第178話 夢遊病?
風の3の月、4の週の火の日。
今年も残すところ、あと僅か。
この国には年末年始を祝ったり、祝日を設けるようなことをしていない。
最初は「そこまで余裕がないのか?」と思ったが、どうやらそんなことはないようだ。
むしろ、好景気が続いていると言っていい。
中流階級の家庭にすら使用人がいるくらい、国の経済は底上げされている。
今の国王が即位して、国家基盤は様々な方面で強化されているようだ。
(誰か、影響力のある人に吹き込んで、祝日を作ってもらうか。)
まあ、この場合。
ミカが面識あって、影響力のある人と言えば一人しかいない。
侯爵である。
そして、もし侯爵にそんなことを言おうものなら、確実に「弛んどる」と思われる。
間違いなく、マイナスに働くことはあっても、プラスに働くことはないだろう。
ミカは溜息をつき、自らのプランを即座に破棄する。
ところで、なぜミカがこの国の経済状況を知っているかというと、王家への忠誠の授業や、中等部に入って始まった統治の授業で触れるからだ。
現国王の統治によって、エックトレーム王国はかなり豊かになったんだぞ、感謝しろ、と懇切丁寧に教えてくれる。
それはもう、うんざりするくらいに。
ミカは、そんな最近の授業を頭の片隅に思い浮かべながら、冷たい風の吹く住宅街を歩く。
すでに辺りは真っ暗になっている。
今日は放課後に”呪いの排除”に行き、一時間と経たずに原因を見つけることができた。
最近は呪いの原因を特定したら、解呪を陽の日に回さずに、その場で解呪している。
”自動解呪”が、かなり安定して稼働するようになってきたからだ。
消費する魔力量は多いが、すでにミカが自分で解呪するよりも遥かに速い。
というより、すでに比較できないくらいに速く解呪できるようになった。
”吸収翼”を使えば、ではあるが。
注ぎ込む魔力量を増やしてやると、凄まじい速さで次々と突破していくのだ。
瞬く間に干渉できる箇所を見つけ出し、あっという間に解錠してしまう。
複数の箇所を同時に干渉しないといけないパターンもあり、そうした場合の動きを組み込むのは苦労したが、それもすでに組み込んだ。
もはやどう足掻いても人の手では敵わない速さを獲得している。
(これこそが、自動化のメリットだよな。)
視覚化されていない解呪を自動化するのは、中々に骨の折れる作業だったが、得られる恩恵はとても大きかった。
むしろ最近は「あんまり簡単に解呪すると、有難味が減るか?」などと言った、余計な心配をしているくらいである。
まあ、そこまで猛烈な解呪を行うには”吸収翼”を使わなければならないという制約があるため、人前では使えないのだけれど。
(となると、次はやはり省電力化か……。)
どれだけ電力をバカスカ食おうが、処理速度を追い求めた時代があった。
しかし、そこからは選択肢が生まれた。
そのままの道を進むか、処理速度を落とさず消費電力を減らすか。
…………まあ、CPUの話ですけど。
その後は更に細分化され、コア数を増やし、スレッド数を増やし、待機時間を活用し、と様々なアプローチで性能の向上を目指すようになったが。
(〇ーアの法則が叫ばれてた頃の、あの馬力だけでぶん回して、突き進む感じも嫌いじゃなかったけどね。)
日に日に処理速度の桁や単位が増えていくのだ。
そうした情報を耳にした時のワクワク感は半端なかった。
そんな、昔を懐かしんでいる間に家に到着。
