第260話 王都の復旧
王城、深夜。
宰相のデドデリクは午前中に発生した魔獣の襲撃と、その後の対応に追われていた。
王城にある大会議室に「魔獣襲撃対策本部」を設置し、被害状況の確認、被害者の救助、市街の復旧など、諸々の問題に対処していく。
王都の全域で火災も発生したが、これらも大きく燃え広がることなく鎮火に成功した。
運良く降り出した雨に類焼は食い止められ、混乱の最中に行われたであろう消火活動は、信じられないほど上手くいった。
魔獣たちは冒険者の手によってすでに倒されている。
自主的に動いた冒険者たちが多数おり、被害は最小限で済んだと言えた。
最小限。
そう、推定で数千にも及ぶ死傷者を出し、家を投げ出された者は数万にもなるとされる。
それでも魔獣の討伐自体は午前中には済み、被害は最小限に抑えられたのだ。
これがもしも討伐されないままだった場合、被害の桁は一つ二つ増えていたことだろう。
「…………方向性の問題か。」
今回、魔獣を討伐したのはほとんどが冒険者だという報告だ。
あるレベルを超えた魔獣に対しては、王国軍の騎士や兵士では相手にならない。
個としての強さを捨て、集団戦法に特化させた組織。
集団での対人戦において最大の強さを発揮し、効率を求めた結果、大きく突き抜けた強さを持つ者がほとんどいないのだ。
軍の方針を、それで「良し」としてしまったために今回のような魔獣が相手、それも集団での戦闘を行いにくい市街地では力を発揮しにくかった。
魔獣の討伐は冒険者の領分。
そう、すみ分けをしてしまい、切り離してしまったのだ。
魔獣の生息地が、王都周辺にほとんどなかったというのも大きい。
魔獣の襲来などない。
一匹二匹やって来たところで、冒険者が勝手に排除する。
そう高を括っていたところへ、強烈な一撃を受けてしまった。
まさか、魔獣を用い王都を全方位から一斉に襲わせるなど、誰が想像するというのか。
これが偶発的な事件でないことは明らか。
何者かによる、仕組まれた襲撃であることは明らかだった。
「やってくれるっ……!」
証拠など何もないが、これをグローノワの仕業ではないと考える能天気な者は、さすがにいないだろう。
これで、重い腰を上げざるを得なくなった。
【神の怒り】など問題は山積みだが、それでも動かない訳にはいかなくなった。
全面戦争も辞さず、と王国の総力を持って挑むこととなるだろう。
デドデリクは手元の書類から視線を上げ、軽く目を揉む。
対策本部では、百人を超える官吏たちが忙しなく動き、夜を徹して対応にあたっていた。
家屋を壊され、外に投げ出された多数の民が、今も食うや食わずの状態にある。
王都周辺に駐屯していた王国軍に炊き出しなどもさせているが、被災したすべての民に行き渡っているとは言い難い状況だ。
今は王都の備蓄食料もそこまで多くない。
前線に回すように手配されているからだ。
現在、グローノワの再侵攻を警戒してレーヴタイン領に駐屯させている王国軍は三十万を超える。
王国の北部から随時輸送しているが、しばらくの間は、その一部を王都で使わせてもらうことになる。
前線の兵士に食料についての不満など抱かせたくないが、一時的には我慢してもらうしかない。
デドデリクが軽く首を解していると、作業中の官吏たちが一斉に敬礼を始めた。
官吏たちの向いている方を見ると、王太子のクランザードが対策本部に入って来たところだった。
デドデリクは立ち上がり、クランザードに声をかける。
「これは殿下。 このような時間にわざわざお越し――――。」
「良い。 私のことは構わぬ。 作業を続けよ。」
クランザードは官吏たちに声をかけ、それからデドデリクの下に来た。
「デドデリク。 その後の状況はどうだ?」
