第199話 閑話 国王と宰相の打ち合わせ
水の2の月、1の週の火の日。
ミカがレーヴタイン家の別邸で目を覚ました頃、王城では国王ケルニールスが渋い顔をしていた。
「どうしてこうなった……?」
傍らに控える宰相のデドデリクは、ケルニールスの呟きに苦笑している。
先程までレーヴタイン侯爵や、同行して来た第五騎士団の団長オズエンドルワ、サーベンジールの大司教ワグナーレ、宿屋の店主で冒険者のヤロイバロフらと謁見の間で話を聞いていた。
話の内容は勿論、大聖堂の襲撃。
また、大聖堂から第一街壁の門まで繰り広げられた、教会騎士団との大乱闘である。
大乱闘。
教皇と二人の枢機卿を拉致された教会騎士団が、奪還のために数百人を動員。
その教会騎士団を、第五騎士団の団長オズエンドルワと冒険者のヤロイバロフが撃退。
騒動を鎮めようと、王都の治安を守る複数の騎士団にまで動員がかけられた。
巻き込まれた王都の民も百人を超え、軽傷者も多数いた。
「まさか、ルバルワルスが介入してくるとは……。」
「溺れましたな、陛下。」
居室のテーブルに着き、デドデリクに横の椅子に座るように促す。
すでに居室内は人払いしており、ここにいるのはケルニールスとデドデリクのみ。
「溺れるほどは策を巡らせておらんぞ?」
「欲をかき過ぎました。 最初の段階でも、十分に期待する結果は得られたと愚考いたします。 まあ、所詮は結果論ですが。」
現在、ルバルワルスたち関係者らは、個別に詳細な事情を聴取しているところだ。
それは連行されてきた教皇らも同じである。
実のところ、ケルニールスはすでに凡その、事の経緯を把握していた。
ルバルワルスらから、謁見の間で話を聞く前から。
ケルニールスの持つ情報組織から、”解呪師”と呼ばれる冒険者が教会に捕らわれたことを事前に聞いていた。
続報として、その冒険者が魔法学院の学院生であることも報告を受けている。
そして、一連の教会の行動が、複数の教区の大司教や司教らの動きが発端であることなども。
ここ数日、情報屋ギルドからも情報を買わせ、かなりの状況を把握していたのだ。
おそらく、今回の教会の動きを、誰よりも把握していたのはケルニールスである。
ケルニールスはこの状況を利用しようとした。
教会が腐る分には、一向に構わなかった。
教会と言う大樹が腐り落ちても、ケルニールスという大樹の栄養になるだけ。
むしろ、大きくなり過ぎた教会という大樹に、枷を嵌めようとしていたのだ。
”解呪師”と呼ばれる冒険者が魔法学院の学院生であるとの情報がもたらされた時、ケルニールスは小踊りして喜びたい気分になった。
特に理由などなくても、騎士団を使って教会に強制査察を入れることもできる。
だが、多少の反発は予想される。
教会からの、ではない。
光神教を信仰する、国民からの反発である。
国王とは、それすら気にするような立場ではないが、ケルニールスは民の心情を気にかける王であった。
そのため、国民の納得するだけの理由を用意しておきたかった。
教会は途方もない長い年月をかけて、民の心に根付いている。
現在の教皇や枢機卿が腐っていても、それを目の当たりにはしていない。
そのため、多くの民がおそらくは信じないだろう。
教会がそんなことをする訳がない、と。
この絶対的な信用は、今の教会のものではない。
過去、数千年かけて築かれてきた信用なのだ。
魔法学院の学院生に対する異端審問は、非常に分かりやすい格好の理由だった。
国が魔法士の育成に力を注いでいることは、誰でも知っている。
その魔法士の卵が年々少なくなり、頭を悩ませていることも、周知の事実である。
魔法士を異端審問にかけるのも、事実ならばやむを得ないだろう。
だが、そのための根回しはすべき。
きちんと国にお伺いを立て、その上で行うべきであったという話なら、多くの者が納得する。
そう読んだケルニールスは、この件に介入すること決めた。
さっさと教会に査察を入れ、学院生を救出することもできた。
