第206話 錬金術師の密約
火の1の月、3の週の火の日。
ミカは学院の授業の時間、ぽけぇ~……としていた。
”銅系希少金属”の生成に成功し、とりあえずやることが無くなってしまった。
故障原因の調査はアーデルリーゼに依頼しているので、改良型を作成するのは結果が出てから。
一度自分で作成したので、あとはアーデルリーゼに魔法具作成を依頼してもいいだろう。
ミカは机に肘をつき、頬杖をつく。
レーヴタイン組の皆はまだ、【落石】や【信仰心】を習得していない。
リムリーシェが、そろそろ全賭けによる習得を開始しようかな、と言っている段階である。
クレイリアをちらりと見る。
クレイリアとは、一時期少しだけ気まずい感じになったが、今ではほぼ元の関係だ。
ただ、婚約についてや、婚約破棄の偽装についてはまったく話ができていない。
クレイリアと二人きりになることができないからだ。
護衛騎士の前でそんな話をする訳にもいかないので、結局は棚上げのまま。
だが、おそらく侯爵はサーベンジールで、着々と準備を進めていることだろう。
腹立たしいが……。
リムリーシェの方を見ると、立って呪文の詠唱をしている。
本人曰く、何となく立った方が集中できるような気がする、らしい。
リムリーシェは【神の奇跡】の方は近々全賭けに切り替えるとして、魔法の方もこつこつと練習をしているようだ。
と言っても、魔法は寮に戻った後、こっそりやっているらしいが。
何でも、氷を作り出すことには成功したようだが、お湯はまだ作れないそうだ。
何が違うのだろう?
まあ、本人のイメージ次第なので、お湯もそのうちできるようになると思われる。
(次は、”火球”でも見せてあげようかな。)
水が作れて、火も起こせて、となると本当にサバイバル生活は楽になるだろう。
(まあ、そんなのが必要にならないのが一番だけどさ。)
練習するのに苦労するだろうけど、できるようになると、いざという時に便利だ。
ただし、女子寮が火事にでもなると大変だ。
練習場所や練習の方法は相談に乗ってあげた方がいいだろうか?
ミカは前の席のレーヴタイン組を眺める。
皆、思い思いに【神の奇跡】の習得を目指し、頑張っていた。
(…………俺も、次のやること見つけないとなあ。)
希少金属の次。
不老不死?
(いらねー。)
ミカは自分の想像に、げんなりした顔になる。
永遠に生きたいなんて、欠片も思わない。
そんな存在は、害悪にしかならないだろう。
順繰りに世代交代していき、老いた者から死んでいく。
この理だけは、絶対に崩すべきじゃない。
不老不死だらけになれば、いずれ人口は飽和する。
死ぬことを忘れた人間がどんな行動に出るか、まったく想像もつかない。
不老不死だけは永遠の夢にしておくべきだろう。
ミカは天井を見上げる。
(本当、次は何しようかなあ……。)
そんなことを考えながら、一日を過ごした。
放課後、パラレイラの部屋。
成分分析機に沢山付いている小さな水晶が、ぴこぴこと点滅する。
(もしかして、あれって水晶じゃなくて精霊球か?)
多分、使い道の限定された安い物だろうけど、あの数を考えれば相当な費用なのは分かる。
精霊球の分だけでも百万ラーツはかかっているだろう。
パラレイラは、その点滅する精霊球をじっと見ている。
眉間に皺を寄せ、その目はまるで睨んでいるようだった。
「……嘘だろ。」
呻くように呟き、成分分析機から黒い石ころを取り出す。
先日作った”銅系希少金属”だ。
「結果はどうですか?」
ミカは黒いスパイシードリンクに茎をがしがし突っ込みながらながら尋ねる。
この茎が刺激成分らしく、刺激の度合いを自分で調整するんだって。
前にこれ齧ってた人いるけど、真似したらえらい目に遭ったよ。
「どうやって作った……?」
パラレイラが、その鋭い目つきでミカを睨む。
ミカはドリンクをかき混ぜ、ちびりと一口飲む。
ちょっと刺激が強過ぎたか?
