第198話 ミカの救出
カァーーーーーーーーンッという、木槌の乾いた音が法廷に響く。
ミカは魔力を操作し、魔法の準備を始めた。
(まずは適当に数を減らすか。)
目には見えない無数の”風刃”を飛ばし、手足や首を刎ねられ、訳も分からず泣き叫び、逃げ惑う阿鼻叫喚の地獄が見たい。
猿ぐつわをされているので表情は変わらないが、きっと今のミカはとてもいい笑顔になっていただろう。
お隣に立っている二人の男は、一応除外しておく。
実際に罪を犯したのかどうか、ミカには分からない。
まあ、異端審問に連れて来られるくらいだ。
冤罪の可能性が高いだろう。
異教を信仰したところで、何の罪にもならんし。
(れっつ、ぱりぃ~。 いや…………、いっつ、しょーたーいむ、かな?)
ミカが笑い出しそうになるのを堪えて、魔法を発現しようとした時、部屋の外が騒がしくなった。
怒号と金属音。
その音を聞くだけで、ヤロイバロフがやって来たことに気づいた。
ミカの目がすっと冷える。
(…………邪魔すんじゃないよ。)
これから、楽しい楽しい死の降り注ぐ祭りの始まりだってのに。
そんなミカの様子に気づかず、部屋の中も騒がしくなる、
「何事だ?」
「どうした?」
「何を騒いでおるんだ?」
段上のじじいたちが顔を見合わせ、部屋の外の異変に戸惑う。
それは部屋の中に居た、数十人の教会騎士も同じだった。
口々に何かを言っている。
カンッカンッカーーンッ!
金色じじいが木槌を打ち、騒がしくなった部屋を鎮める。
「何をぼさっとしている! さっさと行かんか!」
金色じじいが木槌でドアを指し示し、教会騎士に命じる。
金色じじいの怒鳴り声に、ようやく教会騎士たちは自分たちの役目を思い出したようだ。
ミカが入って来たドアとは別のドアが、ミカの右手側にあり、十人ほどの教会騎士がそちらに向かう。
そうしてドアを開けると、外の怒号と金属音が更に大きく聞こえるようになった。
「ぐわぁあ!」
「構わん! 殺せっ!」
「行けっ! 生きて帰すなっ!」
激しい金属音とともに、そんな声が聞こえてくる。
(…………本当にここ、教会か?)
今更ながら、そんな感想が思い浮かぶ。
まったく収まらない騒ぎに、部屋の中にいた教会騎士たちが次々に外へ向かう。
ちらりと段上のじじいどもを見ると、皆顔色を失くし、顔を引き攣らせていた。
ミカは騒ぎの元である入り口の方を見ながら、そっと溜息をつく。
(なーんか、美味しいとこ持ってかれちゃったね。)
面白くない。
そんなことを思っていると、入り口に見慣れたスキンヘッドの大男が現れた。
ヤロイバロフはミカを見ると一瞬表情を和らげるが、すぐに真剣な表情になる。
「ぎりぎり…………、間に合ったようだな。」
そんなことを言うヤロイバロフを、ミカはじっと見る。
「神聖なる大聖堂で、何をやっておるかっ!」
「な、な、何なんだ、貴様らはっ!」
突然の闖入者に、段上のじじいたちが騒然となった。
「レーヴタイン侯爵家当主、ルバルワルスだが? 貴様らこそ何だ?」
ヤロイバロフに続いて部屋に入ってきた侯爵が名乗る。
「こ、侯爵!?」
じじいの内の数人は、侯爵の肩書に絶句した様子。
だが、金色じじい他、数人は貴族如きには怯まないようだ。
「ふん! 侯爵がどうした! さっさと捕えろっ!」
「ほぅ……。」
侯爵が、ひんやりした、とてもいい笑顔になった。
「ヤロイバロフ。 他はどうでもいい。 あの三人は必ず捕えてくれ。」
侯爵の後から入って来た司教服の男が、正面の三人の捕縛をヤロイバロフに提案する。
「他はいいのか?」
「他は後からでもどうとでもなるが、あの三人は逃せば厄介なことになる。 絶対に逃がさないでくれ。」
「いいぜ。」
ヤロイバロフは部屋に残っていた教会騎士たちを瞬く間に片付けると、床を蹴り、段上に一っ飛びで着地する。
そうして机の上に立つと、金色じじいを蹴りで、両側のじじいを両手に持ったおたまとフライ返しで昏倒させた。
つーか、あんた。
そんなので乗り込んで来た訳?
