第252話 強さの渇望
火の2の月、3の週の月の日。
3区にある鍛冶屋街。
陽炎の揺れる親っさんの鍛冶屋の中で、ミカは手に持った短剣を睨むように検分していた。
真っ直ぐ腕を伸ばし、軽く振って重量やバランスを確かめる。
「…………うん。 いいですね。」
ミカが呟くと、親っさんがほっと息を吐き出す。
「ようやく満足いただけたか……。 正直、ヤロイバロフやオズエンドルワなんかより、よっぽど厳しい注文だったぜ。」
「僕には二人ほどの腕がありませんからね。 その分、どうしても得物の質で補わないと。」
「おいおい、冗談だろう?」
親っさんがげんなりした顔になった。
ミカはそんな親っさんを見て、おどけた顔になる。
性能テストの時の結果だけを見れば、確かに親っさんがそんな顔になるのも分かる。
だが、ミカは別に冗談を言っているつもりはない。
【身体強化】をぶん回せば、そりゃ二人にも勝てる。
だが、【身体強化】なしではどうだろうか。
おそらく、まだ勝負にもならない。
盛り盛りの腕輪で耐久力を底上げし、あり得ないほどの【身体強化】で膂力と速さを爆上げ。
そりゃそんなことすれば負けやしないだろう。
戦闘の総合力では、確かにミカは圧倒的に強い。
だが、単純に技術というか、純粋な剣の腕では二人にはまだまだ敵わない。
つまり、それはまだ上が目指せるということだ。
ゲームでいう、所謂『カンスト』に至っていないということなのだ。
ならば、行けるところまで行こう、とミカは考えていた。
熟練度を含めた、ステータスMAXを目指す。
親っさんは、手拭いで首筋を流れる汗を拭きながら、ミカに聞いてくる。
「それで、前の鈍らはどうするんだ? 潰して売るのか?」
「何てことを!? そんなことしませんよ!」
それを売るなんてとんでもない、とミカの頭の中にアナウンスが流れる。
聖剣ナマクラ様はすでにミカの相棒だ。
思わぬミカの強い反応に、親っさんが目を丸くする。
「そのまま使うのか? あんな鈍らを?」
「勿論です。 ナマクラ様はこれからも使いますよ。」
「…………なまくらさま?」
親っさんが、変な顔になった。
「まあいいか。 ブーツも注文のが上がってきたから、今日持って行ってくれ。」
「お、そっちもようやくですか。」
どうしても防具の作成には、親っさんの鍛冶屋以外にも職人が絡む。
信頼できる、腕の確かな職人に技術指導しながら、親っさん監修で作ってもらったのだ。
「……で、後はローブとベストと、グローブだったな。 ”銅系希少金属”織物の【付与】はどうなってんだ?」
親っさんに聞かれ、ミカはにやりと口の端を上げる。
「ようやく、【付与】の目途が立ちました。 織物を預けますので、制作に取り掛かってください。」
「お、ついにやったか。」
親っさんが、ちょっと驚いた顔になった。
「アーデルリーゼたちでさえ、こんだけ苦労したんじゃなあ。 正直、鍛冶屋じゃお手上げだったな。」
鍛冶屋でも【付与】などは行えるが、基本は材料を混ぜる方法だ。
そこまで複雑な【付与】方法や、そもそも素材の加工などは専門外だった。
「すみません。 無理を頼んでしまっていましたね。」
「はっはっはっ。 まあ、そう気にすんな。 いろいろ”銅系希少金属”をいじり回すのは、何だかんだ楽しかったからよ。 いい勉強にもなった。」
ミカが申し訳なさそうに言うと、親っさんが笑う。
親っさんが笑い飛ばしてくれることで、ミカも少しだけ気持ちが軽くなった。
「それじゃあ、都合のいい時にこの店でサイズを測って来てくれ。 話はもうついてる。 言うまでもないが、ここなら信頼できるし、腕も間違いない。」
そう言って親っさんが、近くの台でざっとメモを書く。
どうやら同じ鍛冶屋街にある、防具専門の店のようだ。
「ついでなんで、この足で行っちゃいますよ。」
「そうか? それじゃあ、よろしくな。」
ミカは織物を親っさんに預け、指定された防具屋に向かった。
また野犬の群れのように採寸されるのかと思ったが、そんなことはなかった。
そう言えば、胸当てとか買ってた時も採寸されたけど、そんなことなかったもんな。
野犬の群れに襲われるのは、どうやら高級店だけのようだ。
変なの。
■■■■■■
火の2の月、3の週の水の日。
王都から北西に百キロメートルほど離れた山奥。
ザシュッ!
