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第17話 錬金術チャレンジと切り札の実験




 ミカが四元素の魔法を完成させてから10日ほど経った。


「ぐ、ぐぐぅぅー……。」


 炎天下の昼下がり、家の横の草叢に座り込んで、ミカは懸命に集中していた。

 昼食を摂ると集中力が落ちると考え、少しの水分補給だけで数時間も同じ作業を繰り返す。

 大量の汗が流れるのも構わず、必死にイメージし続ける。

 黄金色に輝く、その美しい姿を。


「…………なぜ、できないんだっ……!」


 がっくりと項垂れる。

 あまりの悔しさに涙が滲むが、その涙は汗とともに地面に落ちる。


「おかしいじゃないかっ! 変だろうがっ! 理屈に合わないっ!」


 ミカは怒りのすべてを拳に乗せ、地面を叩きつける。


「ちくしょうぉぉぉおっっっ!!!」


 話は、今日の午前に遡る――――。







「錬金術、ですか?」


 ミカの言葉に、ニネティアナがこくんと頷く。

 デュールはニネティアナの腕の中で、すやすやと気持ちよさそうにお休み中である。

 最近のミカは魔法の練習はほどほどで切り上げ、ニネティアナに話を聞きに行くことが多くなった。

 魔法の開発が一段落ついたことが大きな要因だが、魔法の有効活用について考える時間が増えたのだ。

 そして、そのためにはニネティアナの話が非常に有用で、この世界の様々なことについて教えてもらっている。

 もっとも、内容的にはこの世界に住む人たちにとっては当たり前のことばかりのようだが。

 今も、そんな話をしていたところなのだが。


「冒険者の中じゃ結構有名な話でね。 どこかにその秘術を記した書物があるっていうの。」

「へぇぇー……。」

「あ、信じてないんでしょう? 実際、ギルドにいくつも依頼が出てるんだけどね。 どれもすっごい高額の依頼なのよ?」

「へぇぇー……。」


 思わず気のない返事になってしまう。

 依頼が出ても溜まっていく一方ということは、結局は誰も見つけられていないということではないだろうか。


(元の世界でもあったよなあ。 〇〇の埋蔵金とか。 すごい美術品とかお宝満載の黄金列車とかさ。)


