第133話 訳あり物件?
「まったく、こんな時間に出しにくるな……。 こういうのは、もっと早くに……。」
パラレイラは、ジョッキを片手にミカの書いた外泊届けを確認し、ぶつぶつと文句を言う。
口から、ゲソのような物がはみ出している。
ミカは新しく借りた家から走って寮に戻り、何とか門限前に着くことができた。
部屋で一杯やっているパラレイラに外泊届けを提出しに行ったら、すでに顔が真っ赤になっているパラレイラに文句を言われたという訳だ。
つーか、一杯じゃないよね?
べろんべろんとまでは言わないが、結構いい感じにできあがっている。
「それと、しばらくは外で生活したいんですけど、その場合の扱いも明日でいいのでお聞きしたいんですが?」
「外で生活ぅ……? 何だお前、わざわざ宿無しになるのか? 馬鹿か……?」
「……飲み過ぎですね。 頭回ってないでしょう? 寮以外に部屋を借りたので、そっちでしばらく生活するってことですよ。」
それくらい分かれよ、と思わず溜息をつく。
「部屋を借りたぁ……? そんな金がある奴が、何で寮に入ってんだ?」
「そこからですか!? あの……、できれば詳しい話は明日にしたいんですが。」
だが、パラレイラは難しい顔をしている。
ミカはパラレイラの持つジョッキを指さす。
「あんまり邪魔しちゃ悪いですし。 明日の放課後に、ご相談したいんですけど。」
パラレイラがちらりとジョッキに視線を送り、はぁー……と溜息をつく。
そうして、ミカに背を向けて部屋に戻って行く。
「放課後、すぐに来い。 じゃないと、こっちも始めちまうからな。」
そう言ってパラレイラが、ミカの外泊届けをひらひらさせる。
すぐに来ないと、また酔っぱらいを相手にすることになりそうだ。
「分かりました。 よろしくお願いします。」
ミカはパラレイラが部屋に引っ込むのを確認して、自室に向かう。
部屋にはバザルがいた。
食堂や湯場に行っていたら面倒だったが、部屋に居てくれて助かった。
「バザル、お前とはもうやっていけん。 剣も返すよ。 じゃあな。」
ミカは部屋に入るなり、やや芝居がかった声で言い、机の引き出しに入れていた荷物を魔法具の袋に回収する。
「ちょ!? な、何事でござるか、ミカ殿!?」
「俺は出て行く。 良かったな、これで部屋を一人で使えるぞ。」
「待つでござる、待つでござるよ! 一体どうしたと言うでござるか!」
バザルが驚き、焦った顔をしてミカの傍に来る。
ていうか、ちょっと青くなってる?
(やり過ぎたか……?)
ミカはタンスの衣類などを回収しながら、簡単に経緯を説明した。
勿論キスティルのことは省いてだ。
「部屋を借りたでござるか……?」
「そう。 で、寮に関しては扱いがどうなるか分からない。 明日の放課後に寮母と話し合うつもりだけど、場合によっては退寮もありえる。」
「な、なるほど……。」
バザルが何やら考え込む。
「……て、それじゃあ最初の『もうやっていけん』は何でござるか!?」
「寮を出ることになったら、もう一緒にやっていけないだろ?」
「それだけでござるか!?」
「そうだよ?」
ミカは首を傾げる。
「剣を返すっていうのは!?」
「今までみたいにすぐ返せる訳じゃなくなるから、自分で持ってた方がいいかなって思って。」
バザルが崩れ落ちた。
驚かせすぎただろうか?
