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第224話 禁断の依頼




「これは、王家が保有する爵位です。 ミカ。」


 真剣な眼差しで、クレイリアが真っ直ぐにミカを見る。

 その言葉を聞き、ミカは背もたれに寄りかかり、大きく溜息をつく。


「…………最近、こんなのばっか。」


 項垂れるミカに、クレイリアが気遣(きづかわし)げに声をかける。


「大丈夫ですか、ミカ? 一体、何に巻き込まれているのです?」

「巻き込まれるっていうか、ほぼ自業自得?」


 そう力なく笑って見せるミカに、クレイリアがすっと手を伸ばす。


「ミカ。」


 クレイリアに促され、ミカは差し出された手に自分の手を重ねる。

 クレイリアはミカの手を取ると、両手で包み込むようにした。


「私には、ミカが何をしているのかは分かりません。 ですが、一度伴侶となると決めた相手です。 何があろうと、それは変わりません。」


 そうして、ぎゅっとミカの手を握る。


「クレイリア……。」


 ミカは、この時初めてクレイリアの覚悟の重さを知った。

 侯爵(おっさん)が強引に進めた婚約。

 クレイリアの意思など関係なく、将来の相手を決められる。

 それでも、クレイリアは揺らがなかった。


(結局、ずっと二人で話し合うような時間が作れなくて、そのままになってたな……。)


 こんなにも真剣に考えてくれていたのかと、初めて知った。


(考えてみれば当たり前か。)


 あのクレイリアが、適当な気持ちのままでいる訳がなかった。

 強引に進められたと反発しているミカを、きっと悲しい気持ちで見ていたのだろう。

 決して、口には出さないけれど。


「ごめん、クレイリア。 いつもいつも、迷惑をかけてばっかりだね。」


 ミカがそう言うと、クレイリアが柔らかく微笑む。


「迷惑なんてかけられていませんわ。 …………ただ、ちょっとだけ驚かされるだけです。 いつもね。」


 その言葉に、ミカは思わず笑ってしまった。







 それから、爵位の扱いなどについていろいろと教えてもらった。

 上級貴族だと複数の爵位を持っていることも普通で、それは王家も同じだそうだ。


「貴族家の名前…………貴族家の総数は、増えたり減ったりは普通にあることです。 叙爵されたり、跡取りが途絶えたり。 あとは統合されて消滅することがありますからね。」


 クレイリアは視線をやや上にし、思い出しながら説明をしてくれる。


「跡取りが途絶えた場合、王家が保有したり、国の預かりにしたりとその時々で対応は様々です。 この辺りは法で定まっているのですが、正直複雑過ぎて私でも理解はできていません。」


 爵位の管理は王宮の業務の一つで、非常に面倒な法があるそうだ。


「王家の保有と国の預かりを分けて考えるんだ? どっちも似たようなものに思えるけど。」

「そうですね。 ですが、たとえば臣下に下賜する時は、国の預かりから授けることが多いようです。 そして、王族に貸す場合には王家保有を貸します。」

「貸す? 爵位を?」


 ミカが聞き返すと、クレイリアが頷く。


「ムンバーロ子爵は、正にそうして貸し出した爵位だと思います。」


 普通、貴族家の名前と領地はセットだ。

 だが王家や国の預かりとなった貴族家の名前は、一旦領地と切り離されると言う。

 領地はすべて王家直轄とし、代官が置かれる。

 これら王家や国の預かりの貴族家を、正式に下賜したり譲った場合、再び領地と紐づけたり新たに領地を定めて与えられる。


 だが、貸すというのは本当に名前を貸すだけで、領地は王家直轄のまま。

 王族という身分を隠し、お忍びで何かする時に「その名前を名乗って良い」と許可されるだけのものらしい。


「…………それ、お忍びになってるの?」


 ミカがそう呟くと、クレイリアが苦笑する。


(平民からしたら、王族も貴族も代わりゃしねえだろ。)


 ミカからしたら理解し難いシステムだが、まあそういうものだと理解はした。


「……で、だ。 そうなると、そのムンバーロの名前を名乗っているのが誰か、だけど。」


 そうミカが言うと、クレイリアが首を振る。


「申し訳ありません、ミカ。 さすがにそこまでは、私にも……。」


 分からないらしい。


「ですが、以前にお茶会で少し話題に上がったことがあります。 王族で、そうしてお忍びで出掛けられる方がいらっしゃると。」

「えーと……それって今回のムンバーロ子爵のことかは分からないけど、お忍びを実際に行ってるらしい…………という噂の人物がいるってこと?」


 ミカが確認すると、クレイリアが頷く。


「ちなみに、その方はどなた?」

「クランザード王太子殿下です。」

「おっ……!?」


 思わず、ミカは絶句する。

 とんでもない大物が挙がり、目の前がくらくらした。

 王太子が偽名使ってふらふらしてんじゃないよっ!?


