第204話 禁じられた仕事
水の2の月、4の週の土の日。
ミカは放課後の特訓が終わった後、冒険者ギルドに来ていた。
引っ越しがあったりして、かなりバタバタした毎日を過ごしていたが、ようやく少し落ち着いた。
庭に作った窯を片付け、引っ越した家にも新たに窯を作る。
冷蔵庫のために床下を補強していた”鉄壁”も撤去。
これらが思った以上に大変だった。
ミカの魔法で作った物は、ミカの思い通りに動く。
だが、それには時間的?制限があるようだ。
窯を組んでいた”石弾”も床下の”鉄壁”も、ミカの意思で動かせなかった。
そのため手作業での片付けが必要だった。
窯の”石弾”はまだいいとしても、床下の”鉄壁”は困った。
そのままでは大き過ぎて引っ張り出せないのだ。
”風刃”で鉄の塊を少しずつ切断し、鉄板にしてから一枚ずつ引っ張り出す。
摩擦熱で真っ赤になるので、”水飛沫”で冷水をかけながらやったりと、めちゃくちゃ手間がかかった。
引っ越し先に冷蔵庫を移動するのも重すぎるため、鍛冶屋の親っさんに移動の手配を頼んだりしていた。
ついでに、切り出した鉄板の引き取りも頼んだ。
なので、引っ越し先の床下の補強は、”石弾”で作ることにした。
石の方が壊しやすいからね。
そんなこんなで、ようやくいろいろ落ち着いて、少しギルドに顔を出せるようになった。
いつもの応接室に通され、リラックスした気分で紅茶を飲んでいると、少々困り顔のユンレッサが入って来た。
「大変だったわね、ミカ君。」
「まったくです。 いい迷惑ですよ、本当。」
ユンレッサにも、随分心配をかけてしまったようだ。
教会に監禁されてから、王城での監禁が解かれるまで、胸が何となくもやもやする毎日である。
まあ、胸のもやもやは今もだけど。
だが、ユンレッサはそれだけではないようだ。
何やら、言いにくそうにしている。
「どうかしたんですか?」
ユンレッサが困っているようなので、こちらから水を向ける。
すると、ユンレッサが頭を下げた。
「ごめんなさい、ミカ君。」
「ちょっとちょっと、どうしたんですか、一体。」
ミカが慌ててそう聞くと、ユンレッサが説明を始める。
「…………魔法具の袋の引き揚げが、禁止ですか。」
「ごめんなさい……。」
どうやら、王宮からの圧力により、冒険者ギルドで魔法具の袋の引き揚げを受け付けできなくなったらしい。
預かっていた分も依頼者に返却し、今後は一切受けられないという。
(……人の仕事を邪魔しやがって。)
四十個以上も無報酬でやらされ、勲章一つでチャラ。
そこはある程度覚悟していたし、まだ我慢できたが、まさかギルドにまで手を回してくるとは……。
かなりイラッとさせられる。
(まあ、危惧するのも分からなくはないけど。)
王宮や省庁から盗み出し、引き揚げさせれば機密が奪われ放題だ。
これまでは魔力登録という壁があったため、盗んでも金にならなかった。
しかし、引き揚げできるとなれば話は別だ。
ギルドにもミカにも、本当の持ち主が誰かなんて分からない。
盗んだ魔法具の袋を持ち込む輩だって、いないとは限らないのだ。
(元々、持ち主不在が前提のサービスだからな。 正当に入手したか、不当に入手したかは問わずに受けていたし。)
よくよく考えれば、この対応も仕方ないだろう。
イラッとはするけどね、イラッとは。
「まあ、仕方ないですよ。 どこが言ってきたかも見当がつきますし。」
「ごめんなさい……。」
ユンレッサの口からは言えないらしい。
バレバレだけどね。
「呪いの方は、排除や預かりも問題ないんですよね?」
「ええ、そっちは特に何も言われていないみたい。 何しろ、本部に直接命令が下ったみたいで。」
「それじゃあ、ユンレッサさんが謝ることじゃないですよ。 どうにもならないじゃないですか。」
「それはそうなんだけど……。」
ミカは気持ちを入れ替えて、ユンレッサに笑いかける。
だが、ユンレッサは申し訳なさ、いっぱいの表情だ。
「明日、預かり分の呪いの排除をやりますから、準備をお願いします。」
一カ月近く、無収入の状態である。
貯えがあるのですぐに生活が困る訳ではないが、やっぱりきちんきちんと毎月稼ぎがないと落ち着かない。
元サラリーマンとして……。
「分かったわ。 いつも通り朝からね。」
「はい、それでお願いします。」
そうして仕事の話をしているうちに、ユンレッサの気も紛れたのか、幾分か表情が柔らかくなった。
打ち合わせが終わり、新しい住所も伝えてミカが応接室を出ると、ロビーを歩いていたロズリンデがぶんぶん手を振ってくる。
どうやら、何かの張り紙を張り替えて来たようだ。
