第231話 命をかける者たち
水の1の月、3の週の風の日。
数日レーヴタイン領で残党狩りなどを手伝い、ミカは王都に戻ってきた。
すでに王都にも帝国軍を退けた話は伝わっており、その前の領主軍と王国軍敗走の情報と錯綜し、結構な混乱が起きていたようだ。
キスティルとネリスフィーネは、クレイリアが保護してくれていた。
ミカが飛び出した後すぐに、クレイリアが動いてくれたらしい。
昨夜ミカが王都に戻った時、真っ先に家族の無事などをクレイリアに伝えに行った。
窓から姿を現したミカを見た瞬間、クレイリアは驚き、顔を歪め、そして思いっきり頬を引っ叩いた。
そうしてから、ミカに縋りつくようにして泣くのだった。
分かっていたことではあるが、かなり心配をかけてしまったようだ。
…………ちなみに、【癒し】を使うことは禁止されました。
いや、使わんて、こんなことで。
キスティルとネリスフィーネもミカのことを随分と心配していたが、「戦場に御使いが現れた」という噂が広がると、すぐにミカのことだと気づいたそうだ。
「ようやく、”神々の遣わし者”の存在を皆にも知ってもらえました。」
と、むしろネリスフィーネはちょっと誇らしげだった。
王都もまだ落ち着きがないので、ミカはキスティルとネリスフィーネにはクレイリアの屋敷に居てもらおうかと思ったが、ミカと一緒に帰ると聞かなかった。
「フィーちゃんはお家に居ると思うから。」
キスティルは、姿を見せないフィーのことが少し心配だと言う。
(多分、普通にしてると思うけどね。)
ミカがレーヴタイン領に行っている間も、ちょくちょく魔力を吸われていた。
本当に、距離とか関係なく俺の魔力吸うのな、フィー。
どういう理屈でそんなことになってんだか。
そうしてミカたちが家に戻ると、フィーがミラーボールで喜びを表現していた。
つーか、それは目がチカチカするから、やめれ。
ちなみに、王宮からの呼び出しは特にない。
まあ、まだ情報の精査中だろう。
そのうち戦場に現れた御使い=ミカという情報に行き着き、学院の方にでも呼び出しが行くと思う。
なので、それまでは放っておくことにした。
そして、学院に行ったら行ったで、皆に随分といろいろ言われた。
まあ、皆はまだミカが何で休んでいたのか知らないので、「サボリ」だの何だのといった感じではあるが。
ただ、そんな中、噂の御使いがミカであることに気づいた子が一人いる。
リムリーシェだ。
「やっぱり、あれはミカ君だったんだね。」
リムリーシェは、学院を休んでいるミカと戦場に現れた御使いを、すぐに結びつけたらしい。
皆に聞こえないように、こっそりと伝えてきた。
「だって、翼があったもん。 ミカ君しかいないよ。」
そう言って、リムリーシェはこっそりと笑う。
どうやら、”黒い繭”の騒ぎで見たミカの翼のことは、忘れてはくれなかったようだ。
「やっぱり、ミカ君はすごかったんだね。 あ、ミカ様とか御使い様って呼ばなきゃ――――。」
「それはやめれ。 普通にしろ、普通に。」
ミカがげんなりしてそう言うと、また可笑しそうにリムリーシェは笑った。
リムリーシェもミカのことを心配はしてくれたようだが、何より「ミカ君が負けるはずない!」と思っていたらしい。
信頼は有り難いが、ちょっと重いよ……。
そして、即行で学院長室に呼び出しをくらう。
担任や体育会系、他にも数名の講師が揃ってだ。
どうやら、この時期のミカの無断欠席はかなり深刻に受け止められているらしい。
まあ、まだ『王都外への移動禁止令』も解かれてないしね。
勝手にどこかに行っていたと睨んでいるのだろう。
「人払いを。」
ミカがそう言うと、学院長は片眉を上げて逡巡し、受け入れた。
そのモーリスの対応に集められていた講師たちは驚いていたが、学院長の決定に異議を唱えるつもりはないようだ。
素直に従った。
講師たちが退室し、学院長室がミカとモーリスだけになる。
モーリスは片目を開け、ミカを睨むように見た。
