第112話 ミカの自重と心の引き出し
土の1の月、2の週の水の日。
年明け早々、ギルドから手紙が届いた。
勿論、年賀状ではない。
『指名あり。 第二支部まで来られたし。』
何となく「G1〇型トラクター売りたし」という広告を彷彿させる、ギルドからの呼び出し。
太眉の殺し屋の漫画が読みたくなったが、当然ながらこの世界に漫画など存在しない。
早く漫画という文化が育ってくれないかなあと思いつつ、とりあえず話だけでも聞こうと冒険者ギルドに出掛けた。
実は、ミカは合成魔獣戦以降、ギルドに行っていない。
怪しげな赤茶けた髪の青年にばったり出くわすことを警戒し、学院の外にすら出なかったのだ。
また、第五騎士団の方からの、何らかのアクションも警戒していた。
合成魔獣相手にばっちり戦っているところを見られているので、見つかると第五騎士団も何か言ってくる可能性がある。
なので、ちょっと派手に動くのはやめておこうかな、と大人しくしていた。
なんと、あのミカがついに自重することを覚えたのだ。
これは非常に大きな成長といえるのではないだろうか。
ミカは冷たい風に向かう様に大通りを歩く。
暦の上では冬になったが、本格的な冬の寒さはここからが本番だろう。
ギルドに着くと、すぐにユンレッサに応接室に案内され、指名依頼の内容を教えてもらった。
話を聞くと、どうやら新規に出される依頼ではなく、十年くらい前に”呪い系”の依頼として出されていたもののようだ。
そして、その時に「土地が呪われている」と結論づけられた。
依頼者は、これでは出していても無駄だ、と依頼を取り下げた。
そうして、十年間ずっと放置していた。
ところが、最近になって「〇〇が所有していた屋敷の呪いが解かれたらしい」という噂を聞くようになった。
それも話の出所が一つではない。
まさか、とは思いつつギルドに確認すると、どうやら本当のことらしい。
そこで「確実にその冒険者に受けてもらおう」と指名依頼をしてきたのだという。
「何で僕の名前も知らない人が、指名依頼を出せるんです?」
二つ名があれば、二つ名で指名依頼できるというのは聞いたことはある。
だが、ミカにはそんなものない。
そんなので、どうやって指名依頼を出しているのだろう。
前回の指名依頼の時は、依頼内容すらロクに話そうとしない依頼者に、かなり強引に捻じ込まれたらしいことを言っていた。
今回もそんな感じなのだろうか?
そう思って聞いてみたら、ユンレッサが苦笑した。
「普通は冒険者の名前か二つ名が分からなければ、指名依頼として受けないのはミカ君の言う通りよ。 でも、これだけ特徴がはっきりしていれば、第二支部に来てさえくれれば受けるわよ? だって、他にいないもの。」
基本的には、ギルドは個人をはっきりと特定できる状態でなければ指名依頼を受け付けない。
仮に「どこどこのドラゴンを討伐した冒険者だ」と言われても、数年程度でも遡れば該当する冒険者が複数いることはよくある。
ギルドの方で判断して、実は依頼者の思っていた冒険者と違う、なんてことになったら大変だ。
なので、冒険者がはっきりと特定できない場合には、普通は指名依頼としては受けない。
だが、
「ミカ君の他に、誰がこんなに”呪い系”の依頼を受けてるのよ! しかも、『失敗なし』なんて! しかもしかも、呪いが解かれてるなんて!」
と、ユンレッサは前のめりになって、やや興奮気味に言う。
そんなユンレッサの様子に、ミカは思わず仰け反ってしまった。
(完全に、俺が解呪してるってバレてるね。 まあ、明言していないだけで、全部解いてるからバレるのは当然っちゃ当然なんだけど……。)
ミカはここで、折角覚えた自重をしっかりと心の引き出しに仕舞い込んだ。
装備を更新したり魔法具の袋を買ったりと、ここのところかなり散財してしまった。
(美味しい仕事があるなら、そりゃ飛びつくよね。)
