第230話 これも、初めから壊れてました
重苦しい沈黙が会議室に漂う。
リンペール男爵から聞かされた【神の怒り】。
そして、国の隠蔽していた”ダブランドル平原の決戦”の真実。
【怒りの日】とも呼ばれる、この二つの真実に、ミカは重い溜息をつく。
何かを隠しているとは思っていたが、それはミカの想像を遥かに超えるひどいものだった。
(…………ある日、百六十万もの兵がいなくなる? そりゃ治安も悪化するだろうよ。)
戦後、領地を跨ぐ移動を好き勝手にされるようになり、第三街区などが膨れ上がったというのはガエラスに聞いたことがあった。
(国内の兵をかき集めて挑んだ決戦で八割も死なれては、そりゃ取り締まりどころじゃないだろうな。)
むしろ、国体を保てるかどうかの瀬戸際だったのだろう。
国家が潰えても不思議はない。
多くの貴族家も当主を失ったり、跡取りを失ったりと、相当な痛手を受けたはずだ。
平民の移動になど、かかずらっている場合ではなかったのは想像に難くない。
もしも平民が一斉に蜂起すれば、一千五百年近くも続いた王家が打倒される可能性だってあった。
それほどの危機だったはず。
ミカがそんなことを考えていると、リンペール男爵がこほんと咳払いをする。
「ところで……。」
リンペール男爵が、やや困ったような、微妙な表情をする。
「君に翼が生えていたという話も耳にしたのだが……。 今はないのかね?」
「ええ。 ……………………、見ますか?」
何だか、すごく見たそうな目を向けてくるので、思わず聞いてしまった。
リンペール男爵が頷くので、ミカは音に出さず”吸収翼”と呟く。
ファサ……と広がる光の翼に、リンペール男爵が目を見開いた。
それから、顔を強張らせた。
「君は……何者なのだ? 人間……ではないのか……?」
そんなことを、真剣に聞いてくる。
そこに疑問を持たれても困るのだが……。
「僕が何か言えば、それを信じるのですか? 人間だと言えば、それを信じますか? 人間ではないと言えば、それを信じる?」
ミカがそう言うと、リンペール男爵が顔をしかめて呻く。
自分のした質問に意味がないことに気づき、リンペール男爵は溜息をついた。
「そうだな。 君の言う通りだ……。」
そうして一度目を揉むと、ミカを真剣な目で見る。
「君が何者であろうと、我々が君に助けられたことに変わりはない。 君は一人で数百人…………いや、もしかしたら千人の魔法士にも匹敵するような力を持っている。 我々としては、それを絶対に失いたくないのだ。」
そのために、禁忌を犯してでもミカに情報を与え、国の追及を躱したいようだ。
とはいえ、多くの将兵が目撃し、王国軍が王城に伝令も送っている。
敗走から一転、帝国軍を壊滅させたという報告は、明日にも王宮に伝わるだろう。
レーヴタイン侯爵やリンペール男爵が口を噤んでも、多くの者が見たことを伝える。
早晩、「御使いが現れた」という噂が、王国中に広がることになると予想がつく。
だが、ミカはすでに覚悟を決めている。
禁忌だろうと何だろうと、【神の怒り】という手段を持ちながら出し惜しみし、その結果一度は前線が崩壊した。
ミカが介入しなければ、今も帝国軍が王国内を蹂躙していることだろう。
それでもミカの罪を問うというなら、もはやそんな国に用はない。
静かに国外に脱出するか、王家をすり潰してから出るかはその時の気分次第だが、まあ自分たちの運命は自分たちで決めさせてやろう。
ミカの首を刎ねると言うなら、そいつの首を刎ねてやるだけだ。
ミカは意識してにっこりと笑顔を作り、リンペール男爵を見る。
「国への対応は、まあ何とかしますよ。 状況は理解しましたので、あとは自分で何とかしますから。」
自分で自分の首を絞めるのが好きな変態どもに付き合う気はないので、どうなるかは知らんが。
敵対すると言うなら、滅ぼすまで。
それがグローノワ帝国だろうと、エックトレーム王国であろうとだ。
ミカの笑顔に、何かしらの覚悟を感じ取ったのか、リンペール男爵が深刻な顔になった。
