第253話 閑話 反乱
【エックトレーム王国 宰相 デドデリク視点】
火の3の月、2の週の火の日。
王城内の会議室。
朝から始められた閣議会は、最後の議題で紛糾していた。
いくつもの議題が消化されたが、たった一つ。
たった一つだけ、これまで何度となく議題に上がり、それでも答えの出ない問題があった。
王国にとって最重要な問題。
王国の安全に関わる問題だ。
すなわち、グローノワに侵攻すべきかどうか。
開戦直後は、損害の大きさに慎重姿勢を示す大臣が多かった。
しかし、徐々に「王国の安寧のためには帝国を叩く必要がある」という意見が広がり、現在は多くの大臣たちが侵攻すべきとの姿勢だ。
だが、そんな中、首を縦に振らない大臣がいた。
その筆頭たる一人は、財務大臣。
財務大臣の理由は明確だ。
「そんな金がどこにある。」
戦争とは、言うまでも無く金がかかる。
それも、呆れるほどに莫大な金がだ。
戦時特別法で市井から広く集めることもできるが、増税は国家経済の基盤を削る行為。
適当に理由をつけて国内を巡っている金を吸い上げることは可能だが、その金こそが自分たちの足元を支えているのだ。
簡単に集められるからと気軽に集めれば、自らの足元が崩れ、王国が土台から崩れる。
(今は国内経済にも余裕があるから、容易に集められるだろうが……。)
デドデリクは手元の資料に視線を落とし、とりあえず必要な戦費を改めて確認する。
(……これで済むなら安い物だ。)
国民に、少しの間食事の質を落としたり、一品減らしてもらえば済む程度。
それで王国が安全になり、安心して暮らせるようになるなら、躊躇う必要もない。
だが、問題はこれだけで済む訳がないと分かりきっていることだ。
一度動き出せば、一定の成果を上げるまでは止まれない。
国家を運営するための様々な予算を削り、更に臨時で徴税することになる。
し続けることになる。
国家を守るための費用が、結局は自分たちを殺すことにもなりかねないのだ。
小国を相手にするのとは訳が違う。
王国と同程度の国力を有する国が相手だ。
総合的な国力は王国の方が大きいが、圧倒するほどの差ではない。
泥沼の戦いになれば、共倒れにもなりかねない。
それが分かっているから、財務大臣は首を縦に振らなかった。
そして、もう一人慎重な姿勢を明確にしている大臣がいる。
軍務大臣だ。
兵とは、極端にいえば死ぬことが仕事だ。
いや、死ぬことも、と言うべきか。
血を流すことを厭うてもらっては、守れる物も守れなくなる。
自らの背に王国の民を背負い、犠牲となることが役目だ。
死にたくないからと逃げ出されては、そもそも戦争にもならない。
戦い一つ起こすことができない。
これが百年前ならば、軍務大臣も反対の姿勢を取らなかっただろう。
だが、先の戦い、そして五十年戦争で戦場はがらりと様変わりしてしまった。
戦争とは、兵の数でするものだった。
より多くの兵を集め、少しばかりの作戦で有利不利を競う。
多少の不利程度、数でいくらでも圧し潰せる。
そうして王国は版図を広げ、大陸の半分を支配したのだ。
しかし、犠牲を一切気にしないと言う訳にはいかなかった。
【神の怒り】。
この馬鹿げた魔法が開発されてから、戦場での死者数が跳ね上がった。
先の戦いで、王国の死者数は五万弱。
十万の兵のうち、五万もの兵が犠牲になったのだ。
その犠牲の大半が、【神の怒り】によるもの。
帝国に対抗するための武器のない状態で「行け」と言われても、大臣が承服しかねるというのも分からなくはない。
(……【神の怒り】については、まだ陛下も許可を出してくれないでしょう。 困ったものだ。)
敵にだけ大量破壊兵器を使われる状態というのは、相当に厳しい。
デドデリクも説得しているが、そもそも陛下はその説得自体を聞こうとしない。
(顔を背けていれば済む、という問題でもないのですが……。)
デドデリクは内心を隠し、穏やかな表情で会議室を眺める。
そうして、隣の空いた席をちらりと視界に収めた。
この隣の席は、ケルニールスの席だ。
ケルニールスは必ずしも会議に参加する必要はない。
