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【書籍版第2巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第4章 魔法学院中等部の錬金術師

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第214話 赤茶けた髪の青年




 土の1の月、1の週の陽の日。

 今日から冬となり、年が明けた。

 元の世界でいうところの元旦だ。

 だが、この国には新年を祝うような風習はない。


 これではお餅が食べたいのに食べられないではないか。

 まあ、たとえ正月があっても、この国にはお餅が存在しないのだが。


(盆暮れ正月、祝祭日すらありやしない。 何でこんなに余裕がないんだ?)


 経済的、精神的な余裕ではなく、意識に余裕がない。


意識変革(パラダイム・シフト)が必要だろう。 これは。)


 ただでさえ憂鬱な年の幕開けなのに、輪をかけて気分が沈む。


 なぜ今年が憂鬱な年なのか。

 それは、今年の春に高等部になるからだ。

 ついにミカの恐れていた予備役になってしまう。

 グローノワ帝国の侵攻が囁かれる、このタイミングでだ。

 ミカでなくとも、憂鬱にもなろうというものである。


「あ、ミカ君。」


 ミカが冒険者ギルドを出ると、声をかけられた。

 声のした方に振り向くと、そこにはリムリーシェ、ツェシーリア、チャールの三人がいた。


「あれ? どしたの、三人して。」

「お買い物したり、遊びに来たの。」


 この三人は相変わらず仲が良い。

 チャールとツェシーリアは他にも多くの友人がいるが、リムリーシェはちょっと少ない。

 あまり人付き合いは上手い方ではないようだが、それでも仲良くしてくれる子がいるのは、お兄さんとしても安心です。

 …………と、レーヴタイン組以外に友人のいない誰かは思います。


(学院の外になら、いっぱいいるさ!)


 トリュスだろ、ケーリャだろ、サロムラッサにガエラス……。

 そう考えていき、


(あれ? これって友人か? 知り合いではあるけど。)


 あと、いっぱいはいなくね?

 そう思い至り、ちょっとだけ落ち込んだ。


「ここ、冒険者ギルド?」

「そうだよ。」

「へぇー……。」


 ツェシーリアが珍しそうに、入り口から中を覗いた。


「そんなおっかなびっくりじゃなくて、普通に入って平気だよ。 あ、冒険者登録していけば?」

「しないわよっ!」

「小遣い稼ぎになるのに。」


 ミカの提案をツェシーリアが即答で却下した。

 サーベンジールの赤蜥蜴石の採集ほどではないが、モデッセの森などでも定額クエストがある。

 【身体強化】を使えるし、ある程度の力のある学院生なら、そこそこ稼げると思う。


 だが、魔法学院や騎士学院の学院生は、そういったものに興味を示す子供がほとんどいない。

 魔法士様や騎士様だぞ、という意識があるのか、冒険者を一段低く見ている印象だ。

 いや、一段低く見てるのは、一般の人たちも同じか。

 冒険者はどうしても、粗暴や厄介者というイメージがつきまとう。


 本当に強い冒険者は、魔法士も騎士も蹴散らすほどなのにね。

 結局、強さの何たるかや礼節などは、職業ではなく個人次第なのだが。


 まあ、折角来たんだからと、ちょっと社会科見学。

 三人を連れて、ギルドの建物に入った。


「あれ、ミカちゃん? 帰ったんじゃないのかい?」


 先程までミカと話をしていたトリュスが、三人を連れて戻ってきたミカに声をかける。

 ミカは、今日はふらっとギルドに立ち寄り、預かりの呪物の解呪をしていた。

 なぜ元旦からそんなことをしたのか。

 勿論、理由がある。


 それは、お年玉が欲しかったから。

 この国にそんな風習はないので、自分からギルドに貰いに来たという訳です。

 ほんの数分の仕事で二つの呪物の解呪を行い、二百万ラーツのお年玉。

 やったね。


 ただ、皆には見えないようにさせているが、実は今日はフィーが肩に乗っている。

 よせばいいのに、また呪いを視覚化させやがって、気色の悪いもやもやの(もや)を見る羽目になった。

 元旦から、いらんことすんなっての。

 ちょっとフィーにはお小言を喰らわせました。


 ミカはトリュスに三人を紹介した。


「学院の友達だよ。 地方の学院からずっと同じクラスなんだ。」

「同郷の友達か。 皆魔法士なんてすごいね。 私はトリュスだ。 よろしく。」


 そうして、軽く自己紹介をして、ギルド内を案内する。

 チャールが「……取材……。 ……ディテール、助かる……。」などとぶつぶつ呟いている。

 何だ、取材って?


