第208話 科学者への道
火の2の月、5の週の土の日。
放課後、特訓の前にパラレイラの部屋へ。
理由は勿論、昨日アーデルリーゼに言われたこと。
一カ月半振り程度だが、寮に行ったらまずおばちゃんに捕まった。
何でも、パラレイラの様子がおかしいらしい。
好き勝手やってるのはいつものことだが、殺気立ってるというか、普通ではないと言う。
「おばちゃんたちが何を言っても、聞いてくれなくて……。」
そう困り顔で相談されたのだ。
おばちゃんたちは、本当にパラレイラのことを心配していた。
ミカがパラレイラと一緒に何かやっていたのは、おばちゃんたちも知っている。
なので、ミカから言って止めて欲しいと懇願されたのだ。
「そこまでとは知りませんでしたけど、僕もパラレイラさんを止めるために来たんです。 少し話をしてみます。」
ミカがそう言うと、おばちゃんは少しだけほっとした表情になった。
入口で足止めされたが、とりあえず当初の予定通りにパラレイラの部屋へ。
コンコン。
しかし、何回ノックしても返事がない。
(……中でぶっ倒れてんじゃねーの?)
そう思ってドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。
ミカがそっと中を覗くと、パラレイラは何やら魔法具の作成中だった。
集中しすぎて、ノックが聞こえなかったようだ。
ミカは部屋に入ると、真っ直ぐにパラレイラの所に行く。
動作の合間の、魔法具から手を離した瞬間を見計らい、その手を掴む。
そのまましばらく動かなかったパラレイラが、緩慢な動きでゆっくりと振り返った。
(こっわ……。)
何というか、パラレイラはぼろぼろだった。
髪がぼさぼさくらいは普段からあったが、その表情がやばい。
目の周りはクマで真っ黒になり、その目も血走っている。
多分、かなりの間ロクに寝てないのだろう。
「……手ぇ放せ。」
ぽつりと低い声でパラレイラが呟き、ミカは言われた通り手を放した。
すると、パラレイラはまた魔法具に手を伸ばし、作業を続けようとする。
「いやいやいや、それはないっしょ。 お客さんですよー。」
パラレイラの身体ごと向きを変える。
パラレイラは顔をしかめて、舌打ちをした。
「ちょっと入れ込み過ぎですよ。 破滅寸前って感じ。」
「……余計なお世話だ。」
前々から、錬金術にのめり込み過ぎた人の末路を耳にしてはいたが、まさに見本のような状態だ。
写真に撮って、魔法具店に張っておいた方がいいんじゃないか?
錬金術に手を出す前、錬金術に手を出した後、って感じで。
比較で貼っておくべきだろう。
ミカは机の上にあった設計図に気づく。
設計図に書かれた、最終的に出力される魔力量を軽くチェックした。
「全然足りませんね。」
「…………あ?」
ミカの言う言葉の意味が分からず、パラレイラが不機嫌な声を出す。
「魔力量ですよ。 多分、”銅系希少金属”が生成され始めるのは百八十万からの出力が必要です。」
「ひゃ、く……っ!?」
パラレイラが顔を引き攣らせ、絶句する。
現在パラレイラが作成している魔法具の想定魔力量は五十万。
ミカが見せた試作の回路図は、魔力量十万超えくらいだった。
そこから五倍にしたのだろうが、そんなものでは何も起きない。
ミカも厳密に計った訳ではないが、魔力安定の魔法具の想定出力の、九十%超くらいから”銅系希少金属”は生成され始めた。
そこから逆算すると、凡そこのくらいの魔力量が必要かな?というのは分かる。
「そんな魔法具を作ったところで、どうやって動かすんです? 無いでしょう、そんな魔力。」
「……お前は、そんな膨大な魔力…………どうやって?」
うわ言のようにパラレイラが言う。
だが、ミカはそれには答えない。
さすがに”吸収翼”を見せる訳にはいかない。
「結局、僕の魔法具も耐え切れず壊れました。 装着型だったんですが、大怪我しましたよ。」
ミカはあえて話をズラした。
近くにあった椅子を引き寄せ、腰を下ろす。
「パラレイラさん。 ちゃんと課題が見えてますか? 断言しますけど、魔力量の問題が解決したところで、絶対に希少金属は作れませんよ?」
ミカが指摘すると、パラレイラが悔しそうに歯を喰いしばる。
