第140話 呪われた聖女2
ミカはネリスフィーネの手に触れ、呪いへの干渉を試みる。
(”吸収翼”は問題なく動いてるな。)
ガッツンガッツン、呪いに魔力を削られるが、それを上回る魔力の回復量。
明らかにこれまでよりも魔力が吸収できている。
あくまで感覚的な話ではあるが、確実に倍以上は吸収できるようになっていると思う。
ただ、さすがに何百倍とまではいかないようだ。
(自分の身体よりも、吸収効率が落ちるのかね? まあ、どうせ満タン状態になるなら、二倍も百倍も変わりはないけど。)
稼働率が五%でも百%でも、結果的に消費する魔力を賄ってくれるならどちらでも構わない。
ミカはネリスフィーネの呪いの解呪に取り掛かった。
(…………? なんか、変なのが混じってる?)
何というか、呪いとは別の”何か”がミカの魔力に干渉してくるのを感じる。
「…………ウ、クゥ……グ……。」
その時、ネリスフィーネが呻き、苦しみ出した。
「あ、大丈夫ですか?」
ミカはぱっと手を離し、ネリスフィーネに声をかける。
しばらくネリスフィーネが苦しむようにもぞもぞする。
身悶える、というほどには身体を動かせないようで、僅かにぴくぴくするだけだ。
「…………キュウニ、イタク……ナッテ……。」
「どこが痛いんですか?」
「……ゼンブ……。」
全身が痛むということだろうか。
まあ、これだけ全身が捻じ曲がり、ひしゃげていて痛くない訳ないだろう。
「そういえば、身体はどうしてこんなに、その…………曲がってしまったんですか?」
あまり「ひしゃげた」とか「捻じ曲がった」という表現を本人に言うのはどうかと思い、何かいい表現はないかと考えたが…………無駄だった。
結局、曲がったという表現でいくことにした。
「…………、……ワカラ、ナイ……。 …………スコシ、ズツ……。」
少し考えるような間の後、ネリスフィーネが答える。
どうやら、時間をかけてちょっとずつ曲がっていったらしい。
(呪いのせいなのか? それとも、別に原因があるのか。 ……普通に考えれば、呪いの影響なんだろうけど。)
だが、何だかよく分からない要因がネリスフィーネの中にある。
呪い以外の”何か”。
(…………【祝福】……?)
前に呪いも【祝福】も、同じ魔力によるものではないかと考えたことがある。
もしかしたら、ミカに干渉してきたのは【祝福】だろうか。
(俺の魔力を異物と判断して、干渉してきた……、とか?)
ちらりと黒い靄を見る。
時々、火花のように弾かれる黒い靄がある。
(【祝福】が呪いに抵抗してるのか……?)
やはり、こんな状態になってもネリスフィーネが命を繋いでいるのには、【祝福】が関係していそうだ。
それでも、三カ月もの間絶食して、生きていられることにはいろいろ納得できない部分もあるが。
ミカはもう一度呪いに干渉する。
”吸収翼”をぶん回し、圧倒的な魔力量で呪いに対抗し、干渉できる部分を探す。
「……ウ、……ク……。」
「ごめん。 ちょっと我慢しててね。」
「……ワカ……タ……。」
ミカは魔力で干渉できる箇所を探すが、どうにも呪い以外の”何か”のミカへの干渉が気になる。
しかも、その”何か”は呪いにも干渉しているようで、呪いに纏わりついてミカが探るのに非常に邪魔だった。
(……干渉すること自体は可能になったけど、どうにも邪魔をされていつもみたいに解呪ができないな。)
いちいち手間がかかる。
これは相当に時間がかかりそうだ。
ミカは一旦諦めて、少し考える。
ネリスフィーネと、取り憑いた呪いを見る。
(…………この呪いと、地下墓所にいた”不浄なる者”は関係あるのかな?)
チレンスタの説明では、採掘場が地下墓所にぶつかった。
その時点で地下墓所は”不浄なる者”に溢れていた。
呪いが噴き出し、ネリスフィーネが呪われたのは、その後だ。
もし呪いと”不浄なる者”に直接関係がないのであれば……。
ミカは立ち上がると、石室の石の扉を見る。
潜り抜ける隙間は四~五十センチメートル。
ちょっと足りない。
ミカは左手を向けると”石弾”を作りだす。
大きさはボーリングの球よりも、やや大きいくらい。
その”石弾”を、可能な限りの速度をイメージして撃ち出す。
ドガァーーーンッ!!!
