第145話 俺、記念パーティに行くってよ
土の1の月、4の週の月の日。
侯爵との面談の次の日の朝、憔悴した様子のミカが教室に着くなりクレイリアに声をかけた。
「おはよう、クレイリア。 悪いんだけど、ちょっと相談したいことが……。」
「おはようございます、ミカ。 ええ、分かっていますわ。 今日は昼食を貴族用で摂るということでよろしいですか。」
「た、頼む……。」
ミカが誰かに相談するというのは、ちょっと珍しい。
レーヴタイン組の皆が顔を見合わせる。
「おはよう、ミカ君。 どうかしたの?」
「え、あ、いや、ちょっと……。」
リムリーシェが声をかけるが、焦った様子できょどる。
本当に、こんな様子のミカは珍しい。
リムリーシェは首を傾げ、ミカとクレイリアを見るのだった。
「教えてくれ、クレイリア。 侯爵の真意が知りたい。 昨日『参加しなさい』って言われたんだけど、侯爵は僕を何に参加させる気なんだ?」
昼休みになり、貴族用の食堂にクレイリアと向かったミカが、席に着くなり聞いてくる。
こんなこと、一般の学院生の前でなんて、とても話せない。
「落ち着いてください、ミカ。 話の流れから、何に関連するかは見当がついているでしょう。」
話の流れ?
あの時は流れも何もなく、最後の最後でいきなりぶっこんできた感じではあるが。
直前に話したことは……。
「……今年の夏にある、陛下の在位二十年のお祝いを知ってるかって、そんな話だったけど。」
「ええ、そうです。」
クレイリアが神妙に頷いた。
国王陛下の在位二十年のお祝い。
いくらミカでも、エックトレーム王国の国王の名前くらいは知っている。
ケルニールス・エクトラムゼ。
エックトレーム王国建国から数えて、百七代目の国王だ。
なぜそんなことをミカが知っているかというと、ここが国立の魔法学院だから。
結構、あちこちで国王の名前を見かける。
何より、ミカたちをこの王都の魔法学院に呼び出したのは、形の上では「国王陛下」ということになっている。
実際は、官吏が名簿の上から順に命令書を発行しているだけだろうが。
「私も昨日お父様に言われて驚きました。 ミカにいろいろ教え、当日ミカが困らないように私の方で采配しなさい、と。」
クレイリアも困惑しているようだった。
「ミカが参加するのは、記念パーティのことです。 私もパーティには元々行く予定でした。 お母様やお兄様たちもその日は、サーベンジールから陛下にお祝いを伝えに来る予定です。」
一年も前から、レーヴタイン家の一家はそのパーティに参加することが決定していたらしい。
まあ、当然だね。
侯爵家なんだから。
しかし……。
「それと、僕に参加しろってのはどう繋がるんだ? どう考えても無理筋だろ!?」
「そう言われても……。」
いきなりの話に戸惑っているのはミカだけではない。
クレイリアも同じだ。
「とにかく、当日は国中の貴族が集まり陛下にお祝い申し上げ、お城で盛大にパーティを開くことになっています。 お父様が言った以上、ミカがパーティに参加するのは決定事項なのです。」
ミカは眩暈がして、テーブルに突っ伏す。
国中の貴族が集まるパーティに、なぜ平民の中の平民であるミカが参加するのだ。
そんなにパーティがしたけりゃ、城の中でも雲の上でも好きな所で勝手にやればいいじゃないか。
ミカに関係のない所で。
「ごめん、クレイリア。 僕は先に逝くよ……。」
突っ伏したまま、魂の抜けたような声でミカが呟く。
そんなミカの様子に、クレイリアが同情の目を向ける。
「私でも陛下にご挨拶申し上げる時は緊張しますものね。 ミカでは猶更でしょう……。」
クレイリアの呟きに、ミカががばっと起き上がる。
「ちょっと待って。 ご挨拶って、何……?」
「それは勿論、陛下にお祝いをお伝えするのです。 そのためにパーティに行くのですから。」
