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【書籍版第2巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第3章 魔法学院初等部の”解呪師”

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第104話 ヤロイバロフの宿屋




 風の3の月、1の週の陽の日。

 いよいよ今年最後の月になった。

 冷たい風の吹き抜ける王都の南東の大通りを、ミカはメモを片手にうろうろする。


「えーと……、次はあっちの店がいいんだっけ? ……あれ、こっちか?」


 ミカは魔法具の袋に常備しておく「冒険者の必需品セット」の買い出しに来ていた。

 今日は、午前中に”呪い系”の依頼の解呪を済ませた。

 そうして、午後は大通りをうろうろしながら様々な道具を買い込む。

 勿論、実際に買う店は大通りから路地をいくつか入っていった店だ。


 ミカは必需品セットの話を聞くために、サロムラッサかトリュスに会えないかと冒険者ギルドに通っていた。

 ギルドにちょくちょく顔を出し、先日ついにトリュスを見つけた。

 そして、普段トリュスがクエストに持っていく物などを聞き、買っている店も教えてもらったのだ。


 ミカは魔法具の袋に常備しておく物品を決める時に、自分以外の同行者がいる場合も念頭に置いた。

 その代表的な物が”魔力の回復薬”だ。

 ミカのことだけを考えた場合、魔力の回復薬(こんなもの)は必要ない。

 ”吸収(アブソーブ)”でいくらでも回復できるからだ。


 仮に、クエスト中にどこかの冒険者パーティが、ピンチになっている場面に遭遇した状況を想定してみよう。

 その冒険者の中に魔法士がいても、魔力がなけれは戦力にならない。単なるお荷物だ。

 だが、魔力を回復させることができればどうか?

 立派な戦力に早変わりする。

 ミカとしては、見つけてしまった以上はなるべく助けたい。

 だが、ミカにおんぶに抱っこ状態では負担が大きくなってしまう。

 そこで、「俺には必要ないけど、普通は必要かもね」という物品に関しても購入している。


 ミカにとって、アグ・ベア討伐は少々苦い記憶だ。

 あの時はすでにやられた後だったが、正に今戦っています、という場面に出くわすこともあるだろう。

 そうしたことも考えた上で、必要な物品を選んでいった。







 また、これを機会にミカは装備の更新も行うことにした。

 鍛冶屋街の専門店に行き、まずは希少金属製の防具について聞いてみた。

 ところが、


「ああいうのは、現物を持ち込むのが基本だよ。」


 とのことだった。

 つまり、自分で希少金属を手に入れ、それを持ち込んで「これで作ってくれ。」と頼むものらしい。

 材料にする希少金属の割合によって【付与】できる効果の数や強さが変わる。

 一割でも希少金属を使えば、それなりの効果は得られるのだとか。

 多いのは三~五割。

 それ以上の割合で希少金属を使った装備は、店の人でも数人くらいしか見たことがないらしい。


(トリュスやケーリャの装備は、どのくらいの割合で希少金属を入れてるんだろ?)


 確かトリュスは「結構混ぜ物が入っている」という言い方をしていた。

 なので、おそらくは三割くらいなのではないかと思う。多くても四割くらいか。


(……もしかして、ケーリャがビキニアーマー着てるのも、手に入った希少金属の量で選んだのか?)


 混ぜ物の割合を増やして、守る面積を増やすか。

 純度を高めて、防御面積は少ないが【付与】の効果を高めるか。

 そんな風に選んだのかもしれない。


(何であんな防具(もの)着てんのかって思ったけど、手に入った”金系希少金属(ヒヒイロカネ)”の量で考えたのかも。)


 ミカは店の人に希少金属製の装備の話を聞いているだけで、結構時間を使ってしまった。


(仕方ないじゃないか! ファンタジー好きは、こういう話に弱いんだよ!)







