第189話 大きいことはいいことだ?
水の1の月、2の週の水の日。
帰省から戻り、中等部の二年の授業が始まって一週間以上経つ。
王都に戻る前に家族と話し合い、一旦は疎開に関しては保留となった。
まあ、実際に行動に移すべき段階なのかどうかも判断がつかないので、ミカとしても強くは主張ができなかった。
できれば事態が逼迫する前に王都に来てくれると、少しは安心なのだが……。
ホレイシオには、スコバータ家の給料の補填分を預けようとしたが、その必要がなかった。
以前渡した分が、結構残っているらしい。
チェルーシスが予想以上に働けたため、ミカの預けたお金で補填をしていたのは、最初の数カ月だけ。
それも段々と補填額が少なくなったので、大半が残っているというのだ。
「もう必要なさそうだが、どうするかね?」
「あー……、できれば、預かっててもらえますか? 何があるか分かりませんから。」
怪我や病気など、思わぬアクシデントも起こりえる。
そこまで心配していてはキリがないと言えばそうだが、もう少し様子を見て欲しかった。
「分かった。 こちらのことは心配せず、学院でしっかりな。」
「はい、よろしくお願いします。」
スコバータ家のことは、ホレイシオに任せることにした。
そうして村長にもよくお願いし、ノイスハイム家とスコバータ家に関しては何かあれば、金銭的なことでもミカが保証することなども伝えておく。
村長やキフロド、ラディ、ニネティアナやディーゴあたりには多分、ミカが王都で何やら稼ぎまくってることはそろそろバレたっぽい。
昨年の帰省では村人に食事を振る舞ったりしたし、キフロドたちにはミカが毎日のように冒険者活動をしていることを話してしまった。
誤魔化せないようにキスティル、ネリスフィーネもいる前で、口を割らされた、というべきか。
ニネティアナには以前からちょいちょい掻い摘んだ話をしていたので、「このペースでCランクになるってことは? しかも、二つ名まで?」とちょっと考えれば予想はついただろう。
そんなこんなで、まあ土の3の月も終わるので、とりあえずはこれで一区切り。
リッシュ村のことは一度頭から切り離すことにした。
そうして、学院では年に一度のお楽しみの時間になった。
【神の奇跡】ガチャです。
(何が出るかな、何が出るかな。)
そう、わくわくしていたのが五分前。
現在、ミカは机に突っ伏して魂が抜けていた、
(…………ガチャなんて、そんなもんだよな。)
百分の一と言っても、百回引いて当たりを引ける確率は六十数%。
一万回引いたって、ハズレる時はハズレます。
むしろ、ここまでいいのを引き過ぎたと言うべきか。
(有用な物をなるべく早くに教えて、習得者を増やす。 そう考えれば、あとはゴミばっかりか……?)
【身体強化】や【癒し】が有能過ぎだった。
しかも、そんなのが早々に提示されたものだから期待が高まってしまったが、よくよく考えれば残り滓はロクなものではない可能性が高い。
(【身体強化】と【癒し】をSSRと考えれば、【爆炎】や【戦意高揚】なんかはSR。 【竜巻】だの【吹雪】はRってとこか。)
ミカとしては「いらないね」と思っても、【豊穣】辺りは王や貴族からすればSSR級だろう。
しかし、それでも!
今年のチョイスは酷すぎた!
