第169話 偽”解呪師”事件4
火の3の月、1の週の月の日。
ギルド本部、会議室。
先週の風の日、『ギルド本部に出頭せよ』という命令がミカの家に届けられた。…………らしい。
見てないので知らんけど。
だが、そういう話になったようだ、というのをある筋に教えてもらったのだ。
学院が終わった後、ミカはギルド本部に直行した。
会議室の雰囲気は、中々に物々しい。
ミカの前にはギルドの三人のお偉いさんが座っている。。
ギルド長、副ギルド長、そしてデムソリックの父親のナスタリグ。
そして、物々しさを醸し出す十人以上の騎士たち。
騎士たちは凶悪な冒険者が万が一にも暴れた場合、取り押さえる役目を負っている。
また、この会議の後に容疑者をそのまま詰所に連行するという役目も負っている。
そのため、荒事にも慣れた強面の者が揃えられた。
「何てことを仕出かしてくれたんだね、君は。」
憔悴した感じのナスタリグが手元の資料を見ながら、ミカによる詐欺被害の概要を読み上げる。
詐欺の被害者は二十八名。
先日、一件増えたらしい。
被害自体は先月の始め頃のものだが、呪いは解けているはずだ、と信じて様子見をしていたようだ。
それらの概要の説明だけで、一時間近くかかった。
「ギルドとして処分を下すのは当然だが、それだけで留まる訳がないのは、君も理解しているね。」
ナスタリグの読み上げた事件の概要が終わると、副ギルド長が重い口調でミカに告げる。
ちなみに、ナスタリグが読み上げたのは、デムソリックのでっち上げた懲戒請求と添付資料の抜粋だ。
添付資料の中には被害者たちの訴えだけでなく、「ミカで間違いない」という面通しもされていることなどが書かれている。
「僕は一貫して否認しているんですけどねえ。」
軽く肩を竦め、ミカが軽い調子で答える。
その態度に、ナスタリグが声を荒げた。
「まだとぼける気か!」
バンッ!と資料をテーブルに叩きつける。
副ギルド長が「まあまあ落ち着きなさい、ナスタリグ君。」と、如何にも自分は中立ですといった顔で宥めた。
ギルド長は身動ぎもせず、目を瞑りじっとしている。
ていうか、寝てんじゃねーのか、これ?
「やはり、君にはまだ早過ぎたようだね。 Cランクも、ましてや二つ名など。 このような増長をしてしまうなど。」
「増長?」
副ギルド長の言葉に、ミカが問いかける。
「そうだ。 やはり、子供のような人格形成の未熟な者では、二つ名の重い責任には耐えられなかったのだろうね。 もっと慎重に検討するべきだった。」
副ギルド長が、力なく首を横に振る。
これは、副ギルド長はミカに言うような振りをしながら、実はギルド長に向けて言っている。
ミカの二つ名を認めろ、と熱心に説得していたのはチレンスタであり、そのチレンスタは現在ギルド長についているからだ。
大袈裟に捉えて、ギルド長を攻撃する手札にするつもりなのだろう。
ミカはそっと溜息をつく。
(……もう、いいかな。)
これ以上茶番に付き合うのも無駄だし、チレンスタにまで攻撃の矛先が向いては放っておく訳にもいかない。
ミカはポケットを探り、ギルドカードを取り出す。
それを近くの騎士に渡し、騎士経由でギルド長に渡してもらう。
ギルド長が手渡されたギルドカードを見ていると、横から副ギルド長とナスタリグも覗き見るように確認する。
「……これは、ギルドカードか。 殊勝な心がけだ。 自分から返却するとは。」
副ギルド長がミカを見ながら、少しだけ表情を和らげる。
カードには勿論、『名前 ミカ・ノイスハイム ”解呪師”』と刻まれている。
そして、ギルド長はそのカードを騎士に返した。
副ギルド長とナスタリグが怪訝そうな顔をする。
「返しませんよ。 大切な証拠ですから。」
そう言ってミカは、もう一枚のギルドカードを取り出す。
そちらも騎士に渡すと、ギルド長たちの方に騎士が持って行く。
だが、騎士はそのカードをギルド長には渡さず、あくまで見て確認できるように提示するだけ。
そっちは本物だから渡しちゃだめ、絶対!
