第163話 あの経験は無駄じゃなかった
火の1の月、4の週の土の日。
あまり夏らしくない、涼しい日が続いている。
過ごしやすくていいけど。
ミカたちは放課後、第五騎士団の詰所に出稽古に来ていた。
在位二十年記念に関連して、街でもお祭り騒ぎが続いていたが、ようやく落ち着いて来たということで久々の出稽古である。
「大分、形になってきたな。」
ミカの相手を務めていた騎士に何事かを命じた後、オズエンドルワが声をかけてくる。
ちなみに、現在ミカは大の字でぶっ倒れ中である。
「何だかんだ、もう一年くらいやってますんで。」
厳密には十カ月くらいだろうか?
ミカのナイフ術も、ようやくオズエンドルワに及第点をもらえるようになった。
ミカは学院の演習でも刃を潰したナイフを使う許可をもらい、短剣は封印中だ。
だが、そろそろ短剣の練習を再開してもいいかもしれない。
ナイフでの戦い方を取り入れることで、短剣での戦い方にも変化が生じてくるだろうから。
オズエンドルワは腕を組み、「ふむ」と考える顔になる。
「本職の騎士相手に通用するレベルになったんだ。 学院じゃ負けなしなんじゃないか?」
「演習では個人の勝ち負けはあんまり重視していないので、負けることもありますよ。 まあ、倒されたことはありませんけど。」
ミカは、演習では自分が活躍することはあまり重視していなかった。
ミカが本気になったら、一人で敵チームを全滅させることもそれほど苦にならない。
というか、実際そういうことを何度かやってしまった。
すでに見習いの魔法士や騎士が相手では、それくらいにはレベル差が開いてしまったのだ。
【身体強化】や魔法を使わなくても、だ。
プロのスポーツ選手が、子供のチームに勝っても誇りはしないだろう。
もはや、学院での演習は、ミカにとってはそういうものになってしまった。
なので、ミカがやっているのは、あくまでチームで勝つこと。
味方の魔法士を生き残らせて、水晶破壊をさせる。
言ってみれば、護衛の練習みたいな感じだ。
自分がやられることはないが、自分以外の誰かを守って、というのはかなり難しい。
ナイフ一本で五人六人が同時に襲撃してくるのを、味方の魔法士を守りながら戦うのだ。
それでも、ミカにも味方の騎士がいるので、魔法士が倒されることはほとんどない。
なので、勝率は余裕の九割超え。
で、被撃墜率ゼロ。
ミカの隊が敵拠点を落とす前に、ごく稀に自分の拠点を先に落とされることがある、という程度だった。
「今さらだが、何と言うか……。 魔法士の演習ではないな。」
ミカの話を聞き、オズエンドルワが呆れたように言う。
「それはまあ。 冒険者が魔法士の真似しているだけですから。」
「ふっ……、確かにな。 だが、それでは魔法士の真似にすらなっていないぞ。」
それもそうだ。
しかし、魔法士の役割に専念したら、もはや演習に参加する意味すら無くなってしまう。
せめて自分で課題を設定しないと。
「そういえば、君は記念パーティに来ていたな。 どういうことだ?」
「どうと言われても……。」
オズエンドルワが、ミカが国王陛下の在位二十年記念パーティに来ていたことを聞いてくる。
言われたから参加しただけ。
ではあるのだが、下手なことは一切言えない。
嫌々参加したとも、喜んで参加したとも。
レーヴタイン家に与する者と思われれば、敵対勢力からは敵認定されるだろう。
そんな勢力がいるのかどうかすら、ミカには分からないが。
そして、実際にはミカはレーヴタイン家と何か強い結びつきがあるわけではない。
侯爵の娘と仲が良い、という実に頼りない繋がりがあるだけだ。
こんな状態でどっかの貴族家に睨まれたら、ひとたまりもない。
かといって、嫌々参加したと受け取られれば、侯爵の顔に泥を塗ることになる。