 ということで、希少金属製の防具は断念。

 まあ、これは初めから分かっていたことなので、別に残念ではない。

 …………あわよくば、とは思っていたが。


 ミカは胸当て、手甲、ブーツを買い替えることにしたが、その際にいろいろ注文をつけてみた。

 実現可能かどうかはともかく、希望を伝えるだけなら無料(ただ)だ。

 なるべく軽く、なるべく防御力に優れ、あまりゴテゴテしていない物。

 とにかく材料などの種類が多いので、専門家に選んでもらうことにした。


「いいのがありますよ。」


 とあっさり選んでくれた。

 ただし、


「全部で千二百万ラーツになります。」


 と、店員さんがにっこり。

 どうせ買えないだろうという笑顔と、買えたら買えたでそりゃにっこりもするわな。


 そうして、ランクをどんどん下げていく。

 スタートが千二百万ラーツからじゃ、ちょっとずつ下げていったらいつまで経っても予算内には収まらない。

 ミカは装備の買い替えに百万~二百万ラーツほどを考えていた。

 これまでの革の装備の合計が十三万ラーツなので、いきなり十倍の予算だ。

 相当に奮発することになるが、相手にする魔獣のランクも上がってきた。


 魔法具の袋、常備品の買い込みに防具の買い替えと一気に散財するが、これで安定して稼いでいけるならば、必要な経費である。

 これだけ買っても、まだ所持金の半分程度で済んでいるのだ。

 ならば、稼ぐ目途はあるのだから、安全のためにも買っておくべきだろう。

 あの世にお金は持って行けないのだから。







 ミカが新たに購入を決めたのは革のベスト、革の手甲、革のブーツである。

 こう言うとほとんど変わっていないようだが、材料がまったく違う。


 砂漠亀という魔獣がいる。

 非常に硬い甲羅と皮を持つ魔獣なのだが、この魔獣の皮をなめした物を材料にするのだとか。

 また、その革の間になんちゃら鋼とかうんちゃら鋼とか言う合金の糸で編み込んだ物を挟み込む。

 これまでの革の手甲は固い板を土台にしていたが、新たに購入する手甲はこの合金と革だけ。

 なので、ミカの腕が多少太くなっても、サイズが合わなくなるということがない。

 勿論身体が成長していけばいずれはサイズが合わなくなるだろうが、サイズが合わなくなる前にボロボロになって買い替えになると思われる。


 そして、この装備の変更によりミカの防御力は段違いに上がった。

 まず、胸当てからベストに変更することで、腹部も守られるようになる。

 さらに、この革の防御力が凄まじい。

 以前ミカはエン・バタモスの爪で手甲を壊されたことがある。

 だが、この革はエン・バタモスの爪くらいなら、ちょっと傷がつくかも?程度らしい。

 しかも下には合金を編み込んだ物を敷いている。

 まず間違いなく、避けきれずに受け止めても、ダメージは入りませんとのことだった。


「……吹っ飛ばされるかもしれませんけど。」


 店員が気まずそうにそう言った。

 まあ、体重の軽さは防具のせいじゃないし。


 ちなみにソウ・ラービなら、噛みつかれても傷すらつかないそうだ。

 防具って、本当に大事だね……。







 こうして防具や様々な道具を買い込み、少しずつ冒険者としての一般ラインに近づいていく。

 これまでが魔法に頼りきりで、ちょっと強引に行き過ぎた。

 しっかりと足場を固めることは、調子よく稼いでいる時にこそ必要だ。

 勝って兜の緒を締めよ。

 油断しがちなミカには、もっとも必要な言葉の一つだろう。


「おお? 坊主じゃねえか。」


 ミカがメモを見ながら次の店を確認していると、そんな声がかけられた。

 見上げると、そこには坊主頭で筋骨隆々のマフィアの用心棒が立っていた。


「あれ? タk…………ヤロイバロフさん。」


 通称タコちゃんこと、”朱染”のヤロイバロフが両肩に子供を乗せてミカを見下ろす。

 何でタコちゃんが王都にいるんだ?

 観光か?


