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第223話 謎の子爵




 土の3の月、3の週の土の日。

 冒険者ギルドに呼び出され、ミカは午前中からギルド本部に来ていた。

 そうして通された応接室。

 ミカの前には担当だという職員と、なぜか出張ってきたギルド長が座っていた。


 ソファーに座って話を聞いていたミカが、不機嫌さを隠さずに溜息をつく。


「昨日に続いて、今日もこれで帰れですか? 何なんですか?」


 そう言うミカにギルド職員は恐縮し、ギルド長は目を瞑って座っているだけ。

 もう一度ミカは溜息をつく。


 昨日、ギルドの第二支部から呼び出しを受け、本部に行くように指示された。

 指名依頼だということだけは聞けたが、あとは本部に行ってから、という話。

 そうして本部に来てみたら、来週の月の日は空いているか、との確認。

 しかも、依頼内容についての説明もなし。


「指名依頼だって聞きましたけど?」

「そ、そうです。 折角の指名依頼なので、是非とも――――。」

「指名依頼なら断れますよね。 お断りします。」


 ミカが指名依頼を断ると言うと、職員が青い顔になった。


「呼びつけておいて、スケジュールの確認だけしたら帰れ? これって、来週もまた同じことするんじゃないですか? しかも、依頼内容もギルドでは説明できないって。 何のためのギルドですか。」


 ギルドは依頼内容を確認し、達成の難度や危険度などから相場を判断する。

 指名依頼に関しては、依頼内容と報酬の確認だけで、判断は冒険者に委ねられる。

 だからこそ、指名依頼には断る権利が冒険者に与えられるのだ。


 それにしたって、依頼内容も報酬も把握せずに話を持ってくるのでは、ギルドの存在意義がない。

 こんなの、ただ掲示板に依頼を張っておくのと変わりがないではないか。


「腹を立てる気持ちも分かるが。 これは断らん方がいい。」


 おろおろする職員を一瞥し、それまで黙っていたギルド長が口を開く。

 どうやら、こうなることを見越してギルド長が同席したようだ。


「ギルドが異例の対応をする。 つまり、そうするだけの理由があるということだ。」

「理由……。」


 ギルド長に言われ、ミカは心の中のイライラを鎮める。

 静かに深呼吸を繰り返し、少しだけ落ち着いた。

 正直、振り回されることへのイラ立ちが無い訳ではないが、それでも少しだけ考えられるようになってきた。


「ギルド長は、何かご存じなんですか?」


 ミカがそう聞くが、ギルド長は答えない。

 だが、職員に目配せすると、職員はテーブルに置いていた小さな木箱をミカの前に置いた。

 木箱は、ミカの手のひらに乗る程度の大きさだ。


「それを持って、来週の月の日に第一街壁の南門に行きなさい。 門番をしている騎士に見せ、あとは向こうの指示通りに。」


 ミカは木箱を手に取り、中身を確認する。


貴族家の紋章(ファミリークレスト)……?)


 首から提げるメダルのように、上部に紐を通すような突起がついているが、今は紐はついていない。

 ただ紋章だけが収められている。


(紋章に、第一街壁の南門。 ……依頼者(クライアント)は貴族か。)


 また厄介な相手か、とミカはうんざりした。

 クレイリアの婚約者になったとは言え、ミカはまだ平民だ。

 何より、レーヴタイン侯爵とは絶賛仲違い中。

 毎年続けられていた侯爵(おっさん)との面談が、今年はセッティングされていなかった。

 まあ、これはミカが王都を出られず、侯爵も領地を離れられないといった事情もあるのだが。


「…………分かりました。」


 ミカは木箱を魔法具の袋に仕舞うと、ギルド長を見る。


「他に、何かありますか?」


 ギルド長が首を振るのを確認し、ミカは立ち上がる。

 そうして、ギルド本部を出た。

 チレンスタに会って行こうと思ったが、多忙につき、と会わせてもらえなかった。







「こいつがどこの家の物か教えてくれ。」


 ミカは帰り道で情報屋ギルドの窓口を探し、貴族家の紋章に詳しい人を呼んでもらった。

 最初はクレイリアに聞こうと思ったが、会いに行こうと思って会いに行けるものでもない。

 そのため、情報屋ギルドから情報を買うことにしたのだ。


 そうしてやって来た男に、ギルドで渡された紋章を見せる。

 男は紋章を見ると、僅かに眉を動かした。

 それから、にっこりと笑顔を見せる。


「こちらはムンバーロ子爵家の紋章になりますね。」

「ムンバーロ子爵?」


 ミカの中には、貴族に関する情報がほぼ無い。

 ミカが続きを促すように視線を向けるが、男はにっこりと微笑むだけ。


「え? それだけ!?」

「はい。」


 名前が分かったのは前進と言えば前進だが、さすがにこれだけでは何の役にも立たない。

 ミカは凝視するように男を見るが、男は笑顔を張り付ける。

 何となくの怪しさを感じた。


(…………ギルド長のあの態度。 確かに平民からしたら貴族は危険な存在だけど、子爵相手にギルド長がそこまで配慮するものなのか?)


