第250話 動かない帝国
火の2の月、2の週の陽の日。
今日は朝から教会でアルバイトである。
大聖堂の上を適当に飛び回り、御使いが今日も教会に遊びに来ているとアピール。
本日はブラホスラフ教皇がミサを行うということで、所謂客寄せパンダだ。
「うむ。 今日も盛況だな。」
教会前に集まった信者たちを見下ろし、ミカは頷く。
フィーもミカの周りをふよふよ~……と漂い、地上を見下ろす。
地上では、ミカを指さしたり、手を振ったり、祈ってる人が沢山いた。
「ふははははっ。 人が〇ミのようだ。」
人だかりを見下ろすと、つい言ってしまいたくなるセリフを思わず口にする。
いや、このセリフはいろいろ不味いな。
誰かに聞かれたら大変だ。
「御使い様ぁ! お時間です!」
そんな反省をしていると、窓から聖餐隊の人が顔を出し、ミカにアルバイト終了を告げる。
はい、この狂信者集団の名称は、正式に聖餐隊で決定しました。
呼びかけられ、ミカが窓の中に入ると、いつも通り十人ほどの狂信者が跪いて出迎える。
「「「御使い様。 お役目、お疲れ様でした。」」」
一斉に言われ、ちょっとビクッとなる。
何というか、こうして出迎えられるのはひどく居心地が悪い。
ミカの頭の中に、高い塀の前にずらりと並び「お務め、ご苦労様です!」と頭を下げる厳ついおっちゃんたちの姿が浮かぶ。
ミカはやや顔を引き攣らせながら、アルバイトの制服を脱ぐ。
その白いローブを差し出すと、一人が跪いたまま恭しく受け取った。
「何か伝言ある?」
「いえ、特には伺っておりません。」
それを聞き、ミカは歩き出す。
長い廊下を通り、階段へ。
「もう礼拝堂も人でいっぱいでしょ? どこから出ればいい?」
「地下の連絡通路を使って、裏の建物から出ていただくように言われています。」
階段を下りながら、出口を確認する。
信者が集まり過ぎて、今日はちょっと大聖堂からは出られそうにない。
ミカがアルバイトを始めてから、明らかに教会に訪れる信者の数が増えていた。
きっと寄付の金額も、桁が一つ二つ増えたことだろう。
前教皇のようにその金を遊興費に使っていたら、そのうち神罰を下しますけどね。
まあ、実際はまだまだそこまでの余裕はないようだ。
地方の貧しい村にある教会などは、老朽化してもそのままだったりしていた。
前教皇の頃、享楽に使う金はあっても、ボロい教会の修繕費はなかったらしい。
今は集まった寄付金を、そうした部分に回しているようだ。
教会の修繕費、信者に無料で配る教典、陽の日学校で使う教材、ぎりぎりまで切り詰められていた修道院や孤児院の運営費。
これまで削りに削っていた、こうした部分に予算を割り振っているらしい。
そうして地下の連絡通路を通り、教区司教省の建物へ。
階段を上がり、地上階に出るとワグナーレ枢機卿とカラレバス司教がいた。
「おはようございます。」
ミカが声をかけると、二人はミカの前まで来て跪く。
「おはようございます、御使い様。」
「おはようございます。 お役目、お疲れ様でした。」
それを見て、ミカは苦笑してしまう。
「そんなんじゃ話もできないですよ。 普通にしてください、普通に。」
ミカがそう言うと、ワグナーレが立ち上がる。
ワグナーレが立ち上がるのを見てから、カラレバスも立ち上がった。
現在、ワグナーレ枢機卿は教区司教省を担当しているらしい。
他にいくつも兼務で担当を持っているというが、メインは教区司教省だ。
教区司教省は司教の人事を司り、聖職省という司祭や助祭の人事を司る省庁も担当している。
つまり、上から下まで思いのまま。
ワグナーレが人事権を持たないのは、教皇と枢機卿のみというとんでもない権力を手にしていた。
また内赦贖宥院という、罪に対する償いや赦しを司る組織にも名を連ねている。
贖宥とは、簡単に言えば償いの免除や赦しだ。
教会が、聖職者や信者の罪を赦します、と認めたり、償いを免除します、というもの。
まあ、厳密には聖人たちの功徳によってうんたらかんたらとかあるらしいが。
元の世界でも、かつて贖宥状という物が販売されたことがある。
