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【書籍版第2巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第4章 魔法学院中等部の錬金術師

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第212話 教皇選出




 風に2の月、3の週の陽の日。

 ミカは上空を、王都に向けて飛んでいた。


「お前さん、本当にやりたい放題しておるの……。」


 キフロドが呆れたように呟く。


「そんなことないですよ? これでも結構、いろいろしがらみがあって。 不自由だなあって思ってるくらいです。」


 背中に背負ったキフロドに返事をするが、キフロドは溜息を返すだけだった。


 キフロドが王都に行くことになり、その受け入れの準備などをワグナーレ大司教に任せていた。

 そして、ようやく教会内の調整が済んだということで、ミカが迎えに行くことにしたのだ。







 昨日リッシュ村を発つ時は、多くの人がキフロドの見送りに来ていた。

 ミカの時の比ではない。

 村の人が全員集まったのではないかと言うほどの見送りだった。

 皆、工場や畑はほっぽって、見送りに来たのかな?


「ミカ君、キフロド様をお願いね。」


 ラディがとても優しい笑顔で、そう言った。

 その表情は、微笑んでいるのにどこか寂し気だ。

 きっと、様々な思いが胸に去来しているのだろう。

 ミカがしっかりと頷くと、ラディはキフロドの前に進み出る。

 そんなラディに村の人も遠慮して、キフロドから離れた。


「道中、お気をつけて。 キフロド様。」

「それは儂にではなく、ミカに言ってやってくれ。」


 キフロドがそう言うと、ラディがフフ……と笑った。


「大変、お世話になりました。」


 ラディは真っ直ぐにキフロドを見ると、深々と頭を下げる。

 その姿に、見ている村人の方が我慢できずに涙を零した。


「村を任せたぞ。」

「はい。」


 顔を上げたラディが、しっかりと答える。

 余計な会話など一つもない。

 多分、キフロドが王都に行くと決めた日から、すでに十分に話し合ったのだろう。

 涙も、惜しむ言葉もなく、ただ簡潔に別れの挨拶を済ませた。


「お元気で、キフロド様。」

「お主も、あまり無理するでないぞ、村長。」

「寂しくなりますな。 キフロド様は村の支えだった。」

「大の男が何を言っておるんじゃ。 しっかりせんか、ホレイシオ。」


 キフロドは一人ひとりと、しっかりと言葉を交わした。


「もう説教されないで済むと思うと、せいせいするな。 頭の形が変わるくらい拳骨されてきたからよ。」


 ディーゴが笑いながら、そんな悪態をつく。


「まったく、悪ガキが図体ばかり大きくなりおって。」


 キフロドも昔を懐かしんでいるのか、その笑顔は少し寂し気だ。


「最後に一発やってくか?」

「儂の手の方が怪我するわい。 この石頭め。」


 そう、笑い合う。


 全員と別れの言葉を交わし、子供から大人まで涙を流す。

 どれだけ村の人に慕われていたのか、よく分かった。


 いや、きっとミカでは想像もつかないだろう。

 キフロドは、この開拓村を一から作り上げた者の一人なのだ。

 村の一部、キフロドあってのリッシュ村なのだ。

 その喪失感は、ミカの想像できる範囲に収まるものではない。


 コトンテッセまでホレイシオの馬車で送る、という名目で街道の途中まで送ってもらう。

 馬車の荷台でキフロドにハーネスを付けてあげた。


「本当に、こんな所でいいのか? それに、それは一体……。」


 そして、いつものように途中で下ろしてもらったミカに、ホレイシオが尋ねる。

 ミカはハーネスの連結をしながら、ちらりとホレイシオを見た。


「もう隠すの面倒なんでホレイシオさんにもお見せしますけど、誰にも言わないでくださいね。」


