第123話 ”解呪師”の噂
土の3の月、5の週の水の日。
あと数日で暦の上では春になるはずだが、まだまだ寒い日が続いている。
来週から初等部の2年が始まるため、ミカは帰省から戻ってきた。
寮に戻ると、ミカの机の上に手紙が一通置かれていた。
差出人は冒険者ギルド。
中に書かれていたのは、いつもと同じ文章。
「……また指名が入ったのか。」
商売繁盛で結構なことである。
が、王都に戻ったばかりで少々げんなりしてしまう。
「ま、贅沢な話か。」
ズレープトの一党を捕えた賞金で懐が温かくなったため、気が緩んでいるかもしれない。
こうして指名依頼が入るというのが、どれほど恵まれていることか。
ということで、翌日にギルドに顔を出すことにした。
帰省から戻ったことも伝えておきたい。
翌、風の日。
ギルドに着くと、すぐに応接室に通された。
応対はいつも通り、ユンレッサである。
「お帰りなさい、ミカ君。 久しぶりのお家はどうだった。 ゆっくりできた?」
「ははは、どうですかねえ。 ゆっくりできたような、そうでもないような。」
最初と最後がゆっくりできたから、割と休めたような気はするが。
そうしてユンレッサと少し世間話をしてから、指名依頼の話になる。
「今来ている指名依頼は二件よ。」
「二件?」
一件じゃないの?
「ミカ君が帰省してすぐに一件。 最近になってまた一件入ったの。 どちらも急ぎではないから、って。」
この二つの依頼は、前回の依頼と同様にすでにギルドに出されていた依頼だ。
学院から離れているため、ミカの条件の絞り込みで弾かれていた依頼らしい。
ミカはユンレッサが用意してくれた、以前から出されていた依頼書の内容を確認する。
「百万ラーツ以上なんて、そんな大金出してまで依頼したい人が、こんなにいるとはねえ。」
「あら、たぶんこんなもんじゃないわよ?」
ミカが思わず呟くと、ユンレッサがにっこりと微笑む。
「今出てる”呪いの排除”の依頼が何件あると思う? 何年も達成される見込みのない依頼を出し続けてる依頼者がどれだけいる?」
どれだけって、確か百件以上あるとか聞いた憶えはあるが……。
数えていないのではっきりとは分からないが、ミカが二十件以上達成しているので、残りは百件もないと思う。
「多少費用が膨らんだって、速やかに解決してくれるなら頼みたいって依頼者は、きっとまだまだいるわ。 皆、噂は耳にしても、まだそんな噂を信じられないだけよ。」
そう言って、ユンレッサはミカの持つ依頼書を指さす。
「一つひとつ、しっかり達成していけば噂の信憑性も増していく。 そうすれば、今は様子見をしている依頼者たちも、きっとミカ君に頼みたくなるわ。」
ミカは依頼書に視線を向ける。
一つは、最初に依頼を出したのが三年前。
もう一つは二十年以上も前だった。
「取り下げられた依頼、そもそも無駄だからと依頼すらしなかった人だっていると思うわ。 その人たちが、もし『噂は本当だ』って気づいたら、どうなると思う?」
どうなるって、そりゃ……。
想像してみて、ミカは青くなった。
たった一人しか持っていない特殊な力。
何年、何十年と放置されてきた数々の土地、家屋。
呪いがかかっていては売ることもできないが、多少多く払えば呪いを排除して売ることができる。
毎年、”呪いの排除”は半数くらいの依頼が取り下げられていると聞いた。
つまり、そんなのがまだまだ百件以上も眠ってる?
「王都は土地が高騰しているみたいだし、まだまだ出てきそうですね……。」
「何言ってるの、ミカ君?」
ユンレッサが呆れたように言う。
「王都だけの訳ないでしょう? 土地だけじゃない。 装飾品だって何だって呪いは宿るわ。 どうにもできずにずっと抱えていた人たちが、唯一の希望を見つけるのよ? ミカ君だったら、どうなるか分かるでしょう?」
「…………え?」
王都だけじゃない……?
