、今は手足として使っていた組織が潰されたことで、忙しいのだろうと思っていたのだ
ヒルディンランデルが口の端を上げ、冷たい目で”黒”を見下ろす。
「一人当たりの取り分が増えることで、詰まらん小細工をする必要が無くなったとも言える。 大きく動かせば、一気に行けるだろう。」
「分散してた手をー、集めるー?」
”火”の確認に、ヒルディンランデルが頷く。
「五人分だったのが、三人分で済む訳だ。 メインディッシュに集中すればいい。」
「じゃあさー、アーちゃんの役を俺が代わればいいー?」
これから帝国を大きく動かすのに、少々手がいる。
”水”が手伝う予定だったのだが、その役目を”火”が代わる必要がありそうだ。
「ああ。 今送り出している軍の結果が出たら、あの計画に移る。 ”土”の下準備もほぼ終わった。 ”火”もこちらの準備にあたれ。」
「おぅおぅおぅー、いよいよかー。」
まさか、ここまで早く進むとは思っていなかった”火”は、興奮したように顔を紅潮させた。
だが、そこですっと目が冷える。
「……二人を殺った奴は、このままでいいの?」
並みの者なら、その視線だけで失神しそうな冷たい視線を、ヒルディンランデルは平然と受け止める。
「以前話のあった【解呪】使いか。 ”水”と”風”をどうにかできそうな者と言えば、まあそれくらいだな。」
中々悩ましい問題だ。
このまま放っておいても計画が進めば、もはやどうでもいい程度の存在ではある。
しかし、計画の進行の邪魔になるなら、予め排除しておく方が望ましい。
そこで、ヒルディンランデルはこめかみに当てた指でトントンと叩く。
「こうした時にこそ、”水”が必要だったのだがな。」
「ああああああぁぁあああっ! きぃいぃいいいいいいっっっ!!!」
ヒルディンランデルは未だに暴れている”土”を見やり、溜息混じりに呟く。
”水”の作る組織は、社会に溶け込み、裏での工作を得意としていた。
人心の掌握という点で、”水”は他の”神の子”では到底できないようなことができた。
”土”の【操りの糸】を使えば意思や思想を縛ることができる。
だが、”水”はそんなものを使わなくても、誘導し、扇動する。
真逆の思想を持つ者を、無理矢理に捻じ曲げるのに【操りの糸】は最適だ。
だが、近しい思想を持つ者を嗅ぎ分け、心酔させることは”水”にしかできなかった。
自然に溶け込み、自然と集まり、自然と結束する。
”水”が本気になったら、この大陸を制覇することも不可能ではないだろう。
そう思えるほどに、人を操ることが巧みだった。
しかし、いない者を今更アテにしても仕方ない。
「適当にエックトレームに送り込み、ならず者にでも襲わせよう。 その【解呪】使いに心当たりはあるのか?」
そう尋ねられ、”火”は眉を寄せる。
「”解呪師”とか呼ばれてるみたいなのは聞いたかなー? あと、何だか最近は御使いがどうとかも噂になってたよー。」
「御使い……?」
ヒルディンランデルは怪訝そうな顔になり、逡巡する。
「”解呪師”も、その御使いとやらも、まとめて消しておくか。 適当な者に命じておこう。 暗殺者ギルドでも何でも使って、始末させれば良い。 正直、我々はもはやそんな段階ではないのだ。 金で方がつくなら、それで良かろう。」
「いいのー? ちょっと行って、ちょっと殺って来ようかー?」
「いや、”火”は帝国に回れ。 【解呪】など、脅威なのは今だけだ。 さっさと目的を達してしまえば、蟻一匹に何を恐れることがある。」
ヒルディンランデルには、何より確信があった。
”風”をやった相手は【解呪】使いではない。
より正確に言うならば、これまで【解呪】使いだと思っていた者は、おそらく【解呪】の使い手ではない。
”風”を取り込むことで伝わってきた内容から、ヒルディンランデルはそれを確信していた。
【神の奇跡】の【解呪】を喰らい、逃げ延びるなど不可能。
あんな中途半端な状態で、逃げて戻ることが有り得ないのだ。
ならば、そんな紛い物を過度に恐れる必要はない。
さっさと先に進むべきだ。
「絶対殺すぅぅぅうううううううふううぅぅううっっっ!!!」
ヒルディンランデルは、叫び声を上げる”土”を冷ややかな目で見ていた。
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【ワーターエラム視点】
ガタゴトと揺れる馬車。
幌のかけられた荷台に乗り、ワーターエラムは砂埃の舞う荒野を眺めていた。
やや強い風が乾いた地面を撫で、三台の列なる馬車を砂のカーテンで覆い隠す。
