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【書籍版第2巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第3章 魔法学院初等部の”解呪師”

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第116話 ノイスハイム家の事情2




 ノイスハイム家が大きな借金を抱えていることが分かった。

 アマーリアとロレッタが一生懸命に働いても、ちっとも生活が楽にならない理由は借金の返済だったのだ。

 そのために、ロレッタは結婚も諦めているという。


 だが、二人を売り飛ばすことを前提に貸した金を、現在も返済しているというのはおかしな話だ。

 なぜ二人は無事なのか。

 その理由を確かめようとするミカだったが……。


「……村長に、お金を返しているの?」

「ええ……。」


 ミカが戸惑いながら尋ねると、アマーリアがこくんと頷いた。


(どういうことだ……? 何で村長がそこで出てくる?)


 実は村長が黒幕?

 いや、それなら今のような状況はおかしい。

 黒幕ではなく、善意の第三者として介入してきた?


「えーと……、村長って、もしかしてウチの親戚?」

「いいえ、違うわ……。」


 一番ありそうな可能性を思いつきアマーリアに聞くが、首を横に振る。

 どうやら親戚ではないらしい。


(これは村長にも話を聞く必要があるな。 ……正直、ちょっと苦手なんだけど。)


 ミカは”学院逃れ”の時のことがあり、少しばかり村長のことが苦手だった。

 ぶっちゃけ、リッシュ村で顔を会わせたくない人ランキング、ナンバーワンである。


 だが、(おおよ)その事情は把握できた。

 そして、お金で解決できる問題なのであれば、ミカでも何とかなる。


 ミカはぴょんと椅子から下りて、アマーリアの横に立つ。

 そして、打ちひしがれ、項垂れるアマーリアを強く抱きしめた。


「……ありがとう、お母さん。」


 多額の借金を抱え、それでもミカの前では笑っていてくれた。

 家族を守るために、必死になって頑張ってくれたのだ。


「…………ありがとう……、すごく、頑張ってくれてたんだね……。」


 アマーリアとロレッタがミカを溺愛しすぎだと思ったが、その理由が分かったような気がした。

 借金によって、この家族はバラバラにされるところだった。

 危うく失いかけた家族を、アマーリアとロレッタは必死になって守ってきたのだ。


 もしも二人が本当に借金のカタに売られでもしたら、ミカなど当然引き離される。

 良くて孤児院や里子に出されるくらい。

 その辺で野垂れ死にさせられても、おかしくない。

 そのくらい、この国では人の命が軽い。


「……ごめんなさい……、ぜんぜん……気づいてあげられなくて。」


 ミカは感情が昂ぶりすぎて、涙が溢れてしまう。

 ミカは、「久橋律」というノイスハイム家とは関係ない人間だという意識を、どうしても持ってしまうのだ。

 そのために、何か事情がありそうだと気づきながら、そこから踏み出すことを躊躇してしまった。

 もっと早くこの問題に気づいていれば、もっと早くアマーリアたちを助けることができたというのに。


 ミカが、そんな後悔の涙を流していると、アマーリアがそっと涙を拭いてくれる。


「ごめんなさいね、ミカ。 ミカにまで、こんな思いをさせたくなかったのに……。 頼りないお母さんでごめんね。」

「……そんなこと、ない……。 お母さん、ずっと……頑張って……。」


 ミカは言葉を詰まらせながらも、必死に思いを伝えようとするが、アマーリアは首を横に振る。