「久しぶりだなあ、元気にしてたか?」

「はい、ヤロイバロフさんも元気そうで。 そういえば、この間サーベンジールの宿屋の方に顔を出したんですよ。 出掛けていたみたいで、会えませんでしたけど。」

「おお、そうだったのか。 それは悪い事しちまったな。 俺ぁ、最近こっちにかかりっきりでな。」


 そう言って、ヤロイバロフは口の端を上げる。


「こっち?」


 ミカが首を傾げると、ヤロイバロフはニカッと笑う。


「おうよ。 丁度いい、坊主お前、今時間あるか?」


 そう言うとヤロイバロフは、ミカに顎でついて来るように示すのだった。







「ほぇ~~……。」


 ミカはヤロイバロフに連れて来られた、ボロボロの建物を見上げる。

 ここは3区の中央付近。

 東の大通りと南東の大通りに挟まれた中間あたり。

 やや南東の大通りに近いか。

 鍛冶屋街からは離れているので騒音はないが、ぶっちゃけ少々薄暗い。

 区内を通る大きな通りからは少し奥に入るため、寂れてる感が漂っている。


「ここを買ったんだよ。 もう中は結構できてるんだぜ?」


 そう言ってヤロイバロフは中に入って行く。

 ヤロイバロフに続いて中に入ると、確かに中は結構綺麗だった。

 ヤロイバロフが肩に担いでいた子供たちを降ろそうとすると、子供たちが「やだやだ。」と駄々をこね始めた。


「おら、上で遊んで来い。」


 そう言って子供たちを降ろすと、子供たちはきゃっきゃっと騒ぎながら、正面の階段から二階に上がって行く。

 ミカがそんな子供たちを見送っていると、ヤロイバロフが首をこきこき鳴らす。


「何年も探して、ようやく予算に合う物件が出てな。 先月の頭からこっちにかかりっきりよ。」


 そう言えば、王都に店を出したいというのは、前に言っていた気がする。


「王都でも宿屋をやるんですか?」

「ああ。 ようやく夢が叶うぜ。」


 何でも王都の第二街区は本当に競争率も値段も高く、中々条件に合う物件が見つからなかったという。

 しかし……。


「あの……こんな裏通りに出して……、大丈夫なんですか?」


 少々言いにくいが、立地が悪すぎやしないだろうか。

 やはり商売はどんなものでも、まずは大通りに面していること。

 これに尽きる。

 人通りのまばらなこんな道で、客の入りは大丈夫なのだろうか。


 だが、ミカの心配などまったくの杞憂なようで、ヤロイバロフは口の端をにやりと上げる。


「とりあえずもう、予約でほとんどいっぱいだぞ? 早くオープンしろってせっつかれてるくらいだ。 外観もまだ手付かずだってのによ。」

「は?」


 すでにほぼ全室、定宿にしたいという申し込みが来てるらしい。


(なに? どういうこと?)