「聞いたわよ、ミカ君! 教会を潰しちゃうなんてやるじゃない! お姉さん、感心しちゃった!」
「人聞きが悪すぎるわっ! 僕は被害者です!」
周りの人がこっちを見て、ひそひそと話し始めたじゃないか。
ただでさえ噂が立ってるのに、相変わらず空気を読まないと言うか、何と言うか。
「教会が無茶苦茶やってたのは聞いてますよね? 僕はそれに巻き込まれただけなんですから。」
「あー、なんか教皇の執務室とかすごかったらしいわね。 純金の装飾品とかが山ほどあったって。 ……一個くらい残ってないかしら?」
「忍び込む気ですか……?」
捕まるよ、まじで。
相変わらずのロズリンデのてきとーさに、ちょっとだけ安心する。
ロズリンデはミカが王城に呼ばれたことまで、なぜか知っていた。
耳ざといね、本当に。
これだから噂好きは……。
「お仕事も一つ禁止されちゃってさあ。 ほんとムカつくわよねえ。 お姉さんが奢ってあげるから元気だしなさい! そうだ、今日飲み行こ!」
「飲めねーよ! 魔法具の袋に関しても、まあ仕方ないかなって思いますし。」
「そうなの? 本当はちょっとムカついてんじゃないのぉ? ちなみに、私はムカついてるわ!」
ロズリンデの、歯に衣着せぬところは本当にいいな。
矛先が自分に向くと厄介だけど。
「危険な【技能】って言われれば、その通りだと思うし。 まあ、最初はちょっとイラッとしましたけど。 考えてみれば当然か、って。」
「はぁー、ミカ君は大人なのねえ。」
ロズリンデが腰に手を当て、感心したように言う。
ロズリンデは、もう少し大人になろうな。
そんな雑談をしてから帰路につく。
新たに引っ越した家は、2区にある。
これまで住んでいた3区とは、東の大通りを挟んだ隣の区だ。
今後はキスティルとネリスフィーネの買い物は、南東の大通りではなく、東の大通りでする。
つまりは、生活圏を移動するということだ。
本当は王城を挟んだ反対側とか、大きく移動するべきなのだろうけど、そうすると困ることがある。
ミカの通学だ。
下手したら片道で十キロメートルとかになりかねない。
そのため、引っ越し先は隣の区だが、その代わりに生活圏は移るという選択をした。
キスティルとネリスフィーネは毎日の買い物で、どこどこの店が質が良いとか、どこどこが安いといった情報を蓄積中である。
何だかんだ二人が楽しそうにやっているので、ミカも安心していた。
新居は2区の中央付近、やや第二街壁に寄った辺りだ。
東の大通りから三百メートルくらい入った住宅街。
前の高級住宅街よりは少し騒がしいが、むしろ以前が静かすぎる場所だった。
近所の空き地で子供たちが遊んでいたりする、ごく一般的な住宅街と云えた。
新しい家は、前の家よりも広い。
敷地も家屋も広いが、3DKなのは変わりがない。
それでも間取りは結構違う。
まず、玄関を開けてすぐにダイニングキッチンだった、一般的な間取りとは違い、普通に廊下がある。
廊下の右の部屋がダイニングキッチン、倉庫や湯場、トイレなど。
左側にミカ、キスティル、ネリスフィーネの部屋がある。
家の中央で十字に廊下が交わり、北西の一画が丸まるミカの部屋。
南西の一画にキスティルとネリスフィーネの部屋が並ぶ。
南東がダイニングキッチン、北東に倉庫、湯場、トイレといった感じ。
どうやら、随分と頑張って見て回ったらしい。
下水道がしっかりして、井戸も庭にある家を絶対条件に探したそうだ。
内見で六軒も見て決めたのだとか。
付き合ってもらったトリュスには、よくお礼を言わないと。
新しい家に引っ越したことで、学院からの距離が少し離れた。
多分、一キロメートル以上遠くなったと思うが、【身体強化】を使えば大した差ではない。
これで安全になったかは分からないが、少し様子を見るしかないだろう。
第五騎士団の警備の騎士は、家の前に常駐するのではなく、少し離れた所から付近一帯を見張る形にしてもらっている。
高級住宅街ですら警備が門の前に立っている家などそこまで多くないのに、こんな普通の住宅街で警備が付けば、それだけで超目立ってしまう。
なので、効率は悪いと思うが、数人の騎士で付近を頻繁に警邏する形で警備してもらっていた。
■■■■■■
翌日。
ミカは冒険者ギルドに、預かりの呪物の解呪に来ていた。
「おーし、頑張ってお仕事するぞー。」
ミカが気合を入れると、左肩に乗ったフィーもピカッと光った。
どういう風の吹き回しか、珍しくフィーがミカの仕事について来た。
「ちゃんとステルスモードでいなさい。 バレたら退治されるぞ。」
ミカが注意するが、フィーはふよふよ~……と応接室を漂い始めた。
反抗期か?