騎士は両手にそれぞれカードを持ち、二つのカードが見比べられるようにした。
そうして、見比べればすぐに分かる。
二つのカードには、同じ内容が刻まれている。
「君は、何を言っている……? それに、同じギルドカードが二枚?」
副ギルド長が怪訝そうな顔で呟く。
「偽造カードですよ。 いや、本物の偽造カードと言うべきかな。 ギルドの発行した、れっきとした本物です。 偽造ですけど。」
「偽造だと!?」
ミカの話に副ギルド長とナスタリグが驚いた顔をする。
ギルド長も、やや驚いた顔になる。
…………演技下手だね。
「冒険者ギルド、王都の第二支部に勤めるデムソリックが偽造しました。」
「貴様がデムソリックを誘拐したのかっ!!!」
ナスタリグが激高し、立ち上がろうとする。
だが、そのナスタリグを騎士たちが押さえつけた。
「なっ!? 何をするっ! あ、あいつが息子を誘拐して、きっと監禁してるんだっ! 捕まえてくれ!」
ナスタリグが騎士の手を振りほどこうと、必死に身を捩る。
だが、一般の方に簡単に振り解かれるようでは、騎士の仕事は務まらない。
簡単に押さえ込まれた。
ミカがデムソリックを攫ったのが、先週の水の日の夜。
それから何日も職場に来ず、一人暮らしをしている家にも帰った形跡がないものだから、現在行方不明として扱われている。…………ちなみにバツイチだそうです。
ナスタリグが感情的だったのには訳がある。
おそらくデムソリックの行方不明にミカが関与していると睨んでいたのだろう。…………正解ですけどね。
「デムソリックのことならご心配なく。 今日こちらに来てますので。」
ミカが会議室の扉近くにいた騎士に目配せすると、騎士が会議室の外に声をかける。
そうして、二人の男が会議室に連れて来られた。
一人がデムソリック、もう一人はコンコーラド。
「デムソリックッ! 無事だったのかっ!」
ナスタリグが押さえられながらも、デムソリックが無事だったことを喜ぶ。
だが、当のデムソリックは俯き、崩れ落ちそうになっているのを騎士が無理矢理に立たせている状態。
「自白もしてますし、カードに登録されている魔力は、ここにいるコンコーラドのものです。 あ、こちら被害者たちの本物の証言です。」
そう言ってミカは魔法具の袋から、紙の束を取り出す。
流石に時間が足りずにすべての被害者の証言は集められなかったが、二十件を超える被害者たちの面通しが終わり、証言を得ている。
コンコーラドが”解呪師”というギルドカードを持ち、報酬を騙し取った、と。
「嘘だっ! き、貴様が仕組んだんだなっ! デムソリックは脅されているんだっ! そうだろう!?」
ナスタリグが必死になってデムソリックに呼びかける。
だが、デムソリックは相変わらず俯いたまま。
「仕組んだと言えばその通りですかね。」
そう言って、ミカは可笑しそうに笑う。
それを合図とするかのようにギルド長が立ち上がり、ミカの方に歩いて来ると、横に立った。
状況がまったく理解できていないのは、ナスタリグと副ギルド長だけ。
「今日、この場を仕組んだのは僕ですから。 さて、それでは清算してしまいましょうか。 いろいろとね。」
ミカはナスタリグと副ギルド長を真っ直ぐに見て、そう宣言した。
■■■■■■
先週の風の日。
デムソリックを攫った次の日の夜。
ミカはチレンスタの自宅に押し掛けた。
「ギルドカードの偽造!?」
ミカの話を聞き、チレンスタが目を丸くして驚く。
そうして驚くチレンスタに、ミカは二つのギルドカードを見せ、集めた情報を伝える。
チレンスタからは、ミカの懲戒処分が決まったことを教えてもらった。
ミカの処分内容は降格。
これだけの犯罪を理由に懲戒するなら除名じゃないの?と思ったが、懲戒請求が降格を求める内容だったらしく、それが通った形だ。
「……まさか、そんなことになっていたとは。」
チレンスタが申し訳なさそうにミカに頭を下げる。
「すまない……。 私もミカ君がそんなことをするはずがないと、いろいろな役員を説得して回ったんだが……。 処分が決定してしまった。」
「いえ、それは狙い通りの流れなので問題ないです。」
「狙い通りだって!?」
ミカが明るく言うと、チレンスタが再び目を丸くする。
「ええ。 でっち上げの懲戒請求が通ったとなれば、その責任はデムソリックだけに留まりません。 恐らく……というか実際にそうなんですが、デムソリックは父親に働きかけて、この懲戒の請求が速やかに通るようにしたそうです。」
