第106話 労働基準法がありませんので
「へっへっへ、どうです? ヤロイバロフの旦那ぁ。 たまんねえでしょう?」
「あ、ああ、たまんねえ。 俺ぁはもう、よだれが出そうだぜ。」
ヤロイバロフが口元を手の甲で拭う。
ミカとヤロイバロフの視線は、その滑らかに動く手に釘付けだった。
その繊細な動きがミカたちの欲求を刺激し、心をかき乱す。
丁寧でありながら時に大胆に、どう見せれば見る者の心を掴むのかを知っている。
そんな、素人にはできない、慣れた者の見せ方だった。
「あ、あの……できました……。」
キスティルは顔をやや上気させ、額には玉のような汗を掻いていた。
ミカとヤロイバロフの様子にやや戸惑いながらも、照れるような、恥ずかしがるような、そんな表情をするのだった。
■■■■■■
【キスティル視点】
「ねえ、キスティルさんは料理上手?」
そうミカくんに聞かれ、連れて来られたのは、まだ営業の始まっていない宿屋。
外観はボロボロだが内装は綺麗で、今は開店準備中らしい。
「ここのオーナーのヤロイバロフさんって人が、料理のできる人を探してたんだよ。 ヤロイバロフさーんっ!」
ミカくんは躊躇いなくその宿屋に入って行くと、大きな声でオーナーさんを呼ぶ。
「おう、坊主じゃねえか。 どうした?」
階段を下りて来たのは、びっくりするほどの大男。
浅黒く、筋骨隆々、スキンヘッドで、そのおっかない顔には額から左目の上を跨いで、左頬まで大きな傷がある。
私は恐怖のあまり、その場でへなへなへな……と腰が抜けてしまいそうになる。
「料理できる人探してたでしょ? もう見つけちゃった?」
「いや、それはまだだけどよ。 ……もしかして、そっちの嬢ちゃんか?」
そう言って、大男がギロリと私を睨む。
じろじろと見るその視線が怖くて、私は思わずミカくんにしがみついてしまった。
「あははは……、おっかないよね。 でも大丈夫だよ。 噛みついたりしないから。」
「おい、そりゃどういう意味だ?」
「どういう意味も何も、自分の見た目が怖いことくらい自覚はあるでしょ?」
ミカくんはその大男と普通に話をしているが、私は怖くてとても顔を上げられなかった。
私のそんな様子に、ミカくんが困っているのが分かった。
でも……、
「どうする? このまま帰る?」
そうミカくんに聞かれ、私はハッとなる。
(だめっ!)
このまま帰っても、これからの一週間をどうやって生きていけばいいのか。
もう、いつもの薬草を採りに行けなくなってしまったのだ。
代わりの稼ぎ口を見つけなければ、弟とお母さんと私と、どうやって一家三人で食べていくのか。
おっかないし、逃げ出したいし、身体の震えはまだ止められないけど……。
私は勇気を総動員して、ゆっくりと顔を上げていった。
■■■■■■
ミカはキスティルの目に力が戻るの見て、少しだけホッとする。
ヤロイバロフの宿屋に着くまでのキスティルは、それはもう死にそうな顔をしていたのだ。
もはや希望も何もないと、諦めたような顔。
だが、ヤロイバロフへの恐怖が、一旦は追い詰められた状況を忘れさせてくれたらしい。
今のキスティルは恐怖心を抑え込むのに精いっぱい。
とても余計なことを考える余裕などなさそうだ。
「こちら、ヤロイバロフさん。 複数の宿屋と食堂を経営するオーナーです。 こんな見た目ですが危険はありません。」
「おい。 何だそn――――。」
「こちらキスティルさん。 薬草の採集にいつも行っていたんですけど、なんか一週間森に入っちゃだめだって言われて困っています。」
ヤロイバロフが何か言おうとするが、無視してキスティルの事情を簡単に説明する。
「入っちゃだめ……? 誰に言われたんだ? 森ってのは、モデッセの森か?」
「王国軍の騎士団の人です。 森の名前は分かりませんけど、南に数キロメートル行った所の森です。」
「じゃあ、モデッセの森だな。 何でだめなんだ?」
「詳しくは教えてくれなかったんですけど、まあ危ないから調査するとか何とか。」
ミカが簡単に説明すると、ヤロイバロフは「ふーん」と少し考える。
