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第24話 魔法学院への入学命令




 魔力量の再測定から1週間が経った。

 その間、表面上は静かに過ごしていたミカだったが、内心は穏やかではなかった。

 やっぱ”学院逃れ”として罰するね、と判断を下されれば、その累はアマーリアにも及ぶ。

 キフロドは「大丈夫、任せておけ。」と言ってくれるが、それでも不安は消せなかった。


 ミカは家族に再測定があったことを言っていない。

 平穏を取り戻したノイスハイム家に、これ以上波風を立たせたくなかったからだ。

 例え、それが今だけだったとしても。


 そして今日も今日とて教会で過ごしていたミカは、ラディから教典の内容を教わっていた。

 ミカとしては教典なんかに興味はないのだが、ラディに「ミカ君は、神々のことをもっと知っておくべきです。」とキラキラした笑顔で言われてしまうと断りづらい。

 ラディには迷惑と心配をかけっ放しだし、毎日昼食をご馳走になっている。

 なにより、ミカの命の恩人でもある。

 ミカのことを思って勉強をした方がいいと言っているのも分かっているので、面と向かっては断ることができなかった。


 そんな風に、致し方なしに始めた教典の勉強ではあるが、思ったよりも楽しめた。

 元の世界の宗教と比較したりすると、共通点や相違点が気になったりするものだ。


「……それでは、神々の名前は伝わっていないのですか? 一つも?」

「そんなことはありません。 ただ、教典の原典とされる書にしか載っていないそうで、原典を継承するグローノワ帝国の教皇しか知ることができないのです。」


 光神教の神々は主神として6柱いるが、名前は一般に知らされていない。

 名前を口にすることも畏れ多いということで、”光の神”や”闇の神”といった形でしか教典に載っていないらしく、教皇以外は誰も名前を知らないという。

 そして教皇が居るのは、隣国であるグローノワ帝国にある、光神教の総本山とも言える聖地だ。


 そのグローノワ帝国とエックトレーム王国は、50年以上も前にあった戦争をきっかけに、現在ほとんど交流がない。

 なぜそんなことになっているのかというと、戦争初期に「エックトレーム王国を亡ぼすことが神々のご意思である」と教皇が言い出したからだ。

 そういう神託があったと教皇が言い出したため、現在両国の光神教は絶縁状態。

 両国ともに国民のほとんどが光神教の信者であるため、関係修復もままならないのだという。


(異教徒の国を亡ぼせってのは元の世界でもあったけど、同じ宗教の国を亡ぼせって……。 宗派が違うってわけでもなかったみたいだし。 その教皇、ご乱心か?)


 だが、例え乱心であっても教皇が言った言葉は絶大な影響力を持ち、代替わりした現在の教皇もこの神託を支持する立場らしい。

 これが、戦後50年以上も経ちながら関係が修復されない両国の事情のようだ。


 現在ではエックトレーム王国の王都にある大聖堂が、エックトレーム王国の光神教にとっての聖地らしい。

 こちらはこちらで教皇を立て、グローノワ帝国の教皇に対して偽りの教えを広げていると非難している。


「神託に背く背教の徒」

「神託を騙る邪教の(かしら)


 と、お互いを罵り合う関係だ。


(個人的には、個人の信仰については自由だとは思うけど……。 完全に宗教の悪い面が出まくってるな。)


 あくまで一側面だとは理解しているが、宗教というのは扱いを間違うと非常に厄介だ。

 人は誰でも善性と悪性の両面を持つが、このどちらかが極端に突出するようなことは、普通はない。

 どちらに対しても、人は無意識のうちに、ある程度でブレーキをかけてしまうからだ。

 だが、宗教という要因(ファクター)はこの制限を取り払う。

 しかも、善悪の判断さえ麻痺させる。

 善良な人が、その善良さ故に「異教徒だから」「宗派が違うから」と何人も殺してみせる。

 そして、それを素晴らしいことだと誇りさえする。


 十字軍は聖地奪還や異教徒の討征を謳い、略奪、強姦、虐殺などの蛮行を繰り返した。

 大航海時代、国家侵略のための尖兵として宣教師が送り込まれた。

 魔女狩りなどの、異端・異教徒への迫害や弾圧。

 正義の名の下に行われた残虐行為は枚挙に暇がない。

 為政者に利用された部分もある。

 だが、教会も布教のために為政者を利用していた。


(……苦手なんだよなあ、狂信者って。)