確かに、それはそうだ。
それに呪われた物は教会に引き取ってもらっていたようだが、倉庫でも何でも奥に仕舞い込んで、抱えていた人がいても不思議ではない。
だが、そうなると――――。
「百、二百どころじゃない?」
「…………国中の、呪いで困ってる人がミカ君に依頼するんだもん。 たぶん、桁が一つ違うと思うわよ?」
いきなりそんなに殺到する訳ではないだろう。
だが、月に五件も依頼が入れば、ミカはもうパンクだ。
そんなに捌けない。
しかも、他の魔獣討伐などをする時間すら無くなる。
「無理です! そんなに来たらとてもできません! それに、国中から!? 学院生なのに、そんなのできる訳ないじゃないですか!?」
「…………ようやく、現実が見えてきたわね。」
ユンレッサが「やれやれ……」と溜息まじりに首を振る。
「落ち着いて、ミカ君。 そのためにギルドはあるのよ。」
あわあわするミカに、ユンレッサが優しく声をかける。
「あんまり殺到するようなら、受け付けの停止。 最低報酬の引き上げなんかで、篩にかけることもできるわ。 それに、指名依頼は断ってもいいのよ。 『学院生だから、王都の近隣までしか行けない』なんて、当然の理由じゃない。 それで評判が落ちたりなんかしないわよ。」
ユンレッサの言葉に、少しだけ安堵する。
ミカは、「はぁ~~……。」と大きく息を吐き出した。
そうだった。
指名依頼は断れるし、報酬の引き上げなども普通に行われていることだ。
「すぐにそこまでにはならないでしょうけど、数が増えてきたり、あんまり遠方からの依頼が来たらまた相談しましょう。 ミカ君は、自分の受けたい依頼を受ければいいのよ。」
「……よろしくお願いします。」
ミカは丁寧に頭を下げた。
そんなミカの姿に、ユンレッサが苦笑する。
「そんなに恐縮しないで。 普通のことなのよ。 そのためにギルドはあるの。 ね?」
「はい……。」
ミカはとりあえず、今回の二件を順番に受けることにした。
どちらも王都内ではあるが、学院からは少々遠い。
それでも、折角指名してくれたのだから、できれば解決してあげたい。
(来月は、この二つに専念するか。)
休暇中に、魔獣の討伐はそれなりに受けられた。
なので、来月は指名依頼を優先し、そちらが片付いたら魔獣討伐を探そう。
ユンレッサに手続きをしてもらい、応接室を出る。
「ありがとうございました、ユンレッサさん。」
「いいのよ。 それじゃ、頑張ってね。 ”解呪師”さん。」
帰り際、ユンレッサに笑顔でそう言われた。
「はい……?」
でぃすぺらー?
ミカが首を傾げ、きょとんとしていると、ユンレッサが可笑しそうに笑う。
「ふふっ、二件目の依頼者が、ミカ君のことをそう呼んでいたのよ。 『”解呪師”に頼みたい』って。 何でも、一部の噂ではそう呼ばれてるらしいわよ。」
「…………嘘だろ……。」
ミカは思わず、額に手をやり項垂れる。
知らないところで、勝手におかしなあだ名をつけるのはやめてほしいのだが。
最後の最後でやる気をごっそり奪われ、がっくりと肩を落としながら、ミカはギルドを後にした。
ギルドからの帰り、ミカはヤロイバロフの宿屋にも立ち寄る。
学院への帰り道が遠回りになるが…………というか、ほぼ反対方向ではあるが。
「ちゅーす。」
宿屋に入り、ミカが舐め腐った挨拶を飛ばすが、残念ながらロビーは無人だった。
「あり?」
いつもはフロントにヤロイバロフがいたり、番をしている子供がいるのだが。
ミカは勝手知ったるヤロイバロフの宿屋、ということで食堂の方にお邪魔する。
まだ、昼前の時間。
キスティルは厨房で忙しくしていることだろう。
もしかしたら、ヤロイバロフも厨房にいるかもしれない。
食堂の入り口から、ひょいっと厨房の方を見ると、キスティルが真剣な表情で仕事をしていた。
木製の盥のような物に入っている、大量の肉を両手でかき回している。
下味をつけているのか、何かのタレに漬け込んでるようだ。
ヤロイバロフは厨房にもいないようだった。
一生懸命に仕事に取り組むキスティルの邪魔をしても悪いので、このまま声をかけずに帰ることにする。
(…………?)
