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【書籍版第2巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第4章 魔法学院中等部の錬金術師

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第164話 読書の次は?




 火の2の月、1の週の火の日。

 ミカは放課後、寮のパラレイラの部屋に来ていた。

 パラレイラから課された本をようやく読み終わり、パラレイラと錬金術について具体的な話をしに来たのだ。


 実のところ…………。

 さらっと言うと、ミカは魔力による金の生成に成功した。

 鉄がいけるんだから、そろそろ金もいけるんじゃね?と”吸収翼(アブソーブ・ウィング)”で魔力をかき集め、”爆縮(インプロージョン)”以上に魔力を消費することで、小指の先よりも更に小さい金を作ることに成功したのだ。


「……………………。」


 だが、特に何も感じる物がなかった。

 我ながら信じられない心境の変化だが、「これでお金が増えるね、やったね。」とは思わなかった。


(…………こんなのでお金増やして、楽しいか?)


 これが最初の感想。

 できると分かった途端、急に熱が冷めた。

 リッシュ村で暮らしていた頃や、サーベンジールで学んでいた頃ならば、奇声を上げながら飛び跳ね回るくらいには喜んだかもしれない。

 しかし、すでに七千五百万ラーツを越えるお金を手にし、指名依頼も受け付けを停止するほどに舞い込むのだ。

 ぶっちゃけ、「お金くらい、いくらでも自分で稼ぐわっ!」という感じである。


 部屋に籠って、ただひたすらに金を生み出す機械になる?

 それならば、”幽霊(レイス)”と戯れつつ、呪い(パズル)で遊んでた方が、まだやりがいがある。

 余程お金に困ったらやるかもしれないが、もはや金そのものには興味が薄れていた。


 更に言うと、ミカは新たな収入源を手に入れてしまった。

 先日の、魔法具の袋からの引き揚げ(サルベージ)である。

 ギルド内の、それもあれだけの観客(ギャラリー)の前でやってしまったものだから、この話は瞬く間に王都中の冒険者に広まった。

 そして、その冒険者たちがいろいろな所で話をするのだ。

 酒の肴に、ちょっと面白おかしく改変したりして。


 そのため、また依頼が殺到した。

 これも指名依頼になるので百万ラーツ以上の費用になるが、数百万~数千万ラーツの価値のある物が引き揚げ(サルベージ)できるなら、と二十件以上の依頼が一週間で入った。

 どうやら、高価な宝石や美術品などを所蔵していた富豪が突然亡くなったりして、取り出せなくなったという魔法具の袋が結構あるようなのだ。

 ということで、まだすべてを片付けた訳ではないが、呪物の預かりサービスと同様、これもギルドに預かってもらっている。

 ほんと、こんな簡単にお金が稼げていいのか?







「どんなもんですかね?」


 ミカは、真剣な顔で小さな金塊を睨むパラレイラに声をかける。

 この金塊は、ミカが魔力で生成した金だ。

 ただし、それはパラレイラに話していない。


 金を作れはしたが、ミカにはこれが本当に金なのか判断がつかない。

 鑑定屋に持って行っても良かったのだが、パラレイラが成分分析みたいなことをできると言うので、試しにやってもらったのだ。

 ちなみにその成分分析は、よく分からん箱みたいな物に対象物を入れて、沢山ある小さな水晶がチカチカ光るだけで見ていてもちっとも面白くなかった。


「変だろ、これ……。」


 パラレイラが金塊を睨んだまま、ぽつりと呟く。


(……変?)


 もしかして、金じゃなかった?