今年の【神の奇跡】は【落石】と【信仰心】の二つだけ。
本当に、まったくちっとも必要ない。
【落石】に関しては普通にゴミ。
【信仰心】に関しては害悪ですらあった。
【落石】。
一定の範囲に拳大の大量の石が降り注ぐ。
結構な勢いがあるらしく、殺傷能力はきちんとあるらしい。
(もう”石弾”があるっす。 なんなら”鉄弾”もあるんで……。)
【豊穣】の方がまだ使い道がある。
ガーデニングで使えるので。
そして、【信仰心】。
これは文字通りに信仰心が高まるとか、そういう【神の奇跡】ではない。
この【信仰心】の効果は別にある。
それは、【神の奇跡】の効果が高まる、だ。
自身にかけるバフだが、これを使っておけばその後の数時間は消費する魔力量は同じで、【神の奇跡】の効果がアップするという。
これだけ聞けば有用そうに聞こえるが、ミカに限って言えば、これはまったくの無意味。
無意味どころか、決して使ってはいけない禁忌の【神の奇跡】である。
単純に【爆炎】を例にしてみよう。
ミカの【爆炎】は、すでに全賭けによって相当な威力を獲得している。
その爆風に、自分が吹き飛ばされそうなほどに。
そこに、更に【信仰心】の効果を上乗せしたらどうなるか。
考えるまでもないだろう。
自身をも巻き込む大爆発を引き起こす。
ただのメガ〇テである。
【癒し】の効果が高まるとも言えるが、こちらもすでに胴体が分断された人さえ一瞬で修復するほどの効果を発揮している。
これ以上の【癒し】の効果はただの無駄でしかない。
(…………なるべく期待しないようにしてたけどさ。 いくら何でもこれはないよぉ。)
ミカは突っ伏したまま、さめざめと泣いた。
なぜミカが落ち込んでいるのか分からないリムリーシェとクレイリアが、顔を見合わせる。
「あの……ミカ? どうかしたのですか?」
「……いや、何でもないよ。」
あまり変な態度でいては周りに心配をかけてしまう。
ミカは盛大に溜息をついてから、身体を起こした。
そうして身体を起こして周囲を見ると、改めて思う。
(随分と少ないよな。)
ガラーンとしている印象。
教室にいる子供の人数が二十人を切っている。
去年一組にいた子供の半数近くが二組に落ち、数人が二組から上がってきた。
現在一組にいる子供たちは四つ以上の【神の奇跡】を使える子供だけ。
地方の学院で一つ、王都に来てから三つ以上習得した。
若しくは地方には通わず、王都に来てからの三年間で四つ以上の【神の奇跡】を習得した稀有な子供だけが、一組に在籍している。
そんな稀有な才能を持った子供に、見覚えのある子がいた。
名前をロッドルゴ君と言う。
可哀想に、このロッドルゴ君。
一組に来てからずっと、教室の隅で縮こまっている。
地方の学院には行かずに、王都の学院に通うだけで一組にまで上がってきた子は、実はこのロッドルゴ君だけ。
そりゃ肩身が狭いよね。
でも、このロッドルゴ君が縮こまっている理由は別にあるんです。
実はこの子、三年前にレーヴタイン組に絡んで来て、ミカにお仕置きされた八人の子供のうちの一人。
可哀想にも、昨年度末に思いがけず四つ目の【神の奇跡】が発現してしまい、一組入りが確定。
その時からずっと胃の痛い毎日を過ごしていたらしい。
「目が合ったら、今度こそ殺される……。」
そう思い詰めているらしいと教えてくれたのは、同じ寮暮らしでいつもいろいろな噂を拾ってくるメサーライト。
「あんまりいじめちゃだめだよ。 見てるこっちが気の毒なくらいなんだから。」
と忠告されましたが、俺なんもしてないよ?
メサーライトが、ロッドルゴのこともあり、ちょっと噂を拾って来てくれた。
そのロッドルゴの噂に、バザルもがっつり絡んでいた。
なので、バザルからも話を聞いてきた。
バザルは、ミカと素でやり合えるちょっと規格外の身体能力を持つ。
幼少期から厳しい修行を積んできたのだから、同い年の子供の中で飛び抜けた身体能力を持つのは、別に不思議なことじゃない。
そんなバザルが王都からの入学組のクラスに入れば、そりゃ誰も敵わない。
でも、そんなことの分からない馬鹿どもがいた。
例の八人だ。
彼らはミカにお仕置きされた後も、学年の支配が無理ならクラスの支配だ、と目標を変えた。
そして、三組と四組で寄ってたかって、暴力で言うことを聞かせようとしたらしい。
そんな場面に出くわした。
あの、人格者として教育を受けたバザル君が、だ。
彼は人格者だが、決して暴力を否定する者ではない。
むしろ、その逆。
暴力に対して暴力で対抗することに、微塵の躊躇もない。
そして、
