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【書籍版第2巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第4章 魔法学院中等部の錬金術師

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第217話 錬金術師の悪あがき




 土の1の月、4の週の火の日。

 王都の大混乱から三週間ほどが経ち、すっかり落ち着きを取り戻した。

 ただ、関係者はその間も大忙しで、勿論ミカもそのうちの一人だ。







 第五騎士団では、赤茶けた髪の青年の調査が進められた。

 だが、身元から何からすべてが不明。

 所持品と言える物は魔法具の袋のみ。

 その魔法具の袋にも着替えとお金、動物の牙で作ったと思しき首飾りしか入っていなかった。


「所持金は九千万ラーツを超えていた。 後はグローノワと通商連合の通貨も入っていた。 こちらはそれぞれ数百万ほどだが。」


 オズエンドルワはいつもの団長室で椅子に座り、机には魔法具の袋と首飾りが置かれている。


「随分とお金持ちですね。 ”黒い繭(アートルム)”の管理ってそんなに儲かるんですか?」


 そんな感想を漏らすミカに、オズエンドルワが肩を竦めた。

 まあ、まともに労働で給料を貰ってる感じではないのは、オズエンドルワも分かっているのだろう。


「個人の資産というよりは、活動資金と捉えるべきだろうな。」


 少々うんざりした表情で、オズエンドルワがコツコツと指先で机を叩く。

 ミカが第五騎士団の詰所に来たのは、オズエンドルワに呼ばれたからだ。

 青年の所持していた魔法具の袋は魔力登録などされていない物だったので、ミカがいなくても取り出すことができた。

 だが、他にも何か気づくことがないか、とミカに調べてほしいということだった。


 そうして魔力を送り込んでみるが、特に不審な点はない。

 ただし……。


「構造が、他のパターンと違いますね。」

「他のパターン?」


 ミカは王城で引き揚げ(サルベージ)させられていると、大きく分けて二つの魔法具の袋があることを説明する。

 その違いが何の違いなのかはミカにも分からないが、これまでは二つに大別することができた。

 だが、青年の持っていた魔法具の袋は、そのどちらとも違う内部構造をしている。


「製造国の違い……?」

「僕が勝手にそうなのかなって思ってるだけなんですけど。 何せ、王城では何も教えてくれないので。」

「まあ、それは仕方ないな。」


 オズエンドルワが苦笑する。

 そして、魔法具の袋に入っていたとされる首飾りだが……。


「こちらは呪いが宿ってますね。 ただ、呪いそのものは大して強くはないです。」

「呪われた首飾り……。 何でそんな物を……?」


 そう言って、オズエンドルワが怪訝そうな顔になる。

 だが、ミカからすると然程不自然にも思えなかった。


(年がら年中、呪物の解呪をしてるからかな。 呪われてる物を持ってる人がいても『ふーん、そう。』くらいしか感想がないな。)


 案外、持ってる人もいるんだね、とか思ってしまう。

 実際は王国中から集まって来てるので相当に珍しい物なのだが、感覚が麻痺してしまっていた。


「これならすぐ解呪できますが、どうします?」

「いや、これはそのままにしておいてくれ。 何が手掛かりになるか分からないからな。 そのままにしておこう。」

「分かりました。」


 オズエンドルワに言われ、首飾りを机に戻す。


「”黒い繭(アートルム)”については上層部(うえ)に報告してある。 まあ、取り除くという対応で問題ない。」


 オズエンドルワの独断でミカに処理を頼んだが、特に咎められるようなことではないそうだ。

 まともに調査できるような者はいない、というオズエンドルワの判断を上も認め、取り除けるなら取り除くべきという意見は支持された。


(いちいち上にお伺いなんか立てずに、即断実行する権限があるんだね。)


 事後に報告はするし、間違った判断なら後から責任を取らされるのだろうが、現場指揮官として中々の権限を持っているようだ。


(まあ、一つひとつの判断を上に伺ってたら、『何のための階級だ?』ということなんだろうな。)