「純度が高すぎるだろ。 何だこれは。 どこで手に入れた!」


 そう、真剣な表情のままミカの方を向く。

 あの……ちょっと怖いんですけど。


「どこと言われても、前にサーベンジールに居た頃に露店で買ったので。 安かったですよ。」

「こんな物を露店に出す馬鹿がどこにいる!」

「それは買った人じゃなく、売った人に言ってください。」


 まあ、嘘だが。

 下手に入手経路を追及されても困るので、そういうことにしておいた。

 昔の話だから、今から調べても分かりませんよ、という話だ。


 ミカは金を作った後、銀と銅も試しに作ってみた。

 そして、それらもどうやら本物の銀と銅で間違いないらしい。

 まじで魔力って万能だね。


「それよりも、今日の本題は希少金属ですよね。 僕も家に帰らないとなので、そこまで時間はないんですから。」


 寮住みの頃なら夜通し話をすることもできたが、今は帰る家がある。

 今日の夕食はミカのリクエストで、あの超美味かったローストビーフみたいなやつなのだ。

 キスティルとネリスフィーネが白パンを気に入って、庭に窯も作った。

 元々ヤロイバロフ直伝の料理を作れるキスティルのおかげで、下手に外で食べるよりも豪華な食事が家でできていた。

 そこに白パンが加わり、もはや高級レストランすら超えるレベルである。

 贅沢すぎて罰が当たりそうだ。


 ミカは素早くパラレイラの手にしている金塊を奪うと、机の上に置かれていた銀と銅の塊も回収する。

 パラレイラがじとっとした目で見て来るが、ミカは涼しい顔だ。


「それで、パラレイラさんの奪われた研究成果の一つが、()()ということでしたが。」


 そう言って、ミカは成分分析の魔法具を指さす。

 この成分分析機は、パラレイラのお手製だ。

 宮廷魔法院を追い出された後、また自分で同じ物を作ったそうだ。

 物質の構成を調べることができるが、含有する魔力を調べることもできる。

 そしてこれが、錬金術界を揺るがすほどの大発明だった訳である。


 前にミカは魔法具屋のお爺さんから、「希少金属は魔力を持たない」と教えてもらった。

 だが、それはあくまで学説の一つに過ぎない。


 「希少金属は一切魔力を含まない」という学派と、「希少金属は魔力を含むが検出できない」という学派に分かれていた。

 つまり、お爺さんは前者の学派に属していた、という訳だ


 物質が魔力をどの程度含むのか。

 調べる方法はいくつかあるが、もっともポピュラーなのは吸い出すという方法だ。


 元々魔力は人が【神の奇跡】のために、操るだけの存在だった。

 なので長い間、人の持つ魔力を測ったり吸い取ったりという技術だけが進歩していった。

 だが、ある魔法士が「人以外の生き物も魔力を持っているのでは?」と思いついた。

 そこでいろいろ試してみると、微量だが他の生き物も確かに魔力を持っているという結果が出た。

 しかも、魔物や魔獣は、より多くの魔力を持っていることも分かった。


 そうして様々な生き物の魔力を調べていて「そもそも生き物はどうして魔力を持っているんだ?」と疑問を持った。

 魔法士は魔力を消費しても、寝れば回復する。

 その回復する魔力はどこから来ているのか。

 人の体内で作られているのか。

 それとも外部から取り込んでいるのか。


 この疑問を研究するうちに「大気中に魔力があり、それを取り込んでいるのでは?」と思いつき、調べた魔法士が現れた。

 だが、これまで生き物の魔力を測ることは研究していたが、大気からどうやって魔力を検出するのか。

 長い間多くの魔法士が頭を悩ませ、それでも何とか大気中の魔力を調べることに成功した。

 その過程で「大気にあるとしたら、他の物だって魔力を持っているんじゃないか?」と考える者も現れ、様々な物質の魔力を測る方法が研究された。


 その方法でもっとも効果があったのが、物質の中の魔力を吸い出す、という方法のようだ。