ワーターエラムたちは、不穏な雰囲気の漂う帝都カーチを離れ、アム・タスト通商連合との国境にほど近い街を目指していた。
セステンドフを通商連合に先に行かせ、受け入れ態勢を整えさせようとした。
だが、困ったことが起こった。
国境が封鎖されているのだ。
特別な許可を得た者しか通れない。
そのため、実際の通商連合入りは後にして、まずは国境近くに拠点を作ることにした。
帝国を出国する手段は、大きく二つ。
陸路か、海路か。
陸路が封鎖されているなら、海路を選びたいところだが、そう簡単な話ではない。
海路は、陸路以上に厳しく取り締まられている。
まず、乗船の許可を得るのが難しい。
ワーターエラムだけならそれでも、密航という手段を採り得たかもしれない。
だが、これまで長年に渡って仕えてきた家人たちを、見捨てる気にはなれなかった。
そのため、ワーターエラムやランバルエル、セステンドフも含めて、総勢で十七人にもなる大移動だ。
密航という手段は、成功率やリスクを考えると、難しいと言わざるを得なかった。
なので、初めから陸路一択で考えていたのだが、国境が封鎖されている以上、何かしらの策を講じる必要がある。
それらを探るため、まずは国境付近に移動するのだ。
現在、帝都では国や教会に協力しない者が、毎日のように吊し上げられている。
ワーターエラムも自宅に引き篭もり、教会との接点が途切れて数年経つが、肩書はまだ枢機卿のままだ。
元々調査で長く不在にすることも多かったワーターエラムは、何とか近所から不信の目で見られないで済んでいた。
しかし、いつ疑念が向けられるか分からない。
そのため、帝都から離れるべきだということで、ワーターエラムとランバルエルの意見は一致した。
ワーターエラムは水袋に手を伸ばし、入れていた果実酒の水割りで喉を潤す。
そうして、今後のことを考える。
(……まずは、どうやって国境を越えるかだな。)
そこが大前提。
これが成らなければ、以降のことは考える必要がない。
しかし、教皇帝ヒルディンランデルの治世は、相当に過酷な時代になりそうな予感がする。
どう足掻こうと、帝国で生きる以上は苦しい余生になりそうだ。
もっとも、そんな余生でさえ、あるだけマシかもしれないが。
だが、もし通商連合に上手く逃れることができたら……。
やらなくてはならないことがある。
(もしも、この予想が当たっていたら、新皇帝の狙いは……!)
古文書から読み取れる、断片的な情報。
ワーターエラムやランバルエルらが集めた、やや頼りない証拠の数々。
それらから導かれる、今グローノワ帝国に起こっていることの真相。
推測に憶測を重ねた、妄想とも言えるような真実。
(…………狂人とでも何とでも、呼ぶがいい。)
それでも、もし万が一この予想が当たっていた場合――――。
その時、御者が馬車を減速させた。
ワーターエラムが、荷台から御者越しに前方を見ると、砂埃を巻き上げる一団があった。
一瞬、どきりとワーターエラムの心臓が跳ねる。
野盗の類か?
護衛に雇っていた数名の冒険者が、馬車の前に歩いて行く。
他の護衛は、馬車の全方位に付いて警戒した。
素人のワーターエラムには、良く訓練された護衛のように見える。
これでも、半分はまだDランクの冒険者だという。
移民系のCランクの冒険者を集めようと思ったが、そこまで数が揃わなかった。
馬車は街道の端に寄り、一旦停止した。
護衛の冒険者が、前方から来た十騎ほどの一団と会話をしている。
どうやら、騎士のようだ。
帝国軍の騎士だ。
野盗の類でなかったことは有り難いが、残念ながら帝国を出ようと目論んでいるワーターエラムからすると、帝国軍も決して安心して良い相手ではない。
冒険者たちが馬車の方に戻って来る。
その後ろに、帝国軍の騎馬が三騎付いてくる。
ワーターエラムは思わず舌打ちしそうになった。
「旦那ぁ! ちょっといいですかぁ!」
冒険者たちのリーダーが、風の音に負けないように声を張り上げる。
「はいはい、ちょっと待っとくれよ。」
ワーターエラムは演技……でもなく、よろけながら荷台を下りた。
乗っているだけとはいえ、荷台の乗り心地は決して良いとは言えなかった。
いつも使っていた馬車を売り払い、あえて少しボロい馬車を用意したからだ。
ワーターエラムは雑嚢を小脇に抱え、騎士の乗った馬の横に立つ。
「ご苦労様でございます。」
「うむ。 済まんな、許可証を出してくれ。」
「ええ、ええ。 ちょっとお待ちを……。」
そう言ってワーターエラムは雑嚢を開け…………ようとして、落としてしまう。
