第262話 呪いを宿す者
風の1の月、2の週の風の日。
学院長に呼ばれ、そのままムンバーロ子爵の屋敷へ連行される。
馬車に揺られ、モーリスと一緒に行くことになった。
何でも、王太子が緊急で用事があるという。
王都内の大きな通りは瓦礫の撤去も進み、馬車が通れるようになった。
だが、まだ自由に使える訳ではない。
一部の許可された者だけが使用を許可されている状況だ。
そのため、クレイリアの通学はまだランニングである。
最近、ちょっとランニングでの通学が気に入ってきたようで「このまま続けようかしら」とか言っていた。
後ろに控えていた護衛騎士は、顔を引き攣らせていたが。
王都内に大きな被害を出した合成魔獣の襲撃だが、その被害はすべて第二街区と第三街区である。
第一街区にはまったく被害が出ていない。
まったく変わらない第一街区の町並みを眺め、つい思ってしまう。
(どうせ襲撃するなら、第一街区を襲えばいいのに。)
貴族がどうなろうと、ぶっちゃけどうでもいい。
ミカとしては住民に多大な被害を出しながら、貴族に直接的な被害が及ばなかったのは大変遺憾だった。
どうせなら、第二街区の合成魔獣をとっ捕まえて、第一街区に放り込んでやれば良かった。
(…………なんてことは思ってませんよ? 思いつきもしません、ええ。)
そんなことを考えていたら、屋敷に着いた。
「其方のおかげで、本当に多くの者が救われた。 感謝する。」
先に到着して待っていた王太子が、ミカたちに席を勧めるとそう言ってくる。
「もう何度も聞いてますから。 そんなに言わなくてもいいですよ。」
ミカは思わず苦笑してしまう。
陳情のために、ミカが王太子の部屋に乗り込んだ時なんかにも言われている。
王太子は自分では直接何かをすることはできないが、ミカからの要望を叶えるために大臣らに働きかけてくれた。
おかげで被害者への援助が、かなりスムーズにいった。
勿論、すべてが上手くいった訳ではないし、これですべての被害者に行き渡ったという訳でもない。
それでも、王太子の口利きのおかげで助かった人も大勢いる。
ミカでは力の及ばない部分に、王太子の助力があったからこそ、できたことも多かった。
「それで、本日はどのようなことでのお呼びでしょうか?」
モーリスが呼び出しの理由を尋ねると、王太子が難しい顔になる。
「そのことだがな、モーリス。 まず、其方の件は不問となった。」
「はっ。 寛大なご処置に感謝いたします。」
モーリスが王太子に頭を下げる。
モーリスの件?
何のこっちゃ。
「学院長、何か悪いことしたの?」
ミカがそう尋ねると、王太子とモーリスが微妙な表情になった。
如何にも「お前と一緒にするな」と顔に書いてある。
「モーリスは越権行為によって、処分が検討されていたのだ。 ……まあ、その判断による結果も踏まえ、今回は不問となったが。 かなり際どかったぞ。」
「承知しております。」
学長が越権行為?
「越権行為って、何やらかしたんです?」
「やらかしたって、あのな……。」
ミカの言い草に、王太子が呆れた顔になる。
「学院生を勝手に動員したことが越権行為にあたるのだ。 学院生たちの使える【癒し】によって多くの者が救われたが、本来そのような判断を下す権限が学院長にはない。 軍務大臣による命令がなければ、学院生を動員するなど許されないのだ。」
「あっ! あぁー……。」
言われてみればそうだ。
学院生への命令については、授業でも習った。
その権限を有しているのは、軍務大臣のみ。
形としては、国王でも直接学院生には命令を下せない。
まあ、国王は軍務大臣に命じることができるので、後から取り繕うことはできるだろうけど。
「幸い、学院生たちに何もなかったようだし、動員した意義は大きかった。 命令を待っていては、被害が拡大する一方だったという状況もある。 また、命令を伝達することさえ困難な状況でもあった。 それらを鑑みた、特別な処置だ。」
「何もなかった……?」
ミカはつい、モーリスの顔を見てしまう。
モーリスも片眉を上げ、ミカを見ていた。
「そういうことになっておる。」
どうやら、バザルが重傷を負ったことは隠蔽されたようだ。
汚ねえの!
