第165話 トリュスの思い出の品
火の2の月、2の週の風の日。
ミカは王都をいつものように、元気に走っていた。
ここは4区の中央あたり。
学院が終わり、指名依頼の”呪いの排除”に向かっているのだが、その途中でトリュスを見かけた。
(そういえば、4区に家があるんだっけ?)
前に買い物中にばったり会った時、そんなことを言っていた気がする。
ちょっとだけ挨拶して行こうと思ったが、何やらトリュスの様子がいつもと違う。
いつもは凛とした雰囲気を纏い、背筋を伸ばしてぴしっとしている。
そんなトリュスが、肩を落として溜息をついていた。
トボトボと歩く感じのトリュスに少し驚く。
「…………どうかしたのかな?」
これはちょっと普通じゃない。
「トリュスー。」
ミカは走って行って、前から歩いて来るトリュスに声をかけた。
ミカに気づくと、トリュスは一瞬ピクリとし、それから慌てて背筋を伸ばす。
「やあ、ミカちゃん。 こんな所で奇遇だね。」
そう、ぎこちない笑顔で言う。
「どうかしたの? 元気がないみたいだけど。」
「そうかい? そんなことはないが。」
トリュスは明らかに、取り繕っていた。
そして、何かを隠そうとしている。
(んー……、どっちが正解だ? 気づかない振りをしてあげるべきか? それとも、突っ込んで話を聞くべき?)
知られたくないことの一つや二つや三つや四つ、誰にでもある。
そこに踏み込むのは、少々気が引ける。
(だけど……。)
人の手を借りれば、すぐに解決することもある。
まあ、その程度のことなら、トリュスがこんな態度にはならないだろうけど。
(つまり、その程度では済まないようなレベルの問題?)
本人がどうしても言いたくないなら、引くべきか。
でも、簡単に「あっそ。」で引くべきではないかもしれない。
ということで、ミカはじぃーー……とトリュスを見る。
ミカの視線を受け、トリュスが少しばかり困った顔になって横を向く。
それでも構わず、ミカはじぃーーーーー……とトリュスを見続けた。
すると、トリュスがはぁー……と溜息をつく。
「ミカちゃん。 本当に何でもないんだ。 ちょっとした、そう…………お金の問題だからね。」
「お金?」
ミカはきょとんとなる。
こればっかりは、あまり突っ込むのも失礼か。
人のお財布事情にあれこれ口を出すのは、さすがのミカでも気が引ける。
(ニコニコローンでも組みましょうか? 二日で五%の利子の。)
どこかの帝王すら超える、極悪金利をさらっと設定する。
年利にすると、さて何万%になるのか。
いや、何十万%か?
複利って怖いね。
「あの、差し出がましいですけど……。」
ミカは、引くべきか?と思ったが、一応の目途が立っているのかだけは確認したい。
トリュスは知り合って間もない頃、ミカを心配して呪いの排除に付き合った。
トリュスの意を解さないミカに、邪険にされてもだ。
もしかしたら余計なお世話かもしれないが、万が一にも変な事態にだけは発展して欲しくなかった。
場合によっては、本当にミカが立て替えてもいい。
そのくらいには、トリュスのことを信頼していた。
勿論、利子なんてつけませんよ?
「あー……、すまない。 別にお金に困ってるとか、そういう話ではないんだ。」
トリュスが苦笑する。
「お金ならあるんだ。 ただ、高額なのでね。 そこまで出すべきかどうか……。 それを考えていてね。」
「ああ、なるほど。」
しっかり者のトリュスらしい悩みだった。
(そりゃそうか。 トリュスが借金とか、そんなことはしないよな。)
失礼な心配をしてしまった。
トリュスの悩んでいる理由が分かり、ミカはほっとする。
だが、そこでトリュスが少し真剣な顔になった。
「ミカちゃんに、ちょっと聞きたいんだが……。」
「はい? 何でしょう?」
先程とは雰囲気が打って変わり、少々気圧されそうなほどにトリュスは真剣だった。
「魔法具の袋から、中身を取り出すやつなんだが……。 難しいものなのかい?」
「魔法具の袋?」
引き揚げか。
「最初、あんまり自信がない感じに話していただろう? どの程度、成功するものなのかと思ってね。」
「あぁー……。 あの時はそうでしたね。」
前にやって見せた時は、まだ成功例のない時だった。
今では十件以上の引き揚げに成功し、失敗はゼロだ。
慎重にやれば、まず失敗しないと言える。
ちまちまやるのが面倒になって、一気に置き換えようとしなければ。
「慎重にやれば、ほとんど失敗しないと思いますよ。 かなり慎重さが必要な作業なので、絶対とは言い切れないんですが。」
「そうなのかい?」
「あとは、まだまだ回数が少ないですから、これまでにないパターンなんかが出てくると、ちょっと……。 あと何十回かやれば、もう少し自信を持って言えるようになるんですが。」
経験に裏打ちされたもの、と言えるほどにはまだ引き揚げをやっていない。
ミカが特に気負いもなく答えると、トリュスの表情が少し柔らかくなった。
「そうか。 ミカちゃんがそう言うなら、そうなんだろうな。」
トリュスが、幾分かすっきりした表情で言う。
「ありがとう、決心がついたよ。」
そして、いつも通りのトリュスの笑顔になった。
「今度、依頼を出させてもらうとするよ。 よろしく頼む。」
「ん?」
依頼?