「先に結果を教えてもらいたいんですけどね。」
「…………測定不能だ。」
パラレイラが、呻くように呟く。
「成分分析機では、純度が九十九.九%超えるとそれ以上は測定できない。 揺らぎを検出するために必要な最少の量ってのがあって、それ以下が紛れても検出できないんだ。」
「なるほど。」
前に、遺跡から純希少金属製の武器や防具が発見されたと言っていたが、あれらも実際には鑑定で九十何%以上だかの結果が出た物を、『純』と言っているらしい。
実際の純度は、パラレイラにも分からないと言うことだった。
それでも、そこまで純度が高いことが分かれば十分だ。
ミカはドリンクを一気に呷る。
「くぅぅーっ……。」
喉に強い刺激を受け、思わず呻く。
なんか、段々俺も癖になってきたぞ。
パラレイラの部屋に来るとよく出されるドリンクの刺激に、ミカも慣らされていた。
「それで、どうやって作ったんだ?」
「知りたいのはヒントですか? それとも、答え?」
「何……?」
ミカの言葉に、睨むようだったパラレイラの目に戸惑いが浮かぶ。
ミカとしては、パラレイラになら教えてもいいかな、と思っている。
自力で作ってみせた、などと言う気はない。
パラレイラのおかげで非常に効率的に錬金術の知識を得られ、貴重な遺跡の情報も惜しみなく提供してくれた。
アーデルリーゼの店を紹介してくれたことも、大きく前進するきっかけになった。
それらがなければ、ミカも銅の同位体という答えに辿り着き、そのための魔法具の作成がスムーズに進むことはなかっただろう。
最短で一から希少金属生成までを駆け抜けられた、その功績はパラレイラにも分けるべきだと思っている。
ただ、ミカだから気づいた部分も勿論ある。
それらを加味すると、一から十まですべて開示するものちょっと引っかかるが。
「……答えを教えろと言えば、教えるのか?」
「そうですね。 それでも構わないと思ってますよ。」
ただし、説明はしないけど。
パラレイラには、物理学などの知識はない。
【神の奇跡】以外の魔法の知識もない。
答えだけ提示されても、途中の式がなければ理解はできないだろうし、式があっても説明がなければやはり理解できない。
少々意地が悪い気もするが、ミカも簡単に自らの優位を捨てるつもりはなかった。
ミカがあんまりあっさりと言うので、パラレイラは「本当に教える気があるのか?」と訝しんでいる顔をした。
そんなパラレイラに、ミカはあっさりヒントを提示する。
「パラレイラさんは、僕が何を作っていたか見ているじゃないですか。」
「お前が、作っていた物? ……あの、中身のない魔法具か?」
ミカは素直に頷く。
材料の入手先の相談をするため、回路図を見せている。
「あれは結局ボツになりましたけどね。 要はあれの発展形から作ったんですよ。」
「あんな物からだと!?」
パラレイラが驚き、大きな声を上げる。
あんな物とは失敬な。
「魔力の隠蔽方法からでは、おそらく答えには行き着かないと思いますよ。 もっと、物質の構成そのものに深く関わる知識が必要です。」
「物質の、構成……。」
ミカはコップを置いて立ち上がった。
「ご馳走様でした。 あ、黒い石はサンプルに差し上げます。 売ればすんごい金額になりそうですよ。」
そう言って、雑嚢を肩にかける。
パラレイラが驚いた顔をして、手元の黒い石を見た。
「答えが聞きたいと思ったら、呼んでください。 それじゃ。」
「あ、ああ……。」
ミカが部屋のドアに向かうが、パラレイラは特に引き留めることなく見送る。
見送るというよりは、いろいろ思考が追いつかずに混乱しているのだろう。
ゆっくり考える時間が必要だ。
ミカはそのまま寮を出た。
口止めなどはしていないが、まあパラレイラがぺちゃくちゃ外で余計なおしゃべりするとは思えない。
そんな性格だったら、そもそも宮廷魔法院を追い出され、魔法学院の男子寮に押し込められてなんかいないだろう。
「さて……、こっちはこっちで、少し動くかな。」
そんなことを呟き、ミカは歩きながら思考を巡らせるのだった。
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火の1の月、5の週の風の日。