「私の判断だ。 今、モーリスを失う訳にはいかんのでな。」
王太子が、モーリスをジト目で見るミカに言う。
どうやらモーリスが隠して報告したのではなく、王太子が隠蔽を決めたようだ。
「あの非常時に決断できる者は少ない。 其方もそうだが、皆が最善を尽くした。 それを咎める様なことを、私はしたくない。」
越権行為の重さを知り、それでも動かざるを得なかった。
確かに、モーリスの決断はミカから見ても立派だと思う。
もしも学院生に被害が出れば、相応の責任を取らされると覚悟の上で、モーリスは「動く」と決めたのだ。
所謂『結果オーライ』になってしまうが、上手くいったんだからそれでいい、と王太子は飲み込むことにしたのだろう。
そうして、モーリスは先に帰され、人払いもされた。
部屋に残ったのは王太子、王太子の護衛の老騎士、ミカの三人だけになる。
俺も帰りたかったな……。
「このことは、まだ口外しないように。」
そう念押しをして、ミカを呼び出した用件に入る。
「グローノワの軍が動いたようだ。」
「はぁー……やっぱり来ましたか。」
面倒なタイミングで、面倒なことが立て続けで起こるな。
思わず溜息が出てしまう。
「今回の襲撃、実行犯はともかく、裏で糸を引いているのは間違いなくグローノワだ。」
王太子は、今回のことも帝国の工作と読んでいるようだ。
直接的な繋がりを示す証拠はない。
それでも、王国にここまで堂々と敵対するのは、帝国しかない、と。
「第三勢力などの可能性はないのですか?」
「勿論あるさ。 だが、可能性にこだわり、目の前の最大の障害から目を逸らしても仕方なかろう。 少なくとも、まったく繋がりがないということはあり得ない。 グローノワの内部に食い込んでいる、反王国として手を組んでいる、グローノワを利用している、とかな。 だが、どういった繋がりであろうと、まずはグローノワだ。」
確かに、最大の問題は帝国と言っていいだろう。
別の勢力が居ようが居まいが、帝国の脅威を排除してから対処すればいい。
居るか居ないか分からない第三勢力のことなど、存在が明らかになるか、後からでもいいという考えか。
(脳筋思考というか、絶対的強者の考えだな。)
第三勢力の暗躍で多少被害が増えようと、最終的には敵対するすべてを叩き潰す。
その拡大した被害のせいで犠牲になる側としては、心情的にはすんなり頷きにくいところではあるが。
「其方を呼んだのは、グローノワの再侵攻に対してどう動くか。 その確認だ。」
「どう動く?」
どう動くも何も、何もしたくないんですが。
「…………国が、何か言ってきたんですか?」
ミカがそう聞くと、王太子は首を振る。
「先の戦いの件が棚上げのまま、其方に何か言ってくることはなかろう。 まあ、デドデリクにはお伺いを立てられたがな。」
王太子は、ミカの処分保留のまま、何かを命じてくることはないだろうと思っているようだ。
しかし、お伺い?
「えーと、宰相でしたっけ? 何か言われたんですか?」
「言われたというか、『ミカ・ノイスハイムはどうするつもりだろうか』と聞かれただけだ。 本人に聞かねば分からん、と答えておいた。 だからこうして聞いている。」
王太子には、一応はミカの意思を尊重する気があるようだ。
ミカは口をへの字に曲げ、逡巡する。
「殿下は、何か命じる気はないんですか。」
「命じれば応じるか?」
「………………………………検討、いたしたく……存じます……。」
ミカの苦り切った表情に、王太子がにやりとした。
後ろに控えた老騎士は、横を向き俯いて肩を震わせている。
俯いたって、丸見えなんだよ!