「無事だったようだな、ミカ君。」
呆れた様子でヤロイバロフを見ていたミカに、そんな声がかかる。
見ると、入り口に陣取ったオズエンドルワが、教会騎士たちを相手にしながらミカに手で挨拶する。
(オズエンドルワまで来てたのか。)
というか、ミカが敵に回したくない人たちが勢揃いしていた。
地獄の一丁目か、ここは?
司教服を着た知らない男がミカの方に来ると、猿ぐつわを外してくれる。
「こんな物を付けて審問とは……。」
そう、顔をしかめた。
なんか、この人もおっかない顔してるね。
誰か知らんけど。
手枷も外してもらい、ミカは【癒し】を使う。
こっそり”水球”で口の中を濯ぎ、少しだけ気分がマシになった。
「ありがとうございます。」
「いや、いい。 むしろ、これから教会は君に山ほど謝罪しなければならない。」
そう、少し苦しそうに言う。
どうやら、この人は教会の人だが、まともな考えの持ち主のようだ。
もしかして、ネリスフィーネが助力を頼みに行った、サーベンジールの大司教か?
確か、ワグナーレとか言ったっけ。
「貴様! ワグナーレ!」
「どういうつもりだっ!」
段上のじじいが、一斉にワグナーレを非難し始めた。
が、名指しで非難されているワグナーレはまったく聞こえていないような感じ。
そうして、ミカの隣に繋がれていた男たちの手枷も外した。
「君たちのことは分からんが、まあ好きにしたまえ。」
そんなことを言う。
二人は何度も両手の握り拳を合わせた姿勢で、ワグナーレに頭を下げる。
ミカがワグナーレを見上げていると、苦笑した。
「これから、そんな瑣事には構ってられないようになるからね。」
そうして、正面のヤロイバロフの方を見る。
ヤロイバロフは三人のじじいを縛り上げると、肩に担いで段上から飛び降りた。
レーヴタイン家の騎士らしき男たちに、じじいを預ける。
「さて、それじゃあズラかるか。」
そう言ってヤロイバロフは、オズエンドルワが立ち塞がる入り口に向かう。
ミカはそんなヤロイバロフの横に、とことこっと並んだ。
「……何だ?」
「蹴散らすんでしょ? いいトコ持って行かれちゃって、ちょっと鬱憤が溜まってるんです。」
一週間も監禁されてたんで。
皆殺しも邪魔されちゃったし、せめて暴れないとやってられない。
ヤロイバロフはミカを見て、困ったように眉を寄せる。
そうして、おたまの丸い部分でミカの顎先をちょんと撫でる。
そこで、ミカの意識は途絶えた――――。
突然がくんと倒れたミカを見て、ルバルワルスがぎょっとする。
「おい! 何をやって――――。」
「あんたの部下にでも運ばせてくれ。」
ルバルワルスの剣幕など気にせず、ヤロイバロフは少し深刻な表情になる。
「今坊主に暴れさせたら、死体の山ができちまう。」
「何だと……?」
ヤロイバロフの口から出る、あまりに物騒な話に、ルバルワルスが眉間の皺を深くする。
「多分、あと少し来るのが遅かったら…………。」
そこでヤロイバロフは口を閉ざす。
皆殺しにしていたかも、なんて話を侯爵に話しても、いいことなど何もないだろう。
「イライラしてると、誰でも手加減ができなくなる。 そうだろ?」
そういうことにして誤魔化した。
「さあ、撤収だ。 しっかり付いて来てくれ。」
ヤロイバロフたちは通路いっぱいに殺到した教会騎士たちを蹴散らし、踏みつけ、大聖堂を脱出した。
■■■■■■
薄っすらとした明かりに、意識が浮上してくる。
ミカが目を開けると、見覚えのある天井が見えた。
確か、この天井は――――。
「ミカくんっ!」
「ぐっほぉ……っ!?」
ぼんやりとしていたミカの上に、何かが乗っかってきた。
「あ、目が覚めたみたいだね。」
聞き覚えのある声に、視線を向ける。
そこには、いつの間にか王都に戻って来たサロムラッサが居て、ケーリャ、ガエラス、トリュスもいた。
そして、ミカに抱きついているのはキスティルだった。
「ここは……レーヴタイン侯爵の?」
「ああ、王都の屋敷だよ。」
見覚えのある天井は、レーヴタイン家のものだった。
おそらくここは客間。
大変立派な、寝心地のいいベッドにミカは寝かされていた。
ミカは「んー……」と考え込む。
ヤロイバロフや侯爵に会ったことは憶えているが、そこからの記憶がない。
何でだ?