使った分は、いやそれ以上にしっかり稼がねばなるまい。
「今回の依頼者は最初、王都の第一支部の方に行ったみたいね。 そこでは受けられなかったんだけど、もしかしたら第二支部なら……って言われてここに来たみたい。 『最近”呪い系”の依頼がいくつも達成されているのは第二支部の方です』って。」
そして、第二支部にやって来て、簡単にミカに行き着いた。
「第二支部の職員で、ミカ君のことを知らない人はいないもの。 これまでに”呪い系”の依頼を数件受けたことのあるパーティもいるにはいるけど、達成したり失敗したり。 報酬の高さでいくつかやってみたけど、そのうち受けること自体をしなくなるっていうのが普通よ。」
【鑑定】の【技能】を持ったパーティメンバーがいれば、呪いの原因を特定することは可能だろう。
だが、今回のように土地が呪われているなんて案件だった場合、特定はできても排除ができない。
そうなると依頼は失敗。無報酬だ。
そんな依頼に二回も当たれば「もういいや。」と思ってしまうのも無理はないだろう。
そんな中、半年ほどで二十件近い”呪い系”をことごとく達成するミカは、異彩を放つ存在だった。
「最近”呪い系”の依頼を達成しまくってる冒険者がいると聞いた。 その冒険者に頼みたい。」
と言えば、
「ああ、あの子ね。」
と話がスムーズに進むくらいには、目立ってしまったらしい。
「今回の報酬は大金貨一枚。 受注するだけで一割がミカ君の口座に入るわ。 残りが成功報酬。」
報酬の前払いは一割らしい。
まあ、達成さえすれば結果は同じだ。
「分かりました。 受けます。」
「分かったわ。 それじゃ、ちょっと待っててね。」
ギルドカードをユンレッサに渡すと、ユンレッサが部屋を出ていく。
受注と報酬の前払いの手続きをしに行ってくれたのだ。
(いやー、座ってるだけで手続きを済ませてくれるって、ちょっと気分いいよね。)
以前よりも大分落ち着いたようだが、それでもカウンターには長い行列ができている。
手続きの時間も短縮され、どんどん進むようになったが、それでもあの列に並ばないで手続きを済ませてもらえるのは有り難い。
(まあ、指名依頼の時は高待遇になるのも当たり前か。)
ミカへの報酬は大金貨一枚だが、依頼者が負担する費用は当然ながらこれだけではない。
ギルドへの手数料、報酬にかかる税金の天引き分なども負担しているのだ。
そして、このギルドへの手数料は報酬を基準に算定される。
高額の報酬を設定する依頼ほど、ギルドにとっては美味しいのだ。
(そう考えると、あの与太話の大金貨二十枚とか、どんだけ手数料払ってんだかな。)
とんでもない報酬を設定した、達成されることのない依頼。
聖者の大秘術書。
依頼を掲示するだけで、ギルドには手数料がっぽり。
おそらくギルドは、手数料目的であんな与太話の依頼を受け付けているのだろう。
(さすがにこればっかりは、阿漕な商売だと思ってしまうな。)
まあ、それでも構わないと依頼する方も依頼する方なんで、どっちもどっちか。
そんなにお金が余ってるんなら俺にくれよ、とか思ってしまうのはかつてのサラリーマン時代の悲しい性か。
貧乏人根性丸出しであった。
コンコン。
そんな下らないことを考えていると、扉がノックされてユンレッサが戻ってきた。
だが、その表情が何やら微妙な感じだった。
「あの……ミカ君?」
「はい、何でしょう?」
「カードに合成魔獣の討伐記録があるんだけど……。」
「ん?」
「え?」
一瞬、きょとんとする。
そして、ほんの数瞬の沈黙。
「あ。」
忘れてた!
そういえば、カードには倒した魔獣の魔力が残っているんだった。
そんな何週間も前の話、まったく言い訳を考えてなかった!
「どういうことなの?」
「あ、あれー? 何だったかなー? あ、あははは……。」
とりあえず、笑って誤魔化してみた。
どうしよう、言っていいのか、これ?
というか、言った方がいいのか?