いくら侯爵だからと言って、気まぐれであんなパーティに平民を連れて行ったりはしないだろう。
それなりに、何かしらの意図があるはずだ。
それなのに、ミカが仕方なく従っただけなんです、なんて態度を表せば、今度はレーヴタイン家が敵に回りかねない。
「君はレーヴタイン家と何か所縁があるのか?」
オズエンドルワの質問に、ミカは何の感情もない表情を作る。
「……僕は平民です。 光栄にも、陛下に拝謁する機会を侯爵が与えてくれました。」
与えられた光栄の分くらいには感謝してます、という及第点ギリギリの答え。
それ以上もそれ以下もない。
そう受け取ることもできるが、それ以上もそれ以下もありそう、とも取れる。
この上ない栄誉だ、こんな機会を与えてくれた侯爵にはとても感謝している、と思ってるかもね。
口に出さないだけで。
そんな、苦しいミカの胸の内を察したのか、オズエンドルワが苦笑する。
「そうだな。 すまなかった。 今聞いたことは忘れてくれ。」
オズエンドルワも、パーティに俺が参加していたことは忘れてくださいね。
そんなことを思いながら、ミカは重い身体を起こすのだった。
ミカは出稽古の帰りにギルドに寄って、掲示板の依頼書を眺める。
今週は呪いの特定ができなかったので、魔獣討伐にでも行こうかと考えていた。
(Bランクの魔獣討伐の依頼は、どれも遠いなあ。)
折角のCランクである。
一つ上の魔獣討伐も受けてみようかなあ、と思って探してみるのだが。
(数も少ないし、これは無理そうかな?)
まあ、Bランクの魔獣討伐の依頼ががごろごろあったら、裏を返せばそんな魔獣がごろごろしているということと同義だ。
かなり殺伐とした世界になっているだろう。
この世界の殺伐さには、今でも十分お腹いっぱいだ。
ちなみに、ケーリャのパーティは現在、その遠方のBランクの魔獣討伐に出ている。
エックトレーム王国とグローノワ帝国を分ける山脈のあたりに、いくつかBランクの依頼が出ていて、そちらを回ってくる予定らしい。
いいなぁ、と指を咥えて先日見送った。
仕方ないので、普通にCランクの依頼を探すかと思い直し、ずっと見上げていた首を回す。
そうして軽く解していると、トリュスを見かけた。
珍しく、奥のバーラウンジの方だ。
そこには多くの冒険者たちが集まっている一画があり、何だかどんよりとした雰囲気が漂っていた。
(……何だろ? どうかしたのか?)
ちょっと気になって、トリュスの所に行ってみる。
「こんにちは、トリュス。 何かあったの?」
「ん? ああ、ミカちゃんか。 明日は魔獣討伐に行くのかい?」
「そのつもりだったんだけど……、何かあった?」
ミカがそう聞くと、トリュスが少し表情を曇らせる。
そうして、人の集まった一角からミカの手を引いて離れた。
あの場では、言いにくいことらしい。
ミカはトリュスに連れられたバーカウンターのスツールに、苦労して座る。
トリュスはその横に立ったままだ。
「樹酒をショットで。 この子には何かジュースを。」
トリュスが珍しく、ギルドのバーで酒を注文した。
ちょっと驚いて、ミカは目を丸くしてトリュスを見る。
そんなミカに、トリュスが寂しそうに苦笑した。
「……逝った冒険者を送る作法というか、流儀みたいなものかな。」
トリュスの言葉に、ミカは思わず振り向く。
集まった冒険者たちは皆、沈痛な表情をしている。
いくら命がけの商売だと分かっていても、例えそれが日常茶飯事だとしても。
だからと言って、誰かが亡くなったことを悲しまない訳じゃない。
(……そうか。 誰かがクエスト中に命を落としたのか。)
もう四年以上冒険者として活動していたが、こうした場に出くわしたことはなかった。
いや、もしかしたらあったのかもしれないが、冒険者同士の繋がりみたいなものからは、ほとんど外れて活動していた。