残念ながら、パラレイラの問題は魔力だけではない。
そもそも、それだけの魔力量があっても、それで何をするのかが分かっていないのだ。
(……そんなのは、百も承知か。)
おそらく、パラレイラは逃げていたのだろう。
希少金属の生成で先を越され、ヒントは魔力を安定させる魔法具。
理由は分からないが、とにかく大きな魔力があれば何とかなるかもしれない、と魔法具作りに打ち込んだのだ。
そんなことでは、辿り着けないと分かっていながら。
目を逸らしていた。
俯き、顔を歪めるパラレイラを見て、ミカは溜息をつく。
本当に、根っからのマッドサイエンティスト。
いや、狂った錬金術師とでも言うべきだろうか。
「答えが聞きたくなったら呼んでくださいって言ったのに。」
ミカがそう言うと、パラレイラが顔を背けた。
プライドが邪魔するのか、素直には「教えてくれ」と言えないのだろう。
自分で解き明かしたい、というのもあるのかもしれない。
ミカはやれやれ……と肩を竦める。
「物質の構成を知る必要があるって言いましたよね。」
「あ、ああ……。」
ミカはそこで、部屋の中をきょろきょろと見回す。
「……? 何探してんだ?」
「前に、パラレイラさんに貸してもらった資料です。 ほら、最後に借りた。」
「んん? あー……、あれか。 あれなら、確かこの辺に……。」
そうして、パラレイラが部屋の隅に積まれた資料を探す。
が、ない。
「あれ? どこいった?」
「こっちにはないんですか?」
ミカは、別の資料の山を指さす。
そうして、三十分ほど二人で資料を探した。
「部屋、片付けましょうよ。」
「………………。」
ミカが呆れるように言うが、パラレイラは沈黙を貫いた。
前に言った時は「余計なお世話だ」と言い返されたが、今回は言い返せないようだ。
ようやく見つけた資料を一旦脇に置き、ミカはどうやって話そうか少し考える。
「鉄をどんどん小さく切っていったら、どうなりますか?」
そんな、関係なさそうな話から始める。
「どんなに小さくしたって、鉄は鉄だろう?」
「それはそうなんですけど、鉄にも鉄であるための最小単位があるんですよ。」
「鉄で、あるため……? 最小単位?」
パラレイラが怪訝そうな顔になる。
それでも最初に見た時よりは、幾分かまともな顔になっていた。
「物質の構成と言ったのは、そういう話です。 鉄に限った話ではないんですが、どんな物でも小さく小さく切っていったら、最後はどうなります?」
「どうって……。」
物質の最小単位、原子。
まずはその概念を知る必要がある。
「物質とは何か。 その正体をまず考えてください。 これはどんな物質でも同じです。 鉄も、銅も。 勿論”銅系希少金属”もです。」
ミカがそう言うと、パラレイラが目を見開く。
ミカは深く息を吸い込み、真っ直ぐにパラレイラを見る。
「”銅系希少金属”の正体は銅です。 銅という物質の、大きな括りの中の一つ。 ……とでも言えばいいですかね。」
パラレイラは驚き、瞬きも忘れてミカを見ていた。
「……銅、……大きな括り?」
掠れた声で、パラレイラが呟く。
ミカはそれに対し、しっかりと頷く。
脇に置いていた資料を開く。
「ここからは僕の仮説です。 結果的に”銅系希少金属”の生成に成功したので当たっていると思いますが、一つひとつを検証した訳ではありません。 そういうのをすっ飛ばして、成果だけ得てしまったので。」
それはそれで、乱暴な話だ。
できれば、パラレイラには仮説の足場固めをお願いしたい。
ミカは資料の中の、原子モデルのページを開く。
「僕はこれが、物質の最小単位を表していると考えました。」
「これが、か……?」
パラレイラは目をしばたたかせ、その図を見る。
きっと「何のこっちゃ」と思っていることだろう。
「こっちは、その最小単位を構成する物。 こっちは、その最小単位を構成する物を、構成する物。」
「は?」
パラレイラがぽかんとした表情になる。
ミカは原子核や核子のページを、ざっと流す。
「いやいやいや、待て待て! 最小の単位だろう!? 何で最小の、更にその下があるんだ!」
まあ、そういう反応になるのが普通だろう。
本当に、こんなのに最初に気づいた人は頭がおかしいと思う。
…………勿論、褒めてますよ?
