第213話 科学知識と神の干渉
風の3の月、2の週の風の日。
午前中からミカはパラレイラの部屋に来ていた。
皆はごく普通に授業中。
本来はミカも、授業を受けなければならない。
というか、実際に授業を受けていたのだ。
だが、呼び出しを受けた。
パラレイラからではない。
王宮からである。
ミカに魔法具の袋からの引き揚げができる【技能】があると分かると、月に一~二度くらいのペースで王城に呼ばれるようになった。
仕事としての引き揚げは禁止しておきながら、自分たちは便利に使い倒す。
この国のやり方には、ミカのこめかみもピクピクせざるを得ない。
時折こうして学院に呼び出しが行き、正午までに第一街壁の東門近くにある官所に出頭すること、となっている。
ミカからすると、えらく面倒な道程ではある。
自宅から官所までは、直接行けば二キロメートルくらい。
それを一度学院に行き、また戻って官所まで行くとなると、八キロメートル超の距離になる。
しかし、ミカはそれに文句を言ったりしない。
なぜか。
直接家に王宮の使いが来るのが嫌だからだ。
自宅では、当然ながらオフモードである。
そのため、いつ呼び出しが来るかと、ビクビクしていたくないのだ。
自宅で休んでいる時に、職場からの呼び出しの電話が来るのを嫌だと感じる気持ちに似ている。
それならば、オンモードの学院で呼び出され、多少距離があろうと自分で向かう方が精神的には楽なのだ。
そうして本日、目出度く呼び出され、これから王城に向かう訳だ。
学院は、呼び出しがあった時はその場ですぐに早退させてくれる。
準備がある、などの言い訳も必要ない。
むしろ、さっさと行けとばかりに帰宅を許可される。
今日は午前の授業が始まってすぐに呼び出しがあったため、時間に余裕があった。
ということで、パラレイラの研究を確認に来たのである。
ミカは椅子に座り、足を組んでパラレイラの書いた研究成果に目を通す。
「大分、力学は理解してきたようですね。」
ミカがレポートから視線を上げてパラレイラを見ると、パラレイラは「はぁ~……」と大きく息をついた。
「何とか理屈は分かってきたが、面倒くさい……。」
パラレイラのその感想に、ミカは苦笑する。
作用反作用、万有引力、運動エネルギーやら位置エネルギーやら、ミカはとりあえず思いつくものを教えてみた。
目で見て分かりにくい、実感しにくい部分は一旦置いて、とにかく直感的に「力が働いているはず」と理解しやすいものに的を絞って。
日常にある、ごくありふれた事象のすべてに力学が存在し、公式で表わせるなど余程の変人でなければ思いつきもしないだろう。
だが、さすがにミカもどんな順番で教わったかまでは憶えていない。
そのため、思いつくままに関連するものを、その時々で教えていった。
実演しながら。
また、パラレイラには他にも化学も教えている。
物質とは何か、ということで原子や分子、気体液体固体、化学変化と化合物などなど。
まだ教え始めて半年も経たないのに、物凄い吸収量だった。
地頭がいいんだろうね、やっぱり。
「しかし、お前はどこでこんな知識を得たんだ?」
パラレイラが真剣な目で、じっとミカ見つめる。
ミカはその視線を避けつつ、ぽつりと呟く。
「…………神様の啓示で。」
神の干渉を否定する科学の知識を教えながら、その根拠に神を持ち出すセンスに我ながら呆れた。
しかし、本当のことなど言える訳もなく、苦しかろうが何だろうが誤魔化すしかない。
そして、それはパラレイラにも分かったのだろう。
じとっとした目でミカを見ていた。
「あ、そろそろ僕行かないと。 それじゃ、また何か聞きたいことがあればメモしといてください。」
そう言ってミカは立ち上がると、パラレイラの机に置いてあったメモを取る。
これは、パラレイラが思いついた「なぜなにメモ」だ。
思いつきでも何でも、不思議に思ったことをメモしてもらい、ミカがじっくりと家で答えを考えてくるのである。
即答できる単純なものから、思わず唸ってしまうものまで非常に幅広い疑問が箇条書きされている。
前になぜか、「はらへった」と書かれていたので、空腹を感じるメカニズムを説明してあげた。
感心しながらも、とてもうんざりした顔になって説明を聞いていた。
ミカは逃げるようにパラレイラの部屋を出ると、第二街壁に向かう。
逃げるように、というか本当に逃げてきたのだけど。
正午までは、まだ結構時間がある。