 王都の治安維持を任された騎士団長というのは、元の世界では警視庁の幹部くらいには偉いのかもしれない。

 規則やマニュアルに雁字搦めの警察よりも、もっと個人の裁量に任せた運営がなされているようだが。


 ちなみに、赤茶けた髪の青年を斬ったことに関しては、まったく問題になるようなことではないそうだ。

 人違いだったら怒られるじゃ済まないが、騎士を殺害しようとした危険人物であることは分かっているので、オズエンドルワが斬ると判断したならそれで良いそうです。







 第五騎士団でそんなやり取りがあった数日後、今度は教会に呼ばれた。

 最後に残った”黒い繭(アートルム)”の解呪の日程が決まったのだ。


 指定された日に教会に行き、とりあえず解呪を行う。

 その場には教皇となったブラホスラフ、枢機卿となったワグナーレ、司教になったというカラレバスなどもいた。

 その他、何十人という聖職者たちがミカを見守る。

 解呪された際の唸り声に驚き、皆が一斉に神々に祈り始めた時はちょっとびっくりした。


 ちなみにこの世界の教皇は、過去の聖人から名前を貰ってきたりはしません。

 普通に、そのままの名前を名乗ります。


「すまんのぉ、ミカよ。」

「これくらいはお安い御用ですよ。」


 ミカの作業を見守ていたキフロドが、解呪が済むと声をかけてくる。

 教皇たちもミカに礼を述べると、すぐに立ち去った。

 片付けなくてはならない問題が多く、彼らは大変お忙しいそうです。

 何やら国から無理難題を吹っ掛けられているそうで、心労も半端ではなさそうだ、とはキフロド談。

 教皇なんぞなるもんじゃないの、とぼそりと呟いていたのをミカはばっちりと聞いていた。


 キフロドと話をしていると、当然話題はあの時のことになる。


「しかし、神々の奇跡を生きている間に見れるとは思わなんだ。 ええ冥途の土産になるの。」

「また、そんな縁起でもない。」


 軽い口調のキフロドに、ミカが苦笑する。

 光神教にも、天国や地獄といった概念は存在する。

 死ぬと神々の下に導かれるという考えが基礎にあり、神々の教えを蔑ろにする人はその導きがなく、地中深くに沈む。

 永遠に”魔”に属する者たちの世界に閉じ込められる、ということらしい。


「今回のことでは、教会は本当に大変でしたね。 ただでさえ大変な時だっていうのに。」


 ガタガタになった教会を立て直している最中の、未曽有のトラブル。

 だが、むしろ教会関係者は喜んでいるという。


「あれほどの奇跡に立ち会えるなど、これほど光栄なこともないからの。」


 と、いうことらしい。

 人々は教会の危機と、今回の奇跡を結び付けて考えているようだ。


「教えに背いていた教皇らが失脚し、新たな教皇が就き、教会そのものを生まれ変わらせようとしていた。 その矢先の奇跡じゃ。 『神々が祝福されているに違いない』と考えている者もおるようじゃ。」


 新生教会は、神の意に適っている。

 そう受け止めた人が多いようだ。


 そして、


「土の1の月、1の週の陽の日。 この日を今回の奇跡と関連付け、『光の日』と呼ぶ人もおるようじゃの。」


 何と、神々に祝福された日として、「土の1の月、1の週の陽の日」だけを特別な陽の日として「光の日」と呼ぶ人もいるようだ。

 実際は神々の奇跡でも何でなく、フィーの…………げふんげふん。

 いや、何でもないです。

 俺は何も知らないぞ。


「一年の最初の日を『光の日』にするなら、最後の日は『闇の日』なんてどうですか? 光だけじゃバランスが悪いでしょ?」

「むっ!? 『闇の日』じゃと!?」


 ミカが適当に思いつきを言ったら、キフロドが真に受けた。

 一年の最初と最後の日。

 元旦と大晦日の概念が生まれた瞬間だった。

 キフロドはこの思いつきが殊の外お気に召したようで、「必ず実現させねば」と燃え始めた。


 ちなみに、キフロドは王都の大聖堂に留まっているが、司祭位のままだ。

 ただし、教皇が跪いて教えを乞う、特殊な司祭である。


(枢機卿でも何でも、なればいいのに。)