 さっぱり意味が分からない。

 だが、この不可思議な現象は、ヤロイバロフのネームバリューによるもののようだ。


 ”朱染”のヤロイバロフ。

 その名前は一般の人にも知れ渡っているが、やはり冒険者に対して絶大な効果がある。

 ヤロイバロフが王都での立地でこだわったのは、冒険者ギルドに近いこと。

 近いと言っても数キロメートルは許容範囲としていたのだが、要は冒険者ギルドのある通りを挟んだ区で候補地を探していたのだ。

 王都の冒険者ギルドは二つある。

 西の大通りにある第一支部と、南東の大通りにある第二支部だ。

 なので、西の大通りを挟む6区と7区。

 そして、南東の大通りを挟む3区と4区。

 この四つの区の中で、宿屋として使える建物が売りに出されるのを待っていたのだという。


「ここはかなりいい位置にあるぜ? ギルドまでは一キロメートルくらい。 鍛冶屋街も一キロメートルちょいってとこだからな。 ラッキーだったぜ。」


 ということらしい。

 元々一見をお断りしているヤロイバロフにとっては、宿屋の前をどれだけ人が通るかは意味がない。

 冒険者にとって便利な立地、ということが重要だったようだ。


「最近、知り合いの現役の奴と飲みに行ってよぉ。 ちょっと声かけたら、あっという間に予約が集まっちまってな。」


 稼いでいる冒険者にとって、安全な宿というのは何よりも貴重なのだろう。

 ヤロイバロフの宿は中級レベルの宿代で、下手な高級宿よりも余程安全だという。

 そりゃ、定宿にしたいという冒険者が集まっても不思議はない。

 何気に料理も美味いし。


「そういえば、ヤロイバロフさんに聞きたいことがあったんだ。」

「ん? 聞きたいこと?」

「ヤロイバロフさんの宿に泊まるのって、条件はなんですか?」


 一見お断りは聞いていたが、じゃあどうすれば泊まれるのかというのは聞いていなかった。

 それが分かっていれば、この間のサーベンジールでもヤロイバロフの宿に泊まりたかった。

 空いているかは別として。


「そんなの、俺が認めた奴だが?」

「それはそうなんでしょうけど、どうやってそれが分かるんですか? ヤロイバロフさんが常駐している宿以外じゃ、それが分からないですよね。」


 今ここでヤロイバロフがミカのことを認めても、サーベンジールの宿ではそれをどうやって判断するのか。


「ああ、それはギルドカードを登録してんだよ。」

「ギルドカードを?」


 ギルドカードを登録することで、その登録情報をすべての宿屋に登録させることができるらしい。


 ヤロイバロフが胸のポケットから金属の棒を取り出した。

 ミカのギルドカードを金属の棒でコンと軽く叩き、これで登録終了。


「他の街の宿に反映されるまで、二週間くらいかかったりするけどな。 とりあえず坊主も、これでうちに泊まれるようになるぜ。」

「あ、ありがとうございます。」


 何だか、催促するみたいになってしまった。


「そういや、坊主の知り合いで料理の上手い奴はいねえか?」

「料理の上手い人ですか?」


 特に心当たりはないが。


「料理がどうかしたんですか?」

「ちょっと予定してた奴がこっちに来れなくなっちまってよ。 まあ、その分も俺が入れば済む話なんだけどな。」


 経営している他の店から、この新しい宿のために何人か連れてきているらしい。

 だが、予定していたそのうちの一人が来れなくなってしまったのだとか。


(ヤロイバロフさんなら、軽く三~四人分くらいは働きそうだな。)


 それでも同時にこなせることには限界がある。

 単純な体力の問題では片付かないだろう。


「見込みのありそうな子っていうのは、いなかったんですか?」


 確か、孤児院などから子供を引き取っているという話だったが。


「今、部屋の掃除とか洗濯の仕方とかを仕込んでるところだけどよ。 料理ってのは一から仕込むのは骨が折れんだよ。」


 まあ、野菜の皮むきもできない子供に厨房に居られても困るだろう。

 ある程度の下地のできている子供を育てたい、というのは分かる。

 だが、残念ながらそんなアテはない。


「ちょっと、思い当たらないですね。 すいませんが……。」

「いや、こっちもだめ元で聞いてるからよ。」


 ヤロイバロフが肩を竦める。

 ヤロイバロフならどれだけ働いても過労で倒れることはないだろうが、経営もやって厨房も入ってでは本当に忙しいだろう。


 そうしてしばらくヤロイバロフと談笑し、宿の中を軽く案内してもらってミカは買い物に戻った。


「……でも、そっか。 ヤロイバロフさんが王都に来たのか。」


 Aランクの冒険者という大先輩が、ミカの行動圏内にいることになる。

 今後、何かあればいろいろ相談に乗ってもらえるかもしれない。

 サーベンジールの時は行動圏から大きく外れていたのでほとんど会わなかったが、今後は気軽に足を運べるだろう。


「だいぶ忙しいんだろうけど。」


 あまり邪魔をしない程度に、顔を出してみようか。

 そんなことを考えながら、ミカは大通りに戻る道を駆け出すのだった。







■■■■■■







【シェスバーノ視点】


 シェスバーノはモデッセの森で魔獣と戦っていた。


「うらぁぁああーーーーーっ!!!」


 ドガァァーーーンッ!!!


 とても剣撃による音とは思えない轟音を立てて、サイ・ボーアと呼ばれる巨大な猪の魔獣を側面から斬りつける。

 シェスバーノに斬られたサイ・ボーアは、輪切りにされて真っ二つ…………とまではいかなかったが、ぎりぎり繋がってる部分があるという程度。

 二メートル近い体高を持つサイ・ボーアを輪切りにするには、そもそも剣の長さが足りないので、この結果は当然と言えば当然だ。


 ブギギィィィイイイイイッ!