 世界は変われど、どこにでも似たような話はあるんだなぁ、と変な感心をしていると、ニネティアナはムキになって説明してくる。


「ちょっとミカ君? 聖者の大秘術書は本当にあるのよ! 錬金術だけじゃない、いろいろな秘術が記されていて、それを手にすることができれば王にだってなれるの!」

「はいはい、分かりましたから。 ……いいんですか? いきなり大声出すから、デュールが驚いてますよ。」


 先程までニネティアナの腕の中で気持ち良さそうに眠っていたデュールだが、びっくりして顔を引きつらせ、今にも泣き出しそうだった。

 慌ててニネティアナがあやすが、時すでに遅し。

 どこからそんな大きな声が出るのかと感心してしまうほど、大きな声でデュールが泣き出す。

 ミカはぴょんっと椅子から下りると、玄関に向かう。


「それじゃ、ニネティアナさんはデュールの相手でお忙しそうなので。 これで失礼しますね。」

「あ、ちょっと、ミカ君!? デュールあやすの手伝ってよ!」

「今のは完全にニネティアナさんのせいじゃないですか。 しっかりデュールのご機嫌を取ってあげてください。」


 チャオ、と軽く手を振りニネティアナの家を後にする。

 すっかり気安くなったニネティアナへの態度だが、実際にはミカはニネティアナを師匠のように思っている。

 子供の相手なんかと適当にあしらうようなことはせず、ミカの質問の一つひとつに丁寧に答えてくれる。

 なのでミカも「師には対しては、それに相応しい礼を」と考えて丁寧に接したら「なんか気持ち悪いわね。」と一蹴された。

 何か企んでるの?と疑われるに至り、丁寧に接するのをやめた。

 ミカもあまり格式張った場などは慣れておらず、肩が凝ってしまう性質(たち)なので気持ちは分からなくもない。

 礼儀を弁えつつもあまり表には出さず、普通に接することにしたのだ。


「聖者の大秘術書ねぇ。」


 歩きながら、先程の話を思い出す。

 どこにでもある秘宝伝説の類だろう。

 一攫千金というか、人生の一発逆転というか。

 そういうのを手にしてみたいという浪漫は、ミカにもある程度は理解できる。

 人生を懸けて追い求めるとまでは言わないが、ある意味では冒険者としての大事な資質の一つかもしれない。

 もっとも、そうした過ぎたる好奇心は下手をすると身を滅ぼしかねないのだが。


「しっかし、聖者が王だの錬金術ってのはなあ。 随分と欲に塗れた坊さんだこと。」


 しかも、”大”とつけるところが余計に胡散臭い。何だよ、大秘術書って。

 この世界における錬金術がどういったものかは知らないが、元の世界でも錬金術というのは存在した。

 成功の可否はともかく、そういった考えが存在したのは確かだ。

 たしか、卑金属を貴金属に変えたり、不老不死の薬を作ったりしていたはずだ。

 割とファンタジー系のゲームなどでは定番の設定で、賢者の石やエリクサーなどが登場したのを憶えている。


(世界のどこかにある秘術? そんな不確実なものより、この世界にはもっと確実なものがあるじゃないか。)


 ミカはあやふやな錬金術などより、魔力という計り知れないポテンシャルを秘めた力にこそ魅力を感じた。

 この力は、やりようによっては万金をも得うる凄まじい力だ。

 それこそ使い方によっては、本当に万の金塊にも匹敵する。

 そのためにも、もっとこの世界のことを多く、そして正確に知る必要があった。


「お宝の場所なんかよりも、俺はもっと魔力のことが知りた、い……よ?」


 微かな閃きに、ミカは不意に立ち止まる。

 その場で思わず腕を組み、顎に手を添えて考え込む。


(…………そんなこと、可能なのか?)


 え、いや、でも……と呟き、その場で熟慮を重ねる。


(できない道理はない、はずだ。 なら……、出来る。)