「……何があった?」
「レーヴタイン領に行っていました。」
「レーヴタイン領だと……!?」
さすがにミカが休んでいる間、戦場に行っていたとは思わなかったのか、モーリスが両目を見開く。
そのまましばらく固まっていたが、何やら考え込み始めた。
それはそうだろう。
今日は風の日。
ミカが土の日の午後にレーヴタイン領に向かったとしても、四日と半日程度の時間しかない。
普通に考えれば往復できるような距離ではないからだ。
「…………どういうことだ?」
「どうもこうもありません。 前線が崩れたというので、帝国軍を蹴散らして来ました。」
「まさかっ!? 何を言って――――っ!」
モーリスが驚きの声を上げている時、ミカは”吸収翼”を発現する。
ミカの背に現れた翼を見て、モーリスが絶句した。
(もう、バレるのは時間の問題だしな。 ここで隠してもしょうがない。)
ミカは黙って、モーリスが落ち着くのを待つ。
この爺さんが混乱しっ放しの訳がない。
目の前で起きたことを受け止め、必ずそれなりの答えを導き出す。
「…………し、信じられん。 しかし……そうとしか……っ。」
ミカが待っていると、モーリスが何事かを呟く。
やはり、事実は事実として、自分なりに仮説を出したようだ。
「……戦場に現れた、御使いというのは……っ。」
「お察しの通りです。」
ミカが肯定すると、モーリスが難しい顔をして唸る。
「……帝国軍を、蹴散らしたと言ったな。」
「はい。」
モーリスは目を瞑り、居眠りを始めた。
いや、そうとしか見えない表情になっただけだが。
まさか、話をしてる最中に寝てねえよな?
「どうやった? 何万もの大軍じゃぞ?」
「ただ石を降らせて潰しただけです。」
どうやら、ちゃんと起きていたらしい。
ミカの返答を聞き、険しい表情になった。
「まさか、あれを……。 いや、しかし……。」
そんなことを、囁くように呟く。
「【神の怒り】なんか使ってませんよ?」
「なっ……!?」
ミカがあっさりと禁忌を口にするので、モーリスがぎょっとする。
それを見て、ミカは自分の予想が、少なくとも的外れではなかったとちょっと安心した。
(この反応。 やっぱり学院長は知ってるね。)
話しても聞いても斬首なんていう、とんでもない禁忌。
だが、実行面を考えれば、学院でも知っている者がいるはずだ。
でなければ、重大な違反を犯した学院生を、研究施設に放り込むのも一苦労だからだ。
学院側に、必ず協力者がいる。
そして、それは学院トップの学院長である可能性が最も高い。
実務は別の者が担当していたとしても、学院長がまったく知らないという方が不自然だろう。
地方の学院ではどうなっているのか分からないが、まあ何とかしているのだろう。
王国軍、というか軍務省の上層部に協力者がいれば、どうとでもなるはずだ。
なんて事のない表情のミカとは対照的に、モーリスはもはや戦慄していると言っていいくらいだった。
「お、お主っ!? それをどこでっ!」
ミカはあえてリスクを背負い、【神の怒り】を口に出した。
それは、王城に呼び出される前に、どうしても確認しておきたいことが一つあったからだ。
「そんなことはどうでもいいでしょう。」
「どうでもいい訳あるかっ! それを軽々しく口にするなど――――。」
「だから、そんなのはどうでもいいんですよ。 どうせ、学院長もそっち側なんでしょう?」
「ッ!?」
ミカの言葉に、モーリスが絶句する。
しばらくそうしてミカを凝視し、それから大きく息を吐き出す。
「…………どういうことだ? お主、どこまで知って……っ!」
「知っている訳じゃありません。 でも、そう考えないとおかしいでしょう。」
ミカの言葉に、モーリスが苦し気な顔になる。
今、モーリスの頭の中ではどう対処したものか、必死に計算しているのだろう。
その選択肢の中に、ミカを始末するというのも入っているはずだ。
これまでなら。
(でも、もうそれを選べないよな?)
