クリスタル
書物に囲まれた円筒形の部屋の中央で、ホログラムが浮かび上がっていた。それは時間の平行線上の記録を宿したクリスタルを挿入し、閲覧するものだった。すべて順調に物事は運んでいる。
「議事録は?」「7号が担当。期限までにはこなすでしょう」「監察の方は?」「私が。いつも通りです」「ということは?」「むろん、ユニヴァースを使って『マザー』を殺す」「まあ、止められない」「そうでしょう」「ほかには」「存在の被造物化が顕著です」「つまり?」「誰かが理想的に作り上げたヒトであったりモノであったり、そういったものと日常を共に過ごして満たされています。これは言わずもがな、異常です」「私たちにはどうすることもできない」「恒久的には何とかなるでしょう。だから、逆転的に考える必要性はあります」「それを私にやれというの? くだらない一族が、というよりも一人の女が引き起こしたヒステリーが世界を丸ごと狂わせようというのに。我々にはどうすることもできないのよ」「わかります」「わかってない」「どう捉えればいいのでしょうね。女が男の子を使って、RPGをしたかった。それだけのことです」「それで万物はひっくり返ってしまうのよ」「怒らないでください。疲れます」「私が疲れているの」「……」「悪かった。感情的になりすぎた」ため息をつく12号。「どうしていつもこうなの?」「僕が訊きたい」
連絡が入る。
「2号だが、こっちで軽いトラブルがある。12号にいくつか伝達事項がある」「了解。さ。話はまたあとで」12号との通信が切れる。書棚を見渡して、適当に本を取る。読みなれた本だ。文体が好きだが、内容は理解しがたい。しかし決してつまらないわけではない。あるべきことをあるがままに作者は記している。だから見え方に相性が生じるのだろう。
――計画通り。
僕は自分のことをとても冷静だと思う。物事を客観的に見ることもできるし、自分自身を本位で捉えるようなことはあまりしない。面白くない。疲れる。僕が生きているということは死ぬということでもあると思う。ナンバーを与えられ、多元宇宙を調停する者たちの一人。
死ぬことは悪いことではない。道徳も倫理も死ぬことを決して悪く言っているのではなくて、生があれば死があるということを現実的に述べ、推奨しているに過ぎない。
ある女性が思い浮かぶ。
「きみって」と言って、女子は言葉を切り、僕の手を触った。
「冷たいね」
「冬だからね」
「たぶんね」
「うん」
「そうじゃないと思う」
「そうかな」
「そうだよ」
女性はなんでもない顔をして、少ししてから微笑んだ。そのほほえみは、女性から手紙で言われたのだが。内罰的なものだったのだという。僕にはその意味がよくわからなかった。ユニヴァース。
ホログラムが付く。「根幹を探す旅に出てほしい。多元宇宙の拡散をあるべき姿に戻さなければいけない」「別にいいよ、どちらにせよ思索だろ」「君がいく宇宙での時間は十年以上の旅になる」「やだよ」「命令だ。しかもこれは特例措置でもある。こんな命令、『ナラティブ』のお前には出せない。つまり」「つまり、拒否権なし」「よくわかってる。いつ発てる?」「いつでも」「多元宇宙の探索になる。どこかに物事を十全に理解している黒幕の『もう一人のお前』がいる。そいつを探す旅だ」「自分と話したりあったりするってこと?」「そうなる」「それ禁止されてなかった?」「今回は特別に認可されてる。わかるだろ。クリスタルの議事では追い付かない世界にさせてはいけない」「どうしてそうなるの」「俺は知らない」「で?」「とにかく二日後、センターに行け。あとは全部任せればいい」「了解。全部終わったら、伝記でも書こうかな」「よろしく頼んだぞ、9号」
かくして多元宇宙を巻き込んだ、壮絶な大冒険が始まった。