閣議会の内容を後でデドデリクが伝える、というのは以前から普通に行われている。
そもそも、この閣議会は輔弼機関だ。
ケルニールスが臨席すれば御前会議となり、不在ならば閣議会になる。
閣議会の決定が、そのまま国家運営に反映されるわけではない。
大臣たちの決定をケルニールスに伝え、了承が得られればそこで初めて国の方針として決定する。
ケルニールスが「再考」を指示すれば問題点を担当大臣に伝え、改善案が再び閣議会や御前会議に諮られる。
デドデリクはさりげなく時刻を確認し、そろそろ閣議会の打ち切りを考え始めていた。
デドデリク個人の意見としては王国の安全を確保するべく、グローノワへの侵攻を賛成する考えだ。
ただ、それを口にはしない。
グローノワへの侵攻のためには、軍務大臣の懸念している通り【神の怒り】が必要だと考えているからだ。
互いに【神の怒り】を用いる戦いは損害が大きくなるが、それを承知でグローノワは叩いておくべきと考えていた。
(陛下を何とか説得しなくてはならないが…………それまではあれが使えれば、まだ対抗できる。)
あれ。
すでに一度【神の怒り】を使ってみせた少年。
ミカ・ノイスハイムだ。
先の戦いで実績のあるミカ・ノイスハイムを使えば、戦争を継続しながら時間を稼ぐことができる。
その間にケルニールスを説得して【神の怒り】も併せて運用すれば、グローノワとの戦いも優位に進めることができるだろう。
単純に考えれば、そうなのだが……。
(クランザードと教会……。 こちらも厄介な話だ。)
ミカ・ノイスハイムは現在、王太子預かりという立場にある。
彼の者を使うにはクランザードの許可がいるのだ。
間違いなくクランザードは、ミカ・ノイスハイムの処分保留という状態では、許可を出すことはないだろう。
(まあ、それはそうでしょうね。)
デドデリクは内心で苦笑する。
ミカ・ノイスハイムは、【神の怒り】を使ったとして処分を保留されている身なのだ。
そのミカ・ノイスハイムに、「戦場で【神の怒り】を使え」とは、どの口で言うのかという話だ。
「使わせておいて、それでまた処分するのか?」
と問われれば何も反論できない。
順番としては、まずは処分を正式に「無し」と決定し、その上で改めて要請するのが筋だ。
そして、それをクリアしても、もう一つ厄介な問題がある。
教会だ。
現在、ミカ・ノイスハイムと教会は協力関係にある。
先の戦いで戦場を飛び回ったミカ・ノイスハイムだが、教会は彼を御使いとやらに祀り上げた。
彼が進んで戦場に赴くなら問題ないが、国からの要請という場合、ミカ・ノイスハイムが納得しなければ教会が反対する可能性がある。
国と教会は現在、険悪な状態といえる。
力を持ちすぎた教会に首輪をつけようとし、それが裏目に出てしまった。
ミカ・ノイスハイムによって。
まさか、教会をコントロールするために飲ませた罷免権が、意味のないものにされるとは想像もしなかった。
おかげで教会は、国とは距離を取るようになった。
デドデリクは、そっと溜息をつく。
何とも情けない話ではないか。
(大陸の半分を支配しながら、自分たちが動けないからと一人の子供に押しつけようとは。)
とにかく、【神の怒り】さえ使えればとりあえずの準備は整う。
被害は甚大なものになるが、それはグローノワも同じ。
王国も使ってくると分かれば、グローノワも迂闊には動けなくなる。
それこそが、今の膠着状態の理由だろう。
(一度攻めてきただけで、亀のように手足を引っ込め閉じ籠るとは。 なぜ攻めて来たのか理解できないが……。)
まあ、それを今言っても仕方ない。
すでに戦端は開かれたのだ。
ケルニールスが顔を背けているから、と。
クランザードが裏で動いているから、と。
【神の怒り】の問題を先送りにしていたことこそが問題。
これは、忙しさにかまけて後回しにしてしまった、デドデリクの問題だった。
「本日の閣議会はここまでにしましょう。」
デドデリクは、何とかケルニールスを説得しなくてはと考えながら、一旦閣議会を打ち切る。
バンッ!