王太子が少し真面目な顔をしてミカを見る。
「グローノワが、また【神の怒り】を使ってくるのは分かりきっている。 其方の助力があれば、それでも跳ね返せると私は思っている。 しかし……。」
そこまで言って、王太子は一呼吸置く。
「今のような、不安定な立場のままにしておくつもりはない。 秘密裏に、宰相や大臣の多くの同意も取り付けてある。 保留を撤回し、其方を処分するようなことはさせない。」
そう言い切った。
(……まあ、みすみす自分たちから、戦力を投げ捨てる様な真似はしたくないだろうね。)
しかし、同意を取り付けたというのも、それはそれで不安な話ではある。
口約束程度では、幾らでも反故にできるからだ。
連判状でも交わしているのだろうか。
(ていうか、待てよ……?)
ミカの処分保留という不安定な立場を、王太子は懸念している。
そのため、正式に処分無しとなるまで、ミカの立場を守ろうとするスタンスだ。
王太子預かり、という形でミカの防波堤になっている。
これにより、国もミカに何かを命じられない状態に陥っている。
つまり、このままなら「ちょっと戦場行って来いや」と命じることができないのだ。
ミカはにっこりと微笑む。
「あまりご無理なさらないでください。 さすがに処分されるのは受け入れられませんが、無理に処分保留を解く必要もありません。 現状維持で十分です。」
「そうもいかん。 何とか陛下を説得するつもりだ。 あまり強硬な手段は採れないが、それでも――――。」
「いやいやいや、本当に! 無理しないで! お願いしますから!」
そうミカが頭を下げてお願いすると、王太子が困った顔になる。
「…………まあ、其方がそう言うなら、とりあえずは大きく動くのは控えるが。」
「はい。 あまり陛下のご不興を買うのも得策ではありません。 処分が下されることだけ抑えていただければ十分です。」
「分かった。 ……すまんな、気を遣わせて。」
そんなもん遣った憶えないけどね。
百%、自己保身です。
そうして、「いざとなればまた戦場に介入するかもしれない」とか「同じ介入するなら、やっぱり最初からの方が良くね」などを話し合った。
やはり、どう楽観的に考えても、帝国が【神の怒り】を使ってくるのは確定。
そして、王国は陛下の許可が下りず、またしても【神の怒り】無しで戦わざるを得ないそうだ。
(民の命を何だと思ってやがる……。)
陛下の妄執のために、今度は何万人の命を失わせるつもりだろうか。
(そんなんじゃ、王国でも反乱が起きちゃうかもね。)
そんなことを思うミカなのだった。
■■■■■■
風の1の月、3の週の陽の日。
ようやくオズエンドルワが時間が取れるとのことで、第三街区のボロ家に集まった。
ミカ、ヤロイバロフ、情報屋ギルドのコンシェルジュ担当レブランテスだ。
先程まで4区の酒場のマスターもいたんだけど、オズエンドルワが来る前に帰って行った。
さすがに暗殺者ギルドの幹部さんは、騎士団長と同席は勘弁してほしかったようだ。
「……多分ですが、顔を合わせればすぐに見抜かれてしまいそうなので。」
そう、ユースバルトが言っていた。
同じ裏の稼業でも、裏魔法具連のアーデルリーゼなどは目こぼしされても、さすがに暗殺者ギルドの幹部は見逃してもらえないだろう、と。
「済まない。 待たせたね。」
そう言ってボロ家に入ってきたオズエンドルワは、いつもよりも少々髪が長く、ちょっと痩せていた。
ここ一カ月ほどの激務で、元々シャープな雰囲気のあったオズエンドルワが、更に尖った印象。
まるで、アクション俳優か何かのようだ。
ミカがオズエンドルワの髪をじっと見ていると、苦笑していた。
「済まないね。 切りに行くこともできなくて、この有り様だよ。」
「いえ、中々似合ってますよ。」
そんな他愛のない話を少ししてから本題に入る。
「ミカ君、ヤロイバロフ。 ありがとう。 すっかり遅くなってしまったが、二人の協力で被害を最小限に抑えることできたよ。」
「そんな……、むしろ被害の大きさに愕然としたくらいです。 もっと、何とかならなかったのか、と。」
「そうだな。 やれることをやったつもりだが、それでももう少し何とかしてやりたかったぜ。」