ミカは魔法具の袋から鍵を取り出し、玄関を開けた。
「ただいまー。」
ミカが家に入ると、フィーの突撃という洗礼を受けることになる。
ミカはひょいっと避け、外に飛び出したフィーを放っておいて、玄関を閉める。
だって、寒いし。
最近はいつもこんなパターンだが、フィーはまったく学習をしない。
学習能力がない訳ではないはずなのだが……。
「おかえりなさいませ、ミカ様。 今日は遅かったですね。」
「おかえりなさい、ミカくん。 もうすぐご飯できるからね。」
キスティルとネリスフィーネは、いつも二人で料理を作る。
ただ、以前はキスティルがメインで、ネリスフィーネがサブ。
そういう役割分担をしていたが、最近はネリスフィーネがメインを務めることもあるらしい。
毎日キスティルの手伝いをしていくうちに、料理の腕がめきめきと上達したのだという。
「先に湯場に行ってきちゃっていい?」
「うん。 大丈夫よ。」
ミカが聞くと、キスティルが味見をしながら返事を返す。
ネリスフィーネが不安そうな表情で、キスティルを見ていたが、味見でオーケーを出されて笑顔になる。
どうやら、今日のシチューはネリスフィーネが作ったようだ。
そうして、ミカが部屋に着替えを取りに行き、湯場に向かった頃にようやくフィーが玄関から入って来た。
だが、その光は弱々しく、少しだけしょんぼりしている感じだった。
「うん、美味いっ!」
ミカがシチューを一口食べて感想を言うと、ネリスフィーネがほっとした顔になった。
「何でそんなに心配そうなのさ。 もう何回も作ってるじゃない。」
「それは、そうなのですけど……。」
ミカは苦笑しながら言うが、ネリスフィーネは中々自信が持てないようだ。
そんなネリスフィーネに、キスティルが笑いかける。
「自分が食べるだけなら、そんなに心配にはならないわよね。 誰かに食べてもらうのって、結構勇気がいるんだから。」
「キスティルでも?」
ミカが聞くと、キスティルは頷いた。
あれだけ料理の上手なキスティルでも、不安がない訳ではないという。
「私はまだまだ失敗も多いので……。 今日も指をちょっと切ってしまいましたし。」
「え、大丈夫だったの?」
ネリスフィーネが、自分の左手の親指を見る。
「【祝福】がありますから。 傷はすぐに治るのですけど…………失敗した事実が無くなる訳ではないので。」
いつまで経っても失敗の無くならない料理の腕前が、ちょっと悔しいらしい。
しかし、ちょっと切ったくらいなら、すぐに治ってしまうというのは、やっぱり便利だな。
ミカも【癒し】を持っているのですぐに治せるが、常時回復が発動しているというのは、ちょっと羨ましい。
「ちょっと失敗しちゃうくらいは、私も時々あるわよ。 あんまり失敗したことばかり気にしないで、ネリスフィーネは上達していることに、もっと目を向けるべきだと思うわ。」
キスティルが、パンを千切りながら言う。
「キスティルの言う通りだと思うよ。 でも、キスティルでも失敗することなんてあるの?」
ミカは同意しつつ、キスティルの失敗の内容がちょっと気になった。
いつも美味しい食事を用意してくれるキスティルが、どんな失敗をしているのだろうか?
「私だって失敗くらいするわよ。 この前も熱いお鍋を触っちゃって、ネリスフィーネに【癒し】で治してもらったもの。」
「え、【癒し】?」
キスティルの傷を治したということは、【祝福】の方ではなく、【神の奇跡】の方の【癒し】?