この話の流れで依頼って。
「もしかしてだけど、中身を取り出したい魔法具の袋があるの?」
「ああ。 実を言うとそうなんだ。」
トリュスが髪をかき上げながら苦笑する。
「指名依頼だから、結構するだろ? 消失のリスクとかも考えると、そこまでして依頼するべきなのか、と悩んでしまってね。」
ミカが見上げていると、トリュスの真っ直ぐな目と視線が合う。
「だけど、ゼロではないにしろ、消失に関してそこまで心配しないでよさそうだ。 なら、あとは費用に見合うだけの”物”かどうか。」
そこでトリュスは一度目を瞑り、一呼吸する。
「それだけの意味が”ある”と、私は判断した。 だから、今度依頼を出させてもらうよ。」
すっきりした表情のトリュスとは反対に、今度はミカが肩を落とし溜息をつく。
「あのさぁ……、トリュス。」
「なんだい、ミカちゃん。」
急に肩を落としたミカに、トリュスが少し怪訝そうな顔になる。
「そんなの、ギルドを通さないでいいよ。 僕に直接言ってよ。」
「いやいや、冒険者として、そこはルールを守らないといけないよ。 ギルド規約にもあるが、高額の依頼なら猶更――――。」
「それ。」
びしっとトリュスを指さす。
失礼だと思うが、あえてやってやる。
「何で依頼にすんのさ。 無料でいいよ、そんなの。」
「何を馬鹿なこと。 そんな訳に――――。」
ミカは、トリュスの話の途中に、すぐ横の店先で売っているジュースを買いに行く。
そして、店番をしていたおばちゃんに声をかける。
「これ一つ頂戴。 お金はあのお姉ちゃんから。」
「はあ?」
ミカはおばちゃんからジュースを受け取り、口をつける。
ミカの突然の行動に、トリュスは呆気に取られた。
店番をしていたおばちゃんはにこにこしながら、さっさと払えというオーラを立ち昇らせてトリュスに手を出す。
トリュスは戸惑いながらも、おばちゃんのオーラに気圧されてお金を支払った。
「はい、それじゃあ行こうか。」
「行く? 行くって、どこへ?」
財布を仕舞いながら、トリュスがそんなことを聞いてくる。
「決まってるでしょ。 トリュスん家だよ。」
「はああ!?」
トリュスの素っ頓狂な声が辺りに響いた。
「お邪魔しまーす。」
「あ、ああ、どうぞ。 狭い所だけど。」
すでに報酬はいただきました、とジュースを見せつけるミカの強引さに負け、トリュスはミカを家に招いた。
さすがに家に突然押しかけるのも悪いので、外でもどこでもやれますよ、と一応ミカも提案した。
だが、別に構わないと言うので、急遽トリュスの家に訪問することになったのだ。
「まったく……。 言い出したら聞かないというのを、すっかり忘れていたよ。」
そうトリュスは言うが、気を悪くしている感じではない。
ミカはあんまり見ては悪いかと思いつつ、軽く家の中をチェックする。
トリュスの家は、集合住宅だ。
コンクリート打ちっぱなし。
格好いいと言えば格好いいが、おしゃれと言うよりはむしろ武骨という感じだ。
小さなテーブルに椅子が二つ。
だが、誰かと住んでいるという感じではない。
というか、極端に物が少なく人が住んでいる感じ自体が希薄だった。
トリュスって、もしかしてミニマリスト?