だが、ここで余計なことを考えてしまった。
実際に異端の認定をさせ、その上で学院生を救出しよう、と。
教会に異端の認定は間違いだったと認めさせ、教会の信用を低下させる。
国の方が正しいと、国民に強く印象付けようとしたのだ。
火刑の執行は、火の日の正午以降。
もっとも光の神と火の神の力を得られる、と言われている時間である。
異端審問から執行まで時間は短いが、ケルニールスの命令を受けた査察なら、スムーズに学院生を救出できると確信していた。
そのための査察の部隊も騎士団から派遣し、大聖堂の近くで待機させていたのだ。
だが、その部隊が動く前にルバルワルスたちが大聖堂を襲撃した。
ケルニールスは教会の動きはかなり把握していたが、クレイリアが王都を飛び出していたことまでは把握していなかった。
その結果、ルバルワルスが王都に向かっていたことまでは。
ケルニールスが肩を竦める。
「ルバルワルスの襲撃に気づいた時、査察部隊も合わせて動けば、まだ違ったのだろうが……。」
「さすがに侯爵が突然現れれば、中隊長程度では迷うでしょう。」
教会の人間が立ちはだかる分には、いくらでも蹴散らす覚悟はあっただろう。
例えそれが教皇であろうと。
だが、貴族が、それも侯爵がいきなり現れては、対応に迷ってしまうのも無理はない。
しかも、そのメンバーに第五騎士団の団長オズエンドルワがいたのだ。
査察部隊が、自分の所属する騎士団に対応を問い合わせるのも仕方ない。
その間、じっと待機していても。
「余が命じておるのだぞ? 行くのが当然であろう。」
「無理を言わないでください。 彼らは所属の騎士団長や大隊長に命じられただけです。 陛下からの、秘密裏の勅命だったなどとは夢にも思っていません。」
デドデリクが冷静に分析する。
そんな宰相の言葉に、ケルニールスは顔をしかめるのだった。
喉が渇いたというケルニールスのために、客間女中に紅茶を用意させ、再び人払いをする。
「それで、どうなさいますか?」
デドデリクが、ケルニールスに問う。
「別にどうもせん。 少々話が大きくなっただけで、当初の予定通りだ。」
ケルニールスはティーカップに手を伸ばし、喉を潤す。
「むしろ、思わぬ収穫のおかげで想定以上の成果が得られそうだ。」
それを聞き、デドデリクがにこりと笑顔を見せる。
「…………怪我の功名ですね、陛下。」
「やかましい。 嫌味を言うでない。」
ケルニールスが文句をつけるが、王都の混乱の収拾に、実際にあたるのは宰相であるデドデリクだ。
嫌味の一つも言いたくなるというものだろう。
ただ、成果という点に関してはケルニールスの言う通りであった。
ルバルワルスに同行していたサーベンジールの大司教ワグナーレによってもたらされた情報は、ケルニールスが喉から手が出るほどに欲していた教会深部の情報。
教皇から枢機卿、その子飼いの大司教や司教まで網羅する、醜聞の数々。
ケルニールスの持つ権力、武力と合わせれば、教会を葬り去る十分な根拠になるほどの。
ワグナーレは、そのすべての情報をケルニールスに引き渡したいと申し出たのだ。
「現在、王宮の情報担当に内容の精査をさせていますが……。 裏を取るだけでも相当に時間がかかりそうです。 随分と長い間情報収集していたようで、情報の取捨選択だけでもかなり手間がかかります。 単純に手が足りません。」
デドデリクが少しだけ表情を引き締める。
膨大過ぎる情報量に、情報部門がパンクするだろうとの予想だった。
「いい機会だ。 王宮の情報部門を拡充せよ。 この件だけでも数年はかかるであろう? 情報分析に長けた者を集めて、あたらせよ。」
「その方向で現在、調整はさせていますが……。 本当に教皇派の枢機卿をすべて捕縛して良いのですか? 裏取りもできていないのですよ?」
「いいから、やれ。 こうなった以上、一度教会は死に体にする。 余の情報組織、王宮の情報組織、情報屋ギルドにも醜聞を……特に上層部の噂をばら撒かせる。」
