第261話 古き友
【グローノワ帝国 帝都カーチ】
皇帝の居城。
謁見の間には帝国の大臣たちと光神教の枢機卿らが並び、教皇帝ヒルディンランデルに報告をしていた。
ヒルディンランデルの傍らには、宰相が控える。
反乱により帝権を奪取した新皇帝だが、ほぼすべての閣僚を留任した。
留任されなかった大臣は、二人だけ。
その二人は、反乱の際に抵抗し命を落とした者だ。
全員が全員、新皇帝を諸手を挙げて受け入れた訳ではないが、数回飲み交わすことで理解を得た。
今や、すべての閣僚が教皇帝ヒルディンランデルに心酔し、同じ目標に向かって進む忠実な僕である。
「――――と思われ、想定を上回るという見通しです。 如何いたしましょう、陛下。 このまま継続でもよろしいでしょうか。」
「構わん。 すべて受け入れよ。」
ヒルディンランデルの下知に、軍務大臣が恭しく頭を下げた。
宰相が軍務大臣の横に立つ内務大臣に視線を送る。
内務大臣が一礼し、報告を始めた。
「陛下の視察計画について、現在各領地での調整も進んでおります。 また、教会の協力もあり――――。」
ヒルディンランデルは大臣の報告に耳を傾け、いくつかの指示を下す。
この視察計画は、帝国のすべての領地を皇帝自らが巡り、すべての大都市や大聖堂で演説を…………若しくはミサを行うというものだ。
すべての帝国民を慰撫し、忠実なる臣民の心を一つにまとめるという皇帝自ら発案した計画である。
この計画の具体的な立案の大変なところは、皇帝が国内を巡るという部分にあるが、実はそれ自体は大した問題ではない。
一番の懸念は、そのスケジュールだ。
あまりにも短い期間にすべての領地を回るという、皇帝の希望を如何に叶えるかがポイントになる。
また、その視察のルートも意味が分からない。
帝国の西部、南部を回った後、次の予定が東部の端の領地に設定されるのだ。
しかも、その移動がたったの一日。
そのため、護衛を王都から就く者と、東部から就く者に分けて手配しなくてはならない。
そんなよく分からない視察スケジュールではあるが、異を唱える者は一人としていない。
皇帝が「そうせよ」というのだ。
臣下は、そうするのが当然である。
一通りの報告と指示が終わったところで、不意にヒルディンランデルが虚空を眺めた。
それから、柔らかく微笑み、宰相に人払いを指示する。
宰相は恭しく頭を下げ、謁見の間に集まったすべての者を下げさせる。
大臣、枢機卿、警備や護衛の騎士に至るまで。
一人残らず。
そうして、すべての者が下がったのを確認し、宰相もまた最後に謁見の間を出た。
謁見の間から人がいなくなったのを確認し、ヒルディンランデルが声をかける。
「何があった”風”。 どうしたというのだ、そんなにも”意”を失うなど。」
虚空に問いかけるヒルディンランデルは視線を徐々に下げ、まるで目の前に相手がいるように話を続ける。
「…………ほう……子供か。 合成魔獣を倒すとは、ただの子供ではなさそうだな。」
ヒルディンランデルは足を組み、左手で頬杖をつく。
そうして、しばし思案に耽る。
「……”火”は別行動か? ”黒”の回収は…………そうか。」
ヒルディンランデルが優雅な動きで右手を差し出すと、その手から無数の黒い糸が一斉に放たれる。
黒い糸は獲物を捕らえるように何かに絡みつき、瞬く間に二メートルを超す巨大な繭になった。
その”黒”は内側から押し出すようにぐにぐにと動く。
「はっはっはっ! そう暴れるな。」
ヒルディンランデルは可笑しそうに笑うと、その繭を愉しそうに眺める。
”黒”は徐々に小さくなるが、時折反発するように膨らむ。
しかし、結局はヒルディンランデルの手のひらに乗るサイズにまで小さくなってしまう。
「そこまで”意”を失ってしまっては、もはや間に合わんだろう。 ……ご苦労だったな、”風”。」
そう呟くと、ヒルディンランデルは上を向き、大きく口を開く。
ゆっくりと”黒”を口の中に下ろしていき、丸飲みにした。
大きく息を吸い込み、目を閉じてうっとりと味わう。
ヒルディンランデルは大きく息を吐き出すと、目を開ける。
その目には、肉食獣を思わせるような危険な光を湛えていた。
「貴様が脱落するとは…………悲しいぞ、古き友よ。」
もはや、本当の名など忘れた友人に、ヒルディンランデルは語りかける。
「……我が糧となりて、永劫を生きるが良い。」
