第251話 オズエンドルワの頼み
火の2の月、2の週の水の日。
第三街区のボロ家。
ミカはヤロイバロフ、オズエンドルワ、専属コンシェルジュのレブランテスと話をしていた。
オズエンドルワから、話し合いの場が欲しいとの要請を受けてだった。
「……ヒブジーザが、現れた?」
ミカがぽつりと呟くと、オズエンドルワが頷く。
「ソデルピラ子爵領の国境にある検問に、のこのこ姿を現したらしい。」
「ソデルピラ子爵領?」
どこだ、そこ?
ヤロイバロフはどっしりと腕を組み、片眉を上げる。
「ソデルピラって言やあ、また随分と辺鄙な所だな。」
だから、どこだってそれ。
一人だけ場所が分からないミカの表情を見て、レブランテスが教えてくれる。
「ソデルピラ子爵領ってのは、王国の北東の端の領地さ。 ソデルピラの東はもう七公国連邦だ。」
「へぇー……。」
それは確かに辺鄙かもしれない。
リンペール男爵領と同じように、王国の辺境の一つということだ。
だが、どん詰まりのリンペール男爵領と違って、通り抜けることのできる国があるだけ、ソデルピラ子爵領の方がまだマシかもしれない。
(んん……? 北東の端の領地?)
何となく、記憶に引っ掛かるものがある。
何だっけ?
「……あ!?」
ついミカが声を上げてしまい、注目が集まる。
「どうしたんだい、ミカ君。」
「何かあったか?」
「いいえ、何でもないです!」
急に声を上げたミカに、オズエンドルワとヤロイバロフが聞いてくるが、ミカは慌てて誤魔化す。
(北東の端の領地って、偽造書類を買った……。)
スコバータ家の引っ越しの際にお世話になった領地である。
ミカも端っこの領地としか聞いていなかったが、そうかあそこってソデルピラ子爵領って言うのか。
思わぬところで、領地の名前を知ることになった。
ミカは軽く咳払いをした。
「んんっ……、で? 現れてどうなりました?」
ミカがそう聞くと、オズエンドルワが厳しい表情になった。
もう、それだけで結果は聞くまでもないだろう。
「検問を行っていた騎士三人が殺害された。 たまたま傍にいただけの、関係のなさそうな人も二人巻き添えで命を落としている。」
オズエンドルワの話を聞き、全員が大きく溜息をついた。
ミカも背もたれに寄りかかり、両手で顔を覆う。
一瞬の心の騒めきを、精神安定の腕輪が鎮める。
(……予想はついてたけど。)
結果としては、最悪に近い。
まあ、最悪かどうかはただ人数の差でしかないが。
五人も犠牲になった、と思うべきか。
五人で済んだ、と思うべきか。
ミカは自分の考えが嫌になり、顔をごしごしと擦る。
そうして、もう一度大きく息を吐き出し、オズエンドルワを見た。
「その後、ヒブジーザは?」
「引き返す形で逃亡した。 ……が、おそらく検問以外から国境を越えただろうな。」
国境の検問は当然ながら街道上で行う。
周囲が深い森や岩場などで、基本的には街道以外では行き来に難儀するような場所を選んで行っているそうだ。
だが、大変というだけで行き来が不可能という訳ではない。
オズエンドルワは指先でコツコツとテーブルを叩く。
「ヒブジーザの似顔絵を配ると、『似た者を前に見た』という報告がそこそこ上がって来た。 赤茶けた髪の青年は、こう言っては何だがどこにでもいるような見た目だったから、似顔絵もあまり役に立たなかった。 だが、ヒブジーザは有り難いことに分かりやすい。 おかげで多数の目撃の報告が来た。」
あの病的な顔は、確かに印象に残りやすいだろう。
あれだけ気色悪い顔をした奴は少ない。
「目撃証言はどのあたりですか?」
ミカがそう聞いてみると、オズエンドルワが微かに顔をしかめる。
「残念ながら、王国中だ。 比較的多いのは王都、サーベンジール、他にも大きな街では多少の報告がある。 あとは国境だな。」
「国境? 七公国連邦との国境だけじゃなく? 通商連合もか?」
ヤロイバロフが聞くと、オズエンドルワが頷いた。
「むしろオールコサ子爵領の、アム・タスト通商連合との国境が目撃証言としては多い。」
それを聞き、ミカは舌打ちをしてしまう。
(オールコサ領の通商連合との国境って、ズレープトが好きに行き来してた所じゃないか。)