 左手をじっと見つめ、その手を力強く握り込む。


「魔力で、金は作れる!」







 そうして数時間の苦闘の末に、ミカは絶望に打ちひしがれたのだった。


「…………なんで……、なんでだ……。 なんでだよっ!?」


 うわ言のように「なんで。なんで。」と繰り返し、何度も地面を殴る。

 どれだけ魔力を集中しても、砂金の一粒も作り出すことができなかった。


「石も水も作れるのに! なんで金が作れないんだっ!!!」


 同じ魔力の物質化。

 ”石弾(ストーンバレット)”の石は複数の原子によって構成されているように見える。

 単一の原子で構成される金を作り出す方が遥かに容易いことは自明であるのに。


「……くそがぁぁ…………っ!」


 ミカは、その場に崩れるように倒れ込む。

 そこにあるのは7歳の少年の姿ではない。

 欲望に塗れた、47歳のおっさんの姿がそこにはあった。


 なまじ希望が見えていただけに、その絶望はより深い。

 きっと錬金術にのめり込んでいく人たちは、みな今のミカと同じように希望と絶望に打ちのめされながら深みに嵌っていったのだろう。


 そうして地面に伏していたミカだったが、しばらくしてゆっくりと立ち上がる。

 ふらつく身体と強い倦怠感は、決して魔力の不足だけが原因ではない。

 炎天下に何時間も外にいたせいで、熱中症を起こしかけていた。

 「”水球(ウォーターボール)”……。」と呟いて、バスケットボール大の水の塊を作り出すと、その中に頭を突っ込む。

 水の中で顔と頭を軽く洗い流すと、勢い良く”水球(ウォーターボール)”から出て、そのまま水を地面に落とす。

 髪をかき上げ、おざなりに水を払うとふらふらと家に入って行く。


 水甕の水をコップに移すと一気に飲み干し、また水を入れる。

 コップを持っていつもの席に腰を下ろすと、はぁぁ……と大きく溜息をついた。


「なんでだ……。」


 テーブルに突っ伏して、また大きな溜息をつく。

 魔法による金の生成が失敗したことは、ミカを大きく落ち込ませた。

 何もミカは、自分の私利私欲のために錬金術に挑戦していたわけではない。

 いや、もちろん私利私欲も大きな理由ではあるのだが、ミカはその金を真っ先にアマーリアに渡そうと思っていた。

 いきなりそんな物を渡せば大騒ぎになるだろうから渡す方法をよく考える必要はあるが、いつも世話をかけているアマーリアに渡したかった。

 今のノイスハイム家の経済状況を鑑みて、これで生活が楽になってくれればと思ったのだ。

 毎日身を粉にして働いて、なぜそんなに生活が苦しいのかミカには分からないが、そんな状況を少しでも改善できればと思った。

 ミカが家の経済状況を聞いても、アマーリアは「そんなことないわよ。」と笑顔で答えるが、無理をしているのがありありと分かった。

 子供のミカではまだ働くことができず、田舎のリッシュ村では小遣い稼ぎ程度すらロクにできない。

 魚取りでお金を稼げないかそれとなくキフロドに聞いてみたのだが、皆お裾分けで配ることはあっても、それでお金を取るということはしないようだ。

 そもそも、自分の家で食べ切れないほど魚を取ること自体があまりないようで、もし取っても教会や親しい友人にあげるのだという。

 田舎らしい、助け合いの精神。

 おかげでミカは稼ぐ手段を封じられ、一方的に甘えるだけ、というわけだ。


「……まだ、しばらくは甘えるだけか。」


 ミカは、もう一度大きく溜息をつくのだった。







■■■■■■







 ミカが錬金術の失敗で心折られた日の夕方、まんまと熱を出した。

 熱中症である。

 翌朝には熱もだいぶ下がったのだが、アマーリアとロレッタには随分と心配をさせてしまった。

 ミカは何度も大丈夫と言ったのがアマーリアは心配だからと仕事を休み、ミカの看病をした。

 ミカのせいで、アマーリアには余計な負担と経済的損失を与えてしまった。


(何やってんだ、俺は。)