これを買えば罪を犯しても「償いが免除されますよ」「天国行けますよ」という触れ込みで。
下衆な言い方をすれば、「これ買ってりゃ聖母をフ〇ックしても許されるんだとよ!」と言う代物である。
まあ、お金で罪を贖うという考えではあるのだが、どう取り繕おうと図式としては『お金で無罪を買う』でしかない。
当然、こんなことが許されていいのか、と大論争を巻き起こし、超巨大な宗教組織が割れる一因になったとされる。
光神教にも贖宥という考え自体はあるが、まだそこまでおおっぴらにはやらかしていない。
きっと前教皇が贖宥状のことを知ったら、「その手があったか!」と飛びついただろう。
集金の仕組みとしては優秀だろうしね。
前教皇たちが好き勝手にやれた理由の一つに、この内赦贖宥院がある。
要は、自分たちで勝手に赦しを与えたり、償いを免除していた訳だ。
逆に自分たちに都合の悪い者には、些細な罪でも一切の赦しを与えず、重い罰を科したりしていた。
地方に飛ばして冷や飯を食わせるなど、まだ軽い方だ。
つまり、聖職者の人事権に限って言えば、前教皇派たちと同じだけの権力を、ワグナーレは手にした訳である。
現在の教会は、そして未来の教会の命運は、ワグナーレの手腕に託されたと言っても過言ではない。
相当に思い切った人事ではあるが、それだけブラホスラフ教皇からの信頼が篤いということだろう。
ガタガタだった教会が急速に立て直されているのは、御使いによる宣伝工作だけが理由ではない。
ブラホスラフ教皇は外の信者たちとの対話を重視し、教会の顔として信頼回復に努める。
ワグナーレは内に目を向け、緩みきった聖職者たちの引き締めを図る。
この二人がいなければ、今も教会は不安定なままだっただろう。
そして、カラレバス司教である。
ワグナーレ枢機卿が教会立て直しの剛腕を振るうのに、一番ぶるんぶるん振り回されているのはこの人だろう。
本人はどう思っているか知らないが、傍から見ているとワグナーレは一切の容赦無く大ナタを振るっている。
調整役と言えば聞こえはいいが、実際のところカラレバスはその火消し役をやらされているといった感じらしい。
そのうちぶっ倒れそうだと、キフロドが心配していた。
「お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「お気遣い、痛み入ります。」
ミカがカラレバスに声をかけると、恐縮した様子でカラレバスが頭を下げた。
カラレバスは以前にあった時よりも、大分体重が落ちている気がする。
ワグナーレも、まだまだ手を緩められないのだろう。
王国全体に根を張る、教会という巨大組織の立て直しだ。
少し手加減しろとも、ミカには言えない。
ミカはワグナーレに【癒し】を使い、次いでカラレバスにも使った。
「二人とも、ご自愛を。 やるべきこと、やらなくてはならないことが多いのは分かりますが、自らを蔑ろにしてはいけませんよ。」
聖餐隊の前なので、ちょっと御使いらしいところを見せる。
ミカから【癒し】を受け、ワグナーレとカラレバスが恭しく跪いた。
「お言葉、心に刻みます。」
ワグナーレが隠しきれない疲れを滲ませる笑顔で、そう言う。
人生のうちには、無理も無茶もせざるを得ない時というのもあるだろう。
二人には、何とかこの苦難を乗り越えてもらいたい。
軽く話をして、ミカは教区司教省の建物を出る。
そうしてフードを目深に被り、冒険者ギルドに向かった。
最近はあまりギルドの仕事を受けられなくなってしまったが、今日は預かりの呪物の解呪を片付けに来た。
ギルドで預かれる程度の呪いならば、”吸収翼”を使った”自動解呪”ならほぼ一瞬で終わる。
十七個も溜まってしまっていたが、十分とかからず終了。
職員に鑑定で確認してもらい、依頼を完了する。
「ミカ君、お疲れ様。 はい、ギルドカードね。」
「ありがとうございます。」
ミカが一仕事終えて紅茶を飲んでくつろいでいると、指名依頼完了の手続きを終えたユンレッサがカードを返してくれる。
「しばらく顔を見せないから心配したわ。 ロズリンデが、王都にはいるらしいって教えてくれたんだけど……。」
