第23話 魔力量の再測定
集会場での話し合いから10日ほどが過ぎた。
話し合いの翌日からアマーリアとロレッタは仕事に復帰し、ミカは朝から教会に預けられた。
どうやら、ノイスハイム家と教会との間で密約が成立しているらしく、教会ではキフロドとラディが待ち構えていた。
ミカは毎朝アマーリアたちと家を出て教会に預けられ、二人が迎えに来るまでを教会で過ごす。
教会に乗り込んでやろうかと思っていたが、むしろ教会に預けられることになっていた。
「……解せぬ。」
と思わず呟かずにはいられないが、実際のところは仕方ないかなあ、と自分でも思っている。
見事に要注意人物から、要監視対象へとレベルアップを果たしたが、その理由についてはこの10日間にいろいろ教えてもらった。
まず、俺が魔法を使えることで、春の魔力量の測定を不正に誤魔化した疑いが浮上。
これが”学院逃れ”だ。
選ばれた子供が10歳で王都の魔法学院に通うことが国民の義務とされるが、8歳で侯爵領の魔法学院に通うのは領民の義務らしい。
その話を聞いた時、俺もよく憶えてなかったのだが、確かラディの話では8歳の魔法学院は任意とか何とか言っていたような気がした。
だけどそれは俺の記憶違いで、「領主が魔法学院を設立する」かどうかが任意とのことだった。
リンペール男爵領のあるヘイルホード地方では、レーヴタイン侯爵領に設立された魔法学院へ通うことが各々の領地の法律で定められているのだとか。
そしてこの魔法学院に通う義務。
違反した場合の罰が半端なく重い。
本人はどこかの、専門の”強制収容施設”に入れられる。
ここでどんなことをされるのか、またさせられるのかはキフロドも知らないらしい。
そして、刑期というのも聞いたことがないという。
死ぬまで魔力を搾り取るとか、洗脳でもしてるのか?と思うが、まったくの謎のようだ。
というか、噂ではたまに聞くが、これまで入れられた人を実際に見たことはないらしい。
それぐらい”学院逃れ”というのは稀だ。
そして、罰はそれだけに留まらない。
両親は3年の労役が科せられる。
村長に労役はないが、村民の管理もできない無能、不適格として村長を辞めることになる。
基本的に毎日が同じことの繰り返しのような小さな村で、突如発覚した大事件。
村人が大騒ぎするのも納得である。
(……こんなの聞かされれば、そりゃアマーリアも放心するわな。 ロレッタが半狂乱になる気持ちも分かる。)
知らなかったとは言え、ミカはかなり危険な立場にあった。
だが、それならばアマーリアやロレッタが入れ知恵してくれれば良くないか?とも思ってしまう。
魔法を習得したのが春以降なのは事実なのだから、そのことをもっと早く教えてくれれば、ミカも話し合いの時に悩まずに済んだ。
だが、これはおそらく無理だろうとキフロドは言う。
たぶん、アマーリアたちは何が”学院逃れ”に抵触するのか理解していなかったのではないか、と。
村人が生活の中で、国や領地の法律を気にする場面というのがまったくないらしい。
普段の生活で身についた”村のルール”に沿って毎日を過ごす。
法律なんてものを知らなくても、村で決められたルールに従ってさえいれば、それで済んでしまう。
村長や工場長のホレイシオ、元冒険者のディーゴたちならともかく、法律を意識して生活している者など村人にはいないだろうとのことだった。
それでも”学院逃れ”について多少なりとも知っている者がいて、そのイメージだけが村人に広がった。
無責任に「最悪の結果」をアマーリアたちに聞かせる村人には、キフロドも憤りを覚えたという。
(それが、あの1週間のヒキコモリ生活の原因か……。)
ミカは、家族三人が寄り添って暮らした1週間を思い出した。
近い将来に訪れる”罰”に怯え、それでもミカの前では気丈に振る舞おうとしていた。
アマーリアとロレッタの二人には、本当に申し訳ないことをしたなと思う。
火事のその後の顛末も教えてもらった。
工場の火災については、ミカたちが引きこもっていた間に領主への報告がなされている。
本来であれば火災を起こして損害を与えたホレイシオは解任の上で厳しい罰が下るところだが、今年は火災が国中で起こっているらしい。
火災の原因が気象による部分が大きいと判断され、ホレイシオは留任。
おそらく減給などの処分はあるだろうが、厳しい罰にはならなかったようだ。
紡績工場の機能を1日でも早く回復させることで、罰の替わりにするという。
なので、ホレイシオさんは領主に報告に行ったら、戻ってすぐに工場の機能回復に奔走していたらしい。
あんな大火傷を負ったばかりだというのに。
(いくら【癒し】で治したからって、そんなにすぐ動けるものかね? 身体よりも、むしろ精神的に無理だろ……。)
ホレイシオのタフさには呆れるばかりだが、おかげで2週間余りで元の生産力のほぼ7割にまで戻している。
いくらホレイシオが奔走しても、紡績工場はほぼ全焼に近かったはず。
どうやって生産しているのか?
