第129話 第五騎士団の苦難
ミカとオズエンドルワは団長室に戻って来た。
オズエンドルワは執務机に着き、ミカには何処かから椅子が用意された。
ちなみに、オズエンドルワとの勝負の間に、シェスバーノも詰所に戻って来た。
何でも「詰所で団長と子供が何かやってるぞ」という話を、冒険者ギルド付近で張り込み中に騎士団の誰かに聞いたらしく、慌てて戻って来たのだとか。
お遊びは何とかミカの勝ちで決着をつけることができたが、これが真剣での勝負だったら、おそらく最初の一回目でミカは真っ二つだ。
しかも、勝ちはしたがミカは【身体強化】を五倍にしていた。
そして、オズエンドルワは【身体強化】を使っていなかった。
オズエンドルワにとって、これは本当にお遊びだったのである。
ミカは決着がついたら、自分に【癒し】を使い、オズエンドルワにもすぐに【癒し】を使った。
さすがに騎士団長の膝を壊したままにはできない。
まあ、ミカが使わなくても、すぐに【癒し】を使える人を手配して治療するだろうが、ここはミカが治すべきだろう。
勝負が終わればノーサイド。
勝負の間のことは水に流し、お互いの健闘を讃え合おうじゃないか。
(つーか、まじで忘れてください。)
下手に恨みでも買おうものなら、第五騎士団が丸ごと敵になってしまう。
第五騎士団の皆さんは、概ねミカに好意的だった。
オズエンドルワに勝った瞬間静まり返ったが、ミカがオズエンドルワに【癒し】を使った辺りからミカを讃える声が上がり始めた。
「やるじゃねえか、嬢ちゃん!」
「スカッとしたぜ!」
「まさか、団長に膝をつかせるとは……っ!」
などなど、沢山のご声援をいただきました。
ちなみに「スカッとした」と言っていた騎士を、オズエンドルワが視線でチェックしていたのを、ミカは見逃さなかった。
南無南無……。
ご冥福をお祈りいたします。
「それでは、君もその青年のことは知らないのか?」
オズエンドルワの言葉に、ミカはこくんと頷く。
「だけどよ、親し気に話してたじゃねえか。」
「話してません。 一方的に話しかけてきたんです。 あの時、一言でも何か僕が返事しましたか。」
「あー……、そういや、何も言ってなかったか?」
シェスバーノが無精髭をじょりじょりしながら答える。
話題は当然、あの日のことだ。
突然現れ、騎士を殺害しようとし、そして去っていった。
赤茶けた髪の青年。
「えーと……、確か合成魔獣も青年が仕掛けたようなことを言ってましたよね。」
「ん? そんなこと言ってたか?」
「言ってましたよ。 時間稼ぎとか、ウーちゃんに貰ったばっかりとか、そんなこと。」
「そうだったか……?」
ミカがシェスバーノに聞くが、シェスバーノは憶えていないようだった。
そして、オズエンドルワがシェスバーノを半目で睨みつけていた。
どうやら、報告されていなかったらしい。
「ミカ君、あの日のことで他に何か憶えていることはないか? 何でもいい。」
オズエンドルワが、机に身を乗り出すようにして聞いてくる。
「その青年が危険な人物であることは間違いないが、手掛かりが何も無くてな。 そもそも、何をやろうとしているのかも分かっていない。」
「そうですねえ……。」
ミカはあの時のことを、たまに思い出しては考えている。
鮮明に憶えている、とまでは言えないが、気になったいくつかのことはそこそこ憶えている。
だが、その前に一つ気になることが思い浮かんだ。
「……あの頃、騎士団で森を封鎖していましたよね? 何かに気づいて、封鎖してたんじゃないんですか?」
これまであまり深く考えていなかったが、時期が合い過ぎる。
ミカは単に、魔獣による被害でもあったのか?と考えていたが、よくよく考えれば関連があってもおかしくない。
騎士団の方こそ、ミカの知らない何かの情報を持っている可能性がある。
そう思い質問してみたが、シェスバーノがあからさまに天井を見上げ、オズエンドルワも難しい顔をする。
情報はあるが、言えない”何か”のようだ。
オズエンドルワが、背もたれに寄りかかり、大きく息をつく。
「…………君も魔法士か。 すでに無関係という訳でもない。 となれば、知っておいた方がいいかもしれんな。」
「いいんですかい? さすがに、それはまずいんじゃ。」
オズエンドルワが深刻そうな表情で呟くが、シェスバーノが止めようとする。
腕を組み、オズエンドルワがしばし考える。
が、すぐにミカに視線を向けた。
「かなり機密性の高い情報だ。 漏らせば相当にまずい立場に立たされる。 どうする?」
そう、オズエンドルワが聞いてくる。
「今さらですよ。 魔法士がどれだけ雁字搦めにされていると思ってるんですか。」
「ふふ……、そうだったな。」
オズエンドルワが「ふぅ……。」と息をつく。
「森の封鎖をする一カ月以上前になるが、宮廷魔法院の魔法士数名が姿を消した。」
「宮廷魔法院……? 消えた?」
「ああ。 合成魔獣の現れた遺跡があっただろう。 あそこに何かを調べに行ったらしいんだが、行方が分からなくなった。 一切の痕跡を残さず、な。 それで捜索範囲を広げ、森の全域を調査することにした。」
その調査の過程で、一定の範囲ずつ森を封鎖したらしい。
どうやら森の封鎖は、魔獣がいるから危ない、ということではなかったようだ。
「国としては、貴重な魔法士を簡単に諦めきれなかったんだろうが、おかげで相当面倒な事態になった。」
「その行方不明事件と青年の関連を疑ってるんですか?」
「勿論その線を睨んでいる。 だが、どちらもロクに手掛かりが無くてな。」
そう言って、オズエンドルワが肩を竦める。
そんなオズエンドルワを見て、ミカは考え込む。
(宮廷魔法院の魔法士が消えた、か……。)
足と腕を組み、顎に手を添える。
そう言えば、あの頃他にも宮廷魔法院のことを聞いたような……?