 これまで、ホレイシオにも見られないようにしていたが、それもちょっと面倒になってきた。

 キスティルやネリスフィーネなら街道を多少歩くのも大丈夫だったが、キフロドにあまり無理はさせたくない。

 ミカはホレイシオの見てる前で”吸収翼(アブソーブ・ウィング)”を発現する。


 そうして、驚き絶句するホレイシオの目の前で、ミカはキフロドを背負ってゆっくりと空へと飛び立った。







 リッシュ村を発ち、途中の街で一泊。

 やはり、あまり長時間の移動はキフロドには大変だと思うので、二日に分けての移動だ。

 二日目だというのに、キフロドはまだミカの光の翼に驚いているというか、見慣れないらしい。

 昨日も散々見ただろうに。


 土の日と陽の日に分けての移動なので、当然ながら学院はずる休みである。

 土の日を一日休むだけなので、前のように学院に話を通すのではなく、病欠ということにしてある。

 お腹(ぽんぽん)痛い、ということにした。

 ツェシーリアあたりは「きっと何か変な物を拾い食いしたんだ」とか言っていることだろう。

 もしも本当に言っていたら、奴には制裁を加えねばなるまい。


 そうして、午後にモデッセの森に到着。

 ただし、モデッセの森から大聖堂まではかなり遠いので、ミカが背負って行くことになる。

 ハーネスを外し、改めてキフロドを背負う。


「一応、【戦意高揚】もかけておきますね。」

「あのな、ミカよ……。」


 そう気軽に【神の奇跡】を使うなと言いたいのだろうが、構わず発現する。

 【戦意高揚】には、若干だが身体強化の効果も備わっているので、まあ怪我の予防だ。

 飛んでいる時は安定しているが、走るとなると多少は揺れてしまう。

 その振動で身体を痛めないように、念のために使っておく。

 大聖堂に到着したら、当然【癒し】も使うけどね。


「ミ、ミカ!? も少し、ゆっくり行かんか!」


 街中をすいすい進むミカの背中で、キフロドが注意をする。


「ゆっくりしてたら日が暮れちゃいますよ。 これでも、ゆっくり安全第一で行ってますから。」

「どこが安全第一じゃ!」


 モデッセの森から大聖堂まで、直線距離でも十キロメートルはあると思う。

 一時間で着くくらいのペースにしているので、ミカとしてはまあまあ速度を落としている方だ。


 そうして大聖堂に着くと、キフロドがぐったりしていた。


「もう【癒し】も使いましたよ、キフロド様? 早く中に入りましょうよ。」


 そう声をかけるミカに、疲れた表情のキフロドが呟く。


「…………お前さんを、修道院に放り込んでやりたくなったわい。」

「何で!?」


 話に脈絡がなさすぎる。

 大聖堂の入り口でキフロドが動けるようになるのを待っていると、中からワグナーレが出てきた。


「やっぱり、ミカ君の声だったか。 ご苦労だったね。 心より、お待ちしておりました、キフロド様。」


 ワグナーレが跪くと、続いて出てきた人たちも続々キフロドに跪いた。

 大聖堂の前で、聖職者たちが何十人も跪いているのだ。

 何事かと、周りの注目を浴びまくることになった。


「揃いも揃って……。 もう少し場所を考えんか。 それに、大司教が司祭に跪くなど、あべこべじゃの。」

「教えを乞う者が跪くのは当然かと。」

「道理じゃな。 ならば、こんな場所で、そんなことをするのは、お前さんの道理に適っとるのか?」

「場所は関係ありません。 如何なる時、如何なる場所であっても、礼を以って接するべきかと。」


 ワグナーレの返答に、キフロドは「やれやれ……」と首を振る。


「帰りたくなってきたの。 ミカ、済まんが村まで送ってくれ。」

「分かりました。」

「お、お待ちくださいっ!」


 来たばかりだと言うのに、帰ると言い出すキフロド。

 それをすんなりと受け入れるミカに、ワグナーレら跪いていた面々が慌てた。


(まあ、本当に帰るつもりはないだろうしね。)