「ちっ!」
ミカは魔獣の攻撃を躱しきれずに頬に傷を受け、思わず舌打ちする。
ヒュンッシュシュシュンッ!
ミカは馬のような魔獣を”銅系希少金属”の短剣で斬り刻む。
この短剣は聖剣ナマクラ様ではなく、新しく親っさんに用意してもらった方だ。
ニュー”銅系希少金属”の短剣は、まったく抵抗を感じさせずに魔獣の首と前足を切断する。
「くっそ!」
ミカは悪態をつきながら、その場を咄嗟に飛び退く。
その瞬間、ミカの居た場所に馬のような魔獣が三体殺到した。
この魔獣はレジ・ウィード。
馬のような姿の魔獣だ。
一直線に、横に並んだ赤く爛々と輝く五つの目が特徴。
前脚が四本、後ろ脚が二本。
ただし、前脚の一対はかぎ爪が付いており、ほぼ腕のように使える。
ミカの頬に傷をつけたのも、このかぎ爪だ。
ミカは素早く体勢を整え、手近にいたクート・バイパーを輪切りにした。
魔力範囲で周囲を把握し、背後から攻撃してきたレジ・ウィードを、横に飛びながらかぎ爪を斬り落とす。
ヒヒィィイイイイイイイイイイイイイイイイインンッ!!!
耳をつんざくような鳴き声に顔をしかめ、黙って首を刎ねる。
ミカはこの山に、新たな短剣の実戦テストにやって来た。
また、ミカ自身の修行の意味も強い。
現在ミカは【身体強化】を限界まで落とし、ほぼ素の状態に近い。
完全に切ってしまうと咄嗟には使えないので、切れてしまわないぎりぎりを維持する。
せいぜい数%の強化具合といった感じだ。
多数の魔獣に囲まれながら【身体強化】を使わないのは、はっきり言えば自殺行為。
だが、ミカはぎりぎりまで自分を追い込むために、あえて【身体強化】を抑えて戦っていた。
もっと強くなれる。
もっと強くなりたい。
大切な人たちを、守れるように。
その渇望が、自らを危険に飛び込ませるという選択を、ミカに選ばせた。
多くの冒険者は、【身体強化】など使えない。
【癒し】すらない。
それでも強大な魔獣に立ち向かい、魔獣の群れを打ち払う。
(もっとっ……もっと向かって来いっ! 向かって行けっ……!)
ミカはどれだけ強大な力を振るっても、その強さに満足できなかった。
【身体強化】を使えることはミカの強さの一つだ。
【癒し】を使えることはミカの強さの一つだ。
自分で自由に作れる魔法こそ、ミカの強さの真骨頂。
それらを否定するつもりはない。
それでも――――。
シャシャッシュンッ!
ミカは二体のレジ・ウィードの間に入り込み、素早く首を斬り落とす。
そのまま駆け抜け、正面にいるサイ・ボーアを両断した。
(俺はっ! もっと、強くなるんだっ!)