 吸い出した端から、その物質は周囲の大気から魔力を取り込んでしまうが、最初に吸い出せる量で大体の含有量の目安が分かった。


 だが、希少金属はその吸い出せる魔力がゼロだった。

 他の方法でも、魔力を含んでいる、という結果を得ることができなかった。

 このため「魔力ゼロという特殊な状態を作り出すと、物質はまったく違う特性を持つようになる」と考える人が結構いたようだ。


 こうしたことは、パラレイラから渡された本の中に、その歴史ととも詳しく書かれていた。

 そして、この論争に決着をつけたのが、パラレイラが開発した成分分析機だ。

 これまで検出できなかった希少金属の魔力も、この成分分析機で検出することができた。


 ただし、この結果は一般には公表されていない。

 宮廷魔法院でも二つの学派に分かれていたらしいのだが、今は「希少金属は魔力を含む」という説で一本化された。

 だが、重要な機密として、外部に漏らすことを禁じているらしい。


「…………漏らしてんじゃん。」

「私が私の研究結果を誰に話そうが、私の勝手だ。」


 パラレイラの開発していた、この成分分析機。

 上に報告する前に、パラレイラが追い出されてしまった。

 元々言われなければ報告も提出もしなかった研究スタイルが裏目に出て、仲の悪かった秀才君に横取りされてしまった、という訳だ。


 そして、パラレイラのいなくなった後の宮廷魔法院で、この「希少金属は魔力を含む」という結果が共有され、重要な機密とされた。

 ということは、追い出された後のことなので、漏らしてもセーフ?

 いや、今も一応は宮廷魔法院に籍があるようなので、普通に考えればアウトだろう。


「他にもいろいろ研究していたが、結果の出る前の中途半端なものまで、いくつかが『成果物』として報告が上がったらしいな。」


 元々はパラレイラの研究だと、上司は気づいていたのだろう。

 だが、扱いにくいパラレイラではなく、秀才君が引き継いで成果を上げてくれるなら、そっちの方が良いと考えたのかもしれない

 部下の手柄は上司の手柄。

 秀才君が成果を上げてくれれば、自分の評価も上がると算盤を弾いたのだろう。


「で、その秀才君が行方不明になったから、また戻って引き継いでくれ、と?」

「舐めてるだろ?」


 舐めてるどころか、その場で殴り殺してもいいんじゃないか、それ?


 少なくとも、その秀才君が優秀だったことは確かだろう。

 パラレイラの研究を理解し、引き継ぐことができたのだから。

 上司も含め、他の人では秀才君の抜けた穴は埋められなかったようだ。


(…………追い出した手際も考えれば、上司もグルだよな。)


 ミカがエール酒をぶっかけられた経緯の詳細を聞き、他人(ひと)事ながら軽く殺意が湧く。

 でも、まあ……。


「報告は大事ですよ?」


 お給料をもらっているのなら、少なくともお給料分の報告と成果物は提出するべきだと思う。

 ミカの中の、サラリーマンの部分がそう叫んでいた。


「報告するような結果は出てねえ。」


 そう言うパラレイラに、ミカは成分分析機を指さす。

 だが、パラレイラはフンと鼻を鳴らす。


成分分析機(こんなもの)は、ただの実験のための道具だろうが。 道具一つ準備するたびに、いちいち報告すんのか!? フラスコ一つ、乳鉢一つ買って来たら報告しろってか!?」

「また、極端なことを……。」


 何というか、あれだな。

 パラレイラは最初に回復薬(ポーション)を作った魔法士と同じだな。

 自分の定めた目標だけが重要であり価値がある。

 その過程の物は、すべて重要ではないのだろう。

 もしかしたら、パラレイラの中では本当に成分分析機もフラスコも、同程度の価値しかないのかもしれない。

 用意するのに金がかかるとか、手間がかかる程度の差しかなさそうだ。

 でも、備品一つ購入しても、普通は報告が必要なんじゃないですかね?