ヒルディンランデルの呟きは、広い謁見の間に消えていった。
■■■■■■
王都にある冒険者ギルド。
ギルド長室で、チレンスタは思わず頭を抱えたくなった。
「……大失態と言わざるを得ん。」
「それは確かにそうですが……。 ですが、これで担当者を処分するのは些か可哀想です。」
「とは言え、誰かが責任を取らなければならん。」
王都に多数の魔獣が出現し、襲われた。
第五騎士団からの要請を受け、ギルドとして応援を出すことを決定。
速やかに冒険者を派遣する決定を下した。
ここまでは、良い。
想定通りに対応できた。
しかし、ここからが問題だった。
なんと、ギルドとしての決定を伝える連絡員が、支部に辿り着けなかったのだ。
上層部は要請に対して問題なく対応した。
だが、想定を上回る王都内の混乱に身動きが取れず、また魔獣に襲われたことで連絡員が亡くなってしまった。
そのため、王都にある第一第二の各支部は、上層部の決定を知らされないまま、独自に対応することとなったのだ。
「さすがに、ここまで大規模な魔獣の襲撃を想定するのは難しい。 どちらかの支部にでも伝われば、まだ言い訳も立ったが……。」
第一支部に向かった連絡員は、魔獣に襲われ死亡。
第二支部に向かった連絡員が支部に辿り着いたのは、とっくに魔獣が討伐された後だった。
せめてもの慰めは、それでも冒険者たちが独自に判断し、魔獣に立ち向かってくれたことだ。
また、魔獣に敵わないと判断した冒険者も、自主的に住民の避難や救助に動いた。
冒険者ギルドとしての面目は失ったが、冒険者たちのおかげでギルドとしての最低限の存在意義は示せたと言える。
ギルドがなければ、そもそも冒険者が今日まで活動して来れなかったのだから。
「早急に、今後の連絡体制を見直す必要がある。 特に、非常時の伝達においては、確実に指示を届ける体制が必要だ。」
ギルド長の意見に、チレンスタは黙って頷いた。
「今回の失敗を教訓に、王都内の連絡体制だけでなく、王国中へ非常事態を伝達する方法も視野に入れて案を出してくれ。」
「王国中!? いつ発生するかも分からない……もう二度と起こらないかもしれない事態に備えてですか?」
「そうだ。 実現可能かどうかはともかく、まずは案を出すんだ。 現実に可能なレベルに落とし込むのは、後からでもできる。 最低でも、どこかの支部で非常事態が発生した場合に、一日で王国中のすべての支部に知らせる方法を考えてくれ。」
ギルド長から提示される、あまりに現実離れした前提にチレンスタは眩暈を感じた。
そんな方法があるなら、とっくに実施している。
「ああ、状況をもう一つ追加しよう。 非常事態の発生を、三カ所同時とする。 王都と、国内の第二第三の大都市での発生を想定してくれ。」
チレンスタは、そのあまりに突飛な想定に、つい辞表を叩きつけたくなった。
以前はギルド長に預けていた辞表だが、副ギルド長退任後に破棄されている。
だが、ミカに示された覚悟の在り方をその後も実践し、懐には常に辞表を入れておくようになった。
どんな仕事にも、職を辞す覚悟で挑む。
だが、今回の命令はあまりにも無茶だった。
国内第二の都市は、王国の西の沿岸部。
港湾都市だ。
そして、国内第三の都市は、チレンスタも以前勤めていたサーベンジールだ。
王国の中では南東の端の方に位置する。
王国の横断は、普通に乗り合い馬車で行けば四週間くらいかかる。
王国の縦断は、およそ一カ月くらいか。
こんな距離の情報伝達を一日で済ませろというのは、はっきり言って無茶苦茶だった。
王国中に、早馬の伝達網を国が作っている。
それですら、サーベンジールから王都まで二日を要するのだ。
それを越える伝達速度など、国にできないことをギルドがやろうとしているということになる。
チレンスタはやや俯き、唇を引き結んで顔を歪める。
だが、大きく息を吐き出すと、覚悟を持った鋭い視線をギルド長に向けた。
「分かりました。 やってみます。」
「ああ、そうしてくれ。」
そうして、ギルド長室から退室する。
廊下を歩きながら、がりがりと頭を掻く。
「……王都内と、王国中に伝達する方法は別物として考えるべきか? 王国中に伝達する方法があるなら、それを使えば王都内も簡単にできそうではあるが……。」
考えながらぶつぶつと呟き、チレンスタはふと立ち止まる。
振り返り、先程出てきたギルド長室を見た。