 その時、部屋のドアがノックされた。


「クレイリア様。 どうかされましたか?」


 部屋の外から、騎士が声をかけてきた。


(やっべ。)


 つい、声が大きくなってしまったようだ。


「な、何でもありませんっ。」


 クレイリアが慌てて返事をするが、廊下の騎士が少々訝しんでいるのが”地獄耳(ビッグイヤー)”で伝わってくる。


「ありがと、クレイリア。 助かったよ。」


 ミカは小声でそう言うと立ち上がり、急いで窓に向かう。


「ミカッ! お気をつけて!」


 クレイリアは窓から外に出ようとするミカに、縋るように小声で声をかけた。

 ミカは微笑みながら人差し指を口に当てると、窓を出て、ゆっくりと宙に浮かび上がる。

 クレイリアは口元を手で覆い、目を見開いてミカを見ていた。


「おやすみ。 じゃね。」


 そう言い残し、ミカは一気に上空に舞い上がった。







■■■■■■







 ミカは翌朝、言われた通りに南門へ行き、紋章を見せた。

 するとすぐに一台の馬車がやってきて、それに乗るように指示される。

 馬車は貴族が乗るには少々みすぼらしいレベル。

 それでも箱型の客車が付いた、平民が乗るには十分立派な馬車だ。


 ミカが言われた通りに馬車に乗ると、そのまま出発。

 馬車には御者が一人いるが、御者台は客車の外。

 乗っているのはミカ一人だけだった。


(何の説明も無しかよ。)


 どこに行くなどの説明もない。

 昨日クレイリアに教わった内容を考えれば、最大限に警戒するのも分からなくもないが、呼びつけておいてこれはどうなのだろう。


(……もう、なるようになれ。)


 少々やけっぱちな気持ちで、左腕につけた腕輪をそっと撫でる。

 すでにミカは【身体強化】を四倍にまで上げていた。

 いつでも出力を引き上げ、馬車から飛び降りる心積もりでいる。


 警戒し過ぎか?とも思うが、相手は王族。

 しかも、今のところ王太子が可能性としては濃厚。

 この国で法の適用されない三人のうちの一人に呼び出された可能性を考えると、とても油断する気にはなれなかった。

 それも、王太子としてではなく、お忍びの方の名前を使ってなのだから。


 そうして馬車は第一街区のはずれの方にある、少々鄙びた屋敷に着いた。

 着いた、とは言ってもここは敷地の外だ。

 門の前に着き、そこに馬車が停車した。

 御者がドアを開け、ミカに下りるように無言で促す。


 馬車を下りると、目の前の門は少しだけ開いていた。

 そこに入るように手で示され、ミカは溜息交じりに従う。

 ミカが門を潜ると、御者が何も言わずに門を閉める。

 ガシャガシャガシャンという耳障りな音を立て、門にチェーンを巻き、外から鍵をかけられた。

 そうして、そのまま馬車は走り去ってしまう。

 その光景をミカは黙って見ていた。


(…………これは、演出か……?)


 本気でミカを害するつもりなら、普通に招待してお茶にでも毒を盛ればいい。

 もし本当に王太子なら、そうしても何ら罪にならないのだ。

 ここまで演出して、それでも警戒しないような奴は、そもそも戦いの場に身を置く者ではないだろう。


(これから仕掛けるぞ。 警戒しろ。)


 そう言っているように感じる。


 立場上、ミカに否は選べない。

 王太子だか他の王族だか知らないが、気が済むまでお付き合いするしかない。

 ミカは魔力範囲を二十メートルまで伸ばした。

 満たす魔力は少々薄いが、周囲の状況の把握が可能なレベルで保てている。


(魔力安定の魔法具様々だな。)


 ”吸収翼(アブソーブ・ウィング)”を出さなくても、この範囲の把握が可能になった。

 そして、耐久力上げ上げの、盛り盛りの腕輪もある。

 これで、暴力でどうにかされることは、ほぼないだろう。


 ミカは門を離れ、屋敷に向かって歩いて行く。


(……四人……五……六人。)


 そうして、庭園の茂みに隠れる者の数を数える。

 さすがに半径で二十メートルも魔力範囲を展開しているので、隠れているのが丸分かりだ。


 シュッ!