 学生時代、家族でどっぷり新興宗教に嵌っているクラスメイトがいた。

 あまりにしつこい勧誘に腹が立ち言い返したことがあるのだが、いくら論理的に説いてもまったく聞き入れない。

 何しろ、向こうはそれを()だと思っているのだから。

 こちらが腹を立てている理由を、疚しい気持ちがあるから、心にゆとりがないから、善意を理解しない卑しい人と決めつける。

 それまでは「人間誰でも話し合えば分かる」と心のどこかで楽観している部分があった。

 だが、それ以来「そもそも話し合いにならない奴もいる」と学習した。

 話にならないのだから、相互理解など不可能。

 貴重な人生訓を得た経験だった。


 ミカからすると、ラディもだいぶ危険な香りがする。

 ただ、ラディの場合は元々の性格か、あまりしつこいことは言ってこない。

 というか、おそらくミカも同じ光神教徒だと思っているんじゃないだろうか。

 アマーリアやロレッタによる躾の一環で、食事前のお祈りくらいはミカも文句を言わずにやっている。

 教会でのお祈りも、形だけは見様見真似で合わせている。

 内心は、面倒だなあ、と思いつつ。


(俺は神なんか信じてないぞ! なんて声高に叫んでも、得することなんか何もないしな。)


 日本人らしい「長い物には巻かれろ」精神で、合わせることは苦痛ではない。

 他に信仰があるのなら受け入れ難いのかもしれないが、形式や様式美以上の意味を見出せないミカにとっては、そんなもんかで済んでしまう。


 ミカはラディの講義を聞きながら、疑問に思ったことなどを質問してみる。


「主神以外に眷属神もいっぱいいますけど、悪い神様ってのはいないんですか?」

「悪いのに神様なの?」


 この世界では、どうやら神とは善性のものという考えのようだ。

 所謂”悪神”のような存在はなく、どれほど力が強かろうがそれは神ではなく”魔に属する者”という考えらしい。

 闇の神やその眷属神が、人の悪戯心や嫉妬心などを司るが、あくまで人なら誰でも持っている心という扱いだ。

 絶対的な悪というような存在は、神ではないとのことだった。


(多神教で悪神や邪神の類がいないのって、ちょっと珍しいかも……。 俺が知らないだけかもしれないけど。)


 多神教の場合、善神が信仰の中心となるが、対立する存在として悪神を置くことが多いように思える。

 敵を魔物や怪物にすることも多いが、対立する悪神が一切いないというのは聞いたことがない。


(日本神話も悪神の類は少ないけど、まったくいないわけじゃないしな。)


 二面性により善神が悪神のような顔を持つというのは多い。

 荒ぶる神が悪神のように振る舞うこともある。

 だが、光神教では神の持つ多面性、多様性も”悪”という扱いではないらしい。


(まあ、”偽りの神”すら悪神として扱ってないしな。 対立軸を”神”にする必要がなかったってとこか。 一神教に近い考えだな。)


 一神教では、絶対的な善を司る神は唯一の存在で、敵対者はすべて悪魔などだ。

 魔王はいるが、神のような存在ではない。


(まあ、俺も宗教学者じゃないしな。 土着の信仰なんかで、いくらでも例があるのかも。)


 そもそも、信仰の対象を”神”としないものもある。

 太陽や月、山や海、河川に大地など、その存在や事象に神秘性を見出し、信仰の対象とする例は世界中であった。

 何を信仰し、何を悪とするか、その時代時代でも変わっていく。

 上っ面の話を聞いただけで、理解できるわけがない。


(……ラディの光神教講座も、思ったより楽しめたな。 神とか悪魔とか、こういう話はどうしても厨二心がくすぐられるし。)


 ゲームや小説で、神や悪魔の対立の設定は大好物だった。

 昔から設定資料集などを購入しては、読み耽ったものである。

 ミカがそんなことを思っていると、昼に近くなった。

 そろそろ昼食の準備をしようかという時、村長が教会にやってくる。


「シスター、司祭様はどちらかね。」

「こんにちは。 キフロド様は私室におられると思いますが……。 お呼びしましょうか?」

「頼む。」


 ラディは教会の奥にキフロドを呼びに行き、その場にはミカと村長が残される。


(……き、気まずい。)


 やや緊張した面持ちの村長は、その場でじっとキフロドを待つ。

 これでミカがどこかに行けば、あからさまに避けているように見えてしまう。


(だが、この程度の気まずさなど、社会人ならばどうということはない!)