「ネリスフィーネって、【神の奇跡】も使えるの?」
「はい。 とは言っても、【癒し】だけですけど。」
「へぇー、それは知らなかった。」
自分に【祝福】の【癒し】があるなら、【神の奇跡】の【癒し】は必要なさそうだが。
まあ、自分だけでなく、誰かの怪我を治したいと思ったら【神の奇跡】の方が必要か。
「元々、修道院で習ったのです。 【祝福】を授かったのは、その後なので。」
「ああ、そっか。 【神の奇跡】の方が先なのか。」
先天的に【祝福】を持っていたなら、【神の奇跡】なんていらない、という考えになってもおかしくないが、元々は聖女でも何でもなかったのだ。
資質がありそう、と言われれば習得にチャレンジしてもおかしくない。
「ミカくんもネリスフィーネも、【癒し】が使えていいなあ。 私にも魔力があれば良かったのに……。」
キスティルが、ちょっといじけたような口調で言う。
こればっかりは、ミカもネリスフィーネも苦笑するしかない。
おそらく、キスティルも教会の儀式は受けているはずだ。
そこで漏れたということは、魔力を感じる力がほとんど無いのだろう。
いくらミカが特訓をしようと、魔力を感じる力がある程度備わっていないと、さすがにちょっと厳しい。
リムリーシェのように、極端に魔力が多いとかであれば例外だが、魔力もなく、感じる力もないとあってはお手上げである。
ネリスフィーネは【癒し】以外に、【祓い】も教わったらしいが、こちらは習得できなかった。
ミカがトリュスから教わった呪文の一部を言ってみると、これが【祓い】の呪文で間違いないと言う。
多分そうだろうとミカも予想はしていたが、予想通りだった。
なぜ教会の人間でもないミカが【祓い】を知っているのか聞かれたが、適当に誤魔化す。
が、そうしたら「”神々の遣わし者”ですもの。 当然かもしれませんね。」と妙な納得の仕方をされた。
すいません。
本当は人が使ってるのを聞いて、勝手に習得しました。
【神の奇跡】の【癒し】は、捧げる魔力の量で効果に差が出る。
指先を切った程度の傷なら、少しの魔力。
大きな怪我ほど、多くの魔力を捧げる。
一つの【神の奇跡】で、ホ〇ミからベ〇マまで、魔力の量で切り替えられる。
どのくらいの怪我をどのくらいの魔力量で治せるか、というのは感覚に頼ることになるので、人に教えたり伝えることは困難だ。
なので、教会などで日常的に【癒し】を使う機会のある人でもない限り、多目に魔力を捧げて治したりする。
一応、授業では”判定の腕輪”の光り方で「このくらいの怪我は、このくらいの魔力で。」という目安は示される。
だが、実際の怪我を治している訳ではないので、結局はただの目安だ。
ミカは割と日常的に【癒し】を使っているが、ミカの場合は常に全賭けのベ〇マばっかり。
魔力量の配分とは無縁なので、結局はそうした感覚の部分はよく分からなかった。
「そういえば、ミカくん。 フィーちゃん見なかった?」
「フィー? 見てないよ。」
湯場にもいないし、湯場から出た後も見ていない。
最後に見たのは…………帰って来た時か?
「お夕飯を作っている最中に、どこかに行かれてしまって……。」
いつもフィーは、食事で三人揃っている時はダイニングをふよふよ~……と漂っていることが多い。
「どこか、ほっつき歩いてるのかね。 まったく……。」
「いつもはちゃんとお家にいるわよ、フィーちゃん。」
「ミカ様はちょっとフィー様の扱いがひどすぎます。 フィー様はとってもいい子です。」
ネリスフィーネの意見に、キスティルが頷く。
いや、だってさ。
なんか、怪しくね?
魔力吸うし。
「ご馳走様ぁ、美味しかったよ。 それじゃあ、お茶の時は呼んでね。」
少々旗色が悪くなり、ミカはさっさと部屋に引っ込むことにした。
「もう、ミカくん。」
「ミカ様……。」
これ以上、何かを言われる前に、ミカは部屋に逃げ込んだ。
そうして、回路図作成に取り掛かった。
真夜中。
キスティルとネリスフィーネも部屋で眠っているような時間。
いつものように、ミカは回路図作成に集中していた。
二人が就寝し、物音一つしないと言いたいところだが、実際はそこそこ音はする。
家鳴りだ。
パキッくらいの音は結構頻繁にあり、時々ドンッ!とびっくりするくらいの音がすることもある。
集中している時はあまり気にならないのだが、「さあ、寝よう」と横になると途端に気になりだす。
ギシッ。
ミカは今描いた回路の繋がりを指で辿り、確認する。
そうして、間違いがないことを確認し、次の箇所を描き始める。
ギシッ。
その部分を通る魔力量をざっと計算し、設計図に書き加える。
ギシッ。
ふぅ……と一息つき、凝り固まった身体を伸ばす。
首を回すと、コキッと鳴った。
カチャ……。
「ん?」
部屋のドアノブが動く音がして、ミカはドアの方に視線を向ける。
微かに開いたドアの隙間に、人影が立っていた。
一瞬だけドキッとするが、”照明球”の灯りで人影が誰かすぐに分かった。
「キスティル……? どうしたの?」
キスティルは俯いたまま、部屋のドアをゆっくりと開ける。
そうして、部屋の中に入ってきた。
「…………? どしたの?」
何となく様子がおかしい。
キスティルは、ゆっくりとした足取りでミカの方に歩いてくる。
少しだけ、ふらついている?