 依頼の張られる掲示板やカウンターを見学し、丁度時間的にお昼になるので三人をランチにご招待。

 ギルド近くの、ちょっとお高いレストランに来た。

 前にガエラスに教えてもらったお店だ。


「好きなだけ頼んでいいよ。 あ、ここは白パンが美味しいから。」


 寮の食事も悪くはないが、やはりお高い店の料理は手間暇がかかり、材料もいい。

 質より量を優先せざるを得ない寮の食事とは、どうしても味に差が出るのは当然だろう。


 ミカは皆が遠慮しないように山ほど白パンを注文する。

 店員がちょっと顔を引き攣らせていたが、頑張って焼いてね。


 オードブルやシチュー、メインの肉料理などを注文し、一息つく。

 雑談していると、パンだけが最初にやってきた。

 どうやら数が多すぎて、残りは今焼いてますとのことだった。


「このパンはこのままでも美味しいよ。」


 そう言ってミカが一つかぶりつくと、三人も手を伸ばす。

 その柔らかさに、目を丸くしていた。


(そうそう、キスティルとネリスフィーネも、最初はすごい驚いてたね。)


 白く、柔らかい、雑味のないパン。

 そのままでも甘味を感じるパンを、三人は夢中になって食べた。

 だが、ツェシーリアの手が止まり、じっとパンを見ている。


「…………なんて物食べさせるのよ。」


 ふと、そんなことを呟く。


「こんなの食べちゃったら、もう寮のパンなんて食べられないじゃない。」


 ツェシーリアの零すそんな感想に、ミカは苦笑する。


「そりゃ悪かった。 なら、一生分食いだめしとけ。」


 まあ、しばらくは食べられないだろうけど、自分で稼ぐようになればお金の使い道は自由だ。

 街中にある共有の窯は、有料だが借りることができる。

 あとは発酵させる酵母を何とかできれば、自分で焼くことも可能だ。


「このパンは、発酵させることで膨らませてるんだよ。 自分で作ろうと思えばやれなくはないよ。」

「そうなの?」


 ミカは声を潜めて教えてあげる。

 あまり店の人には聞かれたくない話だ。

 出された料理の素材がどうだの原価がこうだの言うのは、少々マナー違反だと思っている。

 自分で思っているだけならいいんだけどね。

 褒めるならともかく、種明かしみたいのはあからさまにするべきではないだろう。


 そうして次々に出てくる料理を一心不乱に食べ、多目に頼んだパンもすべて平らげた。

 特にツェシーリアは、焼きたての白パンに感動して涙ぐんでいた。

 きっと、将来の夢が「パン屋さんになる!」になったことだろう。

 元の世界のパン屋は、甘い夢をぶち壊すほどにすっごい大変な仕事だけどな。


 最後に出てきたデザートも平らげ、一休み。

 三人とも満足してくれたようだ。


「ミカはいつもこんなお店に来てるの? 贅沢ねえ。」


 ツェシーリアがお腹を摩りながら聞いてくる。


「いつも外で食べたりはしてないよ。 家で食べてる。 屋台で食べてたりもするし。 ここに来たのも何カ月振りだ?」

「家では自分で料理してるの?」


 何気なくリムリーシェに聞かれ、思わず無表情になる。

 この話題はまずい……。

 ミカはまだ、キスティルやネリスフィーネのことを皆に話していない。


「んー、惜しーい。 七十点かなー?」


 その時、どこかの席から、そんな声が聞こえてきた。

 何やら料理に点数をつけているようだ。

 ここの料理に七十点とは、中々に辛口の採点。


(おいおい、そういうのは思っても言っちゃだめだって……。)


 美味しかったよ、ご馳走様、で済ませば双方が笑顔でいられる。

 点数を店の人に伝えたところで、その店の料理が良くなる訳じゃない。

 所詮は個人の好みの話なのだから。

 九十九人が百点を出しても、一人だけ十点ということだって普通にあり得る。

 個人の感想に簡単に左右されては、飲食店などやってはいけない。


(店の雰囲気が悪くなる前に、さっさと出るか。)