「挑むからには、負ければ潔く。 命を取られても受け入れよ。」
と教えられて育ってきてます。
まあ、子供の喧嘩にそんな覚悟を持ち込むのはどうなのか、と言うのはバザルにも分かってる。
なので、おいたの過ぎた子供たちに、きっついお灸を据えてあげました。
ただ、ここでやはり人格者らしいバザル君の優しさが出てしまう。
「このまま放っておく訳にもいかないでござる。 彼らの性根を正してあげねば。」
と思ったそうです。
彼らが何かやらかすと一緒に頭を下げ、その後に鉄拳制裁。
反抗される度に、徹底的に叩きのめしたらしい。
恐ろしいことにバザル君、外傷を残さず激痛を与える方法や昏倒させる術をいっぱい持ってるそうです。
知らんかったわ……。
そのうちバザルがミカと寮が同室であることも分かり、彼らは抵抗を諦め、素直になっていったのだとか。
バザルも彼らのことをミカが知ると、
「あいつらまだ懲りてないの? もう一遍シメたろか?」
と言い出しそうだと黙っていたらしい。
うん、その予想は当たりだよ、バザル。
その後バザルはミカと一緒に特訓をするようになり、【神の奇跡】など使わなくてもバザルと同レベルで戦えるということを知り、彼らは震えあがった。
更に、【身体強化】ありにしたら、バザルでも手も足も出なかったことを話したらしい。
自分たちがまだあまり参加させてもらえない演習にも、ミカは普通に参加している。
しかも、いきなり放り込まれた高等部の演習でも活躍し、未だに一度も討ち取られていない。
以前は相手を計る物差しを持っていなかったが、少しずつ自分たちが魔法士として成長する度に、ある程度の物差しが手に入った。
そこで、ようやくミカの化け物っぷりに気づいたのだ。
ロッドルゴが過去のやらかしに今更ながら青くなったのには、そうした経緯があった。
そうして、改めて自覚したところで「来年は同じクラスだから!」となった訳である。
そりゃ、胃も痛くなるよね。
もっとも、ミカのことがなくても、ロッドルゴは借りてきた猫のようになっていただろう。
このクラスには貴族の子弟がいる。
入学して間もない頃は、貴族のことなど知らないし、そもそも周りに貴族がいない。
それはそうだろう。
貴族の子弟は地方の学院には通わなくても、優秀な教師をつけて【神の奇跡】を学び習得している。
三組四組になど、いる訳がない。
ただ、一年も通えばどいつが貴族か、他のクラスのことであろうと伝わってくる。
そいつらにだけは関わらないでおこう、と思う訳だ。
だが、一組に来てしまったら、接点ができてしまう。
教室で顔を合わせるだけでも、接点は接点。
同じ教室に貴族がいるというだけで、普通の平民なら気が休まらない。
多少なりとも慣れるまでは。
そんな貴族と、ミカは平然と接している。
ステッランとブアットレ・ヒードに興じたりするのはまだ分からなくもないが、クレイリアに至っては敬語を使わないどころか呼び捨てだ。
どれだけ親しくなれば、そんなことが許されるのか想像すらつかないだろう。
世界が違う。
そう、初日に心がへし折られても無理はない。
このロッドルゴの反応は正常だ。
ミカの方が異常なのである。
■■■■■■
そうして、今年も例の如く指示が届き、さっさと習得を済ませる。
絶対に使わない【神の奇跡】をわざわざ命令されてまで習得させられるのは、少々思うところがなくもない。
まあ、それも今更なので特に文句も言わず習得を済ませた。
で、放課後にパラレイラの所へ。
コンコン。
ミカがノックをすると、すぐに扉が開いた。
「何だ、お前か。」
そう言って、パラレイラは部屋の中に戻って行く。
一応、扉を閉めないということは「入れ」ということか?
「失礼します。」
ミカは足元に散らばった紙を踏まないように気をつけながら、部屋の中に入っていく。
「……何だか、以前にも増して――――。」
「うるさい。 余計なこと言うなら出て行け。」
「………………。」
ミカは黙っていつもの椅子に座る。
「そう言えば、まだお礼を言ってなかったですね。」
「あ? 礼?」
パラレイラは怪訝そうな顔で、ミカの向かいに座った。
「紹介してもらった店です。 流石と言うか、ちょっとその辺の店とはレベルが違いました。」
「それはそうだろう。 私が必要な物の調達に使ってる店だぞ?」
パラレイラは本当に当然だと思っているようだ。
特に自慢げも嘲りもない。
ミカは魔法具の袋から金貨三枚を取り出し、パラレイラに渡した。
「その後、進捗はどうです?」
「一万ある工程の、一つくらいは進んだんじゃねーのか。」
それ、生きてるうちに辿り着きます?
