第12話 元冒険者
集会場の正面出入口の前。
中央広場には多くの村人が集まり、炊き出しの準備と怪我人の治療に大わらわだった。
村の自警団が熊のような魔獣を倒したが、ミカたちは集会場に留まっていた。
どうやら南門が壊されてしまい、他の魔獣や獣たちが村に入り込んでいないかを確認しているのだという。
応急的な南門の修復は急ピッチで行われている。
今、集会場前は野戦病院や難民キャンプのようになっていた。
傷だらけの自警団員たちは、集会場前にいるキフロドのところに行ったり、集会場の中に運び込まれる。
集会場の中ではラディが【神の奇跡】による【癒し】で治療を行っていた。
倒された魔獣は広場の中央付近にいる。
ディーゴによる致命的な一撃を受けた魔獣は逃走を図るが、そこで仕留められたようだ。
先程遠巻きに見てきたが、大きな黒いもじゃもじゃとした何か、しか分からなかった。
もう少し近くで見てみようと歩き出したところを、横にいた大人に止められた。
倒しはしたが、万が一を懸念してだろう。
窓から少しだけ見えた様子と、今の黒いもじゃもじゃの大きさから、おそらく魔獣の大きさは立ち上がると2メートルを優に超えていたのではないだろうか。
もしかしたら3メートルにも達していたかもしれない。
姿は熊に似ていたが、あの咆哮は尋常ではなかった。
建物全体をビリビリと震わせるほどの咆哮など、普通の熊では無理だろう。
家族が傍に居たから「一撃喰らわせてやる!」と奮い立つこともできたが、一人で出会っていたら「あ、死んだ。」と早々に心折られていたと思う。
それほどの咆哮だった。
「司祭様、回復薬を頂いても?」
自警団員が、キフロドが教会から持ち込んだ回復薬を貰いに来た。
好々爺然としたキフロドは、その自警団員に労いと祝福の言葉をかけると回復薬を手渡す。
「うむ、好きに使うがええ。 そっちの箱にも入っとる。 掠り傷でも何でも、すぐに治しておくがええぞ。 他にも来ないとは限らんからのぅ。」
「怖いこと言わないでくださいよ。」
げんなりする自警団員に、キフロドはカッカッカッと笑い飛ばす。
「そう思う気持ちも分からんではないがの。 まだ気を緩めるのは早いぞ。 他の連中にも言うとくがええ。 回復薬は十分ある、遠慮せずに使えとな。」
自警団員はキフロドに礼を言い、回復薬の栓を抜く。
その場で半分ほどを、引っ掻かれたような傷のある腕にかけ、残りを飲んだ。
すると、みるみる傷が塞がり、あっという間に治ってしまう。
(回復薬ってすげえー! なんだあれ!? 【癒し】並みに即効性があるぞ!)
集会場前の一角にキフロドが箱を積むと、引っ切り無しに自警団員たちがやって来ては、何かを貰って戻って行く。
それを見て、最初は何をしているのか分からず、気になって近くまでやって来たのだ。
目の前で傷が塞がっていく謎の薬に驚きを隠せない。
しかも、そんな薬の瓶が箱に何本も入っている。
この薬は全て教会からの持ち込みらしい。
(これはこれですごいけど、ラディの【癒し】があるなら必要ないんじゃ?)