ミカとヤロイバロフが後悔の念を口にすると、オズエンドルワが首を横に振る。
「できることに限界があるのは当たり前だろう? 何より、二人は協力をしてくれた側だ。 多くの人が救われたのは事実なのだから、そのことを誇ることはあっても、後悔などしないでくれ。 第五騎士団の力不足のために、二人に協力を求めたのは私なのだから。」
確かに、ミカもヤロイバロフも、立場としてはただの一般人だ。
それでも、力を持つ者として、もっと何とかしたかったと思ってしまう。
「ヤロイバロフが個人的な繋がりで他の冒険者の協力を求め、ミカ君は実行犯を見つけた。 二人がいなければ、本当にただやられるだけで終わってしまうところだったんだ。」
「冒険者ギルドがアテになりませんでしたからねえ。 ヤロイバロフの旦那が宿屋の客に声をかけてくれたおかげで、腕の立つ冒険者がいち早く動けたんだ。」
オズエンドルワの話に、レブランテスが補足する。
その話に、ミカは微妙な表情になる。
今回、オズエンドルワはかなり早い段階で冒険者ギルドに応援を要請した。
ミカたちに協力を要請したのと同時だ。
だが、ギルドは動けなかった。
本部の決定が、支部に届くことがなかったために。
オズエンドルワがヤロイバロフを見て、口の端を上げる。
「冒険者たちの自発的な行動で、助けられた人も多い。 これまでいろいろと言われてきた冒険者たちだが、見る目ががらりと変わったな。」
昼間っから酒を飲み、酔っぱらって迷惑をかける冒険者が一部にはいた。
そのために、冒険者という一括りで白い目で見られていたのだ。
「まあ、ロクでもねえのは変わらずいるがな。 そうじゃないのが大半だって、分かってもらえたのは有り難いね。」
まさに、白眼視される見た目をしたヤロイバロフが苦笑いする。
Aランクの冒険者だと分かればそんなことはないのだが、ヤロイバロフを知らない人に見た目で判断されると「如何にも何かやらかしそうな冒険者だ」と思われるようだ。
「それで、今日呼んだのは何の話ですか?」
ミカがそう聞くと、オズエンドルワが頷く。
「まだまだ不明なことも多いのだが、これまでのところで分かっていることなどを情報共有しようと思ってね。 ……本当は、もっと早くに機会を設けたかったのだが。」
第五騎士団からも復旧作業に人を出したり、治安の回復に大忙しで、それどころではなかったのだ。
オズエンドルワが足を組み、まずは簡単に説明をする。
「最初の合成魔獣出現の報が入ったのは北東の門だ。 続いて北の門。 そして北西の門だ。」
「左回りに、第三街区を移動してんのか……。」
ヤロイバロフの呟きに、オズエンドルワが頷く。
「そして、次に応援要請が来たのは西の門と2区だ。」
「西の門と……。」
「2区?」
ヤロイバロフとミカは顔を見合わせた。
オズエンドルワが説明を続ける。
「単純な距離で言えば、2区の方が遥かに詰所に近い。 まあ、王都内の混乱もあるので、どの程度の時間で詰所まで来れたかは不明だがな。」
「それを差し引いても、2区と西の門では距離が離れすぎている。」
ミカの呟きに、ヤロイバロフが頷く。
「その通りだ。 そのため、今回の実行犯は最低でも二人はいると睨んでいる。」
「二人……。」
どうやら、ミカが捕えたのは、そのうちの一人でしかないようだ。
捕えたというか、殺したんだけど。
「おそらく、第三街区で左回りに合成魔獣を放っていく者と、第二街区に侵入し合成魔獣を放つ者。 そう役割分担していたのだろう。」
「くそ……!」
ミカは思わず悪態をつく。
こんな馬鹿なことを仕出かす奴が、他にもいたのか。
「そして、ミカ君が見つけた実行犯だが、違法な魔法具の袋の所持者であることが分かっている。」
「ええ。 …………つまり、ヒブジーザ、赤茶けた髪の青年イークリースにも繋がる可能性があるってことですよね?」
ミカが確認すると、オズエンドルワが頷いた。
(王太子は、今回の襲撃を帝国の攻撃だと睨んでいた。)
もしもこれが帝国の攻撃だとしたら、同じ組織だか集団の奴がミカにも攻撃していたことになる。
帝国が、ミカに敵意を持っている?
