第188話 革命的魔法士育成法
土の3の月、5の週の水の日。
そろそろ王都に帰るかぁ、と思いつつも何となくだらだらと過ごす、そんな毎日。
ネリスフィーネは朝から教会に行き、ラディと一緒に村人の家を回っていることが多い。
キスティルは家事をしながら、合間の時間にフィーと魔力操作の練習。
ミカは読書をしたり、森に魔獣を狩りに行ったりと、てきとーに過ごす。
「できたっ!」
ミカが自室で本を読んでいると、キスティルの嬉しそうな声が聞こえてきた。
ミカは顔をあげると、大きな本を閉じて湯場に向かう。
湯場にはキスティルが居て、水の塊が浮いていた。
「おー、自力で作ったの? フィーは?」
「フィーちゃんは見守ってくれてただけよ。 ね、フィーちゃん。」
キスティルが天井に目を向けると、そこにはフィーが浮いていた。
フィーは毎日キスティルに憑依し、魔力を操作するお手伝いをしていた。
勿論、キスティルが今から「練習するよ」とフィーに許可をした上でだ。
最初に憑依した時はキスティルの身体が薄っすらと発光していたが、別にあれは憑依するとそうなってしまうという訳ではない。
フィーがステルスモードで光を消せるように、憑依中も光る必要はないようだ。
ただ、そうなると憑依してるんだかしてないんだか、ミカやネリスフィーネには分からない。
なので、普段は魔力操作の練習で憑依する時は、発光するように指示をしている。
そうしてキスティルが魔力操作の練習を始めて、もうすぐ三カ月経つ。
これまでもキスティルは水の塊を作っているが、それはすべてフィーのアシストによるもの。
自力で魔力を動かし、発現したことはなかった。
(国からも教会からも『才能なし』とされたキスティルが、たった三カ月で魔法を習得しちゃったね。)
かなり驚きの結果だ。
同じように自力習得を目指したリムリーシェは、二年くらいかかっている。
魔力量もあり、操作にも慣れたリムリーシェがそれだけかかっているのに、まったくの素人のキスティルが三カ月。
単純な魔力量や魔力操作の問題ではなく、何か他にも重要な要因があるのだろうか。
ミカは天井を見上げ、フィーを見る。
(もしかして、フィーの影響か……?)
魔力の操作には、かなり感覚に頼る部分がある。
そのため、資質のない者には本当にまったくさっぱり扱えないのだ。
資質のある者でさえ、その感覚を得るまでにそれなりに時間がかかる。
それを、もしもフィーが補っているとしたら……?
(フィーズ・ブートキャンプ? 下手したら、フィーを使えば、国民全員を魔法士にすることも可能なんじゃない? …………国民皆兵?)
実際は人数が多すぎて、フィーだけではそこまで増やせないだろうが、資質に関係なく魔力を扱えるようにできる。
魔法士育成に革命が起きた瞬間だった。
(………………。 ま、どうでもいいけどね。)
国の魔法士を増やすことに、ちっとも興味がなかった。
むしろ、法で雁字搦めにされる犠牲者をこれ以上増やさないよう、闇に葬る決意が固まった。
「キスティル。 何回も言ってるけど、外では――――。」
「心配しないで。 分かってるわ、ミカくん。 外でなんて絶対に使わないから。」
そう、笑顔で答えた。
キスティルは、ミカやネリスフィーネが【神の奇跡】を使えることを羨ましく思っていた。
【神の奇跡】ではないが、実際に魔力を感じられるようになり、魔法を発現させられるようになった。
それだけで、とりあえずは満足のようだ。
…………今のところは。
(使えるようになると、つい使いたくなっちゃうもんだしな。 気をつけて見ておくか。)
経験者は語る。
いや、できるんだからやっぱ使いたくなるでしょ、こんなもん。
ミカにとっては、もはや日常に溶け込んだ力である。
今更、使わない生活など無理だった。
(……それでも、【神の奇跡】の発現まではさすがに無理か?)