「お母さんは、頑張ってなんていないわ。 だって、ミカとロレッタがいるんですもの。 それだけでお母さんは幸せなのよ。」


 そう、微笑みながら話すアマーリアに、いよいよミカの涙は止まらなくなった。







 感情を抑えるのに時間がかかり、しばらくアマーリアに抱きしめられながら泣き続けていた。

 だが、今するべきことは分かっている。

 ならば、まずはそれに取り掛かるべきだ。


 ミカはアマーリアの腕の中から離れ、涙をぐいっと拭う。


「……お母さん、もう心配しないでいいからね。」


 ミカはずずっ……と鼻をすすりながらも、決意を込めた目で真っ直ぐにアマーリアを見る。


「ミカ、いいのよ。 お父さんの借金はお母さんたちで少しずつ返していくから。 ミカは気にしないで、自分のことだけを考えて。」


 アマーリアが心配そうな顔でミカを見る。

 だが、ミカの決意は変わらない。


「今、借金はいくらになってるの?」


 今の負債額がいくらか分からないので大きなことは言えないが、ミカは残りの負債すべてを一気に返済するつもりだ。

 利率がいくらなのか分からないが、下手したら返済しながらも借金が増えている可能性がある。

 それでも、何とか今月中に完済させたい。

 運がいいというのも何だが、幸いなことに今は長期休暇中。

 クエストをバンバンこなし、荒稼ぎしてやる所存だ。


 ミカが残りの負債額を尋ねても、アマーリアは少し困った顔をするだけで金額を教えてくれなかった。

 まさか……。


「もしかして、把握してないの!?」

「……その、ごめんなさいね。 お母さん、あんまり難しいことは……。」


 ミカは眩暈がした。

 人がいいというか、人を疑うことを知らないのかもしれないが、これはあまりに危なすぎる。

 この分では、今現在がどんな契約なのかも把握していないだろう。


(これは、すぐにでも村長に話を聞く必要があるな。)


 アマーリアのおおらかさに呆れるばかりだが、それを今言ってもしょうがない。


「と、とにかく、借金のことは気にしないで。 あとは僕が何とかするから!」

「ミカ、そのことは本当に――――。」

「ちょっと、村長の所に行ってくる!」

「え、ミカ!?」


 ミカは魔法具の袋を身につけ、ローブを羽織って家を飛び出すと、そのまま村の東側の森に向かう。


「創造の火種たる火の大神。 ――――。」


 走りながら【身体強化】を発現し、村を囲う柵を飛び越える。

 森の中を数百メートル進んでから、"低重力(ロウ・グラビティ)"と”突風(ブラスト)”を使い一気に上空に飛び上がった。

 まず目指すのはコトンテッセにある銀行。

 そこで口座に入れてある、ありったけの金額を下ろす。

 魔法具の袋に入れていた現金と合わせ、所持金は約五百八十二万ラーツ。

 これが今のミカの全財産。

 銀行の口座を解約すれば、もう百万ラーツ用意することもできるが、それは最終手段だ。

 というか、百万ラーツくらいなら、冒険者としての活動に専念すれば数日で用意できる自信がある。


 そうしてとんぼ返りでリッシュ村の傍の森に下り、村長の家に向かう。

 村の中央広場につき、村長の家の前に行く。

 大きな時計が広場から見えるように置いてあり、鐘楼もそのまま。

 数年間、まったくと言っていいほど変わっていない。

 正直、村長の家にはあまりいい思い出がなかった。

 ”学院逃れ”に関連することで数回訪れた記憶が強く、少しばかり胸のあたりがざわつくのを感じる。

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。


 ミカは玄関に備え付けられた呼び鈴を鳴らそう――――として諦めた。

 紐が取れており、位置が高すぎて手が届かない。


(なんだ、これ? 俺に対する地味な嫌がらせか?)