キスティルは、そんなミカとヤロイバロフのやり取りを不安げな表情で見ていた。
「キスティルさんはいつもお母さんの料理の手伝いをしてるんだよね?」
「え!? う、うん……。」
突然ミカに話しかけられ、少しびっくりしたようにキスティルが答える。
「ほう、料理の手伝い? どのくらい手伝ってんだ? 皮むきくらいはやってんのか?」
ミカの「料理の手伝い」という言葉に反応して、ヤロイバロフが聞いてくる。
ヤロイバロフの視線が怖いのか、キスティルは俯いて黙り込んでしまう。
ミカとヤロイバロフはそのまま辛抱強く待つが、キスティルはしばらく待っても答えられなかった。
ちらりとヤロイバロフを見ると、ヤロイバロフもミカを見ていた。
『大丈夫なのか?』
その目が、そう問いかけている。
キスティルは、手をきつく握りしめていた。
その手が微かに震えている。
きっと、キスティルは今、一生懸命に勇気をかき集めているのだろう。
ミカはそっと、キスティルの手を握った。
一瞬、びくっと身体を震わせたキスティルがミカを見る。
だが、ミカは何も言わず、ただ微笑むだけ。
ミカにはそれしかできない。
いつまでもミカが通訳を務める訳にもいかない。
結局は、キスティルが自分で何とかするしかないのだ。
確かにヤロイバロフの見た目は怖い。
ミカも最初は死を覚悟したほどだ。…………割と本気で。
だが、ヤロイバロフほど子供に対して優しい人はいない、ともミカは思っている。
恵まれない環境の子供を雇って働かせるというのは、言うほど簡単なことじゃない。
劣悪な環境でこき使うというなら、そりゃ簡単だろう。
だけど、ここの子供たちはそんな思いをしていない。
ニネティアナに連れられてヤロイバロフの宿屋に泊まった時、働いている子供たちを見た。
先週会った時には、ヤロイバロフは両肩に子供を乗せ懐かれていた。
だからこそ、ミカも安心してヤロイバロフを紹介できる。
それまで俯き、怯えたような表情をしていたキスティルがゆっくりと顔を上げた。
そして、その表情は強い覚悟を感じさせるものに変わっていた。
「皮むきとか、下拵えは、毎日しています……。 お母さんの調子が良くない時は……、その……私が料理をして、います。」
途切れ途切れながらも伝えたいことが伝えられたのか、キスティルがホッと息をつく。
キスティルの話を聞き、ヤロイバロフが「ふーむ」と少し考え込む。
そうして、
「ちょっとこっち来い。」
と食堂に入って行った。
(ヤロイバロフさんがそのセリフ言うと、『表出ろや!』みたいに聞こえるね。)
キスティルと顔を見合わせてながら、そんな馬鹿な考えが浮かぶ。
大人しくついて行くと食堂を突っ切り、厨房に連れて行かれた。
「とりあえず、二品作ってみろ。」
そう言って、ヤロイバロフが設備や器具、調味料の場所、使っていい食材をざっと説明する。
キスティルに並んで、横で聞いているミカにはさっぱり分からなかった。
だが、キスティルには分かるのか、時々自分から質問して真剣に話を聞いている。
「じゃあ、やってみろ。」
そう言ってヤロイバロフは厨房内の少し離れた所から、キスティルの動きを観察する。
腕を組み、どっしりと構えたその佇まいは、正しく鬼教官という感じだ。
鋭い目つきでキスティルの一挙手一投足を見る。
これでは、見られている方の重圧は凄まじいものがあるだろう。
「いきなり慣れない所でやれって言われても、難しいんじゃないですか?」
ミカはこそっとヤロイバロフに尋ねる。
緊張で失敗しちゃうこともあるよね?ということを暗に匂わせる。
「失敗したらだめって訳じゃない。 今どの程度できるのか、伸びしろはありそうか。 そういうのを見るんだ。 こんなのは口でいくら説明されたって分かるもんじゃない。 だが、一度でもやってるとこ見れば、大体のところは分かるもんよ。」
ヤロイバロフはキスティルから一切視線を外さず、ミカの質問に答える。
何でオープン前の厨房に食材があるんだ?と思って聞いてみたら、どうやらこれは賄い飯用らしかった。
客に出すようないい材料ではないので、多少失敗したところで問題ない物のようだ。