「……頼むから、短気は起こさんでくれよ。」
「それは僕ではなく、国に言ってください。」
ミカがそう言うと、リンペール男爵は増々深刻な顔になる。
まあ、どちらにしろミカの処遇は王都に戻ってからの話だろう。
【神の怒り】などの話にも、少々気になることがある。
それらについては、王都に戻ってからだ。
今は他にも気になることがある。
「防護壁は崩されてしまったようですが、どうするのですか?」
ミカが尋ねると、リンペール男爵は苦り切った顔になった。
やはり、相当に厳しい状況らしい。
「……さすがにまだ、どうするかを検討中だ。 領主軍、王国軍ともに再編中でそこまで手が回らん。 何より、どうやって石材などの材料を手配するかも問題で、今は何も決まっておらん。 悠長に修復するのを帝国が待っててくれるとも思えんしな。」
単純に見積もって、一年以上はかかりそうだと言う。
それも、材料などの手配がスムーズに済めば、である。
防護壁を建設した当時に石を切り出していた採石場を、今は使っていないそうだ。
現在ある採石場は、サーベンジールの向こう。
防護壁までは六十キロメートル近く離れているらしい。
「今、当時の採石場が使えるかの確認をしているところだ。 そこが使えるならそこを使い、だめならサーベンジールから石を運ぶことになる。 問題が山積みで、頭が痛いがね。」
それでも、街などに被害が出なかったことを思えば、幾分は気が楽だとリンペール男爵が言う。
まあ、そんなことを言っていられるのも今のうちだろうけど。
帝国軍が再侵攻してくる可能性は高い。
修復はおそらく間に合わないだろう。
………………普通なら。
「石の手配がつけば、工期は短縮できますよね?」
そう、ミカはリンペール男爵に尋ねる。
リンペール男爵は、ミカに怪訝そうな顔を向けるのだった。
どーーん、と積み上げられた石材の山、山、山。
石材一つひとつの大きさは幅一メートル、奥行き七十センチメートル、高さ五十センチメートル。
あり得ないほどに、綺麗にサイズの揃った石材。
まあ、普通ならあり得ないだろう。
これは、ミカが魔力をぶん回して作り出した石材なのだから。
実際に使われている石を見て、こんな感じかな?と適当に作った石。
強度などのテストをし、十分な強度があると分かって量産したのだ。
また、普通の石ころサイズの砕石も大量に必要だというので、そっちも大きな山が五個ほど作られている。
ミカが防護壁を作ろうと思ったが、どうやら組み方とかいろいろあるらしく、材料の提供だけでいいという。
石材一つひとつがすっごい重さなのだが、本当に後は自分たちでやる気か?
「こんだけありゃあ、材料は十分だ。 御使い様ってのは、すげえんだなあ。」
領主軍の工兵のリーダーというおじさんが、そんな感想を漏らす。
如何にも大工の棟梁とか、そんな感じのおじさんだ。
このおじさんの雰囲気、王都でお世話になっている鍛冶屋の親っさんに通じるものがあるな。
「本当に僕が組まなくていいんですか? 指示してくれればやりますよ?」
「そこまでは大丈夫だ。 御使い様にそこまで世話かけられねえよ。」
なんか、組む時にいろいろ考えることがあるのだとか。
ただ積み上げて、内部に砕石を詰めるだけではだめらしい。
ちなみに、この防護壁を組む時、コンクリートは使わないそうだ。
自重だけで、がっちり組まれるのだとか。
下手にコンクリートや土で隙間を埋めると、雨水などが中に溜まって崩れる原因になることがあるという。
いろいろ考えてるんだね。
まあ、いいと言うなら、その辺りは職人に任せることにする。
ただ……。
「どのくらいで完成しますか?」
「そうだなあ、まあ……一カ月はかからねえだろう。 もっとも、どれだけ人手を割り当ててくれるかにもよるけどよ。」
「一カ月……。」
それまで、帝国は大人しくしててくれるだろうか。
まあ、すでに一度介入したのだ。
次もやばそうなら、強引に戦況を引っ繰り返してもいい。
それも、国の出方次第ではあるが。
「分かりました。 では、後はお願いします。」