 斜めやや上から、何かが魔力範囲に侵入する。

 ミカはそれを軽く横に移動して躱した。

 弓矢だった。


(……ひでえな、おい。 屋敷のバルコニーからか?)


 正面にある屋敷の、二階のバルコニー辺りに射手がいる。

 続けて更に二本の弓矢が飛んで来るが、一本を躱しながらもう一本を素手で掴んだ。

 ミカが弓矢をぽいっと捨てると、茂みに隠れていた者たちが姿を現す。


 全員が賊っぽい恰好をしているが、姿勢は綺麗だ。

 動きや配置を見る限り、正規の訓練を受けている。

 建物の陰からも数人が飛び出し、包囲に加わる。

 六人に囲まれ、その外にも四人を配置していた。


(……これで全部か?)


 バルコニーの射手を合わせて、相手は十一人。

 他に潜んでいる可能性もある。

 油断せずに相手をしなくては。


(こんなので怪我するのも馬鹿らしいし。)


 ミカがそんなことを考えながら視線を横の賊に向けると、反対の位置の賊が斬りかかる。

 一人が斬りかかると、次々に周囲の賊が連携して斬りかかってきた。

 ミカはそれを素早く躱し、包囲を破って屋敷に近づく。

 だが、包囲の外に控えていた賊がカバーに入り、すぐに包囲を修復した。


(えらく練度が高いな。)


 正直、第五騎士団の騎士たちよりも練度が高い。

 賊の一人ひとりが、第五騎士団では隊長格に匹敵するような剣の腕を持っている。


 ミカは次々に迫る剣を躱しながら、バルコニーの射手にも意識を向ける。

 すでにバルコニーも魔力範囲に入り、射手の動きも掴めていた。

 だが、射手はもう打つ気がないのか、矢もつがえずにじっとしている。


 ミカはいくつもの剣を躱しながら、なるべく包囲の薄い場所へとポジショニングに気を配る。


(同じ全方位の攻撃でも、エン・バタモスの群れの方がおっかないね。)


 ひたすらに殺到し、食欲を剥き出しに襲い掛かる魔獣の方が余程恐ろしい。

 賊たちはミカの隙を突いてくる嫌らしさがあるが、怖さは感じなかった。


(……イラッとはするけど。)