それは、無駄に大きく作った工場のおかげと言っていい。
紡績工場としての機能が、残った工場にも備わっているらしい。
工場の内訳はこうだ。
・事務所、食堂、倉庫など
・織物工場
・紡績工場1
・紡績工場2(火災のあった建物)
元々紡績工場は2棟あったのだ。
織物の材料として使う分と、生糸として卸す分があるので、確かに建物一つでは足りないのかもしれない。
実際、当初の目論見はそうだったようだ。
だが、実情は少し違うらしい。
2つの紡績工場は、それぞれの建物で生産工程のすべてを備えている。
ただし、これまでは工程を分けて、2つの建物で分業をしていた。
なぜそんなことをするのか?
勿論、火災が起きやすいことが分かっているからだ。
作業中に大量に綿塵が舞って火災が発生しやすいのは分かりきっているので、その対策として分けることにしたようだ。
リッシュ村の紡績工場は、2つの工場をフル稼働させるほどの人員がいない。
そのため、昔は1つの建物だけで生産していたらしい。
残りの一つは無駄に眠らせているだけの設備。
それならば、2つの建物で作業を分けて行えば、綿塵の量を減らせるのではないか。
前の工場長がそう考えたらしい。
この考えは的中し、それまでは度々に小火を起こしていたが、作業を2つの建物で分けて以降はほとんど起きなかった。
だが、残った1棟ですべてを行うようになれば、また火災が起きるのではないだろうか。
これはホレイシオも当然考えていて、綿塵が特に多く発生する作業の一部は、外で行うなどの工夫をしているらしい。
それでも安心とは言えないので、いろいろと考え工夫しながら、生産量を抑えて様子を見ているのだとか。
(元の世界なら集塵機とかあるけど、この世界で塵を減らすとか至難の業だよなあ。)
せっかく救った命である。
ホレイシオには是非とも過労やストレスで倒れるようなことがないようにしてもらいたい。
集会場での話し合い後、ニネティアナが時々ミカの様子を見に来てくれる。
デュールを連れて、散歩のついでのように立ち寄っては、少し話をして帰っていく。
キフロドやラディが近くにいるのであまり冒険者の話などはできないが、それでもミカの様子を気にして顔を見せるニネティアナの存在は、本当に有難かった。
村の子供たちはミカに近づかなくなってしまったので、余計にそう感じる。
元々あまり子供たちの相手はしていなかったが、あからさまに避ける様になったのは、おそらく親に何か言われたからだろう。
「よし、ミカよ。 いっちょ揉んでやるかの。」
礼拝堂の長椅子に座り、ぼけー……と6神の像を見上げていたミカのところにキフロドがやってくる。
脇には大きなチェス盤のような物を抱え、手には木箱を持っていた。
(……揉んでやるっていうか、自分がやりたいだけでしょ。)
うきうきしながらやってくるキフロドを見て、思わず苦笑する。
キフロドが手にしているのはブアットレ・ヒードという盤上遊戯だ。
この世界における将棋やチェスのようなものだが、内容はもっと複雑だ。
縦横16×17のマスに区切られているが、1行毎に半マスずれている。
つまり、1つのマスの周りは上と斜め上で3マス、下と斜め下で3マス、計6マスだ。
そして盤上に配置するのは駒だけでなく、防護柵や投石器などのギミックも存在する。
また、伏兵カードというのもあり、自陣の中の12カ所のうち、1カ所を選んで伏兵を配置できる。