「たく……、まあいいや。」
ミカはテーブルに置かれた呪物、八点ほどに視線を向ける。
装飾の施された小剣や、ゴテゴテと宝石のついたネックレス、木箱の中に綺麗に畳まれたドレスなんかもある。
「どれから行こうかな。 呪いの強い物から片付けるか?」
ビカッッッ!!!
「ぎゃっ!?」
ミカが呟くと、フィーが突然強く光った。
危うく、ミカの方が浄化しそうになる。
「おまっ!? ふざけんなっ!」
ミカがフィーに文句を言うと、光は収まった。
だが、すぐに異変に気づく。
テーブルの上の呪物から、じわじわと溢れ出るような黒い靄。
ドライアイスから出る湯気のように、黒い靄が出ていた。
「何だこれ!?」
気色悪っ!
黒い靄はすぐに見えなくなっていったが、最後まで黒い靄が出ているように見えたのは、木箱に収められたドレスからだった。
まさか……。
ミカは試しに一つひとつ触れていき、呪いの強さを確かめる。
すると、やはりドレスが一番強い呪いを宿していた。
(もしかすると、強い呪いしか黒い靄が出ないのかと思ったけど、弱いと視認できないだけなのか……?)
ミカはフィーを見上げる。
「もしかしてフィー、お前黒い靄見えてんの?」
ミカが聞くと、フィーは一度だけ強く光る。
「今も出てる?」
ミカが呪物を指さしながら聞くと、再びフィーが強く光った。
(…………探知機げっと。)
まさか、触らないと分からない呪物からも、黒い靄が出てるとは思わなかった。
そして、その黒い靄がフィーには見えていると言う。
「フィー、これから毎日放課後は学院な。 解呪に付き合え。」
探知機があり、”自動解呪”もある。
呪いの排除の仕事が、毎日一件片付けられそうだ。
手間のかかる作業である、特定と解呪の両方が即終了。
勝ち確である。
ミカの命令に、フィーが光を弱めてしょんぼりする。
落ち込んでもだめです。
「つーか、これまでだって学院には来てたくせに、何で仕事には来なかったんだよ。 そうすりゃ、もっと楽に稼げたのに。」
こんな便利機能を持っていながら、黙っているとは。
「もしかして、俺にくっついてくる謎の物も、見えるようにできるのか?」
解呪の仕事に行くと、多少はついてくるという”何か”。
ネリスフィーネは【祝福】の効果で見えるらしいが、フィーにも見えていた。
だが、ミカがそう聞いてもフィーは光を弱めたままだ。
視覚化できる物と、できない物があるらしい。
「まあ、呪いが見えるってだけでも助かるな。」
わざわざ視覚化させなくても、これが呪われてる、と教えてくれるだけでも助かる。
魔法具の袋は禁止されてしまったが、呪い関係の仕事をペースアップできそうだ。
上手くすれば、これまで以上に稼げるかもしれない。
ただ、そうなると…………。
「そのうち、呪われた家屋が無くなっちゃいそうだな。」
まあ、王都に限らなければまだまだあるだろう。
そういう物件も受けられるように、そのうち考えるか。
ミカは肩を竦め、テーブルの上に置かれた呪物に視線を向ける。
「とりあえず、目の前のお仕事を頑張りますかね。」
そう呟き、まずは木箱に収められたドレスの解呪から取り掛かるのだった。
昼過ぎに、ギルドを出て昼食へ。
何とか”自動解呪”を使い、すべて解呪し終わった。
現在ギルドの人に【鑑定】などをさせ、依頼の完了の確認をしてもらっている。
その間に昼食に出てきたという訳だ。
昼食を食べて戻って来たら、手続きが終わっている、という算段である。
「おや、坊ちゃん。」
ミカが軽く伸びをしていると、横から声をかけられた。
ガエラスとケーリャが並んで歩いてくる。
ケーリャは両手にピタで包んだケバブを持ち、食べながら歩いていた。
いやいやいや、一個ずつ食べようよ。
「二人とも、ギルド?」
「そうですよ。 何か依頼が無いか見に来たんです。 坊ちゃんもで?」