「ご心配なく、殿下。 すべて滞りなく。」
デドデリクの返答を聞き、クランザードの表情がやや険しくなる。
「詰まらん戯言を抜かすな。 私は具体的な状況を聞きに来たのだ。 どれだけの者が亡くなった? 住む場所を失った者は、どれほどいるのだ?」
「それは……。」
まだ、被害状況は大雑把にしか把握できていない。
そのことが分かっているのか、クランザードもしつこく問い詰めるようなことはしなかった。
「…………私には何の権限もない。 だが、名前くらいは使い道があろう。 好きに使え。 他にも何かあれば、何でも言うが良い。」
「寛大なお言葉、感謝いたします。」
デドデリクが恭しく頭を下げると、クランザードは頷く。
「邪魔をしたな。 差し入れに気つけ薬を持って来たのだが…………必要なさそうだな。」
デドデリクの席に置かれた、気つけ薬の空瓶を見てクランザードが苦笑する。
「無理をするな、と言ってやりたいところだが……。 其方が無理をしなければ、そのしわ寄せが民に行ってしまう。 済まんが、堪えよ。」
「承知しております、殿下。」
そんなやり取りをして、クランザードは去っていった。
デドデリクはもう一度目を揉み、軽く息をつく。
大した見識も権限もないくせに瑣事にこだわり、あれこれと口煩く指示を出してこられては堪らないが、クランザードはその辺りは弁えていた。
名前を使えというのは「責任は取ってやる、好きにやれ」ということ。
非常時に細々と報告を求め、いちいち許可をもらわなければ動けないというのでは、何もできなくなってしまう。
現王ケルニールスとは違い、大雑把なところのあるクランザードだが、王に戴くには悪くない。
仕える臣下次第で良き王にも悪しき王にも成り得るという危うさはあるが、仕える側としては有り難いことだ。
「救える者は、救わねばな……。 一人でも多く。」
そう呟き、デドデリクは官吏の持ってきた命令書にざっと目を通すと、サインするのだった。
■■■■■■
夏の夜空を飛ぶ、光る羽虫…………遠目には蛍のように発光したミカが、地上を見下ろして合図を探す。
セッヴェロに頼んでいた、重傷者への【癒し】を実行中だった。
ミカに相談されたセッヴェロは、個人的な伝手で腕利きの冒険者たちに協力を頼んだ。
その過程でヤロイバロフも合流し、多くの冒険者の協力を得て、可能な限り重傷者たちを地域ごとに集めた。
動かすことさえ難しい人には、その場所までミカに来てもらおう、という作戦だ。
どうしても人手がいる作戦だったため、知り合いの知り合いにも声をかけあって、手を貸してもらう必要があった。
「あれか。」
空を飛ぶ羽虫…………ミカに気づき、松明を振って合図を送る冒険者を見つけた。
ミカが地上に下りると、二人の冒険者がミカの下に駆けてくる。
「”解呪師”、こっちだ。」
「悪りぃが急いでくれ。」
冒険者たちが入って行った掘っ立て小屋に続いて入ると、そこには死の臭いが充満していた。
二十人ほどの人たちが、押し込められるようにしている。
一目見て、もうだめだと思う人もいた。
(……それでも、【癒し】なら……!)
現代医学ですら救うことのできない人も、この【神の奇跡】ならば救うことができる。
すでに意識もない男性に、家族らしき女性が縋りついていた。
「御使い様っ! お願い……しますっ! どうかっ……どう、か……!」
女性の涙ながらの悲痛な叫びに、胸が締め付けられる。
横たえられたその男性は、右腕を失っていた。
(……腕があれば、治してあげられるかもしれないけど。)
だが、すでに半日以上の時間が経過している。
壊死した腕でも治せるのか、ミカには分からない。
(……最善ではないかもしれないけど、それでも……!)