「大丈夫、キスティル?」
ミカは立ち上がり、キスティルの前に立つ。
表情を見るが、特に感情はない。
目を閉じ、ゆっくりとミカに手を伸ばす。
そうして手を伸ばしながら、更にミカに近づいた。
「キスティル?」
ちょっと強めに呼びかけるが、反応はない。
キスティルはそのままミカに抱きついた。
「キスティル、本当にどうしたの?」
ミカもキスティルを抱き留めながら、呼びかける。
だが、キスティルはただミカを抱きしめるだけで、何の返事も返さなかった。
(…………夢遊病?)
睡眠障害で、眠っている間に歩き回るなどの症状が出るものがある。
が、さすがにそんな診断を下せるほどの知識はない。
(困ったな。 ていうか、こういうのってストレスとかが原因なんじゃないのか?)
何か、多大なストレスを抱えているのだろうか?
もしかして、この家での生活が原因?
(実はストレスの原因が俺とか、かなりショック受けるんですけど!?)
違う原因であってくれ、と切に願う。
キスティルはミカの頭を抱え込み、頬擦りしている。
この行動自体に意味はあるのだろうか?
(さすがに分からないよなあ。 精神科医なんてまだいないだろうし。 どうすっかな。)
普通の人と著しく違う行動を取ると、「憑かれている」とか言って、悪魔祓いとかされかねない文化水準だ。
あまり、人に相談できることではないだろう。
(…………本人も、他人に知られたくないだろうし。)
とりあえず、どうすべきだろうか。
部屋に誘導し、そのまま寝かせる?
(一旦は部屋に誘導してみよう。 それでそのまま普通に寝てくれたら、それでいいし。)
継続して起こるなら、その時にまた、本人にも教えた方がいいのか考えよう。
もし今日だけのことだったら、俺が忘れれば何もなかったことになる。
ミカはとりあえずの方針を決め、キスティルを部屋に誘導することにした。
机の上のインク瓶とか蓋が開けっ放しだが、まあいいだろう。
今はキスティルの方を優先だ。
ミカは天井に配置した”照明球”を消し、スタンドライト代わりに使っていた”照明球”を自分の近くに移動させる。
そして光量を落とし、少し薄暗くする。
(なっ!?)
部屋に誘導するのに困らない程度の明るさだけ確保するつもりだったが、薄暗くなったことで、これまで気づかなかったことに気づく。
キスティルの身体は、ぼんやりと発光していたのだ。
(どういうことだ! 何が起きてる!?)
これは、単なる夢遊病なんかじゃない。
本当に何かに憑かれている可能性が出てきた。
(くそっ! どうすればいい!?)
焦って考えがまとまらない。
そもそも、混乱してまともに考えることすらできなかった。
「キスティルッ! キスティルッ! 起きてっ! キスティルッ!」
ミカはキスティルを抱き留めながら、身体を揺らす。
そうして、必死になって呼びかけた。
「キスティルッ!」
何度目かの呼びかけで、キスティルの瞼が僅かに動く。
ゆっくりとキスティルの目が開いた。
すると、キスティルの身体を包んでいた光がゆっくりと消えていく。
キスティルの身体から力が抜け、倒れそうになるのを、ミカはしっかりと支えた。
そして、そんなキスティルから、ぽんっとフィーが姿を現したのだった。