「すみません。 ちょっといろいろあって。」
「それはいいんだけど、お家も引き払ったの? もしかして、寮に戻った? 連絡先を情報屋ギルドにって、どういうこと?」
家を引き払い、宿屋を転々とする生活になって、ギルドからの連絡先をどうするかをまったく考えていなかった。
中々困った事態ではあるが、一旦は情報屋ギルドの専属コンシェルジュことレブランテスに仲介を任せることにした。
ミカとしてもいつまでも根無し草生活をするつもりはないが、まだ新たな家の目途は立っていない。
そのため、とりあえず情報屋ギルドを経由して連絡をしてもらうことにしたのだ。
「いろいろと面倒なことがありまして……。 はぁあ……、前は楽しかったなあ。」
つい、そんな愚痴が零れてしまう。
土の日に掲示板を確認しに来て、自分の受けられそうな依頼を探す。
毎週、そうしてギルドに通うのが本当に楽しかった。
また、あんな風にやれたらなあ、と少し寂しく思う。
そんな、ちょっとだけ懐かしい話をユンレッサとしてロビーに出る。
ロビーには、ケーリャのパーティとトリュスが揃っていた。
「やあ、ミカ君。 お仕事は終わりかい。」
ミカに気づいたサロムラッサが声をかけてくる。
「ええ。 溜まってた分を片付けただけなので。」
応接室で人に見られないからと、”吸収翼”をぶん回してやった。
前は応接室の中でも、誰かが来たら不味い、と用心していたんだけどね。
今はもうバレたらバレたでいいやって感じ。
すでに、表と裏では上の方の人には知れた話だ。
直接見せてはいないが、冒険者ギルドでもギルド長やチレンスタ辺りは耳にしているかもしれない。
ミカは、素早く皆の腕に付けられた腕輪を、視線だけでチェックする。
純ではないが、”銅系希少金属”の腕輪だ。
各々の好みに合わせて、いろいろと【付与】を盛り込んだ腕輪である。
ミカが視線で確認したのに気づいたのか、全員が少し口の端を上げる。
皆、ここで何か言ったりはしない。
自分たちだけで了解していればいい話だ。
(これで残ったのは、ヤロイバロフとオズエンドルワの腕輪。 あとはリッシュ村の皆の分か。)
現在、ヤロイバロフとオズエンドルワの腕輪はストップしてもらっている。
かなりの【付与】を施すことになるので、先にリッシュ村の皆とキスティル、ネリスフィーネ、クレイリアの分を優先させてもらうことにした。
すでにヤロイバロフとオズエンドルワは十分に強い。
なので、ちょっと優先順位を下げさせてもらった。
そして、今日は皆に行き渡ったのを確認したかったので、申し訳ないがこのためだけに集まってもらったのだ。
(……敵の姿が少し明確に見えたから、できれば他にもどんどん戦力を底上げしたいんだけど。)
だが、申し訳ないが、まだそこまで信頼できる者がいない。
(まあ、無い物ねだりしても仕方ない。 できることをしていくしかない。)
ミカはトリュスたちと別れ、モデッセの森へ。
そこから飛び立ち、リッシュ村に向かった。
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レーヴタイン侯爵領、防護壁。上空。
ミカの眼下には広大なダブランドル平原が広がる。
「…………全然、帝国軍が動かないな。」
ミカはリッシュ村に向かう途中で、国境付近にやって来た。
王太子や情報屋ギルドから多少は情報を聞いているが、春に戦って以降、帝国軍に目立った動きはないらしい。
「確かに散々な結果だろうけど、一戦やってそれで終わりって、どういうことだ?」
グローノワ帝国の帝都カーチの情報は、一カ月ほどのタイムラグはあるが、多少は入って来るようだ。
王国と帝国に直接の接触はない。
貿易なども一切行われていない。
だが、アム・タスト通商連合や七公国連邦とは取り引きがあり、それらの国を経由して情報が届けられる。
もっとも、そんなのは帝国も同じだろうが。
そうして届けられる情報では、帝都では再侵攻の気運が高まっているようだ。
民衆が弱腰の皇帝を批判し、毎日のようにどこかしらで大規模な集会が開かれているらしい。
『エックトレームを滅ぼせ!』