次々に襲い掛かる魔獣たちを斬り捨て、ミカは一心不乱に短剣を振り続けた。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ……!」
荒い息を整えつつ、ミカは魔獣の気配を探す。
どうやら、この辺り一帯の魔獣はすべて倒したようだ。
「…………くそ……っ。」
気持ちばかりが焦る。
もっと強くなりたいのに……っ。
どうすれば、ヤロイバロフやオズエンドルワのようになれるのか。
がむしゃらになるだけでは所詮は空回り。
そんなことは分かっているのに、居ても立っても居られないのだ。
ミカの焦燥感が強くなると、精神安定の腕輪の働きで、徐々に気持ちが鎮まっていった。
少し気持ちが落ち着くと、自分の行動の愚かさをしみじみと感じる。
「フゥー……、何やってんだか……。」
そう呟き、ミカは【身体強化】を四十倍まで引き上げる。
そうして思いっきりジャンプすると、そのまま王都に向けて飛んで行った。
■■■■■■
【聖地ウープ・サクトゥ 大聖堂】
教皇執務室では、”光”と”土”が貪っていた。
”土”は上を向き、大きく口を開くと”黒”を丸飲みにする。
そうして大きく息を吸い込むと、うっとりとした表情で「ほぅ……」と息を吐き出した。
「うふふ…………怒り、嘆き、悲しみ……。 なんて甘美なこと……。」
テーブルの上には、帝国中から回収してきた”黒”が、まだ十個ほど置いてある。
”光”はそのうちの一つを摘まむと、同じように上を向き丸飲みにした。
「ふむ……悪くない。 あの程度の戦果でも、これだけ集まるか。」
「あの程度だからこそ、ではなくて?」
「ふ…………そうだな。」
折角エックトレームに攻め入ったというのに、全滅という不甲斐ない結果に終わった先の戦いに、帝国の民は負の感情をマグマのように滾らせていた。
「この分なら、次の手では上質の歓喜が味わえそうだな。」
”光”は冷えた笑みを浮かべ、”土”はテーブルの上の”黒”を一つ摘まむ。
「シケたのじゃ詰まらないし、溜まるまで待たされるのはもう沢山。 もっと手っ取り早く集めたいわ。」
そう言って、また”黒”を丸飲みする。
「それでも昔よりはマシだろう? ”黒”という方法を”水”が見つけ出したからこそ、質も量もこれまでと段違いになった。」
”水”の名を出され、”土”が途端に不機嫌そうな顔になる。
そんな”土”を見て、”光”が仕方なさそうに肩を竦めた。
「お前が”水”をどう思おうと構わんが、目的のためには必要だ。 それは分かっているだろう?」
「…………ええ。」
”土”は横を向いたまま、手を伸ばして”黒”を摘まむ。
「……しっかり食っておけ。 これからもっと赤酒が必要になる。 お前の力が、重要な鍵になるのだから。」
「言われなくても食べるわよ。 いい加減、もうへとへとよ……。」
「まあ、そう言うな。 次に進めば、もっと手っ取り早く済むようになる。 今だけだ。」
「それは分かっているけど……。」
”土”はそう言うと、”黒”を飲み込む。
それを見て、”光”も”黒”に手を伸ばす。
「……しかし、”水”は一体どうしたというのだ? いつまでも地下に潜られていては、面倒なのだがな。」
「今頃、【解呪】使いにやられているんじゃないの?」
そう言って、”土”がケラケラと笑う。
折角調子よく踊らせていた教会の連中が転倒し、忌々しい【解呪】使いは生き延びているらしい。
だが、考えてみれば【解呪】使いが生きているのはある意味、僥倖。
ムカつく”水”を【解呪】使いに殺させ、それから【解呪】使いを殺すのも悪くない。
もっとも、そんな簡単に殺せるような奴なら、大昔にとっくにやられているだろう。
【解呪】の使い手に殺られた”神の子”は一人や二人ではない。
生き残ったのには、生き残ったそれなりの理由がある。