そのため、気づくことがなかったのだ。
(アグ・ベアの時に、冒険者が亡くなったかも?って報告はしたけど、その後のことは分からないしな。)
トリュスは樹酒の注がれたショットグラスが届くと、祈りの仕草をする。
そして、軽く捧げ持つと一気に呷った。
ミカもトリュスの真似をして、軽く捧げてからジュースを少し飲んだ。
随分と酸味の強いジュースで、思わず顔をしかめた。
ミカはもう一度、人の集まってる一画に視線を向ける。
人垣の間から、テーブルに座っている冒険者が見えた。
女性の冒険者はテーブルに突っ伏して泣いているようだ。
もう一人の男の冒険者は茫然と、テーブルに置かれた魔法具の袋を見ている。
そして、その魔法具の袋は、ひどく血で汚れているようだった。
「…………これからしばらくは苦労するだろうな。 リーダーと戦闘職を失ったのだから。 どこか受け入れるパーティでもあればいいが、さすが二人揃っては難しいか。」
ミカが人だかりを見ていると、トリュスも痛まし気な表情で打ちひしがれた冒険者を見ていた。
どこのパーティでも、余剰に人を入れることはしない。
ごく単純な話、一人増えればその分だけ分け前が減る。
どのパーティも、最小の人数で最大の効果を発揮できるようにしているのだ。
今回亡くなったのは四人パーティの冒険者たちで、山奥にいる少々狂暴な魔獣討伐の依頼を受けていたらしい。
それでも、実力は十分。
問題なくこなせるクエストのはずだった。
いや、実際に依頼自体はこなしたのだ。
魔獣を討伐し、達成条件だった魔獣の牙と魔石も入手した。
しかし――――。
「群れと遭遇、ですか……。」
「ああ。 運がないとしか言いようがないな。」
ランクは落ちるが、魔物の群れに遭遇してしまったらしい。
「何とか倒しきったらしいんだが、リーダーは群れと戦っている最中に……。 戦闘職も致命傷を受けていて、どうにもならなかったようだ。」
依頼を受けていた、狂暴な魔獣との戦闘後なのだ。
いくら余裕をもって準備をしていても、限界はある。
回復薬も底を尽き、残った二人は命からがら戻ったのだという。
この世界には、所謂復活のような【神の奇跡】はないようだ。
生命の灯さえ消えていなければ、【癒し】を使えば治すことができる。
だが、一度消えてしまった生命の灯を、再び灯すことはできない。
(……俺も万が一に備えて、準備を見直しておくか。)
自分だけではない誰かのためにも、回復や治療関係は数を多めに入れておこう。
(タグ付きの袋は余ってるしな。 ローリングストックしていくか。)
麻痺消し薬や気つけ薬は、普段消費することは難しいが……。
廃棄もやむなしか。
そんなことを考えていると、人だかりがカンパを集め始めた。
トリュスもカンパするようだ。
大銀貨を用意していた。
香典?
「あの……こういうの初めてなんですけど、皆でお金を出して何かするんですか?」
「ん? ああ、違うんだ。 彼らは文無しになってしまってね。」
そうトリュスが苦笑した。
文無し?
「お金を管理していたリーダーが亡くなって、彼らはほとんど手持ちがないようでね。 依頼の品も魔法具の袋の中で、その魔法具の袋も元々リーダーの物だったらしくて。」
取り出せなくなってしまい、依頼を達成させることも不可能になった。
魔獣の討伐、部位の採集。
この二つが条件とされている場合、どちらか一方を達成したから半分成功ね、とはならない。
魔獣を討伐し、指定された部位も持ち帰る。
二つが達成されて初めて報酬を受け取ることができる。
(だからお金の管理は個人個人でしろと、あれほどっ!)
先程までの悲しい気持ちが吹き飛び、頭ごなしに説教してやりたくなった。
(ニネティアナに聞いて知ってたけど! 本当にいたよ、文無しになる人! 馬鹿じゃねーの!?)