キスティルは最初こそ戸惑っていたが、すぐに集中し始めたのか、動きがスムーズになっていく。
使い慣れていない包丁でも綺麗にじゃが芋などの皮を剥き、野菜をトントントン……と小気味良く刻んでいった。
竈の火を起こすのも慣れたもので、あっという間に焼き物と炒め物を調理してみせる。
辺りを漂う食欲を刺激するいい匂いに、まだ朝食を食べてそれほど経っていないというのに、お腹が鳴りそうになった。
炒め物のジュージューという音も堪らない。
見ているだけでよだれが出そうだ。
見ると、ヤロイバロフもキスティルの料理に生唾を飲み込んでいた。
「へっへっへ、どうです? ヤロイバロフの旦那ぁ。 たまんねえでしょう?」
ミカはヤロイバロフのそんな様子に、ついふざけた口調になる。
キスティルは見栄えもしっかり意識しているようで、どう盛りつければより美味しそうに見えるのか、よく理解しているようだった。
「あ、ああ、たまんねえ。 俺ぁはもう、よだれが出そうだぜ。」
元々食べることが大好きなヤロイバロフは、キスティルの料理を大変お気に召したようだった。
口元を手の甲で拭っている。
もしかして、本当によだれが出たのか?
きちゃないなあ。
「あ、あの……できました……。」
キスティルはそんなミカやヤロイバロフの様子に戸惑いながらも、たった今盛り付けの終わった料理をトレイに乗せると二人に見せた。
額には汗が浮き、少し恥ずかしそうに顔を上気させるが、やり切ったといういい笑顔をしていた。
「……よし、じゃあそっちで食ってみるか。」
そう言ってヤロイバロフが厨房を出る。
「すごいんだね。 本当に料理が上手でびっくりしちゃった。」
「家でいつもやってるから。」
緊張からか、少し疲れを感じさせるが、キスティルはミカににっこりと笑いかける。
「おーい、何やってんだ?」
「あ、はーい。 今行きまーす。」
「す、すいません!」
中々厨房から出てこないミカとキスティルを呼ぶ声に慌てて返事をし、またくすくすと笑い合うのだった。
■■■■■■
「合格だ。」
ヤロイバロフの言葉に、キスティルがほっとした表情になる。
キスティルの料理は、かなりシンプルな物だった。
ここの厨房には様々な調味料があるが、キスティルは使い慣れた塩と胡椒をメインに味付けをした。
よく分からない物には手を出さないというのは、この場合正しい判断だろう。
「すごく美味しかったよ。」
「あ、ありがとう。」
ミカが褒めるとキスティルは照れて、顔を少し赤くして俯いてしまう。
「味についても問題ないが、一番はすべての食材にしっかりと火が通って、それでいて焦げてもいないことだな。 これは相当慣れてないと、難しいもんだ。」
食材によって、火の通り方はそれぞれ違う。
火の通りにくい物から調理していくのは勿論だが、そもそもどのくらいの大きさに切れば、どのくらいで火が通る、という感覚を得るにはかなりの経験がいる。
当然、火力によっても変わってくる。
単純な時間的な感覚だけではなく、食材の色の変化や音などを頼りに、細かい調整が必要なのだ。
「味はこれからウチの味を覚えてもらう必要があるが、これだけ基礎ができてれば、すぐに覚えられるだろう。 盛り付け方も分かってるようだし。」
そう言ってヤロイバロフがキスティルを見る。
「これなら、こっちから頼みたいくらいだ。 あー……、キスティルって言ったか?」
ヤロイバロフが姿勢を正して頭を下げた。
「ウチで働いてくれ。 頼む。」
「も、勿論です! 是非――――!」
「待った。」
「は?」
「え?」
当事者同士の合意に、横槍を入れてみる。
ミカの「待った」に、二人はぽかんとした顔になった。
「…………おい。 何だその『待った』は?」
「あの、ミカくん……?」
突然のミカの割り込みに二人は戸惑う。
「いや、基本的に合意ってことでいいんでしょうけど、しっかりと待遇は確認しましょうよ。 給料、労働時間、勤務時間帯、休日とかさ。 いろいろとね。」
ブラックはいけません。
労基署に駆け込んじゃうよ?