ミカがそう言うと、チレンスタが唸った。
「なので、これを機に一旦炎上させましょう。」
「……は? 炎上?」
チレンスタが、ぽかんとした顔になる。
「今、情報屋ギルドを使ってデムソリックの父親、ナスタリグの後ろ暗いネタを集めさせています。 ついでに副ギルド長の情報も集めるように指示をしています。今回の件に関係ないネタでも何でも使って、この二人は飛ばしましょう。」
「飛ばしましょうって……。」
チレンスタは、まるで絶句しているような感じだ。
そこでミカは真剣な表情になって、真っ直ぐチレンスタを見る。
「本当は一強の状態にはさせたくないんですけどね。 腐敗の温床だし。 でも、デムソリックとナスタリグは絶対に潰します。 副ギルド長がどんな人かは知りませんが、集まった情報次第ではこいつも巻き込みます。」
ミカの言葉に、チレンスタがごくりと唾を飲む。
「その後のギルドのこと、任せていいんですよね?」
ミカがそう聞くと、チレンスタが重々しく頷く。
「ギルド長にも話を通して、ここで副ギルド長派をなるべく叩いておこう。 ギルド長は大丈夫だ。 善良……と一言で片づけられるような人ではないが、少なくとも悪徳に染まった人じゃない。 私は信じられる。」
チレンスタの話を聞き、ミカも頷く。
「第五騎士団に伝手があります。 デムソリックとコンコーラドの二人は騎士団に引き渡して、事件の全容と裏取りを頼みます。 裏取りには情報屋ギルドも使って、一気に片付けるつもりです。 相手に気取られないように。」
騎士団だけに任せると、おそらく時間がかかる。
情報屋ギルドから人を出してもらい、被害者たちを第五騎士団に連れて行ってもらったりして、なるべく早く面通しなどの裏取りを終わらせなくてはならない。
ミカは内心で溜息をついた。
(はっはっはーっ、気概として一千万ラーツでも出してやるって思ったけど、本当にすごい金額が吹っ飛びそうだぞ!)
さすがに一千万ラーツまではいかないだろうが、数百万ラーツは確実にかかりそうだ。
ミカの望んだ『落とし前』とはちょっと違う形になってきたが、まあ「徹底して追い込むぞ?」というところを見せられれば良しとしよう。
ヤロイバロフは、今回は巻き込むのをやめておいた。
ここでヤロイバロフの力を借りると、ミカは「ヤロイバロフの傘」に守られている、という形にしか見えなくなる。
ヤロイバロフとの繋がりもミカの強みではあるが、今回は違う強みを前面に出したい。
「あ、僕をギルドに呼び出すって話ですけど、週明けに予定を入れてください。 さすがにそれより前だと時間が足りな過ぎるので。」
「分かった。 土の日と陽の日は避けようというだけだからな。 それは何とかなる。」
「それと、騎士の派遣も提案してください。」
「騎士の派遣?」
チレンスタが不思議そうな顔をする。
「凶悪な冒険者を呼び出すんですから、警戒するべきでしょう? 第五騎士団に要請するように計らってください。」
そう言って、ミカはにやりと笑う。
チレンスタはミカのその表情を見て、そう言うことか、と呟く。
他にもいくつかの打ち合わせを行い、また第五騎士団に話を通してから、顔合わせの約束をする。
週明けまで時間がない。
すべてを平行し、一気に片付けなくては。
(さすがにギルドと関係ない、仲介役に関しては後回しだな。)
情報屋ギルドに人を張り付けてもらい、逃げられることだけ防げばいい。
問題の大きくなり過ぎたギルド関連を片付けてから、ゆっくり料理してやろう。
そんなことを考えながら、ミカは第三街区の家まで飛んで帰った。
そうして今度は第五騎士団の詰所へ。
夜中なので第二街壁の門は閉まっていたが、騎士はいる。
デムソリックとコンコーラドを連れて行って、第五騎士団の騎士に出てきてもらう。
顔見知りの騎士に二つのギルドカードを見せながら説明し、本人たちもミカに怯えながら証言。
そうしてお縄を頂戴した二人を連れて、詰所まで同行した。
「……こんな夜遅くに何をしているんだ?」
まだ詰所にいたらしいオズエンドルワに、「ミカが来た」と報告がいったようだ。
知り合いの騎士数人に経緯を説明している時、わざわざオズエンドルワがやって来た。
ミカが改めて経緯を説明すると、オズエンドルワが複雑な顔をする。
「君はつくづく、面倒に巻き込まれるな……。」
そう言われても、今回は俺のせいじゃないよね?