「ああ、任せとけ。 ありがとよ、御使い様。」
おじさんがドンと胸を叩く。
ミカが頷きながらゆっくりと飛び上がると、あちこちから歓声が上がった。
「御使い様ーっ!」
「ありがとうーっ!」
手を振ったり、拝んだりしてくる領主軍や王国軍の兵士に手を振り返し、ミカはサーベンジールに向かって飛ぶ。
「あとは……。」
ミカはそう呟くと、冷たい目で地上を見下ろした。
ミカは防護壁の材料の準備が終わると、一旦サーベンジールに報告に戻る。
そうして、次は王国軍の駐屯地に顔を出した。
ここに駐屯している王国軍が、帝国軍の残党狩りに当たっているからだ。
領主軍も兵を出しているが、主に担当しているのがここの部隊なのだとリンペール男爵に聞いた。
「ここですか?」
そうして案内されたのは、レーヴタイン侯爵領とリンペール男爵領に跨る深い森。
この森があるために、二つの領地は直通の街道が敷けないでいる。
そして、そんな森に帝国軍の残党の一部が逃げ込んだようなのだ。
「…………放っておいていいんじゃないですか?」
ミカがそう言うと、隊長らしき騎士が難しい顔になる。
「やはり、そう思うかね? 私もそうは思うのだが……。」
この森には強力な魔獣だか魔物だかが棲みつき、そのため手つかずになっているのだ。
ミカもどんな魔獣なのか知らないが、そっとしておくべきではないだろうか。
「この森に入った帝国軍の残党が、生きて出られますかね? それに、下手に手を出せばその魔獣を刺激してしまいますよ?」
残党狩りに入って、逆に魔獣に狩られる可能性もあるし、何より最悪なのはそんな魔獣が森から出てしまうことだ。
まあ、ミカもその魔獣を見てみたいとは思うが。…………ちょっとだけ。
本当に、ちょっとだけですよ?
(下手に手を出せば、反って大惨事にもなりかねん。 少なくとも、冒険者ギルドで情報を確認して、準備を整えて挑むべきだ。)
いくら無鉄砲なミカでも、さすがにここに手を出すのは気が引けた。
…………今すぐは。
ミカの意見に、騎士隊長は頷く。
だが、その表情は辛そうだった。
「…………どうかしたんですか?」
ミカが尋ねると、騎士隊長は重く溜息をつく。
「実は、残党を追っていた者が、数名……。」
「入ったんですかっ!?」
思わず声が大きくなってしまった、
「何でまた……。」
ミカが呆れたように言うと、騎士隊長は弱り切った様子で、簡単に事情を説明をしてくれた。
今年騎士学院を卒業したばかりの、ヘイルホード地方以外を出身とする騎士数名が、先輩騎士の制止も聞かずに入ってしまったようだ。
どうやら森の外から残党がいるのを見つけ、追うことに夢中になってしまったらしい。
それが今日の午前中。
そして、もうすぐ夕刻だ。
日が沈むまでにはまだ数時間あるが、森の中はすぐに真っ暗になるだろう。
「さすがに、諦めた方が……。」
「やはり、そうか。」
騎士隊長は、若い騎士が森に入ってしまったことに、責任を感じているようだった。
その表情を見て、ミカは溜息をつく。
「はぁー……、しょうがないですね。 ちょっとだけですよ?」
「行ってくれるか?」
ミカがそう言うと、騎士隊長は「済まない」と頭を下げた。
「運が悪ければ、もう手遅れです。 見つけられなくても、少し探したら僕も退きますよ。」
「ああ、それで十分だ。 ありがとう、御使い様。」
もう、すっかりミカの呼び方が『御使い』になってしまった。
ミカは魔法具の袋から短剣を取り出すと、鞘を魔法具の袋に戻す。
この短剣は”銅系希少金属”ではなく、普通に武器屋で買ったやつだ。
聖剣ナマクラ様は、今回はいいだろう。
斬れないしね、ナマクラ様は。
短剣の形状をしているだけの、ただの撲殺武器である。
「僕が戻らなくても、日が沈む前に戻ってくださいね。 僕は大丈夫ですから。」
いざとなれば空を飛べばいいだけなので、森の深部に入っても然程問題はない。
そうして、ミカは気の進まない森の探索に入ることになった。
…………わくわくなんてしてませんよ?