 以前の会社勤めの時、普段まったく接点のない役員と会議室で二人きりになってしまったことがある。

 会議の準備をしている振りをして時間を潰したが、心の中では「早く誰か来てくれ」と願わずにいられなかった。

 勿論、会議の準備など振りだけで、とっくに済んでいたことは言うまでもない。


 そうして大人しく待っていると、すぐにラディがキフロドと一緒に戻って来た。


「待たせたの、村長。 どうしたんじゃ。」

「……領主様から知らせが届きました。」

「何と言っとる?」

「明日の10時、私の家にミカ君とアマーリアさんを呼んでおくように、と。」


 そう言って村長はちらっとミカを見ると、キフロドに紙を差し出す。

 受け取ったキフロドは紙の上に視線を走らせ、ふぅ……むと難しい顔をする。


「……これだけでは、何しに来るのか分からんの。」

「はい。 ”学院逃れ”については何も書かれていません。」


 どうやら、知らせには「村長の家で待ってろ」以外のことは書かれていないらしい。


「アマーリアにはもう話したかの? まだなら、儂の方から伝えてもええぞ?」

「いえ、それは私の務めですから。 ですが、同席して頂けると助かります。」

「うむ。 折角落ち着いたところなのに、この話を聞けばまた動揺するのぉ。 儂らが一緒の方がええじゃろう。」


 キフロドがラディを見ると、ラディはしっかりと頷く。


「夕方にはミカを迎えに来るからの。 できれば、その時に伝えたいんじゃが……。」

「分かりました。 ……今伝えては、午後は仕事にならないでしょうから。」


 村長は、キフロドの言いたいことが分かったようだ。

 こんな話を聞かされれば、午後はとてもじゃないが仕事どころではないだろう。


「夕方にまた来ます。 もし先に来ていたら待たせておいてください。」

「分かった。」


 村長が帰ると、キフロドがミカの頭の上にぽんと手を置く。


「……あれから1週間か。 おそらく儂らの予想通りじゃろうが、アマーリアには言わんようにの。 予想が外れた場合のショックが大きすぎるわい。」


 ミカは黙って頷く。

 楽観して明日を迎え、予想が外れた場合のショックは計り知れない。

 それならば可哀想ではあるが、明日までは覚悟を決める時間にさせたい。

 どんな結果になるのか、確実なことはまだ分からないのだから。

 ミカたちには(おおよ)その見当はついているが、これはあくまで予想だ。

 外れる可能性がないわけではない。

 その場合でも、最悪の結果を回避できるようにキフロドが手を打ってくれることになっている。


「早く決着をつけて、アマーリアを解放してやらんとの……。」


 キフロドは、ミカの頭を撫でながら呟いた。







■■■■■■







 翌日、ミカたちは村長の家に来ていた。


 昨日ミカを迎えに来たアマーリアに村長が話を伝えると、アマーリアはその場で崩れ落ちた。

 キフロドとラディの励ましにより、なんとか持ち直したようだが。

 その後は家でも塞ぎ込むということはなかったが、夜寝ている時、ミカを抱きしめながら涙を流しているようだった。

 それを見て、アマーリアよりもむしろミカの方が耐え切れずに、1週間前のことを話してしまいそうになる。

 予想が外れた時のことを考え思い止まったが、アマーリアの心情を思うと、ミカもその後は眠ることができなかった。


 そうして朝を迎え、ロレッタもついて行くと主張したがこれは却下された。

 領主からの指示は、親を付き添いとして呼ぶようには書いていたが、それ以外は何の指示もない。

 書いてないんだからセーフじゃね?理論は、残念ながらこの場合通用しない。

 余計なことをして事態が悪化することはあっても、好転することはありえないとの判断だ。

 キフロドとラディの説得により、ロレッタは教会でお留守番となった。

 唯一の例外が聖職者で、重要な場面で聖職者が付き添うことは慣習として認められているらしい。

 ラディも付き添うつもりだったようだが、ロレッタを一人にするわけにはいかないということで教会でのお留守番組となった。