まあ、驚かすつもりでやったんだけど。
「寿命が縮まったでござる……。」
「んな、大袈裟な。」
ミカが「わっはっはっ。」と笑い飛ばす。
「笑い事じゃないでござる! ひどいでござるよ、ミカ殿!」
「悪かったって。 まあ、そんな訳でちょっと忙しいんだ。 で、剣はどうする?」
ミカが聞くと、バサルが少し考え込む。
「とりあえず、今はそのまま預かっててもらうでござる。 それで何か不都合があれば、また考えるでござるよ。 ……正直、部屋に置いたままは不安でござるからな。」
「分かった。 まあ、学院には普通に通うから。 何かあれば言って。」
「そうするでござる。」
とりあえずルームメイトのバザルにも話を通したので、あとは……。
「じゃ、俺は行くよ。 またな。」
「分かったでござる。 気をつけるでござるよ。」
ミカは再び王都内を走る。
そして、着いたのはヤロイバロフの宿屋。
とりあえず、キスティルを保護したことだけはヤロイバロフに伝えておきたい。
ミカはズキリと感じる胸を痛みを振り払うように、あえて明るく声を上げる。
「こんばんはーっ!」
ミカがヤロイバロフの宿屋に飛び込むと、ロビーには数組の冒険者。
ヤロイバロフはカウンターで接客をしていた。
(あぁー……、タイミングが悪かったな。)
夕方に冒険者が戻ってくるのは普通のことだ。
どうするかな、と考えるよりも早く、ミカはカウンターの上にあった紙とインク、羽根ペンを取る。
ヤロイバロフも気づいているが、何も言わない。
数人の冒険者がミカのことを不思議そうに見ているが、ミカは床に紙を置いてさらさらさら……とメモを書く。
『保護した。 仕事はちょっと休む。 詳細は明日、夕方。』
それだけ書いたメモを折りたたみ、ヤロイバロフに差し出す。
ヤロイバロフもそれを黙って受け取り、接客を続ける。
ミカはカウンターの上にインクと羽根ペンを戻すと、そのまま宿屋を飛び出した。
これで家に帰れる。
実は、ヤロイバロフの宿屋からミカの家までは直線距離で五百メートル程度だ。
ミカが【身体強化】と"低重力"を使い、全力で走ったら十数秒で着く距離である。
ただし、道を走る以上は直線ではないし、そんな速さで走ったら、人にぶつかれば相手が吹っ飛ぶ。
被害者が死にかねない。
というか、普通に死ぬ。
時速でいえば、百キロメートルを超えるほどだ。
ミカの方も、運が良くて重傷だろう。
(本当はギルドにも届けを出したいけど、それは今度だな。)
ギルドではどうしても待ち時間が発生してしまう。
そんなこと考えながら、ミカは新居への家路を急いだ。
軽く息を整え、玄関の前に立つ。
そして、そこで少し悩んだ。
(ノックするべきか? でも、ここ俺ん家だし。 ノックは変だろ。 …………でもなあ。)
そんな風にいろいろ考えていると、微かに家の中からキスティルの話し声が聞こえてきた。
(…………? 独り言?)
何だか、楽し気な感じだ。
(まあ、いっか。)
ミカはノックをせず、普通に玄関のドアを開けた。
「ただいまー。」
「あ、おかえりなさい。」
椅子に座っていたキスティルが、笑顔でミカの方を振り返る。
テーブルの上に手を伸ばし、指を立てている。
そして、その指の先には――――。
「キスティルッ!」
「きゃあ!?」
ミカは咄嗟に家に飛び込み、キスティルの腕を掴むと自分の方に引き寄せる。
そうして身体の位置を入れ替え、それに左手を向ける。
それは、宙に浮いていた。
テーブルの上でふわふわと漂う、球のような物。
いや、物ではない。
それは、テニスボール大の光そのものだった。
「あの、……ミカくん?」
「キスティルさん! 怪我は!?」
ミカはキスティルを庇いながら、その光から視線を外さない。
確か、以前にもあんな光の球をを見たような……。
(指名依頼で行った屋敷に、あんなのがいた気がする……。 でも、あの時はビー玉くらいの大きさだった。)
だが、目の前の光はそれよりも遥かに大きい。
同種のものかどうか判断つかないが、怪しげな存在であることは確かだ。
(くそっ、あの不動産屋め! 『訳あり』を押し付けやがったな!)
ガキだと思ってとんでもな物件を契約させたらしい。
まじ許すまじ。
ミカがキスティルを背中に庇いながらじりじりと後退すると、その光はふよふよと近づいて来る。
「ミカくん?」
「下がって!」
光の球が近づくのに合わせ、ミカも後退する。
一度家から出た方がいいだろう。
(退治できればいいが、前は目眩ましを喰らったんだよな。)
突然強い光を受けて、視界を奪われたのだ。
そんなことを考えていると、
「ミカくん!」
いきなりキスティルに、強く呼ばれた。
「どうしたの、急に?」
「どうしたも何も、見えてるでしょ! あれ!」
何だろうか、この温度差は。
キスティルはミカの指さす光の球を見て、きょとんとした顔になる。
「あの子がどうしたの?」
「どうしたのって――――。」
ミカは言葉が続かない。
これではまるで、何でもないことを大袈裟に騒いでいるミカの方がおかしいみたいではないか。
「あの…………キスティルさん?」
「キスティル、だよ。 さっきも『さん』って言ってた。」
『さん』付けを注意される。
ていうか、そんなの今はどうでもいいよね!
