第183話 魔女と精霊球
ミカは第三街区の大きな道を走り抜け、パラレイラに教えてもらった魔法具店を目指した。
そこから脇道に外れて、少々寂れた道へとずんずん入って行く。
第二街壁にほど近い一画。
言い換えれば、それだけ第三街区としては古いエリア、と言うことだ。
周囲には多少の店がある。
古書店や雑貨屋などがいくつかあり、寂れた食堂もある。
どういう層がこんな立地の店に来るんだ?と思うが、きっとミカのような層だろう。
パラレイラに教えられた店に着き、ミカは建物を見上げる。
三階建ての、ボロボロの建物である。
コンクリートが使われているが、大きな地震でもくれば間違いなく崩れそうだ。
「……まあ、入ってみるか。」
ミカは木製のドアを引き、店の中に入る。
入って左にカウンターがあり、店番の若い男がいる。
狭い店内の棚にはごちゃごちゃと適当に商品が置かれ、少々埃を被っている物もあった。
ミカが店に入ってすぐにきょろきょろするので、カウンターの若い男がミカのことをじっと見ていた。
だが、何かを話し掛けたりはして来ない。
いらっしゃい、の一言も何もなかった。
普通なら、こんな店で買おうとは思わない。
ざっと店内を確認したら、さっさと帰っているだろう。
ミカは若い店員を見る。
何だ、このガキ?と思っているのがありありと分かる。
そんな表情。
「パラレイラさんに教えられて来たんだけど。」
「……え?」
「上で見せてくれる?」
ミカがそう言って封筒を出すと、若い店員は明らかに戸惑っていた。
あれ、店間違えた?
だが、若い店員がおろおろしながら店の奥を見ていると、奥から胡散臭そうなおっさんがやって来た。
「…………パラレイラから聞いたのか?」
「ええ。 さっき。」
胡散臭いおっさんに聞かれたので答えたが、おっさんも少し考え込むような顔になる。
おっさんはミカの差し出した封筒を受け取ると、印を確認する。
そうして封を開けると、書かれた内容に目を通した。
が、すぐ封筒に紙を戻す。
よく見ると、パラレイラの押した封筒の印が消えていた。
一度開封すると消える仕組みのものらしい。
こんなの初めて見たぞ。
「パラレイラが教えたってことは、そういうことか……。」
おっさんが腕を組みながら、そう呟く。
「うちのは高えぞ?」
「質に見合った物なら、相応の値段がするのは当然では?」
ミカがそう言うと、おっさんが頷いた。
「分かった。 ついて来な。」
そう言って、店の奥に向かう。
ミカは黙っておっさんの後をついて行き、店の奥の扉に入る。
バックヤードのようだ。
並んだ棚の間をくねくね進むと再び扉があり、扉を開けるとすぐに狭い階段があった。
おっさんの後をついて、階段を上がる。
(…………?)
狭い階段を慎重に上がって行くが、何やら変な感じがした。
立ち眩みとは違うが、何となく頭の奥が痺れるような感覚。
(何か、おかしいぞ? 何だ?)
ミカは咄嗟に魔力範囲を展開し、警戒する。
その瞬間、増々訳が分からなくなり、思わず立ち止まってしまう。
「どうした?」
「あ、いえ、何でもありません。」
そう言ってミカは魔力範囲の展開を解いた。
そうして、階段を上がった。
(…………この階段。 下りてる。)
上り階段に見えた。
そうして、実際にミカも階段を上がっていた。
だが、魔力範囲を展開して把握した地形は、下っていた。
(その証拠に……。)
着いた二階には、窓が一つもなかった。
二階のように誤認させ、実際は地下だからだ。
(上ってるように認識させながら、実際は下りるとか。 どうすりゃそんな真似ができるんだよ。)
階段を上がるように足を踏み出して、実際は下に下りる。
そんなことをすれば、普通は転倒して階段を転げ落ちるだろう。
まさに、そうなりそうだったため、ミカは魔力範囲の展開を解いたのだ。
(相当警戒してんのな。 ガサ入れのためのカモフラージュか?)
