花嫁
朝。スクリーンにいつもと違う姿が見えた。その姿の主はサトだ。
「あれ、サト。眼鏡」
「うん。用意して貰ったの」
サトはくっきりとした隈の目で二人の前に現れた。その姿は弱弱しい。
「最後が近いからいっぱい。いっぱい二人を覚えていたくて……怖いからぼやけてたっていいって用意されてたのに捨ててたの」
たくさん泣いたのかもう涙は出ない彼女は無理に笑う。恐らく自分の最後を覚悟してるんだろう。視線の先にはユウミのネックレスがある。つまりはなぜ残ったのか分からない自分が死ぬ。そうならなければならない。そんな覚悟が彼女にはあった。
「おはよ」
思考の世界から帰ってくる。あ、可愛い。恋人になったらこんなに可愛い。倍可愛い。キスしたい。めちゃくちゃしたい。
「おはよう。どうしよう。倍。かわいい。」
「もう!普通に挨拶なさいよ!!」
ごめん。囲碁将棋部の皆、幸せです。
「おはようございます。リア充達」
「「ぐ!」」
何だよ。お前だって朝から「かましてきました」みたいな色気隠さずに出してる癖に!俺達よりも爛れてるくせに!
「おはようございます。皆様」
「ね!セイセンパイ!これもこれも作って来たんで食べて下さい!アンの故郷のパンですよ!母にレシピ聞いたんです。センパイの好きな王子様ラブキュンシリーズの旅回に出ても来てますよ。王子が食べたやつです!」
クールを崩さない声優さん。名前をのこさんと言うらしいとそれをバラしたアンがこちらに来る。犬みたいにでも器用に彼女が転ばない様にくるくる周りを回って犬みたいに歩くので少し関心してしまう。
思えばメンバーも増えた。まさかこんなに仲が良くなるとは思ってなかったが、皆に聞けば俺を通して仲よくなったらしい。よく分からん。
スクリーンに目を戻す。最後なんて言うなと二人に責められている。怒って行ってしまうユウミに諦めたように息を吐くサト。そのサトの腕をがっしりとリヒトが掴んだ。
「君が死ぬ必要は無い。いかないで……」
その言葉にサトは枯れた涙を流せずに笑う。これは性格が悪い。あざとい。
「リヒトくん。そんな綺麗な目してたんだね」
そう優しく悲しそうに笑う。彼女は綺麗に見えた。動揺したのか勢い良く下を向くリヒト。まるで妹の様にいつも慰め頭を撫でていたリヒトは何かを言おうと頭を上げるがその頭はサトに撫でなられた。
「わたし、ユウミちゃんもあなたも大好き。だから、幸せになってね」
撫でられていた手は力なく下ろされる。そのまま去る彼女を見送る男はユウミの部屋に向かった。リヒトはユウミとサトを会わせて仲直りをさせる。遊戯室にある色んなカードゲームで遊んでお互いの本音をかけて勝負をさせた。
「サトはいつも卑怯だ!逃げて私の後ろで、やっと勇気を出したと思ったら犠牲になりたい?そんなの望んでない」
「わたしはただ。ユウミちゃんに最後に恩返しをしたいって思っただけだもん!」
だから、それを望んでないと言い合いになる。が長年の親友だった二人は本音をぶつけ合う。どんどん出てくる愛する女の過去の話も聞けて、隠しもしないでリヒトはにっこりだ。
最後に二人で泣き合って抱き合って喧嘩は終わった。
「二人が同時に好きになったススキくんてどうなったの?」
「知らないよ。だって二股だよ!」
「え、と。転校するって最後に謝ってくれたよ?」
私は言われてないと拗ねるユウミに慌てる懐かしがる二人に見えない様に調べろとサキタに合図する。小学生だ。許してやれよ。アナウンスが流れ調子はずれのチャイムが鳴る。
ゲームは弱虫。誰だ。
珍しくサト彼女が先に席に着く。そしてゆっくりと目を閉じて息を吐く。三ヶ所用意された席は埋まる。いつもの〇×クイズを用紙で回答する。ここの最後の欄に死ぬべきなのは?と書かれている。彼女は笑う。何が弱虫だと彼女が笑う姿は美しささえ感じた。
最後のクイズに俺は答えを提出する。シキも決まり答えが揃った。
「弱虫発見。弱虫だ。弱虫はいらないね」
ロボボンがバカにする。その言葉に待ってと悲鳴の様な声が響く。
「二人はきちんと自分の名前を書いたよ。なのに空欄だなんて!」
ガコンと床が開くそのまま真っ逆さまだ。彼女の眼鏡が落ちる。手を伸ばすが届かない手。嫌だ。違う。違うと叫ぶ声。リヒトが車椅子から落ちながら手で這って彼女を後ろから抱き止める。
「ハル様」
「うん」
ウォータースライダーを降りて来る彼女は悲鳴と共に降りて来た。
「正解です。賞金は成人後に秘密裏にお渡しします」
このゲームの勝者は俺だけだったらしい。泣きながら違うと言う彼女に分かってる。と抱きしめる男の幸せそうな顔。こっそり匂いを嗅いだり頭にキスしてる。まあ、本気で好きならいいのかな?