モーリスは、この国を守るためなら自分の命も捨てている。
そうした覚悟を持った一人のはずだ。
(話しても聞いても斬首。 それを命じてるのは、おそらく国王。)
では、【神の怒り】の研究施設とは何だ?
一切の口を封じ、戦場でも使わせなかった。
帝国が使ってくる可能性が分かっていてもだ。
なのに、裏では国王が研究を継続させている?
それもあり得なくはないが、もっと納得しやすいシナリオが別にある。
それは、「国王にも隠し、秘密裏に研究を続けている」だ。
どういう訳か、国王はこの禁忌に顔を背けている。
きっと、頭の中からも消したいくらいなのだろう。
だが、それに危機感を持った者たちがいた。
それが、モーリスたち「研究を続けさせている者」だ。
バレれば斬首と知りながら、それでも研究を続けた。
エックトレーム王国を守るために。
(リンペール男爵辺りは、そこまでの事情は知らないのかもしれないな。)
でなければ、ミカに研究施設のことまでは教えなかっただろう。
【神の怒り】も、その研究施設も、どちらも禁忌であることに変わりはない。
たとえレーヴタイン侯爵などが相手でも、憚られてしっかりと聞くこともしなかったのではないだろうか。
ただ、秘密裏に研究は続いている、程度にしか知らなかったと思う。
(リンペール男爵は、『手を打てなかった』と言っていた。 おそらくレーヴタイン侯爵あたりが、国王にそれとなく【神の怒り】の研究の再開を進言していたのかもしれない。 研究再開という事実があれば、いざという時に使えるから。)
きっと、他にも進言した人たちはいただろう。
帝国の不穏な動きが伝わるようになって、その動きは加速したはずだ。
だが、国王は頑なにそれを拒否した。
もしかしたら、レーヴタイン侯爵や大臣相手にすら、「口を閉じねば首を刎ねる」くらい言ったのかもしれない。
そのため、今回の戦いには【神の怒り】を用意できなかった。
いずれは帝国も使ってくるだろうが、初戦から使ってくるとは限らないからだ。
(下手をすれば、いきなり【怒りの日】の再来だ。 帝国も使用を躊躇する可能性はあった。)
だが、その予想はあっさりと裏切られた。
裏切られたというか、それが当然なのだが。
有効な兵器がある。
ならば、それを使わない方がおかしい。
ただの憶測ですが、と前置きしながら、ミカはこうした自分の考えをモーリスに話した。
(それでも、大きくは違ってないはずだ。)
ミカの話を聞き、モーリスは肯定も否定もしない。
じっと、ミカの話に耳を傾けた。
そうして話を聞き終わると、はぁ……と大きく息を吐き出す。
「……その話、誰かに話したか?」
「いえ。 茶飲み話には少々重いので。」
「フフ……、そうか。」
モーリスはもう一度大きく息を吐き出すと、背もたれに寄りかかる。
少し、肩の力を抜いた。
「その話を儂にしたということは、ただの答え合わせではなかろう。 何が知りたい。」
モーリスはミカの意図を見抜いているようだ。
モーリスの言う通り、ミカは早急に確認したいことがあった。
「研究を推し進めている人がいるはずです。 誰ですか。」
ミカがそう尋ねるが、モーリスは険しい表情で黙っている。
そうして、ぽつりと呟く。
「…………それは言えん。」
「そうですか。」
モーリスの返答を聞き、ミカは肩を落とす。
ミカとしては残念だが、それも仕方ない。
そうなる可能性も高いとは思っていた。
「…………あっさり引き下がるのだな。」
「まあ、言えないだろうとは思っていましたし。」
国王の命令に逆らっているのだ。
漏れれば迷惑がかかるどころではない。
(…………王太子殿下か、王妃殿下か。 どちらかだろうとは思うけど。)
神輿としては、そのレベルでなければ不足だろう。
何より、モーリスたちは王国のために命をかけているのだ。
たとえ研究がバレて関係者全員が首を刎ねられても、首謀者の名は漏らさないだろう。
この二人のうちどちらかが首謀で、連座で斬られれば国が揺らぐ。
そうなることを分かってて、モーリスたちが漏らすはずがない。
「お主は、これからどうするつもりだ?」
ミカが考えていると、モーリスがそんなことを聞いてくる。