「結局、今回のことは誰が責任を取るんだ……?」
ギルド幹部全員が責任を取って、減給とでも言いそうだ。
全員の責任と言えば聞こえはいいが、結局は責任の所在を曖昧にし、誤魔化す方策とも言える。
もっとも、今回のことはあまりに想定外のこと過ぎたので、特定の誰かに責任を押しつけるよりはマシではあるが。
チレンスタは溜息をつき、再び歩き出す。
「人の心配をしている場合じゃないな。」
あまりの無理難題に、項垂れてしまうチレンスタだった。
■■■■■■
火の3の月、5の週の水の日。
ミカは学院の教室で、ぽけ~……としていた。
魔獣の襲撃からずっと、忙しく王都内を飛び回っていたミカだが、一旦休止することにした。
怪我人に【癒し】をかけて回るのも一段落し、現在王都の復旧は邪魔な瓦礫の撤去と、壊れた家屋の修復などに移っている。
第二街壁の門も二カ所が破壊され、こちらについては危険がないようにされただけで、まだ再建されていない。
また、完全には破壊されてはいないが、門としては機能しなくなってしまった箇所もあり、現在国が対応を検討中とのことだ。
ミカならば国境の防護壁の石材を提供したように、復旧に一役買うことも可能だ。
だが、「何でそこまでしてやらにゃならんのや」と、今のところ静観している。
ミカが直接的に復旧に関わったのは、住民のためだ。
怪我をした、家屋が壊れて危ない。
そうした人には進んで【癒し】を使ってきたし、倒れてきそうな危ない箇所を安全に取り壊した。
復旧がスムーズに進むように。
しかし、そんなミカに国は何も言ってこない。
ありがとうも、余計なことをするな、もだ。
ミカは王太子には時々陳情しに行き、その内容は多くが叶った。
炊き出しの実施場所は増えたし、仮設住宅でとりあえず雨風は防げるようになった。
緊急性の高い事案が減ったことで、後はミカがやらなくても、誰かしらがやれることが残ったという訳だ。
なので、そちらにかかりきりになるのも「そろそろいいかな」と手を引くことにした。
本来、国がやるべきことを肩代わりしていたのだ。
人道的な理由で。
最後の一人、完全な復興までミカが面倒を見なければならないことはないだろう、という判断だ。
現在、魔法学院、騎士学院の学院生は、自主的に復旧作業に携わっている。
最大で週三日、最低でも週一日は復旧作業に行くようにと学院長名で命令が出されていた。
すべての学院生が復旧作業に積極的という訳ではないが、希望すれば週三日までは許可が出る。
ただし、貴重な習得の時間を削っての参加になるので、よく考えて取り組むように指導されている。
最低でも週一日は参加しろと言うあたり、完全な自主性によるものではないが、まあこれくらいは仕方ないだろう。
お国のためにと教育しておいて、いざとなったら知らんぷりでは、これまで教えて来たことは何だったのか?ということになってしまう。
そのため、強制してでも復旧作業に携わらせる方針を採ったようだ。
ミカは、合成魔獣襲撃の翌日に、学院長に会いに来た。
バザルのことを伝えるためだが、やはり詳細を知ったモーリスはバザルのことを褒めていた。
ただ、無謀な部分があったことは否めないため、そこは大いに反省させるべきだという意見ではあったが。
ということで、バザルは学院長室に呼び出しという対応となった。
罰というよりは、今後もし同じようなことがあった場合に、どう対処すべきだったかを指導するためだ。
単純に罰するのではなく、「今後のために」ということなので、これはミカも口を出さなかった。
呼び出された時、バザルは真っ青になったらしいが。
モーリスも、命令は絶対という考えはある。
だが、命令さえも越えた部分で、本当に命を懸けるべきことがあるというのも理解している。
モーリス自身が、まさにそうしているのだから。
皆が皆、英雄的行動に出られては、軍隊など維持できない。
それでも、命令にさえ従っていればいいという者ばかりでは、結局は軍を維持できなくなる。
なぜなら、そんな者ばかりでは命令を発する側に誰も立てないからだ。
命令を無視ばかりするようでは上に立たせられないが、命令以外のことを考えようとしない者も、やはり上には立てない。
結局は、状況を判断し、決断する者が軍には必要なのである。
そういう意味では、バザルは今回、重要な資質を見せたと言える。