危険な商売をしていると分かっているのに、何でリーダー一人に任せる様なことをするのか。
ミカは呆れ果てた。
(まあ、俺も多少カンパするくらいは構わないけどさ。 いい大人が何やってんだか。)
そう思いながら、自分の魔法具の袋に手を突っ込んだ時、ふと思いつく。
登録済みの、魔法具の袋……?
ミカはスツールからぴょんと飛び降りて、人だかりに割り込む。
が、体格に差がありすぎる。
ミカにとっては壁と変わりがない。
「ミカちゃん? どうかしたのかい?」
「トリュス。 ちょっと通してもらえるかな。 もしかしたら、何とかなるかもしれない。」
「何とか?」
ミカの言っていることの意味はよく分からないが、それでもトリュスはミカの真剣な顔を見て頷く。
人だかりを分け、ミカが進めようにする。
「何だ、何だ?」
「どうした?」
「おいおい、押すなって。」
トリュスのおかげで、ミカは二人の冒険者が座るテーブルの前に辿り着く。
そして、テーブルには血で汚れた魔法具の袋。
(ズレープトの時は失敗しちゃったね。 でも、今度はもうちょっと慎重にやらないと。)
まあ、それも相手が了承してくれたら、ではあるけど。
ミカが傍に来ると、茫然と魔法具の袋を見ていた男の冒険者と目が合う。
「もしも、袋の中身を取り出せるかもしれない、と言われたらどうします?」
「ミカちゃん……?」
いきなり何言ってるんだ?という話だ。
周囲の人だかりが騒めき、トリュスも戸惑ったようにミカを呼ぶ。
だが、椅子に座った男の冒険者は反応を示さない。
ただ、ミカを見ていた。
(いきなり過ぎて、訳分からんよな。 無断でやる訳にもいかないし、絶対成功するとも言えないし。)
前回の失敗で、もしかしたら?という感覚を得ている。
なので、上手くいけば成功するかもしれない。
その程度の自信しかないため、ミカも偉そうにあれこれ説明はできない。
それでもいいからやってくれ、というなら全力は尽くすけど。
ミカのことをじっと見つめる目は、生気も何もない。
まるでガラス玉のようだった。
(……余計なお世話だったか。)
ミカが戻ろうかと思った時、テーブルに伏せて泣いていた女の冒険者が顔を上げる。
「……ふざけないでよ。 いい加減なこと言って、人をからかって楽しいの!?」
女の目には、明らかな憎しみが籠っているようだった。
確かに、仲間を失ったばかりの人に持ちかけるような話ではない。
(まあ、そうだよな。)
ここで言い訳をして、じゃあやってみろ、となっても成功するとは限らないのだ。
結局は消失して、恨みを買うことになるかもしれない。
「……すいませんでした。」
ミカは素直に頭を下げる。
そして、戻ろうとした時にぽつりと呟きが耳に届く。
「できるの……?」
茫然としていた、男の冒険者だった。
「ちょっと、何言ってんのよっ!?」
女の冒険者が声を上げるが、男の冒険者はただミカを真っ直ぐに見る。
相変わらずガラス玉のような目だが、少しだけ生気は戻って来てるか……?