「僕は預かり分を片付けてたとこ。 今は確認してもらってるんだ。」
ミカがそう言うと、ガエラスが頷く。
「そう言えば、聞きましたよ、坊ちゃん。 勲章貰ったんですって?」
そう、少し声を潜めて言う。
「…………何で知ってんのさ。」
ミカは誰にも言っていない。
身につけてもいない。
現在も、魔法具の袋に入れっぱなしである。
ミカがじとっとした目で見るが、ガエラスは自分の耳をちょいちょいを触るだけ。
まあ、情報屋ギルドに所属しているなら、知っていても然程不思議ではないが……。
「まあ、いいや。 とりあえず僕は何か食べてくるよ。」
「おや。 まだ食べてなかったんで?」
ガエラスに、力なく頷いてみせる。
「じゃあ、こんなのはどうです?」
そう言って、ケーリャのケバブを指さす。
「最近できた屋台なんですが、宣伝にはあんまり力を入れてないようです。 多分すぐに人気が出ちまいますから、食べるなら今ですよ。」
「おお、ガエラスさんが言うんじゃ、本当にそうなりそうだね。」
グルメなガエラスのお墨付きである。
ガエラスの案内で、3区内の大きな道に入って行く。
ガエラスたちは来た道を戻ることになるけど、いいのか?
屋台は、場所は悪くなさそうだが、確かに並んだりはしていなかった。
昼時なのに……。
とりあえず一つを頼み、食べてみる。
かなりボリュームがあり、まろやかなソースに、かぶりつくとたっぷりの肉汁が溢れ、確かに美味かった。
「さすが、ガエラスさん。」
ミカはガエラスにサムズアップを送る。
ついでに店主にも送ると、店主も返してきた。
ノリいいね、おっちゃん。
そして、さっきまで両手で持って食べていたケーリャが、また二つ頼んでいた。
何個食べる気だ?
「坊ちゃんは、教会のことは聞いてますか?」
食べてる途中のミカに、ガエラスが聞いてくる。
「もぐもぐ…………どんな話? 正直、あんまり聞いてはいないよ。 もう僕は関係ないってスタンス。」
ミカは一つを食べ終わると、別のケバブを一つ注文した。
屋台の横で食べながら話をして、食べたくなったら横の屋台で買うとか、懐かしいな。
学生時代の買い食いを思い出す。
ガエラスは声を潜め、神妙な顔になる。
「企てた女の話は?」
「それは聞いた。」
ミカは出てきたケバブを受け取り、かぶりつく。
うん、これも美味い。
「実は、教会が腐り切ってたのは、裏じゃそれなりに知られたことだったんです。」
「あれだけ派手にやってればねえ…………もぐもぐ。」
「ただ、上層部に関してはよく分かってなかったんです。」
「何で?」
ミカはソースの付いた指を舐めながら聞く。
「引き籠ってんですよ。 全然外に出て来やしない。 大聖堂の上層階に上がれるのは、連中が許可した奴だけ。 中で贅沢三昧してても、外からじゃ見えやしない。 愛人の部屋も、上層階に用意されてましたんで。」
「愛人って…………。 まあ、何となくは分かっても、具体的なことは分からなかったってこと?」
ミカがそう言うと、ガエラスが頷いた。
「ところが、企てた女が下を煽った。 そのせいで欲の皮の突っ張った奴らが、あっちこっちで浮足立って粗が出始めた。」
ミカはケバブにかぶりつきながら頷く。
「そして、一番欲の皮の突っ張った、一番偉い奴も目が眩んだ。 大金にね。」
「馬鹿どもが自滅しただけじゃねーか。」
ミカはその自滅に巻き込まれそうになった、というのが今回の顛末ということのようだ。
いい迷惑である。
ミカは手の中にあったケバブにガブガブガブッとかぶりつき、むっしゃむっしゃと食べた。
そして、手だけで店主に追加を注文する。
「そもそもの発端の、企てた女ですがね。 間違いなく真っ当じゃねえですよ。」
「ごっくん…………ぷはぁ。 そりゃそうだろ。 幾ら積んだか聞いたろ?」
ミカの首に三億ラーツ。
下の連中を煽るためにも、二千万ラーツ近くをばら撒いた。
真っ当な訳がない。