そう思うが、単純に手間の問題かもしれない。
このくらいなら薬で治るという傷は薬で治し、ラディにはラディにしか治せない怪我に集中してもらっているのだろう。
どうやら、今回の魔獣退治で6名もの自警団員が重傷を負った。
そのうち1名は瀕死という状態だ。
先程からずっと、ラディはその瀕死の自警団員を救うため、懸命に神に祈って【神の奇跡】の【癒し】を与えていた。
その甲斐があったようで、何度目かの【癒し】で瀕死だった自警団員は意識を取り戻し、会話が可能な状態になっている。
この瀕死だった自警団員はヤスケリという人らしい。
集会場の正面出入口に魔獣が突っ込んで来た時、置いてあった空の荷車を押して魔獣に正面からぶつかって行ったという。
その時、正面の扉に物凄い勢いで叩きつけられ瀕死の重傷を負った。
ヤスケリが機転を利かせて魔獣の勢いを殺いでいなければ、その時に正面扉は破られていた可能性が高いという。
そうなっていれば、どれほどの惨事となったか想像もつかない。
(本当に命懸けだったんだな。)
見ていただけ、いや聞いていただけのミカでは想像もつかない死闘により、リッシュ村は守られたのだ。
まさに、想像を絶する命懸けの戦いだ。
ミカがラディを見ていると、ラディはすぐに別の自警団員に【癒し】を与え始める。
他の人たちも重傷ではあったが1回の【癒し】で十分に回復したのか、またすぐに次に向かう。
そうして次々に【癒し】を与えるラディの表情にも、さすがに疲労の色が濃く浮かぶ。
魔力がだいぶ減っているのだろう。
避難していた時には村人を励まし、魔獣退治後もこうして自警団員に【癒し】を与える。
それでもラディは優しく微笑み、村人たちに真摯に向き合う。
並大抵の覚悟でできることではないだろう。
ミカが集会場の様子を眺めていると、周りが騒がしくなった。
皆が笑顔で労ったり、歓声が上がっている。
その人垣の向こうからやって来たのはディーゴだった。
歓声の中を堂々と歩くディーゴは、まさに村の英雄という風格が漂っていた。
ディーゴは年季の入った鉄製の胸当てや手甲を身につけているが、それらで守られていない箇所は衣服が裂かれ、血が滲んでいる。
大きな怪我はなくとも、全身傷だらけといった感じだった。
僅かに右足を庇うように歩きながら、真っ直ぐキフロドの所へやってくる。
「おお、ディーゴ。 無事で何よりだわい。 ほれ、使うじゃろ。」
「ああ、済まねえ。 使わせてもらうよ。」
キフロドが2個回復薬を渡すと、ディーゴは素直に受け取った。
比較的大きめな傷の左肩と左足の傷に回復薬をかけると、残りの1本を一気に飲み干す。
ふぅー……と息を吐くと、空の瓶を空き箱に入れる。
「今回のは、あれはアグ・ベアかの?」
「ええ、ちっとばかりデカかったですがね。」
そう言ってディーゴは軽く肩を回し、首を左右に捻る。
ゴキッボキッとすごい音が聞こえてきた。
「自警団じゃあ、ちとしんどいっすわ、あのクラスは。 危うく死にかけた奴もいますし。 司祭様やシスターが居なかったらどうなってたか。」
「カッカッカッ。 儂は何もしとらんわい。 まあ、ラディがこの村に居ることが奇跡みたいなもんじゃのぉ。 普通、あれだけの癒し手は大聖堂から動かさんわい。」
「ほんとに……。 何でこの村にいるんですかい、あの人は? しかも無償で【神の奇跡】使うし。」
呆れたようにディーゴは言い、ラディの方を見る。
丁度、重傷として運ばれた全員の治療が終わったところのようだ。
キフロドはカッカッカッと笑って返す。
「ラディなりにいろいろ考えた上でのことじゃろうて。 間違ったことをしとらんなら好きにさせるわい。 老いぼれは、ただ黙って見守るだけじゃの。」
「…………いいんですかい、それで?」
ますます呆れた様子のディーゴだが、それ以上の詮索はやめるらしい。
本人の見てないところでする話ではないし、何よりこのキフロドが喋るわけがないという判断だろう。
「それで、村の方はどうかの? 被害は?」
「アグ・ベアの通った道沿いで、何軒か窓が割れたりの被害は出ちゃいるが、まあその程度で済んでますよ。 一番の被害は南門ですかね。 とりあえずは応急的にでも封鎖しちまえば、後は村の中を捜索。 安全の確認が取れれば解散、てとこですかね。 ただ、夜なんで。 確認にはちと時間がかかりそうですがね。」
「お前さんには言わんでも分かっとるじゃろうが、安全を一番に考えるようにの。 確認なんぞ、いくら時間がかかっても構わん。 朝までここに居ても構わんわい。 しっかりと確認を頼むの。」
「ええ、分かってますよ。」
そう言ってディーゴは戻ろうとするが、すぐ横で二人の会話を聞いていたミカに気づく。
「おう、坊主。 怖くなかったか?」
ニカッと笑い、片手でミカの頭をガシガシと撫でる。
このおっさんが、あの化け物のような魔獣を倒したとは何とも信じ難い。
少々厳めしい顔つきをしているが、どう見てもただのおっさんにしか見えない。
「ディーゴさんの方が怖い。 泣きそう。」
「なっ、このっ!」
撫でていた手でミカの頭をガシッと掴むと、左右にぐわんぐわん回す。
あははははっとミカは大笑いし、ディーゴもわっはっはっ豪快に笑いながらミカを左右に揺らす。
こうして冗談を言って笑い合っていられるのも、ディーゴがあの魔獣を倒してくれたおかげだ。
「ありがとうございます、ディーゴさん。 おかげで助かりました。」
急にミカがお礼を言うと、ディーゴは照れたようにそっぽを向いて「おう。」とだけ応える。
「すごいですね。 あんなの倒しちゃうんだから。」
「あー、まぁな。 でもなぁ、一人で倒したわけじゃねえからよぉ? 俺も弱くなったもんだ。」
ディーゴがしみじみと呟く。
「……弱くなった? あれで?」
ディーゴがとんでもないことを言いだした。
(あんな化け物を倒しておいて、弱くなったとかどういうことよ?)