知らされていないと、合成魔獣のいた遺跡みたいな場所に誰かが行ってしまう可能性はある。
だが、少なくとも騎士団はあの場にいたので、必要なら封鎖でも何でもするだろう。
ミカがギルドに報告しなければならないようなことは、ないのではないだろうか。
(何でもすべてを報告する義務はないはず。 逃がしたなら警戒を促すために報告した方がいいだろうけど、討伐したんだ。 なら、このまま黙っていよう。)
ミカは誤魔化すことにした。
どれだけバレバレだろうと、明言しなければグレーだ。
政治家には負けるが、言質を取られない玉虫色の回答なら心得ている。
伊達に二十年以上もサラリーマンをやっていない。
こうして、しつこく食い下がるユンレッサを煙に巻き、ミカはギルドをあとにした。
新しい装備も出来上がり、簡単な指名依頼もこなし、ミカの警戒も少しずつ解かれていった。
数週間ほどの自粛生活を終え、ミカがいつも通りの生活を取り戻したのは、この後すぐだった。
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【アム・タスト通商連合 首都シャクサーラ】
人通りの多い道を歩く、一人の男がいた。
光沢のある美しい水色の髪。
すらっと伸びた手足。
ゆったり歩いているようで、それでいて隙が無い。
整った顔立ちをしたその男は、ずっと目を瞑っていた。
きっと目を瞑っているように見えるだけで、薄っすらとは開けているのだろう。
前を横切る人や、すれ違う人とぶつからないように、さり気なく身体を傾けている。
二十代前半のその優男は、一軒のカフェに入った。
目を瞑ったまま、半分ほど埋まった店内を軽く見回し、一番奥の席に向かう。
その席には、赤茶けた髪の青年が一人で座っていた。
すでにいくつも注文していたその青年は、今も口いっぱいに頬張り、うっとりした顔で味わっている。
「……急に来られても困りますよ、イーグ…………イーちゃん、と呼ぶのでしたか?」
水色の髪の男は苦笑し、向かいの席に座る。
イーちゃんと呼ばれた赤茶けた髪の青年は、特に返事を返すこともなく、そのままうっとりと咀嚼を続けた。
水色の髪の男はちらりとテーブルに視線を向け、積み重ねられた皿の枚数をさり気なく数える。
「十一枚……すべてパンケーキですか?」
イーちゃんは確か、この店のパンケーキが好物だったと記憶している。
割と気まぐれで、ころころ好みが変わる傾向はあるが、この店のパンケーキは変わらず嗜好に合うらしい。
イーちゃんと呼ばれた赤茶けた髪の青年は、ごっくんと口の中の物を飲み込むと、ごくごくと紅茶を飲み干す。
パンケーキも紅茶も、庶民がそう気軽に食べたり飲んだりできるような値段ではないのだが。
もっとも、物の価値がどうのこうのなど、自分たちにはあまり関係のないことではある。
お金など、必要なら必要なだけ持って来ればいいだけなのだから。
「ぷはぁーっ! もう、遅いよー、アーちゃん。 待ちくたびれちゃったじゃないかー。」
「……開口一番がそれですか?」
アーちゃんと呼ばれた、水色の髪の男が苦笑する。
「急に呼ばれても困りますよ。 こちらにも都合があるのですから。 それに、話ならもう少し落ち着いた場所を指定してください。」
断片的に聞かれても内容は分からないだろうが、少々落ち着かなかった。
先程から、店内にいる女性の何人かがこちらに意識を向けている。
興味本位で聞き耳を立てているというのもあるが、もっと単純にこの顔が好みなのだろう。
まだ煩わしいというほどではないが、できれば落ち着いた場所で話をしたい。
そんなアーちゃんの考えなど、無論このイーちゃんに伝わる訳がない。
人の話を聞かなかったり、相手の都合をあまり考えないのは、割と”神の子”たち共通の性質だ。
まとめ役のようなことをやっている身としては、その点が中々に苦労する。
「アーちゃんはさー。 テーちゃんのこと、ルーちゃんに聞いてるー?」
「は? テーちゃん……?」
アーちゃんは微かに眉を寄せるが、すぐに一つの答えに行き着き、がっくりを肩を落とす。
「”闇”ですか……。 いえ、聞いていませんが。 ……あの、その略し方止めませんか? アーだのテーだの、大変分かりにくいのですが。」
この調子だと、あとはウーちゃんとフーちゃんもいるだろう。
分かってはいても、分かりにくいことこの上ない。