 時間になっても、領主からの使いは到着しなかった。

 村長宅のリビングでミカ、アマーリア、キフロドはそのまま待つことになった。

 村長は出迎えのために玄関で待機している。

 しばらく待っていると馬車の音が聞こえてきたが、待っている間のアマーリアは顔が真っ青で、いつ気を失って倒れるかとハラハラした。

 席から立って領主の使いを待つと、すぐに部屋の扉が開かれる。

 まず入って来たのは初老の男性で、その後に村長が続く。


 初老の男性はキフロドよりも幾分若いだろうか。

 上等な服を身につけ、大きな鞄を手にしている。

 真っ白な白髪頭と口髭が特徴的だが、大きく後退した額も印象深い。

 物腰は柔らかく、先日の領主の使いとは大違いだった。


「少し遅くなりましたな。 さて、まずはこちらから片づけてしまいますか。」


 そう言って男は、鞄を椅子の上に置く。

 立ったまま一枚の紙を鞄から出すと、姿勢を正して畏まったようにその紙を掲げ、それから目の高さで腕を真っ直ぐに伸ばす。

 ミカたちもその場で姿勢を正し、傾聴する。


「えー……、ミカ・ノイスハイム君。 貴方には、来年からの魔法学院入学を命じます。 こちらがリンペール男爵からの命令書です。」


 そう言って、男は村長にその紙を渡す。

 それまでの畏まった雰囲気が嘘のような気軽さだった。

 村長は目を白黒させて、紙を受け取りはしたが見ようとしない。


「これ、村長。 しっかりと確認せんか。」


 キフロドが声をかけると、慌てたように紙に書かれた内容を確認する。


「ああ、あと男爵からの伝言もありましたね。 えー……、『格別の恩情を以って裁可を下す。 本来、故意でなかろうと施設行きは免れぬところではあるが、特別に魔法学院への入学を許す。』とのことです。 なにやらひと悶着あったようですが、まあこんなのは形式みたいなものですな。」


 男は男爵からの伝言をメモしていた紙をぐしゃりと丸めると、鞄の中に仕舞った。

 キフロドは村長から命令書を引っ手繰ると素早く確認する。

 そしてミカとアマーリアを見てしっかりと頷く。


「間違いないの。 ”学院逃れ”はこれで決着じゃ。」

「よしっ!」


 キフロドの言葉にミカはガッツポーズをとるが、アマーリアはまったく反応しなかった。

 どうやら、完全に放心しているようだ。


「お母さん、もう大丈夫だよ。 領主様が許すって。」


 手を引っ張り伝えると、アマーリアは緩慢な動きでミカを見る。

 そして、ヘナヘナヘナ……とその場に座り込む。


「ミカ……ミカ……ッ!」


 涙を流してしがみつく様にミカを抱きしめると、何度も何度も名前を呼ぶ。


「心配かけてごめんね。 もう大丈夫だから。」


 ミカが抱きしめ返すと、アマーリアは何度もウンウンと頷く。


「よう頑張ったの。 もう大丈夫じゃ、よう頑張ったわい。」


 キフロドは、アマーリアに何度も「よう頑張った。」と声をかける。

 そんな様子を見て、男は肩を竦める。


「……これでは、お話の続きは難しそうですな。 落ち着くまで少し待ちましょうか。 ……ああ村長、水を一杯頂けますかな。 幾分涼しくはなってきましたが、まだまだ暑くてまいりますな。」


 男に声をかけられ、村長は慌てたように部屋を出て行った。







 アマーリアが落ち着くのを待って、話し合いが再開した。

 キフロドは先に教会に戻り、ロレッタとラディに結果を伝えてくれている。


「申し遅れました。 私はレーヴタイン侯爵領で魔法学院関係の事務を行っているバータフと申します。」


 男はレーヴタイン侯爵領の役人だった。

 この世界では役人ではなく、官吏というらしいが。


「翌年の魔法学院入学予定者に説明をして回っています。 こんな季節外れに説明に来るのは初めてですがね。 ……まあ、なにやらいろいろとあったようですが、入学が決まれば関係ありませんな。 質問などがあれば遠慮なくしてください。 後から確認がしたくても、こちらからでは問い合わせるのも一苦労でしょうからな。」