どこかでゆっくりと昼食でも摂ろうかと考えていると、
「おや、ミカ君。 どうしたんだ、こんな時間に。」
第二街壁の門を潜った所で、オズエンドルワに声をかけられた。
「あれ? こんにちは、オズエンドルワさん。 オズエンドルワさんこそ、珍しいんじゃないですか。」
”銅系希少金属”のテストの時に外で会ったが、基本的にオズエンドルワは詰所にいるイメージだ。
むしろ、詰所に住んでるくらいに思っていた。
「私は普通に巡回しているだけだ。 週に一~二度は、こうして受け持ちのエリアを見て回っている。」
第五騎士団の受け持ちは、大雑把に分けると1~4区、それと7~8区らしい。
王都の警備にあたっている騎士団は他にもいくつかあるが、残りの5~6区、それと第一街区はそれぞれ別の騎士団が受け持っている。
随分アンバランスな分け方だなと思うが、それは第五騎士団の方が特殊なのだとか。
第五騎士団の騎士は一万。
だが、他にはこんな規模の騎士団はない。
普通は多くても三千くらい。
少なければ二千くらいで、大隊二~三個で構成するらしい。
「何で第五騎士団だけ、そんなに大きいんですか?」
前に、そんなことを聞いてみたことがある。
すると、
「仲が悪かったかららしい。」
「は?」
そんな答えが返ってきた。
随分と昔の話になるが、前は二つの区ずつを一つの騎士団が受け持つ感じだったようだ。
つまり、1~8区を四つの騎士団が警備していた。
だが、区を跨いだ事件などでお互いに押し付けあったり、逆に排除したりといったことが起きた。
(…………何か、似たような話を聞いたことあるなあ。)
そんなことを思ってしまう。
面子なのかライバル心なのか知らないが、境界を跨いでの事件というのは、どこの世界でも厄介らしい。
捜査機関、警察機構特有という訳ではないだろうが、何で協力し合うことができないのだろうか。
そんな訳で検挙率が低迷し、王都の人口増加に伴い治安が悪化していったそうだ。
そこで、一つの騎士団にすれば、そうしたトラブルは起きないだろうと、王都の警備に就く騎士団を一つにしたという。
四つの騎士団のうち、三つまではそれで何とかまとまることができた。
しかし、一つだけどうしても溶け込むことのできない騎士団があったらしい。
四つの騎士団、四人の騎士団長。
それが一つになるのだから、騎士団長のポストは一つだ。
強硬に反発する騎士団が一つだけあり、当時の国王もほとほと困り果てたらしい。
強権発動も可能だろうが、その反発する騎士団長も頑固なだけで、騎士としては実直で優秀な人だった。
あまり厳しく対応しては、いろんな方面に微妙なしこりができそうだと考えた当時の国王と宰相が、その騎士団を独立させた。
こうして、三個の騎士団が合流した第五騎士団と、通常規模の騎士団で王都の第二街区の警備を務めることになった、という話だ。
(区を跨いだ捜査権限を持つ機関を作るのではなく、一つにまとめることで解決した訳か。 ……まあ、まとまらなかったけど。)
そのため、六つの区を受け持つ第五騎士団と、二つの区を持つ騎士団に分かれているそうだ。
今は別に仲が悪いという訳ではないが、そのままの状態で放置されているという。
ちなみに第三街区もこの二つの騎士団が治安維持にあたっているが、実はこれは越権行為らしい。
越権行為というか、陛下からの命令に第三街区は含まれていないのだとか。
第二街壁の内側が、王都の治安を任された騎士団の管轄。
それでも第三街区を誰かが見ないと、治安が悪化するのは明白。
そのため代々の騎士団長が自己の判断で、治安維持に努めてきたようだ。
ミカはオズエンドルワを見上げる。
「ご苦労様です。 受け持つ範囲も、束ねる人数も多くて大変ですね。」
「そうでもない。 実際に現場を束ねているのは、個々の大隊長だからな。 私はただの神輿だ。」
まあ、謙遜だろう。
騎士団の中で、この人に敵う人などいないと思う。
一万人の上に君臨するだけの強さを持っている。
だからこそ、皆が従うのだ。
それに、意外と言ってはなんだが、よく目を配っている。
忙しい合間にミカたちの出稽古に顔を出したりと、面倒見もいい。
「それに、同じ担ぐなら軽い神輿の方がいいだろう? 神輿が軽ければ下が伸び伸びできる。」
そんな軽口をオズエンドルワが言うが、後ろで聞こえていたらしい騎士が首と手を「うそ、うそ……」と横に振っている。
うん、俺もそう思う。
「それで、ミカ君はどうしたんだい? サボりか?」