一度、民心を教会から離れさせる。
実際はそう単純には進まないだろうが、徹底して叩き、教会という大樹が倒れる寸前でケルニールスが救済する。
その際に、教会を国王が管理する仕組みを飲ませればいい。
教会という組織そのものは、非常に有用だ。
その権限を教皇だけが持つから、厄介な存在になる。
国が食い込み、制御できるなら、こんな便利な道具は中々ないだろう。
デドデリクも紅茶を一口含み、喉を潤した。
厄介な問題はまだまだある。
ケルニールスの考える、方向性だけはしっかりと確認しておく必要があった。
「それで、当事者たちの処分ですが。」
状況が逼迫していたとは言え、ルバルワルスの採った手段はかなり際どいものだった。
しかも、現役の第五騎士団の団長オズエンドルワがそれに同調。
職務を放棄して、教会襲撃に加わった。
「ああ言われては、そう重い処分も下せまい。 状況も鑑みれば、厳重注意で済ませる他あるまい。」
「よろしいのですか?」
「今回、泥は徹底して教会に被らせる。 あまり重い処分を科しても、受け取りようによっては美談になる。 それは余の望むところではない。」
ルバルワルスを信用はしているが、あまり名声が高まり過ぎても良くない。
それも、一歩間違えば反逆とも受け取られかねない愚行を犯してまでだ。
ならば、ケルニールスが寛大な心で許したという形を採った方が得策だろう。
王としての苛烈さは、これからの教会への対応で、たっぷりと見せつければ良いのだから。
ケルニールスはティーカップを置き、肘掛けに頬杖をついた。
そうして、先程の謁見の間でのやり取りを思い出す。
謁見の間には、ケルニールスと、その傍らに立つデドデリク。
多数の近衛軍の騎士たちも、謁見の間には並んでいる。
段の下には、王城にいた内務大臣、外務大臣らの閣僚が並ぶ。
そして、ケルニールスの正面に跪くルバルワルスら、教会襲撃に加わった者たち。
教皇たちは一旦、牢屋に放り込んでいた。
「其方にしては、随分と粗忽な真似をしたものだ。 申し開きはあるか?」
「ございませぬ。」
ケルニールスの問いに、ルバルワルスが即座に答える。
これは、王と貴族家当主の、一種の形式のようなものだ。
王が問い、臣下は申し開きせず、潔く首を差し出す。
これにより、臣下の忠誠心に変わりがないことを表すのだ。
もっとも、王が本気で怒っている時は、そのまま「では死ね」と裁定が下されることもある。
形式ではあるが、命懸けの部分がないでもない。
「余は、其方がそこまでの行動に至った、理由があると思うておる。 良い、申してみよ。」
「陛下の寛大なる御心に感謝するが良いでしょう。 さあ、レーヴタイン侯爵。 お話しください。」
「ははっ!」
ケルニールスの言葉に続き、デドデリクがルバルワルスに促す。
ここまでが一つの形式である。
だが、ここでルバルワルスが言ったのは、ただ一言。
「身の内なる者なれば。」
しっかりと前を見て、一言だけを伝える。
それだけを言い、再びルバルワルスは頭を下げた。
一瞬、謁見の間に静寂が訪れる。
その後すぐに、ざわめきが起こった。
「身内?」
「何の話だ?」
並んでいた大臣たちが顔を見合わせる。
それはケルニールスとデドデリクも同じだった。
何の話かさっぱり分からない。
「ルバルワルスよ。 どういうことだ?」
ケルニールスに聞かれ、ルバルワルスが再び前を向く。
そうして語り出したのは、驚愕の事実。
「実は先日、我が娘クレイリアが真夜中にサーベンジールにやって来たのです。 聞けば、早馬を乗り継ぎ、たったの二日ほどで王都から駆けて来たと言うのです。」
ルバルワルスの重い口調から、その時の深刻な状況を皆が思い浮かべる。
王都からサーベンジールまでは四百キロメートルを超える距離。
それを、まだ学院生のクレイリアが早馬で駆けて来たのだから、どれほどの事態かとレーヴタイン侯爵が深刻に受け止めるのは当然だろう。