残された方は趣旨を話されるもげるんじゃないかと思うくらいに首を傾げている。邪魔者。ではなく脱落者。
俺はある事を思い出す。以前。セクハラぽい問題は書かずに書く必要のない物を書きたくないと言っていた彼女。正義の人。そこを利用されたんだ。
「何で彼女だって思ったの?」
「色々あるよ。あるけどさ」
胸を押さえるリヒトを何とか車椅子に乗せようとするが力のない彼女は叫ぶ。いいの?ゲーム以外で死んじゃうよと謎の黒服に運ばれそれに着いて行く姿はもう勇気の無い子じゃない。
選ばれたのは『サト』だ。あの感じでは最初の時点で選ばれていたんだろう。
思えば頭を撫でたのも抱きしめられたら返したのもあの子だけだ。ユウミの隣に居た彼女。だからリヒトは近くに居た。運悪くいけない時は仕方なくユウミを構う。そう見せずにサトをおまけだと思わせたのは依存を高める為。
着けられた側は見えないネックレスのカメラの存在。何よりも……。
『バレてもいいさ。多種多様な性的思考や趣味を抱えている。勿論。破滅趣味も嗜んでいるんだ。じゃなきゃデスゲームの黒幕と主催なんて参加者側で出来ないだろう?』
「あんな異常な奴が普通の子を選ばない」
ユウミはよく言えば普通に可愛いが個性が足りない。それに比べてサトは個性の塊だ。あの異常性癖野郎が惚れるのも無理はない。それに予想外に彼女は化けた。覚悟を決めて背を伸ばす彼女は綺麗に見える。運ばれながらにやりと笑う姿がカメラに映る。
「実はサト様は運命の方らしく、日本中を探して彼女の為にこのデスゲームを作ったんです」
今の彼女になる会う前に二人は会っていた。彼女を調べ彼女を知りもっと好きになったリヒトは運命的なタイミングを待った。が、その後。彼女は壮絶ないじめをされ今の彼女になってしまう。
そして、さあ。助けるぞと準備してたら現れた転校生の正義のヒロインに守られて彼女は依存してしまった。いじめは止んだ。だが、依存気味で伏し目がちな性格は依存に甘える彼女を変えない。こびりついた依存はどう足掻いても取るのは難しいのだ。
彼女が今年卒後の十八になった。リヒトは二つ上なので大学にいる。そこでもういいかと父と同じデスゲームを主催した。見事に剥がせた依存。かなりリヒトはユウミを恨んでいる。ユウミの記憶を都合の良い所まで消す予定だ。
医務室の部屋よりも大きなベットに寝かされているリヒトはサトを呼んでベットに座らせ起き上った。それをサトが支える。
「あのネックレス。亡くなった祖父たちのネックレスでね。ボクが死んだらサトに届けてって言って渡したんだ」
「え!」
言っていない。この男は本当に性格が悪いな。リヒトは少しチェーンが長い同じ物をポケットから出して見せる。
「あちらが本物です」
驚く間も無くそれをサトに渡した。サトも驚いている。
「これは対でね。これが最後の一つ。君と持ちたかったけど無理そうだから……ね」
これも嘘でもう片方は本家にあるらしい。言わないが胸を押さえているので勝手にサトが想像して嫌だと泣いてしまう。可哀そうだ。こんなのに好かれて執着されてるなんて前世で何をした?