普通なら、二階に上がったと思うだろう。
もしも実際の二階に上がるルートが他にあった場合、そこから二階に行っても何もないという訳だ。
(扉を開けてすぐに階段とかも、考えてみれば怪しさ満点だよな。 きっと、他にも仕掛けがあるんだろう。)
相当にヤバそうな店だった。
なんちゅー店を紹介しやがるんだ、パラレイラは。
ミカはちょっと呆れた。
だが……。
(回路図を見て、そういうレベルの物じゃないと用が足りないと思ったのか?)
どうやら、無自覚にまた無茶なことをやっていたらしい。
考えてみれば、普通の店じゃ扱ってない物を必要とする時点で、一般からは足を踏み外しているということだ。
ミカは辿り着いた二階を見回す。
見回すと言っても、そう大して見る物はない。
なぜなら、階段を上がった部屋は、カウンターといくつかテーブルが置いてあるだけの部屋だからだ。
カウンターの奥は壁で遮られているが、建物の面積を考えれば相当に広いはずだ。
そして、カウンターの向こうに妖艶といった感じの女性。
ローブを纏い、如何にも魔女、といった雰囲気だった。
「あら珍しい。 随分と可愛らしい坊やだこと。」
妖艶な魔女は軽い口調で言うが、その目は鋭くおっさんを見ていた。
何でこんなガキを通した、と非難しているのが分かる。
「パラレイラの紹介です。」
「パラレイラの……?」
おっさんが封筒を渡すと、妖艶な魔女は内容を確認する。
「ふーん……。」
内容を確認した魔女が、カウンター越しにミカを見る。
上から下まで、じっくりと。
だが、その視線はかなり鋭い。
まるで職務質問のような居心地の悪さだ。
「……何が欲しいの?」
魔女はおっさんに目配せすると、おっさんは階段を下りて戻って行く。
「材料について、そこまで知識がなくて……。 パラレイラさんに回路図を見せて、そうしたらここを教えてくれました。」
「回路図? 今ある?」
ミカは魔法具の袋から回路図を取り出し、魔女に渡す。
魔女はそれをカウンターの上に広げた。
トン、トン、トン、とミカの描いた手書きの記号や数値を指先で叩いて確認し、ざっと全体を把握する。
そうして、軽く目を瞠るが、パラレイラのように声を上げたりはしない。
「…………なるほどね。」
これが何か、などの余計なことは聞かない。
回路図の上で、指先をコツコツ……と叩く。
「坊やの中で、ネックになってるのはどこ?」
魔女がミカに視線を向け、そんなことを聞いてきた。
が、少々カウンターが高くてやりにくい。
カウンターの上が見えない訳ではないが、回路図を指さしながらの説明はしにくかった。
魔女もすぐに気づいたのか、ミカの後ろのテーブルを指さした。
そうして、カウンターから出てきて、向かい合ってテーブルに着く。
「多分全体的にぎりぎりいっぱいだと思うんですけど、こことここ、あとこっちは耐えられないと思うんです。」
ミカは普通の魔法具屋で買える材料では、耐えられないと考える箇所を説明する。
魔女はミカの話を黙って聞き、「うん」とも「いいえ」とも言わない。
「…………と、考えているんですが。」
ミカは一通りの説明を終え、魔女を見る。
だが、魔女は腕を組んで、じっと回路図を見ていた。
「仮に……。」
そう、魔女は呟くように言う。
「坊やの言う通りに材料を見直すとするわね。」
そうして、回路図の一点を指さす。
「そうすると、今度はここに負荷がかかるの。」
それから、すっと指がスライドし、別の箇所を指さす。
「そこを見直すと、今度はここ。」
次はトントントンと三カ所を指さす。
「その次に、ここがもたないわ。」
ミカは指摘された箇所を凝視し、ざっと頭の中で計算をしていく。
すると、魔女の言う通り、大丈夫だと思っていた場所も瞬間的には耐久値をオーバーしていた。
ミカは思わず上を向いて、両手で顔を覆う。
「…………全部だめじゃねーか。」
呻くように漏らす。