「あの……。」
「戸惑うのも無理はない。 まあ、とりあえず事情はゆっくりと説明してあげるよ。」
サロムラッサがミカを気遣うように、優しい声音で言う。
「いえ、お腹空きました。」
その時、ミカのお腹がぐぅ~……と鳴った。
サロムラッサが苦笑する。
「そうだったね。 言えばすぐに用意してくれると思う。 起きられるかい?」
ガエラスがドアの方に向かったのは、きっと食事の準備を使用人に頼みに行ったのだろう。
ミカは起き上がろうとするが、少々困った顔になる。
ミカに抱きつき、離れようとしないキスティルをどうしたものか。
「キスティル。 心配かけてごめんね。」
ミカがそう言うと、キスティルは首を振る。
だが、離してくれそうになかった。
「キスティルさん。」
トリュスが傍に来て、キスティルの身体をそっと起こす。
キスティルは涙を流していた。
「心配かけちゃったね。」
ミカがそう言うと、キスティルはまた首を振る。
「ミカ、くんの……せいじゃ……。」
「うん……。」
ミカはゆっくりと起き上がり、ベッドを降りる。
それから少しふらつきながら、部屋の一画にあるソファーに向かった。
ミカがソファーに座ると、すぐにパンとスープが運ばれてきた。
とりあえず手間のかからない、すぐに出せる物を出して、肉を焼いたりとかは後から出来上がり次第持って来てくれるという。
ガツガツムビュッゴックン、ガツガツガツズズゥーッゴックン、ガツガツ……。
すごい勢いで食べるミカを、皆が唖然とした表情で見ていた。
キスティルはミカの横に座って、甲斐甲斐しく給仕の手伝いをする。
食べ終わった皿を退け、まだ食べていない皿を手前に持ってくる。
「ま、まあ、一週間振りのまともな食事ですからねえ……。 こうもなりやすか。」
「そ、そうだね。」
ミカが食べてるのを見て自分もお腹が空いたのか、ケーリャが自前の干し肉を齧り始めた。
そうしてある程度腹に詰め込んだところで、話を始める。
「レーヴタイン侯爵とか、ヤロイバロフさんは?」
「皆、王城に行っているよ。」
向かいのソファーに座ったサロムラッサが教えてくれる。
やはり、大聖堂で大暴れしたことはただでは済まないのか、侯爵自ら釈明に行っているらしい。
「えーと…………大丈夫、なんですかね?」
「そこは大丈夫だと思いますよ。 まあ、国王陛下がどう裁定を下すか次第ですがね。」
何でも情報屋ギルドが持っていた情報を、大盤振る舞いで放出してくれるらしい。
末端や、精々中堅に位置する司祭司教クラスの者たちの悪事だが、これまで抱えていた情報を一気に出してくれると言う。
ミカは素揚げされたポテトを口に放り込む。
「もぐもぐ……そんなに情報を出して、お代はどうなってんの?」
すんごい金額になるんじゃないの?
「具体的な金額はあっしにも分からないですがね。 情報屋ギルドの上の方と、ヤロイバロフさんが話をつけてます。 教会の動きを探る料金とセットで。」
うわぁ~……。
返せるかな、そんなに。
今やミカの全財産は一億ラーツを超えている。
だが、魔法具の袋は没収されており、今はそこまでの金額を持っていない。
ちなみにギルドカードも魔法具の袋に仕舞っておいたので、取り返さないとすぐに動かせるお金が無い状態だ。
(……情報料がいくらで話ついたのか、後でヤロイバロフさんに聞かないと。)
ミカは黄色いソースのかかった肉にかぶりつく。
「もぐもぐもぐ……そう言えば、僕の魔法具の袋がどこに行ったか調べられる? 取り返したいんだけど。」
ミカの口の周り付いたソースを、キスティルが綺麗な布で拭いてくれた。
いや、それくらい自分でやりますよ?