もっとも、理由はとても個人的なことではあるが。
ミカもそうだが、頭が真っ白になってつい突っ走っちゃうのはアウトだね。
気をつけよう、俺も。
レーヴタイン組の皆は自主的に、週三日の復旧作業の手伝いに行っている。
月の日から水の日まで行っているそうで、今日は皆がいなかった。
ただ、クレイリアは月の日しか参加していないとのことで、皆がいない理由などをミカに教えてくれた。
クレイリアが週一日しか参加しない理由。
それは、護衛である。
クレイリアが復旧作業に参加する場合、護衛チームが組まれる。
当然だ。
こんな時だからこそ、より厳しく厚い護衛体制が敷かれる。
一度狂暴な魔獣が襲撃してきたのだ。
そんなすぐに同じことが起こる訳ないよ、などと考える者に、残念ながら護衛は務まらない。
現在、王都内は馬や馬車が通れる道は制限されており、通学すら大変なことになっている状態なのだ。
そのため、通学時に護衛チームとランニングで学院までやって来て、学院にいる間は復旧作業に一部の護衛を送り出しているそうだ。
そして、帰る時間になると護衛チームが再び結成され、ランニングで帰る。
第一街区に住むことで、えらい大変なことになっていた。
ミカも普段から走って通学しているが、それを侯爵家のお嬢様がやっているのだから、シュールというか何というか。
護衛付きのランニングとか、ジョギング大好きだった某国の元大統領のエピソードを思い出してしまう。
ちなみに、ランニングメイトというのは一緒にランニングする仲間という意味ではなく、副大統領候補ということらしい。
過酷な大統領選をともに戦う仲間といったニュアンスなのだろうか。
そんなどうでもいいことを思い出しながら、ミカはこの後のスケジュールを考える。
まず、親っさんに頼んでいたミカの防具が出来上がったそうなので、受け取りに行く。
それをアーデルリーゼに届け、防御系の【付与】を頼むつもりだ。
しかし、王都の混乱が様々な方面に波及し、素材の入手が現在困難な状況らしい。
ただでさえ混乱気味だった素材の市場が、現在は完全にストップしているそうだ。
地方の物流が死んだ訳ではないのだが、完全なトップダウン型のため、王都からの指示が無くては動けないのだ。
どこどこに荷物届けたけど、次はどうすればいい?というのを現地では判断できない事態が続出しているという。
逆に、王都に依存しない、比較的規模の小さい商会などはここに来て大活躍である。
ただし、そういう商会は簡単にキャパオーバーを起こす。
そのオーバーした動かせない物資が、あちこちで停滞して、全体の動きを止めてしまっているようだ。
次に、教会にも顔を出さなくてはならない。
今回ミカが派手に飛び回ったおかげで、信者たちの信仰心がうなぎ登りである。
中には”神々の遣わし者”信仰とでも呼ぶべき、ミカ個人を崇拝するような動きまで出始め、その火消しに躍起である。
主にミカが。
教会はミカ個人への崇拝も「光神教の範囲」と捉えているため、問題ないという立場のようだ。
だが、さすがに自分の像が教会内に建てられようものなら、もう二度と教会には足を踏み入れない、と宣言し教皇の協力をもぎ取った。
ミカに祈っても「神々には届きません」というお触れを出してもらったのだ。
勿論、教会が勝手に言っているのではなく「”神々の遣わし者”がそう言ってます、やめましょうね」という形にして。
その代わり、今度慰霊祭みたいなのをやるから、その時にパフォーマンスを頼むと言われてしまったが。
頻繁に教会に顔を出し、教皇との関係の良好さや、お触れは”神々の遣わし者”の意思であるとアピールする必要があるのだ。
(今更だけど、あんまり派手にやるのもなあ……。 今更だけど。)
神の代行者や代弁者を騙り、演出で敬虔な信者を惑わす。
すっかり、偽救世主や偽預言者のような役回りではないか。
間違いなく、死んだら地獄行きのような所業である。
まあ、あるならば、の話ではあるが。
そして、王太子だ。
王太子はミカが自主的に飛び回り、民の救助や王都の復旧に奔走をしていたことを知っている。
そのことにとても感謝しているため、ミカの処分保留という不安定な部分を何とかしようと大臣たちを説得してくれていた。
だが、頑として受け入れようとしない人が一人。
現国王、ケルニールス・エクトラムゼである。
国王は、どうやらひどくミカを恐れている節があるらしい。