防ぎようが無いのは分かるが、どうにもならないのがもどかしい。
レブランテスが眉を寄せ、オズエンドルワに尋ねる。
「それで、これからどうするんだ? 見つけても捕えられない、いたずらに犠牲を増やすだけだが。」
オズエンドルワは目を閉じ、溜息をつく。
「…………犠牲が嫌だからと、検問しない訳にもいかないだろう?」
「それはそうだが……。」
オズエンドルワの返答を聞き、ヤロイバロフが苦し気に呟く。
オズエンドルワはミカを見て、次いでヤロイバロフを見る。
「ミカ君から聞いた話でも分かるように、ヒブジーザは相当に人間離れした強さを持っている。 対抗できる可能性のある者は、王国中を探してもそう多くない。」
ミカとヤロイバロフは真剣な顔で同時に頷く。
「王国中にいる騎士団長の中でも、思い当たるのは片手で余る。」
この言い方だと、オズエンドルワの他にもあと二~三人くらいは人間離れした化け物が王国軍にいるのか。
むしろ、そっちの方が驚きである。
オズエンドルワは苦し気に表情を歪め、だがすぐに強い視線でミカを見た。
「……これが、間違った方法なのは分かっている。」
そう前置きした上で、オズエンドルワは頭を下げた。
「もしも王都にヒブジーザが現れた時、ミカ君、ヤロイバロフ、二人の力を貸してほしい。」
「おいおい、よせよ。」
「そうですよ、オズエンドルワさん。」
頭を下げるオズエンドルワに、ヤロイバロフとミカが顔を上げるように言う。
だが、それでもオズエンドルワは頭を下げ続ける。
「王都民の二人にこんなことを頼むのは、騎士としても騎士団長としても失格だ。 それは分かっている。 だが、まともに対抗できる力を持っているのは、おそらく我々しかいない。 …………被害を少しでも減らすためには……、犠牲者を一人でも少なくするには、第五騎士団では足りないんだ……。」
「分かった、分かったから顔を上げろや。」
ヤロイバロフがそう言って、ようやくオズエンドルワは顔を上げた。
ミカはオズエンドルワを真っ直ぐに見て、はっきりと伝える。
「ヒブジーザには、僕も因縁があります。 言われるまでもありません。」
「そんなのがうろちょろしてたんじゃ、メシが不味くなるしな。」
ヤロイバロフの言い方に、ミカはちょっと可笑しくなって笑ってしまった。
「……二人ともすまない。 ありがとう。」
そう言って、もう一度オズエンドルワが頭を下げる。
「情報屋ギルドの網を使って、ヒブジーザを発見次第、私たち三人に連絡が行くようにしてくれ。」
「ああ、”解呪師”がそれで良ければ、情報屋ギルドはそれで構わねえが……。」
レブランテスが視線を向けてくるので、ミカは頷いてみせる。
「ヒブジーザとの戦闘で街や人に何らかの被害が出た場合、すべての責任は私が負う。 そこは心配しないでくれ。 二人はあくまで騎士団長である私の要請で協力しただけだ。」
「おいおい、そんなに何でもかんでも背負い込むなよ。」
「そうですよ。 教会と情報屋ギルドを使えば世論操作はばっちりです。 王都を守ってやったんだって言えば、王太子も渋々でも協力はするでしょう。」
ミカが使える繋がりをフルで使う気なのを見て、ヤロイバロフが顔をしかめた。
肩を落とし、気まずそうに口元を歪める
「…………坊主だけは、敵に回すのはやめておこう……。」
そんなヤロイバロフを見て、ミカたちは笑い合うのだった。
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【ワーターエラム視点】
ワーターエラムは積み上げられた箱の中から、適当に紙の束を手に取る。
「…………先史文明の六人の王と、血統……?」
そうしてパラパラと紙をめくり、ざっと眺める。
先史文明は数百年続き、二十人くらいの王がいたとされるが、特筆すべきはその中の六人の王。
錬金術に長けたこれらの王の時代に、飛躍的に文明が進歩したと言われている。
口伝や遺跡に残された物から推測することしかできないが、確かに優れた力を持った王がいたらしいというのは、割と知られた話だ。
六人の王も、五人とする説があったり、八人とする説もある。
初代の、文明の礎を築いた太陽の王。
