マルチヴァース
花火の音がした。ついに幻聴がきこえるようになったか、と本田は嘆息した。
僕は誰なのか? ここからが世界構築の要。時折、本田は自分が何人もいるように感じる時がある。多元宇宙論について本田が述べられることは少ない。しかし、本田はその理論に則った物事の考えを実務的作業に大いに役立立ている。しかし本田はその説明をすることができない。
隔絶の間。
本田はそのスペースで拘束・軟禁されていた。最近は睡眠をとると、寝台から自動的にジェル状のベッドがあつらえられた。横たわるだけで意識はある。隔絶の間では多元宇宙の自分、あるいは自己との「会合」が行われる。無意識下で。その調停役をする者たちを、一般的に魔法使いと呼ぶ。俗称であって、正式には使徒と呼ばれている。事実とそうでないことのすり合わせをして、バランス(均衡)を保たなければいけない。本田の無意識下では、その会合の際に話し合いの体裁をとっているらしい。これらは秘匿事項だ。
さて、ここからが本題だ。多元宇宙論なんて本田は信じない。世の中の万事がことごとく、多元的であれば、本田はそれを、つまりその構造を憎む。本田でない本田の発生。友人との関係と、そうでない友人との関係が、それだけじゃない経てきた自身の変遷さえも幾通りも生まれ、本田を構成する要素がRPGで主人公をキャラクターデザインするみたいに増えては消えていく。僕の人生はゲームじゃない、と言い切ったとしよう。しかし他方の本田がゲームだと割り切っている。本田にはそういうことが許せないのかもしれない。自分で自分自身を掌握できている人なんているのだろうか。無意識とか、何故かもやもやすることを、病理学的に証明できないように、僕は自分自身を掌握できない。ゆえに「僕でない僕」を恐れるのだろう。本田が孤独を感じるのは独りきりでいる時よりもグループで話しているときの方が多い。ロールプレイを淡々とこなしている自分に気が付いていて、そんなことして何しているんだろうなんて思いながら、本田はへらへらしている。
「人間なんて大嫌いだ。みんな! 僕も! 全員ひっくるめて誰かスーパーマンみたいな人が安楽死させてくれればいいのに。眠るように」
本田は本田でいたくない。「個人でいたくないんだ。何者でもいたくないんだ。自分を捨て去って、抹消したいんだ」
それを人は消失と呼ぶのだろう。きれいだね、多元宇宙論。こだわりだろうか。
「死ね」と本田は衝動的に言った。