第三街区のボロ家。
暗殺屋ギルドのマスターに借りた家にほど近い、不気味なくらい周囲に人気のない一軒家。
テーブルを囲んでヤロイバロフ、オズエンドルワ、鍛冶屋の親っさん、アーデルリーゼの四人が、やや戸惑いながら座っている。
第二街区に行きたくないというアーデルリーゼのために、第三街区での会合となった。
「……こんなとこに呼び出して、何事だ坊主? しかも、メンバーがよく分からん。」
ヤロイバロフはアーデルリーゼのことは知らないらしい。
というか、ミカ以外は皆アーデルリーゼに会ったことはないようだ。
「ここに集まってもらった皆さんは、今日ここに来たことを秘密にすると約束してくれた人たちです。 見聞きしたことを一切漏らさず、また知り得た情報を悪用することはないだろうと僕が判断した人でもあります。」
「悪用?」
ミカの説明に、オズエンドルワが少々怪訝そうな顔になる。
ミカは魔法具の袋から、”銅系希少金属”の延べ棒を一つ取り出して、テーブルに置く。
見た目よりも遥かに重い延べ棒が、ゴトッと音を立てると、ヤロイバロフ、親っさん、アーデルリーゼの表情が変わった。
オズエンドルワは、これが何か分からないようだ。
「おいおい、坊主。 ちょっと待ってくれ。 そいつはまさか……!?」
「高純度の”銅系希少金属”です。 正確な測定はできないのですが、かなり百%に近いです。」
「百%!?」
親っさんに続き、アーデルリーゼが前のめりになって、”銅系希少金属”の延べ棒を凝視する。
「お二人には、こちらを一本ずつお貸しします。 純度を落とさない、加工や利用方法の研究に自由に使ってもらって構いません。 ただし、所有権は僕にあります。 …………職人や技術者として、もしご興味があればですけど。」
勿論、興味があるのはリサーチ済みだ。
高純度の希少金属なんて幻の品があれば、無報酬でも仕事がしたいと言っていた二人である。
超希少な材料に、血が騒ぐことだろう。
「……変なこと聞いてきたと思ったら、こんなのを隠し持ってたなんて。」
アーデルリーゼが、呆れたような口調で言う。
「アーデルリーゼさんには、これを使って魔力安定の腕輪も作ってもらいたいんです。 前のは、あっという間に壊れちゃったので。」
「また、あれを作るの?」
ミカは頷いた。
「以前の物よりも、更に安定させられる、高出力な物をお願いします。」
「あれよりも……?」
ミカがそう言うと、アーデルリーゼが目を瞠り、それから息をつく。
「まったく……。 とんでもない坊やだこと。」
口ではそう言いながら、受ける気まんまんのようだ。
口元が笑っている。
親っさんとアーデルリーゼに延べ棒を一本ずつ渡すと、喜々として眺めたり撫で回したりしている。
アーデルリーゼさん、怪我しないでね。
重いんだから。
「それで、ミカ君。 我々を呼んだのは、どういう意図があってだい?」
こちらの話が一段落してから、オズエンドルワが聞いてくる。
「お二人にも、同じ物をお譲りするつもりなんです。」
「何だとっ!?」
ミカの答えに、ヤロイバロフが驚いた顔になる。
「お二人は、損とか得とか関係なしに僕を助けに来てくれました。 何より、絶対に悪用するようなことはないだろうって、信頼ができます。 なので、お礼も兼ねてお譲りします。 どういった物を作れるかは今後の研究次第ですが、まずは腕輪とかを作るのがいいかもしれませんね。」
ミカがそう言うと、ヤロイバロフとオズエンドルワがぽかんとした表情になった。
「今は数に限りがありますが、今後量産できれば”銅系希少金属”を使って武器も作ってもらいましょう。」
「いやいやいや、待てって! こんなの受け取れるか!? それに、量産だと!?」
ヤロイバロフが慌てて固辞し、オズエンドルワが頷く。
だが、ミカは涼しい顔だ。
「お二人には是非とも持っていてもらいたいんですけどね。 ロクでもない奴が暗躍しているようですし。」
「…………例の二人か。」
ヒュームスとアークゥ。
オズエンドルワの呟きに、ミカは頷きながら補足する。
「赤茶けた髪の青年もいますよ。」
「そうだな。」
オズエンドルワは頷くが、ヤロイバロフは変な顔になる。