レーヴタイン侯爵や夫人だけでなく、一言二言でも、クレイリアやクレイリアの兄たちも陛下に直接お祝いを伝えるのだとか。
そこまでするのは、公爵家と侯爵家のみ。
あとの伯爵家などは当主とその夫人が伝えるだけで済む。
「まさか……、それを僕も言うの?」
「お父様がお連れする以上、多分ですけどミカも陛下にお祝いをお伝えすることになると思います。」
へなへなへな……とテーブルに崩れ落ちる。
「もう、いっそ殺して……。」
「物騒なことを言わないでください。」
そう言って、クレイリアが給仕に視線を送る。
すぐにカートを押して、給仕がやってきた。
ミカは味を感じない料理を無理矢理詰め込み、何とか昼食を終える。
(い、胃が痛い……。)
つーか、吐きそう。
まだ半年くらい先の話に、すでに瀕死状態のミカなのだった。
■■■■■■
クレイリアの手配で、その日のうちに仕立て屋に採寸をしてもらうことになった。
どうやら、学院生のローブではだめらしい。
まだ随分と先のことだが、今から頼んでおかないと、かなり慌てることになるとのアドバイスを受けた。
なので、クレイリアが護衛騎士に指示をして、隊長のムスタージフに連絡。
放課後に、レーヴタイン家の別邸で採寸が行われることになった。
「だが断る!」
「……はい?」
放課後にレーヴタイン家の屋敷で採寸しますよ、と伝えられたミカは、それを即答で断った。
「あの、ミカ……?」
「いや、採寸するのはいいんだけど、何でクレイリアの屋敷なの?」
「何でと言われましても、ではどこで採寸を行うのですか?」
「仕立て屋に行けばいいじゃないか。」
「…………?」
あ、これ本気で分かってねーや。
小首を傾げるクレイリアに、ミカは頭痛を感じる。
生まれて此の方、一度も仕立て屋に足を運んだことがないのだろう。
というか、自分で何かを買いに行ったことすらなさそうだ。
「その仕立て屋は第一街区にあるの? 第二街区?」
「…………?」
今度は反対に首を傾げる。
仕立て屋の場所すらクレイリアは知らなかった。
屋敷に来てくれるなら、第一街区からだろうと第二街区からだろうと、どっちでもいいのだろうけど。
「その仕立て屋の場所を、ムスタージフさんに聞いてきて。 それと、いきなり今日の採寸じゃなくていいから、仕立て屋の予定も可能なら確認して。」
そう、ミカは護衛騎士に指示する。
普通なら、クレイリアの護衛騎士がミカの指示など聞く訳がない。
だが、ミカにはムスタージフとの密約がある。
少し戸惑いながらも、護衛騎士はムスタージフに確認に行った。
「あの……。」
クレイリアが不安そうな顔でミカに声をかける。
多分、前にクレイリアが店の予約をした時に、ミカがそれを拒絶したことを思い出したのだろう。
もしかしたら、また何かやってしまったのだろうか、と。
ミカはにっこりと微笑む。
「採寸以外にも、いろいろとあるだろ? 毎回クレイリアの屋敷にお邪魔する訳にもいかないからね。 仕立て屋には自分で行くよ。」
「そんなの、気にすることはないですわ。 是非私の屋敷を使ってください。」
俺が嫌なんだよ。
(毎回第一街区のクレイリアの屋敷に通うとか、勘弁してくれ。)
クレイリアの屋敷に招かれれば、当然それだけで済む訳がない。
お茶に誘われたり何だりと、いろいろ気をつかうのだ。
だったら多少遠くても、自分で仕立て屋に行く方が遥かに気が楽である。
そんな、自分の意見を翻しそうにないミカを見て、クレイリアは「むー。」と頬を膨らませるのだった。
ガラガラガラ……と車輪が鳴る。
侯爵との面談などで、すでに何度も乗ったことのあるレーヴタイン家の馬車。
しかし、二日連続で乗ることになるとは思わなかった。
ミカの向かいに座るのはクレイリア。
そして、隣には騎士隊長のムスタージフが座っていた。
(どうして、こうなるの……?)