「私は耳を疑いました。 ですが、クレイリアが涙ながらに訴えるのです。 婚約者、ミカ・ノイスハイムが教会に捕らわれた、と。」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、レーヴタイン侯爵。 婚約者、ですか? クレイリア嬢の?」
「はい。」
驚いた顔のデドデリクが確認すると、ルバルワルスがしっかりと頷く。
「何と! クレイリア嬢に婚約者ですと!?」
「初耳ですな。」
大臣たちが、先程よりも更にざわめく。
上級貴族のレーヴタイン侯爵家の令嬢である。
身内の者に娶らせたいと画策していた貴族は、一人や二人ではない。
「ルバルワルスよ! 余は聞いておらぬぞ!」
「はっ!」
ルバルワルスは一度頭を垂れ、再びしっかりと前を向く。
「ミカ・ノイスハイムとは毎年夏と冬、私が王都に来た時に面談をしていたのです。 ただ、今年は冬に王都には来れませんでしたので、サーベンジールで面談しました。 その際に――――。」
「婚約の話があったというのか!?」
「はい。 以前よりクレイリアと想い合っていたとのことで……。」
クレイリアも、そのことを認めたという。
「しかし、その……ミカ・ノイスハイムですか? その者は平民なのではありませんか?」
「はい。 宰相の言われる通り、その者は平民です。」
デドデリクの問いに、ルバルワルスは力強く頷く。
「ですが、ただの平民ではございません。 魔法学院では、前代未聞と言われるほどに優秀な成績を収めております。」
そこでルバルワルスが一旦息をつき、しっかりとケルニールスを見た。
「彼の者には、我が領の学院に通っていた頃より目をかけておりました。 クレイリアのことがなくとも、将来レーヴタイン家を支える者として、傍に置こうと考えていたのです。」
以前より目をかけていたというのは、在位二十年記念パーティでも言っていた。
何より、パーティに連れ出すほどだ。
余程気に入った者でなければ、そこまでしないだろう。
「陛下には、夏に拝謁した際にお伝えするつもりでした。 それまでは二人にも、口外しないようにとよく言い含めておりました。」
貴族家同士の結婚や婚約には、ケルニールスの許可が必要だった。
勝手に貴族同士が繋がり力をつけ過ぎることを警戒した、かつての王がそうした法を作った。
しかし、平民との結婚や婚約には、王の許可は必要ない。
そう多くはないが、貴族家から平民に嫁いだり、娶ることも無くはない。
大抵の場合、裕福な商会などと繋がりを持つという、金銭目的が多い。
今回は金銭が目的ではないが、それでも目的がはっきりとして分かりやすい。
過去に例を見ないほど優秀な魔法士を、抱え込もうという狙いだ。
国境防衛を任されたレーヴタイン侯爵家。
優秀な魔法士を手元に置きたいというのは分からなくはない。
「そうした重大なことは、できれば事前に伝えておいて欲しかったですね。」
そうデドデリクが言うと、ルバルワルスも頷く。
「私も今更ながら、そう思っております。 ……馬鹿なことを仕出かす連中さえいなければ、それでも問題はなかったのですが。」
暗に……というか、ほぼストレートに教会の奴らが余計なことをしなければ、と非難する。
それは確かにそうなので、デドデリクも苦笑するしかない。
ケルニールスは、ルバルワルスをじっと見る。
この話が本当か嘘か、判断のしようがないだろう。
そして、例え嘘であっても、公になった以上は実際に婚約をすることになる。
この話を追及しても、然程意味はない。
「ふむ……分かった。 もう少し詳しい話を後で聞かせよ。 次は…………オズエンドルワか。」
ケルニールスは、ルバルワルスの横で跪いていたオズエンドルワに視線を移す。
騎士団長がこんな騒動に加わったのかと、頭の痛いケルニールスだった。
ケルニールスは指先でコツコツとテーブルを叩く。
「ルバルワルスが、あまり長い間国境を離れているのは望ましい状態ではない。 少々度の過ぎた部分もあるが、悠長にしていれば間に合わなくなると判断した行動力は、むしろルバルワルスの長所と言える。」