水の塊一つ二つ作れても、【神の奇跡】は発現できない。
それほど【神の奇跡】は消費する魔力が多い。…………らしい。
全賭けしかできないミカには分からないが。
大量の水を”水飛沫”で作れたミカで、多分魔法学院入学にギリギリだったと思う。
その後に”土壁”を使いまくり、魔力量を増やしたミカでさえ「なかなか多い」という評価だったのだ。
(キスティルの魔力量の伸びがいつまでか分からないけど、【神の奇跡】の発現までは厳しい気がするな。)
まあ、魔法士や冒険者を目指している訳ではない。
できるようになりたいと思っていたことが叶った。
それだけで十分だろう。
「魔力を使い切ったら、ちゃんと魔力の回復薬を飲むんだよ。」
「うん。 ありがとう、ミカくん。」
ミカは部屋に戻ったが、キスティルはいつまでもずっと、初めて自力で作った水の塊を眺めていた。
「………………ごめん、キスティル。 お腹空いた……。」
「え……? あっ!? ご、ごめんなさいっ! すぐに作るからっ!」
あれから数時間。
いつまでも経っても「お昼だよー。」と呼びに来ないと思い、ミカがキスティルを探すと、まだ湯場にいた。
キスティルは、ずっと水の塊を眺めていた。
邪魔してごめんね。
嬉しくって、ずっと眺めていたいよね。
■■■■■■
その日の夜。
ミカの家にノイスハイム家とスコバータ家の皆さんが揃った。
すでに個別で話していて、今日はその最終意見の確認である。
「それじゃあ、やっぱり村に残るんだね。」
ミカが言うと、アマーリア、ロレッタ、チェルーシスが暗い表情ながら頷く。
「ミカが心配してくれてるのは、よく分かってるの。 でも、やっぱりお母さんは……。」
「……うん。」
アマーリアの言葉に、ミカは仕方なさそうに頷く。
「実際、まだどうなるか分からない話だしね。」
ミカは力なく笑顔を作った。
だが、すぐにその表情を引き締める。
「ただ、戦争は起きる。 来週か五年後か十年後か。 それは誰にも分からないけど、でも……。」
そこで一旦区切り、大きく息を吐き出した。
「戦争は、起きるんだ……。」
それは、確定事項。
単なる噂ではない。
国は、その準備に動いている。
先日のレーヴタイン侯爵との面談で、そう感じた。
いつかは分からない。
それでも、侯爵はその時に向けて具体的な準備に入っている、と。
ロレッタが不安そうな表情で俯いていたが、顔を上げるとミカを見た。
「戦争になっても、勝てるよね? 皆も言ってるよ。 グローノワなんかに負けるはずないって。」
そんなの、帝国だってそう言ってるだろう。
どんな劣勢の状況だって、「ああすれば勝てる」「こうすれば勝てる」と楽観が蔓延るものだ。
実際の戦いが始まる前であれば、猶更そうなる。
ミカは学院の授業で、具体的なエックトレーム王国の兵力などは教わった。
ただ、この数字が本当か嘘かは分からない。
そして、グローノワ帝国の兵力についてはまったく知ることができない。
もし仮に、どちらの戦力も知り得たとしても、それでどちらが勝つかなんて勿論言えない。
余程戦力に差があれば、「下手なことしなければ、こっちが勝つんじゃない」と予想はできるかもしれないが。
ミカはそっと息をつくと、ロレッタを真っ直ぐ見る。
「皆がそう言ってるなら、それを否定はしないで。 でも、信じちゃだめだ。 皆も不安で、だからそうして周りに話して、皆で安心を得たいだけなんだよ。」
「そんな……。」
ロレッタが、ショックを受けたような顔になった。
根拠なんか無くても、誰かが同じ意見を言ってくれれば、それだけで不安が軽減する。
そうして、心の均衡を保とうとする。
「下手に否定をすると、排斥されるかもしれない。 不安をぶつける矛先に……捌け口にされる恐れがある。 だから、皆がそう言ってる時は『そうだよね』って相槌を打つといいよ。」
ミカはあまり重くならないように気をつけながら、ロレッタに伝えた。
大本営の発表に意味はない。
都合の悪いことは誤魔化し、都合の良いことを殊更に持ち上げる。
局所の勝利を喧伝し、大局的な苦境から目を逸らす。
そんなことはごく当たり前のことだろう。