ムスタージフに教えてもらった仕立て屋の場所は第二街区の2区。
東の大通り、第一街門のすぐ前にある、超一等地のお店だった。
ミカの家は、東の大通りと南東の大通りに挟まれた3区にある。
しかも、治安の良さを優先して考えたので、第一街壁に割と近い方だ。
つまり、仕立て屋は意外にもミカの家から近かった。
方向違いにはなるが、冒険者ギルドに行くよりも距離的には近いかもしれない。
「何だ。 クレイリアの屋敷に行くよりも全然近いじゃない。 やっぱり、僕の方から足を運ぶのが良さそうだね。」
ミカがそう満面の笑みで言うとクレイリアが怒って、こんなことを言い出した。
「それでは私が意見を言えないではないですか!」
「何でクレイリアが意見を言うの……?」
記念パーティに着て行くと伝えれば、仕立て屋が相応しい型、色の服を選んでくれるだろう。
そこに、ミカの意見もクレイリアの意見も入り込む余地はない。
精々、希望として「なるべく地味にお願いします」と伝えるだけである。
だが、それでは不満らしいクレイリアが印籠を持ち出した。
「お父様より、ミカが困らないように、私の方でよく気を配るように言われています。 ミカは私に、お父様の言いつけを破れと言うのですか?」
「ぐっ……。」
侯爵が言ってました。
これはミカにとっては、絶対に逆らえない魔法の言葉である。
まあ、実際はミカだけではなく、王国のほとんどの人にとって同じであろうが。
こうして、クレイリアが同行しての採寸と相成った訳である。
仕立て屋は非常に立派な店構えで、内装も一つひとつ高級感に溢れていた。
「これはこれは、クレイリア様。 いつもご贔屓いただき、ありがとうございます。 ご連絡は受けております。 どうぞこちらへ。」
そう言って、初老の男性が十人以上の従業員を従えて出迎える。
「今日は急なお越しで驚きました。 お呼びいただければ、こちらから伺いましたのに。」
「私もそう言ったのですが……。」
そう、クレイリアがちらりとミカを見る。
(え? 俺が悪いの?)
初老の男性と並んで歩くクレイリアに続き、ミカとムスタージフ。
そして、その後ろを従業員がぞろぞろと後に続く。
(何で服一つ買いに来て、ていうか採寸に来ただけで、こんな大名行列みたいになってんの!?)
おかしい。
こんなはずではなかったのに。
あまりにもミカの知っている服屋と違い過ぎる。
そうして案内されたのは、広々とした部屋。
これまた立派な調度品に溢れていた。
ミカとクレイリアは、促されるまま豪華なソファに腰掛ける。
(……何で仕立て屋にこんな部屋があるの?)
しかも、そこに通されることがおかしい。
採寸に来ただけなのに……。
「本日は記念パーティのための礼服を、と伺っておりますが。 お間違えないでしょうか。」
「ええ、それでお願いしますわ。」
クレイリアの返事を聞き、初老の男性が従業員に目配せする。
するとすぐに従業員たちが動き出し、ミカを丁寧に立たせてソファの横に誘導する。
そして、一斉にミカを丁寧にひん剥きにかかった。
「こちら、失礼いたします。」「失礼いたします。」
「失礼します。」「こちら、失礼いたします。」
言葉遣いと所作は丁寧だが、有無を言わさず数人がかりであっという間にミカの衣服を剥ぎ取り、瞬く間に採寸を完了させる。
「失礼します。」「失礼いたします。」
「失礼しました。」
そうして、再び着させられる。
ミカが茫然としている間に、採寸が終わってしまった。
(……採寸って、こういうのだっけ?)