「物質を、一億分の一、百億分の一、一兆分の一の小ささまで確認できれば、物質がどうやってできているか分かるんじゃないですかね。」
「億に、兆だと……?」
呻くように言うパラレイラに、ミカは笑いかける。
パラレイラには、イカれた錬金術師ではなく、この世界初の科学者になってもらおう。
神という存在が居座ることで、人々が目を向けなかった部分に光を当てる。
科学の先駆者。
そのついでに、魔力そのものについても解明してくれると嬉しいな。
「前から思ってたんですがね。 皆、基礎を疎かにしすぎなんですよ。 普通に使ってますけど、そもそも魔力って何ですか? 何ができて、どんな性質があって、どうやって生み出されるのか。 何にも分かってないのに、ただ使っているだけ。」
まあ、それはミカも同じではあるが。
「物質だってそうです。 パンと石は何が違う? 水が凍ったり、沸騰するのは? 火を近づけると、なぜ燃え移る? そもそも、何で火は熱いの? 説明できますか?」
「それは……。」
一気に捲し立てるミカに、パラレイラは言葉が詰まる。
「錬金術の前に、もっと目の前のことに目を向けましょうよ。 目の前の物さえロクに分かっていないのに、夢物語を追ってる場合じゃないでしょう?」
「それじゃあ、お前は分かってるのかよ!」
「ええ、分かってますよ。」
事も無げに言い切るミカに、パラレイラは二の句が告げない。
目をしばたたかせ、ミカを見る。
「…………………………分かって、る……?」
「ええ。」
まあ、ミカにも魔力のことは分からない。
原子だ原子核だというのも、知識として詰め込んだだけのもの。
あまり深く突っ込まれると、ボロが出そうだが。
「すべてを知っているとは言いませんけど、少なくとも希少金属の仮説に辿り着いたのは偶然じゃない。 またあの時に戻って、その資料を目にすれば、同じ仮説に辿り着きます。 何度でも。」
これは、確信を持って言える。
毎回馬鹿馬鹿しいと思いながら、それでも同じ結論に辿り着くだろう。
自信あり気なミカを、驚いた表情のままパラレイラは見つめた。
思いつきや閃きではないと言うのは、意外だったのだろう。
もしかしたら、なぜミカに閃くことができて、自分は閃かなかったのか。
それすらも、悔しかったのかもしれない。
「錬金術も面白いとは思いますけどね。 この世界そのものを取り巻く現象、構成する物を解明してみませんか?」
「この、世界を……。」
所謂、理と言われたりするもの。
物理法則でも何でも、まずは根本となる理論を確立させるべきだろう。
「まずは、ゆっくり寝てください。 それから、次の目標をじっくりと考えてみてください。」
ミカは、まるで憑き物でも落ちたかのようなパラレイラに、提案する。
そんなくたびれた状態では、ロクに頭も回らないだろう。
だが、ミカが声をかけてもパラレイラは俯き、考え込んでしまった。
(…………とりあえず、無茶な魔力量の魔法具は中止してくれるかな?)