「これなんだが。」
奥の部屋から、トリュスが魔法具の袋を持ってきた。
少し年季の入った物だが、袋が破れたりはしていない。
ミカはトリュスに勧められ、テーブルに向かい合って座る。
そうして、魔法具の袋を受け取った。
「念のために改めて言いますが、絶対取り出せるとは限りません。 最悪消失の可能性があることは了承してください。」
「ああ、分かっている。」
「何か、高価な物とかが入っていますか?」
ミカがそう聞くと、トリュスは少し考え込むような顔になる。
「中身に関しては、ほとんど分からないんだ。 ただ……。」
「ただ?」
ミカが聞き返すと、トリュスは真剣な表情で真っ直ぐにミカを見た。
「ロケットが入っているはずなんだ。」
「ロケット?」
打ち上げんの?
随分ハイテクな物が入ってるんだね。
(……って、そんな訳ねーわな。)
この場合のロケットとは――――。
「ロケットペンダントだけでも取り出せれば、他に関しては然程期待していないよ。」
トリュスは少しだけ俯き、寂しそうに微笑んだ。
どうやら、思い出の品のようだ。
(まあ、一つだけでも何とか…………なんて器用な真似はできないしな。 引き揚げに関しては、全か無か。)
全力で挑むだけである。
ミカは目を瞑って集中し、魔法具の袋に干渉する。
(……特に他の魔法具の袋と違いはないな。)
構造に若干の差があったりは普通のことだ。
いつも通りに魔力を置き換える場所を探すと、思った通りの場所にあった。
(万が一にも失敗はできないぞ。 慌てず、慎重すぎるくらいに行こう。)
そうして、いつもより少し時間をかけ、魔力を置き換えることに成功した。
ミカが大きく息を吐き出すと、固唾を飲んで見守っていたトリュスも、ほっと息を吐く。
「多分、できたと思います。」
ミカが試しに袋に手を入れて見ると、何の抵抗もなく入る。
そうして、袋の中身を把握する。
(ロケットペンダント。 これかな。)
不安そうな表情のトリュスに微笑みながら、ミカは把握した中身から真っ先に目的の物を取り出す。
そうして握り込んだ手をトリュスに向け、開いた。
中には、楕円形のロケットチャームが付いたペンダント。
それを見た瞬間、トリュスの顔は驚き、そしてすぐにくしゃっと歪んだ。
震える手でそっとペンダントを摘まむと、胸の前でぎゅっと握り込む。
「…………ル……ド……。」
トリュスはぽつりと小さく、何事かを呟いたようだったが、ミカには聞き取れなかった。
もしかしたら、この魔法具の袋の持ち主の名前だろうか。
少しの間、そうしてロケットペンダントを握っていたが、そっとロケットチャームを開く。
そうして、静かな涙が一筋流れた。
「……ありがとう……ミカちゃん。 本当に、ありが……と……。」
そう、声を詰まらせるトリュスを見て、思わずミカも目が潤んでしまう。
再びロケットを握り締め、静かに物思いに耽るトリュスをそっとしておいて、ミカは引き揚げ作業に戻った。
幾ばくかのお金が入った財布、光神教の教典、手紙の束が四つ、”六つ輪”の置物、いくつかの神像、小型丸盾、剣が三本などなど。
テーブルに置ききれず、壁に立てかけたり、部屋の隅の床に置いたりしてどんどん取り出す。
(割と熱心な光神教徒? 武器が入ってるから冒険者っぽい感じもするな。 トリュスと同じで、元教会騎士とか?)