「そうしますと、オズエンドルワにも、同程度の処分で済ますのが相当ですか。」
首謀したルバルワルスを厳重注意で済ませ、オズエンドルワをそれ以上の処分にするのはバランスが悪い。
オズエンドルワは職務を放り出してルバルワルスに同行したが、そもそもルバルワルスは領地を放り出して来ているのだ。
「それで良い。 巻き込まれて負傷した一般の民には、教会に無償で【癒し】を使わせよ。」
「無償でですか。」
「当たり前だ。 発端は教会。 今回、徹底して教会には責任を追及する。 損壊した建物の修理代も教会に出させよ。 一時的に、国庫から立て替えてやっても良い。」
大聖堂から第一街壁までの大通りで、店先が壊されたなどの苦情や訴えが殺到していた。
また、ルバルワルスたちが第一街壁の門を通過した後、教会騎士団が無理に押し通ろうとした。
その際に、第一街壁の門にも被害が出ている。
どうせ教皇や枢機卿が不正に蓄えた財産を没収すれば、すぐに回収できる金である。
ならば、心の広い王がまずは一般の民を救済し、その分以上をたっぷりと回収すれば良い。
「教会騎士団を中心に反乱の恐れがある、と王国軍には通達を出すように手配してあります。 まあ、教皇が拉致されたのですから、無理もないですが。」
デドデリクが、深刻な顔して言う。
「敬虔な者ほど暴発する危険がある。 早めに事情を伝えるようにせよ。 ワグナーレの手の者にも協力させて、各教区で不正を行っていた大司教や司教たちも、なるべく早くに捕えさせるように。」
教皇や枢機卿、各地の大司教や司教の不正を知らない者からすれば、国による教会の弾圧に見える。
殉教する覚悟で反乱を起こす者が出ても不思議はない。
だが、不正の噂を耳にしていた者なら、「やっぱりそうか」と納得するだろう。
ワグナーレは非常に広い情報網を持っていたようなので、その情報網も活用し、教皇たちの不正の噂を流す。
不正を正すために国が動いたのだと、事実を拡散するために使うのだ。
また、各地の王国軍や領主軍にも指示を出し、不正をしていた大司教や司教を捕えるように命令を発する準備も進めている。
突然教区のトップが不在になり、王都の大聖堂では教皇も捕えられ、教会は機能不全に陥るだろう。
教会そのものが崩壊してもおかしくない状況と言えた。
「それでも、そうした教区が十程度に留まるなら、ぎりぎり持ち堪えられる。 これも、教会の好きな試練というものだ。」
一応、ワグナーレの把握している教皇派にべったりの大司教や司教は、精々十人程度。
その他の大司教や司教がまともな者なら、頑張れば何とかなるはずだ。
信用は地に落ちるだろうが。
「とにかく、王国軍も各地の領主も活用して、教会の膿を出し切る。 肥大化し過ぎて腐り始めた身体は、切り刻まんと息の根が止まるぞ。」
ケルニールスの言葉に、デドデリクが頷いた。
「ですが、陛下。 なぜ教会は、そのミカ・ノイスハイムと言う学院生を狙ったのですか? そもそもの発端が分かっていませんよね?」
すべては、そこから教会の破滅が始まっている。
ただの子供と侮ったが、そのために様々な者を敵に回してしまったのだ。
デドデリクの疑問に、ケルニールスが首を振る。
「そこについてはまだ分かっておらんな。 ただ、各地の大司教や司教が上層部に働きかけていたのは確かだ。 その動きは、ニースラーザからも聞かされていた。 もっとも、その頃はまだ何の動きかよく分かっておらんかったがな。」
たった一人の子供に手を出したがために、ほぼすべての国民が信仰する宗教という、巨大組織が壊滅的な打撃を受けることになる。
ワグナーレの持つ情報、ケルニールスが教会を狙っていたなどの条件が重なった結果だが、この結果を一週間前に予想できた者はいないだろう。
「……世の中、何が起こるか分からんな。」
しみじみと呟くケルニールスを、デドデリクは複雑な表情で見ていた。