 それが分かっているので、ミカも頷いたのだ。

 もしも本当に帰るのだとしたら、ミカも今すぐはちょっと嫌だった。

 とんぼ返りにもほどがある。


 とりあえず、往来でそんなことをしていては邪魔だとキフロドに言われ、全員が大聖堂の中に入った。

 だが、ここでまた一つ問題が起きた。


「六階じゃと? こんな年寄りを閉じ込める気か?」


 キフロドに用意された部屋は、教皇や枢機卿に与えられる部屋と同じ場所だった。

 しかし、キフロドでは自力での上り下りは厳しいだろう。

 そんな部屋はいらん、と突っぱねた。


「近くに宿舎はないのか?」

「修道士らが使う宿舎がございますが、そちらは……。」


 立派な司教服を着た男が、困ったような顔で答える。


「何じゃ。 儂が使っては問題があるのか?」

「い、いえ。 ですが、キフロド様が使うには相応しくない部屋で――――。」


 そう話す男を、キフロドが睨みつけた。


「相応しくないじゃと? では、お主の考える相応しい部屋とは何じゃ。 言ってみよ、ブラホスラフ。」

「そ、それは……。」


 キフロドに問われ、ブラホスラフと呼ばれた司教服の男が、返答に詰まる。

 その様子に、キフロドは肩を落とした。


「やれやれじゃの。 どうやら、毒は全身に回っておるようじゃな。」


 キフロドの呟きに、その場にいた全員が項垂れた。

 どうやら、まともだと思っていた人たちの心にも、毒が入り込んでいたようだ。

 これまではトップが異常過ぎたので顕在化しなかったが、少しずつ心に侵食していったらしい。


 本来、光神教の考えでは人は対等なのだ。

 すべての人が迷い子であり、神の子。

 神々に造られ、神々の導きを必要とする。

 そして、それは聖職者も同じだ。


 神の教えに詳しく、それを人々に広めるのが聖職者の務め。

 人々を救うのは聖職者ではない。

 神々だ。

 聖職者は役目として、神々の教えを説いているに過ぎない。

 神々の救いを必要とするという点において、一般の人も聖職者も、ましてや聖職者の中にも上下などなく、皆同じなのだ。


 教会という巨大組織を運営するにあたり、どうしても人の上下というのはできてしまう。

 役目として人を管理することが、その人を()だと錯覚させてしまうためだ。

 単なる役割でしかないはずが、そこに偉い偉くないという概念が生まれてしまう。


「まあ、ええじゃろ。 儂の部屋など後でもええわい。 いざとなればミカの家にでも居候するからの。」


 横で聞いていて、ミカは苦笑してしまった。

 いや、いいけどさ。


 しかし、こうして並みいる聖職者の前でも堂々としたキフロドを見て、ミカは感心してしまった。

 リッシュ村でも、長年村人の精神的な支柱であり続けてきたが、この揺ぎ無さはどうだろうか。

 きっと、キフロドの中には確固たる”何か”があるのだろう。

 それは光神教の教えであり、()()()()()()()であり、長い年月により培われたキフロドの想いだ。

 どこに行こうと、誰が相手であろうと、キフロドはキフロドなのだ。


 ミカは、キフロドがリッシュ村にいた幸運に感謝した。

 並みの聖職者ではない。

 これだけの人は、そうそういないだろう。

 キフロドなら、本当に教皇でも務められるかもしれない。

 ミカはそんなことを思いながら、キフロドを見ていた。


「どうやら、枢機卿は全員集まっとるようじゃの。 なら、教皇を決めてしまおうか。」

「な!? こ、ここでですか!?」


 突然のキフロドの宣言に、辺りが騒然となった。

 それはそうだろう。

 ここは大聖堂の中にある、礼拝堂。

 枢機卿以外の人もいる。

 というより、ただ礼拝に来ただけの一般の人もいるのだ。


 ブラホスラフが慌ててキフロドを止める。


「お、お待ちください! 教皇の選出には手続きが――――。」

「何を根拠にそんなことをするんじゃ?」

「な、なにって、もう五百年以上も前に教皇が――――。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と聞いておるんじゃ。」

「それは……っ。」


 キフロドの言葉に、ブラホスラフは言葉を詰まらせる。

 キフロドはゆっくりと両手を挙げ、未だ騒然となっている礼拝堂内のすべての人に語りかけた。


「必要があり、定めたこと。 それらを否定するつもりは儂にもない。 じゃがの? 教会を運営するための教会令(ルール)が、神々の教えの上にあって良い理由にはならんわい。 今回は光の神、第五十三章、二十九節に倣う。 異論のある者は?」