 副ギルド長は侯爵との繋がりを匂わせて、ギルド長の動きを封じていた。

 だが、いくら貴族本人とは言え、ギルドが規則を無視して子爵に従うものなのだろうか。


(自分の領地なら分かるが、ここは王都だぞ? そんなこと許してたら、平民の生活が滅茶苦茶だ。)


 いまいち釈然としない。

 だが、情報屋の男も笑顔を張り付けたまま、何も言おうとしない。

 ミカは魔法具の袋から大金貨を一枚取り出す。


「情報料が足りませんでしたか?」


 だが、男は首を振る。

 どうやら、料金を上げても情報は出ないようだ。


 ミカは男から情報を引き出すのを諦め、第五騎士団の詰所に向かった。







 ミカが第五騎士団に行くと、生憎オズエンドルワは不在だった。

 その代わりではないが、夜勤明けだというシェスバーノを玄関でとっ捕まえる。

 何でも朝っぱらから迷子だという子供三人を相手にして、へろへろらしい。

 ミカは【癒し】を使ってから、件の子爵について尋ねた。


「ムンバーロ子爵ぅ?」


 ぐったりしたシェスバーノが、顔をしかめて聞き返す。

 シェスバーノの疲労は肉体的なものではなく、どうやら精神的なもののようだ。

 【癒し】を使っても、あまり回復はしなかった。


 シェスバーノの隊は赤茶けた髪の青年の捜索が終了し、普通の業務に戻っている。

 だが、元々が独立の遊撃隊のようなポジションだったようで、今日は夜勤の終わり間際になって、迷子の子供の相手をさせられていたそうだ。


 シェスバーノは頭をガリガリと掻き、眉間に皺を寄せる。


「あー……、なんか聞いた憶えがあるな。 何だっけかな……。」


 そう言って顎の無精髭をじょりじょりと撫でる。


「そういう細けえことは、ホグアジルに任せてっからよぉ。 何だったかなあ。」

「ホグアジルさんって、確か副長でしたっけ。 前にお世話になったあの人かな。」


 偽”解呪師(ディスペラー)”の時、ミカのサポートとして派遣されたのがホグアジルって名前だったはずだ。


「ホグアジルさんは今日は?」

「早番だったはずだ。 今頃は王都のどっかをほっつき歩いてるんじゃねーか。」


 いいのか、それで?