 それまで躱すだけだったミカが、一瞬だけ反撃するような素振りを見せた。

 その途端、賊たちは警戒して体勢を整え、距離を取る。

 その動きに、ミカは思わず笑いそうになってしまった。


「どちらがお望みですか? 叩きのめされましょうか? それとも、叩きのめします?」


 ミカはバルコニーを見上げ、声をかけた。

 バルコニーには、射手の他にも身を潜めている者が二人いる。

 おそらくだが、この二人のうちのどちらかがムンバーロ子爵ということだろう。


 ミカが声をかけると、賊たちが戸惑い、それでもすぐにミカに剣を向けた。


「……分かった。 もう良い。 そこまでだ。」


 バルコニーから声が降り、賊たちが剣を収める。

 賊は一人が屋敷のドアを開けると、四人がミカの周囲に付いた。

 残りは敷地や屋敷内の警備に回ったようだ。


 賊に案内され、二階へ。

 屋敷の中にはあちこちに騎士がいて、見えるだけでも十人以上の騎士が警備していた。

 そうしてバルコニーに着くと、身なりの良い如何にも武人といった感じのおっさんと、そのおっさんを守る騎士が多数。


 ミカは案内されるままにおっさんの前まで行くと、その場で跪いた。

 このおっさんの顔には見覚えがある。

 確か、在位二十年記念パーティで見かけた王太子が、こんな顔だった憶えがある。


「いつ気づいた。」


 そんな声が頭の上に降る。

 ミカは跪いたまま、顔を上げずに答えた。


「何にでしょうか? 王太子殿下のことでしょうか? それとも、賊の振りをした近衛騎士のことでしょうか?」

「すべてだ。 いつから怪しんだ?」


 王太子は少々悔しそうだ

 声からそれが伝わってくる。


「いつと言われましても……最初から怪しかったですし。 何かを仕掛けてくるのはすぐに分かりました。 試すだけなのは、弓矢で確信しました。」

「弓矢? 弓矢がどうした。」

「鏃が丸かったので。」


 飛んできた弓矢を掴んだ時、たまたま見た鏃が丸い球体だった。

 それでも当たれば怪我はするし、目に入れば脳にまで行く可能性はある。

 まあ、一応は配慮してるんだな、というのは何となく分かった。

 これで配慮だと思ってる辺りは、ぶん殴ってやりたいところだが。


 バルコニーから眺めていただけでは、弓矢を掴んだことまでは気づかなかったのか、王太子は絶句した。

 王太子の斜め後ろに控えていた老騎士が小声で声をかけ、ようやく我に返る。

 王太子は軽く咳ばらいをすると、妙なことを言い出す。


「其方。 私のところに来ぬか?」


 王太子の突然のスカウトに、その場にいた騎士たちが少しだけざわついた。


「本日の用件は、そのことでしょうか。」

「いや、それはまた別の話だ。」

「そうですか。 ご命令とあらば否はございませんが、魔法士の義務とどちらが上位にあたるのか判断がつきません。 申し訳ありませんが、即答は致しかねます。」


 ミカがそう答えると、王太子は僅かに唸った。

 王太子の命令ならば従いますが、法律とどっちが優先するものなのか分かりません。

 さすがに法律を破ってまでは難しいよね、という無難な回答だ。


 王太子自身は法に縛られないが、その臣下まで法の適用外という訳ではない。

 更に言えば、この場にいる騎士はすべて王太子の臣下ではない。

 あくまで、国王に忠誠を誓った騎士だ。

 次期国王が内定しているとはいえ、自分の臣下を持っている訳ではないだろう。

 内緒で忠誠を捧げている騎士がいるかもしれないけどね。







 そうして場所をバルコニーから室内に移し、人払いがされた。

 部屋にいるのはミカ、クランザード王太子殿下、そして王太子の警護の責任者らしき老騎士の三人。


「其方にはこれを頼みたい。」


 そうして老騎士がテーブルに置いたのは、魔法具の袋だった。


「変わった【技能(スキル)】を持っている者の話は耳にしていたが、信じる気になれなくてな。 そうして様子見をしている間に、依頼することを禁止されてしまった。」


 王太子がバツの悪そうな顔をして、簡単に事情を説明する。


「王城ではすでにいくつも中身を取り出し、失敗したこともないという。 ならばと決心し、何としても依頼したいと相談をしたら、こうして呼び出す案を提示された訳だ。」


 王太子の話を聞き、ミカはやれやれと項垂れてしまった。


(……だからギルドは何も言わなかったのか。)


 依頼内容を知ってしまうと、受けることができない。

 国からの命令を、明確に無視したことになってしまうからだ。

 そこで、「依頼内容は分からないけど、貴族様から命じられて仕方なく」という体裁を取ったという訳だ。

 くそ……、そういうことはこっちにも話を通せよな!


 シェスバーノは、ムンバーロ子爵が王太子だということが分かったのだろう。

 こうした、王族が身分を隠すための貴族家の名前は、それなりに上位の者にしか明かされないのだろう。

 本来シェスバーノは知る立場にいたようだが、他の隊長に聞いてようやく思い出した、という訳だ。


 情報屋も、さすがに王太子が隠れ蓑に使っている貴族家の情報は、簡単には話せないのだろう。

 紋章のことは話せても、それを王太子とセットにしての情報は、金では話してくれなかった。

 別の、もっと貴重な情報となら交換してくれたかもしれないけど。

 噂の錬金術師の正体、とか。


 ミカはここ数日のモヤモヤを思い出し、顔をしかめた。

 理由も分かり、納得もしたが、腹の虫が治まらん。

 まったく……面倒をかけやがって。


 ミカが少々鼻息を荒くしていると、老騎士がコトンとテーブルに大金貨を置く。

 三枚。


「報酬は大金貨三枚だ。 絶対に成功させてほしい。」


 王太子の言葉に、ミカはちょっとびっくりする。

 どうやら、ちゃんと報酬を支払うらしい。

 それも、引き揚げ(サルベージ)の依頼では破格の三百万ラーツも。


(王城での引き揚げ(サルベージ)は踏み倒し放題だけど、王太子は払う気があるんだ。)


 これには、素直に感心する気持ちになった。

 そんなミカの様子に、王太子が苦笑する。


「王城では報酬を出していないそうだな。 まあ、学院生も宮廷魔法士も、どちらも命令に従うのが当然と思っている連中だ。 平民の生活など報告は聞いても、実際に見たことはないだろうしな。」

「殿下は見たことがあるのですか?」


 ミカがそう聞くと、老騎士が顔をしかめた。


「最近はほとんど行くことはないが、昔は平民の振りをして騎士たちとよく飲みに行ったものだ。 第二街区の酒場で酔っぱらってな。 他の酔っぱらいと大乱闘になって、騎士団の牢にぶち込まれたこともあるぞ。 はっはっはっ。」

「え”っ!?」


 あんた、何やってんの!?