その時、会議室の重厚なドアに外側から何かが当たった音がした。
大臣たちが何事かと視線を向けるよりも早く、ドアが開かれる。
飛び込んできたのは王宮の官吏だった。
その官吏は強張った表情のまま、慌てたようにデドデリクに向かってくる。
「何事かっ!?」
「貴様、閣議中だぞっ!」
闖入者に大臣たちから叱責が飛ぶ。
だが、その官吏はそんな言葉など聞こえないように、デドデリクの下へやって来る。
官吏はデドデリクに耳打ちした。
「は、反乱ですっ……! 反乱が発生したそうですっ……!」
耳打ちするが、気が急いて声が思ったよりも大きくなってしまったようだ。
「……反乱だと?」
「なに……? 反乱?」
「どこだ!? まさかっ……!」
比較的近くに座っていた大臣たちの耳に入ってしまったようだ。
ざわっと、会議室中にその不穏な言葉が広がった。
デドデリクは盛大に溜息をつきたいのを我慢し、この間の抜けた官吏を怒鳴りつけたいのも我慢して、開け放たれたままのドアに視線を送る。
そうして、警備についていた騎士に、ドアを閉めるように指示をした。
領地を任された貴族にも、いろいろな部分に温度差がある。
王家に対して忠誠の篤い者、薄い者。
不満を抱える者。
その中で、反乱を起こすまでに至る者は、今のところ思い当たる者はいない。
まあ、そんな見当がついていれば、内偵を進めてそれなりに対応をしてきたからなのだが。
そのため、今反乱が起きたというのは、はっきり言えば青天の霹靂。
まったく心当たりがなかった。
すでに大臣たちの耳に入ってしまったが、デドデリクは官吏に声を落としての報告を指示する。
まずはデドデリクだけで確認をしたかった。
たとえ、ほんの一瞬の差であっても、先に知ることが重要なのだ。
それだけでも、伝え方、対応の仕方というものが変わってくる。
官吏の耳打ちを聞き、デドデリクは目を見開く。
そうして目を閉じ、大きく息を吸い、その間の分だけ逡巡する。
デドデリクはゆっくりと息を吐き出すと、自分に視線を向ける大臣たちを見回す。
それから、重く口を開いた。
「グローノワの小鼠が討たれたようだ。」
■■■■■■
これは、火の2の月、4の週の土の日の出来事である。
グローノワ帝国の帝都カーチから、エックトレーム王国の王都イストアまでは遠い。
また、情報を伝達するのにアム・タスト通商連合か七公国連邦を経由しなければならないため、通常は早くても一カ月くらいのタイムラグがある。
それを考えれば、二週間余り。
およそ半月ほどでこの知らせが届いたのは、相当に早かったと言える。
皇帝の居城に怒号が上がっていた。
あちらこちらで剣戟の音が響き、数名の騎士が血を流し倒れている。
「貴様らっ、血迷ったかっ!?」
老騎士が数名の部下とともに廊下を塞ぎ、反乱の首謀者を威圧する。
視線の先には、司教服の男。
メーツデルト教皇だった。
教皇が教会騎士団を率い、突然城を攻めてきたのだ。
「……どうして、たかが坊主の集団がこんな所まで上がって来れたっ……!」
すでにここは上層階。
精鋭の近衛騎士が守備を固める城が、あっさりと賊の侵入を許したことが信じられなかった。
老騎士が問うと、教皇は傍らの、やはり司教服を着た妖艶な女性に視線を向ける。
「……なぜ、老騎士にはかからん?」
「さあ? お酒が嫌いなんじゃない?」
女性司教は肩を竦め、詰まらなそうに答えた。
教皇はやれやれ……とでも言うように首を振る。
「折角騎士団長の会議の日を選んだのだが……。 まあ、良い。 やれ。」
教皇がそう言うと、後ろに控えていた教会騎士団の数名が前に出た。
老騎士は抜き身の剣を教皇に向ける。
「あやつはもはや、ただの反逆者だ! 教皇などと思う――――っ!?」
グサッグサッ!
老騎士は目を見開き、下を向き、自らの腹を見る。
そこには、二本の剣が生えていた。
老騎士の後ろに立っていた二人の騎士が、剣を老騎士に突き刺したのだ。
「……なっ……!? 何、がっごふっ……?」
老騎士が血を吐いて倒れる。
その姿を冷めた目で見つめ、教皇は興味なさげに漏らす。
「死の間際ですら、この程度の”意”しか出せんのか……? 見た目通り、枯れているようだな。」
老騎士の率いていた騎士たちが、邪魔な死体を通路の脇にどかすと、教皇は廊下を進み始めた。
剣戟の音が聞こえるたび、情けない悲鳴が室内に上がる。
「ひぃぃいいいっ!? な、何とかせよっ!? 何とかせよっ!?」
「落ち着いてください、陛下。 すぐに不届き者は成敗されます。 しばし、ご辛抱ください。」
皇帝は、居室で反乱の報を受けた。