「だったら良かったんですけどね。 一番サボれない所からの呼び出しです。」
「ああ……、そうか。 ミカ君の方こそ、ご苦労様だね。」
オズエンドルワは、ミカが引き揚げのために王城に呼ばれているのを知っている。
具体的なことまでは知らされていないようだが、受勲したことも聞いていたようだった。
何でも軍務省に知り合いがいるらしく、そこから入手した情報らしい。
そうして少し立ち話をしてから、ミカは第二街区で早目の昼食を摂り、自宅に一声かけてから官所に向かった。
「はあ~~……。」
ミカはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、お代わりを女中に頼む。
そうして、新たに置かれた魔法具の袋を見た。
ここは王城の客間。
最初にあてがわれた馬鹿みたいに広い部屋ではなく、広さはその半分くらいだ。
それでも広いことに変わりはないが。
部屋の中には二人の女中。
そして、騎士は五人。
官吏たちは六人ほどが待機している。
今日だけですでに六個も引き揚げしている。
数をこなしてきたため、一つあたりにかかる時間は多少は短くなった。
だが、さすがに集中力が切れてきた。
特に魔力の置き換えは細かい作業のため、精神的に疲れる。
自動化を試したくても、失敗すれば消失するため試すこともできない。
魔法具店の店主に魔力登録させて、大量に袋を買い込み自動化を目指そうかと思ったが、さすがに百万ラーツを投げ捨てながらの練習はする気になれなかった。
ただ、大金を手にした今なら、それでもいいから練習をしようかと少し本気で悩んでしまうが。
お代わりで淹れられた紅茶を一口飲み、ミカは魔法具の袋に手を伸ばす。
最近の魔法具の袋は、中身はお金や宝石、装飾品などの高価な物が入っていることが多い。
誰の物か、何処から入手したかなどは一切教えられないため定かではないが、おそらく教会関係ではないかとミカは思っている。
何十人という教皇、枢機卿、大司教や司教などが不正に蓄財した物。
普通なら、魔法具の袋に仕舞えば誰にも取り出すことはできない。
だが、ミカがいればそうした財産を有効活用できる、という訳だ。
すでに、そうした財産を収納することを目的とした魔法具の袋を、百個くらいは取り出していると思う。
もう一々数えるのが嫌になるくらいやらされているので、正確に何個というのは分からないが。
そして、当然のように報酬の話はない。
「……あと何個あるんですか?」
無駄だと思いつつも、ミカは官吏に問いかける。
だが、官吏たちは一切口を開かず、ただミカの方を見ていた。
何というか、ミカのことを道具か何かくらいにしか見ていないように思える。
まあ、平民の扱いなどそんなものだと分かってはいるのだが、さすがにイラッとしてくる。
(…………嫌な考えだけど、レーヴタイン家に入れば少しはマシになるのかね。)
腹立たしいが、クレイリアと結婚し、レーヴタイン家に名を連ねれば人間扱いはされそうだ。
ミカの何が変わる訳でもない。
ただ、名が変わるだけで、きっと天と地ほどに扱いが変わるのだろう。
(平家にあらずんば人にあらず、か。)
別に栄達など望んでいないが、貴族家所縁の者でなければ、この国では有能な者でも使い潰されるのが普通なのだろう。
今のミカへの対応で、この国の中枢がどういう考えなのかがよく分かる。
勲章一つ与えて「光栄だろ? 感謝しろ。」と本気で考えているようだ。
まあ、封建国家で千五百年も続いているのだから、それも仕方ないのだろうが。
ミカはそっと溜息をつくと、手に取った魔法具の袋に魔力を送る。
そうして、すぐに気づく。
(また、これか。)
すでにいくつも魔法具の袋に干渉し、大まかに内部構造に二種類あることに気づいた。
一つはいつものだ。
ズレープトの持っていた魔法具の袋や、初めて引き揚げした魔法具の袋と同系統。
ちょっとの差はあるが、基本的にはほぼ変わらない。
そして、もう一種類。
王城でやらされる引き揚げで、初めてでてきた物。
それまでも、いくつも引き揚げをやってきたが、一切出てきたことがない。
王城で出てくる物も、十~二十個に一個程度の割合だ。
かなり数は少ない。
(まあ、やることは変わらないからいいんだけどね。)
しかし、なぜ内部構造が違うのかは気になる。
(……これ、軍事技術の民生転用だったよな。)
こんなに大きく変わることはあるのだろうか?
