第175話 叶える力 ※日付補足付き
今更ながら、日付の補足をば……。
春 水の月 4 ~ 6月 ※年度替わり 入学シーズン
夏 火の月 7 ~ 9月
秋 風の月 10 ~ 12月
冬 土の月 1 ~ 3月 ※新年
感覚的には、日本の四季に近くしてはあります。
陽の日、月の日、火の日、水の日、風の日、土の日で一週間ですが、
見慣れないのは、陽の日と風の日
陽の日は日曜日
風の日は金曜あたりの、週末の前日くらいの感覚で捉えていただければ。
月の日、火の日、水の日、土の日は、そのまま月曜、火曜、水曜、土曜です。
【王都イストア 魔法学院 女子寮】
「ちょっと、何よこれ!?」
女の子は素っ頓狂な声を上げた。
同じ階にいる友達の部屋に遊びに行き、そろそろ消灯の時間になるからと戻って来たら、部屋の中が水浸しになっていた。
部屋の中が水浸し、は言い過ぎかもしれないが、窓の周辺がびしゃびしゃになっている。
そして、ルームメイトのリムリーシェが青い顔をして、涙目になってその水を拭いていた。
女の子はその様子をしばし茫然と見ていると、やがて溜息をつく。
「バケツでもひっくり返しちゃったの? もう……。」
「うう……、ごめんなさい……。」
なぜか、そのバケツは見当たらないけど。
リムリーシェは水を拭き取ると、窓の外に手を出して絞っているようだ。
「そんなやり方じゃ手間かかるでしょ。 ちょっと待ってなさい。 私も手伝うから。」
「ごめんなさい……、ありがとう。」
リムリーシェがしゅんとして、それでも手は止めずに水を拭き取り、絞る。
その姿を見て、女の子はもう一度溜息をつく。
「よく見たら、リムリーシェもびっしょりになってるじゃない。 ちょっと私、バケツ取ってくるから、リムリーシェも着替えちゃいなよ。 風邪ひくよ?」
「う、うん……。」
もう大分冷えるようになってきたのに、こんな水浸しで、しかも窓を開けてるなんて。
女の子はリムリーシェに着替えるように指示を出し、自分はバケツを取りに掃除用具入れに向かうのだった。
■■■■■■
風の2の月、5の週の月の日。
朝、ミカが学院に行くとリムリーシェが門の前にいた。
落ち着きなく辺りを見回し、きょろきょろしてる。
リムリーシェは、学院に向かって走ってくるミカに気づくと弾かれるように駆け出して、こちらに向かって来た。
「おはよう、リムリーシェ。 どしたー?」
ちょっといつもと違う様子のリムリーシェに、ミカは努めていつも通りの口調で声をかける。
だが、そんなことでリムリーシェの焦った表情は晴れない。
「どうしよう、ミカ君…………できちゃった……。」
青い顔をしたリムリーシェは、泣きそうなくらいに切羽詰まっている。
はい。
リムリーシェのこのセリフを聞いて、何を想像したかで、その人の心が汚れているかどうかが分かります。
勿論、清らかな心の持ち主である俺は、何も想像なんてしませんよ。
ええ、勿論。
ただ、何だろうなあ、と思っただけです。
「……どうしたんだよ、リムリーシェ。 何かあったのか?」
ミカがそう問いかけるが、リムリーシェは黙ったままミカの手を掴む。
そうして門を潜ると、人の流れからは少し外れた場所に向かう。
人の流れに背を向け、リムリーシェは自分の胸の前に手のひらを持ってくる。
それから何かを、ぼそっと呟いた。
それでは正解です。
ミカは、リムリーシェの手をまじまじと凝視する。
いや、正確には、その手のひらの上に浮かぶ”物”を。
そこには、バレーボール大の水の塊が浮いていた。
リムリーシェはとても優秀で、素直な子だ。
真面目で、ひたむきで、努力家。
それは誰もがリムリーシェという女の子に抱く、正しい評価だと思う。
ただ、一つだけ。
たった一つだけ、非常に残念なところがある。
これさえなければ……、と皆が思っている。
それは……。
『ミカ君の言うことは、正しい。』
そう、盲目的に信じきっていることだ。
ミカに憧れるリムリーシェを、皆ちょっと残念に思っているのだ。
確かにすごい奴かもしれなけど、そこまで信じきっちゃうのってどうなの?と。
魔法学院の幼年部に入ったばかりの頃。
桁違いに多い魔力で、リムリーシェはその才能を大いに期待された。
リムリーシェ自身、そのことをとても誇らしく思ったことを今でもよく憶えている。
だが、その後はかなり苦労することになる。
魔力だけは多いが、その後の「成長」という部分ではまったくと言っていいほど伸びなかった。
皆がどんどん先に進む中、一人だけ足踏みのような状態が続いた。