「旦那ぁ、気をつけてくださいよ。」
「ああ、済まないね。 どうにも、年寄りには長旅は堪えてねえ。」
冒険者のリーダーが雑嚢を拾い、口を開けて持ってくれた。
ワーターエラムは雑嚢に手を入れ、がさごそと探す。
「えぇ……と、確かこれに……。」
だが、雑嚢を探るが、中々許可証が見つからない。
「帝都からミハスナダに行くとのことだが?」
「ええ、ええ。 そうなんですよ。 ……あれ、どこにやったかな。」
「そっちじゃねえんですか、旦那ぁ。」
騎士の質問に答えながら、雑嚢を漁る。
だが、許可証がない。
「なぜ帝都から、わざわざそんな辺境に?」
「それがですねえ、聞いてくださいよ。 ひどい話でねえ。」
ワーターエラムは顔を上げて、騎士を見上げる。
「最近は、教皇帝様が即位されましてね。 そりゃあ目出度いことなんですよぉ。」
「様じゃねえですよ。 こういう時は、陛下って言うんだってばっちゃが言ってた。」
「そうそう、陛下ね、陛下。 教皇帝陛下ぁ、万歳。」
ワーターエラムは両手を挙げ、その場で祈りの仕草を始めた。
それを見て、騎士が顔をしかめる。
「……いいから、許可証を出しなさい。」
「あっと、そうでしたそうでした。 すいませんねぇ、どうにも忘れっぽくて。 あれ、本当……どこやった?」
ワーターエラムはまた雑嚢に手を入れ、がさごそ始める。
「いやぁ、皆目出度いって、酒は飲むは酔っぱらうわ。 そりゃあ、私だってお目出度い時は酒くらい飲みますよ。」
「旦那はぁ、もう飲まねえ方がいいって、ばっちゃが言ってたよ。」
「何じゃ何じゃ。 皆して酔っぱらい扱いしおって。」
ワーターエラムはまた手を止め、冒険者のリーダーに文句を言う。
「ほらほら、手を止めたらまた怒られますよ。 すいませんねぇ、本当に。」
「おっと、そうだった。」
騎士は、ワーターエラムと冒険者のやりとりを眺め、顔をしかめる。
面倒なのに当たったなあ、と思っているのだろう。
「まあ、目出度い時に酒を飲むのはいいんですがねえ。 最近は始末の悪いのが増えてねえ。」
教皇帝ヒルディンランデルの即位から一カ月経つが、帝都では未だにどこかしらでお祭り騒ぎである。
そして、一部の酔っぱらいが集団で商店を襲ったり、家屋を壊すような事案がいくつも起きていた。
「酔っぱらいが家を壊しちまいましてねえ。 お願いですよぉ、騎士様。 どうか、あの酔っぱらいどもを捕まえてくださいな。」
「ん…………あ、ああ。」
少々痛い所を突かれ、騎士がバツの悪そうな顔になる。
「それで、孫娘がミスハナダ……? ミナスハダ? ……に住んでるんですがね。」
「ミハスナダ。」
冒険者のリーダーが訂正を入れる。
「そうそう、ミスハナダ。 そこで、一緒に住まないかって言ってくれてねえ。 聞いてください、騎士様ぁ。 うちの孫娘はね――――。」
「おい、許可証はまだなのか? 本当に持ってるのか?」
騎士がいい加減イライラし始めたところで、ワーターエラムがばっと雑嚢から手を引き抜く。
その手には、数枚の紙が握られていた。
ワーターエラムは紙を一枚一枚確認する。
「ああ、あったあった。 すみませんねえ、お待たせしちゃって。」
そう言って、馬上の騎士に許可証を差し出す。
騎士は引っ手繰るように許可証を取ると、ざっと目を通す。
「――――孫は本当によく出来た子でしてねえ。 この間もね?」
騎士が許可証を確認する間も、ワーターエラムは引っ切り無しに話しかけた。
騎士はうんざりした顔で、すぐに許可証を返してくる。
「行って良し。 だが、次からはすぐに出せるように、上の方に仕舞っておけ。」
「あい、承知しました。 ご苦労様でした、騎士様。」
ワーターエラムが丁寧に頭を下げると、騎士たちは離れた所に待機していた騎馬隊に合図を送る。
そうして、ワーターエラムの馬車の横を通り過ぎ、そのまま走り去って行った。
「………………………………、……さすがに、わざとらしすぎませんか?」
「フッ…………いや、これでいい。 ロクに見もしないで返してきたな。」
少々やり過ぎでは、と懸念する冒険者に、ワーターエラムは口の端を上げる。
「馬車の中を確認しようともしなかったぞ?」
「それは、旦那の演技のおかげというより、あの騎士が間抜けなだけでは?」
ちょっとイラつかせただけで、逃げるように去って行った。
確かにあの騎士隊長の資質にも問題がありそうだ。
「まあ、探られてすぐにボロが出るようなことはないが、なるべくリスクは減らしたい。」
「一番のリスクが、そいつですからね。」
そう言って、冒険者は許可証を指さす。