 そんな被害妄想を抱きつつ、仕方なく強めにドアをバンバンと叩く。

 そうしてしばらく待つと、村長が出て来た。


「はいはい、どうかし――――。」


 村長は扉を開け、玄関に立っているのがミカだと分かると、そこで言葉を詰まらせた。

 その表情で、少なくとも好かれていないことは分かった。

 まあ、そんなのはお互い様だが。


「……君か。 何の用かね? 今、少々忙しいのだがね。」


 一応、多少は不機嫌さを隠すつもりがあるような気がしなくもない程度に取り繕い、村長が言う。

 だが、ここでミカの方がそのままやり返しては話が進まない。

 何より、こちらはお金を借りている立場だ。

 少なくとも、正確な状況を把握するまでは、理性的に行くべきだろう。

 状況を把握した結果、ぶち切れる可能性もなくはないが。


「家のことで、少しお話を伺いたいのですが……。」


 ミカが少し言いにくそうにしていると、村長も用件に見当がついたのか家に招き入れた。







 村長の家のリビングに通される。

 ここに来たのは、サーベンジールの役人……官吏のバータフに魔法学院への入学命令を伝えられて以来だ。


 ミカの前に白湯を置いて、向かいの席に村長が座った。

 来客に白湯を出すのは別に嫌味といった意味はなく、ごく普通のことだ。

 紅茶を出してくれる冒険者ギルドやレーヴタイン侯爵家の方が特殊なのだ。


「……家のことというと、あの話かね? 誰に聞いた?」


 村長は少し険しい顔でミカを見ながら尋ねる。


「母から聞きました。」

「アマーリアさんが話したのか。」


 村長は少し驚いた顔をした。

 それから白湯を一口飲むと、再び口を開く。


「何か、話を聞きたいということだが。 何を聞きたい?」

「単刀直入にお聞きします。 残りの負債額はいくらですか? それと、債権者も教えてください。」


 ミカとしては、まずはこれを確認しないことには話の進めようがない。

 いろいろ聞きたいことはあるが、とにかく残りの借金の把握が最優先。

 そして、そもそも誰に借金をしているのかも分からない。

 元の金貸しが相手なら、現在のノイスハイム家の状況はありえない。

 アマーリアは村長に返済していると言うが、村長が立て替えたという話なのか。

 それとも村長はただの窓口で、誰か他の債権者がいるのか。


 ミカの言葉を聞き、「ちょっと待っていなさい。」と村長が部屋を出て行く。

 そして、すぐに戻ると手には数枚の紙を持っていた。


「これがまず、君のお父さんが作った借金だ。 私が立て替え、借用書を引き取った。」


 そう言って見せてくれたのは、数枚の借用書。

 すべてに「ウオディ・ノイスハイム」と汚い字でサインがされていた。

 記載されている金額を合計すると、利子を合わせて五百十七万ラーツだった。

 借用書は「返済済み」として処理がされている。


「残りの金額ということだが……、三百六十九万四千ラーツだな。」

「…………は?」


 村長が返済の記録を書いた紙を見ながら、残りの金額を教えてくれる。

 それを聞き、ミカは気の抜けた声が漏れてしまった。


「三百六……何で? それだけ?」

「それだけとは何だ。 アマーリアさんやロレッタちゃんがどんな思いでこれまでお金を――――。」


 村長が怒気をはらんだ声でミカを注意するが、ミカは驚いてそれどころではない。


「何でそんなに借金が減っているんですか!? 百四十万ラーツも少なくなってる!」

「当たり前だ! 二人は毎月、一生懸命に返済しているんだぞ!」


 村長は、二人の頑張りを軽視するようなミカの発言にいよいよ口調が強くなる。

 だが、ミカはそれどころではない。

 予想外の話に、少し頭が混乱していた。


(どういうことだ? まさか、無利子で貸してるのか? 赤の他人のために?)


 そんなことあり得ない。

 いくら村民のことでも、村長だからと借金を立て替えるなどある訳ない。

 親戚なのかと思ったが、そうではないとアマーリアが言っていた。

 では、村長はなぜ、赤の他人のために五百万ラーツも肩代わりしたのか。


「利子は、取っていないんですか?」

「そんなもの、取る訳ないだろう。 君は私を馬鹿にしているのかね?」


 村長がミカを睨みつけてくるが、ミカは首を振る。


「馬鹿にしているんじゃありません。 ごく当たり前のこととして聞いているんです。 五百万ラーツも貸して、利子もつけない。 担保は? いえ、まずは村長から母に貸したという、借用書を見せてください。」


 父が作ったという借金の借用書はここにある。

 村長が立て替え、金貸しが「返済済み」として処理し、村長に渡したからだ。

 では、その金を払った村長から、母への借用書があるはずだ。


「……そんなものない。」

「ない? ない訳ないでしょう。」


 借用書がなくては、ただの口約束だ。

 そんないい加減な約束で、五百万ラーツも貸す馬鹿がどこにいるというのか。


 そんな、ミカからすれば当然の話なのだが、どうやら本当に借用書はないらしい。

 村長はミカから視線を逸らし、苦々しい顔をしている。


 ミカは呆れ果てた。

 思わず溜息が出てしまう。


 借金の金額も把握していないアマーリア。

 借用書も作らず五百万ラーツも貸したという村長。

 二人ともどうかしている。

 こんなの、踏み倒し放題じゃないか。


「一体、何があったんですか? どうして、借用書も作らず五百万ラーツも……。」


 ミカは、村長から何があったのかを聞き出すことにした。







 村長が、ノイスハイム家の問題に最初に関わったのは、キフロドからの相談だ。

 ラディが、アマーリアがウオディから暴力を受けているようだと気づき、それを聞いたキフロドはまず村長に相談した。

 村民同士のトラブルを収めるのは村長の役目。

 教会として村長に協力はするが、独断で動くのはあまり良いことではない。

 教会の基本スタンスとして、そういう立場を採ることが推奨されているらしい。

 そして、真偽を確かめるためにノイスハイム家にキフロドと向かうが、ウオディのあまりに勝手な言い分に村長が激高してしまったのだという。


「殴ったんですか!?」

「……つい、かっとなってしまって、な。」


 ウオディは、家のことに口を出すな、こいつらをどうしようが俺の勝手だ、などと暴言を吐き続けていたらしい。

 そうして、堪忍袋の緒が切れた村長は、思いっきりぶん殴ってしまった。


(……こう言っちゃなんだけど、ちょっとだけ溜飲が下がるな。)