強大な力を持ち、今や王都の民の人気を博している。
これまでも空が光った『光の日の奇跡』や、戦場での活躍を耳にし、教会の周りを飛び回る”神々の遣わし者”は人気があった。
そこに、未曽有の災厄の最中に恐ろしい魔獣を打ち倒し、数千という途方もない数の負傷者を【癒し】で治して回った事実が加わる。
倒壊した家屋から、奇跡の力で救い出した姿も多くの人に目撃されている。
そして重傷を負った人々のことを憂い、自ら足を運んで救い、救えなかった人々のために涙し、その魂を空へと還した。
その慈愛に満ちた行動と姿に多くの民が感動し、もはや触れてはならない存在のようになってしまった。
更に言えば、グローノワ帝国で発生した反乱のこともある。
皇帝が打倒され、帝権が奪取されたのだ。
疑心暗鬼になるのも、無理からぬことと言える。
下手に手を出せないが、いつその牙を剥いてくるかと恐れているのではないだろうか、というのが王太子の見解だった。
(現王は、自分の身が安全なら寛容でいられるけど、少しでも脅かされると狭量になるのな。)
評判のいい王ではあったが、それは自分が高みに居て、ゲームのように物事を動かすからだったようだ。
当事者として自分の身を晒すことになった時、途端に守りに入ってしまう。
意外に器の小さい王だった。
(平和な時代だったら、『いい王だったね』で済んだのに。)
それなりに大変な時代に即位し、王国を立て直してみせたが、もはや激動の時代に対応することは難しそうだ。
だったら譲位してしまえば心安くいられるのに、と思うがそうはいかないのだろう。
ミカとしては、このまま静観してくれるなら、別に処分保留状態でもいいかなと個人的には思っている。
動くに動けないと思っているなら、そのまま大人しくしててくれる分には、こちらから何かするつもりはない。
王太子は、そんなミカの心情を察しているようで、宰相や大臣を説得してくれているようだ。
できれば処分保留から正式に「無し」とし、それが無理でも現状を維持するように、と。
最悪、国王がとち狂った時、何とか押し留めるように。
ミカは腕を組んで、顎に手を添え考える。
ミカ自身、とても忙しくしていたが、そんなミカに負けず劣らず忙しくしていた人がいる。
第五騎士団団長、オズエンドルワだ。
オズエンドルワはこの混迷を極める王都で、治安回復に務めている。
ずっと詰所で采配を振っており、騎士団自体の部分的な再編も行っているらしい。
第五騎士団での騎士の死亡者は十名を超すようだ。
また、重軽傷者も多く出たらしい。
単なる怪我ならば【癒し】でどんな重傷でも治るが、さすがに手足を合成魔獣に食い千切られては、【癒し】を使っても騎士としての復帰は絶望的だ。
そのため、一部の隊を解体し、欠員の補充として割り振ったりなどを行っているそうだ。
なぜミカがこんなことを知っているかと言うと、合成魔獣を解き放っていた青年のことを伝えに行ったりしたからだ。
オズエンドルワには会えなかったが、合成魔獣を入れていたであろう魔法具の袋などは回収し、第五騎士団に届けた。
死体は場所を教えて、回収してもらった。
さすがに、あんなの好き好んで触りたくないし。
それで分かったこと。
やはり、違法な魔法具の袋であったことは確定。
中身は現金以外は何も入っていなかったが、すべての合成魔獣が放たれた後だと推測される。
もしも、もっと早くに青年に気づき、止めることができれば合成魔獣の数を減らせただろう。
そのことを悔しく思うが、それでも犯人を特定できたことは大きい。
何より、敵の正体が少し掴めてきた。
敵は、呪いを宿す人物である。
その呪い自体が意思を持つ。
単純に命を奪っても、呪いそのものが逃げてしまう。
淫紋の呪いは、人が呪物になる訳ではなく、あくまで身体の一部に呪いが宿る感じだった。
だが、今回の青年は、その人自身が呪いのようになっていた。
こうした情報をオズエンドルワに伝えたいのだが、まだちょっと会えそうにない。
近いうちに、何とかオズエンドルワも含めて情報共有ができないものだろうか。
そんなことを考えながら、ミカは久々の学院をだらだらと過ごした。
久しぶりに、お昼にクレイリアと貴族用の食堂に行った。
最近適当に掻っ込むことが多かったので、大変美味しかったです。
被災者には申し訳ないけど……。