 何やら、まだぶつぶつ言っているのが聞こえる。

 店の人の耳に入ったら、微妙な空気になりかねない。

 折角いい店に食べに来たのだ。

 気持ちよく帰りたい。


「それじゃ、ちょっとこの後にも用事があるんで。 出ようか。」


 ミカは適当な理由をつけて、出ることにした。

 会計を済ませ、店を出る。


「ご馳走様、ミカ君。」

「……ご馳走様……。」

「ご馳走様。 悪いわね、奢ってもらっちゃって。」


 皆が喜んでくれたようで何より。

 店の出入り口の、少し横に移動する。


「皆はこれから買い物。」

「うん。 チャールの文房具を買いに行って、ツェシーリアはお洋服とか。 あと、小物も見るんだっけ?」

「チャールは紙とかインクが無くなるの早過ぎ。 何であんなに買って、一カ月しかもたないのよ。」

「……これでも、抑えてる……。」


 チャールは、何やら大量に紙やインクを消費しているらしい。

 執筆でもしてるのかね?


「それじゃ、気をつけてな。」

「ミカじゃあるまいし、気をつけなきゃいけないようなことなんてないわよ。」


 リムリーシェが、ツェシーリアの言葉に苦笑する。

 本当に口ばっか達者だな、こいつ……。

 そんな風に、ミカがちょっとげんなりしていると、


「あれー、テーちゃんだー。」


 ちょっと気の抜けるような声が聞こえた。

 声の方を見ると、丁度レストランから出てくる人が一人。

 外套のフードをすっぽりと被り、顔は見えなかった。


 声は男のもの。

 そして、フードで顔は見えないが、明らかにこちらを見ている。


(…………何だ……?)


 何というか、妙な胸騒ぎがする。

 下腹のあたりから、ぞわそわした感じが上がってくる。


「ミカ、知り合い……?」


 ツェシーリアがそう聞いてくるが、ミカも訝し気な表情にしかならない。

 そんなミカの様子に気づき、外套の男が声を上げる。


「えー!? 忘れちゃったのー?」


 そうして、外套の男はゆっくりとフードを取る。


「ッ!?」

「あ、思い出したー?」


 外套の男は赤茶けた髪の青年だった。

 つーか、何普通に話しかけてんだ、こいつ!


 ミカは咄嗟に三人を庇うように前に出て、魔力範囲を展開する。

 だが、その瞬間に赤茶けた髪の青年は、ばっと後ろに飛び退いた。

 丁度、ミカの魔力範囲から逃れる位置に。


「ちょっとちょっとー、いきなりそれは酷いんじゃないー?」


 そんなこと言う。


(こいつ! 俺の魔力範囲が見えてるのか!?)


 立ち位置が絶妙すぎる。

 ミカも自分の魔力は見えるが、他人の魔力は見ることができない。

 だが、赤茶けた髪の青年の動きは、ミカの魔力が見えているとしか思えなかった。


「ミカ君、どうしたの?」


 後ろにいる三人が、戸惑っているのが分かる。

 ミカは苦し気に赤茶けた髪の青年を睨んだ。


(今やり合うのはまずい! 三人を巻き込んでしまう!)


 何より、ここは王都の中。

 陽の日で賑わう、南東の大通りなのだ。

 赤茶けた髪の青年と本気でやり合えば、どれほどの大惨事になるか。


(こいつは、俺と同じで魔法を使える……! 鎧ごと、人を引き裂く魔法を!)


 ミカでも、あの威力を実現しようとすれば、かなりの苦労をすると思う。

 鎧を引き裂くなど、やったこともない。

 ”風刃(エアカッター)”に魔力を注ぎ込めば、やれなくはないとは思うが。


「テーちゃーん。 これ引っ込めないー? これじゃあ、話もしにくいしー。」

「……話?」


 こんな奴と、何を話すことがあるのか。

 だが、今の状況はかなりまずい。

 何とか王都の外に出さえすれば、全力で戦えるのに……。


(【身体強化】は発現しっぱなしだけど、防具を装備してない……。)