そのまま何とか落ち着いた彼女をなだめてネックレスをつけてやる。気付かないが近くなっている二人の距離。再放送だ。唇が触れるかと思ったが、はっとしたサトをリヒトが離さずに思い切り唇を塞いだ。再放送じゃなかった。
ベットに倒れこむ二人。キスの合間に好きだよ大好きと何度も囁くリヒトにサトも怖いのか不安なのかしがみついて、わたしもと弱く答えた。
「ねえ。聞いてボクの本当の名前。他の者に簡単に教えてはいけない。神のこな。選ばれた男だけが授けられる本当の名前」
タケタカ。そうリヒトは名乗る。タケタカの一族には諦めの悪い男が居た。その男に似た人間に付けられる名前らしい。今度こそ幸せになれますようにと一族が望んだ。呪いにも似た名前。
「タケタカくん?」
「うん。紗友。やっと。やっと呼んで貰えた!」
嬉しそうに笑い。何度もキスする二人。幸せそうだ。が、その内。じゅる。じゅぷ。と、この空気に合わない音が大きなスクリーンから聞こえた。荒い息。衣擦れの音。
「だ、だめだよ。そんなのしたらタケタカくんの心臓止まっちゃう」
弱い声。がさごそとしてるがカメラの位置にある布団で見えない。
「壊れてもいい。ね。お願い」
「だめ、だめ、あ」
ぶつんと切られた画面。アイツ。弱さを利用して好き勝手するつもりだ!怒りで震える身体。もう少し見てたいとか考えてしまう。頭。それ抑えてたくて横で真っ赤になって机に伏せるシキの背をつんと突いてやればびくんと震えた。よし。大丈夫。
終わりかと思ったデスゲームは翌朝にも続いた。見るからに気だるげな主役の二人は最後の着替えにお互いの部屋に戻る。
「ど、どうかな?」
言葉を出せないリヒト改めタケタカは何だか泣きそうだった。彼女が着ているのはいつもの野暮ったいくらいゴシック風の暗い色の服では無い。真っ白なワンピースだ。キラキラとネックレスが揺れて光っている。
「綺麗。これってボクのお嫁さんになってくれるてって事?」
「……うん」
照れくさそうに眼鏡を直す彼女は赤い頬を隠すように両手で隠した。
「お、おとなになったら、ね」
「昨日。なったのに?」
逃がさないと言いたげな早い答えに「自立してきちんとお金を持てるようになったらだよ」と赤い顔で反論した。騙されてはいけない。童顔に見えるメイクに髪形のせいで見えないが二つ上だ。しかも金をかなり持っている。わざと拗ねた顔を見せるタケタカに困った顔の彼女。
あの顔をしたタケタカに引かれる腕。そして画面が消えた。
同じ一族だ。タイミングが分かったのだろう。こう。ムラつくポイントだ。首を傾げるシキに「デートを覗くのマナー違反だろ」と適当に嘘をつく。それから数時間後。あのチャイムが鳴った。
「もう!車椅子。壊れるかと思った!」
「知らない?案外頑丈に出来てるんだよ」
そんな。こう何とも言えない背徳的な事をしたんだろう二人が廊下を歩く。
「生きたいな。ユウミちゃんの分も……」
「そうだね」
分かる。こいつ、そんな事思っていない。でも、決意に揺らぐ彼女の声は良い物だったのか良い返事をしただけだ。
最後のゲームは制限時間内に向こう側に渡らないと毒ガスが撒かれる部屋。向こう側にあるのはスクリーンの下に続く扉だ。青ざめるサト。目を閉じるタケタカ。
向こう側に続く線の外は電流が流れている。その線は……。
車椅子の通れない細さだ。
崩れ落ちるサトの頭を優しく撫でるタケタカに首を振るサトは嫌だと静かに泣いた。流れる時間にサトの背を押す。
「愛してる。幸せに……」
それは二人が決めた事だった。もしもどちらかが生きれるなら生きるって、そんな悲しい約束。あと半分の時間がある。振り返るサトは覚悟を決め。振り返り走った。
タケタカの居る方向に……。
「何、やってんの」
噴出した睡眠ガスにやられて眠そうな彼女を抱き起す。タケタカには効かないように薬を飲んでるが彼女は半分寝ている。だから車椅子から落ちずにここにいるタケタカに気付かない。
「わたし、うっかりだから、生まれ代わるなら同じタイミングがいいなって……」
閉じそうな目に強く抱きしめる。
「もう。待てないよ。待ったんだ。たくさん。たくさん」
予定とは違うのか執事たちが慌てていた。タケタカが泣いている。演技ではない涙だ。
「もう、待たせるのも無しだよ。バカだね。心配で二つに分かれちゃった。アイツとアンタの為さ。神様が分けてくれた」
半分は寝ている筈なのに凄く凄く綺麗に話す。気のせいか声も違う気がした。
「いいの?オレにくれるの?」
「いいさ。アイツには怒られたけどおぼんで殴ってやった」
タケ。とその声はそう優しそう呼んだ。ガスが止んでタケタカが彼女を車椅子に乗せる。そして戻った床を何かを話しながらそれを押し、こちらに向かって来た。声は聞こえない。
スクリーンの前に二人が現れる。まるで王の様に車椅子に座る彼女にタケタカは跪く。
「結婚して下さい」
しばらくの沈黙。目を閉じたままの彼女が笑う。
「いいよ。待たせてごめん」
そのまま涙を流して彼女はがくりと力を抜く。同じタイミングで健康な筈のタケタカが倒れた。
医者に運ばれる二人。映像でのちに見せたが覚えていないらしい。
こうしてデスゲームが終わった。何だか長いような短いようなそんな感想だ。
ユウミ。(優実)巻き込まれ恨まれた少女。好きなタイプは正義感のある人。病院で気付いたが一部記憶が飛んでいる。大切な親友との記憶だった筈だが思い出せない。