今現在の進捗状況が分からないが、先は長そうだ。
ミカは微妙な顔をするが、パラレイラはまったく気にしない。
「そっちこそどうなんだ?」
そうパラレイラが聞いてくるが、ミカは肩を竦める。
「結局、あの時見せた回路図はお蔵入りです。」
「どうしてだ?」
「全面的にどうしようもなくだめで、一から書き直した方が早いという結論になりました。」
「ふっ……そうか。」
そんなことは普通のことなのか、パラレイラは特に驚いたりはしなかった。
「でも、あの人すごいですね。」
「あの人?」
「魔女みたいな女性です。 カウンターにいた。」
「ああ、アーデルリーゼか。」
ミカはあえて『二階にいた』などの言い方は避けた。
実際は地下だし、そもそも隠れて営業している感じの場所だ。
なので、そうしたことは省いて伝えた。
「あの人、アーデルリーゼさんって言うんですか?」
「何だ、知らなかったのか?」
「そう言えば、僕も名乗らなかったかも……。」
「おいおい……。 まあ、そういうのを気にする奴じゃないけどな。」
パラレイラが少し呆れたような顔になる。
「アーデルリーゼさんに勧められて、精霊球を使い始めたんですよ。 まだ、練習中ですけど。」
「もう精霊球に手を出してるのかよ! 早過ぎんだろ!」
「でも、すごい本も勧めてもらって、それ読んでたら試したくなっちゃって。」
なんか、勧められるままに買っちゃうって、よくよく考えるとちょっとまずいね。
今回は大当たりだったけど、どうでもいいような物を掴まされることだってありえるんだから。
「すごい本?」
「『精霊球の理解』って本なんですけど、すごい分かりやすい――――。」
そこで、ミカがはたと止まった。
頭の隅に、一瞬引っかかったものがある。
「あの……。」
「何だ?」
ミカは恐るおそるといった感じに尋ねる。
「アーデルリーゼさんのフルネームって……?」
「アーデルリーゼ・トラエットだが?」
「自分の本じゃねーかっ!!!」
ミカは思わず叫んだ。
(自分で書いた本を傑作とか言ってたのかよっ!?)
まあ、自分で駄作と思うような本を、わざわざあんなでっかい装丁で作らないだろうけど。
しかしっ、それでもっ……!
(……くっ! なんか意味もなく悔しいぞ!? 気づくまではまったく微塵も文句なかったのに!)
大金貨一枚という高価な本だったが、それだけの価値は十分にあったと、ミカも納得していたのだ。
それなのに、自分の書いた本を大金貨一枚で勧めてきたと思った途端、なぜか悔しさが込み上げた。
先日、二周目も読み終わり「ほんと、すごい本だなあ」としみじみ思ったばかりだというのに。
「自分の本って、アーデルリーゼの書いた本ってことか?」
「そうです……。 まんまと買わされました。」
こんな言い方をすると、まるで騙されたような感じだが、内容にも値段にもまったく不満はない。
なのに、この込み上げる悔しさは何だっ!?
「『精霊球の理解』って言ったか? てことは、精霊球について書いてあるんだろ?」
「ええ、すっごい詳しく書かれてますよ。 名前しか聞いたことないような僕が、一応は実際に組み込めたんですから。」
「もう実際に組んだのか? 動いたのか?」
ミカが頷くと、パラレイラは驚き、次いで苦笑した。
「アーデルリーゼは回路や【付与】、それらに関わる素材なんかに、かなりの経験と知識がある。 アーデルリーゼの書いた精霊球についての本だと言うなら、私も興味ある。 貸してくれ。」
「え、ええ、それはいいんですけど……。 パラレイラさんでも読みたいって思うくらいなんですか?」
ミカもパラレイラには多くの本を貸してもらい、貴重な遺跡の資料なんかも貸してもらった。
パラレイラが読みたいというなら、貸すのは構わないのだが、あの本ってそれほどなのか?
パラレイラだって、ミカからしたら経験も知識も豊富だが。
「おそらく、精霊球に対しての知識では、私でも敵わないだろう。 アーデルリーゼのすべての知識を記しているとは限らないが、読んでおきたい。」
研究馬鹿のパラレイラがここまで言うほどなのか。
いや、研究馬鹿だからなのか?
まだミカも本で確認しながら組んでいる感じではあるが、まあ少しの間貸すくらいはいいだろう。
「じゃあ、明日持って来ますよ。 朝でいいですか?」
「ああ、それじゃあ、それで頼む。」
そうして、軽い情報交換をして、ミカは帰った。
翌朝、ミカの持ってきたどでかい本にパラレイラが崩れ落ちた。
「何考えてんだ、あいつは……。」
「魔法具の袋に入らないので、放課後まで持ってるの嫌だったんですよ。 あ、そのリュックサックは特注で作ってるんで、それも大事にしてくださいね。」
ミカから受け取ったリュックサックを、パラレイラは重そうに部屋に運んだ。
ぶつぶつと、「十巻くらいに分けろよ……。」と言うのが聞こえた。
やっぱり、そう思うよねえ?