ミカが微妙な顔をすると、オズエンドルワが苦笑した。
「シェスバーノの隊からホグアジルを貸してやる。 そういう案件なら、多少は頭が回る方がいいだろうからな。 被害者が多いみたいだが、一気に証言を集めたいのだろう?」
オズエンドルワの好意により、第五騎士団の中から、シェスバーノの隊を一部割り当ててくれるという。
週明けのギルドの呼び出しまで、あと土の日と陽の日の二日しかない。
(まずは人海戦術で、やれるだけやろう。 被害者の半分でも証言が集まれば、懲戒請求の根拠が大きく崩れる。)
いい加減な請求で処分を強行した者たちを突き崩す、取っ掛かりにはなるだろう。
こうして、第五騎士団と情報屋ギルドを使い、ミカを陥れることに加担した者に鉄槌を喰らわせることにした。
二人を預けたことで、とりあえずはマスターに借りた家は必要なくなる。
尋問の必要がなくなるからだ。
だが、仮の宿として以外にも使い道があるかもしれないので、とりあえず期間いっぱいまで借りてから、鍵を返すことにした。
■■■■■■
「ギルド長。 僕の懲戒にこの二人は賛成をしたのですか?」
「ああ、そうだ。 請求の内容が一方的過ぎる、慎重に確認が必要だと、儂を含め何人も意見したが聞き入れずに強行しよった。 ギルド長として、止められんかった責任の一端は儂にもある。 謝罪しよう。」
そう言って、ミカの横の席に座ったギルド長が頭を下げる。
ミカは「受け入れます」と応じた。
「デムソリックさん、貴方はギルドカードを偽造しましたね。」
「嘘だっ! 息子は脅迫されているっ!」
ミカはデムソリックの方を向くことなく、前を向いたまま質問を投げた。
だが、その質問を遮るように、押さえつけられたナスタリグが声を上げる。
デムソリックは怯えながら、小さく「はい。」と答えた。
(そんなに怯えられたら、本当に脅してるみたいじゃないか。)
まあ、十回以上腹に穴を開けたしな。
主犯ということで、コンコーラド以上に追い込んでやった。
「コンコーラドさん。 詐欺を持ち掛けてきたのはデムソリックさんですね。」
「そうです。」
「嘘だっ! すべてでっち上げだっ!」
唾を飛ばしながら、顔を真っ赤にしてナスタリグが叫ぶ。
いちいち割り込まれて、非常に鬱陶しい。
なので、ご退場願うことにした。
「いくら息子さんとは言え、人のこと心配している場合ですか? ナスタリグさん?」
「何だとっ……?」
ナスタリグがミカを睨む。
ミカは魔法具の袋から紙の束を取り出した。
「先月、本来Cランクに相当するような凶暴な魔獣の討伐を、Dランクとして処理させましたね。 成体であるのが分かっているのに、まだ幼体だと偽って。 で、差額は懐ですか? こんなことしたって、精々金貨一枚二枚程度のものでしょう。 それで受注した冒険者は大怪我をしたようですよ。 可哀想に。」
「なっ!?」
ミカは紙の束を見ながら、会議室中に聞こえるように内容を伝える。
一枚紙をめくる。
「あらら、こっちもランクを誤魔化してる。 これも先月ですか。 ……あちゃー、その前の月には上乗せで高額に設定した依頼を、上乗せ分の一部をハネて掲示させたんですか? こんな杜撰なことやってて、よくバレませんねえ。 ……いや、気づいても誰も何も言えなかったのかな? 命じられた現場の人も可哀想に。 ……あ、そいつも同じ穴の狢か?」
資料を読み上げながら、思わず感想が漏れる。
この資料は、チレンスタの持っていた情報と情報屋ギルドが持っていた情報、新たに集めた情報を元に纏められた物だ。
情報屋ギルドが、情報分析や纏めるのが得意な人を集め、作り上げてくれた。
きっと何人も徹夜組がいたよね。
ご苦労様です。
ナスタリグは取り押さえられながらも身を捩り、もはや破裂しそうなほどに額に浮いた血管が浮き上がっている。
こっわ。
「で、でで、でたらめだっ!」
「言い訳は詰所でどうぞ。 ホグアジルさん。」
ミカが様々な容疑の書かれた資料をホグアジルに差し出すと、ホグアジルが受け取る。
証拠は、ホグアジルのゴーサインが出たらギルドの第一支部と第二支部にガサ入れし、第五騎士団が一気に浚う手筈だ。