恋人だろうか。
取り出せなくなったということは、亡くなられた可能性が高そうだ。
あんまりあれこれ聞くのも失礼だろう。
(そっとしておいてあげたいけど、黙って帰るのもなあ。 どうしようか。)
すべての中身を取り出し、ミカが魔法具の袋をテーブルに置くと、トリュスが涙を拭く。
「……すまない。 こんなところを見せてしまって。」
「いえ。」
どうやら、トリュスは少し気持ちが持ち直してきたようだ。
「まさか、またこうして戻ってくるなんて、ね。 ミカちゃんには、何てお礼をすればいいのか。」
「僕が勝手にやっただけですよ? それに、もう報酬は貰いましたから。」
ミカが笑って言うと、トリュスは困った顔をした。
「それでは、私の気が済まないのだが。」
「そう言われても、僕もトリュスにはお世話になってるし。」
「お世話? 何かしたかい?」
トリュスが不思議そうな顔をする。
「呪いの排除に付いてきてくれたりしたじゃないですか。 いろいろと教えてもらったりもしてますし。」
ミカがそう言うと、トリュスがじとっとした目になった。
「……ミカちゃんは、随分迷惑そうにしていたけどな。」
「あ、あれは……その。 あは、あはは……。」
はい。
ぶっちゃけ邪魔だとか思ってました。
さ-せん。
ミカが笑って誤魔化すと、トリュスもクス……と笑った。
「あの時も思ったが、ミカちゃんは本当にすごいな。」
「ん? 何がです?」
トリュスは、とても優しい目でミカを見る。
「”不浄なる者”と戦ったこともないのに、その場で倒し方を見つけてしまった。 そして、何十体もの”幽霊”を前にしてもまったく怯まない。」
少しだけ、呆れているような声に聞こえるのは、きっと気のせいだろう。
「かと思ったら、あんな恐ろしい呪いまで解いてしまうし、今度は魔法具の袋から中身を取り出してみせる。」
そうして、大きく息をつく。
「ミカちゃんの手には、神々が宿っているのかい?」
「握手してみます?」
ミカがおどけて手を差し出すと、トリュスが笑う。
「斬り落として、毎日拝もうか?」
「やめてくださいっ!?」
ミカは慌てて手を引っ込める。
そういえば、ケーリャの手を斬り落とすとか言ってたよな、この人。
まじでやりかねん。
ミカの慌てぶりが可笑しかったのか、トリュスが声を上げて笑った。
が、すぐに真面目な顔になる。
「ありがとう、ミカちゃん。 私はこの恩を一生忘れないよ。」
「そんな、大袈裟ですよ。 こんなこと、全然大したことじゃないんですから。」
ミカがそう言うが、トリュスは首を横に振る。
「例え些細な施しでも、それで命を繋ぐこともある。 施した方にとって些細なことでも、施された方は一生を救われたも同然なんだ。」
そうして、トリュスは丁寧に頭を下げる。
「ありがとう。 ミカちゃんのおかげで、私のほの暗い魂に光が戻ったようだ。」
そうして、顔を上げると真っ直ぐにミカを見た。
だが、困ったような、何とも言えない表情のミカを見て、トリュスはまた声を上げて笑うのだった。
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【王都イストア 魔法学院 女子寮】
「ただー。」
一人の女の子が、寮の自分の居室に戻って来た。
タオルで濡れた髪を拭いているところを見ると、湯場にでも行っていたのだろう。
部屋の中では、ルームメイトの女の子が窓辺に立ち、外に手を出していた。
「何やってるの、リムリーシェ?」
「おかえり。 何でもないよ。」
リムリーシェは、少し慌てたような感じで窓を閉める。
夏場ではあるが、夜になると少し冷え込む。
窓を開けて、昼間に籠った熱が無くなると、窓を閉める寮生の子は多い。
「今、湯場空いてたよ。 行ってきたら。」
「あ、ほんと? それじゃ、ちょっと行って来ようかな。」
そうしてリムリーシェは、着替えやタオルを準備する。
部屋着を学院の運動着で済ませる子はそれなりにいるが、リムリーシェもその内の一人。
普通は、段々と可愛い服とかを欲しがる物だ。
周りが着ていると、自分も、と。
だけど、リムリーシェはまったくそうしたことに興味を持たない、ちょっと変わった子だった。
服ではなく、違うことにお金を使う子もいるが、そうした趣味などもなさそう。
服や小物などのおしゃべりができないのは残念だが、リムリーシェは割と大人しくて、静かな子。
ルームメイトとしては、まあ当たりだろう。
人は見かけによらないとは良く言ったもので、小柄で大人しいリムリーシェだが、これでも学年ではトップクラスの成績だった。
そして、びっくりするくらいよく食べる。
何でもレーヴタインの寮では、とにかく食べろ、とにかく運動しろ、と厳しかったらしい。
そんなことを思っていると、リムリーシェが着替えを抱えて立ち上がった。
「それじゃあ、行って来るね。」
「行ってらー。」
リムリーシェの出て行った部屋で、女の子は「ふぅー……」と大きく吐く。
「ちょっと暑いかな。」
そう呟き、髪を拭きながら窓を開けた。
「涼しいぃー……。」
窓から入る微かな風に、火照った肌が冷やされる。
しばらく目を閉じ、夜風を楽しむのだった。