片腕を失ったこの男性の、その後の人生までは責任を負えない。
こんなのは、所詮ただの自己満足だ。
それでも、一人でも多くの人に生き残ってほしかった。
「浩々たる生命の源流、水の大神。 その偉大なる眷属神、潤い満たしたる癒しの神よ。 ――――。」
ミカが【癒し】の呪文を唱えると、光の粒が男性の身体中に漂い、傷ついた身体を癒した。
「ああ……神々よ……。 ありがとうございます……。」
みるみる全身の傷が塞がれていき、女性がミカに祈りを捧げる。
ミカは隣に横たえられた人にも【癒し】を与え、次々と怪我人を治療していく。
本当なら、傷口を洗ったりして【癒し】を行うべきなのだろうが、今はそこまでの余裕がない。
こんな風に重傷者を集めた場所が、王都内に何十とあるはずなのだ。
一分到着が遅れれば、そのせいで命を落とす人もいるだろう。
それを思えば、一人ひとりに丁寧にというのも、現実問題としては難しかった。
そうして次々に【癒し】を使い、ある女の子の番で【癒し】が反応しなかった。
傍でその子を手を握る父親が、じっとミカを見つめる。
ミカは思わず俯き、目をぎゅっと閉じた。
(…………ごめんっ……。 遅くなって、ごめん……。)
こんなこと、分かりきっていたことだ。
すべてを救えるなど、初めから思っていない。
それでも、あと少しでも早ければ、助けてあげられたかもしれない。
その事実に、ミカは涙を堪えきれず、ポタ……ポタ……と雫を零す。
心に溢れる悲嘆に、胸が騒めく。
だが、すぐに精神安定の腕輪が反応して、ミカの心を鎮めた。
「……”照明球”。」
ミカは小さく呟き、ビー玉ほどの光の粒を、女の子の身体から浮き上がらせる。
突然のことに、父親は目を丸くし、その光を凝視した。
”照明球”を、ミカは自分の手の上に移動させ、空へと誘う。
光の粒はそのまま掘っ立て小屋の屋根を突き抜け、昇っていく。
ミカは何も言わず、次の人の【癒し】に移った。
女の子の手を握っていた父親は、涙を流しながらミカに祈りを捧げ始めた。
如何にも、意味ありげなパフォーマンス。
だが、実際は何の意味もない。
『女の子の魂は、神々の下へ導かれました。』
そう言わんばかりに、勘違いするような演出。
詐欺的手法。
自分のやり口に反吐が出そうだった。
(それでも……。)
遺された人が、前を向ける助けになるなら。
ほんの僅かにでも、慰めになるのなら。
(俺が、ペテン師になればいい……!)
すべての【癒し】を終え、ミカは掘っ立て小屋を出た。
ミカの後に続いて出てきた冒険者が、少し興奮気味に呟く。
「さすが、って言うのも失礼な話だが、御使い様って噂は本当だったんだな。」
「この目で見るまで信じられなかったけど、これを見た後じゃな……。」
ここにも、詐欺に引っ掛かった被害者がいた。
「他に、案内する所は?」
「あ、ああ……、こっちだ。 ちょっと、動かせなくてな。」
催促すると、冒険者は少し離れた場所の民家にミカを案内した。
第二街区、第三街区関係なく、重傷者を集められるだけ集め、空を飛ぶ光を見つけたら松明を振って合図を送る。
こうすることで、これまでなら命を落としていただろう重傷者の多くが、命を繋いだ。
ただ、手や足を失った者も多く、その人たちの今後の苦労を思うと、果たして自分の行動は正しいのだろうか、と疑念が沸き起こる。
それでも、助けられる命は助けたいと思い、ミカは夜の王都を飛び回った。
「こちらです、御使い様。」
すでに明け方が近い。
何周も王都を回り、おそらくほとんどの場所を行ったと思う。
ミカも疲労でふらふらだが、一人でも多くの命を救うため、己に活を入れ【癒し】をかけて回る。
明るくなると松明の合図も見えなくなる。
そろそろ、巡るのも最後になるか?
第二街区の5区の空き家に、重傷者が集められていた。
そこでいくつかの命を救い、いくつかの命を看取り、その後に動かせない重傷者のいる場所に案内してもらった。
一軒の民家では、一人の男の子がベッドで寝かされていた。
女の子が濡れタオルで汗を拭き、悲し気な表情で看病をしている。
ミカがベッドを覗き込むと、苦し気な、青い顔をしたその男の子に見覚えがあった。
「バザルッ!?」
なぜか、バザルが大怪我をしてベッドに寝かされていた。
ベッドの脇には、バザルの剣が立て掛けてある。
少し前にミカが魔法具の袋を贈り、自分で管理するようになった、バザルの剣だった。
「何で、バザルがこんな所に……!」
ミカがそう呟くと、苦し気にバザルが声を漏らす。
「…………ミカ……ど、の……?」
バザルは意識があるのか、ミカの声に気づいたようだ。
「……情け、ないところ……を……。」
「よせよ! それより、何があったんだよ! 何でバザルが!?」
バザルは目を開けられないのか、声を頼りにミカの方に顔だけを向ける。
そうして、ぽつぽつと説明してくれた。
学院長の命令で、学院の外で救助活動をしていたこと。
救助活動の範囲を最初は南東の門の周辺に限定していたが、南の門、東の門にまで広げたこと。
そうして南の門の周辺で救助活動をしていたが、不意に悲鳴が聞こえてきたこと。
人々が逃げ惑う中、おかしな動きをする騎士が凶行に及んでいたこと。
それを見て頭が真っ白になり、自分を抑えられずに戦ってしまったことなど。
「…………情けないでござる……。 自ら挑みながら、この様でござる。」
「そんなことありません! バザルさんは、とても立派でした! 大人でも逃げることしかできない騎士を相手に、勇敢に立ち向かったのですもの!」
看病をしていた女の子は、まさにその騎士に斬られそうになっていたところをバザルに助けられたのだという。
だが、人間離れしたその騎士を相手に、バザルは相打ちになってしまったようだ。
「【身体強化】を上げ過ぎて、すぐに魔力が尽きてしまったでござる……。 【癒し】さえ使えなくなってしまったのは、我ながら何とも……。」
救助活動の際に渡されていた魔力の回復薬は使い切ってしまい、残りの魔力だけで何とかしなくてはならなかった。
だが、実戦の重圧に、どうやらいつも通りの戦いができなかったらしい。
ミカはバザルの話を聞き、ぽりぽりと頬を掻いた。
(……バザルは、実戦の経験がないことがコンプレックスになってたのかね?)