もはや感覚としては将棋などより、戦略シミュレーションゲームの戦闘パートに近い。
「ミカもなかなか筋がええがのぉ。 儂に勝つにはまだまだじゃわい。」
長椅子の上に盤を置き、キフロドは楽しそうに駒を配置していく。
(まだ、やるなんて言ってないんだけど……。 まあいいけどさ。)
楽しそうにしているキフロドに水を差すのも悪いと思い、仕方なく付き合うことにする。
このゲームは複数の駒を連携させたり、同時に動かせる場面が発生するなど、ルールが複雑で庶民には人気がない。
その代わり、軍人や貴族には嗜みのようなものだという。
(将棋やチェスくらいシンプルにした方が、庶民には人気が出るだろうね。)
ブアットレ・ヒードは戦場の縮図のようなものだ。
遊戯としての色をもっと出した方が、庶民には受け入れやすいだろう。
そしてこのゲームの難点の一つは、最初の駒の配置からして難しいことだ。
なにしろ30個も駒があり、そのうちの6個は自陣内ならどこに配置してもいい。
いちおうセオリーのようなものがあって、王様の周りに配置して守りを固めるか、前面に置いて速攻を仕掛けるか。
相手の配置を見ながら変えてもいいことになっている。
(そりゃ人気出ないだろうよ、こんな複雑なんじゃ。)
複雑さ故、じっくり考えながらの遊戯が前提になるが、庶民にはそんな暇はない。
庶民はいろいろ忙しいのだ。
愛好家たちは、朝からワインを片手に丸一日かけてじっくりと遊ぶらしいが、そんな時間の無駄使いこそ庶民には信じ難い道楽といえる。
「……儂の方はもうええぞ。 そっちはどうじゃ。」
「僕もいいですよ。」
「うむ、始めるとするかの。 先手はミカからでええぞ。」
「では、遠慮なく。 よろしくお願いします。」
ミカは一礼すると駒を動かす。
キフロドは守りを固めた、じっくりと腰を据えた駒組み。
ミカはさっさと終わらせようと速攻型の駒組みだ。
(相変わらず、崩すのに手間がかかるな、こりゃ……。)
ミカはキフロドと交互に駒を動かしながら、心の中でこっそりと溜息をつく。
キフロドはどっしりと自陣を固める戦法を好み、ミカまでそれに合わせていたら本当に丸一日かかってしまう。
なので、バンバン自軍をぶつけて守りを削るのだが、いつも攻めきれずに駒が尽きる。
まあ、当然と言えば当然だ。
攻めると言っても、すべての駒で攻めるわけじゃない。
自陣にも守りの駒くらいは置いている。
それに引き換えキフロドはほとんど攻めに駒を回さず、守りに振っている。
攻め側と守り側で駒数に大きな違いがあるのだ。
(それでもこっちが隙を見せなきゃ、亀のように閉じ籠るからな。 ……まあ、今日はちょっと罠を張らせてもらったけど。)
今日のミカは、攻めに大駒を使わずにあえて半端な位置に留めた。
素人目には、攻めにも守りにも使える妙手のように見える。
だが、実際にはどちらからも微妙にズレた中途半端な手だ。
その中途半端な位置が、キフロドが攻めるには微妙に邪魔になる。
キフロドは、ミカの攻めが止まったと見て攻勢に転じた。
だが、防護柵の傍に置いたミカの大駒が邪魔で、一瞬手が止まる。
強引に突破するか、迂回するか。
突破することは可能だが、多少の損害が出るのは確実。
キフロドは損害を嫌って迂回を選んだ。
「ああ、そこ。 伏兵です。」
「なんじゃと!?」