思い詰め、学院を追い出されるかもしれないと怯える日々。
そんな苦しみの中で、差し伸べられた手。
ミカという存在によって、少しずつでも前に進めるようになった。
遅々とした歩みではあったが、成長していることを自分でも実感することができたのだ。
ミカのアドバイス通りにすれば、確かに前に進める。
その結果、遠足への参加と踏破という大きな目標まで達成することができたのだ。
そして、【神の奇跡】の習得。
誰もが半年以上もかけてようやく習得するような【神の奇跡】を、何でもないことのように習得してみせるミカ。
そのアドバイス通りに魔力を捧げることで、【神の奇跡】を習得できてしまった。
しかも、その方法は一部では知られていた方法なのだ。
「やっぱり、ミカ君はすごい! ミカ君の言う通りだった!」
そうした経験により、リムリーシェに刷り込みされてしまっていた。
そんなリムリーシェが、ミカの魔法を見た。
呪文など必要とせず、ごく当たり前のように使うミカの魔法を。
しかもミカは、それを学院に入る前から、誰にも教わらずに使っていたと言うではないか。
「僕は努力しただけだよ。」
そう話すミカを見て、リムリーシェは思う。
『努力すれば、ミカ君みたいにできるようになるのかな?』
リムリーシェのひたむきさ、素直で努力家なところが、ここで発揮されてしまった。
とはいえ、そう簡単にできるようにはならなかった。
ミカの魔法を初めて見た日から、二年近くかかっている。
それだけの時間をかけて、こっそりと練習していたのだ。
「誰にも言わない?」
そう確認してきたことから、ミカも信用できる相手にしか教えてないのかな?と思った。
ミカに信用されていることを嬉しく思う反面、バレないように、誰にも見られないように、と細心の注意を払った。
それでも、一年経ってもまったくできる気がしなかった。
ミカは「努力しただけ」と言うが、やはりミカのような才能がないとできないのだろうか。
そう思う気持ちを抑えながら、ただただミカのようになりたい。
少しでもミカに近づきたいと、隠れて練習を続けた。
そうして、ついに昨夜できてしまったのだ。
何かきっかけがあった訳ではない。
ただ、ルームメイトがいない時に、いつものように窓から外に向けて練習をしていただけ。
いつも通り、やっぱりできなかったね、で終わるはずだった。
ところが、昨夜はミカのように水の塊ができてしまったのだ。
まさか、本当にできるとは思わなかった。
勿論、最初はミカのようにできたらいいな、と思っていた。
だが、二年もできなかったのだ。
ただいつものように、日課としてやっただけだった。
ミカの作る水の塊を思い描き、いつも通りにやっていただけなのに。
できてしまったことで、リムリーシェは反って混乱してしまうことになる。
「どうしよう……できちゃった……。」
多分ミカは、他のレーヴタイン領出身の皆にも見せていない。
いくら困ったからと言って、ツェシーリアやチャールに相談する訳にはいかない。
そう思い、「早く明日になって」と祈るような気持ちで、リムリーシェは朝を待ったのだった。
放課後、土の日の特訓の時にいつも使っているグラウンドの端っこで、ミカとリムリーシェは話し合うことにした。
さすがに魔力操作の練習の時間に、こんな話はできない。
実際は魔力操作の練習の時間ではなく、【神の奇跡】の習得の練習だが。
例の如く、リムリーシェはすでに課された二つの【神の奇跡】を習得している。
放課後にしっかりと話を聞くと言うと、リムリーシェは一旦はホッとし、安心したような顔になった。
だが、やはり落ち着かないのか、今日は何度もツェシーリアやチャールに「どうしたの?」「大丈夫?」と聞かれていた。
挙句の果てには「ミカが何かやった」とツェシーリアに名指しで糾弾される始末。
無論、ツェシーリアには割と本気のシッペを喰らわせてやった。
本当はデコピンをやろうとしたが、女の子のおでこに本気のデコピンはまずいか?と自重した。
偉いね、俺。ちゃんと自重してるよ。
だが、クレイリアも含めてレーヴタイン組の皆からの視線が、なぜかとても冷たいものになった。
解せぬ…………。
それはさておき、ミカはリムリーシェから”水球”を使えるようになった経緯を聞いた。
まあ、誰でも使えて当たり前だと思っていたし、むしろ何で誰も使わないのかと思っていたが、こうして目の当たりにすると中々感慨深いものがある。
(赤茶けた髪の青年に次いで、二人目…………俺も入れれば三人目の使い手か。)