寮が吹き飛ぶような惨事は防げそうだ。
まあ、科学の実験でもそのうち大事故は起きそうだけど。
(俺が学院に通ってる間だけ防げればいいや。)
その後のことまでは知らん。
ていうか、そろそろまじで寮じゃなくて、どこかに実験室でも必要じゃないか?
(宮廷魔法院に戻るのが一番なんだろうけど、経緯を考えれば、絶対無理だよなあ。)
中々に困った問題である。
それでも、とりあえず当初の目的を果たし、胸を撫で下ろすミカなのだった。
■■■■■■
火の3の月、1の週の火の日。
王都にある廃屋敷。
庭には草が伸び放題で、屋敷自体も相当に古い物のようだ。
「オ”オ”オ”オオオオオォォォ……ッ!」
「ガァァァアアアーーーーーーッ!」
ミカはエントランスで”幽霊”と戦闘をしていた。
戦闘とは言え、ミカからすればほぼお遊びである。
魔力安定の魔法具を着けているため、膨大な魔力を自在に操れるようになった。
”吸収翼”を出せば、高濃度の魔力範囲を一気に展開し、範囲内の”幽霊”を瞬時に全滅させることも可能になったのだ。
だが、それでは暇潰しにもならないので、あえて魔力を纏い、一体一体魔石を掴み取って倒している。
それでも、念のために”吸収翼”は出しているが。
どうせ”自動解呪”で必要になるだろうし。
そうしてミカが遊んでいると、フィーがふよふよ~……と奥からやって来た。
「お、見つけた?」
ミカがそう聞くと、フィーが一瞬だけ光を強める。
その返事を見て、ミカは残った三体の”幽霊”を一瞬で倒す。
そうしてミカが両手を開くと、使い道の無い魔石がパラパラと床に落ちた。
「奥にも”幽霊”とか居た?」
フィーが一瞬だけ光りを強める。
どうやら、まだいるらしい。
フィーに呪いを見る力があることが分かってから、ミカは呪いの特定作業をフィーにやらせるようになった。
すると、効率が有り得ないほどに上がった。
呪いの探索をフィーに。
解呪は”自動解呪”で。
時間のかかっていた部分がスムーズに片付くようになったため、今では現場に到着してから十分、二十分で作業完了なんてこともザラにある。
ごく稀に、屋敷の外に原因があったとか、隠し部屋があったなんてこともあるが、大抵の依頼が瞬殺だ。
おかげで平日の放課後でも、一日に二件三件と回れるようになった。
夏になり日が延びたことも大きい。
そのため、作業時間よりも移動時間の方が長いなんてことも普通に起きるくらいだ。
ミカを先導するように、フィーがふよふよ~……と進む。
”幽霊”などの魔物は、なぜかフィーには反応しない。
以前、”幽霊”から”生気奪取”というのを喰らったことがある。
もしかしたら”幽霊”などの”不浄なる者”は、その生気とやらに反応して襲い掛かってくるのかもしれない。
ミカは現れた”幽霊”を片っ端から倒し、フィーの先導する通りに進む。
「うげっ。」
ある部屋の前を通りかかり、思わず声が漏れる。
普通に”悪霊の群体”がいた。
天井付近でじっとしている。
(珍しいな。 意外とレアなんだよなあ。)
嬉しくないけど。
それでも、何だかんだ二年振りである。
ミカは”地獄耳”を発現し、呪縛の叫び声に警戒する。
そうして部屋に踏み入ることなく、部屋の入り口から【祓い】の【神の奇跡】を発現させる。
「燦然と輝き、遍く世界を照らしたる光の大神。 ――――。」
使用する魔力を、魔力枯渇を起こすギリギリくらいに留める。
それでも、一回の【祓い】だけで”悪霊の群体”は全身からいろんな物をブシャァーッ!とまき散らし、手足などがもげまくった。