 と思うが、キフロド自身はもう隠居の身だと思っているらしい。


 年長者が年少者を教え導く。

 そこに立場や地位などは関係ない、ということのようだ。


 相手の地位など関係なく、常に真摯に耳を傾ける姿勢でいなさい、と新教皇に伝えているようだ。







 この三週間の間に、第三街区のボロ家で会合も行われた。

 武器の制作も進められ、オズエンドルワの(ソード)はほぼ完成。

 ヤロイバロフの斧槍(ハルバード)は大きくて手間がかかるので、もう少しかかりそうだ。

 そしてミカの腕輪の方だが、


「……それが、衝撃波になるの?」

「そうです。 条件にもよりますが、音の速さは一秒間で三百四十メートル。 これを超えると衝撃波(ソニックブーム)が発生すると思ってください。」


 音速の概念をアーデルリーゼに教えていた。


衝撃波(ソニックブーム)の強さは、速さと物体の大きさ、形状による空気抵抗も影響します。」


 流体力学など存在しない世界で、衝撃波(ソニックブーム)を教えるはちょっと苦労したが、川の流れを例にすることでまずは空気の抵抗を理解してもらう。


「川の中の岩に水がぶつかると、水が跳ねてますよね。 空気でも同じようなことが起きているんですよ。」


 木の板を、広い面の方向に振ると抵抗が強くなる。

 こうした実例を挙げて、空気にも抵抗があるよ、と教えてあげる。

 この世界では「空気≒何も無い空間」だと思われているので、大気という概念から教えることになるのだ。


 そして、次に音の概念。

 空気の振動と、その伝わる速さ。

 その伝わる速さを超えた時に起こる現象、と順を追って説明した。


 ミカの説明を聞き、アーデルリーゼが頷く。


「分かったわ。 やってみる。」

「お願いします。」


 そうして、他にも様々な情報交換を行う。


 現在、一番の問題が使用済みの”銅系希少金属(オリハルコン)”の処分だ。

 国の買い占め、入手経路を探る動きに警戒して、供給を停止していた。


「供給を停止したことで、話が大きくなってきちまったなあ。」

「本当にもう、どうしましょうか。 捨てます?」


 親っさんがしみじみ呟くと、ミカはテーブルに突っ伏す。

 皆が躍起になって、”銅系希少金属(オリハルコン)”の生成に成功した錬金術師を探し始めたのだ。

 しかも、話は錬金術師探しだけでは留まらなかった。


「本当に聖者の大秘術書を持っている訳じゃないの?」

「ありませんよ! あんな与太話、信じる方がおかしいでしょ!?」


 そう。

 以前からあった都市伝説、錬金術の秘術が記されている、と言われる聖者の大秘術書。

 この話と絡められ、冒険者ギルドには何十件もの「聖者の大秘術書の入手」という依頼が出されていた。

 最近増えてきたと思ってたけど、手数料だけでどんだけ儲けてんだ、冒険者ギルドは。


「”銅系希少金属(オリハルコン)”が大量に出回って、話の信憑性が増しちまったからなあ。」

「皆が探すのも分かるわ。」


 突っ伏すミカに、親っさんとアーデルリーゼの言葉が圧し掛かる。

 ”銅系希少金属(オリハルコン)”が大量に流通した事実により、これまでほとんど見向きもしなかった冒険者たちまで錬金術師探し、聖者の大秘術書探しに乗り出した。


「そもそも、何で隠したいんだ? 実際に偉業を成してるんだから、堂々と発表してやりゃいいじゃねえか?」

「私みたいに()()()でやるには、ちょっと大き過ぎるわよ。」

「うう……。」


 隠し続けるには、少々取り扱う商材が刺激的過ぎたようだ。


「例えば、国に知らせたとしますよね? どういう扱いになると思いますか?」

「どうって、王のお抱えの錬金術師になるとかじゃねーのか?」

「宮廷魔法院に招かれる?」


 親っさんとアーデルリーゼの意見は、ごく真っ当な答えだ。

 ミカもその辺りが妥当なところだろうとは思う。

 だが、この国の平民を扱いを考えると、そうとも言い切れない。


(待遇が良かろうと、やってることは監禁だ。 それは、魔法具の袋の引き揚げ(サルベージ)で十分に分かった。)