つまり、一国民には、本当の戦況など知りようなどないのだ。
「僕は一応、学院生だからね。 王国軍の軍属ってことにもなってる。 でもね、僕にだって本当の情報なんか下りてこないんだよ。」
どこどこの戦地が苦しい。
だから援軍に行けと命令されても、「苦しい戦地に行かされるのか」と気力が萎えるだけだ。
だから、余計な情報は伝えないだろう。
ただ、行って来いと命じるだけ。
もっとも、そうした情報は何となくでも伝わって来たりはするだろうけど。
ミカは隣に座るキスティルとネリスフィーネに目配せをする。
二人は黙って頷くと、用意していた雑嚢をアマーリア、ロレッタ、チェルーシスに渡していく。
「これは……?」
雑嚢を開けたチェルーシスが呟き、中に入っていた物を取り出す。
それは、魔法具の袋だった。
魔力登録のされていない、素の魔法具の袋。
本当は安全を考えれば魔力登録をするべきだが、そのためには魔法具屋まで連れて行かなくてはならない。
さすがに飛んで行く訳にもいかないので、これは妥協案だ。
魔法具の袋を普通の雑嚢に入れる。
見た目だけ誤魔化せば、後は普通に盗難を気をつけるだけ。
「回復薬とかのいくつかのアイテムと、多少のお金が入っています。 その中に最低限必要な着替えとかを入れておいて、最悪それだけ持って逃げることを想定して準備してください。」
「これだけを、持って……?」
そもそも、魔法具の袋自体をまともに触るのも初めてだろう。
まったく話が通じていなかった。
ミカは苦笑して、アマーリアとロレッタに教える。
キスティルもチェルーシスに教えた。
「人に見られれば、目をつけられる可能性が高いです。 特に、良からぬことを考える連中に、です。 便利な道具だけど、それだけリスクもありますので、扱いには細心の注意をお願いします。」
ミカがそう言うと、ロレッタがごくっと喉を鳴らした。
「この村の人は大丈夫かもしれないけど、口の端に上れば、良からぬことを企む者の耳に入ることもあります。 だから、今日のことは、誰にも話さないようにお願いします。」
そう言って、ミカはモスミール君を見る。
「モスミール君も、もう十一歳だ。 今年十二歳になるんだろ?」
「う、うん……。」
ミカが尋ねると、モスミール君はちょっと慌てつつもこくんと頷く。
「僕は八歳で、人に話せない秘密を課された。 学院に通う子たちは、皆十歳にはそういう秘密を課されることになる。 漏らせば一生強制収容所だ、とね。」
モスミール君は急な話に驚きつつも、真剣な顔になる。
「君を『まだ子供だから』と今日の話に呼ばないことも考えた。 けど、もう分別のつく年齢だろう? 君がうっかり口を滑らせれば、君のお母さんが殺されてその袋が奪われるかもしれない。」
「ミカッ。 そんな言い方はあんまり――――。」
「いいんです、ロレッタさん。」
ミカのあまりに容赦のない言いようにロレッタが止めようとする。
だが、そんなロレッタを遮ったのは、キスティルだった。
キスティルは、悲し気に微笑み、モスミール君を見る。
「……大丈夫よね? 私たちにはもう、秘密の一つや二つ、どうと言うことはないでしょう?」
そう、優しく、囁くように言う。
キスティルの家族には、大きな秘密がある。
それは、本来決して漏らしてはいけないはずのこと。
だけど、今年はそこまで心を殺すことができなかった。
キスティルは頻繁にスコバータ家に出入りし、ミカも良くないと思いつつも口には出さないでいた。
一年ぶりの再会。
それも、事情が事情だ。
さすがに他人の振りを徹底しろとは言えなかった。
キスティルは立ち上がると、モスミール君の所に歩いていく。
そうして、しっかりと抱きしめた。
「私がお姉ちゃんでいるのも、今日が最後……。 これからは、貴方がお母さんをしっかり支えるの。」
「……姉ちゃん。」
モスミール君の顔がくしゃっと歪んだ。
そんな二人の姿に、アマーリアとロレッタが涙を零す。
(…………きっと、あの時のことを重ねてるんだろうな。)
五年前。
ミカがリッシュ村を旅立った日。
魔法学院への入学を命じられ、家族が引き裂かれた日のことを。