「それなら心配ないよ。 もう回収した。」
そう言ってサロムラッサがベッドの方に行くと、ナイトテーブルの上に置いてあった魔法具の袋を持ってくる。
「これがそうだと思うんだけど。」
そうして手渡された魔法具の袋にミカは手を突っ込む。
間違いなく、ミカの魔法具の袋だった。
「どうしてここにあるの?」
「そりゃあ勿論、あっしらが回収してきたからですよ。」
何でもケーリャのパーティは、ヤロイバロフたちの大聖堂突撃とタイミングを合わせ、混乱に乗じてミカの魔法具の袋を回収して来たという。
ちなみに、このアイディア自体はヤロイバロフらしい。
「まあ、今回は事情が事情なのでね。 私も協力したよ。」
横のソファーに座っていたトリュスが少々複雑な表情で呟く。
トリュスは元々、王都の教会騎士団に属していた。
尖塔に幽閉された者の荷物を保管する場所や、教会の宝物庫などの警備は、教会騎士団の仕事。
どこにあるか当たりをつけ、ケーリャのパーティに教えたのだ。
ただし、面が割れているということで、奪還作戦には直接は参加しなかったらしい。
「その……すいません。 僕のせいで危ない橋を渡ってもらって。」
「別に大して危ない橋じゃないよ。」
「教会は、これからそれどころじゃなくなりそうですからねえ。」
恐縮するミカに、サロムラッサとガエラスが笑いかける。
「それどころじゃない?」
ミカがズズゥー……ッとスープを飲み干すと、キスティルがすぐにお代わりを用意する。
「あっしらも詳しくは分からないんですがね。 なんか、一緒に来ていた司教が王城に行く前に、侯爵と話してるのを聞いたんです。」
「国王陛下のお考え次第だけど、教会そのものを存続させるかどうかを判断してもらおう、って。」
「教会そのものって……。」
ミカも王都の教会の敷地は更地にしてやろうかと思ったが、王国から教会を消すことまでは…………ちょっと考えたか。
地上から消してやろうとかは思ったしな、うん。
まあ、ヤロイバロフたちもそこまでではないが、今後の混乱を予想して先に回収しておこうという話になったらしい。
後にすると、正規の手続きではいつ戻ってくるか分からない程度には、教会内部がひっちゃかめっちゃかになると考えたそうだ。
それから、ミカが捕らわれてからのいろいろな話を教えてもらった。
「え!? チャールがステッランに言ったの!?」
「うん。 確か、そんな名前だったと思う。」
そもそもの、ミカが教会に捕らわれたという事実が発覚するまでが、異常に早かった。
その日の夜には、最初のデリバリーが届けられたのだ。
ミカは、ステッランが動いたのは、クレイリアに言われたからだと思っていたが、実際は逆だった。
「チャールの友達がチャールに話し、チャールがステッラン、ステッランからクレイリアに。 そして、クレイリアはキスティルとネリスフィーネを保護して、キスティルがヤロイバロフさんに相談した。」
これが一日…………というか、ほんの数時間で伝わったというのだから驚きだ。
「そうだ。 キスティルが、僕が尖塔に居るって言ってたって聞いたよ。 何で分かったの?」
ミカがそう言うと、キスティルが微妙な表情になった。
そうして周りの少し見回してから、ミカの耳元で小さく囁く。
「フィーちゃんが教えてくれたの。」
「フィー!?」
思わず大きな声が出てしまう。
皆が「ふぃい?」と不思議そうな顔になる。
「何でフィーが……。 あ、もしかして後を付けてた?」
ステルスモードで、ミカの気づかないうちにくっついて来ていたのかもしれない。
ミカが思いついたことを小声で聞いてみるが、どうやら違うらしい。
キスティルが再び、ミカの耳元で囁くように教えてくれる。
「フィーちゃん、ミカくんと繋がってるって言ったでしょ?」
「うん……。」
そのために、ミカと一蓮托生になってしまっているという話だった。
「フィーちゃんには、ミカくんがどっちにいるっていうのが分かるみたいなの。 フィーちゃんが私に憑依して教えてくれたんだよ。」
「え”……っ?」
フィー、俺のいる場所が分かるの?
場所っていうか、方向か。
ミカの表情がちょっと引き攣る。
(……おかげで助かったとも言えるけど、ちょっと複雑だぞ?)
まあ、非常事態まで黙っていたし、不問としよう。
ミカは気を取り直して、肉をむっしゃむっしゃと食べる。
すると、ケーリャが羨ましそうにこっちを見ていた。
ミカは黙って、串肉の皿をケーリャに差し出す。
ケーリャは両手に串肉を持って、美味しそうに食べ始めた。
「クレイリアと、ネリスフィーネは? まだサーベンジールから戻ってない?」
ミカがそう聞くと、キスティルがこくんと頷く。
「かなり無理をしてサーベンジールに行ったみたい……。 一応、一日休んだら向こうを出発する予定みたいだけど、帰りは馬車で戻るだろうから。」
「それじゃあ、あと三~四日は戻らないかな?」
侯爵が来たせいで教会の連中に直接仕返しをする機会が奪われたが、来てくれたおかげ、お尋ね者にならずに済んだとも言える。
(一段落って言えば一段落だけど。 決着って部分ではほぼ棚上げなんだよなあ。 しかも、俺の手を離れちゃってるし。)
困った、というか何となくもやもやする。
今の時点でミカのできることは、ほとんどない。
ミカは微妙な表情でスプーンを咥える。
とりあえず、事の成り行きを見守ることにしたミカなのだった。




