第185話 教皇名簿
土の3の月、2の週の火の日。
ミカはサーベンジールの侯爵邸に来ていた。
ここに来るのも、実に四年振り。
クレイリア誘拐事件の取り調べで監禁…………滞在して以来だった。
ミカが案内された応接室で待っていると、侯爵夫人のソインラージュが顔を出した。
お付きの侍女ら数人と、護衛騎士数人を引き連れて。
「よく来てくれましたね。 長旅で疲れたでしょう?」
「いえ、大丈夫です。」
軽く挨拶をし、ソインラージュに勧められて、手をつけたくなかったティーカップで紅茶を飲む。
ミカは王都からサーベンジールへの長旅で、昨日着いたばかりという設定だ。
乗り合い馬車では八日かかる距離なので、3の月に入ってすぐに出発しても、サーベンジールに着くのは昨日の夕刻以降。
だが、貴族用の四頭立ての馬車なら五日くらいで着く。
なので、クレイリアはすでに数日前にサーベンジールに戻っているらしい。
いくら四頭立てとはいえ、なぜ貴族用の馬車はそんなに早く着くのか。
それは、王国中の大きな街道には、貴族用の中継地点がいくつもあるからだ。
この中継地点、乗り合い馬車の休憩所よりも数が多い。
規模の大きい中継地点もあるが、ほとんどは小さい中継地点である。
そして、これらの中継地点は厳密には軍の管轄だ。
早馬を乗り継いだりすることを目的に配置されたもので、交換用の馬が何頭もいる。
だが、そもそも早馬を出さなければならないような事態はほとんど起きない。
いつ起きるか分からない事態に備えることも大事だが、規模を考えると現実的ではない。
そこで、普段は別の利用も可能にした。
それが貴族用の馬車などだ。
中継地点で馬を借りることができるのだ。
ここまで走ってきた自分の馬を預け、中継地点にいる馬を借りて、また元気いっぱいに走ってもらう。
あくまで借りるだけなので、何かあれば金銭で賠償しなければならないが、移動が非常にスムーズになった。
この中継地点を利用できるのは貴族家当主と、その貴族家当主が認めた者だけ。
基本は家族だ。
利用権というか、利用するためには年間でかなりの金額を支払う。
また、利用するたびに料金がかかるが、貴族はこの中継地点を使って馬車での移動を円滑に行っている。
基本的に貴族は領地に引き籠っていることが多い。
なので、普段はそこまで需要があるわけではない。
だが、貴族の利用はあくまでおまけ。
目的は早馬の乗り継ぎ網の確立なので、貴族に利用させて維持運営のための費用を一部負担させようというのが狙いだ。
王都からサーベンジールまでの街道は、エックトレーム王国にとって最重要の幹線道路だ。
通商連合との交易路であると同時に、グローノワ帝国からの侵攻のルートでもある。
そのため中継地点は多いし、規模の大きいものになると普通に軍の数個中隊が常駐している。
駐屯地以外にも、それだけの規模の兵を街道上の中継地点のいくつかには、常時配置しているらしい。
逆に、コトンテッセからヤウナスンのような、ローカルでマイナーな街道には中継地点はほとんどない。
乗り合い馬車の休憩所に間借りしているような感じで、済ませていたりする。
コンコン。
ソインラージュと学院のことや、学院でのクレイリアの様子など、他愛のない話をしているとノックがされた。
そうして、入って来たのはレーヴタイン侯爵。
ソインラージュを見て、一瞬目を丸くした。
「何をしている。」
「何も。 ただ、お話をしていただけですよ。」
ソインラージュが柔らかく微笑むと、侯爵が目を瞑り、軽く溜息をつく。
それから、ミカに視線を向ける。
「出直した方がいいか?」
「い、いえっ!?」
そんなこと俺に聞くなよっ!