 出力は落としていたが、【身体強化】の発現だけは維持していた。

 そして、今は当然四倍まで上げてある。

 五倍は自分の身体にもダメージが入って行くので、リスクが大きい。


(……まあ、防具は意味がないか。)


 鎧を引き裂くのだ。

 いくら防具を身につけても、ほとんど意味をなさないだろう。


 ミカは魔力範囲を狭め、半径二メートル程度までにした。

 それを見て、赤茶けた髪の青年がてくてくと歩いてくる。

 魔力範囲に触れない所まで。


(やっぱり、見えてやがるっ……。)


 あの身のこなしを見る限り、相当に戦い慣れてるのも分かった。


「…………三人とも、ゆっくり後ろに行って。 悪いけど、今日は帰るんだ。」


 ミカは赤茶けた髪の青年から視線を外さず、後ろの三人に声をかける。

 赤茶けた髪の青年を刺激しないように、慎重に三人を逃がしたい。


 リムリーシェたちもミカのただならぬ雰囲気に気づいているのか、何も言わずに従った。

 三人がゆっくりと魔力範囲から出て行くのを感じつつ、赤茶けた髪の青年を警戒する。

 三人を守るように、後ろに長く魔力範囲を伸ばす。

 そうして、二十メートル以上離れたのを確認して、魔力範囲を切った。


「…………これでいいのか?」

「久しぶりだねー。 テーちゃん。」


 まるで旧友に会ったかのように、にこにこ笑いかける青年。

 ミカの警戒など、欠片も気にしていない。

 気づいていない訳ではないだろう。

 これは、余裕だ。


(舐めやがってっ……。)


 沸々と怒りが湧くが、それをここで出すわけにはいかない。

 見える範囲だけでも、百人単位で人が溢れているのだから。


「ルーちゃんにテーちゃんのことを話したんだよー。 でも、放っておけってー。 酷くないー?」


 それじゃあ、放っておいてくれよ。

 何で話しかけてくんだよ。


「あ、テーちゃんから話しかけてきたってことにしよー。 そうしたら、言われたこと破ったことにならないよねー。」


 ミカのせいにされた。

 相変わらず、勝手に話が進むな。


「…………何やってんだよ、こんな所で。」


 無駄だろうと思いつつ、聞いてみる。

 だが、青年はぽんと手を打つ。


「お仕事の途中だったー。 歩きながらでいいー?」


 そう言いながら、青年が歩き出す。


(これ、放っておいちゃだめか?)


 このまま見送ったらどうなるのだろう。

 ふと、そんな考えが浮かぶ。


(………………。)


 だが、ミカは大人しく付いて行くことにした。


(下手に機嫌を損ねれば大惨事だ。 その辺の騎士に止められるとも思えない。)


 ミカの知る限り、青年を止められる可能性があるのはミカ、ヤロイバロフ、オズエンドルワくらいだ。

 ミカの想像する以上の化け物だった場合、ご愁傷様。

 止められる者などなく、王都が瓦礫の山に変わるだけ。


 青年はミカの前を軽い足取りで歩き、ちらりとミカを見た。

 それから、ふっと視線をずらす。


「どうした?」

「んー、何でもないー。」


 再び青年は軽い足取りで進んで行く。


「仕事の途中って言ったよな。 何やってんだ?」


 答えてもらえるか分からないが、とりあえず聞いてみる。

 聞くだけは無料(タダ)だ。

 もし対価が必要だった場合、その辺の人の命で支払うことになるかもしれないが。

 ミカとしては、自分の命で支払う事態だけは全力で避けるつもり。


「”(アートルム)”の管理だよー。 まあ、まだそこまで忙しくないけどねー。 アーちゃんとかは、他にもいろいろやってるけどー。」


 だが、ミカの予想に反して、青年はあっさりと答える。


(アートルムッ……!)


 それ、超重要なワードじゃないのかよ!

 何あっさりしゃべってんだ!