これは、仕方なくなんですから。
そうして、森の奥を目指して三十分ほど進む。
魔力範囲を展開し、薄暗い森の中をすいすい進んでいく。
もしも誰かが今のミカを見れば、もう少し慎重に行けと苦言を呈したくなることだろう。
だが、ミカは十分に慎重に進んでいた。
”地獄耳”も発現し、周囲の警戒に全神経を集中していた。
(…………思ったよりは、普通だな。)
普通に、ソウ・ラービやクート・バイパーなどが出る。
他にもミカの見たことのない、虫やら鳥やらの魔物がいた。
ミカはそれらを”風刃”で発見即殺していく。
更に三十分ほど進み、ミカは森の奥深くで人間だった物を見つける。
「これは、帝国軍……?」
革の鎧の形状は、帝国軍の物。
六人分の帝国軍の装備が地面に散らばり、石となった兵士の残骸が転がっていた。
手や顔面の残骸があるから元が人間であることに気づいたが、量が異様に少ない。
全部かき集めても、ミカ一人分にもならないだろう。
(石化かぁ……。 一応、盛り盛りの腕輪に【耐石化】も入っているけど。)
あまり、過信するなともアーデルリーゼには言われている。
無効化ではなく、あくまで耐性を上げているだけだからだ。
(……石化の定番は、ゴルゴン、コカトリス、バジリスク。)
まあ、ファンタジーの物語にはよく出てくる、ポピュラーな状態異常の一つではある。
そして、当然のようにミカはそんなものを治療する術を持っていない。
残骸の一つに慎重に触れてみるが、呪いとは別物のようだ。
特に呪いのようなものは感じなかった。
「王国軍の騎士たちはどこだ……?」
追ったという帝国軍がここの石化した兵士たちなら、肝心の王国軍の騎士たちはどこにいったのだろうか。
(帝国軍の兵士は逃げ、その逃げた先がここ。 そして魔獣?に石化された。 では、追っていた王国軍の騎士は?)
追いついた帝国軍の兵士たちが石化していた。
普通なら、そんな物を見れば引き返すはずだ。
だが、引き返さなかった?
なぜ?
そうしてミカは軽く周囲を見回し、しゃがみ込んで地面の痕跡を観察する。
そこで気づく。
…………外に向かっている?
よく見ると、石化した兵士たちは森の外を目指し、石化したように見えた。
ただ、微かに残った足跡などを見て、ミカの印象としてそう見えるというだけだが。
(もしかして、もっと奥まで行っていたのか? 王国軍の騎士も、もっと奥?)
そして、そこで何かが起きた。
王国軍の騎士はそこで動けなくなり、帝国軍の兵士はここまで逃げてきた。
という流れだった場合、まあ確かめるまでもなく王国軍の騎士ももうだめだろう。
てことで、もう帰っていい?
ミカはかりかりと頭を掻きながら立ち上がると、森の奥を睨む。
まあ、九十九%だめだと思うが、一応は奥を目指そう。
一人でも、助かっている者がいるなら、助けてやりたい。
ミカは気合を入れ直し、更に森の奥を目指した。
ミカの目の前には広場があり、何かの遺跡がある。
おそらく、先史文明の遺跡ではないだろうか。
王国軍の騎士を探して森の奥に進んだミカは、遺跡を発見した。
そして、その遺跡の傍に王国軍の騎士らしき石があった。
なぜ、らしきかと言うと、近づけないからだ。
近くで確かめることができない。
だから、らしきとしか分からない。
(……お食事中ですかねえ。 困ったな。)
騎士らしき石の近くに、初めて見るやばいのがうじゃうじゃいた。
おそらく石化した騎士をごりごりと食っている。
多頭の蛇。
半人半蛇の四本腕の魔物。
所謂、ヒュドラとかナーガとか言われる魔物ではないだろうか。
どちらも、体高は人間の大人より少し大きいくらい。
一瞬、半人半蛇の方はゴルゴンかと思ったが、髪は蛇ではない。
それでも、こいつらが石化の能力を持っていることは確定と見ていいだろう。
何より、こいつらはただの魔物ではない。
元の世界の土着の信仰や伝承では、『神』に位置づけられるような存在。
ぶっちゃけヤバ過ぎ。
しかも、ぱっと見でも十体はいる。
これはアカンっしょ。
(……ということで、撤収します。)
ミカは魔物の群れを刺激しないように、そっと後退る。
だが、その時ミカの魔力範囲に入ってくる者がいた。
その入ってきた者は、音も無く猛然とミカに向かってきた。
(くっそ、見つかった。 しかもめっちゃ速い。)
魔力範囲で把握した姿形的には、多頭蛇の方。
ミカは急いでジャンプして、そのまま逃走を試みる。
だが、多頭蛇もすごい勢いで飛び跳ねミカに迫った。
「嘘じゃん!?」
”突風”での機動では、そこまでキビキビとは動けない。
ミカは咄嗟に目を瞑り、短剣を多頭蛇に向ける。
(石化の条件が分からん! 見ちゃだめなのか、噛まれちゃだめなのか、ブレスがだめなのか。)
ミカは【身体強化】四十倍で多頭蛇をめった斬りにする。
その間に、お食事中だった魔物の群れにもミカの存在が見つかり、飛びかかってきた。
「チッ!」
ミカは舌打ちをすると、そのまま逃走することを諦め、地上に下りる。
こいつらをある程度叩いてからでないと、逃げることすら難しそうだ。
地上にさえ下りれば、ミカの全力の機動は音速を超える。
魔物の猛攻を掻い潜り、ミカは短剣で多頭蛇を斬りまくった。
ガキーンッ!