ただの冗談だろうけど、心臓に悪いわっ。
ミカの慌てた様子に、ソインラージュが微笑む。
「お邪魔しましたね。 また、お話を聞かせて頂戴。」
「は、はいっ!」
ソインラージュはミカの気力をごっそり削り、微笑みながら去っていく。
しかしながら、ここからがボス戦である。
侯爵はボスに相応しい貫禄で、目の前に座った。
もう、帰りたい……。
「すまんな。 あれの相手をさせて。」
「い、いえ。 僕なんかではあまりお相手も務まらず、お恥ずかしい限りで……。」
「そう、固くなることはない。」
侯爵は新しく淹れられた紅茶を一口飲み、真っ直ぐミカを見る。
「今年の成績も、すでに報告を受けている。 私の方から言うようなことは何もない。 非の打ち所のない成績だ。」
「……恐縮、です。」
頼むから、持ち上げるのはやめてくれ。
過去のトラウマが……。
「いきなり高等部の演習に参加させられたそうだな。 しかも、そんな状態からでも活躍している。 結局、一度も討ち取られていないのか?」
「は、はい……。」
チームとしては、先に拠点を落とされたというのが何回かあった。
だが、ミカ個人では一度も討ち取られたりはしていない。
すべての演習で生き残っている。
「ふーむ……。」
侯爵は腕を組み、考え込むような顔になる。
ミカは何も言わず、ただ黙って侯爵の考えがまとまるのを待つ。
こちらから何か言ったりはしない。
藪をつついたりはせず、静かにそっと通り過ぎたい。
「……まあ、いいだろう。 そのまま精進を続けなさい。」
「はい。」
そうして、再び侯爵は紅茶に手をつける。
だが、その手が止まり、じっとミカを見た。
「どうしたのかね。 何かあるのか?」
「あ、いえ…………。」
いつも通りを装っているつもりだったが、何か勘づかれてしまったようだった。
実は、ミカは侯爵に聞きたいことがあった。
ただ、少々際どい話になるので、言うつもりはなかったのだが……。
侯爵は後ろを向くことなく、すっと片手を軽く上げる。
それを合図に、部屋に控えていた二人の客間女中が部屋を出て行く。
「何かあるなら言ってみたまえ。 他に聞いている者もいない。」
さすがにここまでされて、何も言わないのも失礼か。
ミカはどう切り出すかを考えた。
「……その……最近、よく噂を耳にしまして……。」
「噂……? 何のだ?」
ミカはあまり深入りせず、断定せず、なるべくさらっと済むように考える。
「……グローノワ帝国との……その……。」
「グローノワの侵攻のことか。」
ミカが濁して言うことを、侯爵が汲み取る。
「閣下が、今年は王都にお見えにならないということも合わせて考えると、その……信憑性が……。」
侯爵が領地を離れられない。
その意味を考えると、陰鬱な気分になってしまうのだ。
何より、ミカの気分の問題だけでは済まない。
本気で、家族を王都に呼び寄せる必要があるのではないかと、ミカは考えていた。
ただ、その場合はどうしても線引きが必要になってしまうのだ。
他の村の住人には、どこまで手を差し伸べるべきか、と。
そんな、沈痛な面持ちのミカを見て、侯爵は表情を和らげる
「ふふっ……、少し安心したよ。」
「……え?」
こんな話題から、なぜ侯爵が「安心した」などと言うのか、分からない。
「そう言えば、君の守りたい物は、故郷の村にあるのだったな。」
そう、侯爵が懐かしむように言う。
「まあ、実際に連中が侵攻してくるのか。 いつ来るのか。 それは向こうに聞いてくれ、としか言えんが……。」
侯爵が肩の力を抜き、ソファの背もたれに寄りかかる。
「私が今年、領地を離れられないのは別の理由だ。 まったく無関係という訳でもないがね。」
「……別の、理由?」
侵攻を警戒して、領地に留まっている訳ではないのか?