 金の卵を産む鶏を潰すような真似はしないだろうが、それだって絶対じゃない。

 ミカが言うことを聞かなければ、「他者の手に渡るくらいなら」と考えてもおかしくない。


(誰かの庇護下に入るのが一番手っ取り早いんだろうけど……。)


 残念ながら、そんなアテはない。

 侯爵(おっさん)は論外だ。

 クレイリアとの婚約関係で十分に痛い目を見た。

 何より、ミカはまだ侯爵(おっさん)を許していない。

 どうせ侯爵(おっさん)に話したところで独り占めするか、国王に()()する程度が関の山。

 ()()()()()()()()()行動を選択しないことは分かりきっていた。


(学院生、軍役と、まだまだ十年以上も縛られて生きなきゃならないんだ。 立場の弱さを突かれれば、抵抗は難しい。)


 相応の力を見せつければ立場を得ることは可能かもしれないが、与えられる立場の高さ=国から見た危険度、とも言える。

 何より、立場を得るということは、それもまたしがらみになるのだ。


「…………やっぱり、流通ルートを通じて国と取り引きするしかないかな。 これまでの卸の方は大丈夫なんですね?」

「そっちは何とか大丈夫だ。 ルートに()()()も使ってるんで、そっちからバレることはないだろう。 今のところ、出元は通商連合だと偽装もしてるしな。」


 国とは定量を取り引きする密約を結び、「入手先を探るな」と警告するしか手がないか?

 本当は国にあまり卸したくはないのだけど……。


(……世界が平和でありますように。)


 と、空しく願う。

 脳筋国家に強力な武器を渡せば、ロクなことにならないだろうと思うが仕方ない。

 グローノワ帝国のことがあるので、国が”銅系希少金属(オリハルコン)”を求める気持ちも分からなくはないし。


「国には月に延べ棒二本分…………六十キロ弱の”銅系希少金属(オリハルコン)”を卸す方向で話をつけてください。 そして、同量を市場にも流す。 何とかこれでまとめてください。」

「分かった。 卸にはそれで話をつけるように言っておく。」


 ミカの指示に、親っさんが頷く。


 すでにミカの資産は六十億ラーツを超えた。

 そのため無理に売る必要はないのだが、ある程度供給しないと”銅系希少金属(オリハルコン)”を求めて追及が厳しくなる可能性がある。

 というか、すでに今がそういう状態になっていた。

 なので、供給の再開を約束し、追及の手を緩めさせる必要がある。

 次に圧力をかけてきたら、もう二度と流れることはないだろう、と警告をつけて。

 これでどこまで時間が稼げるか分からないが、仕方ない。


「あとは僕の方で何とか攪乱(かくらん)します。」

「攪乱って、どうするの?」


 アーデルリーゼがやや心配そうな表情で聞いてくる。


(ディス)情報(インフォメーション)作戦(キャンペーン)。 情報屋ギルドに金を積んで、偽の情報をばら撒かせます。」


 こんなことをすれば、ミカとの関係が情報屋ギルドにはバレバレだろう。

 ミカ本人が噂の錬金術師だとは思わなくても、関係がある、とバラしているようなものだ。

 なので、そこにも代理人を挟むことにする。


(ガエラスに頼むか。)


 元々ガエラスはこちらに引き込むつもりだった。

 ミカの救出の際、魔法具の袋を取り返して来てくれたケーリャのパーティとトリュス。

 ミカにとって信頼に値すると思える人たちだ。


 最優先でヤロイバロフとオズエンドルワに”銅系希少金属(オリハルコン)”の武器を渡すが、ガエラスたちのことを忘れていた訳ではない。

 次はケーリャのパーティとトリュスに話をしようと思っていたのだ。


(ケーリャがもう一つ戦斧(バトルアックス)を買ったのを見た時は、ちょっと申し訳ない気持ちになったね。 話しておけば良かった、って。)