騎士団長の会議を宰相に任せ、自分は皇帝としてもっとも重要な務めに勤しむつもりだったのだ。
もっとも重要な務め。
すなわち、世継ぎを作ること。
まあ、すでに両手で余るくらい子供はいるのだが。
最近は臣下でも市井の代表でも、口を開けば出兵だ侵攻だと面倒なことばかり言う。
前にあまりに煩いので一度兵を出して見れば、まさかの全滅という結果だった。
にも関わらず、まだエックトレームへ再侵攻しろと言う。
とても正気とは思えなかった。
皇帝は、大陸の半分ほどの支配で満足していた。
全土を支配したいなどとは思わないし、支配もせずただ隣国を滅ぼせなど、頭がおかしいとしか思えなかった。
「音が、止みましたな……。」
近衛騎士団の団長が部屋の外を確認しようとドアに向かうと、皇帝は声を荒げる。
「どどどど、どこに行くっ!? 貴様はここだっ! 余の傍を離れるなっ!」
皇帝に怒鳴られ、近衛騎士団長は一瞬きょとんとした顔になる。
それから表情を取り繕い、苦笑が表に出ないようにした。
「お前、お前とお前、見て来い。 慎重にな。」
近衛騎士団長は室内にいる近衛騎士三人を指さし、様子を見て来るように指示を出す。
指示をされた騎士たちは頷き、ドアに向かう。
そうして、鍵を開けると慎重にドアを開く。
開いたドアの向こうに、教皇がいた。
「ひぃぃぃいいいいいいいいっ!? き、貴様はっ、メーツデルトォォオオ!?」
その姿を見て、皇帝は腰を抜かさんばかりに驚き、悲鳴のような声を上げる。
近衛騎士たちは抜剣し、教皇に剣を向けた。
だが、教皇はそんなことを一切気にせず、皇帝の居室に入って来た。
「きさっ、貴様あっ!? まさか貴様が、この反乱をぉ!?」
皇帝はぶるぶる震える手で教皇を指さし、必死に問いかける。
しかし、教皇はそんなことには興味がなさそうに、ぐるりと室内を見回す。
室内には近衛騎士団長の他、八人ほどの近衛騎士、と皇帝。
「陛下! お下がりください!」
「き、斬れ! 斬れ斬れ斬れ斬れいっ! 斬れぇぇえええっ!?」
近衛騎士団長は皇帝を庇うように後ろに下げ、自身はその前に立つ。
皇帝は半狂乱のようになり、声を裏返しながら必死に叫んだ。
「陛下ぁぁあああああっ!!!」
そこに、騎士団長の一人、ショルストフが飛び込んできた。
ショルストフはいくつもの返り血を浴び、部屋の中央を陣取る教皇を避けるようにして、大回りに皇帝の前に立つ。
「陛下! ご無事でしたか!」
「おおおぉぉおおおおおおぅ!? ショストルフ! よう来たっよう来たっ!」
皇帝は泣きながらショルストフに呼びかけ、必死になって教皇を指さす。
「あやつが謀反人ひゃ! 反逆者だあっ!」
皇帝の言葉に、ショルストフは無言で頷く。
「斬れええええええええへぇぇえええええっ!?」
「「はっ!」」
ショルストフと近衛騎士団長が同時に剣を振るう。
ザシュズシュッ!
その瞬間、二人の剣は深々と肉に突き刺さり、背中にまで貫通していた。
皇帝は驚きに目を見開き、次いで悲鳴を上げる。
「ぎぃぃいいやああああああああああっっっ!?」
ショルストフと近衛騎士団長の剣は皇帝の腹と胸を貫いた。
「いひぃぃいいっ!? ひっあ、……げふ、ぐほぉ……っ!」
二人が剣を引き抜くと、皇帝は断末魔の表情のまま倒れ、絶命した。
教皇はその皇帝の姿を見て、一つ頷く。
「……ふむ、悪くない。 中々の”意”だった。 やはり、こうでなくてはな。」
教皇が皇帝の亡骸を見てそう呟くと、ショルストフと近衛騎士団長、近衛騎士が跪く。
「中々面白い余興でしたよ、ショルストフ。」
教皇がショルストフに声をかける。
皇帝を暗殺するだけなら簡単にできたのだが、ショルストフがどうしても自分の手で殺りたいというので、こういう形になった。
どうせなら見物しようと、近衛騎士団長には「皇帝を足止めし、教皇とショルストフの到着を待て」と命じていた。
城には抜け道などがいくつかあり、勝手に使われると厄介だったからだ。
「大儀でした。 どうやら思ったよりもこちらについた者が少なかったようですね。 その分、苦労をかけた。」
「勿体ないお言葉です。 ですが、概ね計画通り進みました。」
ショルストフの言葉に、教皇は頷く。
ショルストフには、反乱に抵抗する者を始末して回ることを命じていた。
「では、早速だが最初の勅を下す。」
そう言って教皇は聖職者らしい笑みを作る。
「そろそろ大聖堂から赤酒が届くはずです。 城内にいる者には例外なく、その赤酒を振る舞ってください。」
「勝利の美酒ですな。」
ショルストフの言葉に、教皇は満足そうに頷くのだった。