「キスティル。 あれ、知ってるの?」
もしかして、お知り合いですか?
ミカが訝しむように聞くと、キスティルが首を傾げてちょっと難しい顔になる。
「んー……、知ってるっていうか、さっき私も見てちょっとびっくりしたんだけど。」
いや、ちょっとで済む話じゃないですよ?
「なんか、いい子かな?って。」
「……はい?」
アナタハー、ナニヲー、イッテルノデスカー?
キスティルの言葉に、ミカは目が点になった。
「その……ちょっと恥ずかしいんだけど。 ミカくんが出掛けた後、寂しくて…………少し泣いちゃって……。」
そう、ちょっともじもじしながら告白するキスティル。
「そうしたら、その子が出てきて。 ……なんか、慰めてくれてるみたいで。」
ミカは呆気に取られるように、キスティルと光の球を交互に見る。
これはつまり…………。
「分かったよ、キスティル。」
ミカがにっこりとキスティルに笑いかける。
「すぐ退治してあげるから、ちょっと待っててね。」
「ちょっと、ミカくん!?」
キスティルはきっと取り憑かれ、操られているのだ。
あれに、害のない物だと思い込まされている。
そうに違いない。
どうすれば退治できるかは分からない。
だが、ミカは本気で「あの光の球を消滅させてやる」と睨みつけ、左手にありったけの魔力を集中させる。
すると光の球は、ビクッと一瞬跳ね、ぴゅーーーっと廊下の曲がり角に引っ込む。
そして、角からこちらを窺うように、ちらっと顔を覗かせる。…………ような動きをする。
弱々しい光を細かく明滅させ、ガクガクブルブルと震えている。…………ように見える。
「………………。」
なんか、やる気が削がれる動きだな。
ちょっとだけ、アホらしくなってきた。
「ミカくん、そんなこと言ったら可哀想よ。」
キスティルがミカの横を通り過ぎ、光の球の所に行く。
「危ないって、キスティル!」
「そんなことないわよ。」
そう言ってキスティルが腕を伸ばすと、光の球は嬉しそうにキスティルの腕に飛びつく。
「ほら。 いい子でしょ?」
キスティルが笑顔でミカの方に振り返る。
光の球はキスティルの背中に隠れ、少しだけ顔を出すようにミカを窺い見ていた。
「………………。」
じとっとした目で光の球を見ると、すぐにキスティルの背中に隠れる。
そして、恐るおそる姿を覗かせた。
「もう、ミカくんってば。 怖がってるわよ? そんな目で見ないであげて。 この子は悪い子じゃないわ。」
何だろう。
本当に操られてんじゃないのか?
ミカは「はぁ……。」と溜息をつき、自分の部屋に向かう。
右側の一番広い部屋をミカが使い、左側の奥の部屋をキスティルが使うことで、すでに合意済みである。
「まあいいや。 ご飯の準備できたら呼んで。 部屋で荷物の整理するから。」
「うん。 分かったわ。」
ミカはキスティルの横を通り、自分の部屋のドアを開けた。
すると、ミカよりも先に光の球が、ひゅぅーーー……と勝手に入って行く。
「あ、こら、お前! 何やってんだ!」
光の球が部屋に入ったことで、真っ暗だった部屋が少しだけ明るくなる。
本も読めない程度の明るさだが。
部屋の中を勝手にふよふよする光の球を見て、ミカはもう一度深く溜息をつく。
すると、横から「くすくす……。」と笑う声が聞こえる。
「何だか、ミカくんの部屋が気に入ったみたい。」
「嘘だろ……。」
ミカがげんなりする。
訳分からん物に占拠され、部屋を追い出されるのか、俺は?
一部屋余ってるから、問題ないと言えば問題ないが。
いやいやいや、問題あるだろ!?