「どう、とは……?」
「先程の話が事実だとすると…………いや、事実なのだろうが、そうなるとお主は……。」
かなり厳しい立場に立たされることになる。
そのことを言っているのだろう。
だが、ミカはモーリスに微笑んで見せる。
「できることをするだけです。 誰かさんが見たくない聞きたくないからと、そんな馬鹿な理由で、大人しく首を差し出すと?」
「そ、そうか……。」
名指しではないが、堂々と国王を批判するミカにモーリスが顔を引き攣らせる。
まあ、ミカが口を割ればモーリスたちも命がない。
そのことを分かってもらっただけでも良しとしよう。
できれば、モーリスたちが敵対する側にならないことを願うが。
(……俺の有用性を考えれば、そのスタンスは採れないはずだ…………多分。)
王国を守るために、命がけで【神の怒り】の研究を続けていた側の人たちが、たった一人で帝国軍を退けてみせたミカを切り捨てる選択はしないだろう。
そう考えたからこそ、ミカはモーリスに話をしたのだ。
今回の戦場のことで、王宮から呼び出しがかかる前に。
ミカは真剣な目で、モーリスを真っ直ぐ見た。
「ちょっと、何日かは忙しく動き回るかもしれません。 自分なりに足掻くために。」
「……うむ。 そうだな。」
「学院にはなるべく来るつもりですが、まあ休んでも気にしないでください。」
「しない訳がなかろうが。」
ミカの言い草にモーリスが苦笑する。
「……だが、事情は分かった。 学院のことは気にするな。」
「ありがとうございます。」
ミカはぺこりと頭を下げると、学院長室を出た。
そんなミカの姿がドアの向こうに消え、モーリスは溜息をつく。
「…………このまま、という訳にもいかんな。」
そうして、椅子を回して窓の外を見る。
「すべては、王国のために……。」
そう呟き、モーリスは出掛ける準備を始めるのだった。
■■■■■■
ミカはモーリスとの話が終わると、すぐに早退して動くことにした。
まずはアーデルリーゼの魔法具店に行って、純”銅系希少金属”製の糸ができているか確認。
すでに延べ棒十本分のすべてを糸にし、預かっているというので回収。
代わりに延べ棒を二十本を預ける。
そんなに魔法具の袋に入れていなかったので、その場で即席で生成した。
ミカが”吸収翼”を出した瞬間はかなり驚いていたが、
「……まさか、最近噂の御使いって坊やのことなの?」
と聞かれた。
もうね、バレるのなんて時間の問題なんでね。
全力でやりたい放題やってやりますよ。
ということで、回収した糸を持ってリッシュ村に一っ飛び。
「はい、これでお願いね!」
いきなり織物工場に押しかけ、仕事中のアマーリアに”銅系希少金属”の糸を預ける。
頻繁に姿を現すミカに、アマーリアはちょっと心配になったようだ。
少しお小言を貰いました。
糸をアマーリアに預けたミカは、王都にとんぼ帰りする。
夕方近くに王都に到着し、今度は大聖堂へ。
そして、大聖堂ではキフロドがミカの前で這いつくばった。
「大丈夫ですか、キフロド様。」
ミカの話を聞き、床に崩れ落ちたキフロドに声をかける。
だが、キフロドは返事を返さない。
黙ったまま、ゆらりと立ち上がった。
「……もう、儂は知らん。 好きにせい。」
「ちょ、ちょっと、キフロド様!? 見捨てないで!」
「知らん知らん、もう儂は知らんわい。 勝手にするがええわ。」
「キフロド様ぁーっ!」
静かな礼拝堂に、ミカの声が響く。
何事かと何人かの司祭や助祭の人が集まってきた。
そうして、集まってきた人たちに取り成され、別室に移動。
キフロドの指示で、教皇のブラホスラフや枢機卿まで急遽呼ばれることになった。
そうして、部屋の中にはミカ、キフロド、ブラホスラフ教皇にワグナーレ枢機卿らが集められた。
何だか、すっごい大事になってますね。
「ミカ、とりあえず話は後じゃ。 まずは見せてやれ。」
キフロドに「見せろ」と言われ、思い当たるのは一つだけである。
ミカは”吸収翼”と呟き、光の翼を発現した。
その瞬間、教皇と枢機卿らが一斉に椅子から立ち上がり、その場で跪いた。
そうして、各々が祈り始める。
あ、なんか泣いてる人もいますね。
何で?