ミカは伏せていた伏兵カードを見せる。
王様を守る陣地から離れた、守りにまったく意味のない場所。
勿論、攻めにも役に立たない。
もしも迂回を選ばなければ、「何のために伏せたのか、聞いてもええかの?」と煽りたくなるような場所だろう。
だが慎重派のキフロドなら、この状況を作り出せば迂回を選択すると読んでいた。
「そんなところ、伏せる意味がないじゃろうに……。」
「意味あったじゃないですか。」
そう言ってミカは伏兵で分断したキフロドの駒を、伏兵と大駒を連携させて潰していく。
これでキフロドの攻めは、すぐには機能しなくなった。
「む……むむむ……。」
優勢だった盤上をひっくり返され、キフロドは唸る。
ひっくり返したといっても、キフロドの優勢から五分に戻しただけだ。
大駒が攻めに効く位置に移ったので、ミカが少しだけ優勢になったかもしれない。
せいぜいその程度の形勢だ。
「あら珍しい。 キフロド様がそんなに難しい顔をしているなんて。 もしかして、ミカ君が勝ってる?」
昼が近くなり、ラディが外から帰ってくる。
ラディは毎日、村中を回って怪我や病気で困っている人に【癒し】を与えに行っている。
年寄りの家に行って、話し相手や相談にも乗っている。
「お帰りなさい。 ほとんど五分ですよ。 目論見が外れて、ちょっと困ってるだけです。」
「それはそれですごいと思うけど……。」
遊戯歴数十年のベテランが、ルールを教わって10日の子供に形勢を五分に戻された。
確かに、それだけ聞くとすごそうな気がする。
「ちょっと待っててね。 すぐお昼の準備しちゃうから。」
「はい。 いつもありがとうございます。」
ミカは教会に預けられるようになってから、お昼はいつも教会で食べている。
自由はなくなったが、代わりに温かい昼食が食べられることになった。
まあ、これはこれでありかな、と思わなくもない。
ダイニングで昼食を食べ、キフロドやラディと談笑していると礼拝堂の方から声が聞こえてきた。
「あら、どなたかしら。」
ラディが立ち上がり、礼拝堂に向かう。
(あの声……。)
ミカには訪ねてきたのが誰かなのか、見当がついた。
そのまましばらく待っていると、ラディが戻ってくる。
その顔には先程までとは違い、暗い影が落ちている。
「ミカ君……、あのね。 落ち着いて聞いてね。」
ラディは言いづらそうにしている。
「村長が呼びに来たんですか?」
ミカが先回りして言うと、ラディは躊躇いながら頷く。
「……村長は何と言っとるかの?」
キフロドは落ち着いているように見えるが、少しだけ声が固い気がする。
ラディはミカを見て、キフロドを見て、またミカを見る。
かなり言いづらそうだ。
「ミカ君に、今すぐ村長の家に来るようにって。 領主様の使いの方が見えているらしくて、その……。」
「分かった。」
キフロドはすぐに立ち上がってミカを見る。
「儂がついて行くからの。 お前さんは何も心配せんでええぞ。」
「キフロド様、私も行きます。」
キフロドは一瞬困ったような顔をするが、すぐに頷いた。
「……ミカよ、大丈夫じゃ。 儂らがついとる。」
ミカは黙って頷いて、キフロドたちと礼拝堂に向かった。
そこには落ち着かない様子の村長が待っていた。
キフロドが自分たちも付き添うことを伝えると村長は僅かに逡巡するが、すぐに認める。