やってられるかあっ!と叫びたくなった。
そんなミカの様子がおかしかったのか、魔女がクスクス……と笑う。
「随分変わった物を作ろうとしてるみたいだけど、発注するなら作ってあげるわよ。」
魔女からは、少し面白がっている感じが滲む。
「大体やりたいことは分かったし、そうね……材料費込みで四百でどう?」
当然ながら、四百ラーツではない。
四百万ラーツだ。
勿論、ミカは首を振る。
「人に頼んで作るような物ではないので。」
「そうなの? 何に使うのかは分からないけど、かなり重要な物なのではなくて?」
「それはそうですけど、これは試作なので。」
「……え?」
ミカの回路図を見ても驚かなかった魔女が、初めて目を丸くして驚いた。
ミカはこれまで作った試作一号から五号まで、魔法具の袋から取り出してテーブルに並べる。
「徐々に大きな出力に耐えられるように、練習しているんです。 回路図も、その一つです。」
魔女は指輪型の一号から、腕輪型の五号までを凝視し、それから回路図に視線を移す。
「出力を、上げて……? 回路図よりも、もっと大きな出力の魔法具を作る気なの?」
魔女の視線がゆっくりとミカに向けられる。
ミカはその視線を受け止め、しっかりと頷いた。
「最低でも、あと十倍は必要です。 できれば、十五倍か二十倍までは持っていきたいと思っています。」
それくらいの魔力があれば、何とか希少金属も作れると思うんだよね。
…………そもそもの考えが間違ってなければ。
(根本的に間違ってたら、百倍あったって作れねーけどさ!)
こればっかりは、やってみなければ分からない。
そんな博打に、一体いくらつぎ込む気だろうね、俺は。
(錬金術やってる奴を『頭がおかしい』と評する人もいる。 それくらい、これまで錬金術は成果が上がっていない。)
そんなものに何百万ラーツ、下手をすれば一千万ラーツだってつぎ込みかねない勢いだ。
そりゃ頭おかしいと思われても、何も言い返せねーわな。
魔女は唖然とした表情で、ミカを見ていた。
ミカがあまりにも平然と言ってのけるので、本気かどうか判断がつかないのかもしれない。
しばらくミカの顔を見ていたが、やがて「ふぅー……」と息をつく。
「その規模なら、”精霊球”を使った方がいいわね。 むしろ、回路図を止めて、初めからそっちで試したら?」
「精霊球ですか?」
精霊球。
ミカも使ったことのある、魔力を測定したり、吸ったりしていた魔法具に使われていた水晶のことだ。
見た目は普通の水晶と変わりはないが、いろんな属性の力を持っていたり、効果は様々らしい。
別に精霊が変化したとか、宿っているということではなく…………いや、伝承ではそうなっているから精霊球と呼ばれているんだけど、実際は単に特殊な力を持った水晶というだけだ。
パラレイラから借りた本にも載っていたが、ミカとしては使う予定はなかった。
それと言うのも……。
「おいくらですか? 回路図の十倍以上の出力として。」
「そのレベルの物になると、多分一千万じゃ利かないかもね。 もう二~三百万くらいは必要かしら。」
めっちゃ高いんです。
余程小さい、使い道の限られた物でもなければ、一番安い物でも十万ラーツでは買えないということで、練習用としても試してはいないのだけど……。
「普通の材料では難しいですか?」
「できなくはないと思うけど、相当に規模が大きくなるし材料費も高くつくわ。 それで一度でも失敗しておじゃんになったら、結局は精霊球を使った方が安くついたってこともありえるわよ?」
「精霊球を使っても失敗することはありますよね。 それで精霊球をだめにしたら……。」
お代わりは勘弁してほしい。
払えるからと言っても、無駄にしたくはない。
「精霊球を使った回路の場合、精霊球にダメージがいかないように組むのが普通ね。 それでも絶対と言う訳ではないけど、そこまで心配することはないわよ? …………だめにしたら、死にたくなるけど。」