訓練ではミカに五分以上の勝率を誇るバザルだが、【身体強化】ありにすると、途端に勝てなくなってしまう。
実戦での強さを追求する家の流派が、バザルの根底にはある。
実戦を知り、もっと強くなりたいという思いが強かったのだろう。
バザルが、苦し気に微笑む。
「……最後に、ミカ殿に会えて良かったでござる。」
「馬鹿野郎! そんなこと言うな!」
「ミカ殿……後は頼んだで、ござる……。」
「バザルゥーーーーーーッ!」
ミカは力いっぱいに、好敵手の名を呼んだ。
「……………………。」
「……………………。」
女の子のすすり泣く声だけが響く。
「…………ミカ殿……。」
「何?」
「…………【癒し】は?」
「もう使ったよ。」
当たり前じゃん。
悠長に話をする前に、さっさと使ったわ。
バザルがムクリと起き上がる。
「はぁー……。 かたじけないでござる。 己の未熟を思い知ったでござるよ。」
「無茶し過ぎだよ、バザル……。 バザルが戦ったっていう騎士、多分合成魔獣だぞ?」
「……合成魔獣?」
バザルがぽかんとした顔になった。
「僕は遠目でしか見てないんだけど、そういうのがいるって知り合いの元?冒険者から聞いた。」
ミカが教えてやると、バザルが顔を少し引き攣らせる。
「何だか、人間離れした動きをすると思ったでござるが……。」
「うん、人間じゃねーし、そいつ。 多分。」
そうして、二人で苦笑し合う。
「凄まじい気配を放つとは思ったでござるが……まさか魔獣の類とは。」
「初陣が合成魔獣で、相打ちとはいえ倒しちゃうとはね。 しかも【身体強化】なしかよ。 やっぱ、すげえな、バザル。」
バザルは、ミカと話をしながら帰り支度を始めた。
そうして、ずっと看病をしてくれた女の子に丁寧に頭を下げる。
「世話になったでござる。 命を繋いだのは貴女のおかげでござる。」
「そんなことありません。 バザルさんこそ、命の恩人です。」
女の子は、少し疲れの見える表情で微笑む。
ミカは女の子にも【癒し】を使ってあげた。
「あの……よろしければ、また来てください。 その、今度はお茶でもご一緒に……。」
「有難いでござるが、あまり気にしないでほしいでござるよ。」
「そんなことおっしゃらずに、是非……!」
おやおや、これは?
所謂フラグが立った、というやつではなかろうか。
ミカがにやにやして見ていると、バザルが変な顔になった。
「何でござるか、ミカ殿。 気持ち悪いでござるな。」
「何だよー。 そんな誤魔化すなよー。」
「何がでござる? ちょっと、本気で気持ち悪いでござるよ?」
「またまたぁ、照れちゃってー。 ちゃんと遊びに行ってあげなよー?」
そんなことを話しながら、夜明けの第二街区を歩く。
「はぁー……、まいったでござるな。」
「何が? ガールフレンドくらい普通だろ?」
「何の話でござるか!?」
うん?
違うの?