なぜ?
(国に狙われるのは、王国だけで十分だよ。 何で帝国にまで睨まれにゃならんの……。)
ミカはげんなりして、溜息をつく。
そうしてテーブルに突っ伏すと、ゴツンゴツンとおでこでテーブルを叩く。
「……おい、大丈夫か。 頭。」
その聞き方は、いろいろな解釈の仕方があるぞ?
ミカはヤロイバロフの言葉を流し、ゴツンゴツンと続ける。
「テーブル壊れるぞ?」
レブランテスは、テーブルが心配なようだ。
ちくしょー……。
そんなミカを放っておいて、ヤロイバロフがオズエンドルワに厳しい目を向けた。
「それで、騎士の合成魔獣だが。」
ミカはがばっと身体を起こし、おでこをすりすりする。
自分でははっきりと見ていないが、ヤロイバロフとバザルが戦った合成魔獣の中に、騎士の鎧を纏っていたのがいたらしい。
ヤロイバロフに聞かれ、オズエンドルワも厳しい表情になった。
「第五騎士団の騎士だ。 例の……行方不明になっていた。」
その返答に、全員が溜息をつく。
鎧で隠れていた身体は、人の物ではなかったという。
だが、頭部はその人の物で、はっきりと顔を確認できたらしい。
「……かもしれねえ、とは思ったが。」
ヤロイバロフにとっては、外れていて欲しかった予想だろう。
確認された合成魔獣騎士は四体。
そして行方不明の騎士は十一人。
差し引き七人だが……。
「おそらく、彼らも生きてはいないでしょうねえ。」
「ああ……。」
レブランテスの予想に、ヤロイバロフが頷く。
人を合成魔獣の材料に使う。
そんなことが、失敗もなく成功ばかりとは考えられないという。
おそらく全員を使いながら、成功したのが四人だけなのだろうというのが、二人の共通の見解だった。
ミカは憂鬱な気分になりながら、それでも必要な報告を行う。
「僕がぶっ殺した実行犯ですけど、おそらく人間じゃありません。」
「…………は?」
「んん?」
「何だって?」
ミカの唐突な発言に、三人が目を丸くする。
「まず、言葉だけで家屋が吹き飛びました。 突風によって、上空に投げ出されたんです、いきなり。」
「…………何だそりゃ。」
ヤロイバロフが眉を寄せ、怪訝そうな顔になる。
「動きも人間離れしてましたが、決定的に人間ではないと言えることがありました。」
「人間ではないこと……? 何があったんだい?」
オズエンドルワが、ミカに話の続きを促す。
「呪いです。 その人自身が呪物のようになっていて、僕も初めて見るような禍々しい呪いでした。」
「呪い……。」
レブランテスの呟きに、ミカは頷く。
「その呪いは、自分の意思を持っていました。 動くんですよ、藻掻くように。」
「すまん…………俺にはさっぱり意味が分からん。」
ヤロイバロフは両手を挙げ、お手上げのポーズを取った。
レブランテスが難しい顔で尋ねる。
「それで、その呪いは……?」
その質問に、ミカは首を振る。
「解呪を試したんだけど、どれだけ解呪しても解呪しきれなかった。 それでも進んでいる手応えはあったから続けたんだけど、合成魔獣に邪魔されてしまって…………逃げられちゃったんだ。」
「そうか……。 しかし、呪いが逃げるという行動を取ることは分かった訳だ。」
「ええ。」
そうした話を聞き、ヤロイバロフが眉を寄せ、変な顔になる。
「しかしな? 呪いなんかどうやって見るんだ? そりゃ、坊主は特殊な【技能】があるかもしれねえが、普通は――――。」
「僕にも普段は見えないんですけど、フィーなら視認できるようにしてくれます。」
「フィーというのは、この前の……あの光かい?」
「ええ、今もいますよ。」
ミカがそう言うと、左肩がぼんやりと光る。
それを見て、皆が一瞬驚いた顔になった。
「触れれば、僕でも呪いは分かります。 でもフィーなら見れば分かるんです。 呪いを宿しているかどうか。」
そのため、ミカはフィーになるべく傍にいるようにさせた。
もしも呪いを宿した者が近くにいたら、知らせるようにと。
ミカがそう言うと、オズエンドルワがこめかみを押さえた。
だが、すぐに真剣な目をミカに向ける。
「フィーを買おう。 売ってくれ。」
「分かりました。」
売買が成立した。
途端にフィーがビカッと光り、抗議の明滅を始める。
それを見て、ミカは苦笑した。
「嫌だそうです。」
「そうか……残念だ。」
抗議の明滅を続けるフィーを、ミカは何とか宥める。
レンタルでもだめかな?