「単刀直入に聞きますけど、最終目標は何ですか? 金の生成? 希少金属? 不老不死?」

「全部、と言いたいところだが、まあ希少金属だな。 不老不死に関しては、気晴らしか。」

「金は作らないんですか?」

「そんなの作ってどうするんだ?」


 パラレイラが机の上のコップを取り、一口飲む。


「希少金属が作れれば、それを売れば(かね)になる。 (きん)が欲しければ買ってくればいいじゃないか。」


 なるほど。

 希少金属を作れれば、金も手に入れることができる。

 だが、金を作っても、希少金属を手に入れることは難しい。

 実際は、お金に物を言わせて、多少は買うこともできるだろうが。


「希少金属が目標と聞いて安心しました。 目的が一致しましたね。」

「お前も希少金属を作ることを目標にしてんのか。 何でだ?」


 何で……?


(そう言えば、何でだろうな。 前は一攫千金とか思ったけど、すでにお金は目的から外れてしまった。 もしも希少金属を作り出せたら何がしたい?)


 ミカは自問する。

 なぜ希少金属を求めるのか、を。

 だが、その答えにはすぐ行く着く。


「すっごい装備が欲しいですね。 純”銅系希少金属(オリハルコン)”製の防具とか、純”金系希少金属(ヒヒイロカネ)”製の短剣(ショートソード)とか。 純”銀系希少金属(ミスリル)”製のナイフとかもいいかも。」


 ミカがそう言うと、パラレイラが呆れたような顔をする。


「そういや、冒険者やってるって言ってたな。 わざわざ希少金属を作って、自分の装備が欲しいだけか。」

「そう言いますけど、パラレイラさんが希少金属を作る目的は?」

「私か? 私は知的好奇心だ。」


 パラレイラが胸を張って言う。


「つまり、作りっぱなしで、その後にどう使うかまで考えてないじゃないですか。 精々、売って生活を楽にしよう、研究三昧だ、くらいじゃないですか?」

「う……。」


 ミカの突っ込みに、パラレイラが渋い顔になる。

 まあ、ミカも以前は同じような事を考えていたので、パラレイラのことをどうこう言えないが。


「まあ、できた後のことは、できてから考えましょう。」


 そう言って、ミカは金貨三枚を机の上に置く。

 今月の研究資金だ。


「三枚? 月に二枚だったんじゃないのか?」

「臨時収入がありまして。 勧めてもらった本もとてもためになりましたし。 それだけの価値があった、ということで。」


 実際、パラレイラに勧められた本は非常に有用で、かつ膨大な情報量だった。

 何より、無駄なくそれらの知識を詰め込めたことは、パラレイラの功績だ。

 これだけの知識を自分で本を探して、読んで、とやっていたら何年かかったことか。

 読み終わってから、「知ってることばっかりだったよ」なんてことだって普通に起きたはずなのだ。


 そんな訳で、魔法具の袋からの引き揚げ(サルベージ)という新たな収入源も手に入ったので、感謝の五割増額である。

 それに、これは別にパラレイラにあげるという話ではない。

 希少金属の生成という、目的のための投資だ。

 言ってみれば、自分への投資と然程変わりがない。

 パラレイラに渡しはするが、目的を達すれば現物で戻ってくるのだ。

 一度に渡すのが不安なだけで、別に大金貨三枚でも四枚でも、必要なら出しても構わないと思っている。


「随分と気前がいいんだな。 大人だってこんな額を出すのは躊躇(ちゅうちょ)するだろ。」


 パラレイラが少し呆れたような顔をする。

 だが、そそくさと金貨を懐に仕舞った。

 そういう素直なところは嫌いじゃないよ。


「そうですね。 まあ、冒険者ってのは結構稼ぐんですよ。 一人前の冒険者なら、金貨五枚稼ぐのも普通ですよ?」


 経費とか込み込みですけど。


「ほぅ、結構な稼ぎになるんだな。」


 そう言いながらパラレイラが、紙の束をどさっどさっとミカの膝の上に置く。

 何百枚あるんだ?