 と、自らの行いを大いに反省したのが1週間前。

 そして今、ミカは久しぶりに森に来ていた。

 危ないからと自重していた森での魔法の練習。

 今日だけ、1回だけだから、と自らに言い聞かせ、結局来てしまったのだ。


「ほんと、何やってんだかな、俺は。」


 自分の軽挙妄動に自分で呆れるが、来てしまったものはしょうがない。

 さっさと用事を片付けて村に戻ろう。


 魔法の練習の時にいつも使っていた場所。

 昼食を摂ったりするのに座っていた丸太が目の前にある。

 長い間放置されたその丸太は、村が材木を集めている今でもそのままになっていた。

 どうやら、この丸太に関しては忘れ去られているようだ。


「まあ、残っててくれて助かったんだけどさ。」


 今日はこの丸太に用がある。

 熱中症で休んでいた時、暇に飽かせて思いついた魔法――――。

 いや、結構真面目に考えて思いついた魔法ではあるのだが。

 その実験のために今日は森へとやって来た。

 この1週間は準備、というか前段階の練習に費やし、今日は言ってみればその実証実験。


「……思ったよりも結構あるな。」


 丸太を見ると、いくつも虫が空けた穴があった。

 ミカからは見えない、丸太の反対側にも同様に虫の空けた穴があるだろう。


「全体が入るようにするには…………、まあギリギリいけるか?」


 丸太の中心から2メートルほど離れると、ミカは丸太に背を向けた。


「”制限解除(リミッターオフ)”。」


 キィーー……ンという澄んだ音が微かに聞こえる。

 意識を集中し、魔力を広げていく。

 これまでは魔力を集中することばかりやっていたが、今は逆にミカの身体の外に広げていく。

 これが本当に大変で、魔力は意識を集中して留めないと、簡単に大気中に散ってしまう。

 魔力の散逸を防ぎながら少しでも範囲を広くしようとするのは、かなりの集中力を必要とする。

 今回実験する魔法を効果的に使用するには、ミカを中心に半径10メートルくらいには広げたいと思っているが、今すぐそこまではとても無理だ。

 あくまで実験なので今回はミカの後方に限定し、さらに魔力を楕円形に、ラグビーボール状に伸ばして丸太全体が入ればOKとする。


 目を閉じて意識を集中し、後方に魔力をゆっくりと広げていく。

 少しずつコントロールしきれなかった魔力が散っていくが、構わず範囲を広げていく。

 そうして数分の時間をかけて魔力を広げていくと、背にした丸太を完全に範囲内に収めることができた。

 ミカが中心にいるならもっと楽なのだが、安全のためにも丸太からある程度距離をとる必要がある。

 おかげでひどく歪な形の魔力となってしまった。

 だが、ここからが本番だ。

 さらに意識を集中して、ミカは虫の空けた穴に魔力を集中的に送り込む。

 視界に捉えなくても、ミカはこの虫の空けた穴を認識することができる。

 これは魚取りの時に気がついた違和感の正体なのだが、どうやら広げた魔力はミカの知覚範囲になるようだ。

 物理的な感覚ではなく、”魔力を感じる力”の方に感じる感覚。

 体内の魔力を動かしていた時の感覚に似ているが、どちらかと言えば上手く動かせずにいた頃の感覚に近い。

 本当に微かで、手応えのほとんどない僅かな感覚だが、ミカは丸太に空いた穴を感じることができた。

 この感覚に従い、虫の空けた穴のすべてに魔力を送り込み、ぼそりと呟く。


「”風千刃(サウザンドエッジ)”。」


 丸太のいたるところからボフッとおがくずのような物が噴き出す。

 ミカは集中を切ると大きく息を吸い込み、そして大きく吐き出した。

 集中し過ぎて微かに頭痛を憶えるが、振り返って丸太を見る。

 近づいて確認してみると、いくつもの穴からおがくずが出ており、中には樹皮が持ち上がったり、割れている箇所もあった。

 そして所どころ、何ともなっていない穴も確認できる。


「…………結構、取りこぼしがあるな。」


 すべての穴に魔力を送り込んだつもりだったが、穴に気づかなかったのか、魔法が発現しなかったのか。

 思ったよりも穴の数が多かったために魔力が足りなかった、という可能性もありそうだ。

 ミカの把握した穴の数は100個を超えていた。

 丸太の反対側に回って状態を確認すると、状況としては同じようなものだった。


「やっぱり、なかなか難しいな。」


 分かっていたことだが、これは実用化するのは思った以上に時間がかかりそうだ。


「まあ、実際にはそこまで多くはならないか。」


 想定する実用例では、丸太に空いた穴ほどの数で発現させることはないだろう。

 実証実験を行うことで、今後のとりあえずの課題も把握できた。


 ミカは自重を返上してまで行った今回の実験の成果に満足して村に帰った。

 犠牲となった多数の虫たちの冥福を祈りながら。







 ”風千刃(サウザンドエッジ)”。

 熱中症で休んでいた時に、時間だけはあったのでいろいろ考えた末に思いついた魔法。

 やっていることは”風刃(エアカッター)”と然程変わりはない。

 より小さな刃を多数発生させる、ただそれだけだ。

 小さいとはいえ多数を同時に発生させるという仕様上、必要となる魔力は”風刃(エアカッター)”どころか”土壁(アースウォール)”すら超えてしまった。

 広範囲で発生させるというのも、必要な魔力を増大させた原因かもしれない。

 今回の実験ですらミカの魔力総量の半分以上を消費したと思う。

 完成形では、この数十倍の範囲で行おうとしているのだから、とてもではないけど実用化は不可能だろう。

 …………今のところは。


 では、この魔力バカ食い魔法は何を想定しているのか。

 それは、対魔獣の切り札である。

 ”火球(ファイアボール)”や”石弾(ストーンバレット)”など様々な魔法を開発してきたが、やはりそれだけで本当に大丈夫だろうかという不安が拭えなかった。

 アグ・ベアには効くかもしれないが、もしも外骨格の発達した魔獣がいたら?