最後の、大きな力を持ちながら、文明を滅ぼしたと言われる暗黒の王。
他にも炎の王とか大地の王とか呼ばれる王がいたと伝えられている。
この紙の束は、そうした王の血統などに関する考察のようだ。
どうやら、反乱によって王家は数回取って代わられたらしい。
六人の王も、全員が同じ血統という訳ではないことが分かる。
ところどころ抜けはあるが、よくもまあ家系図など調べ上げたものだと感心した。
「先生……できれば読むのは後にして、手伝っていただきたいのですが……。」
ワーターエラムが紙の束を手に考え込んでいると、箱を運んでいる途中のセステンドフが少々呆れたように声をかけてくる。
「ん? あ、ああ……すまんな。 つい……。」
ワーターエラムは紙の束をばさっと箱の中に戻し、蓋をする。
そうして、少し離れた所に座り込み、やはり紙の束を手にしてぶつぶつ言っているランバルエルを見る。
「…………聖者の大秘術書ぉ……? あいつ、こんなのまで調べとったんか……。」
「おい、ランバルエル。」
ワーターエラムが声をかけるが、ランバルエルには聞こえていないようだ。
ぺらぺらと紙をめくり、視線が文字を追っているのが分かる。
一度興味が向くと、周りが見えなくなり、聞こえなくなってしまうのは困った性質だ。
もっとも、ワーターエラムも決して人のことなど言えないのだが。
「…………なになに……候補と思われる書はいくつかあるが、その大元は『ヒルディンランデルの書』にあると推察される……。 その根拠は第一に……。」
「ランバルエル。」
ワーターエラムは机の上にあった要らない紙をくしゃくしゃと丸めると、ランバルエルに投げつけた。
見事、紙はランバルエルの額に当たった。
「何じゃ。 こんな物投げつけおって。」
読んでいた紙の束の上に落ちた紙の玉を手に取り、ランバルエルが投げ返す。
「読むのは後にせい。 私らは、お前さんの手伝いをしてやってるんだぞ?」
「んお? おうおう、すまんすまん。」
ランバルエルは紙の束を箱に仕舞い、「どっこらしょ……」と掛け声を漏らして立ち上がった。
ランバルエルの、古くからの友人が亡くなった。
御多分に漏れず、変人の友人もまた変人のようだ。
むしろ、ランバルエルをその変人の道に引きずり込んだ原因と言ってもいいかもしれない。
この友人は好事家で、つまりはワーターエラムの同類であった。
ランバルエルに、光神教の闇という遊びを教えたのが、この友人だという。
この友人がいなければ、ランバルエルがそんな悪趣味に嵌まることはなく、それはワーターエラムがこの遊びを知らずに済んだということになる。
要は、すべての原因はこの友人によって始まった、という結論になる訳だ。
それはいいとして、さすがにランバルエルの先輩だけあって、高齢のためいつ亡くなってもおかしくなかった。
ただ、遺産は家族に分配するにしても、趣味が高じて集めてしまった危険物の扱いが厄介だった。
危険物。
教会に見つかれば異端として罰せられたり、その他諸々の大変扱いに困る品々だ。
こんな物の処分を家族に押し付けては可哀想。
そう思ったこの友人は、それら危険物を喜んで引き受けてくれる者に譲ることにした。
それがランバルエルである。
ランバルエルとこの友人は、お互いに亡くなったら相手に危険物の処分を頼んでいたらしい。
普通の人なら眉を顰めるような厄介な物を、喜々として受け取るのはランバルエルくらいのものだ。
この友人の守備範囲は光神教の闇だけでなく、その他様々な分野に渡っていたが、そうした危険物をとりあえずワーターエラムの家に引き取ることになったのである。
なぜなら、すでにランバルエルは自宅を引き払い、研究のためにワーターエラムの家に転がり込んでいたからだ。
つまり、現在ワーターエラムの家には、ワーターエラム、ランバルエル、そしてランバルエルの友人と、三人の好事家が方々から集めた様々な危険物…………貴重な資料が集まったことになる。
一通り荷物を運び終わり、ワーターエラムの家人たちと一緒に昼食を摂る。
「とりあえず、大雑把にでも分けんことにはどうにもならんな。 関係ない物が多すぎる。」
ランバルエルが、コレフを片手に肩を竦める。