運良くや、偶々で生き残れるような、そんな生温い時代ではなかったのだ。
”土”がはっきりとした怒りを顔に表すが、”光”は気にせず”黒”を飲み込んだ。
”光”は大きく息を吐き出すと、”土”を冷えた目で見る。
「ここまで来れば、後はもう時間の問題だ。 ついて来れる者だけが先に進み、ついて来れない者は所詮そこまで。」
”光”がそう言うと、”土”は笑いを引っ込め、頷く。
「詰まらんことにこだわっていると、置いて行かれるぞ? ……私はそれでも別に構わんがな。」
”土”は大きく息を吐き出し、気分を変えるように足を組み替える。
「ここまで来て、そんな間の抜けたことはしないわよ。 私とお兄ちゃんは必ず上に行くわ。」
睨むような鋭い視線で”光”を射抜き、”土”は言い切る。
そんな”土”に、”光”は頷いてみせる。
「その意気だ。 ”水”の足を引っ張ってる場合ではない。 常に高みを見続けなければ、見失うぞ?」
「ええ……。」
”光”は立ち上がってキャビネットに行くと、樹酒を手に取る。
”土”に視線を送ると、一つ頷く。
それを見てグラスを二つ持ち、ソファーに戻った。
「”火”と”風”は、来月エックトレームに入らせる。 遅くとも来月の頭のうちに王都に行かせる。」
「あら? そんな手順あった?」
「いや、思いつきだ。」
”光”は瓶の蓋を開けながら頷く。
「”風”が随分とおもちゃを溜め込んでいるようなのでな。 使うことにした。」
「”風”はおもちゃが好きだからねぇ。 あんなおもちゃの何が楽しいのか。 お姉ちゃんにはさっぱり分からないのだけど……。」
”光”の話に、”土”は肩を竦めながら苦笑する。
指二本分の樹酒を注ぎ”土”の前に置くと、”光”は自分の分をちびりと舐め、樹酒を味わう。
「とは言え、派手に絞り出させるには丁度いい仕掛けだろう?」
「ふふ……そうかもしれないわね。」
”土”はグラスを手に持つと、半分ほどを喉に流し込む。
喉を焼く強い刺激に、思わず顔をしかめた。
「けほっ……、あーっ、この身体じゃちょっときついみたい。 果実酒もあったわよね。」
「ああ、端の瓶がそうだ。」
”土”は勢い良く立ち上がると、キャビネットから果実酒の瓶を取って戻ってくる。
そうして、残った半分の樹酒を”光”のグラスに流し入れ、改めて自分のグラスに果実酒を注ぐ。
嵩の増えた自分のグラスを、”光”が何とも言えない表情で見る。
「…………それと、こっちはもう間もなくだ。 おそらく今週か来週には動く。」
「あら、ようやくなの? ちょっと待ちくたびれてたのよね。」
「まあ、そう言うな。 これでも必死に抑えてたんだ。」
”土”は果実酒を一口飲み、ほっと息をつく。
「それじゃあ、そろそろ行かないとなんじゃない?」
「ああ。 なので、今日私は発つ。」
”光”にそう言われ、”土”は固まる。
それから、果実酒をちびりと舐めた。
「だったら、私ここに寄る必要あった?」
「どうせ通り道だろう? お前は明日でも明後日でも、適当に休んでから動けばいい。 帝国巡りは一旦休みだ。」
”光”にそう言われるが、”土”は少々複雑な表情になる。
次もどうせ帝国中を巡ることにはなるからだ。
帝国中の大聖堂を巡っていたのが、別の場所を巡る旅に変わるだけ。
それでも、行くべき場所はある程度固まっている。
これまでよりは、多少はマシか?
「この”黒”は”風”たちに届けてやるといい。」
「残り全部持って行っていいの?」
「ああ。 ”黒”はまたすぐ手に入る。 間違いなく、次のは今回以上のものだ。 質も、量もな。」
”光”はグラスの中身を一息に飲み干し、熱い息を吐き出す。
「ここからは、これまでちまちまやっていたのが馬鹿らしくなるくらい、一気に集まる。 雌伏の時は終わりだ。」
そう言うと”光”は立ち上がり、執務机に向かう。
出発の準備に取り掛かる”光”を、”土”は感情のない瞳で見つめた。