 キフロドが静かにそう言うと、百人以上いる礼拝堂内がシーン……と静まり返った。

 どうやら、ここにいる皆さんはキフロドの意図していることが分かったようだ。

 つまり、分かっていないのはミカだけである。


(……何ですか、その光の神、五十三章って。)


 ミカが「さっぱり分かりません」と顔に張り付けていると、キフロドがぽんと頭に手を置いた。


「かつて、道端で教皇を選んだことがあるんじゃよ。 戦乱と弾圧から逃れるため、聖地から多くの信者を逃した。 その際に教皇も命を落としてな。」


 光神教にも、弾圧で苦しんだ暗黒の時代があったようだ。

 一度は聖地を放棄する事態に見舞われたらしい。

 そうして命からがら逃げ延びた地で、神々が二人の子供に神託を与えた。

 人々の心を一つにし、試練を乗り越えるためとして、その場での新たな教皇の選出を指示したという。

 道端で、難民たちが集う中、聖職者も何も関係なく教皇の選出を行ったという話だ。


 キフロドの提案により急遽、礼拝堂での教皇選出が決定した。


(……ていうか、本当に俺ここに居てもいいの?)


 ミカだけではない。

 枢機卿どころか、聖職者ですらない人たちさえいるのだ。

 いきなり始まった教皇選出に、礼拝に来ていた人たちも興味津々で立ち会っていた。


 教皇選出に際し、キフロドは「儂はやらん」ときっぱり断言した。

 まあ、さすがに高齢だしね。

 元の世界の教皇やら主教やらは、割と高齢でも就任しているけど。

 しかし、この世界ではもう少し若くないと厳しいかもしれない。

 さすがに大聖堂の高層階まで、行ったり来たりもきついだろうし。


 しかし、枢機卿たちはキフロドに引き受けてほしいのか、懸命に説得していた。

 特に熱心に説得しているのが、ブラホスラフだ。

 ワグナーレ大司教は、彼の援護をするような立ち位置。

 ブラホスラフは枢機卿の中でも信頼が厚いのか、他の枢機卿たちも彼の説得に頷きながら耳を傾ける。


 ブラホスラフ枢機卿は、現在の教会をとても憂いていた。

 様々な問題が山積みし、多くの聖職者、信者たちが嘆き苦しんでいる。

 この未曽有の危機に、キフロドの力が必要だとか何とか。

 とても熱の籠ったブラホスラフ枢機卿の説得を聞き、キフロドが一言だけ言った。


「よく問題を把握しておるの。 ならば、お主がやればええ。」

「…………は?」


 キフロドに現状の教会を理解してもらうために、ブラホスラフ枢機卿は様々な問題点を挙げた。

 しかし、問題点が分かっているのなら、あとはそれに対処するだけ。

 キフロドの言うことにも一理ある。


「あ、いえ、キフロド様! 私では力不足なのです。 この難局を乗り越えるには、キフロド様の御力が――――。」

「ならば、聖職者など辞めてしまえば良かろう。」


 慌てるブラホスラフ枢機卿に、キフロドが厳しい言葉をぶつけた。


「力が足りないからと目の前の試練から逃げ出す者に、神々の教えを説く資格があるとは思えんの。 お主はそのように教典を解釈したのか? ならば、その教えは間違っておる。 辞めよ。」


 ブラホスラフ枢機卿だけではない。

 その場にいる人が全員、キフロドの言葉を聞いて驚愕し、俯いた。

 自らの行いを振り返っているのだろう。


「儂が引き受ければ、その時点でこの国の光神教は終わりじゃ。 後に残るのは、皆試練から逃げ出した者ばかり。 名ばかりの光神教を後世に残しても仕方あるまい。」


 そう言ってキフロドは礼拝堂の中をぐるりと見回した。


「元々教会は、信者たちが助け合うため、自らの信仰が正しいかを確かめ合うための場じゃ。 年長者が年少者に教えたりの。 じゃが、教会だけを存続させ、中身のともなっていない教義が蔓延するくらいならば、教会など潰してしまうが良かろう。 信仰は個人でもできるからの。」