何だっけ。
(あ、パラレイラか!)
エール酒をぶっかけられた。
その原因を作った男女二人組が、宮廷魔法院という話だった気がする。
(そういえば、パラレイラに戻って来いって言ったんだっけ?)
宮廷魔法院から追い出しておいて、今更戻って来いと言われてパラレイラが怒ったような話を、寮のおばちゃんが言っていた。
(何で戻って来いなんて言い出したんだ? あのタイミングで。 人手不足か?)
これは、無理矢理のこじつけかもしれないが……。
仮に、宮廷魔法院が急にパラレイラに戻って来いと言い出した理由が、この「魔法士の行方不明」が原因だったら?
単純な人手不足ではなく、その行方の分からなくなった魔法士の研究を引き継げる、若しくは理解できるのがパラレイラしかいなくなった。
だから戻って来いと言い出した。
そんな風に考えるのは、考えすぎだろうか。
「何か、気になることでもあったかね?」
考え込み始めたミカに、オズエンドルワが声をかける。
ミカはオズエンドルワに視線を向けた。
オズエンドルワは、真剣な顔でミカを見ていた。
(…………魔法士が行方不明になったなんて、確かに漏らしたら大変な情報かもね。)
この国は、魔法士に多大な期待をかけている。
なにせ、過重な責任を負わせ、法で強制してまでかき集めているのだから。
まだ学院に通う身だが、その期待をひしひしと感じる毎日だ。
そんな情報をミカに話すのは、オズエンドルワにも相当なリスクのはずだ。
(それでも話してくれた。 俺が、魔法士だから。)
知らない方が危険。
そう判断してのことだろう。
(ほんのお遊びだったけど、それなりに信用に値すると思ってくれたのかね?)
最初にこの部屋に飛び込んだ時では、とてもこんな話は漏らせなかっただろう。
だが、実際にミカを試し、話してもいいと思ってくれたのだ。
ならば、その信頼にミカも応えよう。
(とは言っても、俺もそんな大した情報はないんだけど。)
ミカは合成魔獣と戦った日、いつからあの場所にいたのか、そして何を見たのかを話した。
「合成魔獣が、陽炎から現れた……。」
「黒い、繭みたいな物?」
ミカの話を聞き、オズエンドルワとシェスバーノが顔を見合わせる。
「知り合いの冒険者に聞いたのですが、合成魔獣がそんな風に現れるのは普通ではないそうです。」
「そうだな。 ……我々は魔獣については専門外だが、そんな特殊な能力があれば耳にしていてもおかしくない。 だが、そんなのは聞いたことがない。」
オズエンドルワが腕を組んで考え込む。
「合成魔獣の能力ではないのなら、誰の能力…………誰の仕業かってことだが。」
シェスバーノが呟く。
「赤茶けた髪の青年。」
「…………だろうな。」
ミカの予想に、オズエンドルワが頷く。
「ミカ君の聞いたという、その「時間稼ぎ」の話が本当なら、まず間違いなく青年の仕業だ。」
シェスバーノが頭をがりがりと掻く。
「しかも、その黒い繭みたいな物ってのも、青年に関係あるのか。 何なんだ、一体? 何者なんだ?」
「それを調べるのがお前の仕事だろう。」
シェスバーノが思わず零した言葉に、オズエンドルワが冷ややかに答える。
それを聞き、シェスバーノが慌てた。
「は? え、ちょっと待ってください!? 俺ですか!?」
「当たり前だ。 お前の隊以外に青年を見た者がいないんだぞ? 何のために、お前にミカ君との接触をさせていたと思ってるんだ。」
「何でって、そりゃあ強い奴に興味があるから……。」