「なぜ、急にそんなことを?」
「いたかも。」
イーちゃんの、いつもののほほんとした雰囲気が消え、すっと目が冷える。
が、すぐににへらと笑う。
「”力”は少し使える感じだったかなー? でも”言”は使ってなかったよー? 【神の奇跡】を使ってたからさー。」
うんうんとイーちゃんが頷く。
「……それくらいなら、これまでにもいたでしょう? ですが、”神の子”にまで至れる者はそうそういません。 それに、そこ留まりではどちらにしろ――――。」
「いい考えがあるんだー。 もしかしたら、面白くなるかもー?」
アーちゃんの言葉を遮り、イーちゃんが楽しそうに言う。
そんなイーちゃんの様子に、アーちゃんが溜息をつく。
「イーちゃんが楽しむ分には構いませんよ。 ただし、やることはしっかりやってください。 でないと、あの御方に報告しますよ。」
「あ、そうだったー! それ頼もうと思ってたんだー。」
そう言ってイーちゃんが手を差し出す。
アーちゃんが手を出すと、その上にぽんと何かを置く仕草をする。
だが、手のひらには何もなかった。
「”黒”……。 どこのですか?」
「イストアの近くの森のー。」
「ああ、あそこですか。 ついこないだも、何かされたとか言ってましたね。」
「そうそう。 それで何かおかしくなっちゃったみたいでさー。 だからー、回収してきちゃったー。 もう、やんなっちゃうよねー。 余計なことしちゃってさー。」
イーちゃんは、頬を膨らませて怒る。
「そうなると、このままという訳にもいきませんね……。 あの場所は少々離れすぎて効率はよくありませんでしたが、それでも元々が膨大な量です。 最近はさらに増加しているようですし……。」
そう呟き、アーちゃんは腕を組んで考え込む。
「あの量を捨てるのは、さすがに惜しいですね。 代わりになる場所があればいいんですが、中々そう――――。」
「ど真ん中はー?」
「は?」
イーちゃんの提案に、アーちゃんが目を丸くする。
エックトレーム王国の王都、イストア。
そのど真ん中にあるものと言えば……?
アーちゃんは俯き、くっくっくっ……と思わず堪えきれずに笑い出す。
「ど真ん中って……王城に仕掛けるんですか……こ、”黒”を……ぷっ、くく……。」
アーちゃんはしばらく肩を震わせ、大声を上げて笑いそうになるのを堪える。
「あ、お姉さーん、これお代わりー。」
イーちゃんはアーちゃんが笑っているのを放っておいて、紅茶のお代わりを頼む。
お代わりが届く頃になって、ようやくアーちゃんの笑いは治まった。
「いいアイディアですが、さすがに”黒”がもちませんね。 ほとぼりが冷めれば、また同じ場所に仕掛けてもいいんですが……。 それまでがちょっと難しいですね。 しかし、場所も限られますし。」
アーちゃんが考えている間、イーちゃんは届いた紅茶を飲んで静かに待つ。
別にアーちゃんが考えているのを邪魔しないようにと思っている訳ではなく、単に紅茶を楽しんでいるだけではあるが。
「……そうですね。 少々勿体ないですが、やはりほとぼりが冷めるのを待ちましょう。 長くても精々十年か二十年くらいのものでしょう。」
そう方針を定め、アーちゃんが真っ直ぐにイーちゃんを見る。
イーちゃんは紅茶を飲んでほわわ~……とした、気の抜けた表情をしていた。
「あの御方にはこちらから伝えておきます。 もしかしたら別の指示が出るかもしれませんが、それまではこれまで通りで。」
「はいよー、ルーちゃんによろしくー。」
イーちゃんはアーちゃんの指示に僅かに頷き返事をするが、表情を見る限り、本当に聞いているのか少々疑わしい。
「ああ、それと、この間捕まえて来た魔法士たちですが、ウェン…………ウーちゃんが喜んでいましたよ。 中々面白い結果が得られたそうです。」
「あ、そうなのー? 悪戯する悪い子たちだからさー、好きに使っちゃってー。」
半ば呆けていたイーちゃんが、少し怒ったように言う。
「まあ、成功には程遠いようですが、じっくりやっていくつもりみたいですね。 できたらいろいろ使い道はあるでしょうけど、無くても支障はありません。 我々は、それぞれの役目を全うするだけです。」
アーちゃんがそう言うと、イーちゃんも頷く。
それからは特に会話もなく、程なくしてアーちゃんが席を立つ。
そうして、相変わらず人通りの多い通りを、アーちゃんは引き返して行くのだった。