まあ、どんなに事前に確認してもブラックはブラックだけどな!
あと、いきなり労基署に行ってもあんまり意味はないんで、先に病院で診断書もらったりした方がスムーズに行くらしいよ?
勤怠を確認できる物を確保しておくとかね。
もっとも、この世界には労基署はないし、勤怠なんかもロクに管理してないだろうけど。
というか、そもそも労働基準法がないか。
そんな訳で、紹介した以上はキスティルが後悔することのないよう、基本的なことだけでもこの場でしっかりと確認させてもらう。
キスティルは日当制を希望したので、それについては問題ないとのことだった。
だが、その日当の金額を聞いた時、
「「えっ!?」」
思わずミカとキスティルが驚きの声を上げる。
「そんだk――――?」
「そんなに貰えるんですかっ!?」
はい?
ミカの「そんだけなの?」という声をかき消す、キスティルの声。
ミカは金額の少なさに驚いたが、どうやらキスティルは金額の多さに驚いたらしい。
(あれ? まじで……?)
ミカの金銭感覚が狂っているのか、キスティルが貧しすぎたのか。
判断が難しい。
もしかして両方か?
労働時間については、これまでの薬草採集よりも時間は長くなるらしいけど、多く稼げる方が有難いとのことだった。
休日については週一回の休みということだが、これはこの世界では当たり前。
まあ、ミカも昔は週一の休みで働いていたので、これについては特に言うことは無い。
週休二日なんて、後から出てきた制度だからね。
こうしてキスティルの働き口が無事に決まった。
今日の収入が無いのはちょっと痛いが、明日からの稼ぎが増えるので、すぐに生活は安定するだろうとのことだった。
「ミカくん、ありがとう。 とってもいいお仕事紹介してくれて。 本当に助かったわ。」
「ううん。 それより、明日から大変だと思うけど頑張ってね。」
「うん!」
明るくなったキスティルの表情を見て、ミカも胸を撫で下ろす。
(一時はどうなるかと思ったけど、薬草採集よりも稼げるらしいし。 大丈夫かな?)
しばらくは、ヤロイバロフの宿屋にちょこちょこ顔を出してみよう。
そんなことを考えながら、キスティルに手を繋がれて歩いて帰った。
やっぱり、キスティルは俺のこと子供扱いし過ぎな!
■■■■■■
風の3の月、2の週の水の日。
ミカは学院が終わると、急いで寮に帰った。
これからまた”呪い系”の原因探索だ。
寮の入り口に着くと、少々騒がしい気がしたがそのまま入る。
「ふざけんじゃねえっ!」
バシャアッ!
「ぶふっ!?」
玄関に入ると同時に、何かがぶっかけられた。
ミカが顔にかかった液体を拭うと、玄関には寮母のパラレイラと使用人のおばちゃん数人、それと見慣れない男女二人がいた。
「あらあら、大変! 大丈夫、ミカ君?」
「え、ええ、まあ……。」
何だこれは、酒か?
エール酒?
少しだけ目に入り、ちょっとしみる。
(赤酒じゃ染みになってえらいこっちゃだけど、エール酒なら……まあ。)
よく分からない状況は置いておいて、とりあえずミカは自分の全身を見る。
上着は完全にびしょびしょ。
ズボンも結構濡れてしまった。
「このまま湯場に行った方がいいわ。 着替えはおばちゃんが持って来てあげるから。」
「……お願いします。」
そう答えはするが、このまま寮に入っていいものかどうか。
この状況は、いうなれば修羅場というやつではないだろうか。
原因などはさっぱり分からないが、パラレイラ対見知らぬ男女という構図。
おばちゃんたちは仲裁役か?