(昔と今で変わることはあるか。)
技術革新により、構造がまったく変わることはありえる。
しかし……。
(どっちが新しいとか古いって感じじゃないんだよなあ。)
言ってみれば、どちらにも新しい物と古い物がある。
袋の外見の話ではあるが。
(てことは、製造元の違いなのかね。)
そこで、ふと思いつく。
(細かな違いは国内の製造元の違いや、バージョン違い。 じゃあ、大きく違うこいつは?)
製造国の違い?
(魔法具の袋を製造する技術を持つ国。 エックトレーム王国には普通に流通しているから、どこにでもあるような気がしていたけど、そうとは限らないのか。)
大陸にある国家は四つ。
エックトレーム王国、グローノワ帝国、通商連合、七公国連邦。
いつも引き揚げをしているのは国産だろう。
そして、もう一つの物が帝国か連合か、連邦で製造された物?
(他の大陸からってこともあるのか。 若しくは、国産でも一つだけ違う技術を使ってる製造所があるとか。)
こんな所で考えていても、そうそう正解になど辿り着かないだろう。
だが……。
(国内に入り込んだ、他国のスパイから押収した可能性もある。)
グローノワ帝国のスパイの情報を、魔法具の袋から引き揚げすることで得た。
受勲理由の「軍務」を補強する材料にはなる。
(うう……、嫌だなあ。)
ミカは、思わず項垂れそうになるのを堪える。
何が嫌って、何も知らずに重要な情報に触れてた奴って、大抵序盤で死ぬでしょ。
映画などのお決まりのパターンで。
何で殺されたのも分からず、「あ、これお約束なんで」とばかりにあっさり殺される。
そんな役回り。
ミカは顔をしかめそうになり、堪える。
(まあ、いいや。 さっさと終わらせよう。)
そして、早く帰ろう。
そんなことを思いながら、ミカはせっせと引き揚げ作業を行うのだった。
「ただいま~……。」
風の3の月になり、もうすっかり日が沈むのが早い。
すでに辺りは真っ暗になっていた。
ミカが自宅に帰ると、左肩がピカッ!と光った。
「うわあっ!? びっくりしたっ!」
フィーがいつの間にか左肩に乗っていた。
「え、もしかしてフィー、ずっと乗ってたの?」
そうミカが聞くと、フィーは一瞬だけ光を強める。
「おかえりなさい、ミカ君。 お仕事ご苦労様。」
「おかえりなさいませ、ミカ様。」
ミカの声を聞き、ダイニングキッチンからキスティルが顔を出した。
ネリスフィーネは何やらお肉を焼いているらしく、手が離せないようだ。
「あ、フィーちゃんもおかえりなさい。 やっぱりミカ君と一緒にいたのね。」
キスティルがそう言うと、フィーがまた光を強めた。
ミカはキスティルとフィーを交互に見る。
「え、いつから? 朝からずっと?」
「午前中はお家にいたわよ、フィーちゃん。」
どうやら、王城に呼ばれたことを伝えに、家に寄った時にくっついて来たらしい。
「あー……、あんまり城にくっついてくるのは良くないかもしれないなあ。」
ミカはかりかりと頭を掻く。
バレたら怒られるじゃ済まないかもしれない。
「大人しくしてた?」
ミカがそう聞くと、フィーは特に反応を返さない。
多分、城の中をあっちこっちふらふらしていたのだろう。
「本当、バレないでくれよ。 頼むから。」
ミカがそう言うと、フィーは一瞬だけ光を強めるのだった。