リムリーシェはとても不安そうな表情でミカを見ていた。
なので、ミカは安心させるように笑顔を作る。
「そう不安そうな顔をしなくてもいいじゃない。 何が不安なのさ。」
「だ、だってぇ……。」
どうやら、ミカだけを目標に、ミカだけを見て目指していたが、いざできてしまったら不安になったらしい。
皆のできないこと、それも皆が知ることもないような秘密の力を、自分が得てしまったことに。
「そう、大袈裟に捉えることはないと思うよ。 確かに学院とかに伝わると、面倒なことになりそうだとは思うけどね。」
「やっぱり、そうだよね……。」
ミカの言葉に、リムリーシェの表情はみるみる曇っていく。
落ち込ませてどうするんだ、俺。
失敗、失敗。
「まあ、大っぴらに使わなくても、便利なもんだよ。 水が確保されてるってだけで、生存率は一気に高くなるからね。」
「生存率……?」
リムリーシェが首を傾げる。
「リムリーシェの水が飲める物かどうか、慎重に確かめてみるといいよ。 僕も最初は口に含めるだけで吐き出したり、少しだけ飲んで一日様子をみたりして、飲んでも問題ない水だって確かめたんだ。」
「……な、なるほど。」
リムリーシェが目をしばたたかせる。
「無害の水が好きなだけ作れるなら、もう水袋なんか要らなくなるよ。 まあ、バレないように普段は僕も水袋を使ってるけど、いざって時はそんなの関係ないから。」
「いざ? どんな時?」
ミカはざっと、想定される状況を説明する。
「山とかで遭難したり、戦場で敗走した時なんかでも、普通は水を確保するのは難しいと思う。 でも、”水球”があれば安全な水がいくらでも確保できる。 僕たちは【癒し】が使える。 その上で水の確保もできてるとなれば、生存率はありえないくらい高いと思わない?」
「…………そっか。」
リムリーシェが考え込む。
普段、リムリーシェは学院の敷地から外に出ることがほとんどない。
ミカの様にあっちこっち、山に行ったり何だりとふらふらしていると、普通は水の確保を念頭におかなければならない。
それを考えないで済むだけでも、どれほど一般の方々より恵まれていることか。
「まあ、最悪バレてもしらを切り通せばいいんだよ。 『は? 何言ってんの? そんなことできる訳ないじゃん?』って。」
ミカがそう言うと、リムリーシェが変な顔になる。
困ったと、驚いたと、泣きたいを、足して足しっ放しにしたような表情。
きっと、問い詰められている状況を想像しているのだろう。
「リムリーシェじゃ、あんまり問い詰められたら白状しちゃいそうだけど。」
「…………うん。」
自分でも自信がないらしい。
しょぼーん、としている。
しかし、ミカの魔法を自分の目で見ているとはいえ、それだけを頼りに自力でできるようになったのは驚きだ。
これは下手したら、魔法の存在を大々的に発表したら、使い手が一気に増えるかもしれない。
(…………まあ、そんなことしないが。)
自らの優位性を、自分で捨てるようなことはしません。
皆が使えたら面白そうだとは思うが、さすがに影響が大き過ぎる。
何より、心無い者がこの力を手にしたら、被害は【神の奇跡】どころじゃないだろう。
ミカは毒ガスのような物は、制御に失敗したら被害が大きいからと作るのを避けたが、風上からばら撒いて無差別テロをやらかす輩だって出かねん。
ただ、危ないからと枷を嵌めすぎるのもなあ、と思わなくもない。
ミカは左手を出して、手のひらをリムリーシェに見せた。
リムリーシェは、その何もない手のひらをじっと見つめる。
「”石弾”。」
ミカがそう呟くと、一個の石ころが手のひらに現れる。
その石を、リムリーシェは目を丸くして凝視した。
「作れるのは、水だけじゃないよ。」
ミカがそう言うと、リムリーシェはハッとした表情でミカを見る。
これまで、そんなことまでは考えなかったのだろう。
ただひたすら、ミカの作った”水球”だけを目指していたようだ。
ミカは、石を思いっきりグラウンドに向かって放り投げた。
「”石弾”。」
ガシンッ……。
そうして投げた石に、新たに作った”石弾”が空中で命中し、遠くで微かに壊れた音がした。
その光景を、リムリーシェはぽかーんとした表情で見ていた。
「こういうこともできる。 これが、僕が冒険者をやってこれた理由の一つ。」
「ぁ……ぁ……っ!?」
ミカの話に、リムリーシェは呻くように微かに声を漏らし、身体を震わせた。
そうして、その場にぺたんとしゃがみ込んでしまう。
驚き過ぎて、腰を抜かしてしまったらしい。
ちょっと、一度にいろいろ教え過ぎたか?