「何ですか、これ。」

「遺跡の調査資料だ。 私がこれまで調べてきた分の。 他にもいろいろ入ってるが。 まあ、とりあえず目を通してきな。」

「……………………。」


 腿にかかる重みに、ミカの頭の中には昔の拷問が思い浮かんだ。

 三角の角材の上に正座させ、石板を載せていく、あれだ。

 所謂、石抱責(いしだきぜめ)というやつである。


 ミカは大きく溜息をつき、それでも黙って資料を上から魔法具の袋にどんどん入れていく。

 どうやら、まだ読書三昧の日々が続くらしい。

 すべての資料を仕舞い終わり、ミカは立ち上がる。


「読み終わったら、また来ます。」


 そう言って帰ろうとし、足を止める。


「…………目を通す資料って、これで全部ですか?」


 ミカのあまりにも重いその口調が面白かったのか、パラレイラが吹き出す。


「そう心配するな。 ちょっと見つからない物もあるが、それでほとんど全部だ。 くっくっ……。」


 肩を震わせ、忍び笑うパラレイラをじとっとした目で見る。

 それから小さく溜息をつき、ミカは家路についた。







「…………よくやるもんだね。 どれだけの情熱があれば、ここまでやれるんだか。」


 自室で資料を読みながら、そこに描かれた遺跡の残骸の配置や、壁の紋様を書き取ったものを眺める。

 紋様は、おそらく文字なのだろう。

 象形文字よりは筆記に適した文字だが、こんな物が何のヒントになるのだか。

 しかも、壁にびっしり書き込まれたそれらを、手で書き写しているとは。

 資料には所どころにメモが挟まれ『銀? ……液体?』『魔素?』『構築?』『銅?』など、過去の調査結果を元にしたと思われる、文字の意味などが注釈されていた。


「ヒエログリフよりはマシかもしれないけど、古代の文字の解読までする気かよ。」


 ミカは溜息をつく。


「シャンポリオンでもいないと無理だろ、こんなの……。」


 ジャン=フランソワ・シャンポリオン。

 ロゼッタ・ストーンを解読したという、言語学の天才。

 この世界に必要なのは物理学の天才だけでなく、どうやら言語学の天才にも誕生していただく必要がありそうだ。


「……一番多い文字を探すんだっけ?」


 暗号解読の手法で、平文が英語の場合、一番出現率の多い文字がアルファベットのEだと、何かで目にした憶えがある。

 だが、残念ながらこれは暗号ではないし、平文も英語ではない。

 というか、目の前にあるよく分からん文字の羅列が平文である。…………多分。


「これは、心が折れるわ…………。」


 ミカは手に持った資料を乱暴に扱う訳にいかず、丁寧に机に置いた。

 そこに、フィーがふよふよ~……とやって来て、三回ピカピカピカと光を強める。


「何? お茶?」


 ミカがそう聞くと、フィーが一回だけ光を強くする。

 すでに夕食も終わり、洗い物も終わって、キスティルとネリスフィーネが一息ついているようだ。

 呼んで来て、と頼まれたのだろう。

 いや、もしかしたら頼まれる前に、気を利かせて呼びに来たか?