 バータフが資料を渡してくる。

 A4用紙よりも少し小さいくらいの紙10枚ほどだ。


「詳細はそちらに書かれていますが、まずはざっと説明しましょう。」


 バータフの説明を、資料を見ながら聞く。


「魔法学院は将来の魔法士を育成するためにあります。 魔法士というのは【神の奇跡】を使うことのできる者を言いますが、教会の癒し手とは区別されます。」


 つまり、ラディは区分としては癒し手ということになり、魔法士とは違うらしい。


「本当はもう少し細かい分類になりますが、今はいいでしょう。 魔法士というのは国が育成に力を入れており、領主としてもその才能を後押しするために、各地で魔法学院を運営しています。」


 バータフが魔法学院や魔法士の概要を説明する。


「ヘイルホード地方ではレーヴタイン侯爵領に魔法学院があり、そこに集まってみんなで勉強をしています。」


 バータフはミカを見て、にこりと笑顔を見せる。


「何人くらいいるんですか?」


 なんとなく気になって質問する。

 ヘイルホード地方というのがどのくらいの広さなのか分からないが、集めるのならそれなりの人数が居そうだ。


「来年入学予定なのは6人でした。 ミカ君で7人目となります。」


(少なっ!)


 一地方の予定者をかき集めて7人だけとは。

 予想外の少なさにびっくりする。

 国内全体で何人になるのか分からないが、それは確かに育成にも力が入るだろう。


 そうして、一通りの説明を受けていく。

 2年毎に幼年部、初等部、中等部、高等部と進む。

 侯爵領の魔法学院は2年、その後の王都の魔法学院は6年。

 つまり、侯爵領の魔法学院は幼年部にあたり、王都の魔法学院は初等部、中等部、高等部ということだ。

 そして、とりあえずは期日までに侯爵領の魔法学院に行けば良い。

 最低限の着替えさえあれば、他は一切必要ない。

 寮に入り、一日三食の食事も提供される、ということだ。

 土の日は午前のみ、陽の日は一日休み。


 昔の学校はそんな感じだったなあ、とちょっと懐かしくなる。

 土曜の半ドンはミカの年代なら当たり前だったが、週休2日に変わったため、若い人では知らないだろう。


(生活に必要な物は一通り寮に揃っていて、私物を持ち込むのも構わない、と。 特に愛用の物というのもないので、本当に身一つでいいみたいだな。)


 寮生活というのは初めてだが、条件は悪くなさそうだ。


「それと、毎月銀貨五枚が支給されます。」

「は?」

「え?」


 ミカとアマーリアは思わず変な声が出てしまった。

 食と住が保証され、勉強までさせてもらって、さらに現金まで支給される?

 さすがにここまでくると、ミカの警戒心が頭をもたげる。

 銀貨といえば千円以上の価値だったはずだ。

 毎月五~六千円もの現金を出すのはさすがに行き過ぎだろう。


「どういうことですか? どうしてお金まで。」

「侯爵領の魔法学院に所属すると、領主軍の準軍属扱いとなります。 銀貨はその手当です。」

「準軍属……?」


 軍属と準軍属の違いが分からない。

 さらに言えば、軍属というのもミカにはよく分からなかった。


(……魔法学院は、将来の軍人を育てる機関ってことか? だから国も領主も金を出す、か。)


 それはそうだろう。

 何の得にもならないのに、手間も金もかけて育成なんかするわけがない。

 国は6年もの時間をかけて魔法士を育成するのだ。

 それ相応のメリットがなければやるわけがない。

 講師も設備もただじゃない。

 寮まで作って生活の面倒を見るのに、それだけのメリットがない方がどうかしている。


(ということは、その手当から寮費などは天引きされているんだろうな。 残りが銀貨五枚ってとこか。 その中から何か必要な物があれば購入しろってことか。)