 王太子を牢にぶち込むとか、ぶち込んだ方が青くなるわっ!

 王太子は若気の至りとばかりに笑って話すが、それ周りは笑い事じゃないからなっ!


 背後に控えた老騎士が疲れたような顔になるが、きっとその頃から仕えてんだろうな、この人。

 当時はまだ王太子ではなかったようだが、中々に無茶なことを仕出かしてきた王子らしい。

 そんなんで、よく王太子になれたな。


 ミカが呆れたような顔で王太子を見ていると、老騎士が咳払いをして話を引き戻す。

 ミカは我に返り、魔法具の袋に手を伸ばした。


「確かにこれまで失敗はありませんが、だからと言って絶対に成功するとは保証できません。 僅かでも消失(ロスト)を嫌うのなら、止めた方がいいと思います。」


 そう言って、どうするかと再度確認する。

 王太子はつらそうな表情になり、逡巡した。


「…………頼む。」

「分かりました。」


 細心の注意を払えば、ミカも失敗はしないだろうと思っている。

 だが、何が起こるかは分からない。

 そのため、やはり消失(ロスト)に関しては覚悟してもらわないとならない。

 もっとも、いくら確認したところで、実際はそんな覚悟などできないだろうが。

 これはあくまで、ミカが「いいましたよね」と言えるように念押ししているに過ぎない。


 そうして魔法具の袋に干渉し、いつも通りに無事終了。

 袋の中に手を入れると、奇妙な感じがした。


(これって……。)


 そうしてミカは中身をテーブルに置いていく。

 ブローチ、髪飾り、首飾りなどの装飾品。

 いくつもの人形やぬいぐるみ、オルゴール、楽器、本。

 中に入っていたのは、子供向けのもの。

 それも、女の子の持ち物のようだった。


 次々にテーブルに置かれる品に、王太子は震える手で恐々と触れ、老騎士は痛みを堪えるような顔になった。


(もしかして、娘さんの?)


 王太子は四十代の前半くらいに見える。

 子供どころか、孫がいても不思議はない。

 王太子は声にならず、ただ熱の籠った吐息を漏らしてブローチなどを手に取り、愛しむように撫でていた。


 ミカは老騎士に促され、退室することにした。

 ミカが老騎士の後についてドアの方に向かうと、


「…………ありがとう……其方のこと、決して忘れぬ……。」


 ぼそりと、呟くような声が耳に届いた。

 振り返ると王太子は人形を手にし、静かに涙を零していた。

 ミカは何も言えず、ただぺこりと頭を下げ、その部屋を出た。







 若干振り回されながらも、謎の指名依頼を無事に片付けることができた。

 残り二週間の休暇を、ミカはゆっくりと過ごすことにした。


 ところが、この数日後。


 帝国軍、動く――――。


 との報が、王都にもたらされた。

 いよいよ五十年以上続いた安寧の時代が幕を下ろし、戦乱へと突入しようとしていた。





 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

 第4章 魔法学院中等部編はこれにて完結です。

 次回から第5章 魔法学院高等部編となります。


 本当に多くの方に読んでいただけて嬉しい限りです。

 なのに、相も変らぬ拙文で心苦しい限り……。

 頭の中でイメージしていることを上手く文章で表現できず、毎日首を傾げています。

 それでも、折角読んでくださっている方に少しでも楽しんでいただけるよう、無い知恵を振り絞り書いていこうと思っております。


 それでは、第5章も引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
腕輪は魔力波のリンギングを防ぐ高周波カットのフィルタみたいなものでしょうか
[良い点] クレイリアがミカにケーキで復讐しちゃう子で良かったなと思う。ただ弱く落ち込む子じゃなくて。ミカに敵わないと知っていてもやり返すwithケーキな子で。 王太子のいる邸で、『賊』に案内される…
[良い点] 王太子の性格 [気になる点] 王都に入り込んだ神の子が嫌ね
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