「絶対ではありません。 というか、前に試した時は失敗して、消失しています。」
「ミカちゃん!?」
「おいおい、何だそりゃあ。」
ミカの言葉に、トリュスは素っ頓狂な声を上げ、人だかりも一段とざわめきが大きくなった。
「ですが、絶対できないかと言われたら、それも断言しません。 僕はできるものだと思っています。 ……思っているだけですが。」
実績はないよ。
まだ、ね。
「話にならないじゃない!」
バンッ!と女の冒険者がテーブルを叩く。
だが、男の冒険者の方はミカに視線で向かいの席を示す。
示されはするが……。
(女の人が、めっちゃ睨んでるんですけど……。)
今気づいた。
余計なことした。
できるかもしれないから、とまたいつもの調子で動いてしまった。
気づくのが遅いね、俺。
取り出せないのも消失するのも、結果は同じ。
中身を手にすることはできないし、依頼も達成できない。
(……そう思えるのは、他人事だからか。)
実際に自分がその立場に立った時、果たして同じことが言えるか。
ミカが動けずにいると、トリュスがミカの頭にポンと手を置き、撫でる。
「できやしない、あり得ない。 誰もがそう思うことを、この子はいくつも達成して来ている。 私もこの目で見たことがある。 ”解呪師”に賭けるなら、そう分の悪い賭けじゃないんじゃない?」
ミカが見上げると、トリュスがにこっと笑う。
「無理にとは言わない。 でも、私ならこの子に賭けるわ。 ね、ミカちゃん。」
「トリュス。」
信頼は有り難いけど、あんまりハードル上げないでね。
トリュスを見上げながら、そんなことを思う。
「確かに、呪いを解くとか訳分かんねえしな。」
「でも、まったくの別物だろ?」
「うーん。 だめで元々っちゃ、そうなんだろうけどよお。」
人だかりが、好き勝手にいろいろ言い始める。
「俺は、賭ける。 お前は?」
男の冒険者が静かに尋ねる。
女の冒険者は顔を歪ませ、唇を震わせる。
やがて、何も言わずにフンと横を向いた。
「”解呪師”。 頼む。」
何だか、滅茶苦茶ハードルが上がったような気がする。
やっぱり、余計なこと言わなきゃ良かった。
ミカは溜息をつきたくなるのを我慢して、男の前の席に座る。
目の前には、血だらけの魔法具の袋。
(……感染症が怖いな。)
今更ながらそんなことを思う。
ミカは黙って自分の魔法具の袋からフェイスタオルを取り出し、ざっと血を拭き取る。
バーにあるアルコール度数の高い酒を買って拭くこともできるが、さすがにこんなに見られている所ではやりにくい。
後でトリュスに言って瓶ごと買ってもらい、自分の手だけ洗おう。
ミカはタオルを使ってなるべく直接触れないようにして、干渉する魔石のある場所を自分に向ける。
そして、指先だけちょこんと触れる。
(んん? 構造が少し違う……? よく憶えてないけど。)
魔力を送って干渉できる箇所を探すが、記憶にあるズレープトの袋とは少し構造が違う気がした。
だが、すぐに目的の箇所を見つけることができた。
若干の違いはあるが、そこまで大きく違う訳ではないようだ。
(この違いは何だろうね。 製造元の違い? それとも製造ロットの違い?)
少しずつ、改良を加えたりしているのだろうか。
とりあえずミカは、自分の魔力を干渉できる箇所の周辺に集める。
(ちょっとでも押し込むと、潰れて消えちゃうんだよね。)
ズレープトの魔法具の袋は、それで動かなくなってしまった。
あの時、魔力が消えた時の感覚に、ミカは慣れた感覚を覚えた。
魔法具の袋は、魔力登録することができる。
ギルドカードが、どうやって魔物や魔獣の魔力を溜めているのかは知らない。
冒険者ギルドが、どうやって魔力で魔物や魔獣を識別しているのかは知らない。
だが、おそらく魔法具の袋は、登録する魔力を保持しているのだ。
あの時消えた魔力は、おそらくズレープトの魔力。
登録されたズレープトのごく少量の魔力が消えたのだ。
いつも”幽霊”の魔力を削っている時の感覚に、少しだけ似たような感じを受けた。
魔力を登録しなくても魔法具の袋は動く。
だが、一度魔力登録をすると、その魔力が何らかの理由で消えてしまった場合は、機能が停止するように組み込まれている。
前回の結果から、ミカはそう仕様を推測した。
なので、今回は保持された魔力を、少しずつミカの魔力と置き換える。
針の先でちょっとだけ削り、削れた分だけミカの魔力を置いていくように。
そして念のための保険で、もしも魔力が潰れて消えてしまったら、周辺に集めておいたミカの魔力を殺到させる。
魔法具の袋が機能停止する前に、一気にミカの魔力で置き換えるのだ。
(こんな手で上手くいくかは分からないけど、やれるだけやってみるか。)
そうして、ミカは子供の頃にやった縁日の屋台の「型抜き」でもやるように、少しずつ魔力を削る。
それと同時に、削れた部分にそのまま自分の魔力を置いていく。
(横着して一気に削ろうとすると、いつも割れちゃうんだよね。)
ちなみに、どんなに簡単な型が出てきても、成功したことありませんが何か?