凄まじい破砕音と砂埃。
ミカが”突風”で砂埃を適当に散らすと、砕かれた石の扉が散らばっているのが見えた。
「うっし。 んじゃ、いっちょ行きますか。」
そう言ってミカは、ネリスフィーネを両手で抱える。
【身体強化】を使っているので重さは然程でもないが、ちょっと持ちにくい。
そして、当然ながら持っているだけで、とんでもない量の魔力が削られていく。
「……ナ、ニ……?」
「ちょっと手間がかかりそうなんで、別の場所でやります。」
「…………?」
ネリスフィーネは、意味がよく分かっていないようだ。
ミカは地下墓所、そして採掘場をてくてく歩きながら、簡単に説明する。
「……ノロ、イ……、トク……?」
「そう。 今までもいっぱい解いてきてるから、そこは心配しないで。 ただ、かなり手間取りそうだから、もうちょっと落ち着いた環境でやりたいなって。」
ミカは、ネリスフィーネの解呪を別の場所で行うことにした。
ちょっと、この石室に何日も籠る気にはなれない。
人気が無く、人目に付きにくく、だけど街とのアクセスは良い拠点で集中して行うことにした。
ミカは採掘場の外に出た。
外は真っ暗だった。
何時間採掘場に籠っていたのか分からないが、真夜中なのは確実だろう。
外には誰もいなかったが、松明の明かりが近づいてくるのに気がついた。
松明の明かりが大きく揺れるのが見えたので、きっと「採掘場の入り口に誰かいる」と、向こうも気づいたのだろう。
まあ、光の翼が出てるから、そりゃ遠目にも気づくよね。
「ちょっとびっくりすると思うけど、大丈夫だから。 それじゃ、行くよ。 "低重力"、”突風”。」
ミカはネリスフィーネを抱えたまま、上空に飛び上がる。
ネリスフィーネの体重は分からないが、お構いなしに”突風”の出力を上げることで一気に飛ぶ。
”吸収翼”による吸収量の増加で、然して苦も無く出力を上げられるようになった。
「ここからだと、二時間はかからないと思うから。 何かあれば声をかけてね。」
そう言ってミカは目的地に向かって一気に飛んで行く。
空気抵抗は自分の周囲に展開する”突風”で軽減しているので、そこまで風は受けない。
「……ソ……ラ、トベ……ル…………アポ、ス……ト……。」
「ん? 何?」
飛んでいると、ネリスフィーネの呟きが聞こえた。
「……アァ……、カミガミヨ……。」
よく分からないが、神様にお祈りをしているらしい。
まあ、聖女だしね。
ミカは気にせず、そのまま飛び続けた。
■■■■■■
そうしてやって来たのは、元ズレープトのお家。
半年ぶりくらいの訪問である。
ここなら万が一”不浄なる者”が寄って来ても、他人様の迷惑にならない。…………と思う。
「さすがにもういないよね。」
アジトのあった岩陰を空から見下ろし、様子を窺う。
ミカの証言でアジトにはオールコサ子爵領の警備兵たちが調査に来たはずだが、さすがにもう調査も終わっているだろう。
あとは、アジトが使えるかどうかだが。
「入り口の封鎖くらいで済ませてくれてるといいんだけど。」
ミカはアジトの入り口に下りた。
特に封鎖などもしていなかった。
「いいのか、それで?」
誰かに再利用されたらどうするのだろうか。
まあ、すでに場所は分かっているので、時々確認に来るだけでいいと思っているのかもしれない。
「じゃあ、有難く使わせてもらおうかな。」
ミカは”火球”で光源を確保するが、すぐに消した。
”吸収翼”の光の翼だけで、”火球”よりも明るかった。
洞窟の中に入っていく。
どうやら、中は完全に浚っていったらしい。
何も残されていなかった。
「ちょっと待っててね。」
ミカはネリスフィーネを下ろすと、魔法具の袋から毛布を取り出す。
毛布を二つに折って、地面に敷く。
そして、そこにネリスフィーネを乗せる。
「まあ、無いよりはマシでしょ。」
「……アリガ、トウ……。」
そうしてミカはネリスフィーネの前に座ると、今度は糧食を取り出す。
王都を出る時に、とりあえず六食分ほど買っておいた。
日持ちするタイプなので、かなり固く、美味しくはない。
まあ、非常用として、念のために用意したやつだ。
「食べられる……?」
ミカはネリスフィーネに声をかけるが、微かに首を振る。
おそらく「ノー」ということだろう。
考えてみれば、ずっと食べていないのだ。
食べるにしても、最初はパン粥のような物からにするべきだろう。
「喉は乾いてない?」
そう尋ねるが、やはりいらないらしい。
本当に、どうやって生きているのだろう。
ミカは一言断って外に出た。