 オズエンドルワの(ソード)がそろそろ完成するので、四人にはもう話をしてもいいだろう。

 その際に、ガエラスに情報屋ギルドへの依頼も頼むとしよう。


 ミカの代理人を頼むガエラス。

 ガエラスの代理人も、ガエラスの信頼する人を立てる。

 代理人の代理人の代理人…………といくつも挟み、情報屋ギルドに偽情報の拡散を依頼。

 錬金術師の居場所についての偽情報。

 聖者の大秘術書の在りかについての偽情報。

 これらを、別々の代理人から依頼させてばら撒かせる。


 ミカが椅子に座ったまま、手足をばたばたと暴れさせた。


「あーっ、もーっ! 面倒くせえなあっ!」


 癇癪を起すミカを、親っさんとアーデルリーゼが苦笑しながら見つめる。


(暗躍とか無理っ! ぶっ飛ばせば解決とかの方がずっと楽だわっ!)


 そんな、脳筋な結論に達するミカなのだった。







■■■■■■







【七公国連邦 某所】


「うう……うううっ……。」


 部屋の隅に(うずくま)り、男は必死になって戦っていた。


「やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ……。」


 ぶつぶつと呟きながら、頭を抱える。

 ガタガタと震えながら、それでも男は必死になって戦っていた。


 心を塗り潰す、()()

 先日から、自分が何かに蝕まれていることに気づいた。


 すでに、捕らわれて何年が経ったのか。

 一緒に捕らわれた者たちは、皆死んだ。

 殺された。

 最後まで生き残ったことは嬉しかったが、それでこの生き地獄が終わる訳ではない。

 そんな生き地獄の中でも、必死に生き延びようとしていたのだが……。


「あああぁぁああはああああああああああひゃああ…………っ!?」


 男が大声を上げ、頭を跳ね上げる。

 ガクン、ガクンと身体を揺らしたと思うと、目を見開き、仰け反った姿勢のまま固まった。


 部屋の中には”(ウェントゥス)”がいた。

 ”風”は机の方を向いて本を読んでいたが、男を一瞥するとその本をパタンと閉じ、立ち上がる。


「まだかぁ、”(イーグニス)”?」


 ”風”は男の方に歩きながら声をかけた。

 声をかけられた男は仰け反った姿勢のまま、その見開いた目をぎょろりと”風”に向ける。

 ゆっくりと口を開くと、その口からよだれが流れた。


 男は少しずつ仰け反った姿勢を戻す。

 そうして、微かに震える腕を上げて、口元を拭いた。







「いやー、ひどい目に遭ったよー。」


 男はシチューを一口啜り、ほっと息をつく。


「間抜けすぎだよ。 あんだよ、首ちょんぱって。」

「あははぁー。 本当にそんな感じだったんだってー。」


 自らの首を刎ねられたシーンを、あっけらかんと話す”火”に”風”が呆れたような顔になる。


「あの騎士の顔は憶えたからねー。 次会ったら同じ目に遭わせてあげるよー? 何処の誰か知らんけどー。」

「だめじゃん。」

「テーちゃんの知り合いみたいだからさー。 テーちゃんに聞けば教えてくれるかなー?」


 ”火”は硬いパンを千切ると口に放り込む。

 うん、不味い。


「テーちゃんって、”(テネブラエ)”の候補だっけ? 関わるなって言われなかった?」

「ぎくーっ!?」

「あはははっ。」


 ”風”はエール酒を喉に流し込むと、少し真面目な顔になる。


「そいつ、本当に”神の子(フィリウス・デイ)”になるの? もしなっても、間に合わないだろう?」

「その時はしょうがないかなー。 まあ、その時はその時さー。」

「まあ、そうだね。 昔はいっぱいいた”神の子(フィリウス・デイ)”も、もう五人しかいないし。 増やせるなら増やすのはいいと思うよ。 ”(ルーメン)”には内緒で。」