相変わらず、グロい……。
二年前と比べてミカの魔力量も増えたのか、全賭けではなかったが一撃で”悪霊の群体”を倒せた。
前は何回も喰らわせる必要があったのだが、こいつが弱いのか、ミカが強くなったのか。
まあ、どっちでもいいか。
できれば、もう見たくないです。
そうして辿り着いたのは、子供部屋のような場所。
床には人形や髪飾りが落ちていた。
フィーは部屋の中に入って行くと、ベッドの下あたりを漂う。
「ベッドの下に何かあるのか?」
ミカはベッドの横に膝をつき、下を覗き込んだ。
「何してるの、お兄ちゃん?」
「ひゃあっ!?」
その瞬間、声をかけられ心臓が止まりそうになった。
振り返ると、ベッドの下を覗き込もうとしたミカを、七~八歳くらいの女の子が覗き込んでいた。
「何してたの?」
そう言って、女の子が首を傾げる。
フィーが忙しなく点滅をくり返すが、ミカは手を伸ばしてフィーを止めた。
「……お兄ちゃんはお仕事で来たんだ。 ここは、もしかして君の部屋?」
「うん。 そうよ。」
女の子が明るい笑顔で答える。
その笑顔見て、ミカは反って悲しくなってしまう。
なぜなら、その女の子は”幽霊”だったから。
実体を持たない存在。
そのことに気づいているのか、いないのか。
”幽霊”となりながらも自我を保ち続ける少女を見て、ミカは胸が締め付けられるような思いになった。
「お兄ちゃんは、御使い様なの?」
女の子は、ミカの背中にある光の翼をじっと見つめ、尋ねる。
さて、どう答えたものか。
一瞬だけ迷ったがミカは微笑み、頷くことにした。
「すごいね。 よく分かったね。」
「だって、綺麗な翼が見えてるもの。 きらきらしてて、本当に綺麗……。」
そう、女の子はうっとりしたような目で翼を見つめていた。
「あれれ? もしかして君には、この翼が見えるのかい?」
「ええ、見えるわ。 とっても綺麗な、御使い様の翼。」
ミカが少し芝居がかったセリフを言うが、女の子はにこにこしながら答える。
「それじゃあ、キミはとっても良い子だったんだね。 この翼は、良い子にしか見えない翼だから。」
「本当っ!?」
女の子が、驚いたような、嬉しいような、そんな表情で尋ねる。
「勿論、本当だよ。」
「それじゃあ、それじゃあさ。」
ミカが肯定すると、女の子が少しもじもじした。
「なーに?」
「御使い様は、もしかして…………、お迎えに来てくれたの?」
女の子はミカの顔色を窺うような、心配そうな表情で尋ねる。
それを聞き、ミカの胸がギューッと痛む。
(…………気づいて、いたのか……。)
この子は、自分がすでに命を落としていることに気づいている。
ミカは思わず呻きそうになるが、何とか堪えた。
そうして、無理矢理に笑顔を作った。
「そうだよ。 僕はお迎えに来たんだ。 君が迷わず神々の下に着けるようにね。」
「わあぁ! お話は本当だったのね!」
女の子の表情がぱっと笑顔になる。
ミカは纏っていた魔力を解除し、女の子の頭を撫でた。
触れた手から伝わる、若干の痛み。
おそらく”生気奪取”が起きている。
(”生気奪取”って、自然に起きてしまうものなのか?)
女の子から敵意は感じられない。
多分、触れれば勝手に起きてしまう現象なのだろう。
(……呪いも感じる。 でも、弱い。)
この子自身も、呪いのような状態になっていた。
ただ、弱い呪いなので、屋敷の呪いとは別だろう。
(……自我を保った”幽霊”。 それに、呪い。 どうなってんだ?)