コレフというのは、丸い平たいパンに肉や野菜など包んだ食べ物だ。
手づかみで楽に食べられ、作るのもパンに肉などを包み込むだけなので簡単だった。
「そうだな。 ざっと確認して、関係の無さそうな物は奥の部屋にでも押し込めるか。」
「奥? まだ部屋があるのか?」
ワーターエラムの案に、ランバルエルが怪訝そうな顔になる。
それはそうだろう。
奥の部屋は、ランバルエルが寝床で使っているのだから。
「あると思うか? お前さんの部屋に決まってるだろう。」
「それじゃあ、私はどこで寝ればいいんだ!?」
ワーターエラムの無情な提案に、ランバルエルが抗議の声を上げる。
「どうせ寝るだけだろう? 荷物を突っ込んだところで部屋は埋まらん。 寝れる隙間くらいは作るさ。」
ワーターエラムの意見に、セステンドフが肩を震わせ、笑うのを我慢している。
それを見て、ランバルエルが顔をしかめた。
「近い所に家でも借りて、そこに放り込むか。 どうせいつまでも転がり込んでる訳にもいかんし。」
一旦は倉庫代わりに借りて、研究が一段落したらそこに住めばいい。
まあ、住み心地が悪ければ、それから定住する引っ越し先を探してもいい。
とりあえず邪魔な物を押し込めれば上等だ。
そうして、引き取った物の分類作業に入る。
当然ながら分類する以上は、中身を確認しなくてならない。
数日経っても二人の分類作業は、当たり前のように遅々として進まなかった。
ワーターエラムは箱の横に座り込み紙の束に目を通し、ランバルエルは箱をがさごそと漁り、何やら取り出す。
「……ウェネーヌム……毒……。 アディクトゥスは中毒……。 ほほぅ……これは……っ。」
「何じゃ、この猿の置き物は? んんー……『聖なる存在』……? わっはっはっ……、こんな猿のどこが聖なる存在なんじゃ!」
「あのぉ……先生方? この調子では、来年になってもまだ片付いてないなんてことになりかねませんよ?」
作業を進める気があるとは思えない二人に、堪らずセステンドフが声をかける。
分類の作業は、ワーターエラムとランバルエルだけで行うことになっている。
他の者では、何が必要な物か判別つかないからだ。
ギリギリ、セステンドフが可能なくらいか。
だが、そのセステンドフの知識でも怪しいため、この二人がやるという事に決まった。
しかし、案の定というか、この二人に任せて作業が進む訳がない。
セステンドフは大きく溜息をつく。
「ただでさえ大変な時世なのに、こんなのをいつまでも持ち込んでたら、もっと面倒なことになりますよ? さっさと必要な物だけ選んで、他は燃やすなり何なり……。」
「燃やすだと!? この貴重な資料を燃やす!? 馬鹿なことを抜かすな!」
セステンドフのごくごく常識的な意見は、残念ながらここでは「馬鹿な意見」に分類される。
なぜなら、家主もランバルエルの意見に賛成だから。
そして、その家主はセステンドフの意見をそもそも聞いてすらいない。
未だに紙の束に目を通してぶつぶつ独り言を言っていた。
「今、外では大変なことになっているんですよ? エックトレームに攻め込むわ、負け帰って来たのに、まだまだ止めるつもりがないときてる。 帝国も、これからどうなることやら……。」
「血の気の多い馬鹿どもには、好きにやらせとけばいいんだ。 隣国との戦争ごときで、この巨大な帝国が無くなるものか。」
ランバルエルは手に猿の置き物を持ったまま、熱弁を振るう。
「帝国の崩壊は、まず内から起こる。 内乱での分裂。 これ以外に、これだけでかくなった帝国が無くなることはないわ。」
反乱や革命でも起きない限りは、まず安泰と言っていい。
エックトレーム王国がグローノワ帝国を遥かに凌ぐような巨大国家ならともかく、外からの攻撃でやられはしない。
徐々に領土を削られるようなことになれば、また話は違ってくるが、少なくとも今は一年二年でどうにかなるような兆しはない。
「は、はあ……。 そんなもんですか……?」
「当たり前だ。 王国だって馬鹿じゃない。 いきなり帝国の領土まるごと手に入れたって、維持できないのは分かりきってる。 なら、無駄に兵を損なうようなことはせん。 せいぜいダブランドル平原やその周辺を切り取るのが関の山だ。」
