第127話 第五騎士団の混乱
水の3の月、1の週の陽の日。
午前中に指名依頼を片付け、ミカは第五騎士団の詰所の前にやって来た。
本当なら、さっさと冒険者ギルドに依頼完了の報告に行きたいところだが、ギルドに行けばまたあのおっさんに付きまとわれるだろう。
なので、先に第五騎士団から片付けることにした。
騎士団の詰所は、街中に広い敷地を確保していた。
少し年期の入った三階建ての建物が、敷地に入ってすぐの左にある。
建物の入り口に大きく「第五騎士団」と看板がかかっていた。
敷地内の遠くの方では、訓練をしている騎士たちが見える。
ミカは敷地に入り、建物を見上げる。
(団長とやらは、今いるかね?)
アポなし訪問だ。
不在でも不思議はない。
(ま、こっちの都合なんかおかまいなしで付きまとわれてんだから、突然押し掛けんのはお互い様だな。)
先週ガエラスに「殴り込み」と冗談で言ったが、実は半分マジである。
ただ、さすがに官憲相手に大立ち回りする気はない。
そんなことをすれば、お縄を頂戴するのは確実。
穏便に話し合うつもりである。…………一応は。
(さっさと話つけて、ストーキングをやめてもらわないと。 …………どうせ追いかけ回されるなら、可愛い女の子にしてくれればいいのに。)
まあ、そうなったらそうなったで、やっぱり逃げ回りそうな気がしなくもないが。
ミカは詰所の建物に入る。
建物の中は、結構ぼろぼろだった。
壁にはあちこち傷やヒビが入り、床板も傷だらけである。
廊下をてくてくと歩き、階段を探す。
(馬鹿と煙は高い所が好き、ってね。)
威張りたい奴とか、自分は偉いんだ、と誇示したい奴なら三階にいるだろう。
そう見当をつけ、三階を目指す。
某ゲームで潜入は散々やってきた。
最高難度でもクリアするくらいには、やり込んでいる。
「ん?」
「あ。」
だが、廊下の突き当りの方からやって来た騎士に、すぐに見つかってしまった。
「こら、勝手に入ってきちゃだめじゃないか。」
騎士が少し歩調を早め、ミカの方にやって来た。
ミカはさっと近くの部屋に入り込む。
「あ、こら! 待ちなさい!」
騎士の声が聞こえるが、無視して素早く部屋の中を確認する。
そこは椅子だけが並んだ部屋だった。
すべての椅子が一つの方向を向いて並んでいる。
(ブリーフィングルーム?)
どうやらハズレだったらしい。
隠れられるような物が何もなかった。
(せめて段ボール箱があれば……っ!)
まあ、ある訳ないのだが。
存在すらしていないかもしれない。
だが、替わりに部屋の奥に扉を見つけた。
段ボール箱は諦め、素早く奥の扉に向かい中に入る。
こちらは会議室だろうか。
長机が、大きく四角を作るように配置されている。
この部屋も隠れられる場所はなさそうだ。
だが、廊下に出る扉を見つけた。
「君っ! いい加減にしなさい!」
騎士がさっきのブリーフィングルームに入って来たようだ。
ミカは会議室から廊下に出て、ダッシュで奥に向かう。
そして、廊下の途中にある階段を見つけた。
だが、運悪く数人の騎士が降りてくるところだった。
(どうすっかな。)
とりあえずダッシュしたまま階段の前を素通りし、奥に向かう。
(どこかに隠れやすい所はないのか?)
と思ったところで、また別の騎士に見つかった。
騎士多すぎやろ。
(まあ、詰所なんだから当たり前か。)
ミカは再び近くの部屋に飛び込む。
「あ、え? 子供?」
「こら、どこいった!」
突然ミカに出くわし戸惑う騎士と、さっきの追いかけてきた騎士の声が廊下に響く。
ミカの飛び込んだ部屋は、どうやら騎士たちの待機部屋だったようだ。
向かい合った机が並び、五人ほどの騎士がブアットレ・ヒードをやったり、コップを持って談笑していた。
「ん?」
「子供?」
「どこから入った?」
騎士のうちの一人がミカの方にやって来る。
「お嬢さん、どうしたのかな?」
その騎士は怪訝そうにしながらも、努めて優しくしようとしているのが分かった。
その時、廊下が少々騒がしくなってきた。
「子供が入り込んだ!」
「どこ行った!?」
などの声がいくつも聞こえてくる。
ミカに声をかけてきた騎士もその声に気づいたのか、少し聞き耳を立てている。
その隙にミカはすいっと騎士の横を通りすぎる。
「あ、こら!?」
ミカを捕まえようとする腕を逃れ、机の下に潜る。
ガタガタッと椅子の動く音がし、他の騎士が「何だ?」「どうした?」と動き出すのが分かった。
「おい、ここに女の子が来なかったか!?」
廊下から一人の騎士が飛び込んで来た。
部屋にいた騎士たちの意識がそちらに向いた隙に、ミカは机の下を潜り抜け、机を死角にして移動。
奥に見つけた部屋に素早く入り込んだ。
「その机の下に入ったぞ。」
「いや、いないぞ! どこいった!?」
部屋の中から扉に背を預け、待機部屋の騒ぎを窺う。
ガタガタッと大きな音がするので、椅子や机を動かしてミカを探しているようだった。
(ふぅ……。 大騒ぎだね。)
と一息つく。
(おっかしいなあ……。 上手く潜入するつもりだったんだけどなあ。)
首を捻る。
ゲームでは結構得意だったのに。
やはり現実とゲームでは違うようだ。
当たり前ではあるが。
そこでふと、部屋の壁にいくつか板が打ち付けられているのに気づいた。
そして部屋の角の方には、割れた板の残骸をいくつか発見する。
(何だ、あれ?)