だが、ふとキスティルの様子というか、表情が気になった。
何だろうか。
何となく引っかかる。
ミカが首を傾げてキスティルを見ていると、後ろから声がかかる。
「おう、何だ、来てたのか。」
「あ、ヤロイバロフさん。 こんにちは。 お邪魔してます。」
「あー……、まあ、いいけどな。」
勝手に入り込んだミカに、ヤロイバロフが苦笑する。
「ヤロイバロフさん、ヤロイバロフさん、ちょっと……。」
ミカは声を落とし、食堂を出てロビーにヤロイバロフを誘う。
「ん? 何だよ?」
ヤロイバロフが片眉を上げ、怪訝そうな顔をする。
が、とりあえずは素直について来てくれる。
ミカはちょいちょいと手招きして、ヤロイバロフをしゃがませた。
つーか、ヤロイバロフでかすぎ。
「キスティルさん、何か様子おかしくないですか?」
ミカはキスティルを見て気になったことを、ヤロイバロフに聞いてみる。
ヤロイバロフは「そのことか……。」と呟く。
「お袋さんの調子が良くねえみてえだな。」
「お母さんの?」
キスティルの母親は、ここ数日あまり調子が良くないらしい。
「ウチで働くようになって、少しいい薬が買えるようになったから、しばらくは調子が良かったらしいんだけどよ。 急に調子が悪くなっちまったらしくてな。 今日も仕事休んで、お袋さん看ててやれって言ったんだけどよ。」
収入が減ることを嫌い、仕事に出ているらしい。
(……そうか。 あの表情は不安が出ていたのか。)
キスティルが不安を抱えている時の表情は、以前に森を封鎖された時にも見た。
それで、今の表情も何となく引っかかったのだ。
「お母さんが病弱だって話は聞いたことあるんですけど、何の病気とかってのは聞いたことないんですよね。 ヤロイバロフさん、聞いてます?」
「いや、聞いてねえな。 つーか、別に大病って訳じゃないだろ。 単に身体が弱いだけじゃねえか?」
「じゃあ、今調子が悪いのも、別に病気じゃないんですかね?」
この辺の詳しいことは、キスティルに聞いてみないことには分からないか。
ミカは「んー……。」と考え込む。
ヤロイバロフは、そんなミカを黙って見ていた。
「ヤロイバロフさん、ちょっと相談なんですけど。」
ミカは、今思いついたことを、ヤロイバロフに話すのだった。
「じゃあ、ヤロイバロフさん。 お願いします。」
「おう、こっちは問題ねえ。 気をつけて行って来いよ。」
「ちょっと、ミカくん!?」
ヤロイバロフにも協力してもらい、ミカはキスティルを強制的におんぶする。
キスティルの休憩の時間を待って、ミカはキスティルの家に行くことにした。
キスティルの母親に【癒し】を使うために。
「やっぱり、こんなの悪いわ。 下ろしてミカくん。」
「オーナー。 びしっと頼みます。」
キスティルの抗議を聞き流し、ミカはヤロイバロフを見る。
「オーナー命令だ。 行って来い。」
「だってさ。」
「そんな!?」
ミカとヤロイバロフが結託している以上、キスティルに勝ち目はない。
「じゃ、飛ばすよ!」
「きゃあっ!?」
ミカが走り出すと、キスティルが小さく悲鳴を上げた。
ミカは【身体強化】を五倍近くに引き上げ、キスティルをおんぶして王都を駆け抜ける。
人にぶつからないように注意する必要はあるが、そこそこ急いでもぶつかることはない。
なぜなら、魔力範囲も展開しているから。
裏路地の交差点など、先に魔力感知を使い探りを入れている。
キスティルはミカの肩にぎゅっと掴まっている。
しゃべらなくなったのは、諦めたのか、怖くて目を閉じているのか。
ミカはヤロイバロフに、キスティルの母親の治療のために、仕事を抜ける許可をもらったのだ。
なるべく給料に影響が出ないよう、休憩時間中に往復と治療を済ます。
まあ、実際は多少遅れても目こぼししてくれることになっているが。
ただし、あまりあからさまにするとキスティルが遠慮してしまうので、これは内緒だ。
【癒し】は怪我だけでなく、病気にも効く。
だが、どんな病気にも効くというわけではないらしい。
キスティルの母親が病気なのか、そうじゃないのか分からないが、少なくとも【癒し】を使えば体力は回復する。
治してあげることはできなくても、最近の不調に関しては良くなる可能性があるのだ。
ミカは南東の大通りに出て、大通りを通過したら4区を横断する。
目指すのは、南の大通りにある第二街壁の街門。
キスティルの家は、そこから外に出た第三街区にあるらしい。
第三街区に着くまではキスティルの案内も必要ないので、なるべく早く、かつ安全に街門を目指す。
キスティルの家からヤロイバロフの宿屋までは、だいたい片道で四キロメートルくらいらしい。
それだけの距離を毎日往復して、キスティルは仕事に通っている。
そして、それだけの距離になるとキスティルの足では、確実に休憩時間中に往復することはできない。
そこでミカのおんぶ作戦となった訳だ。
ミカは十分とかけず、南の街門に辿り着く。
「キスティルさん、こっからどう行くの?」
「ふぇ……?」
どうやらキスティルは、ずっと目を閉じ、しがみつく様にしていたらしい。
きょろきょろと辺りを見渡し、ようやくどこにいるのか分かったようだ。
「もう……街門に着いたの?」
「そうだよ。 どっち?」
ミカが聞くと、少し進んだ先の、右に入る道を指さす。
どうやら、無駄な抵抗はやめたようだ。
キスティルの案内で、どんどん進んで行く。
狭く、薄暗い路地を入った所に、キスティルの家があった。
正直、あまり治安の良い場所ではないだろう。
家のボロさは、ノイスハイム家とどっこいどっこいと言ったところか。
キスティルを背中から下ろす。
「ごめんね。 汚い所で。」
「僕の実家も似たようなもんだよ? 辺境の端の端だし。」
キスティルが恥ずかしそうに俯くが、ミカは気にしないよ、と笑いかける。
「ただいま。」
「お邪魔します。」
キスティルが家に入るのに続き、ミカも入る。
家の中は、少々散らかっていた。
奥に部屋があり、そちらが寝室のようだ。
「お母さんは、どちら?」
「こっちよ。」
キスティルが奥の部屋に入っていく。
二つあるベッドの一つに、母親らしき女性が寝ているのが見えた。
(確か弟もいるんじゃなかったっけ?)