しかし、ランバルエルの話を聞いても、セステンドフは微妙な表情のままだった。
「まあ……ランバルエルの話も一理あるがな。」
それまで紙の束に目を通していたワーターエラムが顔を上げ、ランバルエルを見る。
「理屈で考えれば、そもそもこの戦争が理に合わん。 統治や何やを脇に置き、攻め滅ぼすことを目的にしている。 帝国がやってるんだ。 王国が同じことを考えてもおかしくないだろう?」
ワーターエラムの意見に、セステンドフが表情を曇らせる。
神託を持ち出し、一方的に滅びろと言われたエックトレーム王国の民は、一体どんな気持ちでいるのだろうか。
帝国がその気なら、王国だって、と考えてもまったく不思議はない。
何より、今回ははっきりと帝国から侵略に行ったのだ。
自分たちの身を守るために帝国を滅ぼせ、と考えても何も文句がつけられない。
ワーターエラムは紙の束を「残す物」の箱に仕舞い、別の資料を手にする。
「……セステンドフ。」
資料を手にしたままワーターエラムは立ち上がると、セステンドフを伴い隣の部屋に移動した。
「お前から見て、どうだ? この戦争は長引きそうか?」
ワーターエラムは声を抑え、セステンドフに尋ねる。
セステンドフはワーターエラムの問いに、難しい顔になる。
単なる当てずっぽうなら、いくらでも答えられるだろう。
だが、ワーターエラムの求めている返事はそうではない。
「長引くと思います。 ……何と言うか、タガが外れているのは民衆の方で、兵を出さない皇帝に憎悪が向けられています。」
王都の中を歩くだけでも、王都を包む殺気立ったうねりのようなものを感じるのだ。
なぜ、そこまで戦争をしたがるのか、セステンドフには理解不能だった。
セステンドフの意見を聞き、ワーターエラムは腕を組んで考え込む。
そうして、セステンドフを真っ直ぐに見て指示を出す。
その指示を聞き、セステンドフが驚きに目を丸くする。
「……ッ!? 先生!? それは……っ!?」
ワーターエラムは自分の口に人差し指を当て、声を抑えるようにゼスチャーする。
「ちょっとばかし別荘を買うだけだ。 そのための資金にしようかと思ってな。」
「し、しかし……よろしいのですか?」
セステンドフの確認に、ワーターエラムはしっかり頷く。
その顔は冗談を言っているものではない。
「おおっぴらにはするな。 まずは水面下で、な。」
「わ、分かりました。」
「まだ検討しているだけとして、いくつか打診してみてくれ。」
「はい。」
セステンドフの表情が真剣なものになる。
「家宰に聞けば、前に打診のあった所も分かるはずだ。」
セステンドフは頷くと、内心の焦りを隠して落ち着いた様子で部屋を出る。
その後ろ姿を見て、ワーターエラムはそっと息をつく。
セステンドフという男は、思った以上によくやってくれる。
最初は、ただ発掘調査を任せるために雇っていただけ。
いや、最初の最初はただ発掘調査を手伝わせただけだった。
もう十年以上も前になるが、調査に向かった先で、偶々近くの町に住んでいた男だった。
いつものように適当に数人を雇い、発掘調査を手伝わせたのだ。
他の者が金のために仕方なくといった感じで仕事をする中で、セステンドフだけがワーターエラムのやることに興味津々だった。
興味を持って取り組めば、それだけ仕事を憶えるのも早い。
現地で雇った者のリーダーのようなことを任せるようになり、そのうち発掘に出ない時も持ち帰った資料の管理を手伝わせるようになった。
ワーターエラムが調査現場に行くより前に、先に現地に行かせて準備をさせたりと、かなりの裁量を任せた。
そして、今ではほぼ秘書のようなものだ。
家のことは家宰に。
外のことはセステンドフに。
ここ二年ほどはワーターエラムが家に籠っているため、セステンドフが使用人たちに指示を出したりするが、それもワーターエラムの状況を見計らってだ。
昼も夜も関係のない生活を送っているため、食事を用意するタイミングなどを考えて家宰や使用人に指示を出していた。
ワーターエラムは手に持ったままの紙の束に視線を向ける。
「……少し、急ぐ必要があるかもしれんな。」
そう、独りごちるのだった。