 シェスバーノの隊が大らかなのか、シェスバーノが大らかなのか。

 本当にシェスバーノの隊は機能しているのだろうか。


「まあ、ちょっと待ってろ。 その辺にいる奴に聞いてみるからよ。」


 そう言って、シェスバーノが詰所の中に入って行く。

 外で待っていると、シェスバーノがすぐに戻ってきた。

 だが、その表情は非常に渋いものになっている。


「…………なあ。」

「何ですか。」


 正に苦虫を咀嚼しているような顔で、シェスバーノが聞いてくる。


「お前……。 その名前、どこで聞いた?」

「あー……えーと。」


 ミカは返答に詰まる。

 ギルドでは名前は出なかった。

 名前は、情報屋から買った情報だ。

 シェスバーノのこの顔を見るに、紋章を出していい物か非常に悩む。


「そんなに、やば気?」

「ヤバいつーか、どヤバ?」


 シェスバーノに負けないくらい、ミカも渋い顔になる。


「…………呼び出し喰らってんですけど。 依頼だ、っ()って。」


 ミカがそう言うと、シェスバーノの顔が引き攣った。


「あー……、頑張れ。 骨は拾いに行けねーが、神々の下に導かれるように、祈るくらいはしてやる。 忘れなければ。」

「ちょっとちょっと、見捨てないでくださいよ! あ、善良な王都民が困ってますよ! 一緒に付いて来て――――。」

「本日の営業は終了しました。 またのお越しを――――。」

「化けて出てやるからなっ!」


 詰所の入口で騒いでいたら、大隊長だというおじさんに怒られました。

 シェスバーノも一緒に。


 お行儀良くしてれば、死にはしないだろうという、大変有難いアドバイスをいただき帰された。

 ちくしょーっ。







■■■■■■







 土の3の月、4の週の陽の日。

 何ともモヤモヤした感じを抱えたまま一日を過ごす。

 どうもシェスバーノの態度を考えると、ただの子爵ではなさそうだ。

 そう考えると、ギルド長の態度やギルドの対応にも、それなりに理由があったと言える。

 しかし、その理由がはっきりしないと、何とも気持ち悪い。


 と言うことで、非常手段に出ることにした。

 ミカは夜になってから家を出て、夜闇に紛れて上空に飛び上がる。

 学院の制服が黒なので、これだけでも十分に闇に溶け込むことができた。

 第一街区の上空に着くと、一軒一軒の様子が確認できる程度に高度を下げる。


「うーん、多分あそこかなあ。」


 そうして、明かりが灯っていない屋敷を窺った。


「近所の、小さい屋敷……。 隠し部屋に、秘密の抜け道。」


 以前クレイリアに教えてもらった、レーヴタイン家の別邸と通じている抜け道。

 さすがに夜間にいきなり尋ねても取り次いでもらえないだろうと、秘密の抜け道を使うことにした。

 婚約者なんて言っても、特別な扱いなんて何もありゃせんよ。

 まったく……。


 ミカは屋敷の庭に下り立ち、茂みに身を潜める。

 魔力範囲を展開し、周囲を窺う。

 そうして素早く玄関前に向かった。

 ドアノブを回すが、当然ながら玄関には鍵がかかっていた。


「どうすっかな。」


 とりあえず鍵穴から魔力を送り込み、精密な構造を把握する。


「なるほどね。」


 ミカは口の端を上げ、呟く。

 シリンダー錠だと面倒だと思ったが、構造の単純なウォード錠の方か。

 というか、まだシリンダー錠自体が存在しないか?


 ミカは内部にある『ウォード』という障害を回避するように魔力を形作り、その形を維持して鉄を作る。

 そうして作った即席の鍵を回すと、すんなり閂を外すことができた。


(……もしかして、怪盗の素質ある?)


 空から現れ、鍵を難なく開けて、お宝を持って飛び去っていく。

 今度シルクハットとタキシードとモノクルを買ってこようかと、ちょっと真剣に考えた。

 この世界でそんな恰好してたら、目立ってしょうがないが。


 鍵穴は他にもドアの上の方に一つ、下にも一つ付いていた。

 ウォードの位置や数に違いはあるが、すべて同じウォード錠。

 ミカは同様に鍵を作って、すべての鍵を開けた。


 魔力範囲を玄関内に展開し、警備がいないことを確認する。

 空き家のはずの屋敷に警備を置けば、周囲は不審に思うだろう。

 だが、警備を置かないと、こうして何者かに侵入を許すことになる。

 どちらも痛し痒しだ。


 ミカは玄関に入り込むと、展開する魔力濃度を上げて、ちょっとした隙間などにも魔力を送り込む。

 暗闇の中、屋敷中を探査して、隠し部屋を見つけなくてはならない。

 ミカは音を立てないように慎重に歩きながら、壁、床、天井と隅々にまで魔力を送り込む。

 そうして、ある部屋の本棚の裏が、空洞になっていることに気づく。

 だが、本棚を動かそうとしても、引っかかっていて動かない。

 どうやらロックがかかっているようだ。


 外側から開ける方法が分からない。

 本来は本棚にある本をどかすとスイッチがあったりするのだろうが、内側からなら簡単に開けられそうだ。

 なぜなら、内側にはスイッチらしき出っ張りが壁にあるから。


「まあ、内側は隠す必要ないしな。」


 ミカはビー玉くらいの鉄球をスイッチのすぐ横に作り出し、ゆっくりとスイッチを押すように動かす。

 すると、ガコッと音がした。

 今度は本棚がスムーズにスライドするようになった。


「……で、地下に行く階段になる訳だ。」


 本棚の後ろは通路になっているが、すぐに下り階段があった。

 ミカは魔力範囲を展開し、下り…………ようとして玄関まで引き返す。


「一応戸締りしておくか。」


 また戻ってくるかもしれないが、面倒で別邸からそのまま帰ることにするかもしれない。

 そうして、本棚も元に戻してから階段を下りる。


 ミカは魔力範囲で確認しながら、慎重に進む。

 然程広くない地下通路に、カツーン、カツーンと足音が響く。

 どうやら地下通路は一本道のようだ。


(…………足音を消すか?)