 キフロドの、滔々(とうとう)と語る声が礼拝堂の隅々に響く。

 もしかしたら、陽の日学校が元々の教会のあり方に、もっとも近いのかもしれない。

 そうした名残が続いたものが、現在の陽の日学校なのだろう。


 キフロドの過激な持論に、皆が俯き何も言えずにいる。

 だが、二人ほど真っ直ぐにキフロドを見る者がいた。

 ブラホスラフ枢機卿とワグナーレ大司教だ。


「キフロド様のおっしゃる通り、私には聖職者たる資格はないのかもしれません。 ですが、教会を存続させる意味はあります。」


 ブラホスラフ枢機卿は、キフロドに毅然と言う。


「孤児院や修道院はもとより、他にも多くの人々に教会は手を差し伸べて来ました。 今一時の我々の弱さは、教会が間違っていた証左にはなりません。 それは教会が間違っているのではない。 我々の間違いなのです。」


 真剣なブラホスラフ枢機卿の目が、キフロドを射抜く。

 キフロドの表情がふっと柔らかくなった。


「その通りじゃ。 それが分かっておるのなら、あとはやるべきことも分かっておるな。」


 キフロドの問いに、ブラホスラフ枢機卿がしっかりと頷いた。

 ワグナーレ大司教は後ろを振り向き、キフロドとブラホスラフ枢機卿のやり取りを見ていた人たちに呼びかける。


「私はこの苦難の時! ブラホスラフ枢機卿こそが教皇に相応しいと考える! 皆はどうか!」


 そう問いかけるワグナーレ大司教に、その場にいる全員が「ブラホスラフッ!」と名を呼んだ。

 そうして、一斉に拍手が沸き起こり、歓声が上がった。


「「「ブラホスラフッ! ブラホスラフッ!ブラホスラフッ!」」」


 皆から、ブラホスラフ枢機卿の名前が連呼される。

 新教皇が選出された瞬間だった。







 こんな決め方でいいの?と、ミカは首を傾げる。

 そこで、家に帰ってからネリスフィーネに聞いてみた。


「まあ、とても珍しいです! 発声による教皇選出は、七~八百年振りではないかと思います!」


 ネリスフィーネが、やや興奮気味に教えてくれた。


 なんと、これも正式に認められた正しい教皇の選出方法なのだという。

 すべての枢機卿が一斉に新教皇の名前を挙げ、その名前が一致した時、神々の力が働いたと解釈されるそうだ。


 ただ、満場一致を条件にしている教皇の選出で、本当にこれも満場一致なのか?という疑問は出てしまう。

 正確性に欠けるため、やはり今では行われない方法らしい。

 ただし、教典に書かれているし、教会令でも認めているので、有効な選出方法ではあるそうだ。


 また、通常の投票による選出も満場一致が条件だが、実はカラクリがある。

 まず最初に、全員で相応しいと思う人の名前を書いて投票する。

 自分で自分の名前を書くのは禁止しているが、匿名なのでバレないと言えばバレない。

 ここで名前の挙がった人が全員候補者となる。

 教皇選出の投票では棄権は認められず、必ず誰かの名前を書く必要があるそうだ。


 次に、その候補者の中から相応しいと思う人に投票する。

 ただし、候補者は投票権がないため、候補者以外が投票することになる。

 ここでは得票上位の三名を選ぶだけだ。


 そうして次は上位三名で投票を行い、上位の二名を選ぶ。

 得票が並び、三名のままだった場合、延々と投票をくり返す。


 ただし、一度投票を行うと、三十分くらいの休憩があるらしい。

 この間に「誰々に投票してくれ」と工作合戦が行われる。


 上位二名が決定したら頂上決戦。

 より多くの票を得た方が勝ち。

 ただし、ここでもう一回投票が行われる。


 候補者は一人。

 棄権は認められない。

 最後の投票は匿名ではなく、記名による投票だ。

 これで晴れて、満場一致で教皇選出となる。


 皆に選ばれたと言えば聞こえはいいが、実際はただの数の暴力だった。







■■■■■■







【カラレバス視点】


 教皇の選出がされ、ワグナーレ大司教がサーベンジールに戻って来た。

 新たに教皇に選ばれたのは、時折サーベンジールの大聖堂にも来ていたブラホスラフ枢機卿だと言う。


(強力なリーダーシップを発揮する方ではないですが、この難局には良い方かもしれないですね。)