しかし、ミカの振り下ろした短剣を、半人半蛇が両手に持った剣で受け止めた。
その際に、ミカの短剣が折れてしまう。
市販の短剣では、ミカの全力には耐え切れなかったようだ。
「クソがっ!」
半人半蛇の持つ剣は相当にいい物らしい。
ミカの短剣だけが折れていた。
半人半蛇は四本の腕を器用に使い、ミカに斬撃の雨を降らせる。
ミカは半人半蛇と多頭蛇に囲まれながらも、その猛攻を躱した。
躱しながら、”石弾”と”風刃”を使い、魔物たちにダメージを与えていく。
その時、背中にぞわぞわと何かが上ってきた。
ミカは咄嗟に斜め前に飛び込み、包囲の隙間から外に逃れる。
その瞬間、ミカの背後にいた多頭蛇がブレスを吐いたようだ。
おそらく、あれが石化の原因の一つ。
他の手段がないとは限らないので、一応目は瞑ったままにしておく。
「ったくよぉ! しつこ過ぎんだろっ!」
謝りますんで、お願いだから帰してください。
そう心の中で思いながら、ミカは魔法具の袋から聖剣ナマクラ様を出す。
「フッ!!!」
ミカは全力で突撃し、半人半蛇と多頭蛇の群れの中を縦横無尽に駆け回る。
そうして、全力のナマクラ様で撲殺しまくった。
グチャドシャブチャガギンッゴシュグチャガギンッドシャグチャゴシュッ!!!
通り過ぎ様に多頭蛇の頭を潰しまくり、半人半蛇の剣をへし折りながら頭を潰す。
こんな状況だというのに、ミカの中で気分がどんどん高揚していた。
気がつくと、つい口の端が上がってしまっている。
(だめだめ。 油断は禁物だって。)
ミカは半人半蛇の剣を頭を下げて躱しながら、意識して表情をキリッと引き締めた。
強い魔物がいると、勝手にわくわくしてしまうのはミカの困った病気だ。
暴風のように暴れまくるミカにより、魔物の群れが瞬く間に死骸の山に変わる。
どこからか集まってきた半人半蛇や多頭蛇も含め、瞬く間に死骸の山を築いた。
「フゥーーーーー……ッ!」
ミカはビュッとナマクラ様を一振りして血糊を飛ばすと、一体だけ残った半人半蛇にナマクラ様を向ける。
「残りはお前だけだぞ。」
ミカは目を瞑ったまま、呟く。
この半人半蛇の持つ剣は、他の物とは違うようだった。
何度となくミカが斬りつけたが、すべて受け止められた。
他の半人半蛇たちは、剣ごと叩き潰してきたというのに。
勿論この半人半蛇に、ミカの言葉は伝わっていないだろう。
だが、四本の腕をゆっくりとくねらせ、まるで「いつでも来い」と言わんばかりだ。
「いいねぇ。 行くよ?」
そう言ってミカは一瞬で半人半蛇の背後に回る。
半人半蛇は器用にくるりと半回転すると、そのまま横薙ぎにミカの首を狙う。
ミカはその剣をナマクラ様で弾くと、全力の連撃を繰り出す。
ガギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギンッ!!!