 ミカもアマーリアから話を聞いて、殴り殺したいと思ったが、どうやら少しだけ村長がやっておいてくれたようだ。

 そして、それをきっかけにウオディが村を逃げ出したのだという。


(ということは、ウオディを追い出してくれたのは、村長ってことになるのか?)


 そう考えると、村長はミカにとっても恩人みたいなものか?

 村長の立場を考えれば褒められた行動ではないのだろうが、個人的には大変素晴らしいと思う。

 ミカの中で、ちょっとだけ村長の評価が上がった。


 ウオディが出て行ったあとは、苦労はあるがそれでも平穏に暮らしているようだったという。

 アマーリアは幼い子供のために懸命に働き、ロレッタは六歳年下のミカの面倒をよく見ていた。

 だが、そんな平穏は突然破られた。

 借金取りが押しかけてきたのだ。


 借金のカタとして奴隷にする場合、まずは村長に認めてもらう必要がある。

 領主に命じられ村の管理をしている村長に、「こういう理由で住民の〇〇を連れて行きます。」と許可を取らなければならないのだ。

 その後、領主にも了解を得て、初めて『人間』が『奴隷』に落とされることになる。


 金貸しが村長の家に来て、借金返済のためにアマーリアとロレッタを連れて行くと言ってきた。

 借用書を見せ、その許可をいただきたい、と。

 金貸しは村長の許可を取り付ける間、先行して部下をノイスハイム家に向かわせた。

 金貸しの主張は国法で認められており、村長として法に則って手続きを済ませなければならない。


 だが、借金を作ったのはウオディ・ノイスハイム。

 村を逃げ出したために夫婦関係を解消することはできていないが、実質家族としての関係は破綻していた。

 何より、ウオディが村を逃げ出したのは、村長が殴ってしまったことが引き金になっている。

 そのことを思い出し、村長が手続きを躊躇っていると、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 ノイスハイム家に向かった金貸しの部下たちが、アマーリアたちを連れて来たのだ。


 突然のことに訳も分からず、ただ半狂乱のようになってミカの名を叫ぶアマーリア。

 ガラの悪い男たちに怯え、アマーリアに縋りつき泣きじゃくるロレッタ。

 二人は手枷を嵌められ、ただ泣き叫んでいた。

 そんな二人の姿に、村長は大きなショックを受けたという。


 ちなみに、ミカ少年は訳も分からないうちに男のうちの一人に殴られ、家で昏倒していたらしい。

 始めから、売り物にならないガキは、そのまま自宅に置き去りにする方針だったようだ。


(うーん……、記憶にないな。)


 ミカ少年の記憶を探っても、そんなショッキングなシーンは引っかからなかった。

 ショック過ぎて忘却の彼方に記憶を封印してしまったのか。

 一瞬の出来事すぎて、そもそもロクに憶えていなかったのか。


 ミカは少し温くなった白湯を飲み、気持ちを落ち着かせる。

 村長はその時のことを思い出しているのか、苦し気な表情をしていた。


「……それで、立て替えてくれたんですか?」


 確かにショッキングな状況だろう。

 だが、それで他人の借金を肩代わりするのは、まだちょっと動機としては弱いような気がする。


(俺が冷たいのか? 親しい人なら助けてあげようと思うかもしれないが、あくまで住民と村長だろう? そんなことで肩代わりまでしていたら、村長の方があっという間に破産するだろ。)


 同じ立場にならないと分からないが、ミカだったら「絶対に助けるか?」と問われれば、返答に困ってしまう。


 ミカの問いかけに村長は答えない。

 何か言いにくいことでもあるのか、と見ていると村長が立ち上がる。

 そして、キャビネットに入っていた酒瓶から、そのまま一息に酒を呷った。

 はぁーーっと大きく息を吐き出す。


「……息子である君の前で、こんなことを言うのもどうかと思うがね。」


 村長は席に戻ると、そんな前置きをしてから語り出した。


「君のお母さん、アマーリアさんを……、私の息子と一緒にさせたいと思っていたんだよ。」

「……え? は? 一緒にって……。」


 それって、村長の息子と、アマーリアを結婚させたかったということ?