 ”石弾(ストーンバレット)”を何百発と撃ち込んでもびくともしないような強度に守られた魔獣でもいれば、今のミカでは打つ手なしだろう。

 そこで、すべての魔獣とまでは言わないが、(おおよ)その魔獣に致命傷を与えられるような魔法はないだろうかと考えた。

 そこで思いついたのが”風千刃(サウザンドエッジ)”だ。


 我らが最強生命体クマムシ様は例外としても、生物はおしなべて呼吸を必要とする。

 即死とまでは行かなくても、呼吸を奪えば徐々に機能を停止し、やがて死に至る。

 大気を作り出せるのだから毒ガスでも作ろうかと考えたが、自分も危ないし、そもそも実験がそう簡単にできない。

 熱エネルギー操作も同じで「1万度で焼けばどんな生物だって死ぬだろ。」と思ったが、これも自分が危ないし、周りへの被害が甚大過ぎる。

 今のミカにもできて、周りへの影響を最小に抑える。

 そんな都合のいい魔法はないかと考えた末に辿り着いたのが、この”風千刃(サウザンドエッジ)”だ。


 理屈としてはこうだ。

 対象となる魔獣の鼻腔や口腔、耳孔の奥深くに魔力を送り込む。

 そこで小さな”風刃(エアカッター)”を無数に発生させる。

 どれほど相手がタフであろうと、また外骨格が強固であろうと、これらを”内側”から破壊されれば為す術はない。

 生物である以上、外側は固くできても内側までは固くすることはできないからだ。

 相手に気づかれないよう静かに魔力を送り込み、気管や肺などの呼吸器系を破壊する。

 耳孔を狙うのは、念のための保険だ。

 もしも人間と同じように三半規管が近くにあればそこも破壊する。

 そうすれば、まともに動くことはできなくなる。

 かなり残酷な内容の魔法ではあるが、こちらも必死だ。

 これで倒せなければ自分や周りも死ぬ、という状況を想定しての魔法なのだから必死にもなろう。


 また、想定している状況はもう一つある。

 例えば相手が魔獣ではなく、野犬や狼だとしよう。

 野犬を確実に1発で倒せる魔法があっても、まったく有利にならない状況が存在する。

 群れに囲まれた時だ。

 一対一なら問題にならなくても、一対多数ではおそらく勝負にすらならない。

 群れに一斉に襲い掛かられれば、2匹3匹を道連れにはできても、多分そこまでが限界だろう。

 なので、そのための目標半径10メートル。

 丸太に背中を向けて実験を行ったのもこのためだ。

 群れに包囲された時、もしくは包囲が完成する前に一気に制圧する。


 ニネティアナと話をしていると、冒険者として活動していた時にこんなことがあった、という話が頻繁に出てくる。

 その中に、魔獣や魔物と遭遇して戦闘になった時の話も当然ある。

 パーティの仲間がいるので一人ですべてを相手にするわけではないが、どれだけ気をつけていてもやはり囲まれるような状況というのは発生してしまう。

 そして、その状況がどれほど恐ろしいことなのかをたっぷりと聞かされる。

 身体のどこが、どのように怪我を負ったか。毒でどれほど苦痛だったか。

 ミカが「もういいです。」と言っても聞かせてくるのだ。

 耳を塞ぐのを阻止して、非常に具体的な描写で、たっぷりとだ。

 あれは、もはや虐待だと思う。

 ニネティアナが、デュールに同じことをしないことを切に願う。

 まあ、要注意人物リスト上位のミカの行動を抑制する目的もあるのだろうが、ちとやりすぎでは?と思わなくもない。

 ネット掲示板によるグロ画像耐性MAXのミカではあるが、経験者談として聞かされる苦痛系の話はあまり好き好んで聞きたいとは思わない。

 誰だって「腕のここから、このへんくらいまで骨が見えちゃっててさ。 脇のこのへんからは血が噴き出して止まらないし。 あの時はほんと死ぬかと思ったわ。」なんて話、聞きたくないよねえ?