初めての事態で、ミカにも戸惑いがある。
それでも、この子をこのままにはできない。
「僕はミカ。 君の名前は?」
「ルネーシーです。 御使い様。」
「ルネーシーか。 いい名前だね。 僕のことはミカでいいよ。」
ミカが笑いかけるが、ルネーシーは恥ずかしそうにもじもじする。
(…………”幽霊”を退治するみたいなやり方は、嫌だな。)
ただの感傷だろう。
それでも、ただ魔力で削っていくようなやり方はしたくなかった。
(呪いを解除していけば、自然に還ることができるのかな……?)
ミカは解呪を試してみることにした。
「ルネーシーはいくつ?」
「八歳です。 …………もうすぐ。」
「あはは、そっか。」
ミカはあえて明るく振る舞い、他愛のない話を続けた。
そうしている間に、ルネーシーの解呪を試みる。
だが、不思議なことが起きた。
(……何で? どうなってんだ?)
いくら解呪を進めても、先に進まない。
いくつか解呪をしていると、「さっきもやったぞ?」というパターンが出てくるのだ。
(これは……、ループしているのか?)
理由は分からない。
だが、解呪したパターンが復活し、後から後から何度でも出てくる。
ルネーシーから感じる呪いの強さを考えれば、そこまで深い構造ではないはず。
それなのに、手作業とは言え、いくら解呪しても解呪できなかった。
ミカは内心の焦りを悟らせないように、微笑みながら会話を続けた。
そうしているうちに、ルネーシーがおずおずと手を伸ばす。
どうやら、ミカの翼に触れたいらしかった。
「触ってみる?」
「いいの!」
ミカが声をかけると、嬉しそうな声を上げる。
ミカは翼を前に伸ばし、ルネーシーを包み込むようにしてやった。
「わぁあ!」
満面の笑顔で、ルネーシーが翼に触れる。
その時、ミカの解呪した呪いが持って行かれた。
(何だ? 何が起きた?)
どうにも、よく分からないことが多い。
試しにもう一度解呪すると、再び今解呪した分が持って行かれる。
ミカは翼を背中に戻す。
「ああー……。」
ルネーシーが少し残念そうに声を漏らす。
「ごめんね。 ちょっと待ってね。」
ミカはそう言いながら解呪を行うが、今度は持って行かれるような感覚はなかった。
(”吸収翼”が、吸ってる?)
解呪した部分をそのままにしておくと、どうやら復活してしまうらしい。
だが、ルネーシーが”吸収翼”に触れていると、解呪した瞬間にその分の魔力を吸っているのかもしれない。
そうして魔力を吸われることで、その分は復活することがない。
(状況だけを考えると、そんな感じか?)
こんなにすぐ復活してくる呪いというのは初めてだが、一回一回魔力が失われればいいらしい。
ミカは再び翼を前に伸ばす。
ルネーシーが嬉しそうに手を伸ばした。
そうして残りの呪いも一つずつ解呪していく。
いくつもの呪いを解いた時、
「あ……。」
ルネーシーが呟いた。
呪いが呪いを維持できなくなり、完全に解呪された。
「ありがとう、御使い様…………ミカ様。」
ルネーシーははにかみながらそう言うと、スゥー……と消えていく。
ルネーシーの姿が完全に消えると、ミカの目から涙が溢れた。
「…………どうしてっ……こんな良い子が……っ!」
呪いになんて、なってんだっっっ!?
事情も、理由も、経緯も、何もかも分からない。
それでも、あんな風に呪いになってしまったルネーシーが、あまりにも不憫だった。
「何なんだよ、呪いってっ……!」
ミカは拳を握り締め、ただルネーシーが静かに眠れることを願った。
その後、しばらく立ち尽くしていたが、ベッドの下にあった香炉のような物を引っ張り出し、呪いを解呪した。
帰りに少しだけ樹酒を買い、飲んだ。
飲み慣れない酒を飲み、ミカはすぐに足がおぼつかなくなり、吐いた。
ふらふらとしながらも何とか家に帰りつき、心配するキスティルとネリスフィーネに「少しだけ放っておいてほしい」と頼んで、夕食も摂らずに眠った。
翌朝、二日酔いになった。