そこで固い糧食をもそもそと食べる。
さすがに、食べられない人の前で堂々と食べるのはちょっと気が引けた。
ミカは何とか急いで食べるが、元々が食べにくい物なので、少々時間がかかってしまう。
「……はあ。」
思わず溜息が漏れる。
さすがにかなり疲労を感じる。
朝早くに王都を出てから、ほぼ動きっ放しだ。
採掘場を踏破し、地下墓所の探索、”悪霊の群体”との戦闘。
「さすがに、ちょっと限界かも……。」
今から無理して解呪に取り掛かっても、確実に途中で寝落ちする。
一応、気つけ薬もあるが、今から使っても大して長くは持たないだろう。
「仮眠を取らせてもらおうかな。」
ネリスフィーネに言って少し休ませてもらって、それから解呪に取り掛かった方が効率はいいだろう。
そう方針を決め、ミカはアジトに戻る。
「――――ということで、少し休まないと僕の身体がもちません。 仮眠に入ります。」
「……エエ……。」
特にネリスフィーネに異論はないようだ。
ミカは魔法具の袋から毛布を取り出すと包まって、ネリスフィーネの横で寝ることにする。
「……ココデ……ヤ、スム……?」
「だめ? 気になるならあっちに行くけど。」
「……ノ、ロイ……。」
そんなの、別に気にせんけど。
黒い靄がうねうねしてるだけじゃん。
ミカは「ふぁ~……。」と欠伸をする。
「あぁー……、本当、もう限界……。 おやすみ。」
そう言ってごろんと横になると、すぐに寝息を立て始める。
明かりを失った真っ暗な洞窟の中、ネリスフィーネの目はじっとミカを見続けるのだった。
■■■■■■
「……んん……。」
ごろんと寝返りを打つ。
バチンッ!
「うぎゃっ!?」
凄まじい衝撃が全身に走り、ミカは飛び起きた。
慌てて周囲を見回す。
外からの微かな光で、ここが洞窟であることを思い出す。
そして、すぐ横にネリスフィーネがいた。
「………………、あー……もしかして、触っちゃった……?」
「……エエ……。」
どうやら、寝返りを打った時にネリスフィーネに触れてしまったようだ。
えらい目にあった。
(次からは、もう少し離れて寝るか。)
寝返りを打つだけでこんな目に遭うのは、さすがにもう遠慮したい。
ミカは眠い目を擦りながら立ち上がり、毛布を仕舞う。
ぽりぽりと頭を掻く。
「……ちょっと、外出てくる。」
どうにも眠気が取れない。
日光を浴びて、もう少ししっかりと意識を覚醒させたい。
横にさえなれればどこでも寝れるが、それで疲れが取れる訳ではない。
この、「一応寝たけど疲れが抜けない感覚」に、ある意味懐かしさを感じる。
泊まり込みの時は、いつもこんな感じだった。
凝り固まった身体を解しながら洞窟を歩き、外に出る。
「くぁ……、目が……。」
自分が”幽霊”にでもなった気分だ。
日光を浴びるだけでダメージを受けている気がする。
「今日も暑ちぃなあ……。」
すでに、日は結構高い。
十時にはなっていないくらいかな?
ミカはもそもそと糧食を食べ、両手で水を掬うようにして”水飛沫”で水分補給。
いくらでも湧き出る水があるって、まじ便利だね。
それから岩場を囲む森に行って、”風千刃”で木を一本切り倒す。
さらに”風千刃”を使い、板を一枚削り出す。
机の天板サイズだ。
「これ一枚のために木を一本切り倒すとか。 我ながら無茶苦茶だね。」
使えそうな倒木でもあれば良かったのだが、すでに相当傷んだ物しかなかった。
そうして洞窟に戻ると、早速解呪に取り掛かることにした。
「どうやら、呪いに干渉すると身体が痛むようです。 それに関しては申し訳ないですが、ちょっと手の打ちようがありません。 我慢してください。」
麻酔でもあればいいが、そんな物はない。
この世界のどこかにはあるかもしれないが、今のところは聞いたことがない。
なので、我慢してもらうしかない。
「……エエ……。」
ネリスフィーネは短く答える。
ミカは削り出してきた板を地面に置き、魔法具の袋から雑嚢を取り出す。
そして、雑嚢の中から紙とペン、インクを取り出す。
この雑嚢は普段学院に持っていっている物だ。
ミカは普段から、魔法具の袋に学院に持っていく雑嚢を仕舞っている。
魔法具の袋があれば雑嚢なんか必要ないといえばないのだが、あまり魔法具の袋をひけらかすようなことはしたくなかった。
なので、一応皆と同じスタイルになるように雑嚢も使っている。
目立たないようにするためのカモフラージュの一環ではあるのだが、単なる悪あがきかもしれない。
「それじゃ、行きますね。 ”吸収翼”。」