「まあ、だいたい思っていた通りの形にはなったな。 魔力が足りないのは、今に始まったことじゃないし。」


 ミカは”水球(ウォーターボール)”で手を洗い家に入った。

 一日の目安にしている魔力総量の半分を使ってしまったので、今日はもう魔法の練習ができない。

 仕方ないので、実験で分かった”風千刃(サウザンドエッジ)”の問題点などを考えることにした。


 ミカはいつもの席に座ると足と腕を組み、顎に手を添える。

 背もたれに寄りかかり、目を閉じて”風千刃(サウザンドエッジ)”の実験結果を思い返す。


 まず、必要な魔力が多すぎること。

 これに関しては、今はどうしようもない。

 規模を縮小することで使用自体は可能なのだから、しばらくはその方向で行くしかない。

 ”土壁(アースウォール)”と同様、ミカの魔力が増えれば勝手に解決するのだから、それを待つしかないだろう。


 次に、取りこぼしが結構あったこと。

 これについては穴が多すぎて把握しきれなかったことが原因の一つだろう。

 あとは、すべての穴で”風千刃(サウザンドエッジ)”を発現させるには魔力が不足していた可能性もある。

 前者については感覚を磨くしかない。

 魔力範囲による知覚は本当に微かな感覚でしか感じられないので、いきなりすべてを把握するのは難しかった。

 何か、感覚を磨く練習というのも考える必要があるかもしれない。

 ただ、この問題を把握できただけでも、今回の実験を行った甲斐はあったと言える。

 後者に関しては魔力量の問題なので、時間が解決してくれる問題と信じるしかない。


 そして、準備に時間がかかり過ぎること。

 魔力を広げるという、ミカがこれまで魔法を使うのに行ってきたことの真逆の技術が必要になるのだ。

 これも仕方がない。

 繰り返し練習して慣れていくしかないだろう。


 最後、これが一番の問題と言えるかもしれない。

 ミカは左手に魔力を集中する。

 すると、青白い光がぼんやりと左手を包む。

 ”風千刃(サウザンドエッジ)”の準備段階である、魔力を広げるという工程。

 この時点で魔力が見えてしまうのだ。

 魔法の効果範囲が目に見えてしまう。

 余程のアホでもなければ、即座にこの範囲からは離脱するだろう。

 野生の獣や魔獣が、大人しくこの範囲に留まってくれるだろうか?


「…………まあ、無理だろうな。」


 普通に考えれば、人間よりも遥かに鋭い感覚を持っているはずだ。

 なら、その場に足止めする手段というのも用意する必要がある。

 もしくは、魔力を見えなくする方法。

 どちらも一朝一夕というわけにはいかない。


「完成形までは、随分と遠いなー。」


 焦っても仕方ないが、あまりにも長い道筋を思いげんなりしてしまう。


(いろいろ問題はあるし、しばらくは使うとしても限られた条件下になりそうけど。)


 とりあえず、想像に近い形で実現は可能という結論に至った。

 一先ずは、その事実に満足することにした。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「生物は須らく呼吸を必要とする」とありますが、「生物はおしなべて呼吸を必要とする」の間違いではないでしょうか。 「須らく」は基本的に続く動詞の後に「べき」とつける必要があります。当然~…
[一言] 下手に錬金を考えるより、川原で金溜りで砂金の収集や 銅や砂鉄を土魔法で選別すれば?川の褶曲局部には 分離した金属の宝庫だよ?金・銀・銅・チタンや プラチナのね!
[気になる点] 魚ですら魔力に反応してるっぽいのに魔力で囲むのは前提として無理じゃないかと思うが…どうなるかな?
感想一覧
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