「今のところ、外見からは判断のしようがないですが、違法な魔法具が一つの目印になるのは確実みたいですね。」
「そうだな。 できれば、見て分かるようにしてくれると助かるんだが……。」
まあ、フィーが突然変異みたいなものだからなあ。
他のフィーの仲間を捕まえて、同じようにコミュニケーションが可能になるかは分からない。
ミカは少し真面目な顔になると、オズエンドルワを見た。
「これは、一つの可能性の話なんですが……。」
「うん。 何だい?」
ミカのただならぬ雰囲気に、オズエンドルワも表情を引き締める。
「もしも赤茶けた髪の青年が、同じような呪いを宿した者だったら……。」
「「「ッ!?」」」
ミカの提示した一つの可能性に、全員が息を飲み絶句した。
強くなってきた風に、窓がガタガタと音を立てる。
そうして、しばらく窓の音だけが部屋に響いた。
「…………首を刎ねられたイークリースが……。」
「呪いだけ逃亡……?」
「そうして、ヒブジーザに宿った?」
全員が、同じ想像に辿り着いたようだ。
「……再度、別の人間に宿り直すことができるのかどうか、確認することはできません。」
「だが、これでヒブジーザの筆跡が変わったことや、イークリースと同じ筆跡を持つ理由に説明がついてしまうな。 信じ難い話ではあるが。」
オズエンドルワの言葉に、ミカは頷く。
「荒唐無稽な話です。 この場だけに留めておいてください。」
「ああ…………さすがにこんな話を人にしたら、『とうとう頭がイカれたか』と思われちまうな。」
「はは……。」
ヤロイバロフの感想に、皆が乾いた笑いを漏らす。
「レブランテスさんも、この情報の解禁は僕かヤロイバロフさん、若しくはオズエンドルワさんの指示が出てからにしてください。 それまでは言っちゃだめだよ。」
「何でそこまで? さっさと情報共有しておいた方が良くねえか?」
レブランテスの疑問に、ミカは首を振る。
「今のところ、宿っている人を見抜く方法が、僕が触れるかフィーだけなんだ。 そんな状態で『お前が呪いだろう』なんて疑いをかけられたら、誰も自分の潔白を証明できない。」
【鑑定】の【技能】を持つ人なら、判別がつく可能性がある。
しかし、万が一当たりを引いてしまった場合、その鑑定人は死亡確定だ。
そんな役目を国に無理矢理やらされるのは、さすがに可哀想過ぎる。
何より、こんな話を聞けば疑心暗鬼になる人も出てくるだろう。
疑心暗鬼になれば、些細なことで疑い始める。
疑念が疑念を呼び、それは混乱へと変わる。
集団が混乱に陥れば、それは狂乱になってしまう。
魔女狩りが起きる可能性がある。
(帝国との戦争というストレスがかかった時代。 戦況の悪化によるストレスの増大で、簡単な捌け口を求めてしまう可能性がある。)
鬱憤を晴らす手段に、気に食わない相手を陥れるような奴だっていないとは限らない。
ミカがすぐに疑いを晴らしてあげられる状況ならいいが、ミカが王都を離れている時ではどうにもならない。
「情報の解禁の必要は僕たちが判断する。 それまでは、情報を留めておいてください。 できれば、こんな事実はなかったことにしたいんだ。」
ミカがそう言うと、全員が重く頷くのだった。