ミカは”吸収翼”を展開してから、ネリスフィーネの手に触れ、呪いを解いていく。
呪いの干渉できる箇所を探すのに、よく分からない”何か”を邪魔に思いながらも地道に解く。
そして、一カ所解けたらそれをメモしていく。
(…………本当に邪魔だな、これ。)
集中したいのに、集中できない。
ちょっとイライラしながらも、それでも黙って解呪を続ける。
二時間ほど続けたところで一息つく。
そして、再び再開し、更に二時間ほど解呪をしていく。
「ふぅーー……。 すいません。 ちょっと休憩してきます。」
「……エエ……。」
ネリスフィーネに声をかけ、ミカが立ち上がった時、黒い靄の一部の塊がふわっと消えた。
「……ウ……ク……。」
ネリスフィーネが僅かに呻く。
それまでネリスフィーネの全体を覆っていた靄が、一部ではあるが取れた。
ミカはじっとその部分を見るが、靄が戻ることはない。
欠けた部分は、欠けたままになっている。
「どういうことだ?」
ミカはもう一度座り直し、干渉してみる。
だが、探ってみても、さっきまでと変わったような感じはない。
「…………何だ?」
何だか、よく分からない現象だ。
ミカはぽりぽりと頭を掻き、息を吐く。
「とりあえず休憩行きます。 疲れて頭が働かない……。」
あー、缶コーヒー飲みたい。
何だか、頭だけが疲れているような感じに、これまた懐かしい気分になる。
昔は仕事の合間に缶コーヒー片手に同僚と雑談し、気分転換していたものだ。
ふとそんなことを思い出し、思わず笑ってしまった。
■■■■■■
ミカがネリスフィーネの解呪に取り掛かって三日ほど経った。
途中でヤウナスンに行って湯場を借りたり、食料を買って来たりもした。
そして、ネリスフィーネの解呪も大分進んだ。
ネリスフィーネの呪いは、やはりある程度解呪が進むと黒い靄が取れるようだ。
そして、それを行っているのは、どうやら【祝福】のようだった。
最初は邪魔だと思った”何か”…………【祝福】からの干渉。
だが、慣れるとちょっとしたコツのようなものが掴めてきた。
まず、呪いの干渉できる箇所を探すのに、この【祝福】が非常に役に立つ。
ミカが自分で探さなくても、この【祝福】が探してくれるのだ。
【祝福】が呪いに干渉しようと殺到している場所が、呪いの干渉できる箇所なのだ。
呪いを一カ所解除したら、猟犬や鵜でも放つように「行って来い」と【祝福】に好きにやらせる。
で、【祝福】が干渉しようと集まった所にミカが干渉してやれば、簡単に解呪できるというわけだ。
おそらく【祝福】も呪いに干渉しようとしているのだろう。
だが、呪いと【祝福】に出力の差がありすぎて、まったく干渉できない。
それでも、ひたすら呪いに干渉しようと殺到するわけだ。
そして、呪いが剥がれていくことで、ネリスフィーネの身体にも変化が起きてきた。
ガチガチに固まって、捻じ曲がっていたネリスフィーネの身体だが、少しずつ解れてきたのだ。
呪いが解ければすぐに元に戻る、という訳ではないと思うが、身体を治してあげられる可能性が出てきた。
ネリスフィーネの身体のことは、ミカも解呪後の懸念の一つだった。
だが、まずは解呪が先だと、あえて今は考えないようにしている。
そして、そもそものこの身体の捻じ曲がりだが、ミカはこの【祝福】が怪しい気がしてきた。
普通は呪いによって引き起こされたと考えるべきなのだろうが、何となく腑に落ちない。
ミカも根拠がある訳ではないのだが、どうにも【祝福】がアクティブ過ぎる。
ネリスフィーネを生かしているのも勿論この【祝福】なのだろうが、もしかしたら【祝福】がネリスフィーネの身体を捻じ曲げたのではないだろうか。
ネリスフィーネを生かすために。
強すぎる呪いを逸らすため、とでも言えばいいのだろうか。
ネリスフィーネを生かすために、【祝福】がネリスフィーネの肉体に無理矢理干渉してまで、呪いに抵抗、若しくは影響を逸らしているのではないか、と思っている。
まあ、これはあくまでミカの予想だし、確かめようのないことではあるが。
何にしろ、【祝福】はすごいものなのかもしれないが、【祝福】がなければネリスフィーネはもっと楽に死ねたはずだ。
ミカが”解呪師”として有名になったから助かる可能性ができた。
だが、もしミカに聖女救出の依頼が来なかった場合はどうなるか。
ネリスフィーネはあと何年、何十年、あの石室で苦しむことになったのだろうか。
それを思うと、
(【祝福】なんて言っても、ロクなもんじゃねーな。)
そんな感想を抱いてしまうミカなのだった。