「大きな事業が進行中で、私はその中心として携わっている。 私が離れると、その事業に支障が出る。 だから、今は領地に留まっているにすぎん。 陛下にも、こちらを優先するように言われているのでな。」
「……あ……そうなのですか。」
侯爵が事も無げに言うので、それが余計に何でもないことだと感じさせた。
「向こう次第なので、明日には戦場に立っている可能性もゼロではないが……。 今のところの予定では、夏は王都に行くつもりでいる。」
侯爵の話に、ミカは大きく息を吐き出す。
いや、まだ安心していいことではないのだが、そこまで事態が逼迫している訳ではなさそうだ。
「油断をしてはいけない。 だが、今からそれでは身がもたんぞ。」
「はい……。」
まさに、考えすぎて時々胃が痛かったです。
魔獣たちと戯れるのだけが、癒しでした。
随分と血生臭い癒しだけど。
「家族や、大切な人のことを思うと、不安かね?」
侯爵が、そんなことを聞いてくる。
ミカは少しだけ俯き、ゆっくりと侯爵に視線を向ける。
そして、こくんと頷いた。
「それでいい。 その気持ちを忘れないようにしなさい。」
そんな風に、侯爵との面談は締め括られた。
…………のだが。
「……まいりました。」
そこから、なぜか侯爵とブアットレ・ヒードをやることになった。
最近、クレイリアが興味を持ち始め、サーベンジールに戻ってから侯爵とも対戦したらしい。
そして、その席で話題に上がったのだとか。
「ミカは、とっても強いのです。」
と、侯爵に話したようだ。
で、侯爵は「一つ試してやろう」と今日の対戦を楽しみにしていたという。
「中々だが、まだ攻めっ気が出過ぎているな。 もう少し盤面全体を気にした方が良い。」
「精進いたします。」
そうして、ミカは丁寧に頭を下げる。
後で絶対にクレイリアの頬っぺたを引っ張ってやろうと、心に決めて。
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【ワーターエラム視点】
自称神学者ワーターエラムは、グローノワ帝国の帝都にある自宅で、ここ一年の研究結果をまとめていた。
一年前、遺跡近くの洞窟から発見した羊皮紙片により、自身の三十年以上の研究がひっくり返された。
これまで手に入れた一次資料から、”奇跡”について書かれた物と、”言”について書かれた物を分け、一から考え直さなくてはならなかった。
ただ、それによりこれまで一緒くたにしていたために謎とされてきた部分にも、一定の解釈がつけられるようになった。
もっとも、それは”奇跡”、つまり現在【神の奇跡】と呼んでいる現象についてのみだが。
【神の奇跡】については、その解釈に大きな変化はない。
むしろ謎とされる部分が切り離され、すっきりしたくらいだ。
”力”=魔力を操作し、神々への祈り、呪文を唱えることで発現する奇跡。
だが、”言”については、まったく意味が分からない。
【神の奇跡】と同様に”力”を必要とする現象だが、どうも”意”という物も関係するらしい。
そして、この”意”は、神々への祈りとは違う物らしい。
何より【神の奇跡】との大きな違いは、どうやら呪文を必要としていないのだ。
祈らず、呪文も使わず、一体何を起こしていたのか。
羊皮紙片には、ただ「危険なもの」「恐ろしい」としか書かれていなかった。
ただ、これらは現在解読できた部分だけを元に考えると、ではある。
損傷がひどくて読めなかったり、そもそも初めて見る単語などがあり、意味が掴めない部分も多い。
”力”と”意”に関係する”ウェネー?ム”や”アデ??トゥス”といった単語の意味が分かれば、研究も大きく進むと思うのだが…………。
ワーターエラムが机にかじりつくように資料を見ていると、不意に肩を叩かれる。
後ろに立っていたのは四十代前半の浅黒い男。
資料の調査を手伝わせているセステンドフだった。
「先生。 ランバルエル先生がお見えになりました。」
「ランバルエルが?」
どうやら、集中し過ぎて何度呼びかけられても気づかなかったようだ。
ワーターエラムが部屋の扉の方を向くと、そこには五十代後半の男が立っていた。
「一年くらい調査にも出ずに、籠ってるって聞いてな。 ついにアル中でぶっ倒れたかと思ったが…………ピンピンしとるな。」
ランバルエルがにやりと笑った。
一応、枢機卿という肩書を持つワーターエラムに、ここまで悪態をつける者も珍しい。
だが、それにはそれなりの理由がある。
ワーターエラムに、光神教の闇を探るという遊びを教えたのが、他ならぬランバルエルなのだ。
ワーターエラムにとってランバルエルは同好の士であり、師匠であり、そして秘密を共有する盟友だった。
「死んだら、果実酒の樽に沈めてもらうことにするかな。 それより、そっちこそ巣穴から出てくるなんて珍しいじゃないか。 ガサ入れでも喰らったか。」
自宅を探られて、まずい物を抱えてるのはワーターエラムもランバルエルも同じだった。
「アホ抜かせ。 言っただろ、アル中でぶっ倒れてると思ったんで、見舞いだ。」
そう言って、ランバルエルは雑嚢から紙の束を取り出す。
「お前さんなら、こいつを見れば棺桶からでも飛び出すと思ってな。」
そう言ってランバルエルは、紙の束をワーターエラムの膝の上にばさっと置いた。
「それは私がまとめた資料だ。 一次資料…………ではないな。 二次資料はうちにある。 ちょっと、持ち歩ける物じゃないんでな。」
ランバルエルは、セステンドフが用意した椅子に座りながら説明する。
ワーターエラムは膝の上に置かれた資料を手に取ると、ぱらぱら……とめくった。
「っ!? こ、これはっ!?」
ワーターエラムは目を瞠り、資料からランバルエルに視線を移す。
ランバルエルが、にやりと笑った。
「まあ、読んでみろ。」
ワーターエラムは勧められるままに、資料に目を通す。
横からセステンドフも覗き見て、驚きに声も出ない様子だが、そんなことに気づかないくらいにワーターエラムは資料を貪り読む。
その資料は、ワーターエラムの長年の研究の答え。
歴代教皇の名簿から、抹消された者の一覧だった。
全部で四十三人。
古くは千年以上前。
最近では三百年くらい前の教皇までが抹消されていた。
年代は幅広いが、一目である程度の傾向は分かる。
立て続けに名前が抹消される一方、その後数百年も抹消がなく、再び連続して抹消されるといった傾向がみられる。
「これを、どこで!? こんな資料をどこで見つけたんだ!」
一通り目を通したワーターエラムが、ランバルエルに血走った目を向ける。
そんなワーターエラムの様子に、ランバルエルが苦笑した。
「そう興奮するな。 言っただろう? うちにあるのは二次資料だ。 おそらく、一次資料はすでに存在しない。」
「存在しない……?」
そう言える根拠はなんだ?
