イマジン
かつてない剣戟。
光速と音速の凌駕が、弾けるパワーの裂帛を懊悩する。
決戦の舞台は日本の首都東京地下深奥に広がる迷宮世界、そこにある異次元人を祀る大聖堂。異次元にも繋がると言われるこの迷宮で新たな時代を築こうとしている地球の有力者は多い。そしてその代償に若者たちは制約のない戦争を行う羽目になる。大義も名分も所詮はどこかの絵空事。それでも信じるもののために戦うのは、ヒトの業か。
「お前を元に戻すためならなんだってやる」
「戻る過去はすべて鋳つぶしてきた」
白銀の剣と深紅の剣の交錯。淀みない追撃と軽やかな身のこなし。重いはずの装備や武器が、傍目にはそうは思えない。彼らが命を賭した最終決戦の死地。それがここだ。
「どうして、お前はいつも勝手なんだ。どうして俺たちのことを考えてくれない」
この白銀の剣を持つ少年、彼は東京軍に所属していた。東京軍とは、迷宮世界を生き抜いた子供たちが、生存本能を生かすために大人たちによって形成された、迷宮世界を初めて統制しようとした集団だった。
「考えたとも。僕には必要なことだった。それもこれもこうするために必要なことだった。何もかもを白紙に戻すために」
この深紅の剣を持つ少年は言った。
「過去は変えられない。変えられるのは今だ。未来だ。大丈夫。お前を悪者にする奴なんてどこにもいない。むしろお前は被害者だ。よくわかっている。意固地にならなくていい。戻って来いよ」
手をゆっくりとしかし着実に差し伸べる。
「違う。全部違う。お前は勘違いしている。僕は善だとか悪だとか、そんな二元論に悩んだわけじゃない。加害だと被害だとかそういう二項対立に悩んだわけじゃない。過去も未来も僕の知ったことじゃない。今なんてくそくらえ。意固地になっているのはお前たちだ。僕をどうにかしようとする、お前たちだ」
堂々と振り下ろされる深紅の剣。その煌めきは、語られるべき神話の戯れか。最後の言葉が放たれる。
「もう放っておいてくれよ」
白銀の剣が、――いや。
白銀の剣とその柄を握る右腕が、弧を描くように宙を舞う。世界中の時間が止まったようだった。ゆっくりとしかし確実に、スローモーションに、時の流れは、しかし、しなやかに緩やかに常態を取り戻していく。
その反動は白銀の剣が、大理石の床に、金属の嫌な音を立てて落ちるのと同時だった。血が迸る。剣戟を交わした二人。その一方の腕の流血。二人は血を浴びる。一方は自分の敗北を告げる血。もう一方は他方のくだらない真っ赤な血だ。
阿鼻叫喚。白銀の剣の持ち主が吠え猛る。涙と鼻水と血と汗。臭いし汚いし、ドロドロでベトベトだ。不快感が一挙に押し寄せ、体が鮮明に生きることを拒絶しようとする。気が付くと深紅の剣が、その切っ先が向けられている。
「待て。痛い。だめだ。死にたくない。嫌だ。悪かった。ごめんなさい。もう、だって、痛い。ああ。どうして。こんな、ひどい。つらい。うう、苦しい。死にたくない。ごめんなさい。誰か、助けて……」
芋虫のようにのたうち回るかつての偽善者。右腕の断面は血でぐちょぐちょだ。その断面をこらえようのない痛みで残った左手で抑える哀れな男に向けられた深紅の剣。
「さよならだ。安心しろ。僕が統べる」
彼の踏み出した一歩は大きい。この一歩が東京軍、迷宮世界、ひいては東京。さらには日本全土を揺るがし、地球そのものに激震を与えていく火種を生み出したと言っても過言ではない。彼の目的、それは彼自身にしかわからない。しかし、唯一つ言えることは。
唯一つ言えることは、正義なんてものはまやかしに過ぎない。誰もが言質を求めたがるこの現代で生き残るために必要な教訓がそれだ。