『ご神託を今こそ実現せよ!』
一度は「勝利した」との報で民衆が湧きに湧いた。
ところが、そこから一転して十万の軍が全滅した。
掴んだと思った勝利が零れ落ち、帝都はゴーストタウンのように静まり返ったという。
だが、そこで話は終わらなかった。
一度入れられた火は、そう簡単には消えなかったのだ。
儚く消えた勝利も、敗北と言う屈辱も、民衆には燃料でしかなかった。
高性能な燃料が注がれたことにより、以前にも増して民衆は激しく燃え上がった。
皇帝の謁見に連日、上級貴族や帝国の有力者が押しかけ、再侵攻を進言、陳情しているという。
そして、そもそも発端。
グローノワの教会だが……。
意外に静からしい。
一度は出兵し戦端が開かれたことで溜飲が下がったのか、こちらも目立った動きは見られないという。
以前は教皇自らが皇帝に謁見し、侵攻を説いていたというが、今のところは大人しいようだ。
「さすがに、このまま停戦や終戦ってことはないよな……?」
それはさすがに楽観が過ぎるだろう。
これでは、本当に何のために戦端を開いたのか分からない。
何より、両国ともに停戦交渉などに動いていないらしい。
ミカは帝国の領土をぐるりと見回す。
そうしてから、リッシュ村に向かうのだった。
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「ほははひっ!」
ミカはむっしゃむっしゃと料理を掻き込み、空になったお皿をキスティルに差し出す。
二週間ぶりのキスティルの料理を、ミカは食い溜めとばかりに腹に詰め込む。
少々昼には遅い時間だが、ミカはキスティルの料理を食べるためにここまで食事を摂らないでやってきた。
「ミカくん、そうやって食べてくれるのは嬉しいけど、身体に毒だよ?」
キスティルは苦笑しながら、それでも山盛りに料理をよそう。
そうして、ミカは手渡されたお皿を持ち、再びがつがつと食べ始める。
ミカが王都に戻って一カ月半ほど経つが、その間に数回リッシュ村に戻って来ている。
キスティルとネリスフィーネの様子や村の様子を確認しにだ。
また、最近は村の周辺を石壁で囲む作業をしている。
一枚の石壁をデーンと建てても、倒れたら危ないので、ほぼサイコロ状の巨大な石だ。
幅と奥行きが二メートル。
高さだけ二メートルを少し超えるくらい。
村の外周は単純計算でも四キロにもなるため、ただ置いて行くだけでも中々に難儀している。
キスティルはミカが持って来た魔法具の袋から、大量の食材などを取り出す。
この魔法具の袋はお土産用だ。
ノイスハイム家、スコバータ家、教会、ニネティアナやホレイシオ、村長。
これらの家に渡す分を分けてもらっている。
魔力登録をしていない魔法具の袋など、もう十個以上がこの家にはある。
「そうそう、お義母さんから布を預かってるわよ。」
「は、ほんほ?」
王都とリッシュ村を往復するたび、純”銅系希少金属”の糸を届けて、出来上がった布を回収して、と大量の”銅系希少金属”織物が完成した。
単純に、布の量だけならミカのローブなど二~三十着くらい作れるだけの量がある。
(今日受け取る分で、一旦は織物班は休止かなあ。)
さすがにもう足りるだろう。
まだ”銅系希少金属”織物への【付与】は研究段階だが、これだけあれば足りるのではないだろうか。
「ごっくん……ぷはぁー……、ご馳走様でした。」
とりあえずお腹いっぱいになり、一息つく。
(やっぱり、家はいいなあ。)
まあ、ミカの家ではないが。
それでも、何となくキスティルとネリスフィーネの居る場所こそが、自分の家という感覚がミカの中にはある。
「ネリスフィーネは? ラディのとこ?」
姿の見えないネリスフィーネのことを聞いてみる。
「ええ、最近は毎日教会に行ってるわ。」
ネリスフィーネは本当に、あの”笑う聖母”の信仰への向き合い方がお気に召したようだ。
(笑うとおっさんなのに。)
ミカは、まだ幼少期のことを憶えていた。
気を取り直して、ミカは椅子から立ち上がる。
「さて、それじゃあお仕事に行ってきますかね。」
「もう行くの?」
キスティルが仕分け作業を中断して、ミカの前にやってくる。