「さっすがウーちゃんっ! 話が分っかるー!」


 ”火”はシチューを飲み干すと、お代わりを取りに行く。

 痩せ細った身体がふらつくのは、栄養不足の身体のせいか、不慣れな”火”のせいか。


「でもー、ウーちゃんが残しておいてくれて良かったー。 ちょっとボロボロだけどー?」

「大した餌を上げてなかったからね。 というか、もうすぐ実験に使うつもりだったんだけど。」

「ありゃー? ごめんねー?」

「いや、いいよ。 元々”火”が捕まえてきた魔法士だし。 実験は適当に捕まえて来てやるから。」


 新しい身体は、できれば魔法士のように魔力の扱いに慣れていてくれた方が助かる。

 まったく扱ったことのない身体でも、少し時間をかければ問題はないのだが、それなりに慣れた身体の方が手間は減る。

 そして、心が弱ってくれていると、なお良い。

 この身体の持ち主は、意外と頑固にこの身体に執着したが。


 ”火”はシチューを持ってテーブルに戻る。


「もう少しここに居るんだろ?」

「そうだねー。 もうちょっとこの身体に慣れないとー、ちょっと仕事には行けないかなー。」

「じゃあ、その間に魔法具の袋は作っておくよ。」

「あ、ほんとー? 助かるー。」


 これまで”火”が使っていた魔法具の袋は、”風”特製の魔法具だ。

 市販品のような余計な制限がかかっていないので、何でも入る。


「フーちゃんは帝国にいるんだっけー?」


 ”火”がそう言うと、途端に”風”が不機嫌な顔になる。


「ムカつく。 何でお姉ちゃんを使うんだよ。 ”(アクウァ)”にやらせればいいじゃん。」

「アーちゃんも忙しいからねー?」


 ”風”が睨むが、”火”は気づいているのか、いないのか。

 まったく気にした様子がない。


「赤酒はフーちゃんにしかできないしー? しょうがないかなー。」

「そうかもしれないけどさ。」


 次の次を見据えれば、大量に赤酒が必要になる。

 いや、次の次の次、かな?

 まあ、何でもいい。

 今からその準備に取り掛かれ、ということなのだろう。


 ”火”は持ってきたシチューを一口啜った。


「やっぱり、ムカつく……。」


 そう、不貞腐れたように”風”は呟く。


「あ、そうそうー。 【解呪(ディスペル)】使いさー、生きてるってー。」


 ”火”が、シチューの中のじゃがいもを「あふあふっ」と食べながら、何気なく言う。

 そんな”火”を、”風”が目を丸くして凝視した。


「はあ!? 何でさっ!?」

「何でってー。 そりゃ教会が下手打ったからー?」


 ”火”がそう言うと、”風”はガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。


「くそがぁぁあああああああああああああああああああっっっ!!!」


 そう叫びながら、”風”はうろうろと歩き回り、床をダンッダンッ!と踏み鳴らす。


「あっち、あっち……、はふはふっ……。」


 そして、そんな”風”をまったく気にせず、”火”はホクホクのじゃがいもを食べていた。


「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそがっ!」

「はぁー……、熱かったー。 ごくごくっ……。」


 そうして、エール酒を流し込む。


「おー? もう酔いが回ったー? 早いねー。」


 そう言いながら、”火”は食事を続ける。

 全力で地団太を踏む”風”を視界に収めながら。





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― 新着の感想 ―
[一言] 他の人の感想でフィーが神の子かのように言ってるけどどういうことだ?イーグニスの不死性からって事か?それともアートルム(呪い)を可視化させれるからか?
[一言] 教会が赤酒を水扱いしてなかったか? 一口でも飲んだミカもやられてない?
[一言] なんというかいち読者の浅はかな推測なのだが 個人の保有資産を国(王)が調べる事が出来れば、ミカの個人保有資産額がとんでもない事に気付くでしょ? そこから「いったいどうやってそんな巨額の富を築…
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