 目が点になってしまったミカを見て、村長が苦笑する。


「驚くのも無理はない。 もう、二十年以上も前のことだ。」


 気立てのいい、器量好しのアマーリアを村長は息子の連れ合いに、と考えていた。


「だが、息子は村を出て行ってしまってね。」


 こんな田舎で一生を終えるのはまっぴらだ、と村を出て行ったらしい。

 確か、ディーゴも一度村を出て行ったとキフロドが言っていた。

 辺境の中でも更に端っこのリッシュ村を出て行きたいと思う気持ちは、ミカにもよく分かる。

 この村には何もなさすぎる。

 サーベンジールや王都を実際に見てきたミカとしては、リッシュ村(ここ)に縛り付けられる生き方は苦痛に感じるだろう。


「息子が村を出て行き、落ち込んでいた時にアマーリアさんが結婚してしまってね。」


 そこで、村長ははっきりと嫌悪を表情に出した。


「それも、よりにもよって、あんなうだつの上がらない男と! いくら幼い頃から仲が良かったとはいえ、あんな男とくっつくとは!」


 そう吐き捨てた。


「……嫌いだったんですか?」

「嫌いだって!? とんでもない! そんなもんじゃないさ! 憎んだよ、あの男のことを!」


 それでも、アマーリアが幸せそうに暮らしているのを見ているうちに、村長の心も慰められていたという。

 幸せに暮らしているのなら、残念だが仕方ない。

 縁がなかったのだと、諦めることができた。


 ところが、段々とアマーリアの元気がなくなっていった。

 そう度々顔を会わせる訳ではないが、少しずつ明るさを失っていくアマーリアに村長も気づいていたという。

 そして、キフロドからの相談でアマーリアの現状を知り、かつての憎しみが噴き出してしまった。


「私は、村長として失格だ。 個人的な憎しみを……、感情を抑えることができなかった。」


 身勝手な言い分を並べ立てるウオディに憎しみを抑えきれず、殴ってしまった。

 そして、それが原因で村を出て行き、多額の借金を作った。


「私にも、責任があると思うだろう?」


 村長にそう問われ、ミカは悩んでしまう。

 ミカが村長の立場でも、たぶん殴ってる気がする。

 これまでの話を聞く限り、ウオディには擁護すべき点は皆無だ。

 腕の怪我がきっかけのようだが、そんなことで他人に暴力を振るうことを認めていたら、世の中どうにかなってしまう。

 やはり、これは百%ウオディが悪い。

 村長に負うべき責任はない。…………と思う。


「村長に責任なんかないですね。 皆、一人のクズのせいで迷惑をかけられた。 それだけの話です。」


 ミカがそう言うと、村長は目を丸くする。

 たぶん、村長はウオディに手を上げてしまった負い目や、連れて行かれる姿に同情して借金の肩代わりをしたのではないだろう。

 アマーリアのことを昔から気にかけていて、そんなアマーリアが奴隷にされることが不憫だった。

 村長としての立場ではなく、個人的な気持ちで肩代わりすることを決めた。


(それなら、少しは理由として納得がいくな。)


 他にもいろいろ理由があるかもしれないが、大きな理由としてはこの辺だろう。

 いくつもの理由が絡み合い、最後の一押しは個人的な思いや感情。

 そう考えた方がしっくりくる。


 そして、ミカはここでもう一つの事実に気づく。


(俺が村長に嫌われてるのって、もしかしてウオディや借金のことがあるからか?)


 あのクズの息子。

 借金の肩代わりまでしてやった。

 それなのに、”学院逃れ”で村長の立場を危うくした。


(俺でも、『このクソガキ、恩を仇で返しやがって』って思うだろうな。)


 ミカは内心で苦笑する。

 ミカのあずかり知らぬことだし、”学院逃れ”は無事に解決したことでもある。

 それでも、村長からすると、そう思ってしまうのは無理ないかなと思う。


 村長の話を聞き、様々なことに合点がいった。

 ミカはすっきりとした顔で、姿勢を正した。





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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃくちゃいい人で草
[良い点] 村長が意外すぎる程に好い人でびっくり。あとは親父を闇に沈めなくては…
[一言] まともな人物だっただと……!?
感想一覧
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