「七公国連邦からって話ですが、おそらく隠れ蓑です。 仲間と思われる通商連合の男も雲隠れ。 おそらくこっちも隠れ蓑だったんでしょう。」
ミカは店主からケバブを受け取り、かぶりつく。
ケーリャがお代わりを注文していると、別にお客さんが来たようだ。
ミカとガエラスは邪魔にならないように、少し離れる。
「もぐもぐ…………なんかさ、国境の検問とか意味なくないか? 悪党素通りじゃん。」
「下っ端の騎士には、質の悪いのもいるんですよ。 特に領主軍にはね。 他にも、街道以外から入るって手段もあるし。」
王都の騎士学院は、国中から選抜された者が集まる。
そして、修了後は王国軍に入る人がほとんどだ。
地方の騎士学院にいる者も、優秀な者ほど王国軍を希望する場合が多い。
そして、一部に領主軍を選ぶ者もいるが、領主軍の質はぶっちゃけ王国軍とは比べ物にならない、というのががほとんどらしい。
レーヴタイン侯爵領の領主軍は、さすがに国境の防衛という意識が高いので、練度も士気も王国軍に負けない。
だが、そんな領主軍はごく一部だ。
他国と国境を接していても、通商連合や七公国連邦は友好国。
騎士の質が低くても、大きな問題にはならないでいたようだ。
「もしかして、それが明るみになった?」
ミカがそう言うと、ガエラスが頷く。
「今回の件で、芋づるになってるようです。 国民の精神的支柱だった教会が傾き、領主軍にも大ナタが入ります。 地方の領主も、人によっては無傷じゃいられないでしょうねえ。」
「もうぼろぼろじゃん。 こう言っちゃ何だけど、滅ぶんじゃね、この国?」
最後の言葉は、本当に囁き声のように呟く。
グローノワによる侵攻が囁かれる状況でそれでは、もう終わりだろう。
ミカの言葉にガエラスは顔をしかめた。
「そう、悲観したくなるのも分かりますがね。 ……ただ、ここが最後のチャンスだったんですよ。 きっとね。」
「チャンス?」
ミカはケバブにかぶりつきながら尋ねる。
「もしも、表面上何ともないような振りして、そのまま戦争に突入してたらどうなっていたと思います?」
「どうって……。」
万全だと思っていたら、実はぼろぼろで。
他国経由で工作員が入りまくり。
いざ戦争が始まってから、教会の上層部が逃げまくり。
前線を支えるはずだった後方こそが、もっとも脆弱だったという話になる。
「ここで膿を出し切って、たとえ傷だらけでも手当だけはされている。 その方が遥かにマシだと思いますよ。」
「まあ、それはそうかもしれないけど……。」
支えようと腕を伸ばしたら、その腕が腐ってたでは話にならない。
荒療治でも、治療が施された状態の方がマシだというのも分からなくはないが……。
「ちょっと、本気で調べてもらおうかな。」
そう言ってミカは、最後の一口を大きく口を開けて詰め込む。
「調べるって、何を?」
聞き返すガエラスに、ミカは片眉を上げる。
そうしながら、むっしゃむっしゃと咀嚼する。
「ごっくん、はぁー……。」
ミカは大きく息をつき、指についたソースを舐め取る。
「別大陸への脱出。」
ガエラスは周囲を見回し、聞き耳を立てる者がいないか確認した。
「坊ちゃん、滅多なこと言っちゃあ……!」
ガエラスは、囁くような声でミカに注意する。
一応、ミカも魔力範囲を展開し、聞き耳を立てる者がいないのを確認してからの発言だ。
「まあ、国王陛下とレーヴタイン侯爵の手腕に期待しますか。」
ミカがそう言うと、ガエラスが困ったような顔になる。
「そうですね。 それしかないですからねえ。」
ガエラスに相槌を打ちながら、ミカがケバブの屋台を見ると、すでに数人が並ぶ状態になっていた。
もう一個と思ったが、まあ腹八分目ならこんなもんか。
そうしてケーリャとガエラスと一緒に、再びギルドに向かって歩き出す。
何とも憂鬱になる昼下がりだった。
ケバブは美味しかったけど。