あー……、と言いにくそうに言い淀んで、諦めたように溜息をつく。
「古傷のせいでなぁ、昔のようには動けねえからよ。 ……前は、あれくらいなら一人で何とかなったんだがなぁ。」
ディーゴは苦笑しながら右足をトントンと叩き、さらにとんでもない爆弾を投下する。
(あれを一人で倒すとか本気で言ってんの!? それって、あの化け物以上に化け物ってことじゃねえか!)
ミカが驚きに唖然としていると、そこにラディがやってきた。
疲労からか、いつもの聖母のような雰囲気に少々陰りが見える。
それでも微笑みを湛えたラディは、ミカのぼさぼさになってしまった髪を優しく撫でつける。
「ディーゴさんは元々は冒険者ですからね。 戦うことを得意とされる方は、それくらいの力があると聞いたことがあります。 おかげで村が救われましたわ。 本当にありがとうございます。」
ニッコリと微笑み、ラディはディーゴにお礼を言った。
「よしてくださいよ、シスター。 助けられてるのはこっちも同じでさぁ。 シスターのおかげであいつらも命拾いできた。 感謝します。」
そう言ってディーゴは頭を下げる。
重傷として運ばれてきた人のほぼ全員が、すでに普通に動いているようだ。
さすがに瀕死の重傷だったヤスケリはまだ安静のようだが、それでも家族らしき人たちと普通に談笑している。
【癒し】なんてものがなければ、医療水準も低く最悪の衛生状態のこの世界では、重傷者たちは全員が命を落としていてもおかしくはない。
それどころか、軽傷と看做されていた人たちの中にも感染症などで命を落とす人が出ていたかもしれない。
回復薬と【癒し】。
教会が惜しみなく与えたこの2つで、おそらく10人を超える人の命が救われたと考えても大袈裟ではないだろう。
「すべては神々の思し召しですよ、ディーゴさん。 ……遥か高みより我らを見守る、偉大なる6つ柱の慈悲に感謝を。」
ラディは略式の祈りで神々に感謝を捧げる。
いつもならラディにそう言われると苦笑いするディーゴだが、今日は違うようだ。
一緒に略式の祈りを捧げ、「それじゃあ戻りますよ。」と言って自警団員たちの所に戻って行った。
「ご苦労だったの、ラディ。 彼らの方はどうかの?」
ディーゴが居なくなると、キフロドがラディに話しかける。
重傷者たちのことだろう。
「みなさんもう大丈夫です。 ただ、ヤスケリさんだけは明日もう一度【癒し】を使いたいと思います。」
「そうか、それは良かったの。」
キフロドは好々爺の態でラディを見つめる。
「それで、【癒し】はあと何回使えるかの?」
「…………2回は。」
「倒れるまで絞り出せばなんとか、というのは”使える”とは言わんわい。 何回かの?」
「…………申し訳ありません。」
ラディは謝罪の言葉を口にした。
魔力を使い切ってしまったのだろう。
「この後また魔獣が来たらどうなるかの? 魔獣でなくとも、もし大怪我をした者が運ばれてきたら? いつも言うておるの?」
「それは……、はい……。」
先程の様子からは一転して、キフロドの口調は抑えられているが、その内容は厳しいものだった。
ラディは言葉を詰まらせる。
余力の残っていないラディでは、怪我人が出ても当然対応ができない。
では、その怪我をした者はどうなるのか。
考えるまでもないだろう。
(…………心が抉られるようだ。)
横で勝手に聞いていて、勝手にショックを受けているミカだった。
キフロドは万が一の時に備え、常に余力は残しなさいと言っているのだ。
余力を残さないことに反省を促すキフロドの言葉は、まったく意図していないミカにも突き刺さり、心の中で勝手に悶えていた。
魔獣が集会場までやって来た時、後のことなど知ったことかと半ば開き直ったが、本来であれば下策も下策。