そうして、ミカを優しく抱きしめると、額にキスをする。
顔を真っ赤にしながら。
「ふふ……。」
キスティルは、そう照れ隠しに笑う。
ミカが我を失い、苦しんでいた期間に、キスティルやネリスフィーネとの絆がよりはっきりとしたものになった。
そして、その絆を確かめ合う行為として、スキンシップを取るようになった。
まだ照れくささが前面に出てしまうが、ミカがミカであるために、とても大切な絆だと感じていた。
ミカも少々顔を赤くしながら、ぽりぽりと頬を掻く。
「それじゃ、行ってきます。」
「うん、行ってらっしゃい。」
そうして元気に家を飛び出すと、ミカは村を囲む石壁作りに向かうのだった。
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【七公国連邦 某所】
合成魔獣たちが群がり、餌を食べていた。
「失敗作のー、有効利用ー。」
”火”はそんな合成魔獣たちを眺め、エール酒を飲む。
横の椅子に座った”風”は、何やらカリカリと紙に書き留めている。
「餌ばっかりそんなに与えてもしょうがないんだけど!? 合成魔獣は”力”も糧にしてるから、そんなに餌必要ないのに!」
イライラした口調で、”風”が言う。
「はぁー……、やっぱ成功率が低いな……。 何が足りないんだろ?」
「気合だー。」
”火”はけらけらと笑い、エール酒をぐびぐび飲む。
「んなもんで成功するなら、幾らでも入れてやるさ。」
”風”は頭をがしがし掻きながら、書き留めたメモから問題点を探す。
「ウーちゃんの気合じゃなくてー、材料の気合の問題っしょー。」
「材料ぉ……?」
そう呟き、傍らの魔法具の袋を見る。
「……無理じゃん。」
「そだねー。」
「おいっ!」
そんな原因では、分かったところで何一つ進まない。
「今のところー、何勝何敗ー?」
「んー……、三勝五敗。 じゃないや、あれを入れると三勝六敗。」
そう言って、”風”は合成魔獣たちの群がる餌を指さす。
「残り二つはー、できれば成功させたいねー。」
「……そのためにも、原因を特定しないとなんだけど。」
”火”はジョッキを呷りエール酒を飲み干すと、大きく息をつく。
その頬はやや赤みを差し、以前の青白い顔色よりは全体的に血色がいい。
それはアルコールのためだけでなく、最近心がけている暴飲暴食のおかげだ。
頬がこけていたのが改善し、落ち窪んでいた目もマシになった。
その顔は、元のヒブジーザに近くなった、とも言える。
「また材料拾ってこようかー?」
「いや、いいよ。 今回ので、この前の”黒”の交換条件は差し引きゼロでいい。」
「あ、ほんとー? ”力”も使えないゴミクズなのにー?」
「数があったからね。 まあ、さすがに成功がゼロだったらカウントできないけど、一応三勝してるし。」
”風”が”火”を見る。
「それより、そっちはどうなんだよ。」
「どうー?」
”火”が首を傾げる。
「検問でなんか、一悶着あったって言ってたじゃん。」
「あー、あれねー。」
”火”がぽんと手を打つ。
まるで、言われるまで忘れていたかのように。
「どうする気だよ。 これから大仕事があるんだけど?」
”風”はそう言われ、”火”は首を傾げる。
「どうー? 別にどうもしないよー。」
検問が通れないなら、通らなければいいだけ。
邪魔をするなら殺す。
それだけ。
そんな、”火”の考えが分かるのか、”風”が苦笑する。
「まあ、いいけどね。」
「うんー。 あー、向こうに行くの楽しみー。」
”火”がにこにこうきうきとしだす。
その様子を見て、”風”が肩を竦める。
「例の”闇”、本当に”神の子”になったのか?」
「うんー。 ばっちりー。 完全に変質したよ。」
”火”は無邪気に笑う。
今思い出しても心が躍る。
テーちゃんから噴き出した時の、あの感動。
あれほどに強烈だったとは。
あれならきっと、今頃は死体の山を各地に築き、本当の自分という存在に気づいた頃だ。
”火”はにんまりと笑う。
「はぁー、お仕事楽しみだねー。」
そんな”火”を見て、”風”はまた肩を竦めるのだった。