二つだけのベッドを見て、そんなことを思う。
もしかして、弟は以前のミカと同じように間借りしているのだろうか。
どこの家でも、似たようなことやってんだなあ、と感慨に耽る。
「お母さん、ただいま。」
「お帰り、キスティル。 どうしたんだい、こんな時間に。」
「えーと……。」
キスティルは、何と説明しようかと悩んでいるようだ。
なので、ミカが説明することにした。
「初めまして。 お邪魔しています。」
ミカが声をかけると母親は驚いた顔になる。
だが、起き上がることはできないようで、横になったままだ。
「キスティルさんの友達のミカと言います。」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
「え、あ、はあ……?」
母親は、突然現れたミカに面食らっていた。
キスティルは少し焦ったような顔になるが、とりあえずは静観するようだ。
「キスティルさんのお母さんの、体調が芳しくないと伺いまして。 お力になれるかもしれないと、突然押しかけてしまいました。」
「は、はあ……。」
まあ、「子供が何言っているんだろう?」と思っていることだろう。
なので、ミカは自分にまず【癒し】をかけた。
実は、五倍近い強化で走ってきたので、少々膝などにダメージがきて、ちょっと痛かった。
黄色い光の粒が漂い、【癒し】によってミカの身体が全快する。
ミカが何気なく【癒し】を使うので、キスティルと母親は唖然とした顔になった。
キスティルには、先に説明してあったのに。
「僕はこんな感じで【癒し】が使えます。 完治はしなくても、体力は回復すると思います。 如何でしょうか?」
「い、如何と言われても……。」
母親が少しおどおどし始めた。
「有難いお話ですが、うちには……その、そんなお金は……。」
ああ、そういうことか。
無料で【癒し】を使う人がいる訳ないと思っているのだろう。
教会でも、きっちり有料サービスだ。
だが、ラディの薫陶を受けているミカは、こんなものでお金をもらおうなどとは思っていない。
「ご心配なさらないでください。 友達を助けるのにお金なんていただきません。」
そうにっこりと微笑むと、母親の返事を待たず勝手に【癒し】を使う。
いきなり【癒し】をかけては失礼だろうとお伺いを立てたが、やることが伝わったのなら問答は不要。
さくっと元気になっていただきたい。
母親は、自分の周りを漂う光の粒を茫然と見つめ、キスティルは不安そうに見守っていた。
「あ、ああ……。」
母親は気が抜けるような、溜息のような声を漏らす。
そして、光の粒が消えると、目をしばたたかせる。
「お母さん……?」
キスティルが声をかけるが、母親は聞こえていないようだ。
そうして、ゆっくりと寝返りを打ち、身体を起こしていく。
「お、お母さん!?」
母親が急に起き上がろうとするので、キスティルが慌てて支える。
「……信じられない……、こんなに身体が楽なんて……。」
母親は、誰に言うともなしに呟く。
「あまり、急に起き上がるのはよくないですよ。 無理はしないでくださいね。」
ミカが微笑みながらそう言うと、母親はミカを拝み始めた。
その姿を見て、ミカは「またか……」と額に手をやり、力なく首を振るのだった。
【後書き】
本日、短編小説を公開開始しました。
いつも拙作を読みに来てくださる皆さまへの、ささやかなお礼の気持ちです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
タイトル 『異世界に落っこちたら、綺麗なお姉さんの眷属にされた ~一度死んでるらしいんですが、とりあえず俺は元気です~』
よろしくお願いします。