「それは否定せんが、それだけで仕事中にまでやらせる訳ないだろう。」
オズエンドルワの言葉に、シェスバーノが崩れ落ちた。
そんなシェスバーノに、ミカが合掌する。
(青年を調べろとか、俺でも崩れ落ちるわ。 絶対に関わりたくない。)
シェスバーノには粉骨砕身頑張っていただき、是非ともミカを巻き込まずに済ませてもらいたい。
「ああ、そういえば、アートルムとか言ってた気がしますね。」
「アートルム? 何だそれは?」
ミカは思い出したことをオズエンドルワに伝える。
「さあ? よく分かりません。 ただ、おそらくはその黒い繭みたいな物のことだと僕は思ったんですが。」
「黒い繭が、アートルム……。」
「あとは、神の子とかも言っていましたね。 えーと、フィリウス・デイだったかな。」
「神の子? 迷い子ではなく?」
オズエンドルワが頬杖をつき、指先でコツコツ机を叩く。
「確か、教典に時々見られる記述だった記憶がある。 光神教では、普通は信徒のことを迷い子と言うんだが、神の子と書かれている箇所もあった…………ような気がする。」
あまり自信がないようだ。
ちなみに、ミカにはまったく記憶がない。
もっとも、ミカの知る光神教の内容はほぼすべて、教会に通っていた半年にラディから口頭で伝えられた神話ばっかりだ。
(ラディとか、キフロドなら詳しいことが分かるかな?)
ミカが神の子と迷い子の言い方の違いに何か感じるものがあれば、里帰りした時に聞くことができたのだが……。
(まあ、しょーがねえよな。 だって、興味ないんだもん。)
光神教に、欠片も興味がない。
ミカは「やれやれ……」と肩を竦める。
「ミカ君。」
その時、オズエンドルワがミカを呼ぶ。
「多くの情報提供ありがとう。 また何か思い出したり、青年についての情報などがあれば、いつでも来てくれ。」
オズエンドルワがミカを真っ直ぐに見て言う。
「まあ、次は騎士に一言かけてから入って来てくれると助かるが。」
「あ、あははは……。」
この部屋に戻ってくる時に見たが、まだいろんな部屋がしっちゃかめっちゃかになったままだった。
「それと……。」
そう言って、オズエンドルワが立ち上がる。
「多くの部下たちの命を救ってくれたこと、礼を言う。」
そう言って、綺麗な所作で頭を下げた。
そう言えば貴族家所縁の人だっけ、この人。
立ち居振る舞いがとても綺麗だった。
まるで、いつぞやにクレイリアがしてくれたような、とても丁寧な礼。
ミカも立ち上がる。
「顔を上げてください。 そんな風にしてもらうようなことじゃないですよ。」
「しかし、君がいなければ何人が合成魔獣の餌食になったか。 身体を裂かれた者も救ってくれたとも聞いている。」
ミカはこっそりと溜息をつく。
「分かりました。 受け入れますから顔を上げてください。 苦手なんですよ、そういうの。」
ミカが苦笑しながら言うと、ようやくオズエンドルワが顔を上げる。
「本当に、君には感謝しかない。」
オズエンドルワがしみじみと呟く。
「しばらくは多忙を極めることになると思うが、まあ気にせずまた来てくれたまえ。」
そう言って、オズエンドルワの目がぎらりと狂暴な光を見せる。
「その時までには、今日のような腑抜けたことにならないよう、一から鍛え直しておくのでな。」
「あ。」
すっかり忘れていた。
ミカの侵入を許したことを、めっちゃ怒ってたんだった、この人。
(第五騎士団の皆さん! ご、ごめんなさーいっ!!!)