壁に打ち付けた板。
割れた板の残骸。
…………まさか……!
「おい。」
その時、ミカの思考を遮るように声がかかった。
声のした方を見ると、机に向かって仕事をしている一人の男。
三十前後だろうか。
鎧を身につけない、ラフな格好。
ただ、若そうなのに白髪が随分と多い。
実は結構いっているのだろうか?
「なぜ子供がこんな所にいる。」
そう言って、男は椅子の背もたれに寄りかかる。
机は扉の真正面。
つまり、ミカが入った時に正面にこの人はいたのだ。
(ぜんぜん気づかなかった……。)
いくら【気配察知】を持たないとはいえ、正面にいた人に気づかないとは。
(慌てて部屋に入ったって、正面にいりゃ気づくだろ。)
ミカが未熟なのか。
この男の気配が希薄だったのか。
「………………。」
男は背もたれに寄りかかったまま、ミカを黙って見ている。
が、急に身体を起こした。
「…………、ミカ?」
男が呟く。
その呟きを聞き、ミカは「はぁー……。」と大きく溜息をつく。
「あなたの差し金ですか、オズエンドルワ・ソルニータクスさん?」
ミカの名前を男は知っていた。
つまり、ミカの名前などを調べ、無精髭の騎士を差し向けてきたのは、この男である可能性が高い。
第五騎士団長、オズエンドルワ・ソルニータクス。
噂通り、本当に壁に穴を空けてたよ、この人。
しかも、三階にいるかと思ったら、まさかの一階とは。
ミカがフルネームで呼ぶと、オズエンドルワが目を見張る。
「……どこで、それを?」
「あなたのことを知っている人なんていっぱいいるでしょう? そんなに驚くことですか?」
ミカは何でもないことのように言う。
オズエンドルワは最初こそ驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
「シェスバーノは?」
シェスバーノ?
誰だ?
(ああ…………そういえば、森で騎士たちにそう呼ばれていたっけ?)
あの無精髭の騎士の名前が、シェスバーノだった気がする。
「さあ? 今日は見ていませんので。 もしかしたら、またギルドを見張っているのかも。」
ミカがそう言うと、オズエンドルワが大きく息を吐きながら、再び背もたれに寄りかかる。
コンコン。
その時、ドアがノックされた。
「どうした。」
オズエンドルワは入室を許可せず、用件だけを尋ねた。
「すいません団長。 侵入者が――――。」
「そっちで対処しろ。」
「はっ、失礼しました。」
扉越しに話かける騎士に、オズエンドルワが無情な返答をする。
(侵入者ならここにいますけど?)
いいのだろうか。
ミカは振り返り、扉を見る。
扉の向こうは、今やえらいこっちゃの大騒ぎだ。
おそらく、建物中でミカを探しているのではないだろうか。
「どのくらいかかった?」
不意に、オズエンドルワがミカに尋ねる。
「へ?」
「建物に侵入してから、ここまでどのくらいかかったんだ?」
侵入してからの時間?