そもそも、こんな物が取り憑いてる家に住みたくないぞ。
「……やっぱ、退治するか。」
ミカがぼそりと呟くと、ビクリッと光の球が一瞬光を強める。
その後は、弱々しい光で震えていた。
「……なんか、言葉を理解してるよな、お前。」
言語を理解するなんて、相当に高い知能を持っていないとできないはず。
気配で察しているだけかもしれないが。
ミカはもう一度、大きく溜息をつくのだった。
「旨!」
ミカはキスティルの作ってくれた料理を一口食べ、思わず呟く。
キスティルが「まだ台所の準備が整っていないから、簡単なものでごめんね。」と言っていたが、すごく美味しい。
「ふふ……、あんまり褒められると照れちゃうよ。」
そう言ってキスティルも一口食べると、うんと頷く。
自分でも納得の出来栄えのようだった。
「そう言えば、ヤロイバロフさんの料理のほとんどを再現できるんだっけ? もしかして、あんな料理が毎日食べ放題?」
「作り方は教えてもらったけど、ヤロイバロフさんのようには美味しく作れないわ。」
キスティルは謙遜するが、ミカの舌ではどうせ食べ比べても違いなど分からないだろう。
それくらい、キスティルの料理の腕は高かった。
(こう言っちゃなんだけど、思わぬ余禄があったな。)
専属料理人のようなものだ。
これは、今後の食事が楽しみである。
ミカがウキウキしていると、ミカの左側が微妙に明滅した。
その途端に、上がっていた気分が台無しにされる。
「ふふふ……、すっかり懐かれちゃったね。」
ミカの左肩に乗った光の球を見て、キスティルが微笑む。
ミカは思わず額に手をやる。
どういう訳か、この光の球。
やたらとミカにまとわりつく。
ミカがぞんざいに左肩を払うと、ふわっと躱し、また戻ってくる。
さっきからその繰り返しだ。
「そうだ。 この子に名前を付けてあげようよ。」
「はああぁぁああ!?」
ペットにでもする気か!?
「飼う気なの!?」
「飼うっていうか、一緒にいるならやっぱり名前はあった方がいいよね。」
キスティルは自分のアイディアに満足するように、ぽんっと手を叩く。
(勘弁してくれよ……。 一緒にいる気なんてないんだけど。)
こんな怪しげなペット欲しくない。
というか、魔物の類なんじゃないのか、これ。
キスティルがにこにことミカを見つめる。
「…………何ですか?」
「どんな名前かなって。」
「………………?」
キスティルの言葉の意味が一瞬分からなかった。
「僕がつけるのっ!?」
「だって、ミカくんのお家だし。 すっごく懐いてるし。」
光の球がミカの目の前にやって来て、踊っている。…………ように見える。
不思議な〇りか?
キスティルがわくわくした目でミカを見ている。
何だか頭が痛くなってきた。
「あー、もー、じゃあ『ポチ』で。」
光の球がしぼんだ。
お気に召さなかったらしい。
「じゃあ『タマ』。」
ますますしぼんだ。
贅沢言ってんじゃねえよ、面倒くせえなあ。
「『ボール』。」
だめ。
「『球体』。」
だめ。
「じゃあ、『恐怖』。」
光の球が顔面にぶつかって来た。
こ、こいつ……。
「やっぱ名前なんかいらねえよ、こんなの!」
「もう、ちゃんと考えてあげようよ。」
癇癪を起こすミカをキスティルが窘める。
ミカがぷいっと横を向くと、光の球がキスティルに泣きつく。…………ように動く。
「んー……それじゃあねえ。」
天井を見上げ、人差し指を顎にあて、キスティルが考える。
「ミカくんが考えてくれた名前を元にすると……。」
そう言うと、キスティルがにこっと微笑む。
「『フィー』なんてどうかな? フィーちゃん。」
キスティルがそう呼ぶと、光の球は先程までとは違い、強い光を明滅させる。
テーブルの上を、跳ねるように漂う。
「おい、一文字減っただけじゃねえか。」
意味は大分あれだったけど。
だが、ミカの抗議の声は無視され、キスティルと光の球改めフィーは楽しそうに戯れる。
こうして、奇妙な同居人?の名前も決まり、新たな生活がスタートするのだった。
…………ほんと、こいつ退治しちゃだめですか?