「アートルムって何さ。」


 ミカは何気ない振りをして聞く。


「”(アートルム)”は”(アートルム)”だよー。 ”(ウォルンタース)”を集めるのー。」

「ウォルンタース……?」


 また、よく分からない単語が出てきた。

 ていうか、あっさり話していいものなのか。


「そのウォルンタースってのは――――。」

「着いたー。」


 ミカが問いかけるが、青年の目的地についたのか、遮られてしまう。

 そこは、広場のような場所だった。

 公園のように遊具があるわけではないが、中央の台座の上に像があり、周囲には休日を憩いの場で過ごす人たちがいた。

 青年は台座に向かって真っすぐ進み、その後ろに回る。


(…………建国王の像か。)


 ミカは青年から視線を外せないため確認できないが、おそらくエックトレーム王国の初代の王だろう。

 小国同士のゴタゴタに乗じて、王権を奪い取った簒奪者。

 まあ、そんなのは奪われる方が悪いとも思うが、苛烈な国是を定めた張本人だ。

 他の王家を一切認めず、『唯一の王』を目指した冷酷無比な男。

 それに倣っちゃう歴代の王もどうかと思うが、そんなことを最初に始めたのは、この男からだ。


 ミカは青年の後に続き、像の後ろに回る。

 台座の後ろには特に何もなく、青年は台座に向かって手を伸ばしていた。


「…………何してんの?」

「だから、”(アートルム)”の管理だよー。」


 管理?

 何もない所に手を伸ばして……?


(――――ッ!?)


 一瞬にしてミカの全身が総毛立つ。


(アートルムって、あの黒い繭だろうがっ!)


 ミカの見ている前で()()()()()()黒い繭。


(あるのかっ!? そこにっ!)


 見えない黒い繭。

 それを管理しているということは、そういうことなのか!?


「テーちゃんが”神の子(フィリウス・デイ)”になったら、手伝ってねー。」


 ミカの様子に気づいているはずの青年は、なおも呑気にそんなことを言う。


(まずいまずいまずいっ! どうすんだ!? 黒い繭(あんなもん)がこんな所にあるなんて!)


 青年が言うには、ウォルンタースとやらを集めるという黒い繭。

 具体的なことは分からないが、そのままにしておいていい物ではないだろう。


(……後でどうにかするか? でも、どうやって!?)


 見えない物をどうすればいいのか。

 何より、後からでも何でも、手を出せば敵対行動確定だ。

 ミカがやったことはすぐにバレて、ミカ個人が狙われることになる。


「さ、次行こうー。 あと二っつねー。」


 青年はにこにこしながらミカに話しかける。

 ミカの頬を嫌な汗が流れた。


「他にも、あるのか……?」

「あるよー。 午前中に三っつやってー、ここも終わったからー。 あと二つだよー。」


 全部で、六個?


(そんなにも、黒い繭(あれ)があるのか。)


 ミカが愕然としていると、広場の中に数人の騎士たちが走り込んできた。


「いたぞーっ!」


 騎士たちは剣を抜き、ミカたちの方に駆けてくる。

 抜き身の剣を持つ騎士たちに、周囲が騒然となった。

 子供を抱え、逃げて行く女性。

 状況が理解できず、おろおろするばかりのお年寄りもいる。


(馬鹿野郎がっ! 刺激すんじゃねーよっ!)


 シェスバーノ隊の騎士がいるのだろうか?

 青年の顔を知る騎士が、捕えにきたようだ。


「あれー? 見つかっちゃったー?」


 だが、青年はまったく動じておらず、呑気な口調だ。

 ミカたちは、四人の騎士に半包囲されてしまった。


(くそっ! どうすりゃいいんだっ!?)


 焦った表情のミカが、青年と騎士を交互に見る。


 騎士たちが突っ込んだところで、青年が倒せるとは思えない。

 だが、騎士を止めれば青年を庇ったように見えるだろう。


 では、ここで青年と敵対するか。

 それもできれば避けたい。

 本気でかからなくては、おそらくやられるのはミカ(こっち)だ。

 だが、王都内で全力で戦えば、周囲の被害は甚大になる。


(どっちも、下手すりゃお尋ね者コースじゃねえか。)


 逃げるべきか?

 しかし、青年が逃がしてくれるだろうか?


 ミカは行動を決められず、気持ちばかりが焦る。

 騎士は相当に殺気立っている。

 ミカは青年の方を見た。

 青年と目が合う。


 その瞬間、ミカの目の前で青年の頭が跳ねたのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] リムリーシェがミカの婚約事情を知ったら…。 血の雨は降らさないでしょうが、酷く動揺しそうですね。
[良い点] おーここからの怒涛の胸熱展開に期待。
[一言] 展開が早くて面白いです。
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