ワーターエラムの当然の疑問に答えるように、ランバルエルが話し始めた。
ランバルエルが手に入れた二次資料とは、一次資料の処分に関わった者の手記だった。
手記を書いた者の名前はヘズバルト。
二百五十年以上も前の、聖地ウープ・サクトゥで神々に仕えていた司祭だ。
ある時ヘズバルトと他三十人ほどが教皇に命じられた。
「歴代教皇の名簿に、重大な誤りがあるようだ。 すべて集めよ。」
誤った物は回収ないし修正をしなければならない、と。
途方もない任務である。
大陸中の大聖堂から集めるだけでも大変だが、それを秘密裏に行えというのだ。
無茶と言えば無茶な話。
だが、絶対に人にバレてはいけないということではなく、大々的に発表をするようなことはできないというだけで、命じられて一時的に集めているだけということを説明してもよいということだった。
そうして数年の歳月をかけ、大聖堂だけでなく、小さな村の教会からも、もしあるならば回収して回った。
そんなある日、ヘズバルトは友人の司祭から相談を受けた。
何でも、その司祭は現在、おかしな職務に従事しているという。
それは、渡された資料通りに、ただひたすら書き写すだけというもの。
そして、その書き写す内容が歴代教皇の名簿だった。
友人以外にも十人くらいで、その職務にあたっているという。
ヘズバルトは自分の命じられた名簿の回収と、友人の名簿の書き写しに嫌な予感を憶えた。
ヘズバルトは友人に、その書き写した名簿を一部手に入れて欲しいと頼み込んだ。
そうして入手した新旧の名簿を見比べると、四十三人もの教皇の名前が抹消されている。
なぜそんなことをするのか考えたが、抹消される教皇には、ある共通点が見つかった。
自分はどうすればいいのかとヘズバルトが思い悩んでいた時、友人が消息を絶った。
ヘズバルトは名簿を持っていてはまずいと考え、抹消された教皇の資料を自らの手記として残すことにした。
その手記は信頼できる者に預け、決して中を見てはいけないと言い含めて。
手元に残った新旧の名簿は自ら燃やし、灰にするつもりだと手記の最後には書かれていたという。
「たった、二百五十年前……?」
名簿自体が意図的に改竄されていたことは、予想通りと言えた。
だが、それが行われたのが、たったの二百五十年前とは。
「こんなことが起きて、一切話が漏れないなんておかしいだろう!? どうしてこんなことが隠蔽できたんだ!?」
「二百五十年前。 その頃に起きたことで、有名な出来事はいくつかある。 私はそれが関係していると思っている。」
ここからは憶測になる、と前置きした上でランバルエルが語ったのは、衝撃の予想だった。
手記の最後の日付から一カ月後。
大きな事故が聖地ウープ・サクトゥで起きる。
火災である。
死者二百名を超える、大聖堂の近くにあった建物が一棟丸ごと全焼した大事故だ。
犠牲者の中に教皇まで含まれるという、歴史的な大事故だった。
火災原因も不明とされ、犠牲者の特定も曖昧なままで不可解なことも多い事故。
だが、この事故は教会最大の禁忌の一つとされ現在も解明されていない。
「この犠牲者の中に、もしヘズバルトがいたとしたら?」
ランバルエルの言葉はあまりに重く、ワーターエラムの頭を殴りつける。
その衝撃に、眩暈を起こしそうだった。
「携わった者……回収した物……。 すべて灰にしたと言うのか……?」
「関わった者が多すぎる。 関連する資料も含めて、根こそぎ浚われているんだぞ? 事故の犠牲者たちが、何らかの形でこの歴史の改竄に関わったとしたら、口でも封じなければ絶対に漏れる。」
たかが名簿に、なぜそこまでするのか。