 ミカは資料を魔法具の袋に入れ、ダイニングに向かった。

 フィーは、ミカの肩にふよふよ~……と乗ってくる。


「あ、ミカ様。 丁度いいところに。 今淹れるところですよ。」


 ミカがダイニングに行くと、キスティルとネリスフィーネがお茶の準備をしていた。


「そうだ、二人とも今度の陽の日は一日空けられる?」


 席に着き、ミカは二人に聞いた。


「陽の日?」

「大丈夫ですけど、何かありますか、ミカ様?」

「サーベンジールまでお買い物。」

「サーベンジール?」


 二人がよく分からないという風に首を傾げる。

 まあ、王都でも売ってるんだけどね。


「二人に魔法具の袋を買おうと思って。 あれば便利でしょ。」

「それは、勿論便利ですけど……。」

「いいわよ、ミカくん。 普通に持って帰ればいいだけなんだから。」


 キスティルは以前、一人で外に出たがらなかった。

 ミカと一緒の時以外は、家の敷地の外にまず出ない、という状態だったのだ。

 その傾向は今でも残っているが、ネリスフィーネと一緒に買い物に行くようにはなった。

 前は必ずミカが一緒に買いに行っていたが、今はネリスフィーネと二人で買いに行くことも多い。


 魔法具の袋は買い物にとても便利だが、それは表向きの理由。

 今言うと二人が猛反対しそうなので言わないが、本当の目的はお金だ。

 二人に一千万ラーツずつ、現金で持たせようと思っている、というのが本当の理由。

 やっぱり、冒険者は危険がある。

 そのことを、先日の仲間を失ったパーティの件で改めて思い知った。

 ミカにもしものことがあった場合をクレイリアに頼んではあるが、自分でやれることもしっかりやっておこうと思った訳である。


「もっと早くに買いに行こうと思ってたんだけど、何か延び延びになっちゃてさ。 魔力登録があるから本人がいないとダメなんだ。 共有の魔法具の袋じゃ危ないし。」


 これは決定です、とネリスフィーネの淹れてくれたお茶を飲みながら言う。

 亭主関白、万歳。

 まだ亭主じゃないけど。


「ミカくんがそこまで言うなら、買いに行くのはいいんだけど……。」

「どうしてサーベンジールなのですか?」

「仲の良い、というか馴染の魔法具屋がサーベンジールにあってさ。 魔法具の袋は高価だろ? 買うならそこで買いたいなって。」


 冷やかし専門だったミカにも、とても良くしてくれた。

 どうせ買うなら、ミカも気持ち良く買いたい。


「あ、鑑定屋のお婆ちゃんにも会いに行こうかな。 元気にしてるかなあ。」


 とても懐かしい気持ちになった。


「ネリスフィーネは、そのお婆ちゃんにお礼を言うといいかもね。」

「そうなのですか?」


 ネリスフィーネが、よく分からないという顔をする。


「僕が呪いを解けるようになったのは、そのお婆ちゃんのおかげなんだよ。 あの人が協力してくれなかったら、こんなに解けるようにはならなかった。」

「まあ、そうなのですね!」

「僕も改めてお礼を言っておくかなあ。 今の生活とか、いろんな支えになってるのは、間違いなく”解呪()”の力だからさ。」


 お守り(タリスマン)の呪いを解けはしたが、その後に様々な”呪われた物”で経験を積み、技術を磨いた。

 自分では太刀打ちできないほど強力な呪いもあると知り、経験を積み重ねてそれ以上の呪いも解けるようになった。

 そうした成長に、あの鑑定屋の老婆の協力は不可欠だった。

 もっとも、老婆からしたら、別に協力したつもりはないかもしれないが。

 ただ、ミカの我が儘に振り回されただけで。


「それじゃあ、私もお礼を言った方がいいわね。」


 そう、キスティルが笑顔で言う。


「あははは、そしたら絶対びっくりするよ、あのお婆ちゃん。」


 少しぶっきらぼうなところのある人だが、とてもいい人だ。

 いきなりミカたち三人がお礼を言ったら、きっと照れくさくってツンツンするだろう。


 そんな、他愛のない話を三人でしながら笑い合う。

 ミカにとって何にも代えがたい、幸せな団欒の時間だった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 「希少金属は一切魔力を含まない」という学派と、「希少金属は魔力を含むが検出できない」という学派に分かれていた。 つまり、お爺さんは前者の学派に属していた、という訳だ →検出できないだけじゃ…
[良い点] 懐かしい人が出てくると嬉しいね!
[一言] いつも楽しく読ませてもらっています。ネリスフィーネちゃんに関して外を出歩くようになるのであれば、変装、偽名も考えた方がいいと思いました。司祭に即バレした過去があるので。この辺り、今後の展開と…
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