 ミカは銀貨五枚の意味について考える。

 準軍属の本来の手当てがいくらか知らないが、銀貨五枚ってことはないだろう。

 単純に領主が金を出して学院や寮を運営しているのかと思ったが、一応はミカたちにも負担はあるようだ。

 まあ、それでも7人しかいないのだ。

 焼け石に水程度の負担だろうが。


「軍属って……そんな。」

「準軍属ですよ。 お間違えなく。」


 アマーリアの呟きに、バータフは即座に訂正を入れる。


「王都の魔法学院でも、準軍属扱いになるんですか?」

「王都の魔法学院については私の管轄ではありませんので、お答えしかねます。」


 にこりと笑顔を見せる物腰の柔らかさは変わらないが、バータフは自分の管轄以外のことは答える気がないようだ。


(……ようやく、役人らしさが出てきたじゃないか。 バータフさんよ。)


 役人根性が丸見えになり、ミカは少し可笑しくなってしまった。


(世界は変われど、役人は変わらずか。)


 それはともかく、とりあえず準軍属について概要だけでも確認しておきたい。

 バータフの話せる範囲のことがあるのか分からないが、質問することは止められていない。

 聞くだけ聞いてみることにする。


「準軍属の具体的な扱いが分かりません。 教えてもらえますか?」

「領主の命令により、()()()()()を学ぶことになります。 また、領内の魔法士はすべて領主軍に所属している関係上、魔法学院に所属する者も領主軍に所属することになります。 ……これ以上は、私の方からお伝えできることはありません。」


 つまり、見習い魔法士といえども魔法士なので、領主軍所属になるということか。

 先回りして「もう何も答えないぞ」と宣言されてしまったので、これ以上は聞くだけ無駄だろう。


「それでは、必要なことはお伝えしましたので、私はこれで。 もし何かあれば、リンペール男爵に村長の方からお尋ねください。」


 バータフはそう言うと、さっさと帰り支度を始める。

 村長から男爵に聞け、と言われてしまい村長は青い顔をする。

 まあ、これ以上は聞いても仕方ないだろう。

 何を聞いたところで、ミカが魔法学院に行くことは確定してしまったし、魔法学院自体は身一つでも何とかなるところのようだ。


 村長宅の前でバータフの馬車を見送る。

 そうして見送った後、ミカとアマーリアは教会に行くことになっていた。


「…………魔法学院……。」


 別れ際に村長がぽつりと呟くがそれ以上は何も言わず、ふらふらと家に戻っていった。


(大丈夫か、あのおっさん? ふらついてるんだけど。)


 領主からの使いというのは、村長にとっては酷く精神を消耗する相手なのかもしれない。

 というか、この世界の人なら誰でもそうなのか?

 ミカにはいまいち分からない感覚だが、上役の相手が疲れるのは万国共通と思えば理解できる話だ。







「ミカッ!」


 教会に入ると、ロレッタが勢いよくタックr…………抱きついてきた。

 あまりの勢いの良さに倒れそうになるが、なんとか踏ん張って持ちこたえる。


「お姉ちゃん、危ないよ。 もうちょっと加減して。」

「だって……っ。」


 しゃくりあげるロレッタの背中を、ぽんぽんと叩く。

 ロレッタにも随分と心配をかけてしまった。


「ミカ君、本当によかったわ。」


 ラディがやって来て、略式の祈りの仕草をする。


「お二人には、本当にお世話になりました。 ありがとうございます。」


 ミカがラディとキフロドに感謝を伝える。

 キフロドはいつも以上に好々爺然として、笑顔でアマーリアを見る。


「アマーリアも、ほんによう頑張ったわい。 これでようやく安心できるの。」

「……え、ええ。」


 みんなが喜ぶ中、アマーリアの表情は晴れない。

 そんなアマーリアを見てラディが声をかける。


「中で、少しお話ししましょう。」


 ラディが教会の奥へ誘う。

 そうして、今後について教会で話し合うことになった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 軍属なら軍人と違って一切の戦闘行動に参加できないし、仕事場が軍に有るだけの一般人だから安心だね
[良い点] 小説書く方は軍属を一度google検索してほしい
[気になる点] 7歳の子供が独力で魔法に目覚める お偉いさんでも分かっていなさそうな「不正」の仕方を7歳が考える 「不正」に成功する 測定者のミスの方が余程可能性ありそうだけどな?まあ腹立つけど国に…
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