気をつけていても、やはりだめになる時はだめになるようだ。
というか、魔女さんの目が死んだ魚のようになっていた。
きっと、だめにした時のことを思い出しているのだろう。
南無南無……。
「試しもできず、いきなりそんな高価な物を使うのは、さすがにちょっと……。」
「……一応、試しならできるわよ?」
「え?」
魔女はどうやら、追憶の彼方から帰って来たようだ。
「さすがにテスト稼働とまではいかないけど。 少なくとも仮で魔力を流してみて、いきなり壊れたりしないかは試せるわ。 まあ、その精霊球もそこそこするけど。」
本番前の、テスト用の精霊球というのもあるらしい。
「ちなみに、そちらはおいくらで?」
「そうね……、この規模の魔力に耐えられるとなると、五~六十万ラーツはするかもしれないわね。」
「確かに、結構しますね。」
「それでも、いきなり一千万超えの精霊球を試すよりはマシじゃない?」
「それはそうなんですけど……。」
これは、結構悩ましい問題だ。
超がつくほどの高級素材だけあって、非常に優れた性能であることは、本に書かれていたので知ってはいる。
ただ、これまで一度も扱ったことがなく、精霊球を使用する場合の回路の組み方を勉強しなくてはならない。
しかし、そこを乗り越えさえすれば、普通の素材を使うよりは成功確率は高くなると思われる。
この場合の成功とは、希少金属の生成ではなく、あくまで想定する出力の魔力の安定というだけだが。
(でも、さすがに高すぎるよなあ。)
使いこなせるなら選択肢にも入れるべきだが、いきなり手を出すべき物ではないだろう。
ミカは軽く首を振り、肩を落とす。
「精霊球を使った回路の組み方も分かりませんし……。 学ぶ方法も分かり――――。」
「あるわよ、いい本が。」
ミカが断りの理由を並べようとすると、魔女が微笑みながら遮る。
そうして立ち上がると、カウンターの中に入って行く。
壁の向こうに行くと、一冊の本を抱えるようにして持ちながら、すぐに戻って来た。
「これは精霊球について書かれた傑作。 理解を深め、実用例まで広く網羅しているの。 勿論、回路への組み込み方もしっかり載っているわ。」
魔女がミカの前に、どさっ!と持って来た本を置いた。
でかい。
分厚い……。
その本を見て、今度はミカの方が死んだ魚のような目になる。
また、読書の日々が訪れるのか……。
(小説なら、いくらでも読みたいけど……。)
残念ながら、お勉強の本である。
ミカはぺらりと表紙をめくり、更にぺらぺらぺら……とめくっていく。
ぱっと見は、確かに図解も入って詳細な説明も分かりやすかった。
しかし、でかい。
多分、A1サイズくらいある。
ぶっちゃけ、でか過ぎて魔法具の袋に入りません。
厚さも余裕で二十センチメートルを超えていた。
(確かに、精霊球は知っておいて損のない知識だとは思うけど……。)
今回の魔法具で使うかどうかはともかく、知っていれば今後役に立つ知識ではある。
そんなミカの心の動きを察したのか、魔女がすっと手を出す。
「大金貨一枚。」
そう、にっこりと微笑む。
基本、この世界では本は高い。
印刷技術が発達していないので、すべて手書きだからだ。
この本の文章量、集約された知識を考えれば、この値段はまだ良心的と言っていいだろう。
とはいえ、百万ラーツ…………。
「………………カードでいいですか。」
「ごめんなさい。 うちはカードはやってないの。」
現金だけかよ!
ひと昔前のアングラな店っぽいな!
段々と、ヤバ気な店でもカードに対応するようになっていったけどさ。
ミカは魔法具の袋から大金貨を取り出し、魔女に手渡す。
「毎度あり。 絶対に精霊球を使った方が上手くいくと思うから、しっかり読んでくるといいわ。」
「…………はい。」
溜息まじりに、ミカは返事をするのだった。