自らの失敗で窮地に陥り、その尻ぬぐいに無茶をした挙句、後の始末を放棄するような無責任な行いだ。
目の前のことだけではなく、もっと大局的に物事を見て行動を選択しなくてはならない。
最近のミカは魔法の練習に夢中になり過ぎて、そういった視点がまるっきり抜けていた。
今後の方針について、真剣に考えなければなるまい。
ミカにはキフロドの言うことも、ラディの考えもよく分かった。
キフロドは、救える者を確実に、一人でも多く救うという考えなのだろう。
その救える者の中に、これから怪我をするかもしれない者を含めている。
そのためには、完治させられる人の治療をある程度までに留め、数日に分けて【癒し】を施すなどの手段が考えられる。
【神の奇跡】について詳しくは分からないのであくまで予想だが、おそらくそうした方法で魔力を残すことが可能だったのだろう。
そうして魔力に余裕を持たせ、予期せぬ事態に備える。
一方でとにかく全員を救いたいラディ。
例え数日であっても怪我を完治させないのはリスクだ。
これくらいで大丈夫、と思っていても容体が急変することもある。
そうした心配のない状態まで一気に治してしまいたいのだろう。
そして、その状態まで持っていくには、今回は人数が多かった。
瀕死の重傷を負った者もいた。
なので、魔力が底を尽いてしまった。
治してあげられる余力があるのに治療を施さないというのも、ラディにはつらいのだろう。
どちらが正しく、どちらが間違ってるということではない。
現実主義と理想主義。
ラディの限界を超えない範囲ならば、どちらでも結果は同じなのだ。
キフロドが言いたいのは、その限界を超える日は必ず来るから、それに備えなさいということだ。
重傷だった者のうち、ヤスケリを除く全員がすでに自警団員としての活動を再開している。
そこまで一気に回復させず、数日かけて治していくなどの方法を取れば、この後に何かあっても対処が可能になる。
そういうことをキフロドは言っているのだろう。
心情的にはラディの考えや気持ちも理解はできるが、思考的にはミカはむしろキフロド寄りだ。
(魔力を使い切るってのは、それだけで大きなリスクだな。)
今回の魔獣騒ぎで、ミカも大いに反省する。
下手に魔力を残して暴発させてはまずい、と思って毎日夕方にはガス欠状態にしていた。
だが、最近では”条件付け”も多少は形になった。
魔力を使い切るのはやめた方がいいかもしれない。
”制限”中は、意識しなくても魔力の動きがかなり重い。
例え”魔法名”を口に出しても、緩慢な魔力の動きを自分の意思で止めることが可能なほどだ。
まったく魔力が動かないようになるのが理想ではあるが、とりあえず暴発の危険はほぼ無くなったと考えていいかもしれない。
そんなことを考えていると、キフロドが回復薬をラディに渡す。
「飲んでおくがええ。 後のことは任せて休んでおきなさい。 ええの?」
ですが……、と言い淀むラディだが、キフロドに一礼して後を頼むとそのまま集会場の中に入っていった。
その後ろ姿は、明らかにしょんぼりとしていた。
ラディを見送っていると、ミカの頭にポンと手が置かれる。
キフロドだった。
「ああでも言わんと倒れるまで無理するからのぉ。 困ったもんじゃ。」
ラディを見送りながら、キフロドはやれやれと呟く。
そうしてミカを見ると、にっこりと微笑む。
「お前さんも最近なにやらしておるそうじゃの? 無茶をせんかと心配しておったぞ?」
ぴきっ、とミカの顔が引き攣る。
(バレて~ら。)
やばい、と冷や汗が背中を伝うが、おそらく完全にはバレてはいない。
思わず、あははは……と乾いた笑いが漏れる。
(どうする!? 逃げるか? って、逃げてもどうしようもないぞ!?)