これから、王都の二つの支部は大混乱になるだろう。
ナスタリグの不正に加担した者、それを苦々しく思っていた者なども、情報屋ギルドによって判明している。
余罪がたっぷり出てきそうだ。
ちなみに、ユンレッサやロズリンデの名前はリストの中に入っていなかった。
二人はどうやら、変なことに巻き込まれないで済んでいたようだ。
シェスバーノ中隊の、強面の騎士数名がナスタリグを取り押さえながら連行して行った。
この部屋にいる騎士は、すべてシェスバーノ中隊の騎士たち。
つまり、ミカの仕込みである。
「陰謀だあっ! 騙されているっ! 皆、あの小僧に騙されているんだっ!」
ナスタリグがそう喚くが、残念ながらここには一人も味方がいない。
ミカが手をひらひらとしながら見送ると、ナスタリグは血走った目を見開き、すごい形相でミカを睨んできた。
デムソリックとコンコーラドも、もう用がないので一緒に連行してもらう。
そうして、最後に残った副ギルド長を見る。
ナスタリグに巻き込まれるのは御免だとばかりに、涼しい顔をしている。
いい切りっぷりだ。
「まさか、信頼していたナスタリグ君がこのようなことをしていたとは夢にも思わなかった。」
まるで青天の霹靂だ、とばかりに呟く。
ミカは副ギルド長の言葉を聞き流し、魔法具の袋から紙の束を取り出す。
その紙の束をバサッと置くと、副ギルド長の表情がガラリと変わった。
人を踏みつけることを何とも思わない、奪うことに慣れた者の目。
冷たい目が、真っ直ぐにミカを見る。
「それは何だね。」
「さあ、何でしょう? 読み上げてみましょうか?」
大声も恫喝もない。
だが、副ギルド長のその目が物語っている。
そのカードを切るのは止めておけ、と。
副ギルド長の読み通り、この紙の束には副ギルド長の不正に関わる情報が書かれている。
この国では、贈収賄は罪にならない。
金品を送るのは、むしろ礼儀のようにも考えられている。
だが、悪質な割戻しは罪になる。
不当に高値で取り引きし、差額を副ギルド長の個人に返す。
これは、横領としてちゃんと禁止されている。
ミカと副ギルド長の視線が、睨み合うようにぶつかり合う。
そこで先に視線を逸らしたのは副ギルド長の方だった。
副ギルド長は、ふぅー……と息をつく。
「私は、マハラーバケス侯爵とは懇意にしていてね。 悪いことは言わない。 やめておきなさい。」
そう、いっそ優しいくらいの声音で言う。
「マハラーバケス侯爵ですか?」
「そうだ。」
誰だよ、そいつ。
だが、これが副ギルド長がギルド長を抑えて、冒険者ギルドで好き勝手にやれた理由。
前にクレイリアの護衛騎士だったヴィローネが、侯爵の命令を偽って罰せられた。
これは斬首にされるほどの重罪にあたるが、普通はそんなあからさまなことはしない。
副ギルド長のように、匂わせるだけ。
実際に懇意にしているなら、それを他人に言っても別に罪にはならない。
一言に懇意と言っても、受け止め方は人それぞれ。
副ギルド長は何も具体的なことは言っていない。
だが、そうして忖度を引き出すために、繋がりを匂わせるのだ。
それで実際に悪事を働いているのだから黒っぽい感じがするが、この国では一応グレーらしい。
そんなことで名前を出された貴族が、許容するのであれば、だが。
まあ、山吹色のお菓子をたっぷり送っているのだろうけど。
(バックに貴族がいると、この国じゃ本当に好き勝手やれるな。)
だからと言って、じゃあ自分も貴族と繋がりを持つぞ、と思ってもそう簡単にはいかない。
それも、侯爵クラスとなんか、平民はまず関われない。
そのためギルド長も、副ギルド長には本当に譲れない部分以外は逆らえなかったのだ。
「侯爵ですか。 んー……手を貸してくれるかなあ。」
ミカは椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。
(こっちの場合、あんまり懇意って感じじゃないんだよなあ。)
目をかけてくれてはいるだろう。
だが、実際に他の貴族と敵対した時に「そこまでして助けるか?」と考えると疑問符がつく。
というか、そこまでして助けてはくれないんじゃないかな?