この許可証、実は偽造書類である。
かなり精巧に作られた偽造ではあるが、精査されるとバレる恐れがあった。
そのため、書類から気を逸らせるなら、逸らすに越したことは無い。
枢機卿としてのワーターエラムは、聖地ウープ・サクトゥに向かうという許可証を別に発行してもらい、表向きは聖地に向かったことになっている。
これは、これまでも普通にあったことなので、特に目立つ動きではない。
それとは別に、ワーターエラムは家人を使って少しずつ荷物を帝都の端の仮拠点に運び込んだ。
ワーターエラムが家から大荷物を馬車に詰め込んでいたら、無断で帝都から出て行こうしているのがバレてしまう。
そのため、枢機卿という身分も隠し、偽造書類まで冒険者の伝手を使って用意してもらった。
勿体ないが、家は処分せずにそのまま放置である。
ワーターエラムはともかく、家人の姿も見えなくなれば近所が不審がるかもしれない。
そのため、数週間前から家人もある程度の人数がワーターエラムに同行すると、家宰に近所との世間話でさせている。
これで少しばかり時間を稼げば、あとは国境の街に潜伏、国外脱出の段取りをすればいい。
さすがに荷物が多すぎる逃避行だが、これも仕方ない。
人数が人数だ。
何より、決して人目に触れさせられない物を優先して、魔法具の袋に仕舞っている。
そうして残りの荷物を荷台に置くと、どうしても馬車の数が増えてしまう。
これでも相当に減らしたのだ。
魔法具の袋を大量に買えばある程度解決する問題だが、資金を無駄遣いする訳にもいかない。
資金は逃避行の生命線だ。
余裕があるからと何でもお金で解決すれば、必要な時に必要な額を用意できないということにもなりかねない。
ワーターエラムは騎馬の一団が砂煙の向こうに消えて行ったのを確認して、息をつく。
「…………最近は帝都だけじゃない、行く先々の街でさえ不穏な空気を感じる。 頼むぞ。」
「ああ、任せておいてくれ。」
冒険者のリーダーが胸を叩いてみせる。
ワーターエラムが頷いて馬車に戻ると、ランバルエルは眠ったままだった。
どういう神経をしているのか、ランバルエルは揺れる馬車の中でも平然と眠ってみせる。
ワーターエラムは溜息をつき、その足を蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、やめた。
ランバルエルは目を覚ましたら覚ましたで、煩い。
このままにしておくのが一番だと思い、ワーターエラムは大人しく荷台に座るのだった。
■■■■■■
風の1の月、5の週の月の日。
レーヴタイン侯爵領。
サーベンジールの街と、国境の防護壁のほぼ中間にある、レーヴタイン領主軍の駐屯地。
ミカは大きな建物に案内され、中に入った。
通された部屋の中央に大きなテーブルがあり、ダブランドル平原とその周辺の地図が広げられている。
「やあ、ミカ君。 久しぶりだね。」
「お久しぶりです、ハイデンさん。」
数人のおっさん騎士たちと、何やら話し込んでいたハイデンが笑顔で迎えてくれる。
「何だ、今日は翼がないのか?」
ミカの姿を見た、厳ついおっさんが残念そうに呟く。
確かこの人は。
「マグヌスさん……でしたっけ?」
「ああ。 憶えていたか。」
マグヌスとは六年振りくらいの再会である。
前に会ったのは、クレイリア誘拐事件の取り調べの時。
そして、特に会いたかった訳ではない。
このおっさんも、先の戦いをしぶとく生き残ったらしい。
ミカがこの時期に前線にやって来たのには、勿論理由があった。
ハイデンがやや表情を引き締めて確認してくる。
「それで、ミカ君。 帝国軍との戦いに参加するという話だけど。」
そう。
ミカはもうすぐやって来る帝国軍との戦闘に、参加することを決めた。
前回のように、王国軍と領主軍があっさり崩されて、結局は介入することになりそうだからだ。
ミカとしては好き好んで戦いたい訳ではない。
それでも、レーヴタイン侯爵領陥落という結果だけは、絶対に受け入れられない。
クレイリアの家族と領地。
そして、レーヴタイン侯爵領が落ちればリンペール男爵領もお終いである。
なら、最初から手を貸すしかない。
とは言っても、ミカ一人で帝国軍を潰して来るという訳ではない。
ミカとしても「上に立つなら、それなりに苦労して来い」という気持ちがある。
そのため、ミカはたった一つの役割を担うだけだ。
ミカは表情を引き締め、ハイデンを真っ直ぐに見た。
「帝国軍の【神の怒り】は僕が潰します。 任せてください。」
これが、ミカが戦場に来た目的だった。