 それでもサイ・ボーアは耳をつんざくような叫び声を上げて、倒れながらも前脚と後脚をバタつかせて暴れている。

 とんでもない生命力だった。


 シェスバーノは剣を払うと鞘に収め、魔獣に背を向ける。


「はぁーー……、あんな猪でも憂さ晴らしくらいにはなったな……。 お前ら、始末しとけ!」


 シェスバーノに止めを命じられた騎士たちは「ういーす。」という、とても騎士とは思えない返事をしてサイ・ボーアに剣を突き立てていく。


「お疲れ様でした、隊長。 これで、ほぼ全域の確認が取れましたね。」


 副長を務める二十代後半の男、ホグアジルがシェスバーノに笑顔で話しかける。

 ホグアジルは、中隊長としての仕事に不安のあるシェスバーノにつけられた補佐役兼お目付け役だ。

 自身も中隊長として務められるだけの実力を持っているのに、昇進の話を蹴った変な男で、


「重い責任なんか負いたくありませんから。」


 と、にこやかに話す優男だ。

 まあ、責任を負いたくないという気持ちはよく理解できる。

 シェスバーノもオズエンドルワの下でなければ、絶対に中隊長など引き受けなかっただろう。


 どちらも中隊長になれるだけの腕を十分に持ちながら、中隊長になどなりたくない。

 そんな二人を組み合わせることで、とりあえず一個中隊として機能させる。

 オズエンドルワらしい采配と云えた。


「それで、成果は?」

「あ、あはは……。」


 シェスバーノの問いに、ホグアジルが笑顔を引き攣らせる。







 三週間前、モデッセの森の調査をオズエンドルワに命じられた。

 中隊に所属する百人の騎士を総動員して全域をざっと調べてみたが、手掛かりは何もなかった。


「行ってきました。 ありませんでした。 じゃ、恰好つかねえだろうが。 ガキの使いか!?」

「そんなこと言われても……。」


 無い物は無い。

 そう言いたい気持ちはよく分かる。

 なぜなら、シェスバーノも同じ気持ちだから。

 だが……。


「とりあえず、森を九つのブロックに分ける。 明日からはそのブロック単位で調査する。」


 シェスバーノが思いついたことを提案する。


「一つのブロックに全員を投入して、一週間毎でブロックを移動する。」

「一週間!?」


 一つのブロックに一週間もかけていては、全部を終えるまでに二カ月近くもかかる。


「まさか、その間は……。」

「当然野営だ。」


 ホグアジルが力なく首を振る。

 今は風の3の月。

 だいぶ冷え込みが強くなり、そして来月は土の月だ。

 本格的に冬が始まる。

 こんな時期に野営などしたくないと思うのは当然だろう。

 しかも、王都まで一番近い所からなら、ほんの数キロメートルの距離なのだ。

 荒くれ者が集まったこの中隊でそんなことを強行すれば、脱走者が続出、下手したら反乱を起こす者さえ出かねない。


「文句があるのか?」

「…………言っていいんですか?」

「お前はだめだ。 口じゃ敵わん。」


 そう言ってシェスバーノは剣をポンと叩く。


「いつも通りだ。 文句があるなら(これ)で聞く。」


 シェスバーノの中隊のルールは二つだけ。

 シェスバーノの命令には絶対服従。

 そして、文句があるならシェスバーノに剣で勝て。

 それだけだ。


「俺より強い奴がいるなら、そいつが中隊長をやればいい。 俺の命令に不服があるなら、俺を引き摺り下ろせ。」


 そう言ってシェスバーノは凶暴な笑みを浮かべる。

 荒くれ者が集まったこの中隊では、強さこそがすべて。

 シェスバーノがオズエンドルワに従うのも、その強さ故。

 隊員がシェスバーノに従うのもまた、その強さ故だ。


 隊員に、騎士を辞めることを止めてはいない。

 どうせ他の騎士団で爪弾きにされていたのだ。

 誰も引き留めやしないだろう。


 辞めたければ辞めればいい。

 だが、シェスバーノの中隊にいるなら、シェスバーノに従え。

 それだけの話だった。


「可能性の高そうないくつかのブロックから、優先して調査していく。 調査している間は、そのブロックへの民間人の立ち入りも禁じる。 糸くず一本も見落とさんよう、徹底して(さら)うぞ。」


 無情な命令を下して去っていくシェスバーノの背中を見つめ、ホグアジルは大きく溜息をつくのだった。





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