クレイリアの口添えがあったとしても。
「どう思います?」
「何がだね?」
ミカの問いかけに、副ギルド長が怪訝そうな顔になる。
(虎の衣を借る狐、だっけ? 借りてきて、被る毛皮で勝負?)
どっちの毛皮が艶があるか?
いや、迫力があるかの勝負か?
ミカはにっこりと微笑む。
「レーヴタイン侯爵とは年に一~二回、王都にお見えになった時に必ず面談してるんですよ。 一対一で。」
「レ、レーヴタイン侯爵……?」
思わぬ大物の名前に、副ギルド長が驚いた顔になる。
というか、会議室にいる全員が驚愕で慄き、どよめく。
「今年はちょっと、まいっちゃいましたね。 いきなりパーティに参加しなさいって言われちゃって。」
「パーティ……?」
驚きの表情を張り付けたまま、副ギルド長が呟くように言う。
貴族のパーティに平民が招待されるなど、余程のことだ。
「ご存じですよね。 二カ月くらい前にあった、陛下の在位二十年記念パーティ。」
「ざ、在位二十年記念パーティだとっ!?」
「もう、いきなりそんなこと言うもんだから、びっくりしちゃいましたよ。」
会議室のどよめきが更に大きくなる。
横に座るギルド長が、ぽかーんとした顔でこっちを見ていた。
「おかげで陛下に直接お祝いをお伝えする、身に余る栄誉に与りましたけど。 でも、驚いちゃいましたね。」
周囲の動揺など無視して、ミカはしゃべる。
「陛下が僕のことを、以前からご存じだったんです。 僕が名乗る前に、名前を呼ばれましてね。 いやあ、あれには驚いちゃったなあ。」
本当、記憶が飛ぶくらい驚いたね!
ミカの話に、もはやどよめきも無くなり、会議室がシーンと静まり返った。
「それで、なんですけど……。」
静まり返った会議室に、ミカの声だけが響く。
ミカは声を落とし、副ギルド長に問いかける。
「僕が困ったら、レーヴタイン侯爵は助けてくれると思います?」
少し首を傾げながら、そんなことを聞いてみる。
(僕の借りてきた毛皮の艶も中々でしょ?)
ミカの言葉に、副ギルド長がハッとした表情になった。
そうして、やや苦し気な表情で考え込む。
副ギルド長とマハラーバケス侯爵の繋がり。
ミカとレーヴタイン侯爵の繋がり。
今、副ギルド長の頭の中では、必死になって考えていることだろう。
こんな平民同士のいざこざで、貴族が本気になって戦うなどありえない。
ならば、この場の落としどころはどこか、と。
重苦しい空気が会議室に漂う。
しばらく、誰も一言も発さない時間が流れる。
そして――――。
「その資料をこちらに渡すなら、私は副ギルド長を辞任しよう。 どうかね。」
そう、真剣な表情で提案してくる。
(んー……、痛み分けにしようってことか?)
副ギルド長がギルドで不正をしていたことは事実。
だが、お互いに貴族の名前を出してしまった。
ここで強硬に出れば、本当にレーヴタイン侯爵に迷惑がかかることになる。
侯爵からしたら「ミカ・ノイスハイムなど知らん。」の一言で済むことかもしれないが、勝手に名前を出してしまったのも事実。
副ギルド長に対抗するためとはいえ、ミカとしても少々の後ろめたさがある。
ちらりとギルド長を見ると、重い表情で頷いた。
(消えるなら、不正は見逃す、か。)
少々後味が悪いことになってしまったが、ここからすっきりとした決着に持って行く道筋も見えない。
ホグアジルを見ると、やはり重い表情で頷く。
(ここまでか。)
ミカに罪を着せようとした件を発端に、当事者二名が逮捕、幹部の二名が飛んだ。
あと一人残ってはいるが、とりあえずはギルドの方は幕引きでもいいかもしれない。
「分かりました。 それでは、後はお任せします。」
ミカはギルド長にそう伝えると、協力してくれた騎士たちにお礼を言って、会議室を出…………そうになった所で、騎士が引き留めた。
やばいやばい、ギルドカードを返してもらうの忘れてた。
少々恥ずかしい思いをしながら会議室を出ると、チレンスタが心配そうな表情で待っていた。
「終わりました。 ほぼ、予定通りです。 後はお願いします。」
ミカがそう言うと、チレンスタがほっとした表情になった。
こうして、偽”解呪師”による事件は幕を閉じた。
一部をお預けにして。
(……残りはヨークアデスって言ったか? もうすぐ行くから、よーく首を洗っとけよ。)