「まあ、”石弾”だけで生き残れた訳じゃないけどね。 実際、何回かは死にかけたし。」
そう、苦笑する。
「本当に運だけで生き残れたってこともある。 初めて魔獣と戦った時なんて、ひどいもんだったよ。」
それでも、八歳の子供が魔獣と戦えた、その大きな理由がこの”石弾”だった。
今でもミカにとってのメインウエポンは、この”石弾”だ。
必要な魔力量と、得られる効果とか、いろいろ考えると一番バランスがいいんだよな。
ミカはしゃがみ込んでしまったリムリーシェの隣に、自分もしゃがみ込む。
そうして、未だに茫然としているリムリーシェに語り掛ける。
「無理に力を使うことはないよ。 冒険者なんかやる必要もない。 ただね。」
そうして、ミカは一呼吸置く。
「この力は、願いを叶える力なんだ。 望みを叶える力。 そのための手段として、とても優れた力だと僕は思ってる。」
リムリーシェが、ゆっくりとミカの方を向く。
「……叶える力……?」
「そうだと、僕は思うよ。」
ミカはリムリーシェに笑いかける。
「僕は欲張りだからね。 あれもこれもって、いっぱい叶えてきたよ。 今だって、裏でこっそりやってるし。」
そう言って、人差し指を唇にあてる。
今度の叶えたい物は、少々時間と手間がかかりそうだが。
それでも、いつか必ず、希少金属をこの手で!
「ミカ君は、いつもいろいろと忙しそうにしてるなあ、って思ってた。 でも、学院だとちょっと退屈そうだよね。」
リムリーシェの言葉に、ミカは思わず苦笑する。
「学院じゃ、決められた教育計画があるからね。 この力を大っぴらに使う訳にも…………まあ、結構使っちゃってるんだけどさ。 学院でやれること、学院の外でやれること。 分けていろいろやってるよ。」
魔法具の回路図なんかは、授業中に少しやってたりするけど。
「そんな訳でさ、何かやりたいこととか叶えたいことがあれば、この力を使って叶えるのもいいんじゃない?」
「そっか……。」
そう呟いて、リムリーシェは俯いて考える。
だが、すぐに苦笑する。
「あんまり、考えたことないかも。 やりたいことって。」
「確かに、そうかもね。」
基本的にリムリーシェは受動的だ。
積極的に、ああしたい、こうしたい、といったことはあまり言わない。
だからこそ、時々「こうしたい」「こうなりたい」といった相談をされると、手を貸したくなってしまうのだけど。
ミカは立ち上がって、雲一つない…………こともない空を見上げる。
いくら秋晴れと言っても、雲一つない空なんてそうそうないよね。
「ゆっくりでいいんじゃないかな。 慌てないで、よく考えてさ。 で、こっそりバレないように、願いを叶える。」
「何だか、ちょっとズルしてるみたいだよ。 その言い方だと。」
リムリーシェも立ち上がり、ミカを見てちょっと困ったような顔をする。
「バレなきゃズルじゃない。」
「ズルだっていうのは認めちゃうんだね。」
自分でも、ちょっとずるい力だなぁとは思ってます、はい。
ミカとリムリーシェは顔を見合わせ、真っ直ぐに視線を交わす。
そうして、どちらからともなく笑う。
「ゆっくり考えてみるといいよ。 単に、選択肢が一つ増えたってだけなんだから。」
「うん……。 ありがとう、ミカ君。」
そう言ってリムリーシェは、すっきりとした笑顔を見せる。
朝からいろいろ考えすぎて、何なら昨夜から考えすぎて、今日は一日ちょっと悲壮感が漂っていた。
目のハイライトが消えた状態、とまでは言わんが。
そうして、また何かあったら相談に乗ってね、というリムリーシェを見送ってミカも学院の門を出る。
「…………どんな力の使い方をするのかな?」
万能にも思えるこの力で、リムリーシェは一体何を叶えるのだろうか。
ちょっと楽しみではあるが…………。
「結局、そこまで何かを叶えたいってものが無かったとか言いそうだな、リムリーシェだと。」
やっぱりズルは良くない、とか考えそうだ。
まあ、それならそれでいいだろう。
あくまで選択肢の一つ。
使うも使わないも、本人次第だ。
ミカは自分の想像に、思わず微笑する。
が、すぐに真っ直ぐ前を見据えた。
「さーて、僕はフル稼働でズルしますかね。」
全力でズルしてやる。
折角あるんだしね。
そんな決意を胸に、ミカは駆け出すのだった。