赤茶けた髪の青年のことは合成魔獣関連で話したが、ヒュームスとアークゥについては伝えていない。
まあ、勝手に話していいことでもないので、ミカからは言えないのだが。
「王国内に、確実にロクでもないのがうろついています。 王都内にいるかは不明ですが、まったく何もしていないということはないでしょう。」
「おそらく、そうだろうな。」
ミカの意見に、オズエンドルワも異論はないようだ。
「騎士団全員に持たせられればいいんですが、さすがにそこまで信用できるかって言われると、ちょっと……。 悪人に奪われて、悪用されることも考えると……。」
「そのリスクは、当然考えるべきだ。」
オズエンドルワやヤロイバロフから奪える者は、そうそういないだろう。
しかし、一般の騎士ではどうか。
「お二人には、長所を伸ばすのか短所を補うのかは任せますので、今よりももっと強くなってもらえると安心なんですけど。」
そう、ミカはヤロイバロフに笑いかける。
ヤロイバロフが、少し困った顔になった。
「……俺にもっと強くなれなんて言った奴は、坊主が初めてだ。」
「あはははっ。 そうかもしれませんね。」
ヤロイバロフの呟きに、思わず笑ってしまう。
すでに人の領域の外にいるような強さのヤロイバロフに、その上を求めるなんて普通はしないだろう。
「……だけど、相手もどんな強さを持っているか分かりません。 だから、その時のために備えて欲しいんです。 お二人には。」
ミカがそう言うと、二人は頷いた。
「そう言うことなら、有難く受け取っておくぜ。 どんな物にするか、考えておく。」
「そうだな。 ありがとう、ミカ君。」
よし。
王都の防衛としては不安が残るが、少なくともこの二人がいる場所はそうは簡単に陥落しない。
いざという時に信頼できる戦力があるのは、ミカとしても心強い。
「それで、さっきのなんだがな……。」
ヤロイバロフが片眉を上げて、怪訝そうな表情になる。
「量産ってのは、何のことだ?」
その言葉に、全員の視線がミカに集まった。
皆も、ある程度は予想が付いているのだろう。
やや緊張した面持ちだ。
ミカも真剣な顔になり、四人の顔を見まわす。
「勿論、僕が作りました。」
「……まさか。」
「錬金術……?」
そんな呟きが聞こえてくる。
「今さら確認するまでもないと思いますが、他言無用でお願いしますね。 もっと”銅系希少金属”で遊びたければ。」
ミカがそう言うと、親っさんとアーデルリーゼが頷いた。
ミカでは材料はあっても、その利用方法にどうしても限りがある。
なので、信頼できる鍛冶職人や魔法具の技術者を引き込むことは必須。
下手にどこかで鉱床を見つけたなんて言っても、嘘がばればれだ。
だったら、一蓮托生に巻き込むしかない。
「親っさんとアーデルリーゼさんは、これからも週一くらいで会合を開きたいと思います。 研究結果や課題の報告をお願いします。」
そう言ってミカはアーデルリーゼを見る。
「研究に没頭し過ぎて、すっぽかしたとかは勘弁してくださいね。」
「それはどういう意味、坊や?」
アーデルリーゼが、ミカをじと目で見てきた。
どうも、熱中し過ぎるとすべてを忘れてしまうようなイメージがある。
まあ、そのイメージの原因はパラレイラだろうけど。
個別でミカが報告を聞くだけでなく、二人を集めて報告会の形を採るのは、お互いに相手の研究結果を聞いていた方がいいだろうという判断からだ。
思ったようにいかない時などに、相手の研究結果にヒントが眠っているかもしれない。
特に、最初は二人とも手探りになる。
自分の思いつかないことを相手がやれば、そこから更に発展させた何かを思いつく可能性もある。
アイディアから、新たなアイディアを生み出す。
集団発想法の基本だ。
「お二人の装備品作成に取り掛かるのは、実際は少し先になります。 それまでじっくり理想の自分を思い描いていてください。 そして、そこに至るのに必要な”何か”、も。」
ミカがそう言うと、ヤロイバロフとオズエンドルワが頷く。
”銅系希少金属”という希少金属を、有効に活用する。
そのための、密約で結ばれた集団がここに結成されたのだった。
密売人と警察が同席してるけど、まったく問題ないよね。
この会で何が行われようと、すべては秘密なのだから。