 まったく音の無い場所。

 石畳を歩くミカの足音は、意外に響いていた。


(”地獄耳(ビッグイヤー)”と同じ要領で、自分の周囲の音を減衰する?)


 だが、そうすると自分の音は漏れないかもしれないが、周りの音も自分に届かないのではないだろうか。

 ということで、足首から下だけ”地獄耳(ビッグイヤー)”のような空気を纏わせる。

 そうして軽くピョンピョンとジャンプするが、音を消せた。

 試しに思いっきり床を踏みつけると、微かに音がする。


(これは…………足音じゃなくて、石畳に伝わった振動か……?)


 空気の振動は止められても、床に伝わった振動が無くなる訳ではない。

 つまり、二階で駆け回れば二階には音はしないが、一階にはバタバタ駆け回る音が丸聞こえということである。

 便利なんだか不便なんだか。

 まあ、留意点さえ注意していれば、十分に便利な魔法か。


(魔法名は、”忍び足(ティップトゥ)”とでもしておくか。)


 この魔法は、今後きっと活躍してくれることだろう。

 特に、悪いことする時に。


 地下通路を五十メートル以上歩き、上り階段に着く。

 そうして、思ったよりも長い階段を上がって行くと、狭い通路に出た。


 ここも本棚の後ろか何かだろう。

 ミカはスイッチを見つけ、押した。

 すると、ガコッと音がする。

 意外と音が響き、一瞬どきりとする。

 スイッチを押す時は、手の周りにも”地獄耳(ビッグイヤー)”や”忍び足(ティップトゥ)”のようなものを纏っておくべきだろう。


 しばらくじっとして周囲を窺うが、気づかれなかったようだ。

 ほっと息をつく。

 壁をスライドさせると、やはりこれも本棚だった。

 本棚を戻し、部屋の中に魔力を展開する。

 このレーヴタイン家の別邸には珍しい、少し狭い感じの書斎だ。

 そして、こんな部屋にはまったく思い当たる所がない。

 まずは廊下に出て、現在地を把握しなくては。


 ミカは”地獄耳(ビッグイヤー)”で周囲の音を増幅する。


(結構いるな……。)


 それはそうか。

 屋敷の警備だけで数十人の騎士がいるはず。


 ただ、この廊下には人の気配はなさそうなので、ドアをそっと開けて魔力を広げる。

 ドアを開けたことで、音の入って来る方向にも見当がつけやすくなった。


(右が圧倒的に多いな。 騎士の待機部屋か何かか?)


 何度も来ているレーヴタイン家の別邸だが、自由に歩き回っている訳ではない。

 クレイリアや女中(メイド)に案内されての移動ばかりだ。


 とりあえずミカは、人の少ない方に進む。

 ”地獄耳(ビッグイヤー)”と魔力範囲を駆使して騎士を避けて進むと、エントランスの二階に出た。

 どうやら隠し階段は二階の部屋に繋がっていたようだ。


 ここまで来ればクレイリアの部屋は分かる。

 だが、非常に残念ながら、廊下からはクレイリアの部屋に入れない。

 部屋の前には護衛の騎士が立っているからだ。


 ミカは近くの無人の部屋に入り、一旦バルコニーに出る。

 "低重力(ロウ・グラビティ)"を使ったりしながらバルコニーを素早く進み、無事にクレイリアの部屋の横に到着。

 長かった……。


 ミカは軽く窓ガラスをノックする。

 すぐに、慎重に窓に近づく音を”地獄耳(ビッグイヤー)”が拾い、カーテンが微かに揺れて隙間が作られる。

 ミカは”照明球(ライティングボール)”で薄っすらと自分の顔が見えるようにした。

 大きく息を飲む音が聞こえ、ミカはにっこりと笑いかけた。


 クレイリアはカーテンを開けず、隙間から忍び込むようにしてカーテンの裏側に来た。


「ミカッ! 何をやってるのですかっ!」


 クレイリアは窓を開けると、囁きながら怒ると言う器用な芸を披露した。


「やほ。 こんばん、おひさ。 元気?」


 ミカはするりと室内に侵入すると、窓を閉める。


「クレイリアに聞きたいことがあってさ。 急にごめんね。 驚かせちゃって。」

「聞きたいこと、ですか?」


 ミカがちょっと困った顔になると、クレイリアが察してくれる。

 いろいろ言いたいことはあるだろうが、それらを引っ込めてミカの話に耳を傾けた。


「ムンバーロ子爵のことを知りたいんだ。」

「ムンバーロ子爵、ですか?」


 とりあえず部屋にある、テーブルに移動する。

 ミカは魔法具の袋をからギルドで渡された木箱を取り出し、紋章を見せた。


「指名依頼だ、って。 ギルド長が直々に出てきて、でも詳細も何も語ろうとしない。 第五騎士団の隊長に聞いたら、ヤバい相手らしいんだけど。 でも、詳しくは教えてくれなかった。 多分、教えられないって感じで。」