ヤロイバロフとオズエンドルワを相手にした時のような、ミカの猛攻。
縦横斜め上下からの止まらぬ連撃。
だが、半人半蛇はその連撃をすべて受け止める。
四本の腕を駆使し、ミカの猛攻を防いでみせた。
(うっそだろ!? ヤロイバロフだって受けきれなかったのに!)
いくら腕が四本あろうと、そんなことで受けきれるものではない。
(こいつ、本当に強い!)
ガギンッ!!! グチャッ!
だが、その終焉は突然に訪れる。
半人半蛇の持つ剣の一つがナマクラ様を受けきれなくなり、折れてしまったのだ。
ミカの振り抜いたナマクラ様が半人半蛇の頭を潰し、何とか倒すことができた。
ミカは、しばらくそのまま立ち尽くす。
「ハアァーーーーーーーッ……!」
そうして、ミカは大きく息を吐き出し、ゆっくりと目を開いた。
おそらく、もう大丈夫だろう。
ミカは想像もしなかった強さを見せた半人半蛇を見下ろした。
そして、思わず両手を合わせて冥福を願った。
強かった。
本当に強かった。
まさか、こんなにも強い魔物がいるとは思いもしなかった。
明暗を分けたのは、ただ得物の差でしかない。
ミカは合わせていた手を解くと、半人半蛇の持っていた剣を拾う。
珍しい剣だ。
うねうねと曲がった、まるで蛇のような形状の剣。
「ごめん。 これ、貰ってもいいかな?」
そんなことを呟き、ミカは四本の剣をすべて拾うと魔法具の袋に仕舞う。
一本は折れてしまったが、それも大切に仕舞った。
ミカは、この半人半蛇の剣を欲しいと思った。
これほどの強さを持った魔物を、他に知らない。
この半人半蛇のことを忘れないように、持っていたいと思ったのだ。
「ありがとうな。」
勝手に持って行って、ありがとうも何もないが、ついそんな言葉が出てしまった。
その時、ミカは遺跡の一画がちかちかと光っていることに気づく。
半人半蛇との戦いに夢中で気づかなかった。
そもそも戦いの間はずっと目を瞑っていたので、気づかなくても当たり前ではあるが。
ミカが遺跡の光っている場所に行くと、多頭蛇の死骸が転がっていた。
そして、その多頭蛇の血が、明滅する精霊球らしき物に付着していた。
んー……、とミカは考え込む。
おそらく、この多頭蛇はさっきミカが吹っ飛ばしたうちの一体だろう。
そして、この精霊球にぶつかった。
そしたらなぜか、この精霊球が明滅を始めた?
ミカは首を傾げる。
「あははは……。」
んな、アホな。
「五千年から八千年前の遺跡やぞ。」
稼働する訳がない。
これは何かの間違いだ。
気のせいだ。
ミカがそんなことを考えていると、精霊球からプスプス……と音がし始め、周りから煙が上がる。
「おわ!? やばいっ!?」
ミカは咄嗟に距離を取る。
その瞬間、ボフッ……と煙が立ち上った。
そして、精霊球の明滅も止まる。
「…………………………………………。」
もしかして、壊した……?
………………。
「や、やだなあー。 元々壊れてたに決まってんじゃん。」
何言ってんの?
五千年も前の物が動く訳ないでしょ?
「さーて、クエストも終わったし、帰るかね。」
ミカは、自分に言い聞かせるように声に出す。
残念ながら、騎士たちは魔物のご飯になりました。
悲しい、実に不幸な事件だったね。
「ということで、お疲れ様でした。」
ミカは半人半蛇の方にぺこりと一礼すると、空から戻ることにした。
一応、煙を出していた遺跡には”水飛沫”をバッシャバッシャと浴びせてきました。
森林火災は怖いからね。
そして、サーベンジールの冒険者ギルドに行ったら、一体だけ新種の魔力が検出された。
あの強かった半人半蛇、もしかして変異種だったのかな?
それと…………あの森に棲みついてるのは、凶暴な魔獣だという話。
まさか、あんなに強かった半人半蛇よりも、もっと強い魔獣が森にいるの?