「……くれぐれも、無礼なことをしないように。 言われたことには素直に従いなさい。 いいね。」
ミカに向かってそう言うと、村長はさっさと礼拝堂を出ていく。
キフロドが前を歩き、ラディに手を繋がれて村長宅に向かう。
中央広場を進むと数人の村人の一団を見かけた。
ミカたちを見て何やらひそひそと話をしている。
この10日間で、こういう村人の姿は何度も見かけている。
(……田舎の、こういう雰囲気は好きになれないな。)
村社会の排他性。
異端に対しては、本当に容赦がない。
”内側”の人には優しいが、そこから外れた途端に茨で武装する。
自分のせいでアマーリアやロレッタが村八分にされたら嫌だな、とついネガティブな思考が浮かんでしまう。
村長宅に着くとそのままリビングらしき部屋に通され、そこでは3人の男が待っていた。
3人とも上等な服を着て、見るからに役人といった感じだ。
「……件の子供だけで良い。 付き添いは不要だ。」
三人の男のうち、もっとも上役に見える男が言う。
ラディが抵抗しようとするが、キフロドはそれを目で抑える。
今は素直に従っておく方がいいということだろう。
ミカが繋いでいた手を離すと、ラディは心配そうにミカを見る。
「大丈夫です。 行ってきます。」
ミカは素直に従う。
これ以上大事にしたくない、家族に迷惑をかけたくないという思いが一番にある。
黙って冤罪を受け入れるつもりはないが、今下手なことをすれば、それは冤罪ではなく本当の罪になってしまう。
領主がどんな判断を下したのか分からない以上、今は大人しく従うしかないだろう。
男の指示に従って、部屋の中央にポツンと置かれた椅子に座る。
ミカの後ろに一人、少し離れた斜め前に一人、そして正面にさっきの上役らしき男が着く。
(めっちゃ警戒してんな。 なんだこれ? 領主の沙汰を伝えるだけじゃないのか?)
男たちの緊張と警戒がミカにも伝わって来て、こっちまで警戒心が高くなる。
「……目を閉じて、両手を前に出しなさい。」
正面に居る男がミカに命じる。
緊張しいのミカは、この雰囲気だけで鼓動が早くなってしまう。
(手を出せって、手錠でもする気かよ!? まじか? どうする? 大人しく従うべきなのか? それとも……。)
頭の中にぐるぐると様々な考えが浮かぶ。
従うべきか、抵抗すべきか。
捕まるのか?
何で俺が捕まらなきゃならないんだ!?
ミカが迷っていると、正面に居る男が冷たい声で再び命じる。
「目を閉じて、両手を前に出しなさい。 それとも、できない理由があるのかね?」
その声に、ミカは諦めて大人しく従うことにした。
ここで下手なことをするのは、やはり得策ではない。
何かあったとしても、キフロドたちが何とかしてくれると信じるしかない。
ミカが大人しく従うと、後ろから目隠しがされた。
それから何やら、カチャカチャと音が聞こえてくる。
「……手をもう少し高く。 そう。 少し内側に寄せなさい。 ……そのまま動かないように。」
大人しく指示に従っていると、不意に両手が冷たい物に触れた。
手のひらに伝わる感触から、それがメロン大の丸い物だと分かる。
(これ……。 魔力量を量る水晶?)
ミカ少年の記憶にある、春の魔力量測定で触った水晶と同じような気がした。
前はここまで物々しい雰囲気ではなかったが、固く冷たい感触は、まさにあの時の水晶と同じだ。
(俺の魔力量を測り直してるのか? なんでだ?)