「騎士団の方が、そうそう貴族のことを教えてくれる訳はありません。 真面目な方たちのようで安心しました。」

「いやあ、あのシェスバーノだったら、知ってたらうっかり口に出すはず。 真面目とは対極にいる人だから。」


 ミカがそう言うと、クレイリアがどう反応すればいいのか困ったような顔になる。


「ムンバーロ子爵だってのは、この貴族家の紋章(ファミリークレスト)を情報屋ギルドの人に見せて教えてもらったんだ。 でも、その人も名前以外は教えてくれなかった。 こっちも言えないって感じだったよ。」

「まあ、情報屋ギルドもですか?」


 情報屋ギルドが情報を売れない、というのは変な話だ。

 大金貨を見せても売ろうとしないし、交渉すらしようとしなかった。

 こうなると、可能性は二つ。

 本当に知らないか、()()()()()では売れないか。


 ミカの話を聞き、クレイリアが頬に手を添えて考え込む。


「……ですが、そうですねえ。 私もムンバーロ子爵というのは記憶に…………。」


 そこまで呟き、クレイリアが立ち上がる。


「もしかして……。」


 クレイリアは本棚に行くと、分厚い一冊の本を取り出す。

 そうしてテーブルに置いてぱらぱらとめくっていった。


「何? その本。」

「すべての貴族家の紋章と、概要が載っている本です。 繰り返し見返さないと、さすがに憶えきれませんので。 貴族家の者なら誰でも持っていますよ。」


 貴族同士、初めて会ったとしてもお互いに名乗れば、当たり障りのない情報ですぐに会話に花を咲かせられないといけない。

 そのための基礎となる情報らしい。

 貴族って、大変なのね。


「名乗ってくださったのに、知りませんでは話になりませんもの。 現在の当主。 夫人。 家の主な功績。 領地がどこか。 どの貴族と繋がりが強いか。 そうした情報がなければ、会話もままなりませんから。」


 事も無げに言うクレイリアに、ミカはげんなりした顔になる。


「クレイリアってすごいんだね。 もしかして、全部覚えてるの?」

「まあ、大体は……。 ですが、ミカも他人事ではないでしょう?」


 クレイリアにそう言われ、ミカは目をぱちくりする。

 クレイリアが顔を上げると、ミカと目が合う。

 そうして、しばらく見つめ合うと、


「頑張ってくださいね。」


 そう、にっこりと微笑んだ。


(…………そうだった。)


 数年後には、「雲の上の世界だね」では済まなくなるのだ。

 現実を直視してしまい、ミカの心がぽっきりと折れた。

 こんなもん、憶えられるかっ!


「やっぱり。 ありましたわ、ミカ。」


 そう言ってクレイリアが本の向きを引っ繰り返して、ミカに見せる。


「ムンバーロ子爵というのは、あまり聞き覚えのない名前だと思いましたが。 それも当然でしたね。」


 クレイリアが指さす箇所に、確かにムンバーロ子爵というのが載っているが、そこはいくつもの貴族家の名前がリストとして載っているページだった。

 ムンバーロ子爵家についての詳しい内容は記されていない。


「何? このリスト?」


 怪訝そうな顔で、ミカはリストを眺る。

 クレイリアは真剣な表情でミカを真っ直ぐに見た。


「これは、ある家の保有する爵位です。 私もざっとは目を通しますが、さすがにここまでは暗記していませんでしたので、すぐには思い出せませんでした。」

「ある家?」


 ミカが聞き返すと、クレイリアが重く頷いた。


「これは、王家が保有する爵位です。 ミカ。」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 秘密の抜け道なんのために通ったんだw
[一言] 流れ的に王家だろうと思ったらやっぱり。 でも最初に思ったのが徳田新之助だった(笑
[良い点] お、ようやく王家に痛い目見させるチャンス到来か?
感想一覧
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