これから第五騎士団の騎士たちに降りかかる苦難を思い、ミカは心から謝罪をするのだった。
■■■■■■
【?????????】
豪奢な調度品に溢れた、教皇執務室。
豪華なソファに腰かけ、二人の男が話し込んでいた。
テーブルには赤酒の入った瓶と、二つのグラス。
グラスはすでに飲み干され、空になっている。
一人は五十代でやや小太りの、華美な装飾の施された司教服を身に纏った男。
先程から熱弁を振るっている。
もう一人はすらりとした、見た目は四十代後半くらい渋い男。
こちらも司教服を纏っているが、装飾は控えめ。
ただし、品も質も良く、小太りの男よりも高位であることは、見る者が見れば一目で分かる。
光神教では、聖職者の位階は三段階しかない。
司教、司祭、助祭。
厳密なことを言えば、教皇も枢機卿も大司教も司教も、皆同じ司教である。
そして、修道士や修道女は聖職者ではない。
ただの一信徒である。
「あの小鼠めが! まだそのようなことを抜かしておるのですか!」
小太りの男が、怒り心頭とばかり声を荒げる。
「私も説得はしているのですが、仕方ありませんね。 彼の立場では中々に難しい決断なのでしょう。」
渋い男が、小太りの男を諭す。
「聖下の言葉にも従わぬとは、何たる不遜ですか!? 神託に背く背教徒め!」
「そう滅多なことを言ってはなりませんよ。 あなたも今や、枢機卿としての立場がある。 あまり皇帝に対して批判をしては、どこで聞き耳を立てているか。」
「……し、失礼いたしました。」
枢機卿と言われた小太りの男が、注意を受け、慌てて周囲を見回す。
が、すぐにソファから下りて跪くと、渋い男に縋りつくようにその手を取る。
「教皇聖下。 どうか、どうか皇帝を説得し、ご神託を我らの手で……っ!」
「勿論です。 私はそのために教皇となったのですから。」
「お、おお……。」
枢機卿は教皇の言葉を聞き、感嘆の声を漏らす。
その目からは、一筋の涙が流れた。
枢機卿が退出した後の教皇執務室。
部屋にいるのは教皇だけ。
教皇は枢機卿を見送った後、扉を閉めるとソファに戻った。
「随分、馴染まれたようですね。」
いや、もう一人いた。
カーテンの後ろから現れたのは、光沢のある美しい水色の髪の男。
整った顔立ちをしているが、なぜか目を瞑っている。
「どっちの話だ? 私か? あの男か?」
「…………あの男?」
水色の髪の男は不思議そうな顔をする。
教皇は苦笑した。
「そうだな。 いや、よい。 それで、今日はどうした?」
「こちらを。」
水色の髪の男はソファの横まで来ると、その場で跪き、頭を垂れる。
両手で何か捧げ持つような姿勢を作るが、その手には何も持たれてはいない。
「……”黒”?」
教皇は呟き、男の手から、何かを摘まむような仕草をする。
「随分と少ないようだが?」
「イストア近くの森のものです。 どうも具合が良くないようで、回収して来た、と。」
「そうか……。」
そう呟くと教皇は上を向き、口を大きく開く。
摘まんだ”黒”が姿を現し、それは五センチメートルほどの黒い繭のような形をしていた。
そして、それを教皇はゆっくりと口の中へ下ろし、丸飲みにする。
ゆっくりと大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「やはり少ないな。 あそこのは十年も置いていなかったか。」
「七年ほどです。 八年は経っていませんでした。」
「それでは仕方ないか。」
そう呟き、教皇は水色の髪の男の手に、自分の手を重ねる。
そうして立ち上がると、執務机の方に移った。
「”黒”ですか? それも…………十個も?」
水色の髪の男が戸惑うように教皇を見る。
「予定が早まるかもしれん。 少し急ぐ必要がありそうだ。」
「早まる……? エックトレームとの戦争ですか?」
「そんな瑣事などどうでもよい。」
教皇のその答えを聞き、水色の髪の男が驚いた顔になる。
「…………それでは、まさか。」
「ああ……、ようやくだ。」
そう呟き、教皇は椅子の背もたれに寄りかかる。
「”火”に言って、イストアとサーベンジールに仕掛けさせろ。 イストアに八個、サーベンジールに二個といったところか。 まあ、配分は任せる。 他にもよい場所があれば、そこに仕掛けてもいい。」
教皇の指示に、水色の髪の男が頷く。
「予定が早まる以上、結果としては戦争も早めることになる。」
「なるほど。 それでは早めに仕掛けさせる必要がありますね。」
「なに、そこまで急ぐことはない。 皇帝の重い腰を上げさせるのは、それでも一~二年はかかりそうだからな。 遅ければもう少しかかるかもしれん。」
教皇が微笑む。
その微笑みは、まさに聖職者の頂点に立つに相応しい、優しい笑みだった。
「ですが、大丈夫なのですか? 先日も……。」
「そんなに心配するな。 ”水”……、お前がよくやってくれているからな。」
ぎしっと音を立て、教皇が身体を起こす。
「もうこの間のようなことにはならんよ。」
そう言って、指先でとんとんと胸の中心を叩く。
教皇は机の引き出しから木箱を取り出す。
木箱は丁寧に仕上げられ、美しい光沢を持っていた。
そして、中央には何かの紋様か、印のようなものが焼き付けられている。
その印を、そっと撫でた。
「五十年も停滞していたのだ。 その分も含めて、ここで一気に集める。 そうすれば……。」
「いよいよ、ですね。」
「ああ……。」
教皇は再び椅子に寄りかかる。
「……長かった。」
そうして目を瞑り、感慨に耽る。
「本当に、長かったぞ……。」
溜息のように、そう呟くのだった。