「こういう訳なんじゃがの、教皇聖下。 如何するかの? 儂はそこの窓から放り出すべきと思うんじゃが……。」
「な、何をおっしゃっているのですか、キフロド様っ!?」
「畏れ多いことをっ!?」
「いくらキフロド様でも、そんなことは許されませんぞ!」
一斉に沸き起こる非難に、キフロドが肩を竦める。
「やれやれじゃの……。 ミカよ、話してやれ。」
キフロドに「話せ」と言われ、思い当たるのは一つである。
先程キフロドに話した内容。
「…………そのまま?」
「そのままじゃ。」
一応確認するが、キフロドの無情な答え。
ミカは眉をひそめ、顔をしかめる。
「……………………まずいんじゃない?」
「それがお前さんの仕出かしたことじゃろうが。 ええから、そのまま話してやれ。」
キフロドに言われ、ミカはちょっぴり刺激的なお話を、キフロドに話したそのままに伝える。
戦場に行き、七万人くらいの帝国軍を葬ったこと。
戦場を飛び回り、帝国軍を葬って回ったこと。
今、王都で噂される御使いは、もしかしたら僕のことかなあ、と。
【神の怒り】と【怒りの日】はいろいろ厄介な問題を含むので端折る。
ただ、強すぎるミカの力が、国に疑念を抱かせていることは伝えた。
近いうちに王城に呼ばれ、罰せられるかもしれない、と。
「……な、七万、ですか……?」
「たった、お一人で……。」
ミカの話を聞き、枢機卿たちは青くなる。
どうすればそんなことができるのか。
目の前に七万もの命を奪った怪物がいる。
そう思えば、青くなるのは正常な反応といえるだろう。
だが、そんな枢機卿たちの中で、一人だけ違う反応をする者がいた。
ワグナーレだ。
ワグナーレはすっと立ち上がると、ミカの前まで進み出る。
そうして、恭しく跪いた。
「”神々の遣わし者”の御力により、多くの者の命が救われました。 血に飢えた獣どもは、己が血でその罪の重さを知ったことでしょう。 きっと、今頃は地の底深くで自らの愚かさを悔いていることと思います。 …………僅かでも、人の心が残っていればですが。」
ワグナーレは、半年前までサーベンジールにいた。
きっと、帝国軍を止めなければ、最初に犠牲になったのはサーベンジールに住まう人たち。
この場にいる者の中で、帝国軍の脅威をもっとも身近に感じているのは、ワグナーレなのだろう。
とても真摯に、感謝が伝わってきた。
ワグナーレの言葉に、他の枢機卿たちも表情を強張らせる。
ほんの数日前まで、帝国軍の脅威が迫っていると、これから訪れる苦難に心を痛めていたのだ。
ブラホスラフも立ち上がると、ワグナーレの横に跪いた。
「神々の慈悲の深さに感謝を……。 この苦難の時に”神々の遣わし者”をお迎えできたことは、神々が我らに手を差し伸べてくださっている何よりの証拠に他なりません。」
そう言ってブラホスラフはミカを真っ直ぐに見る。
「邪教に支配され、罪に穢れた者たちに聖なる裁きが下されました。 これからもどうか、我らを禍よりお救いください。 どうか、我らをお導きください。」
ブラホスラフが恭しく頭を垂れると、枢機卿たちも一斉に頭を下げた。
その姿を見て、キフロドが「やれやれ……」と肩を竦める。
(確かに、ちょっと教会の力を貸してもらおうと思ったんだけどさ。 導くって何?)
教皇にまで、”神々の遣わし者”とやらに認定されてしまった。
(……何だか、宗教戦争じみてきたなあ。)
元々、五十年戦争が宗教戦争としての色が強い。
そんなことを考え、微妙な顔になるミカなのだった。