このまま詮索されるとボロを出しかねない。
少々露骨な手段だが、話題を逸らすことにした。
「ぁー……、その……。 そういえば、冒険者ってなんですか?」
ミカは先程ラディの言っていた素敵ワードを尋ねることにした。
なんとも胸躍る響きじゃないか、冒険者とは。
そんなミカの思いとは逆に、キフロドは少し困った表情になる。
「冒険者に興味があるのかの?」
「はい。 ディーゴさんが元冒険者だって。 あんな魔獣を倒せるなんてすごいですよね。」
それを聞いてキフロドははっきりと苦い顔をする。
「そうかもしれんがのぉ。 やめておくがええぞ。 冒険者なんぞは。」
目を輝かせるミカに対し、キフロドはキッパリと否定する。
「確かに村を守るのに冒険者としての経験は役に立ったじゃろう。 じゃがの? そうした経験は冒険者でなければ得られないわけではないぞ。 彼奴らはゴロツキと変わらん。 気ままに暴れ、気ままに喰らう。 獣と同じじゃ。」
そう言ったキフロドは、真っ直ぐにミカを見つめ頭を撫でる。
「この村に冒険者はおらんからのぉ。 分からんのも無理はない。 じゃが、今のディーゴを見て冒険者に興味を持つのはやめておくがええ。 今はディーゴも改心したようじゃが、昔は手が付けられんでの。 一度は村を出て行ったんじゃよ。」
どうやら昔のディーゴは相当な暴れん坊だったようだ。
そして村を出て行った。
キフロドからの一方的な話だけでは判断できないが、キフロドの中では今のディーゴは”改心した”ということらしい。
もっと詳しく話を聞きたかったが、自警団員の数人が回復薬を貰いにやってきた。
そしてミカもロレッタが呼びに来たので、それ以上の話を聞くことができなかった。
ロレッタに手を引かれ、ミカは炊き出しの場所にやって来た。
集会場近くの井戸の傍だ。
10人ほどの村のおばちゃんたちが簡単に石で組んだ竈を使って食事を作っている。
その中には織物工場の食堂で食事の準備をしていた人が何人もいた。
どうやら、一度に大量に作り慣れている彼女らが炊き出しの担当のようだ。
すでに自警団員らしき男たちが十数人、集会場から持ち出したテーブルと椅子で食事をしている。
交代で食事休憩を取っているようだ。
「ちょっと待ってて。」
そう言ってミカを2つ並んだ椅子に座らせると、ロレッタは食事を取りに行った。
キョロキョロと周りを見渡すと、すでに食事を始めている母子の姿もちらほらと見える。
「はい、お待たせ。 食べよ。」
ロレッタが食事を持って来てくれた。
「お母さんは?」
ロレッタに聞いてみた。
魔獣を倒した後、それぞれで分担しての作業があるようだが、アマーリアの姿をまったく見かけなかった。
「お母さん? みんなと工場に行ってるわよ?」
アマーリアは織物工場に行っているらしい。
そういえば集会場に避難してくるのもかなり遅かった。
どうやら、織物工場では緊急時に行うことがあるようだ。
まあ、リッシュ村は織物工場で成り立っているので、被害を最小限に抑えるために何かやっているのかもしれない。
「さあ、早く食べましょ。」
ロレッタに促され、ミカはスプーンを取る。
豆とベーコンを黄色いペーストで煮た物、数種類の野菜を炒めたっぽい物、野菜スープ、そしてパン。
ぶっちゃけ、普段のノイスハイム家の食事より豪勢なほどだった。
早速ミカは食事を始める。
(うちは家計を節約してるのかなぁ。 他の家の食事なんか分からないけど、炊き出しの方が豪華ってどうなの?)
織物工場の給料がいくらかなんて分からないが、ノイスハイム家からはアマーリアとロレッタの二人が働きに行っている。
もしもそれで家計がギリギリなのだとしたら、相当に低い賃金で働かされていることになる。
(……やっぱり、リッシュ村で働くのはナシだな。 ってことは出稼ぎか。)
少し先の未来を考える。
簡単に村を見て回った感想だが、やはりこの村の生活基盤、経済基盤は脆弱過ぎる。
ごく単純に考えても、もしもミカが織物工場で働いた場合、織物工場に何かあれば一家三人が路頭に迷うことになる。
それならば出稼ぎでも他の収入源を得た方が、万が一のリスク回避になる。
(そう考えると、やっぱ冒険者って魅力的だよなー。)
キフロドは否定的だったが、今のディーゴを見ているとそこまで酷い選択ではないような気がする。
もっと詳しく調べる必要はあるが、一方的な話だけを聞いて選択肢から消す必要はないだろう。
そんなことを考えながらパンにかじりつくと、ロレッタの手が止まっていることに気づく。
どうやら、ほとんど食事に手をつけていないようだ。
「お姉ちゃん?」
ミカが声をかけると、ロレッタが明らかに無理をして笑顔を作る。
「……ううん。 何でもないわ。」
そう言ってスプーンを口に運ぶが、無理して食べているのがありありと分かった。
篝火はあるが薄暗いために気づかなかったが、ロレッタの顔色はあまり良くないようだ。
よく見ると、周りの母子もあまり食事が進んでいないようだった。
さすがに自警団員の男たちは普通に食事をしていたが、戦うことに慣れていない女性や子供なら、とてもじゃないが食事なんか喉を通らないくらいには魔獣の襲撃はショックな出来事だったのだろう。
(……まあ、それが普通か。)
むしろ、あんな目に遭いながらその後に普通にしているミカの方がどうかしている。
(俺もショックがないと言えば嘘になるが……。)
それ以上に、胸に湧き上がるものがある。
(あんな化け物を倒して、しかもそれでも弱くなったってさ。 どうなってんだよ、まじで。)
ミカは、自分の”悪い病気”が疼くのを感じていた。