「さあ? 五分もかかってないと思いますけど……。」
ミカがそう言うと、オズエンドルワが上を向いて、両手で顔を覆う。
「ふ、ふふ……。」
そして、なぜか可笑しそうに息を漏らす。
オズエンドルワは真っ直ぐにミカを見て、口の端を上げる。
「……ありがとう。 君のおかげでいい演習になった。」
オズエンドルワは笑顔を張り付けたまま、こめかみの血管をぴくぴくさせる。
机に置かれた手が、震えるほどに強く握られていた。
(こっわぁ……。 めっちゃ怒ってるよね、これ。)
たぶん、ミカに向けたものではないだろう。
ミカの侵入を許した、騎士団に対しての怒りだと思われる。
「まさか、ここまで腑抜けていたとは……。」
とか、何やらぶつぶつ呟いている。
そんなオズエンドルワを見ていたが、ミカはここに来た用件を思い出す。
「何が目的ですか?」
ミカがそう聞くと、オズエンドルワがミカの方を見る。
「目的?」
「シェスバーノとかいう騎士を差し向けてきた目的ですよ。 鬱陶しくて迷惑なんですけど。」
「ああ、そういうことか。」
オズエンドルワはコツコツと、指先で机を叩く。
「君は、何者だ?」
「……どういう意味でしょう?」
「そのままの意味だ。」
オズエンドルワが身体を起こし、机に両肘をつき、真っ直ぐにミカを見る。
「ただの子供は、魔獣に向かっていったりしない。 ましてや、合成魔獣を倒すなど大人だって無理だ。」
「そんなのは人によるでしょう?」
「それはそうだが、君は強すぎる。 【神の奇跡】も、あり得ないほどに使いこなしていると聞く。」
「あり得ないと思っている人には、あり得ないんでしょうね。」
ミカはつまらなそうに答える。
いっそ太々しいほどのミカの態度だが、オズエンドルワは然程気にしていないようだ。
「どうしてその年齢で、そこまで【神の奇跡】を使いこなしている?」
「そんな質問に答えるとでも?」
合成魔獣との戦闘では、”石弾”や”火炎息”や”氷結息”を使いまくった。
あれを【神の奇跡】で説明しろと言われても無理だ。
ならば、魔法士の印籠を出すまで。
「答えられないのか?」
「ええ、答えられませんね。」
ミカは平然と、回答を拒否する。
「魔法士の抱える秘密を舐めてます? 下手に漏らせば、一生収容所ですよ? それとも、僕を嵌めるのが本当の目的で?」
魔法士相手には通用しないだろうが、魔法士ではない相手ならこれで十分。
法を逆手に取って、黙秘を貫く。
ミカの言葉を聞き、オズエンドルワが考え込んだ。
(これで【神の奇跡】に関することは、すべて跳ね除けることができる。 少しでも関連しそうなものも、慎重を期して黙秘しますってことにすればいい。)
ミカは内心ほくそ笑むが、それをおくびにも出さない。
冷ややかな目でオズエンドルワを見ている、ような振りをする。
オズエンドルワはしばらく考え込むが、「ふぅー……。」と息を吐き出す。
「……なるほど。 聞いても答えてはもらえそうにないな。」
「そうですね。 こちらも命がけなので。」
よしっ!
丸め込んだっ!
ミカは心の中でガッツポーズを作った。
「それでは、ご理解いただけたという――――。」
「聞くのがだめなら、直接試すしかないな。」
はい?
ミカがぽかんとしていると、オズエンドルワが立ち上がる。
「どの程度やるのか。 話を聞いただけでは分からんからな。 少し付き合え。」
そう言ってオズエンドルワが、ミカの横を通り過ぎ扉に向かう。
「あ、いや、僕ちょっと用事を思い出しまして。 また今度に――――。」
「そう、つれないことを言うな。 何、ただの遊びだよ。」
勝利を確信してからの、急転直下。
ミカは慌てて撤退しようとするが、受け入れられそうになかった。
さすがにこんな見え透いた嘘は通用しなかったようだ。
(おいおいおい、まじか!? 勘弁してくれよ!)
何をやらされるんだ?とミカが茫然と見ていると、オズエンドルワが扉を開く。
直後――――。
「総員っ! 気をつけえっっっ!!!」
オズエンドルワの、建物全体を震わせるような大声量が響き渡る。
途端に、建物中で大騒ぎだった騎士たちが一斉に動きを止めた。
ミカは思わず両耳を塞ぐが、間に合わなかった。
キー……ンと微かに耳鳴りがする。
(オズエンドルワ、確かに騎士としていい体格はしてるけど、そこまで規格外のでかさじゃないぞ? 何でこんな大声を出せるんだ?)
レーヴタイン侯爵の方が、体格なら上だろう。
しかし、この声量ならメガホンなど無くても、外で号令をかけるのに苦労はしないだろう。
どこにいても聞こえてきそうだ。
ミカが身を竦めて、耳を塞いで固まっていると、オズエンドルワが振り向く。
「こっちだ。」
それだけ言って、さっさと部屋を出て行ってしまう。
(これ、行かなきゃだめ……?)
ミカとしては、付きまとうシェスバーノさえ排除できればいいのだ。
だが、今の段階ではおそらく、まだそこまでに至っていない。
オズエンドルワを、納得させられていないだろう。
ミカは盛大に溜息をつきつつ、部屋を出た。
その途端、
「ああっ!」
「さっきの子供!?」
「何だと!?」
ミカを見た騎士たちが声を上げる。
だが、オズエンドルワに睨まれ、すぐに口を噤む。
待機部屋の机などは滅茶苦茶に動かされていて、どんな探し方をしたのか聞いてみたいくらいだった。
騎士たちの視線を一身に受けながら、オズエンドルワの後ろをついていく。
「何で団長と!?」
「どういうことだ!?」
廊下を歩くと、再び騎士たちの声が上がる。
そして、オズエンドルワに睨まれ、黙る。
その後は、じとっとした目がミカに向けられた。
(ぐっ……、なぜだ!? なぜ、こんなことに……っ!)
建物の外に向かうオズエンドルワの後ろをついて行きながら、そんなことを思うミカなのだった。