ミカが魔法を使えることは村長から伝わっているはずだ。
つまり、魔法が使えるだけの魔力量があることは確定している。
そして、問題はあくまで「ミカの魔力量が春に基準を超えていたか」だ。
今更測り直す意味は――――。
「……手を下して良い。」
手のひらの水晶が離れる。
再びカチャカチャと音がすると、そのまましばらく待たされた。
音がしなくなってから、ようやく目隠しが外される。
すでに水晶は仕舞われ、3人の男はただミカを囲んでいるだけだ。
男のうちの一人が部屋の扉を開けると、そこには心配そうにしているラディの姿が見えた。
「もう帰って良い。」
男たちはそれ以上は何も言わず、結果が良かったのか悪かったのか、ミカに何の情報も与えない。
一度ぐるりと男たちを見るが、仕方なく指示に従って部屋を出る。
そのままキフロドたちと村長宅を出されたので、教会に戻ることにした。
「何があった?」
帰り道、キフロドが小声で聞いてくる。
戻ってからお話します、とミカは一旦話を打ち切る。
(おそらくだけど、これは……。)
帰り道、ミカは黙って状況を整理する。
ラディは、そんなミカを心配そうに見守っていた。
「魔力量の測定じゃと?」
教会のダイニングに戻り、ミカは先程の村長宅での出来事を伝える。
「目隠しをされたので見てはいないんですが、あれはたぶんそうだと思います。 3人で周りを囲んで、物凄く警戒している感じで。」
「キフロド様、これはどういうことでしょうか……?」
二人とも戸惑っているようだった、
ミカもそうだが、てっきり領主からの沙汰を伝えに来たのだと思っていた。
だが、待っていたのは魔力量の再測定。
これの意味するところは。
「魔法学院……。 もしかしたら、来年から行くんじゃないですか?」
そうミカが言うと、ラディの戸惑いがさらに大きくなる。
「え? だって、春にはまだ魔力量が達していないのよ? 今の魔力量が基準を超えていても、それは侯爵領の魔法学院に行く理由にはならないわ。」
春に基準に達していたのなら、”学院逃れ”として有罪。
春に基準に達していないのなら、それ以降に魔力が成長しようが9歳の測定までは関係ない。無罪だ。
領主の判断は、この2択だと思っていた。
だから、今日はこのどちらかを伝えに来たと思ったのだが。
「……だが、確かにそうでもなければ再測定の意味が分からんの。」
春に魔力量が基準を超えていたと判断したのなら、”学院逃れ”として罰するだけだ。
今の魔力量を気にする必要はない。
「これは……、おそらく領主はクロと判断したの。」
「そんな……。」
キフロドは珍しく指先でテーブルをこつこつ叩く。
ラディは悲しげに目を伏せる。
「領主は、おそらく”学院逃れ”と判断したんじゃ。 じゃが、有罪と裁定を下せない事情ができた。」
「……事情?」
「たぶん、教会じゃわい。 それで仕方なく春の測定が誤りだったということにするのじゃろう。 ミカの春の魔力量は、今日測ったものに修正される、というわけじゃ。」
「魔力量が足りなかったのは間違いで、今日測ったものが正しい魔力量だったと。」
「おそらく、そういうことにするのじゃろう。」
何というか、思わぬウルトラCが飛び出してきたな。
領主が下そうとした裁定を、無理矢理捻じ曲げたということだ。
「でも、何で教会がそこまでしてくれたんでしょう? いくら教会でも、さすがにまずいですよね、それって。」
「あー……、まあ、のぉ。 儂は、ちぃっとばかし司教にお願いはしたが、のぉ? まあ、ミカが気にせんでもええわい。」
そう言うと、キフロドはカッカッカッと誤魔化すように笑う。
ちとやりすぎたかのぉ、との呟きは聞かなかったことにした。
「……でも、まだ領主様の裁定は下りてませんわ。 私は心配です。」
ラディは略式の祈りの仕草をする。
そんなラディをキフロドは笑い飛ばした。
「カッカッカッ。 そう心配せんでもええ。 こうなったら、儂もとことんやってやるわい。 これでもだめなら、二の手、三の手を打ってやろうじゃないか。」
そう言って笑うキフロドが、少々ヤケクソ気味に見えるのだが気のせいだろうか。
今はただ、領主の裁定を大人しく待つしかないミカたちだった。