「救助活動中に行方不明でござるよ? きっと、大騒ぎになってるでござるよ。」
「あぁー、そっちかぁ。」
それは確かに、不味いかもしれないね。
「勝手な行動とかに厳しい学院でござるから、一体どんな罰があるか……。」
勝手な行動に厳しい?
割と勝手な行動ばっかりしてたけど、罰なんて受けたことないよ。
「まあ、何か言われたら僕に連れ回されてたって言っていいよ。 手が足りないから手伝えって。」
「そういう訳にはいかないでござる。 それではミカ殿が悪者になってしまうでござるよ。」
ミカが助け舟を出すが、バザルはミカのせいにするのは気が引けるようだ。
本当に、真面目な奴だな。
「確かに学院には迷惑をかけたかもしれないけど、バザルが戦わなければどれだけ犠牲者が出てたと思う? バザルの行動は間違ってない。 それで規則違反だって言うなら、それは規則の方が間違ってる。」
「ミカ殿……。」
規則を定める意味は分かるし、規則が正しい場合というのも多いと思う。
何より、大勢を統制するために規則は絶対に必要だろう。
だが、杓子定規に何でも規則に当てはめるのは間違っている。
定規とは、所詮計る者のためにあるのだ。
定規からはみ出す部分まで無理矢理はめ込もうとするのは、計る側がその方が楽だからだ。
それで見捨てられる者、切り捨てられる者を救う行動を、ミカは否定したくなかった。
「学院長には、僕の方から本当のことを伝えるよ。 それで罰するようなことはさせないし、多分学院長ならしないと思う。 だから、僕の手伝いをしてたってことにしときなよ。」
ミカの説得に、バザルは悩まし気に表情を歪める。
やがて溜息をつき、肩を落とす。
「かたじけないでござる。 ここは、ミカ殿に甘えるでござるよ。」
「ああ、そうしときな。」
そう言って、ミカは拳をバザルに突き出す。
「よくやった、バザル。 立派だよ。」
「…………実力が、まだまだ伴わなかったでござるが。」
バザルは力なく首を振るが、それからすっきりした顔になる。
「ミカ殿が冒険者に夢中になるのも、ちょっと分かったでござる。」
「だろ?」
コツン、とバザルと拳を合わせる。
「…………ところで、さっきから気になってはいたでござるが…………その背中の翼は何でござる?」
うん、ちらちら視線が行ってたね。
聞かれなかったから、放っておいたけど。
「まあ、いろいろあるんだよ。」
「何があったらそんなことになるのか、想像もつかないでござるよ。 相変わらず意味が分からないでござるな、ミカ殿は。」
それでも、しつこく何かを聞いたりして来ない辺り、バザルは本当に度量が大きいな。
俺なら気になって、しつこく聞いちゃいそうなのにね。
「それじゃ、僕は行くよ。」
「分かったでござる。 気をつけて行ってくるでござるよ。」
「ああ。」
そう言ってミカは軽く助走をつけて飛び上がり、バザルに手を振りながら朝焼けの空へと羽ばたいて行った。
その後ミカは、五日ほど王都中で怪我人に【癒し】をかけたり、倒壊して危険な家屋を解体したりと、忙しく飛び回った。
王太子の部屋にたびたび乗り込み「炊き出しの実施場所増やせ」「仮設住宅を建てろ」と注文をつけてきた。
ミカからの要望に、自身に権限のないことでも宰相や担当大臣に口を利くなどして、可能な限り便宜を図った。
教会も無償での【癒し】を多くの人々に行い、独自に炊き出しなどを行った。
また、王国中の信者に寄付を呼びかけるなど、被害を受けた人々の救済に取り組んだ。
”神々の遣わし者”が救済に飛び回る姿が多数の人々の目に留まり、噂を耳にした人たちから前代未聞の寄付額が集まることになる。
ただし、その寄付金の大半が「復興の象徴として”神々の遣わし者”の像を建てよう」というものだったが。
当然、本人に却下されて炊き出しや薬、包帯などの物資に使われることになった。
後日、王国のすべての大聖堂に教皇名で「”神々の遣わし者”の像は建てられません」というお詫びが張り出された。
未曽有の災厄に見舞われた王都だったが、その復旧のペースは誰も想像をしなかったほどである。
その原動力が、休む間も惜しんで自ら飛び回る”神々の遣わし者”であったことは、誰の目にも明らかなことだった。