ワーターエラムは机の引き出しを乱暴に開けると、果実酒の瓶を取り出す。
震える手で蓋を開けると、ラッパ飲みで流し込んだ。
じっくり味わう飲み方の好きなワーターエラムだったが、今だけはただ酒を流し込みたい衝動にかられた。
ワーターエラムがドンと机に瓶を置くと、ランバルエルが雑嚢から一枚の紙を取り出す。
「種明かしだ。 名簿から抹消された教皇の、共通項がこれだ。」
ワーターエラムが長年探し求めた答えのはずだが、数瞬の間、手を伸ばすことを躊躇した。
知りたい。
だが、知りたくない。
そんな、自分でも信じられないような葛藤が胸にあった。
ワーターエラムは大きく深呼吸をすると覚悟を決め、その紙を受け取って視線を向ける。
そこに並ぶのは「自死」「狂死」の羅列。
抹消された教皇は、すべて「自死」か「狂死」をしていた。
「……こんな、嘘だ……。 ありえないっ……。」
ワーターエラムは、声の震えが抑えられなかった。
長い歴史の中、教皇だって「自死」や「狂死」をする者も、まあいなくはないだろう。
だが――――。
「十二人も続けて自死か狂死だとっ!? おかしいだろうっ! こんな馬鹿なことがあるかっ!」
在任期間が百年近い教皇。
そこには、抹消された十二人の教皇がいた。
そして、その教皇たちはすべて「自死」か「狂死」。
これが、在任期間百年の謎の答えだった。
ワーターエラムは、背もたれに寄りかかると、項垂れる。
もう、今日は何も考えたくない。
あまりに深すぎる、それはまさに闇だった。
「先生……。」
セステンドフが気づかわしげに、声をかけた。
ワーターエラムは大きく溜息をつき、力なく首を振る。
「……すまない。 今日は、……今日のところは、帰ってくれ……。」
ランバルエルは、ワーターエラムの言葉を聞いても平然としていた。
「お前さん、まさかこんなもんでまいっちまったなんて言う気じゃないだろうな?」
「…………な、に?」
ランバルエルは、フンと鼻を鳴らす。
「教会の闇は終わってねえよ。」
そう、自信あり気に言ってのける。
「名簿は、ようやく掴んだ闇の一端だ。 これまで隠れてた物が、ほんの少し見えただけだ。」
ランバルエルの言葉に、セステンドフがごくりと喉を鳴らした。
「だが、ちーっとばっかし、予想よりも大きそうだ。」
ランバルエルが、かりかりと鼻を掻く。
ワーターエラムは、ぽかんとした顔でランバルエルの言葉を聞いた。
「どうだ? これまではお互い趣味と割り切って好き勝手やってたが、ここらで一つ、手を結ぶってのは。」
そんな提案をしてくる。
「お互いに隠し持ってた資料が、実は相手の答えだったなんてこともあるんじゃねーか?」
そう言って、紙の束を指さす。
ワーターエラムの答えを、ランバルエルが手に入れた。
ランバルエルの答えを、ワーターエラムが持っている可能性も、勿論あるだろう。
「共同研究ってことか?」
「どういう形でやるかは置いて、一旦お互いにどんなのを持ってるか開示してみたらどうだ? それだけで、あっさり答え合わせできちまう物もあるかもしれねえ。」
確かに、精査はまた後にするにしても、どんな資料を持っていて、どんな研究をしているか教えるだけでも面白いことになりそうだ。
ワーターエラムは、先程までの絶望感など忘れ、胸が高鳴るのを感じていた。
「…………名簿の礼だ。 先にこちらから一つ開示しよう。」
そう、ワーターエラムは呟く。
「”奇跡”と”言”の違い、なんてのは興味ないか?」
「違い……? どちらも【神の奇跡】のことだろう?」
ランバルエルが怪訝そうな顔をした。
ランバルエルのその顔を見て、ワーターエラムは自然と口の端が上がるのを、自分でも感じていた。