子供にあんな地道な作業をさせるとか、絶対成功する訳ないじゃん!
そんな、幼少期の恨み辛みを思い出しながら、ひたすらカリカリと削る。
(大人ならまあ、仕事だと思えば地道な作業も我慢できるよね、うん。)
決して得意という訳ではないが、仕事ならやります。
やり切ります。
そうして十分、二十分とミカはひたすら集中して削る、置くという作業を続ける。
「何やってんだ?」
「さあ?」
観客はまったく動かないミカに飽きたのか、談笑したりバーに酒を飲みに行ったりしていた。
向かいに座った男の冒険者は、黙ってミカの様子を見守る。
トリュスも心配そうな顔で、ミカを見守る。
横を向いていた女の冒険者も、いつの間にかミカのことを不安そうな顔で見ていた。
そうして、三十分ほどが過ぎた頃。
(……これで置き換わったかな?)
一応すべての魔力がミカの魔力になった、と思う。
ミカは、ふぅー……っと大きく息を吐き出し、おもむろに魔法具の袋に手を突っ込む。
特に抵抗もなくスッと手が入り、とりあえず現金を入れている袋を取り出す。
何が入っているか、手を入れれば自然と頭に浮かぶのは、本当にすごい仕組みだと思う。
「え?」
「はあ!?」
「んん?」
そうして、何でもかんでも、とりあえず中身をどんどん出していく。
「魔石だっ!」
「牙も出てきたぞっ!?」
取り出した物が、テーブルの上に置ききれなくなりそうなほど、山積みになる。
当然、そんなにミカの手が届く訳ないので、途中からトリュスに渡して置いてもらった。
「依頼達成じゃねーかっ!」
「財布もあったみたいだし、これですぐに困るってことはなくなったな!」
茫然として見ていた男の冒険者に、皆がバンバン背中を叩きながら声をかける。
女の冒険者も、唖然としながらも涙を流していた。
「これで中身は全部みたいですね。」
そう言って、ミカは袋を男の冒険者に渡す。
「う……あ……ぁ……。」
男の冒険者は、それでも積み上がった物を見て茫然としながら呻く。
その時、ちょっと迫力のある冒険者が頬を叩いた。
「おい、しっかりしろって! 呆けてる場合じゃねーだろ! すぐに達成報告してこい!」
そう言って、魔石と牙を男の冒険者に押し付ける。
「あ、ああ……。 あ、ありが、とう。 い、行ってくる!」
魔石と牙を抱え、男の冒険者がよろめきながら報告に向かった。
「やったな、ミカちゃん。」
トリュスが笑顔でミカの頭を両手でぐしゃぐしゃぐしゃっと撫でる。
興奮してるのかもしれないけど、やめれ。
「すげえじゃねーかっ!」
「何だよ、おい! ”解呪師”って、こんなこともできんのかよ!」
興奮した観客が大騒ぎになる。
そうして、これまでバーラウンジにいなかった冒険者まで、何事かと集まってきた。
あっという間に、さっきまでの倍以上の人だかりになる。
(収拾つかねーぞ。 どうすんだ、これ。)
また、騒ぎを起こしたとしてお説教部屋だろうか。
とりあえずミカは、アルコール度数の高い酒を瓶ごと欲しいと、トリュスに頼んだ。
勿論、消毒用で。
ミカが飲むのだと勘違いされ、トリュスにちょっと怒られました。
飲んでいいなら、俺だって飲みたいわっ!