真っ直ぐ立つように言われたり、腕を伸ばしたり、一つひとつやってた憶えがあるんだけど……。
野犬の群れが獲物を食い尽くすように、群がって測るようなものではなかったはずだが。
(失礼します、って言っときゃいいみたいに、えらい勢いで測っていったぞ。)
ミカの返事など待たず、腕上げたり、背筋を伸ばされたり、何もしてないのに疲労感だけが残る。
嵐でも通り過ぎたような気分だった。
「今年の夏の流行ですと――――。」
「そちらの色よりは、私はこちらの方が――――。」
そうして、初老の男性とクレイリアが、何やらサンプルを見て熱心に相談していた。
ミカの意見を聞こうとすらしない。
「………………。」
どうせ仕立て屋に任せようとは思っていたが、さすがにこの態度はキレそうだ。
初老の男性は、ミカが店に着いてからこれまで、一度もミカを見ていない。
ミカは黙って、ドアに向かう。
そんなミカを見ていたムスタージフが声をかけてくる。
「どこに行くんだい、ミカ君。 トイレかい?」
「帰るんです。」
「えっ!?」
ムスタージフの声に気づき、クレイリアと初老の男性が顔を上げる。
「待て待て待て! どうしたんだ、急に!」
「どうしたんですか、ミカ?」
そこにクレイリアがやってくる。
「別にどうもしないよ。 クレイリアはどうぞ続けて。 僕はこれから急いで仕立て屋を探さないといけないから忙しいんだ。 じゃ。」
「えっ!?」
突然のミカの行動にクレイリアがパニックになる。
「ま、待ってください、ミカ! 仕立て屋なら――――。」
「うん。 クレイリアはここで仕立ててもらえばいいんじゃないかな? 僕は他を探すけど。」
何やらただ事じゃない雰囲気に、初老の男性も慌ててミカの下にやって来る。
「申し訳ありません。 私どもに何か不手際がございましたでしょうか。」
ただし、初老の男性が聞くのはクレイリアに、だ。
どうやら、この人には未だにミカの存在が目に入っていないようだ。
まあ、当然だよね。
侯爵家の紹介で来ただけの平民のことなんか、クレイリアの添え物くらいにしか考えていないのだろう。
「それが、私にもよく分からなくて……。」
困り顔というより、不安が強く出た表情のクレイリア。
まあ、クレイリアには説明をしてあげないと分からないか。
「クレイリアは、今日は何しに来たの?」
「それは、ミカが困らないように、いろいろとアドバイスをしてあげようと……。」
クレイリアは、何かしてしまったらしいということには気づいたようだが、やっぱりまだ理解はしていなかった。
ただ、ムスタージフはなぜミカが怒っているのか気づいたようだ。
明らかに「しまった」という顔をしていた。
うん、気づくのが遅いね。
「そりゃ困らないよね。 だって、僕は何も決めないんだもん。 聞かれないんじゃ困ることすらできない。」
ミカがそう言うと、クレイリアがハッとした顔になる。
「……もしかしてだけどさ。 服の代金まで侯爵家で出す気じゃないよね?」
「え、……そ、それは。」
クレイリアが困った顔になる。
きっと、相当お高いお店なんでしょう。
普通に考えれば、ミカに払えるような店ではないくらいに。
「いくらになるか知らないけどさ、予算は百? 二百? まさか五百万までは考えてないだろ?」
「ええ、さすがに、そこまでは……。」
「なら、それくらい自分で払うよ。 だから、僕は自分で買いに行く。 自分で選んでね。」
「……ミカ。 ごめんなさい。」
クレイリアが頭を下げる。
それを見て、初老の男性がぎょっとした。
侯爵家の令嬢が頭を下げるところなんか、生まれて初めて見るのだろう。
ミカはクレイリアに笑いかける。
「怒ってるわけじゃないよ、クレイリア。 でも、僕は押し付けられるのはあんまり好きじゃない。 憶えておいてもらえると嬉しいな。」
「はい……。」
ミカはクレイリアに対しては、ちっとも怒っていない。
だって、友達だから。
ただし、仕立て屋。
テメーはダメだ。
侯爵家の肩書に目が眩み、誰の払いかを確認しなかったのが運の尽き。
ミカは完全にヘソを曲げてしまった。
侯爵直々の紹介で買いに来たのなら、どんなに無礼に扱われても我慢しよう。
だが、今回は侯爵家の御用達を教えてもらっただけで、本来はミカ一人で来るつもりだったのだ。
ということで、当然ミカはキャンセル。
客を客扱いしない店で、買う訳がない。
少々落ち込んだクレイリアを慰め、ミカは仕立て屋の前でクレイリアと別れ、歩いて帰った。
後日、あの仕立て屋と同等レベルの、別の仕立て屋をクレイリアが紹介してくれた。
今度も付き添うのは付き添ったが、クレイリアは店の人とは直接話さず、ミカに対してアドバイスをするようになった。
そして、採寸の方法が野犬の群れのようだったのは、同じだった。