 本人は大変だと思うが、全体によく目を配れる方だと思う。

 弱い立場の人のことも考えて、教会の立て直しを頑張ってもらいたい。


 そんなことを考えていたカラレバスだが、少々の不安がなくもない。

 実は、ワグナーレ大司教が枢機卿になることが決定したからだ。


 教会の立て直しという大業に、新教皇が自身の片腕としてワグナーレを望んだのだ。

 最初は固辞したワグナーレだが、その場にいたキフロド司祭が一喝。

 有無を言わさずに引き受けさせられたそうだ。

 ワグナーレは近々、王都の大聖堂に移動することになった。


 そのため、サーベンジールの大司教が変わることになる。

 次はどんな大司教が来るのか、と内心ちょっとドキドキしていた。


 カラレバスは廊下を進むと、大司教執務室をノックする。

 返事を待ってから入室すると、ワグナーレが机で書類の整理をしていた。


「猊下。 郵便が届いております。」

「ああ、ご苦労。 すまんがそっちのソファーの方に置いてくれ。 後で見る。」


 ワグナーレは机の上の様々な書類を確認しながら、廃棄にする物、大聖堂で保管する物、ワグナーレが個人で持って行く物などを分けていた。

 カラレバスは、そんなワグナーレを感慨深げに見つめる。


「猊下が行ってしまうのは寂しいですね。 ずっとサーベンジールで大司教に就いていてほしかったです。」

「よく言う。 怖い上司が居なくなってせいせいするだろう?」


 ワグナーレは、カラレバスが怖がっていることを見抜いていたようだ。

 カラレバスはそっと息をつく。


「確かに最初は厳しい方が来られたと思いましたが、猊下のされることに間違いはなかったと思います。 慣れるまでは大変でしたが、とても勉強になりました。」


 胃の痛い毎日だったが、それでも聖職者としては目標にすべき人だと、尊敬もしていたのだ。

 畏敬よりも、畏怖に近いかもしれないが。


「もっと、猊下の下で学びたかったです。」

「らしくないじゃないか、カラレバス。 そんな世辞を言うなんて。」


 ワグナーレが片眉を上げ、可笑しそうな、訝しむような、複雑な笑みを浮かべた。


「世辞などとんでもない! 私は本当に、もっと猊下の下で学びたかったのです。 行けるものなら付いて行きたいくらいです。」


 カラレバスがそう言うと、ワグナーレが驚いた顔になり、それから片づけをしていた手を止める。


「本気で言ってるのか?」

「勿論です、猊下。」

「そうか……。」


 そう言って、ワグナーレが一つ息をつく。


「分かった。 そこまで言うなら、やはりお前は連れて行こう。」

「…………え?」


 カラレバスは思わず、目をしばたたかせた。


「向こうで手が足らんのでな、カラレバスも引っ張ろうかと思ったが……。 サーベンジール(ここ)も上の二人が居なくなっては大変だろうと諦めた。」


 ワグナーレが背もたれに寄りかかり、口の端を上げる。


「お前も私のことは苦手にしてると思ったのだが、そこまで言うなら良かろう。 付いて来い。」

「あ……え……いや、あの……。」


 思わぬ方向に話が進み、カラレバスは戸惑った。

 額に汗が噴き出す。


「日程に変更はない。 私に同行すると言うなら、急げよ。」

「あ……あ……あぁ……。」


 しまった、と思うがもう遅い。

 口は禍の元。

 そんな言葉が頭に浮かぶ余裕もなく、カラレバスの苦難の日々が続くことが決定したのだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] これは流石に泣けるw カラレバスさん頑張ってね
[一言] カラレバスさん… 胃薬を心の友にして頑張れ!
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