(うちは、帰省すれば普通に家族として接することができたけど……。)
キスティルの家族は違う。
これからは他人の振りをしなくてならない。
数年は周囲も違和感を持つだろう。
だけど、いずれはそれにも慣れる。
そもそも、会おうとしなければロクに顔を合わせることもないのだ。
遠くを歩く姿を見かけても、声をかけに行こうとしなければ、周囲もそんなものかと気に留めなくなる。
ミカはずきりと胸が痛むのを感じた。
(これが、俺が間違ったツケだ。)
キスティルの家族が引き裂かれることなく、暮らしていけた”今”だってあったはずだ。
それを奪ってしまったのは、ミカがあの時選択を間違えたから。
ミカの過ちのツケを、キスティルの家族が払うことになってしまった。
キスティルが変わらず、ヤロイバロフの宿屋で働く。
弟も薬草採集で家計を助け、いずれは一人前に働けるようになる。
母親も不審に思いながらも、ヨークアデスが姿を見せない生活に慣れていく。
そんな”今”を、ミカの選択のせいで失くしてしまったのだ。
ミカは涙を流し決別を覚悟するキスティルを見ていられず、苦し気に俯いた。
そんなミカにチェルーシスが声をかける。
「そんな顔しないで、ミカ君。 ミカ君には本当に感謝しているのよ。」
チェルーシスが、少しだけ寂し気な笑顔を見せる。
「ミカ君がいなかったら、私たちはきっと、まだ王都にいたわ。 そのことを思うと、恐ろしくて今でも身体が震えるの……。」
そう言って、ミカの手を取る。
「あの苦しみから救い出してくれただけで、何も言うことはないわ。 その上、家族が皆元気でいるんですもの。」
チェルーシスにアマーリアが寄り添い、そっと背中を撫でる。
そう言えば、アマーリアもウオディに苦しめられ、ただ家族が無事に暮らせることだけを望んでいた。
この二人には、いろいろ境遇に近いものがある。
きっと、共感する部分も多いのだろう。
そうして、皆が落ち着くのを待って話し合いを再開する。
と言っても、結論は出ている。
アマーリアもロレッタも、リッシュ村を出ることを望んでいない。
チェルーシスはリッシュ村で生き甲斐を取り戻し、息子のモスミールと支え合って頑張っている。
戦争のことは分からないが、この村での生活がとても大切だと感じているという。
(まあ、今はまだそれも仕方ないか。)
実際、まだどうなるか分からない。
それにもし戦争が起きても、国境付近はともかく、こんな田舎にはほとんど影響がなかった、なんてことだってありえるのだ。
王国軍が負け、帝国軍がなだれ込んで来たりしない限りは、リッシュ村は安全だろう。
要は、勝ちゃあいいんだよ勝ちゃあ、である。
(頼むぜ、侯爵。)
国境防衛を任されている侯爵次第と言う訳だ。
(それに、引っ越すって言ってもなあ。)
領主の許可を得なければならない。
開拓村から、その労働力を奪おうというのだから、いい顔はしないだろう。
まだノイスハイム家とスコバータ家だけなら何とかなるかもしれないが、他の人たちまで避難させることまで考えると、
「開拓村を壊滅させるつもりか?」
「どこの誰が差し向けた妨害工作だ?」
とでも思われかねない。
とても許可など出ないだろう。
そうなると、ミカとしてはどうしても避難させる対象に優先順位をつけざるを得ない。
まずはノイスハイム家とスコバータ家。
この二家族は絶対だ。
次にニネティアナとその家族、教会の二人、ホレイシオ、村長。
ミカにとっての、命の恩人級の人たちだ。
この人たちを避難させるだけで、リッシュ村は壊滅ですね。
何たって村長と工場長、村の司祭、自警団の団長だもん。
村の要人がごっそり居なくなったら、そりゃ遠からず村は終わるわな。
(いっそのこと、情報屋ギルドでも何でも使って、村人を丸ごと第三街区に連れてくプランでも立てさせるか?)
一旦費用のことは置いて、実行可能な案を立てさせてみるか。
(一夜にして村人の消えた村……。 怪談か?)
ゲームや映画なんかでよくある設定を、実現させてみるのも面白いかもしれない。
まあ、面白いから、で村を壊滅させる訳にもいかないが。
(どうしたものかね。)
そんな、次善の策に頭を悩ませるミカなのだった。