(痴情のもつれ? 犬も食わないやつ?)
ミカにエール酒をかけたのはパラレイラのようだ。
おそらく、見知らぬ男女にかけようとして、避けられたのではないだろうか。
そこに本日の「間の悪い男ランキング」世界ランカーのミカが入って来た。
そんなとこだろう。
「二度と来んなっ!」
そう怒鳴りながら、パラレイラが寮母室に引っ込む。
バン!と壊れそうなほど勢い良く扉が閉められた。
原因と思われる男女は顔を見合わせ、そのまま何も言わずに帰って行く。
誰も、ミカに謝ろうとすらしなかった。
(こ、こいつらぁ……!)
ミカが拳をぷるぷるさせていると、おばちゃんが謝ってくる。
「ミカ君、ごめんなさいね。 さ、早く湯場に行きましょう。」
「あ、はい……。」
何とも釈然としないものを抱え、ミカは湯場に向かう。
すでに湯場の準備は万端に整っていたようで、ミカは温かいお湯を浴びて汗を流す。
(何なんだ? まったく。)
”呪い系”の探索に行こうかと思ったが、こういう日は大人しくしておくべきか?
悪い事というのは重なるものだ。
「ミカくーん、着替え持って来たからねー。」
「あ、すいません。 ありがとうございます。」
脱衣所のおばちゃんに声をかけられ返事を返す。
だが、その後もおばちゃんは脱衣所に留まっているようだった。
(何だ? 覗きか?)
そんな馬鹿なことを考えていると、おばちゃんから再び声がかかった。
「ミカ君。 パラレイラのこと、怒らないであげてね。」
んー?
おばちゃんはパラレイラの味方のようだ。
(まあ、あの男女が原因でパラレイラが怒ったんだとしたら、悪いのはあっちってことだけど。)
ミカにエール酒をかけたのはパラレイラだが、その原因を作った方にこそ、より大きな責任がある。
という考えは分かるが……。
(そもそも、何でなのかが分からないんじゃ、何とも答えようがないな。)
返事をしないでいると、ミカが怒っていると思ったのか、おばちゃんが少しだけ事情を話し始めた。
「さっき来てた二人は宮廷魔法院の人たちなの。 それで……パラレイラも宮廷魔法院にいるのよ。」
宮廷魔法院?
そこにいるってのは、今もってこと?
寮母で宮廷魔法院?
なんのこっちゃ。
「自分たちで追い出して、こんな所に押し込めておいてさ、今度は『戻って来てくれ』ですって。 ……あ、こんな所なんて言っちゃだめね、ごめんなさい。」
「いえ……。」
パラレイラは宮廷魔法院にいたが、追い出された。
左遷?
だけど、事情が変わったのか今度は戻って来いと言われた。
(まー、そりゃ俺がパラレイラの立場でも怒るわ。)
戻って来いってことは、今もパラレイラは宮廷魔法院に籍があるのだろうか。
それなのにこんな学院の、それも男子寮の寮母なんかさせられたら、そりゃブチ切れる。
パラレイラが寮母の仕事をしないのも、それが理由だろうか?
確かにそんなんじゃ、「やってられっか!」と投げやりになるのも分からなくもないが。
(飼い殺し? さっさと辞めればいいのにって思うけど、辞められない事情でもあるのか?)
とりあえず、パラレイラには怒るだけの十分な理由があることは何となく分かった。
ここはミカが飲み込んでおこう。
大人だからね!
「教えてくれてありがとうございます。 とりあえず、怒るのはやめときます。」
「ミカ君…………ごめんなさいね。 それと、ありがとう。」
おばちゃんがホッとしたのが声で分かった。
ミカは何度かお湯をかぶって、身体をしっかりと温めてから湯場を出た。
(…………でも、こういう不意打ちも躱せるようになるべきか?)
普段から、もっと警戒をすべきだろうか。
思わぬことで、自分の未熟さに気づかされたのだった。




